説明

酸化物超電導薄膜

【課題】原料の種類が増えるのを抑制しつつ臨界電流特性を良好にする。
【解決手段】基材と、前記基材上に形成され、希土類元素とCuO鎖とCuO面とを含んで構成されたRE系超電導体ユニットを複数含有する超電導層と、複数ある前記CuO鎖のうち、前記超電導層と前記超電導層の前記基材側に隣接する層との界面周囲の前記RE系超電導体ユニット中に存在し、前記RE系超電導体ユニットの格子定数により定まるCuO鎖の長さよりも1.2倍以上2倍以下積層方向に長いCuO鎖と、前記長いCuO鎖に対して積層方向に隣接して存在する刃状転位と、を備える酸化物超電導薄膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物超電導薄膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、酸化物超電導材料を実用化するための技術として、基材を用意し、当該基材上に酸化物超電導体を成膜して酸化物超電導薄膜を得る方法がある。
【0003】
成膜する酸化物超電導体としては、例えば、液体窒素温度(77K)以上で超電導現象を示すRE系超電導体(RE:希土類元素)、特にREBaCu7−δの組成式で表されるRE系超電導体(以下、単に「(RE)BCO」という)がよく用いられている。
【0004】
このようなRE系超電導体を用いた酸化物超電導薄膜は、超電導限流器やケーブル、SMES(超電導エネルギー貯蔵装置)への応用が期待されており、RE系超電導体及びその製法に大いに注目を集めている。
【0005】
ところが、RE系超電導体を含め、酸化物超電導薄膜を実用化するための障害となっている1つの要因として、臨界電流特性(以下、単に「Ic特性」という)の向上が容易でないことが挙げられる。
このIc特性は、臨界電流密度特性(以下、単に「Jc特性」という)と膜厚と幅との積で表されるが、Jc特性は酸化物超電導体の(結晶方位等の)状態に依存し、膜厚の限界は基材と酸化物超電導体との熱膨張係数の差に起因する熱応力により決定される。
【0006】
そこで、特許文献1には、(RE)BCO薄膜に適当量の空孔を導入するとともに、(RE)BCO薄膜を単一層構造ではなく、間に(RE)BCO薄膜とは異なる中間層薄膜を含む多層構造を有するように成膜することで、基材と酸化物超電導体との熱膨張係数の差に起因する熱応力を緩和して膜厚の限界を高め、もってIc特性を向上する点が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−140789号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1の構成では、超電導層を(RE)BCO薄膜と、当該(RE)BCO薄膜とは異なるRE’を選んだ中間層薄膜とを含む構造とするので、原料の種類が増え、コスト高となる虞がある。
【0009】
本発明は上記事実に鑑みてなされたものであり、原料の種類が増えるのを抑制しつつ良好な臨界電流特性を有する酸化物超電導薄膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の上記課題は下記の手段によって解決された。
<1>基材と、前記基材上に形成され、希土類元素とCuO鎖とCuO面とを含んで構成されたRE系超電導体ユニットを複数含有する超電導層と、複数ある前記CuO鎖のうち、前記超電導層と前記超電導層の前記基材側に隣接する層との界面周囲の前記RE系超電導体ユニット中に存在し、前記RE系超電導体ユニットの格子定数により定まるCuO鎖の長さよりも1.2倍以上2倍以下積層方向に長いCuO鎖と、前記長いCuO鎖に対して積層方向に隣接して存在する刃状転位と、を備える酸化物超電導薄膜。
なお、「前記基材側に隣接する層」には、中間層だけでなく基材自体も含むものとする。
【0011】
<2>前記基材と前記超電導層の間に、前記希土類元素の価数を取り得る他の希土類元素を含有する中間層を有する、<1>に記載の酸化物超電導薄膜。
【0012】
<3>前記長いCuO鎖は、前記超電導層と前記超電導層の前記基材側に隣接する層の界面から1層目又は2層目の前記RE系超電導体ユニット中に存在する、<1>又は<2>に記載の酸化物超電導薄膜。
【0013】
<4>前記1層目のRE系超電導体ユニットは、前記希土類元素から積層されている、<3>に記載の酸化物超電導薄膜。
【0014】
<5>前記長いCuO鎖を積層方向に挟む前記RE系超電導体ユニット同士が、ab面方向に前記RE系超電導体ユニットの1/8以上1/2以下ずれている、<2>〜<4>の何れか1つに記載の酸化物超電導薄膜。
【0015】
<6>前記中間層の少なくとも前記超電導層側の層は、CeO又はREMnOから構成される、<2>〜<5>の何れか1つに記載の酸化物超電導薄膜。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、原料の種類が増えるのを抑制しつつ良好な臨界電流特性を有する酸化物超電導薄膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、本発明の実施形態に係る酸化物超電導薄膜の積層構造を示す図である。
【図2】図2は、図1に示す超電導層を構成するRE系超電導体の結晶構造を示す図である。
【図3】図3は、本発明の実施形態に係る超電導限流器の概略構成図である。
【図4】図4は、本実施例に係る薄膜型超電導素子の酸化物超電導薄膜の積層方向P断面において、特に中間層(CeO層)と超電導層(YBCO層)との界面のABF像を示す図である。
【図5】図5は、本実施例に係る薄膜型超電導素子の酸化物超電導薄膜の積層方向P断面において、特に中間層(CeO層)と超電導層(YBCO層)との界面の図4とは場所が異なる他のABF像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付の図面を参照しながら、本発明の実施形態に係る酸化物超電導薄膜について具体的に説明する。なお、図中、同一又は対応する機能を有する部材(構成要素)には同じ符号を付して適宜説明を省略する。
【0019】
<酸化物超電導薄膜の構成>
図1は、本発明の実施形態に係る酸化物超電導薄膜1の積層構造を示す図である。
図1に示すように、酸化物超電導薄膜1は、基材11上に中間層12、超電導層13、安定化層(保護層)14が積層方向P順に形成された積層構造を有している。
【0020】
基材11は、低磁性の金属基材やセラミックス基材を用いる。基材11の形状は、主面があることを前提として特に限定されることはなく、板材、線材、条体等の種々の形状のものを用いることができる。例えばテープ状の基材を用いると、酸化物超電導薄膜1を超電導線材として適用することができる。
金属基材としては、例えば、強度及び耐熱性に優れた、Cr、Cu、Ni、Ti、Mo、Nb、Ta、W、Mn、Fe、Ag等の金属又はこれらの合金を用いることができる。特に好ましいのは、耐食性及び耐熱性の点で優れているステンレス、ハステロイ(登録商標)、その他のニッケル基合金である。また、これら各種金属材料上に各種セラミックスを配してもよい。また、セラミックス基材としては、例えば、MgO、SrTiO、又はイットリウム安定化ジルコニア、サファイア等を用いることができる。
基材11の厚みは、特に限定されないが、例えば1mmとされている。
【0021】
中間層12は、超電導層13において高い面内配向性を実現するために基材11の一主面上に形成され、且つ超電導層13の基材11側に隣接する層であり、単層膜で構成されていても多層膜で構成されていてもよい。この中間層12は、特に限定されないが、少なくとも最表層(超電導層13側の層)が例えばCeO及びREMnOから選ばれる物質であり、好ましくはCeOである。なお、Ceの価数は、通常4価であるが、3価も取り得る。
中間層12の膜厚は、特に限定されないが、例えば20nmとされている。
【0022】
超電導層13は、中間層12上に形成され、RE系超電導体を主成分として含有している。なお、「主成分」とは、超電導層13に含まれる構成成分中で含有量が最も多いことを示し、好ましくは90%超であることを示している。RE系超電導体としては、代表的なものとしてREBaCu7−δ(RE−123)や、REBaCu(RE−124)、REBaCu15−δ(RE−247)が挙げられる。いずれも層状ペロブスカイト構造をとるが、内部に存在する構造はRE,Ba,Cuが酸素とペロブスカイト構造を持つ部分とCuと酸素が鎖状に結合している部分に分けられる。ペロブスカイト構造の部分は構造内にCuO面を持ち、超電導電流を通す部分として知られている。CuO鎖の部分はCuOが単鎖しかない場合のCuO単鎖と、CuOが二重になっているCuO重鎖が存在する。そして、すべてのCuO鎖が単鎖のものはRE−123, 単鎖と重鎖が交互に存在するものをRE−247、すべて重鎖のものをRE−124と呼ばれている。
【0023】
上記REは、Y、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Tm、YbやLuなどの単一の希土類元素又は複数の希土類元素であり、これらの中でもBaサイトと置換が起き難い等の理由でYであることが好ましい。また、δは、酸素不定比量であり、例えば0以上1以下であり、超電導転移温度が高いという観点から0に近いほど好ましい。なお、酸素不定比量は、オートクレーブ等の装置を用いて高圧酸素アニール等を行えば、δは0未満、すなわち、負の値をとることもある。
超電導層13の膜厚は、特に限定されないが、例えば200nmとされている。
【0024】
安定化層14は、超電導層13上に形成され、例えば銀等で構成されている。安定化層14の膜厚は、特に限定されないが、例えば200nmとされている。
【0025】
図2は、図1に示す超電導層13を構成するRE系超電導体20の結晶構造を示す図である。なお、図2に示す結晶構造は、図全体でRE−123の単位格子(ユニットセル)を示しており、本実施形態のRE系超電導体20は、RE−123で構成されるだけでなく、RE−123やRE−124、RE−247が混在し、図全体の結晶構造がRE系超電導体20の単位格子の一部を構成する場合も含むものとする。
【0026】
このRE系超電導体20は、図2に示すように、単位格子内に、希土類元素(RE)22を挟んでc軸方向両側に位置するCuO面24と、希土類元素22を基準としてCuO面24よりもc軸方向外側に位置するCuO単鎖26と、を有している。本実施形態では、単位格子のRE系超電導体20を、「RE系超電導体ユニット30」と呼称するものとする。なお、この「RE系超電導体ユニット30」は、図2中では、CuO面がユニットの最下層となっているが、希土類元素22を最下層としてユニットを形成してもよい。
そして、超電導層13は、このRE系超電導体ユニット30を(積層方向Pにも幅方向にも)複数含有して構成されており、超電導層13中に複数存在するCuO単鎖26のうち、超電導層13と中間層12との界面周囲のRE系超電導体ユニット30中に存在し、RE系超電導体ユニット30の格子定数により定まるCuO単鎖の長さよりも積層方向Pに1.2倍以上2倍以下に長いCuO単鎖と、この長いCuO単鎖に対して積層方向Pに隣接して存在する刃状転位と、を備えている。ここで、長いCuO単鎖の積層方向Pの長さを、RE系超電導体ユニット30の格子定数により定まるCuO単鎖の長さの1.2倍以上としている理由は、a軸・b軸方向の相互作用に比べ、c軸方向の相互作用が小さくなることを考慮した為である。また、2倍以下としている理由は、超電導層13の配向性の悪化を抑制するためである。
なお、RE−124や、RE−247の場合は、積層方向に長いCuO鎖は、単鎖ではなく、重鎖の場合もある。この場合、長い重鎖は、RE系超電導体ユニット30の格子定数により定まるCuO重鎖の長さよりも積層方向Pに1.2倍以上2倍以下に長い。
【0027】
このように、超電導層13と中間層12との界面周囲に存在するRE系超電導体ユニット中に、積層方向Pに長く伸びているCuO単鎖があることで、積層方向Pにおいて長いCuO単鎖よりも中間層12の反対側に存在するRE系超電導体ユニット30が中間層12の構造に影響されることを抑制することができ、中間層12と超電導層13の格子歪を緩和することができる。これにより、熱収縮によるクラックが入りにくい構造となり、厚膜化が可能となる。また、CeOの格子定数はYBCOに比べ小さく、CeOの格子数に対してYBCOの格子数が少ない場合に歪が小さくなるため、この長いCuO単鎖に対して積層方向Pに隣接する刃状転位があれば、中間層12の例えばCeOの格子数に対して超電導層13のYBCOの格子数が少なくなり、中間層12と超電導層13の格子不整合が緩和される。これにより、熱収縮によるクラックが入りにくい構造となり、厚膜化が可能となる。
以上のように、厚膜化が可能となれば、Jc特性と膜厚と幅との積で表されるIc特性を向上することができる。また、特許文献1のように超電導層を(RE)BCO薄膜と、(RE)BCO薄膜とは異なるRE’を選んだ薄膜を構成する必要がないので、超電導層を形成するための原料の種類を増やすことなく、良好なIc特性を有する酸化物超電導薄膜1を提供することができる。
なお、上記「RE系超電導体ユニット30の格子定数により定まるCuO単鎖の長さ」は、X線回折測定により決定されるRE系超電導体ユニット30の格子定数に対して、超電導体の格子定数とCuO単鎖の長さの比を用いることで定めることができる。
また、上記「界面周囲」とは、超電導層13と中間層12との界面からRE系超電導体ユニット30の5個分以内であることを意味し、超電導層13の下層から超電導層13全体の格子不整合を緩和するという観点から超電導層13と中間層12の界面から1層目又は2層目のRE系超電導体ユニット30中に存在することが好ましい。また、「長いCuO単鎖に対して積層方向Pに隣接する刃状転位」とは、長いCuO単鎖に対して1層目以上3層目以下のRE系超電導体ユニット30中に存在する刃状転位のことを意味する。なお、刃状転位は1層目のRE系超電導体ユニット30中に存在させることが好ましいが、中間層12の凹凸により3層目までのRE系超電導体ユニット30中に存在させることも可能である。
【0028】
さらにまた、中間層(CeO)とRE系超電導体ユニット30中のREは結合性が良く、積層した際に、超電導層13と中間層12との界面周囲のRE系超電導体ユニット30中のCuO単鎖にCeOとYBCOの格子の不整合による歪のエネルギーが集中し、CuO単鎖が伸びて歪が緩和するため、長いCuO単鎖を形成し易い。そのため、上記1層目のRE系超電導体ユニット30は、希土類元素22が最下層になるように積層されていることが好ましい。これを実現するためには、中間層中のCe原子とRE系超電導体ユニット30の希土類元素22の価数を合わせることで界面での固溶を促す必要がある。例えば、不活性雰囲気中で超電導層13及び中間層12を焼成して、中間層12の特に表面にある他の希土類元素、例えばCeOのCeの価数を4価から3価側に変えるように、価数を少なくすることで、超電導層13内の1層目のRE系超電導体ユニット30の希土類元素22(3価と仮定)が、中間層12表面の他の希土類元素のサイトに強く結合すると考えられる。
また、上記1層目のRE系超電導体ユニット30のCuO面24の酸素イオンが、RE系超電導体ユニット30のハーフユニットセル位置28(図2参照、具体的にCuO面内の最も近くに隣り合うCuとCuの中間位置)に対してab面方向32に1/8以上1/2以下偏って位置していることが好ましい。このように酸素イオンがab面方向32に偏って位置すると、良好なIc特性を有する酸化物超電導薄膜1を得ることができる。この良好なIc特性は、RE系超電導体ユニット30のCuO面24の酸素イオンの位置に偏りにある部分が、ピンニングセンターになっているため、と考えられる。
また、格子間の結合を弱め、刃状転位を入りやすくするという観点から、積層方向Pにおいて長いCuO鎖を挟むRE系超電導体ユニット30同士が、ab面方向32にRE系超電導体ユニット30の1/8以上1/2以下ずれていることが好ましい。
【0029】
また、上述した刃状転移については、格子不整合を緩和するという観点から、超電導層13内において格子定数の比に合った数だけあると好ましい。例えば、中間層12がCeOで形成され、超電導層13がYBCOで形成されている場合、CeOのCe間隔3.83Å(格子定数は5.41Å)に対し、YBCOのb軸の格子定数は3.89Å(a軸は3.81Å)となっているので、CeO:YBCO =65:64になると良い。つまり、格子70個につき1個程度転位が見られることが好ましい。
また、上述した長いCuO単鎖については、1.2倍以上長くなっていることを説明したが、RE系超電導体ユニット30の格子定数により定まるCuO単鎖の長さよりも1.8倍以上積層方向Pに長くなっていることが好ましい。これは、原子間の相互作用は原子同士が離れると急速に減少する、すなわち、距離の2乗で相互作用の強さが決まるので約2倍まで拡大すれば相互作用は1/4近くまで小さくなると考えられる。したがって、CuO単鎖が長くなることで長いCuO単鎖とその上下のそれぞれの格子との相互作用が小さくなる。長いCuO単鎖とその上下のそれぞれの格子との相互作用が弱くなることにより、下層の格子定数の影響を受けにくくなり、刃状転移が発生しやすくなると考えられる。ただし、2倍を超えると、相互作用が減少し過ぎて超電導層13の配向性が悪化してしまう。
CuO単鎖の長さと転位の関係については、RE系超電導体20はイオン結晶なので本来ならば、刃状転位のような欠陥があれば斥力が働き、部分的には不安定になる。しかし、本実施形態のような長いCuO単鎖が存在することでその部分で格子欠陥が発生しても斥力が通常の状態に比べ小さくなり、結果として欠陥が生じやすい状態になっていると考えられる。
【0030】
なお、上記のような構成を実現するためには、例えば中間層12を空気中800℃以上でアニールしたり、不活性雰囲気中で700℃以上900℃以下の温度範囲で超電導層13を形成又はアニールしたりする等、適宜製造方法を調整すればよい。
また、酸素イオンの位置の特定に関しては、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)によるABF−STEM法(角度制御環状明視野法)を用いることによって行うことができる。ABF−STEM法で得られるABF像は、小さい散乱角で散乱された電子を環状検出器で撮影することにより、酸素等の軽元素の検出が可能である。
【0031】
<変形例>
なお、本発明を特定の実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内にて他の種々の実施形態が可能であることは当業者にとって明らかであり、例えば上述の複数の実施形態は、適宜、組み合わせて実施可能である。また、以下の変形例同士を、適宜、組み合わせてもよい。
【0032】
例えば、中間層12や安定化層14は、適宜省略することができる。また、酸化物超電導薄膜1の超電導層13は単層である場合を説明したが、複数層であってもよい。また、RE系超電導体20として、例えばREBaCu7−δを挙げたが、このBaサイトにCaやCuサイトにCoをドープしてもよい。
【0033】
また、本実施形態では、酸化物超電導薄膜1について説明したが、この酸化物超電導薄膜1は他の様々な機器に応用することができる。例えば超電導限流器、SMES(Superconducting Magnetic Energy Storage)、超電導トランス、NMR(核磁気共鳴)分析装置、単結晶引き上げ装置、リニアモーターカー、磁気分離装置等の機器に応用することができる。
【0034】
<超電導限流器>
次に、酸化物超電導薄膜1を超電導限流器に応用する場合の超電導限流器の構成を一例として挙げる。
【0035】
図3は、本発明の実施形態に係る超電導限流器40の概略構成図である。
【0036】
本発明の実施形態に係る超電導限流器40は、超電導体のS/N転移(superconducting-normal state transitions)を利用して、通常時はゼロ抵抗で、臨界電流以上の過電流が流れた時には高抵抗となって過電流を抑制する機能を持つ機器である。
【0037】
この超電導限流器40は、容器本体42Aを蓋42Bで閉じて密閉される密閉容器42を備えている。
容器本体42Aには、冷凍機44が接続され、冷凍機44から密閉容器42の内部に液体窒素が導入される。蓋42Bには、密閉容器42の外部から内部へ電流を導入して流出する電流導入出部46が接続されている。電流導入出部46は、3相交流回路で構成され、具体的には3つの電流導入部46Aと、これらに対応する3つの電流流出部46Bとを含んで構成されている。
【0038】
電流導入部46Aと電流流出部46Bは、それぞれ、蓋42Bに対して貫通して垂直方向に伸びた導線48と、当該導線48を被覆する筒体50とで構成される。
電流導入部46Aの導線48のうち外部に露出した一端は、対応する電流流出部46Bの導線48のうち外部に露出した一端と、分流抵抗としての外部抵抗52を介して接続されている。
【0039】
各筒体50の容器本体42A内部にある端部には、素子収容容器54が支持されている。
この素子収容容器54は、密閉容器42に内蔵され、当該密閉容器42に充填される液体窒素により内部まで冷却される。
【0040】
素子収容容器54には、酸化物超電導薄膜1に電極を付けて構成された複数の薄膜型超電導素子60を含む限流ユニット56が内蔵されている。本発明の実施形態では、具体的に、薄膜型超電導素子60が4行2列で配列された組が3組で限流ユニット56を構成している。
この限流ユニット56は、電流導入部46Aの導線48のうち内部にある他端と、電流流出部46Bの導線48のうち内部にある他端と、支柱58で支持されており、3相交流回路を構成するように、電流導入部46Aの導線48のうち内部にある他端と、電流流出部46Bの導線48のうち内部にある他端とが、薄膜型超電導素子60を介して電気的に接続されている。
【0041】
ここで、超電導限流器の実用化には、できるだけ大きな電流を抵抗ゼロで流すことが求められ、そのためには、酸化物超電導薄膜の臨界電流特性を向上させる必要がある。本実施形態では、超電導限流器40の薄膜型超電導素子60として良好な臨界電流特性を示す酸化物超電導薄膜1を適用するため、より大きな電流を抵抗ゼロで流すことができ、実用化が可能となる。
【実施例】
【0042】
以下に、本発明に係る酸化物超電導薄膜について、実施例により説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
本実施例では、酸化物超電導薄膜として、超電導限流器に用いられる薄膜型超電導素子を作製した。
【0043】
<薄膜型超電導素子の作製>
本実施例の薄膜型超電導素子の作製では、まず、サファイア単結晶のR面が主面となるサファイア基板を用意した。次に、サファイア基板を1000℃でプレアニールし、r面方向に切り出した。そして、切り出されたサファイア基板を1000℃でアニールを行った。次に、3×10−2Pa酸素中でプラズマを発生させ、700℃以上にサファイア基板を加熱した状態でCeOをEB(電子ビーム)を用いて10nmから40nm程度蒸着させ、中間層を形成した。
次に、中間層が成膜されたサファイア基板を800℃でアニールし、表面処理(平坦化・価数の制御)を行った。これにより、CeOの結晶性が増し、後述するように、超電導層となるYBCOが成長する際にCeOの歪が従来に比べ小さくなりYBCOにて格子緩和が起こり易くすることができる。
【0044】
次に、イットリウム、バリウム、銅の有機錯体の溶液をスピンコーターで塗布し、500℃空気中で仮焼成を行なった。そして、不活性雰囲気中、すなわち酸素分圧100ppm程度の不活性ガスの気流中にて800℃で本焼成を行ない、途中から酸素雰囲気に切り替えた。不活性雰囲気中で本焼成を行なうことでYBCOを形成する結晶の成長方向が定まり、YBCOの格子緩和を早い段階で起こすことができ、特性の良いYBCO薄膜が得られた。
得られた超電導薄膜に金銀合金をスパッターで成膜し、電極を取り付けることで超電導限流素子を作製した。この超電導限流素子は、液体窒素温度に冷やすことで超電導状態になるが一定以上の電流が流れると常電導状態となり限流を行うことが可能であった。
【0045】
<TEM評価>
得られた薄膜型超電導素子を加工し、TEM(透過型電子顕微鏡)を用いて薄膜型超電導素子における酸化物超電導薄膜の積層方向P断面のABF(環状明視野:annular bright-field)像を複数観察した。
図4は、本実施例に係る薄膜型超電導素子の酸化物超電導薄膜の積層方向P断面において、特に中間層(CeO層)と超電導層(YBCO層)との界面のABF像を示す図である。
【0046】
図4に示すように、図中の積層方向P中央にあるCuO単鎖は、すなわち中間層側から積層方向Pにおいて1層目のRE系超電導体ユニット(YBCOの1単位格子)のCuO単鎖は、通常のCuO単鎖に比べ積層方向に長いことが確認された。
具体的には、通常、RE系超電導体ユニットの格子定数により定まる場合のCuO単鎖の長さは4.3Åなのに対し、本実施例におけるRE系超電導体ユニットのCuO単鎖の長さは、7.9Å(ほぼ倍)まで積層方向Pに長く伸びていることが確認された。なお、本実施例では「積層方向」はRE系超電導体ユニットの「c軸方向」と同等と見なすことができる。
このように、積層方向Pに長く伸びているCuO単鎖が超電導層内にあれば、中間層と超電導層との格子歪が緩和され、熱収縮によるクラックが入りにくくなり、厚膜化が可能となる。
【0047】
また、中間層(CeO層)上に成長するYBCOの1層目は、Yの層から始まっている。すなわち、1層目のRE系超電導体ユニットは、希土類元素Yから積層されていることが確認された。これはCeOとの結合力を強めていると考えている。
さらに、1層目のRE系超電導体ユニットのCuO面の酸素イオンが(図中長いCuO単鎖の下にあるCuO面の酸素イオン)、RE系超電導体ユニットのハーフユニットセル位置に対してab面方向に1/8以上1/2以下の範囲内で偏って位置していることも確認された。
さらにまた、長いCuO単鎖を積層方向に挟むRE系超電導体ユニット同士が、ab面方向にRE系超電導体ユニットの1/8以上1/2以下ずれていることが確認された。
【0048】
図5は、本実施例に係る薄膜型超電導素子の酸化物超電導薄膜の積層方向P断面において、特に中間層(CeO層)と超電導層(YBCO層)との界面の図4とは場所が異なる他のABF像を示す図である。
【0049】
図5に示すように、中間層(CeO層)と超電導層(YBCO層)との界面には、白い矢印の部分(下のCeOの格子の数に比べて上のYBCOの格子数が少なくなって、不連続な部分)に刃状転位が確認された。
このように刃状転位があれば、中間層のCeOに対して超電導層のYBCOの格子数が少なくなり、中間層と超電導層の格子不整合が緩和される。これにより、熱収縮によるクラックが入りにくい構造となり、厚膜化が可能となる。
【0050】
上述した実施例の製造方法のうち、超電導層13及び中間層12の焼成雰囲気(不活性雰囲気)と焼成温度を変えてCuO単鎖の幅を調整することで、表1に示すように、CuO単鎖の長さが異なるRE系超電導体ユニットを含む薄膜型超電導素子を形成した。このとき、比較対象とする格子定数により定まる場合のCuO鎖の長さは4.3Åとした。
【0051】
得られた薄膜型超電導素子のCeO層とYBCO層の層間結合力と超電導層の配向性について次のように評価を行った。
【0052】
・CeO層とYBCO層の層間結合力の評価
CeO層とYBCO層の層間結合力は、マーデルング・エネルギーにより評価を行った。具体的には、TEMから読み取れる原子間距離からCuO2面上の原子のマーデルング・エネルギーを求め、CuO鎖側からのエネルギーとREイオン側からのエネルギーを評価した。得られた値のうち、以下の基準によって評価を行った。
◎:REイオン側のエネルギーがCuO鎖側のエネルギーの2倍以上
○:REイオン側のエネルギーがCuO鎖側のエネルギーの1倍から2倍
×:REイオン側のエネルギーがCuO鎖側のエネルギーの1倍以下
【0053】
・超電導層の配向性
超電導層の配向性は、XRD測定によって、YBCOの006ピークの半値幅の値を測定し、得られた値のうち、以下の基準によって評価を行った。
◎:0.2度以下
○:0.2度から0.5度
×:0.5度以上
【0054】
・超電導層の性能
超電導層の性能は、臨界電流密度によって測定を行い、以下の基準によって評価を行った。
◎:3MA/cm以上
○:2MA/cm超〜3MA/cm未満
×:2MA/cm以下
【0055】
【表1】

【0056】
表1から判るように、長いCuO単鎖の積層方向Pの長さが、RE系超電導体ユニットの格子定数により定まるCuO単鎖の長さの1.2倍未満だと、CeO層とYBCO層の層間結合力が強く、超電導層の性能が低いことが分かった。また、長いCuO単鎖の積層方向Pの長さが、RE系超電導体ユニットの格子定数により定まるCuO単鎖の長さの2倍超だと、超電導層の配向性が低いことが分かった。
一方で、長いCuO単鎖の積層方向Pの長さが、RE系超電導体ユニットの格子定数により定まるCuO単鎖の長さの1.2倍以上2倍以下だと、CeO層とYBCO層の層間結合力が弱く、且つ、超電導層の配向性が高いため、超電導層の性能が高いことが分かった。
また、長いCuO単鎖の積層方向Pの長さが、RE系超電導体ユニットの格子定数により定まるCuO単鎖の長さの1.2倍以上1.3倍以下だと、超電導層の性能がより高くなることが分かった。
【符号の説明】
【0057】
1 酸化物超電導薄膜
11 基材
12 中間層
13 超電導層
20 RE系超電導体
22 希土類元素
24 CuO
26 CuO単鎖(CuO鎖)
28 ハーフユニットセル位置
30 RE系超電導体ユニット
32 ab面方向
P 積層方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材上に形成され、希土類元素とCuO鎖とCuO面とを含んで構成されたRE系超電導体ユニットを複数含有する超電導層と、
複数ある前記CuO鎖のうち、前記超電導層と前記超電導層の前記基材側に隣接する層との界面周囲の前記RE系超電導体ユニット中に存在し、前記RE系超電導体ユニットの格子定数により定まるCuO鎖の長さよりも1.2倍以上2倍以下積層方向に長いCuO鎖と、
前記長いCuO鎖に対して積層方向に隣接して存在する刃状転位と、
を備える酸化物超電導薄膜。
【請求項2】
前記基材と前記超電導層の間に、前記希土類元素の価数を取り得る他の希土類元素を含有する中間層を有する、
請求項1に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項3】
前記長いCuO鎖は、前記超電導層と前記超電導層の前記基材側に隣接する層の界面から1層目又は2層目の前記RE系超電導体ユニット中に存在する、
請求項1又は請求項2に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項4】
前記1層目のRE系超電導体ユニットは、前記希土類元素から積層されている、
請求項3に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項5】
前記長いCuO鎖を積層方向に挟む前記RE系超電導体ユニット同士が、ab面方向に前記RE系超電導体ユニットの1/8以上1/2以下ずれている、
請求項2〜請求項4の何れか1項に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項6】
前記中間層の少なくとも前記超電導層側の層は、CeO又はREMnOから構成される、
請求項2〜請求項5の何れか1項に記載の酸化物超電導薄膜。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−8958(P2013−8958A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−117913(P2012−117913)
【出願日】平成24年5月23日(2012.5.23)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】