説明

酸性染料可染性ポリエステル組成物

【目的】ポリマーの着色が少なく、耐光性及び耐洗濯性にも優れた酸性染料可染性ポリエステル組成物を得る。
【構成】芳香族ジカルボン酸を主たる酸成分とし、脂肪族ジオール及び/又は脂環族ジオールを主たるグリコール成分とするポリエステル100重量部に対して、下記一般式(I)で表わされる第4級ホスホニウム化合物を5×10-4〜5×10-2モル添加する。


[但し、R1 ,R2 ,R3 ,R5 ,R6 ,R7 は同一又は異なっていてもよい炭素数4〜10の1価の炭化水素基、R4 は炭素数4〜16の2価の炭化水素基、X- はスルホン酸アニオンを示す。]

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、酸性染料可染性ポリエステル組成物に関する。更に詳細には、可染化剤として特定の第4級ホスホニウム化合物を配合してなる、酸性染料可染性ポリエステル組成物に関するものである。
【0002】
【従来の技術】ポリエステル特にポリエチレンテレフタレート(以下PETと称することがある)は多くの優れた特性を有しているため、広い用途で用いられていることは周知のとおりである。
【0003】しかしながら、繊維の用途において、もし、酸性染料で染色が可能なポリエステル繊維があれば、例えば、カチオン染料可染PET、通常のPET及び酸性染料可染PETの3種類の繊維で布帛を作り、1度の染色でそれぞれ別の色に染め分けることができる。また、ポリエステル繊維と羊毛とを混紡した時には、酸性染料のみで染色することができるといった、種々の用途分野で様々な利点が得られる。
【0004】このような観点より、ポリエステルに酸性染料可染性を付与しようとする試みは、従来から種々なされている。しかし、これらは殆んどがアミン化合物を共重合又はブレンドする方法であるため、得られるポリマーは着色し易く、かつ耐光性にも劣るといった問題点があり、未だ実用に供せられていないのが実情である。
【0005】また、酸性染料可染性のポリエステルを得る別の方法としては、第4級ホスホニウム化合物を配合する方法が、例えば特公昭44−32302号公報に提案されている。しかし、この方法で得られるポリエステルは酸性染料のみならばカチオン染料にも染色性を有しているので、カチオン染料可染PET、酸性染料可染PET及び通常のPETを用い、3色の染め分けをするといったことはできない。
【0006】さらに同公報には、[R1 2 3 4 P]Xで表わされるモノ第4級ホスホニウム化合物を配合する方法も開示されているが、この方法では、第4級ホスホニウムとポリエステルとの親和性が低いためか、得られる染色物の鮮明性が劣るとともに、洗濯堅牢度(耐汚染性、耐ドライクリーニング性)も低いといった欠点がある。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、PETで代表されるポリエステルに酸性染料で染色可能、カチオン染料で染色不能という性能を付与しようとするものであり、また、ポリマーの着色が少なく、かつ耐光性、耐洗濯性等の性能にも優れたポリエステルを提供しようとするものである。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、第4級ホスホニウム化合物の中で、280℃といった高温のポリエステル溶融温度においても着色が少なく、かつ酸性染料にのみ染色されカチオン染料には親和性を有さない化合物を種々検討した結果、第4級ホスホニウム塩基が1分子中に2つ存在する特定のホスホニウム化合物が上記目的を達成するに適していることを見い出し、本発明に到達したものである。
【0009】すなわち、本発明によれば、芳香族ジカルボン酸を主たる酸成分とし、脂肪族ジオール及び/又は脂環族ジオールを主たるグリコール成分とするポリエステル100重量部に対して、下記一般式(I)で表わされる第4級ホスホニウム化合物が5×10-4〜5×10-2モル配合されていることを特徴とする酸性染料可染性ポリエステル組成物、
【0010】
【化2】


[但し、R1 ,R2 ,R3 ,R5 ,R6 ,R7 は、同一又は異なっていてもよい炭素数4〜10の1価の炭化水素基、R4 は炭素数4〜16の2価の炭化水素基、X- はスルホン酸アニオンを示す。]が提供される。
【0011】本発明で用いられるポリエステルは、芳香族ジカルボン酸を主たる酸成分とし、脂肪族ジオール及び/又は脂環族ジオールを主たるグリコール成分とするポリエステルであって、芳香族ジカルボン酸及び/又はそのエステル形成性誘導体と、脂肪族ジオール及び/又は脂環族ジオール、及び/又はこれらのエステル形成性誘導体とを重縮合反応せしめて得られる重合体である。
【0012】ここでいう芳香族ジカルボン酸としては、例えば、テレフタル酸、イソフタル酸、オルトフタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸、2,7−ナフレタンジカルボン酸、2,5−ナフタレンジカルボン酸、1,5−ナフタレンジカルボン酸、4,4′−ジフェニルジカルボン酸、3,3′−ジフェニルジカルボン酸、4,4′−ジフェニルエーテルジカルボン酸、4,4′−ジフェニルメタンジカルボン酸、4,4′−ジフェニルスルホンジカルボン酸、1,2−ビス(フェノキシ)エタン−4,4′−ジカルボン酸等をあげることができ、なかでもテレフタル酸が好ましい。
【0013】これらの芳香族ジカルボン酸は2種以上併用してもよい。なお、少量であればこれらの芳香族ジカルボン酸とともにアジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカンジオン酸の如き脂肪族ジカルボン酸、シクロヘキサンジカルボン酸の如き脂環族ジカルボン酸等を1種又は2種以上併用することができる。
【0014】また、脂肪族ジオール化合物としては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、ヘキシレングリコール、ネオペンチルグリコール、2−メチル−1,3−プロパンジオール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール等を例示することができ、一方脂環族ジオール化合物としては、1,4−シクロヘキサンジオール、1,4−シクロヘキサンジメタノール等を例示することができる。なかでも、エチレングリコール又はブチレングリコールが特に好ましい。なお、これらのグリコール成分は1種又は2種以上併用することができ、また、少量であればこれらのジオール化合物と共に両末端又は片末端が未封鎖のポリオキシアルキレングリコールを共重合することができる。
【0015】更に、ポリエステルが実質的に線状である範囲でトリメリット酸、ピロメリット酸の如きポリカルボン酸、グリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトールの如きポリオールを使用することができる。
【0016】かかるポリエステルは任意の方法によって合成される。例えばポリエチレンテレフタレートについて説明すれば、通常テレフタル酸とエチレングリコールとを直接エステル化反応させるか、テレフタル酸ジメチルの如きテレフタル酸の低級アルキルエステルとエチレングリコールとをエステル交換反応させるか又はテレフタル酸とエチレンオキサイドとを反応させるかしてテレフタル酸のグリコールエステル及び/又はその低重合体を生成させる第1段階の反応と、第1段階の反応生成物を減圧下加熱して所望の重合度になるまで重縮合反応させる第2段階の反応によって製造される。
【0017】本発明のポリエステル組成物にあっては、上記ポリエステルに下記一般式(I)で表わされる第4級ホスホニウム化合物が配合されている必要がある。
【0018】
【化3】


【0019】式中、R1 ,R2 ,R3 ,R5 ,R6 ,R7 は炭素数4〜10の1価の炭化水素基を示し、具体的にはフェニル基、ブチル基等を例示することができ、特にフェニル基の場合、ポリエステルへの分散性が向上して染色鮮明性が向上するので好ましい。炭化水素基の炭素数が4未満の場合には、染色処理時に該第4級ホスホニウム化合物が脱離し易くなるだけでなく、染色物の耐久性(耐汚染性、耐ドライクリーニング性、耐転染性等)が低下するため好ましくない。一方、10を越える場合には、ポリエステルとの相溶性が低下して染色布の鮮明性が低下するとともに、同一濃度に染色するために配合するべき第4級ホスホニウム化合物の重量が増加して、該組成物の成形性や得られる成形物の物性(耐フィブリル性、耐アルカリ性等)が低下するため好ましくない。
【0020】またR4 は、炭素数4〜16の炭化水素基を示し、特に直鎖状のポリメチレン基又はこの一部の水素がメチル基に置換されたものが好ましい。具体的には、−(CH2 4 −,−(CH2 6 −,−(CH2 10−,−(CH2 12−,−(CH2 16−,−CH2 CH2 CH(CH3 )CH2 CH2 −をあげることができ、特に−(CH2 10−,−(CH2 12−が好ましい。
【0021】またXはRSO3 −で表わされるスルホン酸残基を示し、なかでもメタンスルホン酸アニオン、p−トルエンスルホン酸アニオンが好ましく、特にメタンスルホン酸アニオンの場合、ポリエステルへの相溶性が向上して染色物の鮮明性が向上するので好ましい。
【0022】かかる第4級ホスホニウム化合物は、例えば以下の如くして製造される。すなわち、ヘキサンジオール、デカンジオール等のジオール化合物を第3級アミン化合物存在下パラトルエンスルホン酸クロライド等のスルホン酸塩化物と反応させてジスルホン酸エステルとなし、次いでトリフェニルホスフィン、トリブチルホスフィン等のホスフィン化合物と100℃以上の温度下で反応させることにより、容易に得ることができる。
【0023】好ましく用いられる第4級ホスホニウム化合物としては、
【0024】
【化4】


等をあげることができ、これらは単独で使用しても、2種以上を併用してもよい。なかでも、Ph3 P(CH2 10PPh3 ・(CH3 SO3 - 2 Ph3 P(CH2 12PPh3 ・(CH3 SO3 - 2 はポリエチレンテレフタレートとの相溶性が良好で、且つ耐熱性及び酸性染料との親和性も良好なので、容易に鮮明な染色物が得られるので好ましい。
【0025】かかる第4級ホスホニウム化合物のポリエステルへの配合量は、ポリエステル100重量部に対して5×10-4〜5×10-2モル好ましくは1×10-3〜2×10-2モルの範囲にある必要がある。該配合量が5×10-2モルを越える場合には、酸性染料可染性は飽和して最早著しい向上は得られず、かえってポリエステルの物性が低下する。一方5×10-4モル未満の場合には、酸性染料に対する染色性が不十分になり本発明の目的は達成できなくなるため好ましくない。
【0026】上記した第4級ホスホニウム化合物をポリエステルに配合せしめるには、該ポリエステルを成形する以前の任意の段階で行うことができる。例えば前述したポリエステル合成の第1段階反応開始前にポリエステル原料中に混合しておいてもよいし、第1段階反応の終了から第2段階反応の開始までの間に添加しても、また第2段階反応中に添加してもよい。さらには、得られたポリエステルを繊維等に成形する際に溶融添加してもよい。なかでも、第4級ホスホスニウム化合物が高温度の雰囲気にさらされる時間が短くなって、得られる組成物の色調が良くなるといった点より、ポリエステル合成反応の第2段階反応開始以後、特にポリエステルの固有粘度が0.3以上に達した後に添加するのが望ましい。
【0027】かくして得られる本発明のポリエステル組成物は、ポリエステルの重合度があまりに低いと、例えば繊維等の成形物に為した際の成形物の機械的物性が不充分となるので、固有粘度(35℃下オルソクロロフェノール中で測定)は0.3以上、特に0.4〜1.0の範囲内にするのが望ましい。
【0028】なお、本発明のポリエステル組成物には、必要に応じて任意の添加剤、例えば染料、顔料、艶消剤、着色防止剤、難燃剤、酸化防止剤、制電剤、無機微粒子等が含まれていてもよい。
【0029】
【発明の効果】本発明の酸性染料可染性ポリエステル組成物は、従来提案されているものに比し極めて着色が少なく、繊維等に成形した後酸性染料で染色すると極めて美麗に染色することができる。また、本願で用いられる酸性染料可染化剤は、ポリエステルとの親和性に優れ、かつ酸性染料との親和性に優れているためと推定されるが、通常ナイロンを酸性染料で染色する場合には染色後フィックス処理が施されるのに対して、本発明のポリエステル組成物ではこのフィックス処理を施さなくても汚染(洗濯時の染料脱落、移行)が発生しないといった特徴を有する。
【0030】また、本発明で用いられる酸性染料可染化剤は汎用の原料から容易に製造することができ、しかも耐熱性に優れていて通常のポリエチレンテレフタレートを製造するに採用されている溶融重合温度条件下でも着色が極めて少ないので、高品質の酸性染料可染性ポリエステル組成物が安価に得られるといった利点をも有する。
【0031】
【実施例】以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、実施例における部は重量部を示す。また、各評価項目は下記に従った。
【0032】■ 固有粘度[η]オルソクロロフェノールに溶解し、オストワルド粘度管を用いて35℃下で測定した。
【0033】■ ポリマーカラーJIS Z8722にしたがった。
【0034】■ ポリマーヘーズ値ポリマー20mgを顕微鏡用カバーグラス2枚の間に置き、280℃のホットプレート上で加熱軟化させた後、押え付けて直径約10mmの円形状となし、直ちにカバーグラスと共に氷水中に入れて急冷したものをヘーズ値測定用の試料(気泡のないもの)とする。この試料を積分球式濁度計で白板法を用いて測定した。
【0035】■ 染着率染色後の残液を比色定量して求めた。
【0036】■ 染色処理酸性染料による染色条件は下記の表1にしたがった。
【0037】
【表1】


【0038】■ 耐光堅牢度染色布にキセノンアーク灯を照射し、その変退色から、ブルースケールを基準に評価した。
【0039】■ 染色堅牢度(耐汚染性)
JIS L0846のA法にしたがった。
【0040】■ 染色堅牢度(耐ドライクリーニング性)
JIS L0860にしたがった。
【0041】
【参考例】第4級ホスホニウム化合物の合成例デカンジオールとメタンスルホン酸クロライドとをピリジン中で反応させ、得られた反応生成物を充分水洗後低温乾燥し、次いでアセトンから再結晶させて下記式で表わされるジスルホン酸エステルを得た。
CH3 −SO3 −(CH2 10−O3 S−CH3 得られたジスルホン酸エステル化合物とトリフェニルホスフィンとを130℃下2時間、次いで160℃下30分反応させて下記に示す第4級ホスホニウム化合物を得た。
(Ph)3 P + -(CH2 ) 10-P+ (Ph)3 ・ (CH3 -SO 3 - ) 2
【0042】
【実施例1】テレフタル酸ジメチル100部、エチレングリコール70部、酢酸マンガン・4水塩0.02部をガラスフラスコに仕込み、窒素ガス雰囲気下4時間かけて140℃から230℃まで昇温し、生成するメタノールを系外に留出してエステル交換反応を行った。得られた反応生成物にリン酸を0.02部加え、次いで三酸化アンチモンを0.05部添加して全量を重合用フラスコに移した。次いで、反応温度を230℃から275℃に徐々に昇温するとともに、圧力を760mmHgから徐々に減圧して重縮合せしめ、ポリエステルの固有粘度が0.3に到達した時点で酸性染料可染化剤として参考例で合成した第4級ホスホニウム化合物4.27部(得られるポリエステル100重量部に対して5×10-3モル)添加し、更に275℃、0.5mmHg下1時間反応せしめて固有粘度0.6、ポリマーカラーL値78、b値2.3の極めて白度良好なポリマーを得た。
【0043】得られたポリマーはチップとなした後、常法にしたがって溶融紡糸(紡糸温度280℃)して未延伸糸を得、これを4.5倍に延伸して75デニール/24フィラメントのマルチフィラメントを得た。
【0044】この延伸糸をメリヤス編にした後、前記染色条件で染色したところ染着率は100%であり、酸性染料可染性は極めて良好であった。また、得られた染色布の評価結果を表2に示す。
【0045】なお、酸性染料のかわりにカチオン染料(Aizen Cathilon Pink FGH 2%owf)を用いて130℃下1時間染色したが、汚染程度にしか染色されておらず、実質的には染色されていなかった。
【0046】
【実施例2〜7,比較例1〜3】実施例1で用いた第4級ホスホニウム化合物に代えて、表2に記載の第4級ホスホニウム化合物を用いる以外は実施例1と同様(但し、比較例1〜3はホスホニウムカチオン基の量を等しくするために2倍モル添加)にして得られた結果を表2に示す。
【0047】
【表2】


なお、表中第4級ホスホニウム化合物イ〜ヌは、下記に示されるものである。
イ:Ph3 P(CH2 10PPh3 ・(OMs)2 ロ:Ph3 P(CH2 10PPh3 ・(OTs)2 ハ:Bu3 P(CH2 10PBu3 ・(OMs)2 ニ:Ph3 P(CH2 12PPh3 ・(OMs)2 ホ:Bu3 P(CH2 6 PBu3 ・(OMs)2 ヘ:Ph3 P(CH2 4 PPh3 ・(OTs)2 ト:Ph3 P(CH2 16PPh3 ・(OTs)2 チ:Ph4 P・Clリ:Ph3 PCH3 ・(OTs)
ヌ:Ph3 P(CH2 17CH3 ・(OMs)
(但し、OMsはメタンスルホン酸残基、OTsはパラトルエンスルホン酸残基を示す。)

【特許請求の範囲】
【請求項1】芳香族ジカルボン酸を主たる酸成分とし、脂肪族ジオール及び/又は脂環族ジオールを主たるグリコール成分とするポリエステル100重量部に対して、下記一般式(I)で表わされる第4級ホスホニウム化合物が5×10-4〜5×10-2モル配合されていることを特徴とする酸性染料可染性ポリエステル組成物。
【化1】


[但し、R1 ,R2 ,R3 ,R5 ,R6 ,R7 は、同一又は異なっていてもよい炭素数4〜10の1価の炭化水素基、R4 は炭素数4〜16の2価の炭化水素基、X- はスルホン酸アニオンを示す。]

【公開番号】特開平5−9367
【公開日】平成5年(1993)1月19日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−191214
【出願日】平成3年(1991)7月5日
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)