説明

酸化物透明導電膜およびアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法ならびにその酸化物透明導電膜を利用した有機光装置

【課題】大気中で安定して仕事関数が4.5eVより低い値を保持することができる酸化物透明導電膜およびその成膜方法を提供する。
【解決手段】酸化インジウム錫などの酸化物透明導電膜に、セシウム、リチウム、ナトリウム、カリウム、およびルビジウムのいずれかのアルカリ金属を含有させる。スパッタリング室11内にボンベ18からアルゴンなどのプラズマガスを流し、スパッタリング室11内に配置されたターゲット12からガラス基板15に酸化物透明導電膜材料をスパッタリングする。ガラス基板15の中心位置Pはターゲット12の中心位置Qからずれた位置に配置されている。ターゲット12からガラス基板15に酸化物透明導電膜材料をスパッタリングするとき、スパッタリング室11内のプラズマ空間の中心からガラス基板15にかけての空間にセシウム蒸発源21によりセシウム蒸気を導入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機エレクトロルミネッセンス(EL)などの有機光放射装置、および、有機太陽電池、有機光センサ、有機イメージセンサなどの有機光入力装置(以下、有機光放射装置および有機光入力装置を有機光装置と総称する。)に使用される酸化物透明導電膜およびアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法ならびにその酸化物透明導電膜を陰極に利用した有機光装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酸化インジウム錫(以下、ITOと記す。)に代表される酸化物透明導電膜は、有機太陽電池、有機光センサ、有機イメージセンサなどの有機光入力装置の受光部分の電極や、有機エレクトロルミネッセンスなどの平面ディスプレイの光取り出し用電極および透明電極膜付基板として一般に広く用いられている。酸化物透明導電膜の評価の指標は、一般に、透明性と導電率(またはシート抵抗)および平坦性であり、エネルギー準位(仕事関数の値)はほとんど考慮されていない。
近年、酸化物透明導電膜を使用した有機EL素子が提案されている(たとえば特許文献1参照)。有機EL素子は電流注入型の発光素子であるため、陽極からはホールを、陰極からは電子を効率よく注入する必要がある。この観点からすると、陽極に用いる酸化物透明導電膜の仕事関数は高く、陰極に用いる酸化物透明導電膜の仕事関数は低いことが必要となる。特許文献1においては、陽極に用いるITO薄膜の仕事関数が5.1〜6.0eVである透明導電膜およびその製造方法を提案している。
【特許文献1】特開平8−167479号公報((0012)〜(0013)および図1など)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
一方、前述したように有機EL素子の陰極に用いる酸化物透明導電膜の仕事関数は低いことが望ましい。しかし、酸化物透明導電膜は酸化物であるので仕事関数の値が高く、現在知られている酸化物透明導電膜の仕事関数は4.5eV以上である。特許文献1においても市販のITO膜や低抵抗のITO膜の仕事関数は4.6〜4.8eV以上であると記載されており((0005)参照)、仕事関数が4.5eV以下である酸化物透明導電膜の実現や提案についての記載はない。したがって、現在、酸化物透明導電膜において低い仕事関数の材料がないため、有機EL装置における電子注入性を向上させることは困難である。
【0004】
そこで本発明はこのような課題を解消し、酸化物透明導電膜でありながら、大気中で安定して仕事関数が4.5eVより低い値を保持することができる酸化物透明導電膜を提供することを目的とする。
また、仕事関数が4.5eVより低い値を有する酸化物透明導電膜を簡単な方法で成膜することができる成膜方法を提供することを目的とする。
また、低駆動電圧、低漏洩電流、低ターンオンスレショルド電圧の有機光装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
請求項1記載の本発明の酸化物透明導電膜は、有機光放射装置または有機光入力装置に使用される酸化物透明導電膜であって、アルカリ金属を含有したことを特徴とする。
請求項2記載の本発明は請求項1に記載の酸化物透明導電膜において、酸化インジウム錫、インジウム−亜鉛酸化物、酸化錫、酸化インジウム、酸化インジウム亜鉛、酸化アルミニウム亜鉛、酸化亜鉛ガリウムおよび酸化インジウムタングステンのいずれかであることを特徴とする。
請求項3記載の本発明は請求項1に記載の酸化物透明導電膜において、前記アルカリ金属がセシウム、リチウム、ナトリウム、カリウム、およびルビジウムのいずれかであることを特徴とする。
請求項4記載の本発明は請求項1に記載の酸化物透明導電膜において、一方の主面側に前記アルカリ金属が偏在して混入していることを特徴とする。
請求項5記載の本発明は請求項1に記載の酸化物透明導電膜において、全体に前記アルカリ金属が混入していることを特徴とする。
請求項6記載の本発明のアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法は、有機光放射装置に使用されるアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法であって、スパッタリング室内にプラズマガスを流す工程と、前記スパッタリング室内に配置されたターゲットから前記ターゲットに対向して配置されたガラス、ポリマー等の基板又はその基板上に有機層が成膜されている基板に酸化物透明導電膜材料を放出する工程と、前記スパッタリング室内のプラズマ空間の中心から前記基板にかけての空間にアルカリ金属蒸気を導入する工程とを有することを特徴とする。
請求項7記載の本発明は、請求項6に記載のアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法において、前記スパッタリング室内に前記プラズマガスを流す工程における前記プラズマガス(アルゴン、酸素等の反応性ガス)のみを流す時間が第1の時間および第2の時間の合計時間であり、前記スパッタリング室内にアルカリ金属蒸気を導入する工程における前記アルカリ金属蒸気を導入する時間が前記第1の時間および前記第2の時間の合計時間または前記第2の時間のみであることを特徴とする。
請求項8記載の本発明は、請求項6に記載のアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法において、前記基板を前記ターゲットの中心位置からずらせて配置することを特徴とする。
請求項9記載の本発明の有機光装置は、透明陽極、ホール注入層、ホール輸送層、有機物からなる発光層、電子注入層および透明陰極がこの順で形成されており、前記透明陰極がアルカリ金属を含有した酸化物透明導電膜であることを特徴とする。
請求項10記載の本発明は請求項9に記載の有機光装置において、前記酸化物透明導電膜が酸化インジウム錫、インジウム−亜鉛酸化物、酸化錫、酸化インジウム、酸化インジウム亜鉛、酸化アルミニウム亜鉛、酸化亜鉛ガリウムおよび酸化インジウムタングステンのいずれかであることを特徴とする。
請求項11記載の本発明は請求項9に記載の有機光装置において、前記アルカリ金属がセシウム、リチウム、ナトリウム、カリウム、およびルビジウムのいずれかであることを特徴とする。
請求項12記載の本発明は請求項9に記載の有機光装置において、前記酸化物透明導電膜の一方の主面側に前記アルカリ金属が偏在して混入していることを特徴とする。
請求項13記載の本発明は請求項9に記載の有機光装置において、前記酸化物透明導電膜の全体に前記アルカリ金属が混入していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、仕事関数が大気中で安定して4.5eVより低い値を保持することができる酸化物透明導電膜を実現することができる。
また、仕事関数が低い値の酸化物透明導電膜を、スパッタ法において低ダメージのプロセスを使用し、基板近傍にセシウム(Cs)などのアルカリ金属を導入するのみの簡単な方法により成膜することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の第1の実施の形態による酸化物透明導電膜は、有機光放射装置または有機光入力装置に使用される酸化物透明導電膜にアルカリ金属を含有させたもので、仕事関数が大気中で安定して4.5eVより低い値を保持することができる低仕事関数の酸化物透明導電膜を実現することができる。したがって、有機エレクトロルミネッセンスなどの有機光放射装置のトップエミッション用透明陰極、あるいは、有機太陽電池や有機光センサ、有機イメージセンサなどの有機光入力装置のより効率的な透明陰極などを実現することができる。
本発明の第2の実施の形態は、第1の実施の形態による酸化物透明導電膜において、酸化インジウム錫、インジウム−亜鉛酸化物、酸化錫、酸化インジウム、酸化インジウム亜鉛、酸化アルミニウム亜鉛、酸化亜鉛ガリウムおよび酸化インジウムタングステンのいずれかとしたもので、種々の酸化物透明導電膜における仕事関数を大気中で安定して4.5eVより低い値に保持することができる。
本発明の第3の実施の形態は、第1の実施の形態による酸化物透明導電膜において、アルカリ金属をセシウム、リチウム、ナトリウム、カリウム、およびルビジウムのいずれかとしたもので、酸化物透明導電膜に種々の金属を含有させることにより酸化物透明導電膜の仕事関数を大気中で安定して4.5eVより低い値に保持することができる。
本発明の第4の実施の形態は、第1の実施の形態による酸化物透明導電膜において、一方の主面側にアルカリ金属を偏在して混入させたもので、仕事関数が大気中で安定して4.5eVより低い値を保持することができる低仕事関数の酸化物透明導電膜を実現することができる。
本発明の第5の実施の形態は、第1の実施の形態による酸化物透明導電膜において、全体にアルカリ金属を混入させたもので、仕事関数が大気中で安定して4.5eVより低い値を保持することができる低仕事関数の酸化物透明導電膜を実現することができる。
本発明の第6の実施の形態によるアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法は、スパッタリング室内にプラズマガスを流してターゲットからガラス、ポリマー等の基板又はその基板上に有機層が成膜されている基板に酸化物透明導電膜材料をスパッタリングする際に、プラズマ空間の中心から基板にかけての空間にアルカリ金属蒸気を導入するもので、簡単な方法により仕事関数が大気中で安定して4.5eVより低い値を保持することができる低仕事関数の酸化物透明導電膜を成膜することができる。
本発明の第7の実施の形態は、第6の実施の形態によるアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法において、アルカリ金属蒸気を導入する時間をスパッタ時間の全部または一部の時間としたもので、簡単な方法により仕事関数が大気中で安定して4.5eVより低い値を保持することができる低仕事関数の酸化物透明導電膜を成膜することができる。
本発明の第8の実施の形態は、第6の実施の形態によるアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法において、基板をターゲットの中心位置からずらせて配置したもので、透明度、仕事関数の大きさとその経時変化およびシート抵抗に対して総合的に最適な状態を実現することができる酸化物透明導電膜を成膜することができる。
本発明の第9の実施の形態による有機光装置は、透明陽極、ホール注入層、ホール輸送層、有機物からなる発光層、電子注入層および透明陰極がこの順で形成されており、透明陰極がアルカリ金属を含有した酸化物透明導電膜で構成したもので、仕事関数が大気中で安定して4.5eVより低い値を有するトップエミッション型の有機光装置を実現することができる。
本発明の第10の実施の形態は、第9の実施の形態による有機光装置において、酸化物透明導電膜を酸化インジウム錫、インジウム−亜鉛酸化物、酸化錫、酸化インジウム、酸化インジウム亜鉛、酸化アルミニウム亜鉛、酸化亜鉛ガリウムおよび酸化インジウムタングステンのいずれかとしたもので、種々の酸化物透明導電膜で構成した低仕事関数の透明陰極を有するトップエミッション型の有機光装置を実現することができる。
本発明の第11の実施の形態は、第9の実施の形態による有機光装置において、アルカリ金属をセシウム、リチウム、ナトリウム、カリウム、およびルビジウムのいずれかとしたもので、酸化物透明導電膜に種々の金属を含有させることにより低仕事関数の透明陰極を有するトップエミッション型の有機光装置を実現することができる。
本発明の第12の実施の形態は、第9の実施の形態による有機光装置において、酸化物透明導電膜の一方の主面側にアルカリ金属を偏在して混入させたもので、低仕事関数の透明陰極を有するトップエミッション型の有機光放射装置を実現することができる。
本発明の第13の実施の形態は、第9の実施の形態による有機光装置において、酸化物透明導電膜の全体にアルカリ金属を混入させたもので、低仕事関数の透明陰極を有するトップエミッション型の有機光放射装置を実現することができる。
【実施例1】
【0008】
以下に、本発明のアルカリ金属含有酸化物透明導電膜およびその成膜方法の一実施例を図面に基づいて説明する。以下の実施例の説明では酸化物透明導電膜がITOである場合について説明する。
図1は本発明の実施例1によるセシウム含有ITOのスパッタ成膜装置の構成を示す断面側面図である。
スパッタリング動力は高周波(RF)マグネトロンスパッタリング、直流スパッタリング、パルススパッタリング、リアクティブスパッタリングなどいかなるタイプのスパッタリングでもよい。スパッタリング室11の上部にスパッタ用のターゲット12を配置するスパッタカソード13が設けられ、スパッタカソード13のスパッタリング室11内部側に円盤状またはリング状のターゲット12が配置される。ターゲット12としては、たとえば、10重量%のSnO2をドーピングした3インチ径のIn23が使用される。
スパッタリング室11の下部にはスパッタカソード13に対向してサンプルステージ14が設けられ、サンプルステージ14の上、すなわち、スパッタリング室11内部側の面上にガラス基板15が設置される。ターゲット12とガラス基板15との距離および両者の相対的な位置は任意であるが、ITO膜に必要とされる最適な仕事関数、透明度、シート抵抗、成膜レートなどが得られるように設定することが必要である。本実施例ではターゲット12とガラス基板15との距離を6cmとした。また、ターゲット12とガラス基板15との相対的な位置関係は、ガラス基板15の中心位置Pがターゲット12の中心位置Qの直下の位置からややずらせて配置した。P−Q間の距離に相当するずらし距離については後述する。なお、本実施例はガラス基板15として説明するが、ポリマー等の基板でもよい。
スパッタリング室11の側壁にはアルゴンなどのスパッタガスを導入するガス導入口16が設けられ、ガス導入口16に対向した位置のスパッタリング室11の側壁にはガス排出口17が設けられている。ガス導入口16にはスパッタガスであるアルゴンガスを供給するボンベ18およびバルブ19が連結されており、ガス排出口17には真空ポンプ20が連結されている。
スパッタリング室11内のガス導入口16にはヒーターを内蔵させたセシウム蒸発源21が配置され、交流または直流駆動の電源22でヒータを加熱してセシウム蒸気を発生させる。セシウム蒸発源21とターゲット12との距離も任意であるが、本実施例では7cmとした。
セシウム蒸発源21からスパッタリング室11内にセシウムを蒸発させた際に、セシウム蒸気がスパッタリング室11内に導入されるが、セシウム蒸気がターゲット12とガラス基板15の中間位置であるプラズマ空間の中央部からガラス基板15にかけての空間に多く導入されるようにセシウム蒸発源21を配置することが好ましい。
たとえば、ターゲット12近傍:プラズマ空間の中央部:ガラス基板15近傍におけるセシウム蒸気の比率が20:50〜30:30〜50となるような位置に配置する。
【0009】
つぎに動作を説明する。
バルブ19を開けてボンベ18よりガス導入口16を経てスパッタリング室11内にアルゴンガスを導入し、真空ポンプ20によりガス排出口17から排出させてスパッタリング室内にアルゴンガスを流した状態で、サンプルステージ14およびガラス基板15を回転させながらターゲット12およびガラス基板15間にスパッタリング電力を加える。すると、スパッタリング室11内にプラズマが発生し、ターゲット12からITOがスパッタされ、ガラス基板15上にITO膜が形成される。
本実施例においては、所定の第1の時間ではセシウム蒸発源21のヒータを加熱せず、セシウムの蒸発は行わずにITO膜を形成し、所定の第2の時間にセシウム蒸発源21のヒータを加熱してプラズマ空間内にセシウムを蒸発させながらITO膜を形成した。
このとき、セシウム蒸気がターゲット12とガラス基板15の中間位置であるプラズマに吹き付ける、プラズマ空間の中央部からガラス基板15にかけての空間に吹き付ける、あるいはガラス基板15上に吹き付けるなどにより、プラズマ空間の中央部からガラス基板15にかけての空間にセシウム蒸気を集中的に導入されるように蒸発させる。したがって、ターゲット12からスパッタされるITOがプラズマ空間の中央部からガラス基板15に向かって進行する際に、ITO中にセシウム蒸気が効率的に取り込まれる。
スパッタリング条件として、スパッタリング出力を30W、アルゴンガス圧力を1.0Pa、スパッタリングレートを5〜7nm/min、ガラス基板15の温度を室温、スパッタリング時間を30分とし、第1の時間を23分、第2の時間を7分としたとき、上部50nmの部分にセシウムが偏在して混入している厚さ200nmのITO膜が得られた。
【0010】
図2は上述のスパッタリング条件において、ガラス基板15をターゲット12の直下位置から4cmずらせて成膜したセシウム含有ITO膜の分光スペクトルである。図2に示すように、740eV近傍(3d3/2)および726近傍(3d5/2)にピークが見られ、ITO膜中にセシウムが含有されていることが確認された。
【0011】
図3(a)〜(d)は本実施例における図1のスパッタ成膜装置を使用した場合のセシウム含有ITOの特性図で、図3(a)はガラス基板15を、ターゲット12の直下位置またはターゲット12よりずらせて配置し、上述のスパッタリング条件によりセシウムを混入させたITO膜をスパッタリングしたときのずらし距離と透明度との関係を示す特性図、図3(b)はずらし距離と仕事関数との関係を示す特性図、図3(c)はずらし距離に対する仕事関数の経時変化を示す特性図、図3(d)はずらし距離とシート抵抗との関係を示す特性図である。
図3(a)に示すように、透明度はガラス基板15をターゲット12の直下位置に配した場合に透明度が83%と最大になり、ガラス基板15をターゲット12の直下位置からずらしていくにつれて透明度は低下し、ずらし距離が4cmで透明度は62%、5cmで56%、7cmで54%程度に低下する。
一方仕事関数は、図3(b)に示すように、ガラス基板15をターゲット12の直下位置に配した場合には、スパッタ直後で4.48eV、空気中に24時間放置後で4.61eVと大きいが、ずらし距離が4cmではスパッタ直後および空気中に24時間放置後で4.35eV、5cmではスパッタ直後に4.3eV、空気中に24時間放置後で4.25eV、7cmではスパッタ直後に4.18eV、空気中に24時間放置後で4.23eV、8cmではスパッタ直後に4.1eV、空気中に24時間放置後で4.16eVとなり、ずらし距離が大きいほど仕事関数は低下する。
また、ITO膜の仕事関数の経時変化は、図3(c)に示すように、空気中に数日間放置した場合、ガラス基板15をターゲット12の直下位置に配した場合で、最初の1日で若干増加するが、それ以降はほぼ一定である。同様に、ずらし距離が4cmの場合は、最初の1日で若干増加するが、それ以降は低下傾向でほぼ一定である。ずらし距離が7cmの場合は、4日間増加傾向であるが、それ以降はほぼ一定である。このように、セシウムを含有させたITO膜は大気中できわめて安定していることがわかる。
また、シート抵抗は、図3(d)に示すように、ガラス基板15をターゲット12の直下位置に配した場合に10Ω/□と最低値になり、ずらし距離が大きくなるにつれて増大し、ずらし距離が4cmで25Ω/□、5cmで100Ω/□、7cmで2000Ω/□と対数的に増加する。
ITO膜をEL装置の光取り出し用陰極に使用する場合、評価の指標は透明性、シート抵抗および平坦性に加え、低い仕事関数であることが要求されるが、この観点から図3(a)〜図3(d)を参酌すると、ずらし距離が4cm〜5cmが最適であると判定される。すなわち、ずらし距離が4cm〜5cmの場合は、透明度は62%〜56%で実用的には十分な値であり、仕事関数およびその経時変化は4.35eV以下と小さく、シート抵抗は25〜100Ω/□で実用的には十分な値である。一方、ずらし距離が0cmである場合は仕事関数が4.48〜4.61eVと大きいので好ましくない。また、ずらし距離が5cmより大きい場合はシート抵抗が急激に大きくなるので好ましくない。
以上の結果から、図1のスパッタ成膜装置を使用した本実施例においては、有機EL装置の光取り出し用陰極に好適なITO膜としては、低ダメージでITOスパッタ中に、ガラス基板15をターゲット12の直下位置から4cm〜5cmずらせた位置に配置してセシウム蒸気を導入することが好ましい。
【0012】
以上の説明においては、酸化物透明導電膜がITOである場合について説明したが、酸化物透明導電膜としてインジウム−亜鉛酸化物、酸化錫、酸化インジウム、酸化インジウム亜鉛、酸化アルミニウム亜鉛、酸化亜鉛ガリウムおよび酸化インジウムタングステンなども利用可能である。
また、ITOにセシウムを含有させる場合について説明したが、セシウム以外にリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムなどのアルカリ金属をスパッタリング室11内に蒸発させてこれらのアルカリ金属をITOなどの酸化物透明導電膜に含有させてもよい。
また、スパッタリング装置としては、ターゲット12を上方に、ガラス基板15を下方に配置して上方から下方にスパッタさせるダウン方式、ターゲット12を下方に、ガラス基板15を上方に配置して下方から上方にスパッタさせるアップ方式、ターゲット12およびガラス基板15をスパッタリング室11の側壁に対向配置し、横方向にスパッタさせる方式、一対のターゲット12をハ字形に配置してガラス基板15の面に対して斜め方向からスパッタさせる方式、ターゲット12とガラス基板15間にグリッドを配置してスパッタ量を制御する方式など種々の変形が可能である。いずれの方式においても、有機光装置には、その有機層にダメージを与えないように成膜されることが好ましい。
また、セシウム蒸発源21をスパッタリング室11内のガス導入口16に配置した場合について説明したが、プラズマ空間の中央部やプラズマ空間の中央部とガラス基板15との中間位置、あるいは、ガラス基板15の近傍などの位置に配置してセシウム蒸気がプラズマ空間の中央部からガラス基板15側に多く導入されれば配置位置に制限は無い。また、上記のように蒸気が導入されれば、スパッタリング室の外部からでも構わない。
また、スパッタリング時間を30分とし、第1の時間を23分、第2の時間を7分として酸化物透明導電膜の上部にアルカリ金属を偏在させて混入した例について説明したが、全スパッタリング時間を通じてアルカリ金属をスパッタリングして、酸化物透明導電膜の全体にアルカリ金属を混入させてもよい。
また、図1のスパッタ成膜装置を使用してガラス基板15をターゲット12の直下位置からずらせてスパッタリングする例について説明したが、ガラス基板15とターゲット12とは、ITO膜に必要とされる仕事関数、透明性、シート抵抗、成膜レートなどを考慮して最適な位置に配置することが本質であり、図1とは異なるスパッタ成膜装置を使用したり、異なるスパッタリング条件によっては、ガラス基板15をターゲット12の直下位置に配置することが好ましい場合がある。たとえば、ITO膜の仕事関数を小さくする作用としてプラズマの影響が小さい場合には、ガラス基板15をターゲット12の直下位置に配置することにより透明度が大きく、シート抵抗が小さく、しかも低仕事関数のITO膜を得ることができる。また、高エネルギー粒子によるガラス基板15の温度分布の影響が大きい場合には、ガラス基板15をターゲット12の直下位置に配置して、ガラス基板15を冷却させるようにすればよい。
【実施例2】
【0013】
図4は実施例2によるセシウム含有ITO膜を使用した有機EL装置の構成を示す断面側面図である。
市販のITO膜付きガラス基板のITOフィルム31上にホール注入層32としてポリスチレンサルフォネート/ポリジヒドロチエノダイオキシン(Poly(styrenesulfonate)/poly(2,3−dihydrothieno(3,4−b)−1,4−dioxin、以下PEDT−PSSと記す。)をスピンコートし、200℃で3分熱処理する。ホール注入層32の上に、4,4’ bis[N(1
naphthyl)N phenylamino]biphenyl(以下、α−NPDと記す。)を真空蒸着してホール輸送層33が形成される。ホール輸送層33の上に、トリヒドロキシキノリネートアルミニウム(Tris[8−hydroxyquinolinato] aluminium、以下、Alq3と記す。)を真空蒸着して発光層34を形成する。発光層34の上に、トリアジン、2,9−Dimethyl−4,7−diphenyl−1,10−phenanthroline(以下、BCPと記す。)を真空蒸着して電子注入層35が形成される。電子注入層35の上に、実施例1によるセシウム含有ITO膜36を形成して本実施例2による有機EL装置(本発明装置C)が作成される。
なお、本発明装置Cによる有機ELとの特性を比較するために、発光層34の上にセシウムを含有していない通常のITO膜を形成した有機EL装置(比較装置A)および電子注入層35の生成時にBCPとセシウムを同時に蒸着してセシウムを含有させた電子注入層35上にセシウムを含有していない通常のITO膜を形成した有機EL装置(比較装置B)を合わせて作成した。
【0014】
図5(a)は比較装置A、比較装置Bおよび本発明装置Cの発光輝度特性図である。比較装置Aおよび比較装置Bは印加電圧が8V以下ではほとんど発光せず、8V以上で始めて発光を始める。なお、比較装置Bは電子注入層35にセシウムを含有させることにより比較装置Aより発光輝度が大きくなっていることが観察される。一方、本発明装置Cは印加電圧が4V付近から発光を始め、発光輝度も比較装置Bと同等ないしそれ以上である。したがって、発光のための駆動電圧を小さくすることができる。
図5(b)は比較装置A、比較装置Bおよび本発明装置Cの印加電圧に対する電流密度特性図である。本発明装置Cは、比較装置Aおよび比較装置Bに比較して発光前の漏洩電流が小さいことがわかる。
図5(c)は比較装置Bおよび本発明装置Cにおける陰極の仕事関数とターンオンスレショルド電圧の関係を示す特性図である。比較装置Bの仕事関数は4.53eV、ターンオンスレショルド電圧は7.8Vであるのに対し、本発明装置Cの仕事関数は4.33eV、ターンオンスレショルド電圧は5.6Vであり、より高い電子注入能力を持たせることができる。
このように、本実施例による有機EL装置は、発光のための駆動電圧が小さく、また、発光前の漏洩電流が小さく、さらに、ターンオンスレショルド電圧が小さいので、高い電子注入能力を持たせることができる。
【産業上の利用可能性】
【0015】
本発明の酸化物透明導電膜およびアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法は、仕事関数が4.5eVより低い酸化物透明導電膜を提供し、太陽電池や光センサの透明陰極、あるいは有機EL装置のトップエミッション用透明陰極などの有機光放射装置における透明陰極に適用して好適である。
また、本発明の有機光放射装置は、薄型テレビ、パソコン用ディスプレイ、携帯電話やPDA、デジタルカメラなどの携帯用機器のディスプレイ、カーナビゲーション用などの車載機器のディスプレイ、ヘッドアップディスプレイ、面発光照明、シート状フレキシブルディスプレイ、ヘルメットに装着する風除け曲面シールドなどへのヘッドアップディスプレイ、メガネ型ディスプレイなどの種々のフラットディスプレイに適用して好適である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施例1によるセシウム含有ITOのスパッタ成膜装置の構成を示す断面側面図
【図2】本発明の実施例1によるセシウム含有ITO膜の分光スペクトル図
【図3】本発明の実施例1によるセシウム含有ITOの特性図で、(a)はガラス基板とターゲットの位置のずらし距離と透明度との関係を示す特性図、(b)はずらし距離と仕事関数との関係を示す特性図、(c)はずらし距離に対する仕事関数の経時変化を示す特性図、(d)はずらし距離とシート抵抗との関係を示す特性図
【図4】本発明の実施例2によるセシウム含有ITO膜を使用した有機EL装置の構成を示す断面側面図
【図5】本発明の実施例2によるセシウム含有ITO膜を使用した有機EL装置の特性図で、(a)は発光輝度特性図、(b)は印加電圧に対する電流密度特性図、(c)は陰極の仕事関数とターンオンスレショルド電圧の関係を示す特性図
【符号の説明】
【0017】
11 スパッタリング室
12 ターゲット
13 スパッタカソード
14 サンプルステージ
15 ガラス基板
16 ガス導入口
17 ガス排出口
18 ボンベ
19 バルブ
20 真空ポンプ
21 セシウム蒸発源
22 電源
31 ITOフィルム
32 ホール注入層
33 ホール輸送層
34 発光層
35 電子注入層
36 セシウム含有ITO膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機光放射装置または有機光入力装置に使用される酸化物透明導電膜であって、アルカリ金属を含有したことを特徴とする酸化物透明導電膜。
【請求項2】
酸化インジウム錫、インジウム−亜鉛酸化物、酸化錫、酸化インジウム、酸化インジウム亜鉛、酸化アルミニウム亜鉛、酸化亜鉛ガリウムおよび酸化インジウムタングステンのいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の酸化物透明導電膜。
【請求項3】
前記アルカリ金属がセシウム、リチウム、ナトリウム、カリウム、およびルビジウムのいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の酸化物透明導電膜。
【請求項4】
一方の主面側に前記アルカリ金属が偏在して混入していることを特徴とする請求項1に記載の酸化物透明導電膜。
【請求項5】
全体に前記アルカリ金属が混入していることを特徴とする請求項1に記載の酸化物透明導電膜。
【請求項6】
有機光放射装置に使用されるアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法であって、スパッタリング室内にプラズマガスを流す工程と、前記スパッタリング室内に配置されたターゲットから前記ターゲットに対向して配置されたガラス、ポリマー等の基板又はその基板上に有機層が成膜されている基板に酸化物透明導電膜材料を放出する工程と、前記スパッタリング室内のプラズマ空間の中心から前記基板にかけての空間にアルカリ金属蒸気を導入する工程とを有することを特徴とするアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法。
【請求項7】
前記スパッタリング室内に前記プラズマガスを流す工程における前記プラズマガス(アルゴン、酸素等の反応性ガス)のみを流す時間が第1の時間および第2の時間の合計時間であり、前記スパッタリング室内にアルカリ金属蒸気を導入する工程における前記アルカリ金属蒸気を導入する時間が前記第1の時間および前記第2の時間の合計時間または前記第2の時間のみであることを特徴とする請求項6に記載のアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法。
【請求項8】
前記基板を前記ターゲットの中心位置からずらせて配置することを特徴とする請求項6に記載のアルカリ金属含有酸化物透明導電膜の成膜方法。
【請求項9】
透明陽極、ホール注入層、ホール輸送層、有機物からなる発光層、電子注入層および透明陰極がこの順で形成されており、前記透明陰極がアルカリ金属を含有した酸化物透明導電膜であることを特徴とする有機光装置。
【請求項10】
前記酸化物透明導電膜が酸化インジウム錫、インジウム−亜鉛酸化物、酸化錫、酸化インジウム、酸化インジウム亜鉛、酸化アルミニウム亜鉛、酸化亜鉛ガリウムおよび酸化インジウムタングステンのいずれかであることを特徴とする請求項9に記載の有機光装置。
【請求項11】
前記アルカリ金属がセシウム、リチウム、ナトリウム、カリウム、およびルビジウムのいずれかであることを特徴とする請求項9に記載の有機光装置。
【請求項12】
前記酸化物透明導電膜の一方の主面側に前記アルカリ金属が偏在して混入していることを特徴とする請求項9に記載の有機光装置。
【請求項13】
前記酸化物透明導電膜の全体に前記アルカリ金属が混入していることを特徴とする請求項9に記載の有機光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−108423(P2008−108423A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−27036(P2005−27036)
【出願日】平成17年2月2日(2005.2.2)
【出願人】(505042675)
【出願人】(397009093)株式会社マツボー (3)
【Fターム(参考)】