説明

酸化LDL受容体に対する抗体を含んでなる医薬組成物

【課題】酸化LDL受容体(LOX−1)に結合して、リガンドの結合を阻害する能力を有し、医薬組成物として使用しうる、抗LOX−1抗体を提供する。
【解決手段】ヒト型モノクローナル抗体である抗LOX−1抗体、およびLOX−1に結合性を有する断片ペプチド。さらに該抗体の産生細胞。該抗体は、種々の炎症性疾患、動脈硬化症、PTCRやPTCAの術後の血管再狭窄などの予防・治療用組成物として利用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化LDL受容体に結合し、酸化LDL受容体の生体内リガンドの該酸化LDL受容体への結合を阻害する能力を有する物質、及び薬学的に許容され得る担体を含んでなり、(1)該酸化LDL受容体への血小板若しくは活性化血小板の結合、または該酸化LDL受容体を発現する細胞による血小板若しくは活性化血小板の取込に起因する疾患を治療するための医薬組成物、(2)動脈硬化症、心筋虚血再潅流傷害、経皮的冠動脈血栓溶解術(PTCR)の術後、または経皮的冠血管形成術(PTCA)の術後における炎症反応で起こる白血球組織浸潤を阻害する医薬組成物、(3)動脈硬化症、心筋虚血再潅流傷害、経皮的冠動脈血栓溶解術(PTCR)の術後、または経皮的冠血管形成術(PTCA)の術後における炎症を治療するための医薬組成物、及び(4)経皮的冠動脈血栓溶解術(PTCR)または経皮的冠血管形成術(PTCA)の術後血管再狭窄を治療するための医薬組成物、に関する。
【背景技術】
【0002】
あらゆる組織及び血中に存在する種々形態のコレステロール(遊離型、長鎖脂肪酸型、及びエステル型)は、主に肝臓での生合成に由来する。肝臓で生合成された遊離型コレステロールは、超低密度リポ蛋白(VLDL)に取り込まれ、血中でリポ蛋白リパーゼ(LPL)及び肝性トリグリセリドリパーゼ(HTGL)の作用により、中間密度リポ蛋白(IDL)を経た後、低密度リポ蛋白(LDL;Low-Density Lipoprotein)へと代謝される。このLDLは、LDL受容体を介して末梢細胞へと取り込まれることにより、生体の細胞膜の構成において重要な役割を果たしている。
【0003】
しかしながら、このLDLが、血管内皮細胞などの細胞による作用、種々の化学的・物理的な要因、あるいは熱などの種々の要因により酸化変性を受けると、酸化LDL(Oxidized LDL)と呼ばれる変性LDLが血中に生ずることとなる。
血流中には十分量の抗酸化物質があるため、もともと血流中には酸化LDLが生じにくくはあるが、例え生じた場合であっても、それらのほとんどは肝臓で代謝される。
【0004】
一方、血管内皮下及び血管壁では、血管内皮細胞やマクロファージなどの細胞依存性化学変性並びにFe3+などの作用による細胞非依存性化学変性とにより酸化LDLが生ずるが、血流中での生成の場合と異なり、血管内皮下及び血管壁で生じた酸化LDLは、マクロファージの細胞内に蓄積されることとなる。
酸化LDLのマクロファージ細胞内への蓄積は、そのようにして生成した酸化LDLが、種々の変性LDL(酸化LDL、アセチルLDL、サクシニルLDL、マロンジアルデヒドLDL)に対する受容体であるマクロファージの細胞表面のスカベンジャー受容体を介して細胞内に取り込まれることによるものである(Nature, Vol.343, p.531-535, 1990;Nature, Vol.343, p.570-572, 1990;Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol.87, p.9133-9137, 1990;Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol.87, p.8810-8814, 1990;Curr. Opin. Lipodol., Vol.2, p.295-300, 1991;及びJ. Clin. Invest., Vol.90, p.1450-1457, 1992)。
【0005】
このマクロファージスカベンジャー受容体は、LDL受容体と異なり、細胞内のコレステロールの量に依存した受容体のダウンレギュレーションを受けない。従って、血管内皮下や血管壁に潜り込んだマクロファ−ジは、多量の変性LDLを取込むことにより細胞内に多量のコレステロールを蓄積し、泡沫細胞化することとなる(「分子動脈硬化学」、第4章「炎症細胞 1.スカベンジャー受容体」、第249-258頁、1995年、メディカルレビュー社発行)。
【0006】
一方、上述の血管内皮下や血管壁に潜り込んだマクロファ−ジは、血流中、血管内皮下あるいは血管壁などの種々部位で生じた酸化LDLの生成シグナルに応答して、血流中から移入してきたマクロファージに由来する。即ち、酸化LDLが、血流中のマクロファージや単球に対して走化性を示し、血管内皮細胞上に単球やマクロファージを集結させる性質、集結した単球やマクロファージの血管内皮下への潜り込み並びに血管壁へ引き込みを誘導する性質、引き込まれた単球のマクロファージへ分化を誘導する性質を誘導、さらに分化を完了したマクロファージの遊走を抑制する性質を有することによるものである。
【0007】
この単球やマクロファージの血管内皮細胞への集結には、最近、本発明者らにより同定された血管内皮細胞上に発現している酸化LDL受容体(Oxidized-LDLReceptor、Ox-LDL ReceptorまたはLOX−1と称される。Nature, Vol.386, p.73-77, 1997、及び脂質生化学研究, Vol.39, p.83-84, 1997)が深く関与し ていることが明らかにされつつある。
これまでの研究から、血流中の酸化LDLが、酸化LDL受容体を介して血管内皮細胞に取り込まれると、細胞内での一酸化窒素(NO)の産生が阻害され、この結果、血管内皮細胞の表面に細胞接着分子の発現が誘導されることが実験的に証明されている。このことから、細胞接着分子が発現する結果、マクロファージや単球が、血管内皮細胞上にトラップされ、トラップされたマクロファージや単球が、血管内皮下及び血管壁に潜り込むものと考えられている。そうして、血管内皮下及び血管壁に潜り込んだマクロファージは、上述したようにマクロファージスカベンジャー受容体を介した酸化LDLの取込みにより泡沫細胞化するものと考えられている。
【0008】
この血管壁でのマクロファージの泡沫細胞化は、動脈硬化症の主な原因であることから、動脈硬化症の発症の引金は、上述した単球やマクロファージの血管内皮細胞への集結であると考えられている。
この単球やマクロファージの血管内皮細胞への集結に深く関与する酸化LDL受容体は、多くの研究者が長年の間求め続けた結果、本発明者らが1997年に初めて同定に成功し、脚光を浴びているものである。酸化LDL受容体については、上述した性状及び機能以外の詳細な研究は、目下、精力的に進められているところである。
【0009】
老化した細胞及び細胞死(アポトーシスなど)に向かっている細胞は、生体にとって有害な細胞であり、該細胞の他の細胞による貪食は、正常な健康な細胞をそのような有害な細胞により与えられる種々の悪影響から守るために必須のプロセスである(Immunol. Today, Vol.14, p.131-136, 1993)。該老化した細胞及び細胞死(アポトーシスなど)に向かっている細胞の表面にける種々の変化が、貪食細胞による認識のメカニズムであると提唱されてきている。
【0010】
それらの変化の中で、フォスファチジルセリン(phosphatidylserine(PS))の細胞膜の内部リーフレット(leaflet)から外部リーフレットへのトランスロケーション(trans-location)は、細胞死(アポトーシス)へのプロセスにおける最も初期のシグナルとして知られている(J. Exp. Med., Vol.182, p.1545-1556, 1995)。従って、細胞の表面に曝されたPSの認識は、老化した細胞及び細胞死(アポトーシスなど)に向かっている細胞の除去のために最も重要なメカニズムであると考えることができる。マクロファージでは、老化した細胞及び細胞死(アポトーシスなど)に向かっている細胞の結合は、CD36及びクラスAスカベンジャー受容体を含め様々な受容体を介して行われていることが提唱されている(J. Clin. Invest., Vol.90, p.1513-1522, 1989; Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol.93, p.12456-12460, 1996)。CD36は、網上皮細胞による、アポトーシス性光受容体外部セグメント(Apoptotic photoreceptor outer segments)の認識、並びにαvβ3インテグリン及びスロンボスポンジン(thrombospondin)との協力下での単球由来マクロファージ胸腺細胞及び好中球の認識に関与している(J.Clin. Invest., Vol.90, p.1513-1522, 1989; J. Biol. Chem., Vol.271, 20536-20539, 1996)。胸腺マクロファージにおいては、抗クラスAスカベンジャー受容体抗体による処理、または該クラスAスカベンジャー受容体の遺伝子を破壊という処理によって、アポトーシスに向かう胸腺細胞の貪食が低減される(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol.93, p.12456-12460, 1996)。
【0011】
マクロファージは、細胞の異常性物質及び病因となる有機体の貪食に特化しているが、隣接する細胞の多くも、該アポトーシス進行性細胞の貪食に関与している(Immunol. Today, Vol.14, p.131-136, 1993)。前記分子による貪食におけるPSの役割は未だ解明されていないが、PS及び酸化LDLが老化した細胞及び細胞死(アポトーシスなど)に向かっている細胞の貪食において競合していると報告されている(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol.92, p.1396-1400, 1995)。この知見は、酸化LDLに対する血管内皮上の受容体である該LOX-1が、貪食メカニズムに関与するか否かを検討する興味を与えるものである。最近Oka(オカ)らは、LOX-1が、血管内皮細胞における老化赤血球及びアポトーシス進行性の細胞の貪食を媒介することを示唆する報告を行っている(Proc. Natl. Acad. Sci. USA., Vol.95, p.9535-9540, 1998)。
しかしながら、血小板や白血球などの他の細胞と酸化LDL受容体LOX-1との相互作用については全く解明されていない。
【0012】
LOX-1は、血管内皮細胞において発現される酸化LDLに対する主要な受容体であり、内皮細胞に対する酸化LDLの効果を媒介すると予測される。LOX-1の発現は、培養内皮細胞だけでなく、インタクトな大動脈のアテローム性内膜、及びヒト頚動脈でも見られる。LOX-1の発現は、インビトロにおいてある種のサイトカインにより誘導され、また高血圧ラットにおいて増加が見られる。このことは、LOX−1の発現が、動脈硬化症に関連する刺激により強く制御されていることを示すものである(Circulation, Vol.96, p.1-104, 1997; Biochem. Biophys.Res. Commun., Vol.237, p.496-498, 1997)。
しかしながら、LOX-1と動脈硬化症や動脈内膜肥厚との因果関係については未だ詳細に解明されていない。
【0013】
心筋組織に血液を送っている冠状動脈が動脈硬化や血栓などにより閉塞し、心筋組織が壊に陥ることが急性心筋梗塞である。近年、発症早期に経皮的冠動脈血栓溶解術(PTCR)や経皮的冠血管形成術(PTCA)を行うことにより、冠血流を回復させ心筋壊死を減少させる治療法が広く行われるようになり、生存率や心機能改善が向上している。しかし、血流途絶時間がある限度を超えると、血流を再開することによって新たに心筋傷害を惹起し、救い得る心筋組織量が減少し、重篤な炎症反応を伴う心筋虚血再潅流傷害が起こる。
一方、PTCRやPTCAは、動脈閉塞部位にカテーテルやバルーンを挿入し、物理的に狭窄部位を除去して血管を開通させることから、血管の内膜の傷害を伴う。血管の傷害が起こると、血管平滑筋の増殖や内膜下への遊走が惹起され、PTCRやPTCAの施術部位が肥厚した再狭窄が起こる。PTCAの場合には、施術後数ヶ月以内に約40%の患者で血管再狭窄が起こる。
LOX-1と動脈硬化症の発症との関連性については、その可能性についての示唆はあるものの未だ明らかにされていない。また、動脈硬化症における炎症、及びPTCR若しくはPTCA施術後の虚血性再潅流傷害における炎症とLOX-1との関連性、並びにPTCR若しくはPTCA施術後の血管再狭窄とLOX-1の関連性についても未だ明らかにされていない。
【0014】
白血球及び赤血球と並んで血球成分の1つである血小板は、止血機序(血液凝固系)において重要な役割を担い、傷害された血管内皮細胞に接触すると、種々の血液凝固系因子(血小板因子など)と共同して該傷害部位で接着、凝集反応を起こし血液凝固(止血)を起こす。また、血小板は、コラーゲン、ADPまたはトロンビン(Thrombin)などの血液凝固誘導物質と接触すると凝集塊を形成する。さらに、血小板は、免疫反応、特に炎症反応に大きく関与している。即ち、化粧版は、傷害された血管内皮細胞に接触して接着、凝集し、血管透過性因子や白血球を遊走させる補体成分の活性化に関与する因子などを放出する。血小板と炎症との関系については、例えば糸球体腎炎についてよく知られている。糸球体腎炎などの腎臓における病変の多くは、免疫学的機序に基づき発症する。血流中の免疫複合体や糸球体に結合した抗体が、補体や好中球、単球・マクロファージ、及び血小板などの様々な炎症性細胞を活性化し、これらの細胞から放出される炎症性メディエーターを介して様々な病変をもたらすものと考えられている。
糸球体腎炎の発症において、血小板が関与する証拠としては、次のような事実が明らかになっている。(1)電子顕微鏡や免疫組織化学的手法により、血小板膜抗原、血小板因子−4(platelet factor-4; PF‐4)、β‐トロンボグロブリン(β-thromboglobulin;β-TG)及びPDGF(platelet-derived growth factor)などの血小板中の顆粒物質が糸球体病変部に見られる、(2)顆粒物質の血小板中濃度の低下と、血流中濃度の上昇が見られる、(3)血小板寿命の短縮が認められる、(4)ADPでの血小板凝集が亢進している、(5)血流中のICを表す血小板凝集テストの陽性率がいくつかの腎炎において高値である、(6)抗血小板薬による蛋白尿の減少や腎臓機能改善が認められる。
【0015】
原発性及び持続性糸球体腎炎において血小板及び凝固系が関与することは、実験腎炎や臨床所見からもあきらかになっている。腎炎で炎症細胞が浸潤し糸球体の組織障害が起こると糸球体基底膜のコラーゲンが露出し、内因性凝固系が活性化される。一方、血管壁の障害で組織トロンボプラスチンが、また浸潤した単球から凝固活性化因子が放出されると外因性凝固系も活性化される。これに血小板が加わり、フィブリンが沈着し血栓が形成されると動脈硬化症等の硬化性病変が進行し、同時に線溶系も活性化されるようになる。血小板は、凝固系の活性化に起因する血栓形成に関与し、循環障害から糸球体障害をもたらす。
【0016】
このように腎炎の発症に深く関与する血小板の活性化は、血清病腎炎の解析により分析されている。該解析では、感作された好塩基球に抗原が結合すると血小板活性化因子(platelet-activating factor; PAF)が放出され、血小板の受容体に反応して放出反応が起こる。即ち、血小板の活性化には、ICや補体の他、トロンボキサンA2、PAF、血管壁のADPaseを介する機序などが関与する。
【0017】
上述のような血小板の血液凝固及び種々炎症における関与の性状に関連して、血中における血小板数の減少を来す疾患として、例えばDIC(disseminated intravascular coagulation syndrome;汎発性血管内凝固症候群、播種性血管内凝固症候群、脱繊維素症候群または消費性凝固傷害ともいう)、血小板性紫斑病及び突発性血小板減少症などがある。
DICは、何らかの機序で、内因性凝固過程を活性化する物質が血管内に流入し、全身の細小血管に広範に血栓が形成されて血液凝固第V因子、血液凝固第VIII因子及び血小板が消費されて減少する。本症を引き起こしやすい病態としては、細菌(例えばグラム陰性かん菌など)による敗血症、急性前骨髄球性白血病、溶血性尿毒症症候群、羊水エンボリー、前置胎盤早期剥離、腺癌の転移、ヘビ毒吠咬傷、肺手術、及び前立腺手術などが知られている。
血小板性紫斑病は、薬剤により血小板や赤血球などの血液細胞がアレルギー反応や自己免疫反応を起こし、血小板が破壊され血小板減少を来す疾患である。また、突発性血小板減少症は、脾臓のマクロファージにより血小板が急激に除去されてします病態であり、細菌やウイルスによる感染症あるいはSLEなどの自己免疫疾患などで頻繁に起こる。
一方、LOX-1と血小板及び活性化血小板との相互作用、LOX-1と種々の血小板減少症との関連性、並びにLOX-1と種々炎症との関連性については未だ全く明らかにされていない。
【0018】
一連の炎症反応過程においては、炎症反応の初期において、白血球の血管内皮細胞への接着及びそれに続く白血球の血管外組織への浸潤が起こる。即ち、外的あるいは内的要因により生体局所組織に何らかの傷害が起こった場合、通常は血管血流中を高速で流れている白血球が、速やかに血管内皮細胞に遊走し(「白血球の遊走」)、種々の接着分子(セレクチン等)を介して血管内皮細胞に接着(tethering)して(「初期の接着」)、血管内皮細胞膜上をローリングする(「ローリング」)。次いで、白血球は、他の接着分子(インテグリンなど)との接着を介して血管内皮細胞に強固に結合して(「強固な結合」)、次いで血管内皮細胞と血管内皮細胞との間隙から血管外組織へ浸潤する(「浸潤」)。白血球が組織に浸潤した後、組織の傷害部位へ移行し(「移行」)、一連の炎症反応が開始される。
このような白血球の、血管内皮細胞への接着、血管内皮細胞上でのローリング、並びに白血球の組織への浸潤と、LOX-1との関連性については未だ全く明らかにされていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
酸化LDL受容体(LOX-1)に結合し、該受容体を介して細胞内に取り込まれるリガンドについては、血中酸化LDL(動脈硬化症等の原因となる血管壁でのマクロファージの泡沫化進行過程における初期の生体反応である単球やマクロファージの血管内皮細胞への集結を誘導する引金となる)、人工的に調製したある種の老化赤血球、及び人工的に調製したある種のアポトーシス進行性細胞以外には知られていない。
該酸化LDL受容体の機能、並びに酸化LDL受容体の様々な生体リガンドを同定、解明するとともに、該生体内リガンドの酸化LDL受容体への結合を阻害する能力を有する物質を見出すことは、該リガンドが酸化LDL受容体に結合し、及び/または該リガンドが酸化LDL受容体発現細胞に取り込まれることに起因する種々の疾患の予防及び治療に有用な薬剤開発において極めて重要な意義を有する。
【0020】
即ち、本発明は、酸化LDL受容体の生体内リガンドを同定するとともに、該生体内リガンドの酸化LDL受容体への結合を阻害する能力を有する物質を見出し、該物質を用いて該リガンドの酸化LDL受容体への結合、及び/または該リガンドの細胞内への取り込みを抑制、阻害することにより種々の疾患を予防、治療するための医薬組成物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、哺乳動物の酸化LDL受容体(LOX-1)に結合し、該受容体を介して血管内皮細胞などの細胞内に取り込まれるリガンドに関して鋭意研究した結果、下記を見出し本発明を完成するに到った。
(1)酸化LDL受容体が、血小板並びに活性化血小板と結合し、それらを細胞内に取り込む(貪食)こと、さらに、そのような結合及び取り込み(貪食)が、酸化LDL受容体に結合する物質、例えば酸化LDL受容体に結合する抗体により阻害される。
(2)酸化LDL受容体に結合する物質、例えば酸化LDLに結合する抗体が、血小板減少を伴う疾患における血小板減少を有意に阻害する。
(3)酸化LDL受容体に結合する物質、例えば酸化LDLに結合する抗体が、種々炎症性疾患における炎症反応の初期の過程である白血球の組織への浸潤を有意に阻害する。
(4)酸化LDL受容体に結合する物質、例えば酸化LDLに結合する抗体が、経皮的冠血管形成術(PTCA)の術後の血管再狭窄を有意に阻害する。
【0022】
これらの全く新規な知見は、酸化LDL受容体が、種々の炎症、血小板減少症、血管の狭窄及び経皮的冠動脈形成術の術後再狭窄、並びに動脈硬化症のような硬化性病変に深く関与し、それらの疾患が、酸化LDL受容体に結合し酸化LDLの生体内リガンドの酸化LDL受容体への結合を阻害する物質(例えば、酸化LDLに結合する抗体など)により治療することができることを初めて明らかにするものである。
即ち、これらの知見に基づき、酸化LDL受容体に結合し酸化LDLの生体内リガンドの酸化LDL受容体への結合を阻害する物質(例えば、酸化LDLに結合する抗体など)を用いることにより、上記の種々疾患を予防、治療するための薬剤を開発することが可能となる。
【0023】
即ち、本発明は、下記(1)乃至(12)に記載されるとおりの発明である。
(1)酸化LDL受容体に結合し、酸化LDL受容体の生体内リガンドの該酸化LDL受容体への結合を阻害する能力を有する物質、及び薬学的に許容され得る担体を含んでなり、該酸化LDL受容体への血小板若しくは活性化血小板の結合、または該酸化LDL受容体を発現する細胞による血小板若しくは活性化血小板の取込に起因する疾患を治療するための医薬組成物。
(2)該疾患が、血小板減少を伴う疾患であることを特徴とする前記(1)に記載の医薬組成物。
(3)該疾患が、腎臓疾患であることを特徴とする前記(1)に記載の医薬組成物。
(4)該物質が、酸化LDL受容体に結合する抗体若しくは該抗体の一部であることを特徴とする前記(1)乃至前記(3)のいずれかに記載の医薬組成物。
(5)酸化LDL受容体に結合し、酸化LDL受容体の生体内リガンドの該酸化LDL受容体への結合を阻害する能力を有する物質、及び薬学的に許容され得る担体を含んでなる白血球組織浸潤阻害剤。
(6)該白血球組織浸潤が、動脈硬化症、心筋虚血再潅流傷害、経皮的冠動脈血栓溶解術(PTCR)の術後、または経皮的冠血管形成術(PTCA)の術後における炎症反応で起こる白血球組織浸潤であることを特徴とする前記(5)に記載の白血球組織浸潤阻害剤。
(7)該物質が、酸化LDL受容体に結合する抗体または該抗体の一部であることを特徴とする前記(5)または前記(6)に記載の白血球組織浸潤阻害剤。
(8)酸化LDL受容体に結合し、酸化LDL受容体の生体内リガンドの該酸化LDL受容体への結合を阻害する能力を有する物質、及び薬学的に許容され得る担体を含んでなる抗炎症剤。
(9)該炎症が、動脈硬化症、心筋虚血再潅流傷害、経皮的冠動脈血栓溶解術(PTCR)の術後、または経皮的冠血管形成術(PTCA)の術後における炎症であることを特徴とする前記(8)に記載の抗炎症剤。
(10)該物質が、酸化LDL受容体に結合する抗体または該抗体の一部であることを特徴とする前記(8)または前記(9)に記載の抗炎症剤。
(11)酸化LDL受容体に結合し、酸化LDL受容体の生体内リガンドの該酸化LDL受容体への結合を阻害する能力を有する物質、及び薬学的に許容され得る担体を含んでなる経皮的冠動脈血栓溶解術(PTCR)または経皮的冠血管形成術(PTCA)の術後血管再狭窄治療剤。
(12)該物質が、酸化LDL受容体に結合する抗体または該抗体の一部であることを特徴とする前記(11)に記載の血管再狭窄治療剤。
【発明の効果】
【0024】
本発明の医薬組成物は、酸化LDL受容体の動態異常、血小板及び活性化血小板の酸化LDL受容体への結合、及び/またはそれらの酸化LDL発現細胞内への取込(貪食)に起因する種々疾患、病変過程において白血球の組織への浸潤を伴う種々の疾患(例えば、炎症)、種々の炎症、動脈硬化症、PTCRやPTCA等の術後の血管再狭窄などの種々の疾患の予防及び治療において有用である。
また、本発明に包含されるヒト酸化LDL受容体に対するヒト抗体を含んでなる医薬組成物は、マウス由来の抗体をヒトに投与する際のアレルギー等の副作用を全く惹起しないことから医薬品として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】老化赤血球及びapoptotic細胞のウシ大動脈血管内皮細胞(BAE)への結合及び取り込み(貪食)の状態を示す図。分図(a)は、老化赤血球のBAEへの結合の状態を示す。分図(b)は、天然赤血球を用いたアッセイの結果を示す。分図(c)は、apoptoticHL60細胞のBAEへの結合及び取り込みの状態を示す。分図(d)は、アポトーシスを誘導する処理を施していないHL60細胞を用いたアッセイの結果を示す。
【図2】老化赤血球及びapoptotic細胞のBLOX1-CHOへの結合及び取り込み(貪食)の状態を示す図。分図(a)は、老化赤血球のBLOX1-CHOへの結合の状態を示す。分図(b)は、天然赤血球を用いたアッセイの結果を示す。分図(c)は、インキュベーション6時間後の老化赤血球のBLOX1-CHOへの取込の状態を示す。分図(d)は、apoptoticHL-60細胞のBLOX1-CHOへの結合の状態を示す。分図(e)は、アポトーシスを誘導する処理を施していないHL60細胞を用いたアッセイの結果を示す。
【図3】老化赤血球のBLOX1-CHOへの結合の酸化LDLまたはアセチル化LDLによる濃度依存的な阻害の効果を示す図。黒丸は、酸化LDLによる競合的阻害を示す。白丸は、アセチル化LDLによる阻害を示す。白四角は、LDLを用いた場合の結果を示す。
【図4】老化赤血球のBLOX1-CHOまたはBAEへの結合の種々のLOX-1リガンドによる阻害の効果を示す図。斜線はBLOX1-CHOを用いたアッセイの結果を示し、黒線はBAEを用いたアッセイの結果を示す。
【図5】老化赤血球のBLOX1-CHOまたはBAEへの結合の抗LOX-1抗体による阻害の効果を示す図。斜線はBLOX1-CHOを用いたアッセイの結果を示し、黒線はBAEを用いたアッセイの結果を示す。
【図6】ApoptoticHL-60細胞のBLOX1-CHOまたはBAEへの結合の種々のLOX-1リガンドによる阻害の効果を示す図。斜線はBLOX1-CHOを用いたアッセイの結果を示し、黒線はBAEを用いたアッセイの結果を示す。
【図7】老化赤血球及びapoptoticHL-60細胞のBLOX1-CHOまたはBAEへの結合のLOX-Fcによる阻害の効果を示す図。分図(a)は老化赤血球を用いたアッセイの結果を示す。分図(b)apoptoticHL-60細胞はを用いたアッセイの結果を示す。斜線はBLOX1-CHOを用いたアッセイの結果を示し、黒線はBAEを用いたアッセイの結果を示す。
【図8】赤血球の老化に伴う赤血球表面への経時的なPSの出現の状態を示す図。
【図9】赤血球の老化の程度に依存的な老化赤血球のBLOX1-CHOへの結合の状態を示す図。白丸は、赤血球をリン酸緩衝液中で培養した場合の結果を示し、黒丸は、赤血球を0.1%グルコースを含むリン酸緩衝液中で培養した場合の結果を示す。
【図10】老化赤血球のBLOX1-CHOへの結合のPSリポソームまたはPCリポソームによる阻害の効果を示す図。黒丸はPSリポソームによる阻害効果を示す。白丸はPCリポソームを用いた場合の結果を示す。
【図11】老化赤血球のBAEへの結合のPSリポソーム及びPCリポソームによる競合的阻害の効果を示す図。
【図12】ApoptoticHL-60細胞のBLOX1-CHOまたはBAEへの結合のPSリポソームによる阻害の効果を示す図。斜線はBLOX1-CHOを用いたアッセイの結果を示す。黒線はBAEを用いたアッセイの結果を示す。
【図13】老化赤血球のBLOX1-CHOへの結合の種々のリン脂質リポソームのよる阻害の効果を示す図。
【図14】フローサイトメーターを用いて測定した血小板または活性化血小板のLOX-1への結合の程度を示す図。
【図15】活性化血小板のLOX-1への結合と酸化LDLの濃度との相関関係を示す図。
【図16】活性化血小板のLOX-1への結合の抗LOX-1抗体による阻害効果を示す図。
【図17】フローサイトメーターを用いて測定した血小板または活性化血小板の野生型CHO細胞またはLOX-1-CHOへの結合の程度を示す図。
【図18】活性化血小板のLOX-1への結合と酸化LDLの濃度との相関関係、並びに血小板をコラーゲンで活性化させた場合の活性化血小板のLOX-1への結合を示す図。
【図19】血小板のBLOX1-CHOまたはCHO-K1への結合及び/または取り込みの状態を示す図。分図(a)はBLOX1-CHOへの結合の状態を示す。分図(b)はCHO-K1を用いたアッセイの結果を示す図。
【図20】血小板のBLOX1-CHOへの取込(貪食)の状態を示す図。
【図21】血小板のBLOX1-CHOへの結合の抗LOX-1抗体による阻害の効果を示す図。
【図22】血小板のBAEへの結合の抗LOX-1抗体による阻害の効果を示す図。
【図23】血小板のトロンビンまたはコラーゲンによる活性化に伴う活性化血小板のBLOX1-CHOへの結合の増強の状態を示す図。
【図24】血小板のBLOX1-CHOへの結合のPSリポソームまたはPCリポソームによる阻害の効果を示す図。
【図25】血小板のBLOX1-CHOへの結合の酸化LDLまたは天然型LDLによる阻害の効果を示す図。白丸は酸化LDLを用いた場合の阻害効果を示す。黒丸は天然型LDLを用いたアッセイの結果を示す。
【図26】トロンビン及びコラーゲンで活性化した活性化血小板または休止血小板のBAEへの結合に伴うBAEからのET-1の放出の程度を示す図。
【図27】血小板に富んだ血漿(PRP)中の血小板のBLOX1-CHOへの結合に伴うPRP中でのトロンビン産生量の変化を示す図。
【図28】血小板減少症に対する抗LOX-1抗体の治療学的効果を示す図。
【図29】白血球の組織への浸潤に対する抗LOX-1抗体の阻害効果を示す図。
【図30】白血球の組織への浸潤に対する抗LOX-1抗体の阻害効果を示す図。
【図31】白血球の組織への浸潤に伴う炎症反応の進行のパラメーターである蛋白漏出に対する抗LOX-1抗体の阻害効果を示す図。
【図32】PTCAを施術した後の血管再狭窄に対する抗LOX-1抗体の阻害効果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明で用いられる抗体の一般的製造方法、並びに本発明で用いる語句の意味を明らかにすることにより、本発明を詳細に説明する。
本発明における「哺乳動物」とは、ヒト、ウシ、ヤギ、ウサギ、マウス、ラット、ハムスター、及びモルモット等を意味し、好ましくは、ヒト、ウシ、ラット、マウスまたはハムスターであり、特に好ましくは、ヒトである。
本発明における「酸化LDL受容体」とは、前記「哺乳動物」に由来する酸化LDL受容体であって、好ましくは既報に記載されるとおりのヒト、ウシ、ウサギ、ラットまたはマウスの酸化LDL受容体である(Oxidized-LDL Receptor、Ox-LDL Receptorまたは LOX−1)である(Nature, Vol.386, p.73-77, 1997;脂質生化学研究, Vol.39, p.83-84, 1997; 特開平9-98787号公報;GenBank Accession No.BAA81912;Biochem. J., Vol.330 (Pt.3), p.1417-1422, 1998)。
具体的には、配列番号1に記載されるアミノ酸配列有するヒト酸化LDL受容体、または配列番号2に記載されるアミノ酸配列を有するウシ酸化LDL受容体である。
【0027】
また、本発明で言う「酸化LDL受容体」には、該既報の文献中に記載された哺乳動物の酸化LDL受容体、特に好ましくはヒト酸化LDL受容体のアミノ酸配列(配列番号1)と実質的に同一のアミノ酸配列を有するポリペプチド、及びウシの酸化LDL受容体のアミノ酸配列(配列番号2)と実質的に同一のアミノ酸配列を有するポリペプチドも包含する。
【0028】
ここで「実質的に同一のアミノ酸配列を有する」とは、該既報のアミノ酸配列を含むポリペプチドと実質的に同等の生物学的性質を有する限り、該アミノ酸配列中の複数個のアミノ酸、好ましくは1乃至10個のアミノ酸、特に好ましくは1乃至5個のアミノ酸が置換、欠失及び/または修飾されているアミノ酸配列を有するポリペプチド、並びに該アミノ酸配列に、複数個のアミノ酸、好ましくは1乃至10個のアミノ酸、特に好ましくは1乃至5個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチドも本願発明の「酸化LDL受容体」の範囲に包含されることを意味する。
【0029】
本発明における酸化LDL受容体は、膜貫通蛋白であり、細胞外領域を有する。「細胞外領域」とは、前記のとおり定義された「酸化LDL受容体」の細胞外領域を意味する。 ここで「細胞外領域」とは、以下のような意味を有するものである。即ち、前記のような酸化LDL受容体(Oxidized-LDL Receptor、Ox-LDL ReseptorまたはLOX−1)に限らず、ほとんどの全ての受容体あるいは細胞膜表面分子は、細胞膜貫性通蛋白に属し、膜の脂質二重層を1回または数回貫通する疎水性ペプチド領域により膜と連結し、全体として細胞外領域(extracellular region)、膜貫通領域(transmembrane region)及び細胞質領域(cytoplasmic region)の3つの主領域から構成される構造をとっている。さらにそのような膜貫通性タンパクは、モノマ−(monomer)として、または、同一のアミノ酸配列を有するもう1本の鎖あるいは異なるアミノ酸配列を有する鎖とともにそれぞれホモダイマ−(homodimer) 、ヘテロダイマ−(heterodimer) あるいはオリゴマ−(origomer)を形成して存在する。
【0030】
本発明において用いられる「細胞外領域」とは、前述のような膜貫通性蛋白の全体構造のうち、該膜タンパクが連結している膜の外界側に存在する部分構造(部分領域)の全部または一部を意味し、換言すれば、膜内に取り込まれている領域(膜貫通領域)及び該膜内の領域に引き続いて細胞質内に存在する領域(細胞内領域)以外の領域の全部または一部を意味する。
【0031】
本発明における「抗体」とは、ポリクローナル抗体(抗血清)あるいはモノクローナル抗体を意味し、好ましくはモノクローナル抗体である。
具体的には、前述の酸化LDL受容体(得に好ましくはヒトの酸化LDL受容体)またはその一部に結合する抗体である。
本発明の「抗体」は、前述の哺乳動物の酸化LDL受容体、好ましくはヒトの酸化LDL受容体(天然体、組換体、合成物、細胞培養上清を含む)若しくはその一部を抗原(免疫源)として用い、マウス、ラット、ハムスター、モルモットあるいはウサギ等の哺乳動物に免疫して得られる天然型抗体、遺伝子組換技術を用いて製造され得るキメラ抗体及びヒト型抗体(CDR-grafted抗体)、並びにヒト抗体産生トランスジェニック動物等を用いて製造され得るヒト抗体も包含する。
またモノクローナル抗体の場合には、IgG、IgM、IgA、IgDあるいはIgE等のいずれのアイソタイプを有するモノクローナル抗体をも包含する。好ましくは、IgGまたはIgMである。
【0032】
本発明で言うポリクローナル抗体(抗血清)あるいはモノクローナル抗体は、既存の一般的な製造方法によって製造することができる。即ち、例えば、抗原を、必要に応じてフロイントアジュバント(Freund's Adjuvant)とともに、哺乳動物、好ましくは、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ブタ、ヤギ、ウマあるいはウシ、より好ましくはマウス、ラット、ハムスター、モルモットまたはウサギに免疫する。ポリクローナル抗体は、該免疫感作動物から得た血清から取得することができる。またモノクローナル抗体は、該免疫感作動物から得た該抗体産生細胞と自己抗体産生能のない骨髄腫系細胞(ミエローマ細胞)からハイブリドーマを調製し、該ハイブリドーマをクローン化し、哺乳動物の免疫に用いた抗原に対して特異的親和性を示すモノクローナル抗体を産生するクローンを選択することによって製造される。
【0033】
モノクローナル抗体は、具体的には下記のようにして製造することができる。即ち、前述のヒト由来結合組織増殖因子(天然体、組換体、合成物、細胞培養上清を含む)若しくはその一部を免疫原として、該免疫原を、必要に応じてフロイントアジュバント(Freund's Adjuvant)とともに、マウス、ラット、ハムスター、モルモ ットあるいはウサギ、好ましくはマウス、ラットあるいはハムスター(ヒト抗体産生トランスジェニックマウスのような他の動物由来の抗体を産生するように作出されたトランスジェニック動物を含む)の皮下内、筋肉内、静脈内、フッドパッド内あるいは腹腔内に1乃至数回注射するかあるいは移植することにより免疫感作を施す。通常、初回免疫から約1乃至14日毎に1乃至4回免疫を行って、最終免疫より約1乃至5日後に免疫感作された該哺乳動物から抗体産生細胞が取得される。免疫を施す回数及び時間的インターバルは、使用する免疫原の性質などにより、適宜変更することができる。
【0034】
モノクローナル抗体を分泌するハイブリドーマの調製は、ケーラー及びミルシュタインらの方法(ネイチャー(Nature)、第256巻、第495〜第497頁、1975年)及びそれに準じる修飾方法に従って行うことができる。即ち、前述の如く免疫感作された哺乳動物から取得される脾臓、リンパ節、骨髄あるいは扁桃等、好ましくは脾臓に含まれる抗体産生細胞と、好ましくはマウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギまたはヒト等の哺乳動物、より好ましくはマウス、ラットまたはヒト由来の自己抗体産生能のないミエローマ細胞との細胞融合させることにより調製される。
【0035】
細胞融合に用いられるミエローマ細胞としては、例えばマウス由来ミエローマP3/X63-AG8.653(653)、P3/NSI/1-Ag4-1(NS−1)、P3/X63-Ag8.U1(P3U1)、SP2/0-Ag14(Sp2/O、Sp2)、PAI、F0あるいはBW5147、ラット由来ミエローマ210RCY3-Ag.2.3.、ヒト由来ミエローマU-266AR1、GM1500-6TG-A1-2、UC729-6、CEM-AGR、D1R11あるいはCEM-T15を使用することができる。
モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマクローンのスクリーニングは、ハイブリドーマを、例えばマイクロタイタープレート中で培養し、増殖の見られたウェルの培養上清の前述のマウス免疫感作で用いた免疫抗原に対する反応性を、例えばRIAやELISA等の酵素免疫測定法によって測定することにより行なうことができる。
【0036】
ハイブリドーマからのモノクローナル抗体の製造は、ハイブリドーマをインビトロ、またはマウス、ラット、モルモット、ハムスターまたはウサギ等、好ましくはマウスまたはラット、より好ましくはマウスの腹水中等でのインビボで行い、得られた培養上清、または哺乳動物の腹水から単離することにより行うことができる。
インビトロで培養する場合には、培養する細胞種の特性、試験研究の目的及び培養方法等の種々条件に合わせて、ハイブリドーマを増殖、維持及び保存させ、培養上清中にモノクローナル抗体を産生させるために用いられるような既知栄養培地あるいは既知の基本培地から誘導調製されるあらゆる栄養培地を用いて実施することが可能である。
【0037】
基本培地としては、例えば、Ham’F12培地、MCDB153培地あるいは低カルシウムMEM培地等の低カルシウム培地及びMCDB104培地、MEM培地、D−MEM培地、RPMI1640培地、ASF104培地あるいはRD培地等の高カルシウム培地等が挙げられ、該基本培地は、目的に応じて、例えば血清、ホルモン、サイトカイン及び/または種々無機あるいは有機物質等を含有することができる。
モノクローナル抗体の単離、精製は、上述の培養上清あるいは腹水を、飽和硫酸アンモニウム、ユーグロブリン沈澱法、カプロイン酸法、カプリル酸法、イオン交換クロマトグラフィー(DEAEまたはDE52等)、抗イムノグロブリンカラムあるいはプロテインAカラム等のアフィニティカラムクロマトグラフィーに供すること等により行うことができる。
【0038】
本発明における「キメラ抗体」は、遺伝子工学的に作製されるモノクローナル抗体であって、具体的には、例えば、その可変領域がマウスイムノグロブリン由来の可変領域であり、かつその定常領域がヒトイムノグロブリン由来の定常領域であることを特徴とするマウス/ヒトキメラモノクローナル抗体等のキメラモノクローナル抗体を意味する。
ヒトイムノグロブリン由来の定常領域は、IgG、IgM、IgA、IgD及びIgE等のアイソタイプにより各々固有のアミノ酸配列を有するが、本発明における組換キメラモノクローナル抗体の定常領域はいずれのアイソタイプに属するヒトイムノグログリンの定常領域であってもよい。好ましくは、ヒトIgGの定常領域である。
本発明におけるキメラモノクローナル抗体は、例えば以下のようにして製造することができる。しかしながら、そのような製造方法に限定されるものでないことは言うまでもない。
【0039】
例えば、マウス/ヒトキメラモノクローナル抗体は、実験医学(臨時増刊号)、第1.6巻、第10号、1988年及び特公平3−73280号公報等を参照しながら作製することができる。即ち、マウスモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマから単離した該マウスモノクローナル抗体をコードするDNAから取得した活性なVH遺伝子(H鎖可変領域をコードする再配列されたVDJ遺伝子)の下流に、ヒトイムノグロムリンをコードするDNAから取得したCH遺伝子(H鎖定常領域をコードするC遺伝子)を、また該ハイブリドーマから単離したマウスモノクローナル抗体をコードするDNAから取得した活性なVL遺伝子(L鎖可変領域をコードする再配列されたVJ遺伝子)の下流にヒトイムノグロムリンをコードするDNAから取得したCL遺伝子(L鎖定常領域をコードするC遺伝子)を、各々発現可能なように配列して1つ又は別々の発現ベクターに挿入し、該発現ベクターで宿主細胞を形質転換し、該形質転換細胞を培養することにより作製することができる。
【0040】
具体的には、まず、マウスモノクローナル抗体産生ハイブリドーマから常法によりDNAを抽出後、該DNAを適切な制限酵素(例えばEcoRI、HindIII等)を用いて消化し、電気泳動に付して(例えば0.7%アガロースゲル使 用)サザンブロット法を行う。泳動したゲルを例えばエチジウムブロマイド等で染色し、写真撮影後、マーカーの位置を付し、ゲルを2回水洗し、0.25M HCl溶液に15分間浸す。次いで、0.4NのNaOH溶液に10分間浸し、その間緩やかに振盪する。常法により、フィルターに移し、4時間後フィルターを回収して2×SSCで2回洗浄する。フィルターを十分乾燥した後、ベイキング(75℃、3時間)を行う。ベイキング終了後に、該フィルターを0.1×SSC/0.1%SDS溶液に入れ、65℃で30分間処理する。次いで、3×SSC/0.1%SDS溶液に浸す。得られたフィルターをプレハイブリダイゼーション液と共にビニール袋に入れ、65℃で3〜4時間処理する。
【0041】
次に、この中に32P標識したプローブDNA及びハイブリダイゼーション液を入れ、65℃で12時間程度反応させる。ハイブリダイゼーション終了後、適切な塩濃度、反応温度および時間(例えば、2×SSC−0.1%SDS溶液、室温、10分間)のもとで、フィルターを洗う。該フィルターをビニール袋に入れ、2×SSCを少量加え、密封し、オートラジオグラフィーを行う。
上記サザンブロット法により、マウスモノクローナル抗体のH鎖及びL鎖を各々コードする再配列されたVDJ遺伝子及びVJ遺伝子を同定する。同定したDNA断片を含む領域をショ糖密度勾配遠心にて分画し、ファージベクター(例えば、Charon 4A、Charon 28、λEMBL3、λEMBL4等)に組み込み、該ファージベクターで大腸菌(例えば、LE392、NM539等) を形質転換し、ゲノムライブラリーを作製する。そのゲノムライブラリーを適当なプローブ(H鎖J遺伝子、L鎖(κ)J遺伝子等)を用いて、例えばベントンデイビス法(サイエンス(Science)、第196巻、第180〜第182頁、1977年)に従って、プ ラークハイブリダイゼーションを行い、再配列されたVDJ遺伝子あるいはVJ遺伝子を各々含むポジティブクローンを得る。得られたクローンの制限酵素地図を作製し、塩基配列を決定し、目的とする再配列されたVH(VDJ)遺伝子あるいはVL(VJ)遺伝子を含む遺伝子が得られていることを確認する。
【0042】
一方、キメラ化に用いるヒトCH遺伝子及びヒトCL遺伝子を別に単離する。例えば、ヒトIgG1とのキメラ抗体を作製する場合には、CH遺伝子であるCγ1遺伝子とCL遺伝子であるCκ遺伝子を単離する。これらの遺伝子はマウス免疫グロブリン遺伝子とヒト免疫グロブリン遺伝子の塩基配列の高い相同性を利用してヒトCγ1遺伝子及びヒトCκ遺伝子に相当するマウスCγ1遺伝子及びマウスCκ遺伝子をプローブとして用い、ヒトゲノムライブラリーから単離することによって得ることができる。
【0043】
具体的には、例えば、クローンIg146(プロシーディングスナショナルアカデミーオブサイエンス(Proc. Natl. Acad. Sci. USA)、第75巻、第4709〜第4713頁、1978年)からの3kbのHindIII−BamHI断片とクローンMEP10(プロシーディングスナショナルアカデミーオブサイエンス(Proc. Natl. Acad. Sci. USA)、第78巻、第474〜第478頁、1981年)からの6.8kbのEcoRI断片をプローブとして用い、ヒトのラムダCharon 4A のHaeIII−AluIゲノムライブラリー(セル(Cell)、第15巻、第1157〜第1174頁、1978年)中から、ヒトCκ遺伝子を含み、エンハンサー領域を保持しているDNA断片を単離する。また、ヒトCγ1遺伝子は、例えばヒト胎児肝細胞DNAをHindIIIで切断し、アガロースゲル電気泳動で分画した後、5.9kbのバンドをλ788に挿入し、前記のプローブを用いて単離する。
【0044】
このようにして単離されたマウスVH遺伝子とマウスVL遺伝子、及びヒトCH遺伝子とヒトCL遺伝子を用いて、プロモーター領域及びエンハンサー領域などを考慮しながらマウスVH遺伝子の下流にヒトCH遺伝子を、またマウスVL遺伝子の下流にヒトCL遺伝子を、適切な制限酵素及びDNAリガーゼを用いて、例えばpSV2gptあるいはpSV2neo等の発現ベクターに常法に従って組み込む。この際、マウスVH遺伝子/ヒトCH遺伝子とマウスVL遺伝子/ヒトCL遺伝子のキメラ遺伝子は、一つの発現ベクターに同時に配置されてもよいし、各々別個の発現ベクターに配置することもできる。
【0045】
このようにして作製したキメラ遺伝子挿入発現ベクターを、例えばP3X63・Ag8・653 細胞あるいはSP210細胞といった、自らは抗体を産生していない骨髄腫細胞にプロトプラスト融合法、DEAE−デキストラン法、リン酸カルシウム法あるいは電気穿孔法等により導入する。形質転換細胞は、発現ベクターに導入された薬物耐性遺伝子に対応する薬物含有培地中での培養により選別し、目的とするキメラモノクローナル抗体産生細胞を取得する。
このようにして選別された抗体産生細胞の培養上清中から目的のキメラモノクローナル抗体を取得する。
【0046】
本発明における「ヒト型抗体(CDR-grafted抗体)」は、遺伝子工学的に作製されるモノクローナル抗体であって、具体的には、例えば、その超可変領域の相補性決定領域の一部または全部がマウスモノクローナル抗体に由来する超可変領域の相補性決定領域であり、その可変領域の枠組領域がヒトイムノグロブリン由来の可変領域の枠組領域であり、かつその定常領域がヒトイムノグロブリン由来の定常領域であることを特徴とするヒト型モノクローナル抗体を意味する。
【0047】
ここで、超可変領域の相補性決定領域とは、抗体の可変領域中の超可変領域に存在し、抗原と相補的に直接結合する部位である3つの領域(Complementarity-determining residue;CDR1、CDR2、CDR3)を指し、また可変領域の枠組領域とは、該3つ相補性決定領域の前後に介在する比較的保存された4つの領域(Framework;FR1、FR2、FR3、FR4)を指す。
換言すれば、例えばマウスモノクローナル抗体の超可変領域の相補性決定領域の一部または全部以外の全ての領域が、ヒトイムノグロブリンの対応領域と置き代わったモノクローナル抗体を意味する。
ヒトイムノグロブリン由来の定常領域は、IgG、IgM、IgA、IgD及びIgE等のアイソタイプにより各々固有のアミノ酸配列を有するが、本発明におけるヒト型モノクローナル抗体の定常領域はいずれのアイソタイプに属するヒトイムノグログリンの定常領域であってもよい。好ましくは、ヒトIgGの定常領域である。また、ヒトイムノグロブリン由来の可変領域の枠組領域についても限定されるものではない。
【0048】
本発明におけるヒト型モノクローナル抗体は、例えば以下のようにして製造することができる。しかしながら、そのような製造方法に限定されるものでないことは言うまでもない。
例えば、マウスモノクローナル抗体に由来する組換ヒト型モノクローナル抗体は、特表平4−506458号公報及び特開昭62−296890号公報等を参照して、遺伝子工学的に作製することができる。即ち、マウスモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマから、少なくとも1つのマウスH鎖CDR遺伝子と該マウスH鎖CDR遺伝子に対応する少なくとも1つのマウスL鎖CDR遺伝子を単離し、またヒトイムノグロブリン遺伝子から前記マウスH鎖CDRに対応するヒトH鎖CDR以外の全領域をコードするヒトH鎖遺伝子と、前マウスL鎖CDRに対応するヒトL鎖CDR以外の全領域をコードするヒトL鎖遺伝子を単離する。
【0049】
単離した該マウスH鎖CDR遺伝子と該ヒトH鎖遺伝子を発現可能なように適当な発現ベクターに導入し、同様に該マウスL鎖CDR遺伝子と該ヒトL鎖遺伝子を発現可能なように適当なもう1つの発現ベクターに導入する。または、該マウスH鎖CDR遺伝子/ヒトH鎖遺伝子とマウスL鎖CDR遺伝子/ヒトL鎖遺伝子を同一の発現ベクターに発現可能なように導入することもできる。このようにして作製された発現ベクターで宿主細胞を形質転換することによりヒト型モノクローナル抗体産生形質転換細胞を得、該形質転換細胞を培養することにより培養上清中から目的のヒト型モノクローナル抗体を得る。
【0050】
本発明における「ヒト抗体」とは、イムノグロブリンを構成するH鎖の可変領域及びH鎖の定常領域並びにL鎖の可変領域及びL鎖の定常領域を含む全ての領域がヒトイムノグロブリンをコードする遺伝子に由来するイムノグロブリンである。
ヒト抗体は、常法に従って、例えば、少なくともヒトイムノグロブリン遺伝子をマウス等のヒト以外の哺乳動物の遺伝子座中に組込むことにより作製されたトランスジェニック動物を、抗原で免疫感作することにより、前述したポリクローナル抗体あるいはモノクローナル抗体の作製法と同様にして製造することができる。
例えば、ヒト抗体を産生するトランスジェニックマウスは、ネイチャージェネティックス(Nature Genetics)、第15巻、第146〜第156頁、1997年;ネイチャージェネティックス、第7巻、第13〜第21頁、1994年;特表平4−504365号公報;国際出願公開WO94/25585号公報;日経サイエンス、6月号、第40〜第50頁、1995年;ネイチャー(Nature)、第368巻、第856〜第859頁、1994年;及び特表平6−500233号公報に記載の方法に従って作製することができる。
また、昨今開発された技術であるトランスジェニックなウシやブタのミルク中からヒト由来タンパクを製造方法を適用することも可能である(日系サイエンス、1997年4月号、第78頁乃至84頁)。
【0051】
本発明における「抗体の一部」とは、前述の本発明における抗体、好ましくはモノクローナル抗体の一部分の領域を意味し、具体的にはF(ab’)2、Fab’、Fab、Fv(variable fragment of antibody)、sFv、dsFv(disulphide stabilised Fv)あるいはdAb(single domain antibody)である(エキスパート・オピニオン・オン・テラピューティック・パテンツ(Exp. Opin. Ther. Patents),第6巻,第5号,第441〜456頁,1996年)。
【0052】
ここで、「F(ab’)2」及び「Fab’」とは、イムノグロブリン(モノクローナル抗体)を、蛋白分解酵素であるペプシンあるいはパパイン等で処理することにより製造され、ヒンジ領域中の2本のH鎖間に存在するジスルフィド結合の前後で消化されて生成される抗体フラグメントを意味する。例えば、IgGをパパインで処理すると、ヒンジ領域中の2本のH鎖間に存在するジスルフィド結合の上流で切断されてVL(L鎖可変領域)とCL(L鎖定常領域)からなるL鎖、及びVH(H鎖可変領域)とCHγ1(H鎖定常領域中のγ1領域)とからなるH鎖フラグメントがC末端領域でジスルフィド結合により結合した相同な2つの抗体フラグメントを製造することができる。これら2つの相同な抗体フラグメントを各々Fab’という。またIgGをペプシンで処理すると、ヒンジ領域中の2本のH鎖間に存在するジスルフィド結合の下流で切断されて前記2つのFab’がヒンジ領域でつながったものよりやや大きい抗体フラグメントを製造することができる。この抗体フラグメントをF(ab’)2という。
【0053】
本発明における「医薬組成物」は、本発明の融合ポリペプチドを有効成分として、薬学的に許容され得る担体、即ち、賦形剤、希釈剤、増量剤、崩壊剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、乳化剤、芳香剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味剤、溶解補助剤あるいはその他の添加剤等の一つ以上とともに医薬組成物とし、錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、注射剤、液剤、カプセル剤、トロー剤、エリキシル剤、懸濁剤、乳剤あるいはシロップ剤等の形態により経口あるいは非経口的に投与することができる。
とりわけ注射剤の場合には、例えば生理食塩水あるいは市販の注射用蒸留水等の非毒性の薬学的に許容され得る担体中に0.1μg抗体/ml担体〜10mg抗体/ml担体の濃度となるように溶解または懸濁することにより製造することができる。このようにして製造された注射剤は、処置を必要とするヒト患者に対し、1回の投与において1kg体重あたり、1μg〜100mgの割合で、好ましくは50μg〜50mgの割合で、1日あたり1回〜数回投与することができる。投与の形態としては、静脈内注射、皮下注射、皮内注射、筋肉内注射あるいは腹腔内注射のような医療上適当な投与形態が例示できる。好ましくは静脈内注射である。
また、本発明の該医薬組成物は、酸化LDL受容体の動態異常、血小板及び活性化血小板の酸化LDL受容体への結合、及び/またはそれらの酸化LDL発現細胞内への取込(貪食)に起因する種々疾患、病変過程において白血球の組織への浸潤を伴う種々の疾患(例えば、炎症)、種々の炎症、動脈硬化症、PTCRやPTCA等の術後の血管再狭窄などの種々の疾患の予防及び治療において有用である。
【0054】
本発明における「炎症」とは、内的要因または細菌感染、外傷、物理的刺激(例えば、熱、寒冷、放射線、電気など)あるいは化学物質などの外的要因に限定されない種々要因による生体組織の傷害あるいは機能不全において、白血球が血管内皮細胞上でのローリング、接着を経て、血流中からの血管外組織への浸潤を伴う基本的な病理上の局所反応を意味する。
通常炎症は、その発現速度及び進行速度により急性炎症と慢性炎症に大別される。一般に急性炎症とは、炎症反応が比較的急速に発現し進行が速く、その終了が明確な炎症である。一方、慢性炎症とは、炎症反応が比較的ゆっくりあるいは徐々に発現し、あるいはその発現の存在すた不明確な程度に発現し、数週間乃至数年間にわたり持続され、その終了も不明確な炎症である。本発明の炎症には、そのような急性炎症及び慢性炎症のいずれをが包含される。
【0055】
本発明における炎症としては、脳、眼、気管、血管、肺、肝臓、心臓、膵臓、胃、腸、腸間膜、腎臓、皮膚、鼻炎膜あるいは関節などの組織における炎症が含まれる。具体的には、例えば、脳炎、気管支炎、血管炎、肺炎、肝炎、心筋炎、膵炎、腸炎、胃炎、腹膜炎、腎炎(糸球体腎炎など)、関節炎(関節リウマチなど)、虚血後再潅流障害(心筋虚血再潅流障害など)における炎症、移植後免疫拒絶に起因する炎症、火傷、多発性臓器障害における炎症、PTCAやPTCRの術後における炎症、及び動脈硬化症に伴う炎症を挙げることができる。
【0056】
以下、実施例を以て本発明をさらに詳細に説明するが、本発明が該実施例に記載される態様のみに限定されるものではないことは言うまでもない。
また以下に記載する「参考例」は、本発明とは異なる観点に基づく発明ではあるが、本発明との技術比較のために言及する。
【0057】
<参考例>
<1> 実験材料及実験方法
以下の実施例では、下記のような材料を用いた。また、各試験は、下記の方法により行った。
【0058】
(1)細胞
健常人の血液から取得した赤血球を、リン酸緩衝液で3回洗浄し、20%ヘマトクリットで、10%グルコースを含有するリン酸緩衝液中に縣濁させ天然赤血球として用いた。
老化赤血球は、該天然赤血球をリン酸緩衝液(20%ヘマトクリット)中で、37℃で4日間インキュベーションすることにより調製した(但し、経時的実験での使用を除く。)。ウシ大動脈内皮細胞(Bovine aortic endothelial cell; BAE)は、既報の方法に従って維持した(Nature, Vol.385, p.73-77, 1997)。Jurkat細胞及びHL60細胞は、RPMI1640培地(10%ウシ胎児血清、100U/mlのペニシリン、0.1mg/mlのストレプトマイシン、及び250ng/mlのFungizone(GIBCO製)を含有する)中で維持した。ウシLOX-1を安定して発現するチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞(BLOX-1-CHO)及び野生型CHO-K1細胞は、既報の方法に従って維持した(Nature, Vol.385, p.73-77, 1997)。
【0059】
(2)アポトーシスの誘導
HL-60細胞のアポトーシスは、細胞(1×10個/ml)を50μMのシクロヘキシミド(cycloheximide)とともに37℃で3時間インキュベーションすることにより誘導した。Jurkat細胞のアポトーシスは、細胞(1×10個/ml)を200ng/mlの抗FasIgM抗体(クローンCH-11、医学生物学研究所製)とともに、37℃で6時間インキュベーションすることにより誘導した。ウシ大動脈内皮細胞(bovine arteryendothelial cell; BAE)のアポトーシスは、細胞を、50ng/mlの組換えヒト腫瘍壊死因子(R&D Systems製)とともに、37℃で6時間インキュベーションすることにより誘導した。
【0060】
(3)赤血球の酸化LDL受容体への結合
赤血球(ヘマトクリット値:1%)を、BAE、CHO-K1細胞またはBLOX-1-CHOとともに、栄養培地中で、37℃で30分間培養した。各々の細胞に結合しなかった赤血球を該栄養培地で複数回洗浄することにより除去した後、細胞を、4%ホルムアルデヒド及び0.2%グルタルアルデヒドを含有するリン酸緩衝液で固定した。各々の細胞に結合した赤血球の数を計数した(200〜400個のCHO細胞またはBAE細胞を、毎回計数した。)。
【0061】
(4)アポトーシスに向かっている細胞(apoptotic細胞)の酸化LDL受容体への結合
apoptotic細胞(1×10個/ml)を、BAE、CHO-K1細胞またはBLOX-1-CHOとともに、栄養培地中で、37℃で30分間培養した。各々の細胞に結合しなかったapoptotic細胞を該栄養培地で複数回洗浄することにより除去した後、細胞を、4%ホルムアルデヒド及び0.2%グルタルアルデヒドを含有するリン酸緩衝液で固定した。細胞を、May-Giemsaで染色した後、結合した細胞の割合または1若しくはそれ以上のapoptotic細胞の摂取(貪食)の割合を計算した(100〜200個のCHO細胞またはBAE細胞を、毎回計数した。)。
【0062】
(5)リポプロテイン
濃度勾配超遠心により、新鮮なヒトの血漿から、ヒトLDL(d=1.019〜1.063)を単離した(Nature, Vol.385, p.73-77, 1997)。LDLの酸化修飾及びアセチル化は、常法に従って行った(Biochem. Biophys. Res. Commun., Vol.1091,p.63-67, 1991)。
【0063】
(6)可溶性LOX-1(LOX-Fc)の作製
ウシ酸化LDL受容体LOX-1(bLOX-1)をコードするcDNA(配列番号3)を、既報(Nature, Vol.386, p.73-77, 1997及び特開平9-98787号公報)に記載の方法と同様にして調製した。
得られたcDNAを、2つのプライマー(5'-GGGGATCCTGATCTCATAAAGAAACAG-3'(配列番号5)、及び5'-GCGGATCCTGTGCTCTCAATAGATTCGC-3'(配列番号6)) を用いてPCRにより増幅し、BamHI切断部位が両端に付加されたウシLOX-1の細胞外領域をコードするcDNA(配列番号3の塩基番号215乃至844)を含むcDNA断片を調製した。
【0064】
ヒトIgG1のヒンジ領域、Cγ12、及びCγ13の各々コードするエクソンを含むゲノミックDNAを含んでいるプラスミドpCd5lneg1(DNA and Cell Biol., Vol.9, p.347-353, 1990参照。マサチューセッツ・ゼネラル・ホスピタルのシード博士(B. Seed)から入手。配列番号4に記載の塩基配列を有する)を、BamHIで消化して線状化した。
【0065】
前述のようにして得られたウシLOX−1の細胞外領域をコードするcDNAを、T4 DNAリガーゼを用いて、この線状化プラスミドのBamHI切断部位(配列番号4の塩基番号169番目)に連結し、プラスミドpBLOX-Fcを構築した。
10%FBS(fetal bovine serum)含有HamF12培地中でサブコンフルエントに単層培養したCHO-K1細胞を、リポフェクタミン(Lipofectamine、GIBCO製)を用いて、pBLOX-Fc(1μg)並びに発現プラスミドベクターpSVbsr(10ng、フナコシ製;bsr(Blasticidin S-resistance)遺伝子及びSV40ウイルス由来のプロモーターを含む)により共形質転換した。
【0066】
48時間の培養後、培地を、blasticidin-S(10μg/ml、フナコシ製)含有HamF12培地に替えたさらに培養することにより、pBLOX-Fc及びpSVbsrで共形質転 換された形質転換細胞を選択、取得した。
得られた形質転換細胞は、10%FCS(fetal calf serum)及びblasticidin-S(10μg/ml、フナコシ製)を含有するHamF12培地中で維持した。
bLOX-1-Fcを精製するため、blasticidin-S(10μg/ml、フナコシ製)を含有するHamF12培地中でコンフルエントに培養した形質転換体CHO-K1細胞の培地をCHO-SFM-II(GIBCO/BRL製)に替え、3日間培養した。この操作を数回繰返した後、培養上清800mlを得た。培養上清中のLOX-Fcは、Affi-Gel Protein A MAPS-II kit(Bio-rad製)を用いて次のように精製した。
【0067】
培養上清を、予め結合緩衝液(binding buffer)で平衡化したプロテインAアガロースゲルカラムに加えた。次いで、カラムを結合緩衝液(15 bed volume)で洗浄した後、溶出緩衝液(elution buffer、5 bed volume)で溶出させた。溶出液を回収し、リン酸緩衝液で2回以上外液交換することにより透析し、精製LOX-Fcを得た。得られた精製LOX-Fcを、濃縮するためCentriprep(アミコン製)を用いて限外濾過した。BCA protein assay kit(PIERCE製)を用いて、866μg/mlの精製LOX-Fcが得られたことを確認した。
また、上記精製LOX-Fcの取得は、下記ウェスタンブロッティングによっても確認した。
【0068】
精製LOX-Fcを12.5%SDSアガロースゲル(第一化学)にアプライし、電気泳動した。泳動終了後、Immobilonメンブラン(ミリポア製)にブロッティングした。メンブランをBlock Ace(雪印製)で一晩ブロッキングした。一次抗体とし てのビオチン標識ヤギ抗ヒトIgG抗体及びABCキット(Vector製)を用いて反応を行い、コニカイムノステインキットを用いて発色を行った。
なお、LOX-Fcのアミノ酸配列を配列番号7に、またLOX-FcのcDNA配列を配列番号8に示す。
【0069】
(7)可溶性LOX-1の赤血球への結合
赤血球を4%ホルムアルデヒド及び0.2%グルタルアルデヒドで固定した後、リン酸緩衝液で3回洗浄した。次いで、赤血球(ヘマトクリット値:1%)を、50μg/mlのLOX-Fcまたは正常ヒトIgGとともに、10%ウシ胎児血清を含有するHam'sF12培地中で室温下90分間インキュベーションした。培養液で3回洗浄した後、赤血球を、ビオチン化抗ヒトIgG(Fc)とともに、室温下で30分間さらにインキュベーションし、チラミドシグナル増幅法(Tyramide signal amplification procedure)(TSA-directed green, Dupont/NEN)を用いて該製品の取り扱い説明書に従い染色し、蛍光顕微鏡法に供した。
【0070】
(8)可溶性LOX-1のApoptotic細胞への結合
ネイティブ(Native)なJurkat細胞またはapoptoticなJurkat細胞(各々1×10個/ml)を、50μg/mlのLOX-Fcまたは正常ヒトIgGとともに培地中で37℃で60分間インキュベーションした。ビトチン化抗ヒトIgG(1:250希釈)を加え、混合物を37℃でさらに30分間インキュベーションした。細胞を、4%ホルムアルデヒド及び0.2%グルタルアルデヒドで固定した後、リン酸緩衝液で3回洗浄し、チラミドシグナル増幅法(Tyramide signal amplification procedure)(TSA-directed green, Dupont/NEN)を用いて染色した。次いで、細胞を、0.1%Triton X-100により浸透性にし、2.5μg/mlのpropidium iodideで染色し、同焦点顕微鏡(conforcal microscopy)システム(Bio-Rad製)により分析した。浸透性にしない場合には、propidium iodideによる細胞の染色は、検出不能であった。
【0071】
(9)フォスファチジルセリン(phosphatidylserine(PS))の老化赤血球及びapoptotic細胞上への外出化(externalization)
PSが老化赤血球またはapoptotic細胞の細胞表面上に曝されるているか否かを、ApoAlert Annexin Vapoptosis kit(Clontech製)を用いて、Annexin V-FITCにより検出した。細胞を、FACScalibur(Becton Dickinson製)上で、フローサイトメロリーにより分析した。
【0072】
(10)リン脂質リポソームの調製
多重膜リポソーム(Multilamellar liposome)を、リン脂質、フォスファチジルコリン、及び遊離コレステロールを1:1:1のモル比で含むように調製した。該脂質を、クロロフォルム中で混合し、窒素ガスで乾燥させた。乾燥させた脂質を、最終濃度が10mMとなるようにリン酸緩衝液中に再縣濁させた。得られた混合物を、混合し10分間超音波処理し、使用時まで4℃で静置した。
【0073】
<2>結果と考察
図1に示すとおり、BAE細胞は老化赤血球とapoptotic細胞を貪食する能力を有することがわかった。
図1(a)は老化赤血球を、図1(b)はネイティブ赤血球を、図1(c)はapoptotic HL60細胞を、図1(d)は無処理のHL60細胞をそれぞれBAE細胞とインキュベートしたものであり、BAE細胞はネイティブ赤血球と無処理のHL60細胞には結合していない。
この貪食活性は酸化LDLにより明らかに阻害されることから、BAE細胞上の主要な酸化LDL受容体であるLOX-1が貪食活性を仲介するかについて試験した。
【0074】
図2(a)から(e)に示すように、BLOX-1を発現するステーブルな形質転換体BLOX1-CHOは、老化赤血球及びcycloheximide処理によりアポートーシスが誘導され進行中のHL-60細胞に結合し(図2(a)および(d))、貪食した(図2(c))。BLOX-1-CHOは抗Fas抗体で処理したapoptotic Jurkat細胞やtumor necrosisfactorαで処理したapoptotic BAEに結合し、貪食したことから、LOX-1によるapoptotic細胞の貪食は細胞の種類やイニシエーティング信号に依存しないことが考えられる。BLOX-1-CHOはネイティブ赤血球や無処理のHL-60細胞には有意には結合しなかった。Wild-type CHO細胞は老化赤血球とapoptotic細胞には結合しなかった。このようにLOX-1は老化赤血球とapoptotic細胞の結合と貪食を媒介することが見出された。老化赤血球の結合は酸化LDLとアセチルLDLによって用量依存的に阻害されたが、ネイティブLDLでは阻害されなかった(図3)。酸化LDLによる阻害のhalf-maximumは0.1μg・ml-1であった。報告されている酸化LDLが他の生物学的応答を引き起こすとされている濃度(Nature, 344, 160-162(1990),J. Cell. Biol., 120, 1011-1019(1993), J. Clin. Invest.,86, 75-79(1990),J. Clin. Invest., 95, 1262-1270(1995))との比較では、酸化LDLの有効濃度は本試験では非常に低い。
【0075】
LOX-1がBAE中の老化/apoptotic細胞の受容体として機能するか否かを調べるために、BAEとBLOX-1-CHO間で様々なLOX-1リガンドの阻害効果を比較した(図4。黒塗りはBAE、斜線はBLOX-1-CHOを表す)。酸化LDLに、fucoidan及びpoly[I]を加えると、老化赤血球のBLOX-1-CHOへの結合のほとんどが消失した。LOX-1の弱いリガンドであるdextran sulfate(50μg・ml-1)、アセチルLDL(10μg・ml-1)及びヘパリン(50μg・ml-1)も弱いながらも競合した。LOX-1のリガンドであるPoly(I)はよく競合したものの、LOX-1のリガンドではないPoly(A)は結合に影響を与えなかった。BAEにおけるリガンド特異性と競合順序がBLOX-1-CHOでの結果と同じであったことから、LOX-1がBAE中の老化赤血球の結合を仲介すると考えられる。事実、LOX-1のモノクローナル抗体(♯19−1)は老化赤血球のBAEへの結合をBLOX-1-CHOへの結合と同様に阻害した(図5)。
【0076】
apoptotic HL-60のBLOX1-CHO及びBAEに対する化合物の結合競合が同じ順序であったことから、LOX-1がBAEにおけるapoptotic細胞の結合をも仲介するということが示唆される(図6)。阻害の程度は老化赤血球より低かった。この結果は、apoptotic細胞のLOX-1への親和性がin vitroでの老化赤血球のそれよりも高いことによると考えられる。
【0077】
LOX-1が老化およびapoptotic細胞の微妙な表面変化を直接認識していることを確認するため、LOX-Fc、すなわちLOX-1の細胞外領域とヒトIgGのFc領域との融合蛋白を用いた。LOX-Fcを使用することは、LOX-1とリガンドの結合の検出を容易にする。LOX-Fcを培地に添加するとコントロールであるヒトIgGは結合に影響しなかったが、、BLOX-1-CHOおよびBAEへの老化赤血球及びapoptotic細胞への結合が有意に阻害された(図7a及び7b)。次にLOX-Fcを用いて老化細胞及びapoptotic細胞の染色を試みた。LOX-Fcで染色することにより、老化赤血球表面に局在する推定のリガンドを視覚化できた。一方、正常な赤血球ではリガンドの分布は見られなかった。Propidium iodideとLOX-FcでFas抗体で処理したJurkat細胞を二重染色すると、推定LOX-1リガンドは非凝集のクロマチンではなく凝集した状態のクロマチンとともに選択的にJurkat細胞の表面に発現していることを示された。このことは細胞表面におけるLOX-1リガンドの発現はアポトーシスのプロセスにおいて発生することを意味している。
【0078】
正常細胞の形質膜の陰イオン性リン脂質は非対称的に分布している(Biochem.J., 294, 1-14(1993))。ほとんどのphosphatidylinositol(PI)と実質的にほとんどのPSは形質膜の内部リーフレット(inner leaflet)に存在する。この非対称はネガティブphospholipidsの"flip-flop"あるいは"scrambling"移動に対する推定されるATP依存的translocaseによって維持され(Experientia 46, 644-656(1990), Science 272, 1495-1497,1996)、アポトーシスを含む特定の条件において消失する(Adv. Exp.Med. Biol., 406, 21-28(1996))。非対称の喪失、すなわちPSの顕在(externalization)はアポトーシスの最も初期の印であると考えられている(J. Exp. Med., 182, 1545-1556(1995))。Apoptotic細胞と老化細胞がPSと競合する貪食システムが報告されている(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92, 1396-1400(1995), J. Immunol. 149, 4029-4035(1992), J. Immunol. 148, 2207-2216(1992), J. Immunol. 151, 4274-4285(1993))。このシステムは細胞のPS顕在化を認識するようである。これに関連して、老化/apoptotic細胞のLOX-1との結合とPSとの結合の関係を調べた。アポトーシス細胞と同様、annexin Vの結合により検出される。PSの老化赤血球表面への出現は時間とともに増加した(図8)。この変化はBLOX-1-CHOへの経時的な結合増加に伴っていた(図9)。グルコースの生理学的濃度がPSの老化赤血球表面への出現を阻害した(図8)ことは、ATP消耗依存メカニズムが、PS出現に関与し、さらにそれが赤血球の老化過程におけるBLOX-1−CHO結合能力の増加も阻害することを示唆している(図9)。
【0079】
さらにPSを含むリン脂質リポソームは、PC(フォスファチジルコリン)リポソームが影響がなかったにもかかわらず、老化赤血球及びapoptotic HL-60のBLOX-1-CHO及びBAEへの結合を阻害した(図10から図13に示す)。PSリポソームによる阻害は濃度依存的であり、完全な阻害はトータルリン脂質が1μMで達成された。阻害は、PSリポソームだけでなく、PIを含有するalonic liposomes, フォスファチジル酸, フォスファチジルグリセロールとcardiolipinもまた老化赤血球結合を阻害したが(図12)、一方、フォスファチジルエタノールアミンやスフィンゴミエリンのような中性リン脂質で構成するリポソームでは結合が阻害されなかった(図13)。
【0080】
これらのネガティブリン脂質を含むリポソームは単に競合しなかっただけでなく、BLOX-1-CHOによっても取り込まれなかった。これらの結果からLOX-1は老化あるいはアポトーシスの過程で形質膜上に出現するPSあるいは他の陰イオン性リン脂質を認識するものと考えられた。
上記試験から、貪食活性のほとんどはLOX-1により仲介されることが示された(抗体阻害の効果から4分の3と推定される)。マクロファージのCD36(J. Clin. Invest., 90, 1513-1522, 1989)やクラスAスカベンジャーレセプター(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93,12456-12460(1996))を含むいくつかの受容体は、老化/apoptotic細胞に結合し、そして/あるいは貪食することが報告されている。また、それらは異なる細胞の異なるアポトーシスや老化の段階において異なる細胞種を認識するものと考えられている。マクロファージとは対照的に内皮細胞中でより低分子量が過剰なのは、LOX-1が、血液細胞, 平滑筋細胞や内皮細胞自身などの内皮細部の周りのapoptotic細胞への変化を認識するのに最適であることを示唆している。
【0081】
興味深いことに、上述した受容体は酸化LDLに結合することが知られている(J. Bio. Chem., 268, 11811-11816(1993), Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 88, 4931-4935(1991))。酸化LDLは、apoptotic細胞に特異的に発現される、例えばPSと似た構造を有するのかもしれない。PSは、Peritoneal macrophages(Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 92, 1396-1400(1995))やsertori細胞(J. Biol. Chem.,272, 2354-2358(1997))によるapoptotic細胞の貪食の競合的阻害剤として報告されているが、CD36やクラスAスカベンジャーレセプターにより仲介される貪食でのPSによる阻害は、はっきりしていない。
CD36に関しては、対立する報告がされている。Ryeomら(J. Biol. Chem.,271,20536-20539(1996))は、apoptotic photoreceptor outer segmentのretinal pigment epithelium中のCD36への結合がPSによって阻害されることを示した。一方、Fasokら(J. Immunol., 149, 4029-4035(1992))は、αvβAインテグリン/CD36により仲介される単球由来のマクロファージによる貪食はPSにより阻害されないことを報告している。後者の貪食は、むしろthrombospondin(J. Immunol.,149, 4029-4035(1992))のRGDS配列に依存している。Macrosialinはマクロファージ中のPSと酸化LDLに結合することから、貪食の候補分子と考えられている。しかしながら、発現システムを用いた直接的な証拠はこれまでのところ報告されていない(Proc. Natl. Acad. Sci. USA.,92, 9580-9584(1995)。上記試験から、PSと酸化LDLが、形質転換細胞とネイティブ内皮細胞において、LOX-1により仲介される貪食が阻害されることが示された。また、LOX-1がマクロファージを含めた数種類の細胞中で発現されることから、LOX-1が他の細胞中の貪食システムの一部を担う示唆が示された。
【0082】
細胞表面のPSのプロ凝固(procoagulant)活性の点で、apoptotic細胞は血液凝固の焦点とされている(Lupus., 5, 480-487(1996), Proc. Natl. Acad. Sci.USA., 93, 1624-1629(1996))。血液の非凝固を保つために、PSを細胞表面に曝している細胞は循環系から取り除かれなければならない。この機能は網内皮細胞のシステムに大きく依存するが、上記試験は血管内皮細胞におけるin situ除去システムの重要性を示唆する。LOX-1は進化の過程で内皮細胞の非凝固活性を仲介する1つの分子として生じたものかもしれない。酸化LDLにより阻害されるLOX-1の非凝固活性が動脈硬化の病因生理血栓症促進において考慮される必要があると考えられる。除去されるべき老化/apoptotic細胞の循環は、例えば、動脈硬化の病因生理を調節する免疫状態(Immunol. lett.,43, 125-132(1994))のような生理的ホメオスタシスに影響を与えることも考えられる。
レクチン類似分子が老化/apoptotic細胞の貪食システムに関与すると考えられている(Immunology 56, 351-358(1985), FEBS Lett.,296, 174-178(1992), J.immunol.,153, 3218-3227(1994))。炭水化物に対する結合特異性をさらに分析する必要はあるが、レクチン類似構造を有するLOX-1は、貪食システムの貪食に関与するかもしれない。
つまり、上記試験においては、LOX-1を内皮細胞中での老化/apoptotic細胞の貪食受容体として同定し、LOX-1がアポトーシス過程における最も初期の段階である、細胞表面へのPS出現を認識することを同定した。
【実施例】
【0083】
実施例1 酸化LDL受容体への結合
前述の参考例と同様にして、ヒト血小板のウシLOX-1−CHOへの結合を解析した。
図14に示すとおり、ネイティブ血小板のLOX-1への結合(図14(a))に比べ、トロンビンにより活性化された活性化血小板のLOX-1の結合が有意に高いことが見出された。また、このトロンビンによる活性化血小板のLOX-1への結合は、フォスファチジルコリンリポソーム(100μg/ml)により約81%阻害されるが阻害された。一方、フォスファチジルコリンリポソーム(100μg/ml)では、約12%しか阻害されなかった。
図15に示すとおり、血小板のLOX-1への結合は、酸化LDL濃度に反比例して低減した。
【0084】
図17に示すとおり、LOX-1を発現していない野生型CHOでは、トロンビンの有無に拘らず血小板の細胞への結合は確認されないが、LOX-1を発現するCHO細胞では、トロンビンの存在により血小板が有意に細胞に結合した。
図18に示すとおり、トロンビンにより活性化された活性化血小板のLOX-1-CHOへの結合は、トロンビンの濃度に依存して増加した。また、コラーゲン(20μg/ml)により活性化させた活性化血小板も、トロンビンの場合と同様にLOX-1-CHOに有意に結合した。
【0085】
次に、この活性化血小板のLOX-1−CHOへの結合が、抗LOX-1抗体により阻害されるか否かを、前記の実施例と同様に解析した。
図16に示すとおり、活性化血小板のLOX-1−CHOへの結合及び貪食は、抗LOX-1抗体により有意に阻害された。
また、BAE細胞を用いて前記実施例と同様にして行った試験においても、活性化血小板のBAEへの有意な結合が確認された(蛍光強度:150.94±10.21)。一方、この結合は、抗LOX-1抗体により有意に阻害された(蛍光強度:56.44±14.71、阻害率:63.3%)。なお、対照IgG抗体を用いた場合には、該結合はほとんど阻害されなかった(蛍光強度:144.89±11.93、阻害率:4.0%)。
【0086】
実施例2 血小板及び活性化血小板の血管内皮細胞及びBLOX1-CHOへの結合及び/または取り込み
<I.材料及び方法>
<1>血小板の調製
Baenzinger及びMajerusらの標準的方法に従って、血小板を単離した(MethodsEnzymol., Vol.31, p.149-155, 1974)。簡便に述べると下記のとおり。健常人の血液を3.8%クエン酸ナトリウム(9:1)中に回収した。血液を、遠心(200×g、15分)し、血小板に富んだ血症(Platelet-rich plasma; PRP)を得た。PRPに酸/クエン酸/デキストロース(ACD:2.5% trisodium citrate、1.5%クエン酸、及び2%グルコース;PRP:ACD=9:1)を遠心(1000×g、15分)し、洗浄PRPを得た。ペレットを1μg/mlのPGE1(Sigma製)を含むHepes-Tyrode's緩衝液(10mMのHepes、137mMのNaCl、2.68mMのKCl、0.42mMのNaH2PO4、1.7mMのMgCl2、11.9mMのNaHCO3及び5mMのグルコース)中に懸濁した。ペレット懸濁液を、遠心(1000×g、15分)した。得られたペレットを、Hepes-Tyrode's緩衝液中に再懸濁させ、これを洗浄血小板として使用した。
【0087】
<2>細胞
BLOX-CHOは、前記参考例と同様にして作製した。BLOX1-CHO及び親細胞株であるCHO-K1は、湿度95%、5%CO2、及び37℃の条件下で、Ham's F12培地(Gibco製)中で維持した。但し、当該培地には、100U/mlのペニシリンG、100μg/mlストレプトマイシン、0.25μg/mlのamphotericin-B(Gibco製)、及び10%ウシ胎児血清を添加した。各々の細胞は、アッセイの前に24穴マイクロプレートに蒔いた。
ウシ大動脈内皮細胞(Bovine aortic endothelial cell;BAE)は、既報と同様にして調製した(Nature, Vol.386, p.73-77, 1997)。BAEは、湿度95%、5%CO2、及び37℃の条件下で、Dulbecco's modified Eagle's培地(DMEM)(Gibco製)中で維持した。但し、当該培地には、100U/mlのペニシリンG、100μg/mlストレプトマイシン、0.25μg/mlのamphotericin-B(Gibco製)、及び20%ウシ胎児血清を添加した。BAEは、アッセイの2日前に24穴マイクロプレートに蒔いた。
【0088】
<3>血小板結合アッセイ
血小板を、1μMのCalcein-AM(Molecular Probe社製)とともに37℃で30分間インキュベーションすることによりCalceinで蛍光標識した。次いで蛍光標識血小板を、0.3%BSA(Sigma製)を含むHepes-Tyrode's緩衝液で2回洗浄することにより過剰のCalcein-AMを除去した。次いで、10%新生児ウシ血清(Gibco製)を含むHepes-Tyrode's緩衝液中で血小板の密度を1×108個/mlの調整した。
BLOX1-CHO及びCHO-K1の各々を、栄養培地で2回洗浄し、血小板とともに37℃で60分間インキュベーションした。リン酸緩衝液で細胞を洗浄して、細胞に結合しなかった血小板を除去した。細胞を、ハーベストし、フローサイトメーター(FACS Calibur; Becton-Dikinson製)で分析した。各々の細胞への血小板の結合の程度は、細胞数10,000個に対する蛍光強度(FL-1-H;励起515-545nm)で表した。
BAEを栄養培地で2回洗浄し、血小板とともに37℃で180分間インキュベーションした。リン酸緩衝液で細胞を洗浄して、細胞に結合しなかった血小板を除去した。細胞を、ハーベストし、フローサイトメーター(FACS Calibur; Becton-Dikinson製)で分析した。各々の細胞への血小板の結合の程度は、細胞数10,000個に対する蛍光強度(FL-1-H;励起515-545nm)で表した。但し、後述する幾つかのアッセイにおいては、血小板を加える10分前に抗LOX-1抗体または対照マウス抗体(Vector製)を加えた。
【0089】
<4>血小板の細胞内への取込(貪食)アッセイ
BLOX1-CHOまたはCHO-K1細胞を、上記と同じ蛍光物質とともにインキュベーションすることにより蛍光標識した。細胞に結合しなかった血小板を除去した後、細胞を4℃に冷却し、Dil標識酸化LDLとともに4℃で30分間インキュベーションして、形質膜を可視化し、直ちに4%ホルムアルデヒドで固定化した。次いで、細胞を同焦点レーザー顕微鏡(Biorad製)に供した。
【0090】
<5>活性化血小板の結合アッセイ
洗浄血小板を、後述の図面の説明において示した試薬で室温下で10分間刺激した後、FITC標識抗CD41aモノクローナル抗体(Pharmingen製)で染色した。染色の強度は、休止血小板と活性化血小板との間で差異はなかった。BLOX1-CHOを、血小板とともに37℃で60分間インキュベーションした。細胞への血小板の結合を、上述と同様にしてフローサイトメーターで分析した。但し、後述すついくつかのアッセイにおいては、血小板を加える10分前に、リン脂質リポソームまたはリポ蛋白を加えた。
【0091】
<6>BAEでのエンドセリン1(ET-1)産生アッセイ
洗浄血小板の最終濃度を、2%新生児ウシ血清を含むHepes-Tyrode's緩衝液(休止血小板)中で5×107個/mlに調整した後、1U/mlのトロンビンまたは20μg/mlのコラーゲン(活性化血小板)で刺激した。20分後、ヒルジン(Calibiochem製)を加え、最終濃度を1U/mlとしトロンビンを不活性化した。次いで、BAEを、血小板とともに37℃で180分間インキュベーションした。栄養培地で洗浄した後、BAEを、0.2%BSA含有DMEM培地中で20時間インキュベーションした。培養上清を回収し、ET-1の濃度を既報に従ってサインドイッチELISAにより測定した(J. Immunol. Methods, Vil.127, p.165-170, 1990)。但し、いくつかのアッセイにおいては、血小板を加える10分前に抗LOX-1抗体または対照マウスIgG(10μg/ml)をBAEに加えた。
【0092】
<7>プロトロンビン活性化
BLOX1-CHO及びCHO-K1の各々の細胞を、10μg/mlの抗LOX-1抗体の存在下または非存在下で30分間前培養した。細胞を、Ham's F12培地で3回洗浄し、10mMのTris-HCl(pH7.4)及び150mMのNaClで10倍に希釈した250μlのPRP(Platelet-richplasma)とともにインキュベーションした。次いで、トロンビンに対するfluoregenicな基質である、butyloxycarbonyl-Val-Pro-Arg-methylcoumarylamide(15nmolのペプチド研究所製)を含む90mMのCaCl2(50μl)を細胞に加えた。トロンビンの活性化を、30分間に放出されるアミノメリルクマリンの量を測定することにより定量した。
【0093】
<8>リポ蛋白
ヒトLDL(d=1.019-1.063)を、既報に従った濃度勾配超遠心により新鮮なヒト血漿から単離した(Natire, Vol.386, p.73-77, 1997)。LDLを、7.5μMのCuSO4に37で20時間曝すことにより3mg蛋白/mlの濃度で酸化した。当該酸化は、tiobarbituric acid反応性物質(10.7nmol/mg蛋白)の量の計測、並びに天然LDLとの比較におけるゲル電気泳動状態(相対的ゲル電気泳動状態:3.25)をモニターすることにより行った。酸化LDLを、1,1'-dioctadecyl-3,3,3',3'-tetramethylindocarbocyanine perchlorate(Dil)(Molecular Probe社製)で標識した。
【0094】
<9>リン脂質リポソームの調製
リン脂質、フォスファチジルコリン及び遊離コレステロール(1:1:1)でクロロフォルム中に混合し、窒素ガス中で乾燥した。乾燥した脂質を、リン酸緩衝液中に再懸濁させ、最終濃度を10mMとし、10分間超音波処理した。
【0095】
<II.図面の説明>
<図19及び図20>LOX-1発現細胞への血小板の結合
Calceinで標識した血小板の結合(緑色)がBLOX-CHO(左)で観察されたが、CHOK1(右)では観察されなかった(図19)。
同焦点顕微鏡下では、BLOX1-CHOに随伴した血小板の消失が観察された。形質膜をDilで可視化(赤色)し、血小板をcalceinで標識した(緑色)。血小板は、形質膜上だけでなく、細胞内にも検出された(図20)。
<図21及び図22>LOX-1に対する中和抗体はBLOX1-CHO(図21)またはBAE(図22)への血小板の結合を阻害した。
血小板の結合は、抗LOX-1抗体で有意に阻害されたが(p<0.01)、対照IgGでは阻害されなかった。細胞への血小板の結合は、細胞10,000個に対する蛍光強度で表した。データは、3回の試験の平均値(及び標準偏差)である。
【0096】
<図23>血小板のLOX-1への結合は血小板の活性化の程度に依存して起こる。
血小板のBLOX1-CHOへの結合は、アゴニストによる刺激の後に観察された。トロンビンの場合には、トロンビンの濃度に依存して血小板の結合が増強された。またコラーゲンによる刺激によっても増強された。
<図24>トロンビンにより増強された血小板の細胞への結合に対するリン脂質の効果。
リン脂質リポソームは、血小板のBLOX1-CHOへの結合を顕著に阻害したが、pホスファチジルコリンリポソームは阻害しなかった。
<図25>酸化LDLは、血小板のBLOX1-CHOへの結合を用量依存的に阻害したが、天然LDLは阻害しなかった。値は、リポ蛋白を加えない場合の血小板の結合率として表した。
【0097】
<図26>BAEを休止血小板、またはトロンビン若しくはコラーゲンで刺激した活性化血小板とともに3時間インキュベーションした。20時間の間にBAEから放出されるエンドセリン−1(ET-1)の量をELISAで測定した。抗LOX-1抗体は、活性化血小板により増強されるET-1の産生を有意に阻害した。活性化血小板の培養上清は、血小板自体と比べ限られた効果しか有しなかった。データは、3回の試験の平均値(及び標準偏差)である。
<図27>血漿中でのトロンビンの産生に対する血小板とLOX-1との相互作用の効果。
血小板に富んだ血漿(PRP)中のトロンビン活性は、BLOX1-CHOとともにインキュベーションすることにより有意に増強された。トロンビン活性は、fluorogenicな基質の解離(30分間)の程度を測定することにより求めた。データは3回の試験の平均値(及び標準偏差)である。
【0098】
<III.結果>
酸化LDLは、血管内皮細胞を、抗血液凝固(anti-coagulant)の状態から血液凝固(coagulant)の状態に変化させ、血小板と血管内皮細胞との相互作用を増強させることが知られている(Curr. Opin. Lipidol., Vol.8, p.320-328, 1997)。本発明者らは、この血小板と血管内皮細胞との相互作用へのLOX-1の関わり、並びにLOX-1の血栓形成系への関与について研究することを試みた。Calceionで蛍光標識した血小板をLOX-1を安定に発現する細胞(BLOX1-CHO)または親細胞株CHO-K1とともにインキュベーションした。蛍光顕微鏡での計測により、BLOX1-CHOの細胞表面に極めて多数の血小板が結合するが、CHO-K1には結合しないことが明らかとなった(図19)。次に、細胞に結合した血小板の行く末を調べるために、当該細胞を血小板とともにインキュベーションした後、同焦点顕微鏡で観察した。細胞を固定化した後、細胞の形質膜をDilで標識して可視化した(図20、赤色)。血小板から放出される蛍光シグナル(図20、緑色)は、形質膜上のみならず、細胞内においても検出された。これにより、LOX-1が、血小板を結合するだけでなく、血小板の貪食も行うことが示された。
【0099】
次に、血小板の細胞への結合により引き起こされる蛍光シグナルの増強をフローサイトメーターで定量することにより、血小板のLOX-1への結合を阻害する抗体をスクリーニングした。その結果、LOX-1に対するモノクローナル抗体は、BLOX1-CHOへの血小板の結合を阻害した(図21)。一方、LOX-1に無関係の抗体)LOX-1に反応しない抗体)は、血小板とBLOX1-CHOとの結合に何ら影響を与えなかった。同様に、LOX-1に対する阻害抗体は、血管内皮細胞への血小板の結合を有意に減少させた(図22)。このことから、LOX-1は、血管内皮細胞においてある重要な役割を担っていることが示された。驚くべきことに、血管内皮細胞上には、血小板と血管内皮細胞との結合に関与する他の分子(例えば、P-Selectin、ICAM-1、PECAM-1)が存在すると考えられるにも拘らず、抗LOX-1抗体による阻害の程度は、50%以上であった。当該LOX-1以外の分子は、血管内皮細胞上での白血球の接着、及びローリング、並びに白血球の組織への浸潤の様々なステップにおいて関与することが知られている。従って、LOX-1は、血小板と血管内皮細胞との相互作用における特定なステップにおいて、他の分子と共同して役割を演ずるものと考えられる。
【0100】
血小板のLOX-1への結合のメカニズムを詳細に解析するために、その結合が血小板の活性化の程度に依存するか否かを検討した(図23)。血小板を、トロンビンで刺激した後、BLOX1-CHOとともにインキュベーションした。その結果、血小板の細胞への結合は、トロンビンの濃度に依存して増加した。また、血小板に対する他のアゴニスト(血小板の活性化剤)であるコラーゲンでも、血小板の結合が増強された。
血小板に対するアゴニストであるトロンビン、コラーゲン及びトロンボキサンA2は、フォスファチジルセリン(PS)の血小板の細胞表面への外出化(externalization)を誘導することが知られている(J. Biol. Chem., Vol.265, p.17420-17423, 1990)。PSは、通常は、血小板の形質膜の脂質の二重層中の内部リーフレット(inner leaflet)に局在している。そこで、LOX-1への血小板の結合に対して、PSが競合するか否かを調べた。図24に示されるとおり、培地中にPSを加えると、血小板の細胞への結合がほぼ完全に阻害された。一方、LOX-1のリガンドではないフォスファチジルコリン(PC)の場合には阻害されなかった。これらの結果を併せると、活性化血小板の細胞表面上のPSが活性化血小板のLOX-1への結合の決定基であると考えることができる。
【0101】
LOX-1の生体内リガンドとして最初に見出された酸化LDLも血小板のLOX-1への結合を、部分的ではあるが競合的に阻害した(図25)。このことから、LOX-1への親和性は、酸化LDLよりも血小板の方が高いことを意味している。また、酸化LDLと血小板は、血管内皮細胞において各々の受容体としてLOX-1を共有していることが示された。
これらの知見に基づき、LOX-1と血小板との相互作用が細胞内活性化及び細胞機能不全を誘導するか否かを調べた。図26に示されるとおり、BAEを活性化血小板とともにインキュベーションすると、BAEからのET-1の放出が増大される。一方、休止血小板ではその増大が認められなかった。活性化血小板におけるET-1に放出のい増大は、抗LOX-1抗体により有意に阻害された。ET-1の産生に対する効果については、血小板から放出されるメディエーターを含む活性化血小板の培養液の効果は、活性化血小板自身の効果に比べ非常に小さいものであった。LOX-1は、内皮細胞が血小板と直接接触することにより媒介される血管内皮細胞の活性化の過程において関与する可能性を有している(Circ. Res., Vol.69, p.832-841, 1991)。興味深いことに、高コレステロール血症マウスでは、ET-1の作用を阻害すると血管内皮の機能が弱まることが報告されている(Hypertension, Vol.31, p.499-504, 1998)。高コレステロール血症においてはLOX-1の発現が増強されていることから、LOX-1を介したアテローム性分子の産生の増大は、動脈硬化症の進行に重大な影響を与えている可能性があると考えられる。
【0102】
そこで、血小板とLOX-1との相互作用が血液凝固系に与える影響を調べるために、BLOX1-CHOに血小板に富んだ血漿(PRP)を直接加えた場合の、PRP中のトロンビン活性を分析した(図27)。トロンビン活性は、野生型CHO-K1に比べBLOX1-CHOにおいて著しく高いものであった。この増大されたトロンビン活性は、抗LOX-1抗体で有意に阻害された。一方、対照IgGでは阻害されなかった。この結果及びPSが血液凝固カスケードに関与する事実から、LOX-1は、血小板に結合するだけではなく、おそらくPSとの結合活性により血液凝固系の活性化にも関与することが理解される。従って、LOX-1は、血管の止血システム及び血栓形成システムの調節因子としの役割が示唆される。
【0103】
実施例3 抗LOX-1抗体のLPS誘発血小板減少症に対する治療学的効果
Sprague-Dawleyラット(雄5乃至7週齢、JCL製)に、生理食塩水にて1mg/mlに調整したLPS(リポ多糖;Sigma製)を3mg/kgの濃度で腹腔内投与した。LPSの投与の直後に、生理食塩水にて1mg/mlに調整した抗LOX-1抗体またはLOX-1に反応性を有しない対照抗体を5mg/kgの濃度で静脈内投与した。またLPS及び抗体のいずれも投与しないラットを正常対照として用いた。LPS投与前、並びにLPS投与から2時間後に採血し、自動血球測定装置Sysmex F800(日本光電製)により血中血小板数を測定した。
結果を図28に示す。対照抗体投与群では、LPS投与から2時間後に血小板の減少が起こった。一方、抗LOX-1抗体投与群では、その血小板の減少が有意に抑制された。
【0104】
実施例4 抗LOX-1抗体のLPS誘発肺障害に対する治療学的効果
Sprague-Dawleyラット(雄6乃至7週齢、各群6匹、SLC製)に、抗LOX-1抗体(2、5、10mg/kg)または生理食塩水(5mg/kg)を静脈内投与した。次いで、ペントバルビタール(30乃至50mg/kg, i.p.)で麻酔し、抗体(または生理食塩水)の静脈内投与から1時間後に、生理食塩水にて調整したLPS(リポ多糖;Sigma製)を1mg/kgの濃度で経気道的に投与した。対照群である正常ラットには生理食塩水を経気道的に投与した。
LPS投与から24時間後に、各ラットをエーテル麻酔下で開腹し、腹部大動脈を切断し、放血死させた。次いで、咽頭部を切開し、気道にカットダウンチューブ(JMS製)を挿入した。該チューブを通じて5mlシリンジで0.05mMのEDTAを含有する生理食塩水、即ちBALF(肺胞液)回収液(5ml)を注入し15回シリンジを往復させてBALFを回収した。回収したBALFを氷冷保存した後、遠心(1000rpm、10分、4℃)し、遠心上清をデカントにて除去し、0.5mlのBALF回収液を加え軽く懸濁させた。この懸濁液に含まれる白血球数を、自動血球測定装置Sysmex F800(日本光電製)で計測した。
結果を図29に示す。抗LOX-1抗体投与群では、組織に浸潤する白血球数を抗体濃度依存的に有意に抑制した。驚くべきことに、抗体濃度が10mg/kgでは、白血球の組織浸潤を約50%阻害した。
【0105】
実施例5 抗LOX-1抗体のLPS誘発炎症に対する治療学的効果
Sprague-Dawleyラット(200g、SLC製)に、抗LOX-1抗体(10mg/kg)または生理食塩水(10mg/kg)を静脈内投与した。次いで、抗体(または生理食塩水)の静脈内投与から1時間後に、生理食塩水にて調整したLPS(リポ多糖;Sigma製)を1mg/kgの濃度で足底に投与した。対照群である正常ラットには生理食塩水を足底に投与した。
LPS投与から12時間後に、各ラットから常法に従って採血し、眼前房に浸潤した白血球数を、自動血球測定装置Sysmex F800(日本光電製)で計測した。また、眼前房に漏出した総蛋白量を測定した。
結果を図30及び図31に示す。抗LOX-1抗体投与群では、眼前房組織に浸潤する白血球数並びに漏出する蛋白量を有意に抑制した。
【0106】
実施例6 抗LOX-1抗体のPTCAの術後再狭窄に対する治療学的効果
Sprague-Dawleyラット(雄約300g、SLC製)をペントバルビタール(30乃至50mg/kg, i.p.)で麻酔した。外科手術により頚動脈及び外頚を露出させ、両動脈を一時的に結合させ血流を一時的に止めた。次いで、外頚動脈に穴を空け、2Fバルーンカテーテル(Baxter製)を挿入し、0.4mlの空気を送り込み、その圧力で血管を内膜を3回擦った。次いで、外頚動脈を縛り、一時的に結合させておいた頚動脈と内頚動脈を解き血流を再開させた。手術部位を縫い合わせ、直ちに抗LOX-1抗体(10mg/kg)を静脈内投与した。
その後3日毎に4回ずつ抗体(10mg/kg)を静脈内投与した。2週間後、ラットを再度ペントバルビタール(30乃至50mg/kg, i.p.)で麻酔し、4%ホルムアルデヒド/リン酸緩衝液で還流固定を行い、頚動脈を取り出した。頚動脈をパラフィンで包埋し、1つのサンプルから6つの切片を作成し、エラスチカ・ワンギーソン染色を行った。NIH analyze systemを用いて、各切片の血管内膜の肥厚の状態を評価した。内膜と中膜の面積の比を算出し、有意な肥厚が見られる2つの切片を選びその平均をそのサンプルの肥厚量とした。
結果を図32に示す。抗LOX-1抗体により、PTCAの術後再狭窄が有意に抑制された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト型モノクローナル抗体である抗LOX−1抗体。
【請求項2】
F(ab’)2、Fab’、Fab、Fv、sFv、dsFvおよびdAbからなる群より選ばれる抗LOX−1抗体の一部。
【請求項3】
ヒト型モノクローナル抗体がヒトIgGの定常領域を有する請求項1に記載の抗体。
【請求項4】
ヒトIgGがヒトIgG1である請求項3に記載の抗体。
【請求項5】
ヒト抗体産生トランスジェニック動物を用いて製造される請求項1または2に記載の抗体またはその一部。
【請求項6】
ヒトの酸化LDL受容体若しくはその一部を抗原として用い、哺乳動物に免疫して得られる請求項5に記載の抗体またはその一部。
【請求項7】
哺乳動物がマウスである請求項6に記載の抗体またはその一部。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれか一項に記載の抗体またはその一部を産生する抗体産生細胞。
【請求項9】
抗体産生細胞と、哺乳動物由来の自己抗体産生能のないミエローマ細胞とを細胞融合させることにより調製される請求項8に記載の抗体産生細胞。
【請求項10】
抗体産生細胞が遺伝子組換技術を用いて製造される請求項9に記載の抗体産生細胞。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図1】
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【図2】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2010−180212(P2010−180212A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−37328(P2010−37328)
【出願日】平成22年2月23日(2010.2.23)
【分割の表示】特願平11−220949の分割
【原出願日】平成11年8月4日(1999.8.4)
【出願人】(501176923)
【出願人】(501176934)
【Fターム(参考)】