説明

酸性電解水の評価方法

【課題】酸性電解水の良否を容易に判定できる酸性電解水の評価方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る酸性電解水の評価方法は、酸性電解水の評価方法において、該酸性電解水の所要量をアルカリ水溶液により中和して、該中和に要したアルカリ量を計測し、該アルカリ量があらかじめ設定されたアルカリ量よりも少ない場合に使用不能と判定することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属表面処理等に使用する酸性電解水の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、水の電気分解から生成する電解水は各種の用途に使用されている。特に、酸性電解水は酸化力が非常に強く、銅材表面の洗浄やエッチングなど、金属の表面処理などに使用されている(特許文献1)。
しかしこの酸性電解水は不安定であり、作製後比較的短時間内に使用するのが一般的である。
【0003】
ところで、酸性電解水の酸化力は、生成するヒドロキシラジカルによるとされる。すなわち、ヒドロキシラジカルの金属表面へのアタック力が強いことから強い酸化力(活性度)が得られる。このヒドロキシラジカルが存在する限り、酸性電解水の機能を強力に発揮できる。ヒドロキシルラジカルは強い酸化剤として知られているが、非常に不安定で寿命が短い。
したがって、ヒドロキシラジカルを検出できれば、その存在から、酸性電解水の評価(使用できるか否か)を行うことができる。
【0004】
米森らは、酸性電解水にスピントラップ剤を添加して安定なヒドロキシラジカル付加体を形成し、このヒドロキシラジカル付加体をESR(スピントラップ‐電子スピン共鳴法: Electron Spin Resonance)で観測し、ヒドロキシラジカルの生成および存在を確認した。
しかし、強酸性電解水中にはヒドロキシラジカルが安定して存在するのではなく、その前駆体が存在しており、その前駆体はペルオキソ二硫酸イオンであると推定している。この前駆体がヒドロキシラジカルを次々と生成するものと考えられる。すなわち、この前駆体がヒドロキシラジカルの供給源となっていると考えられる(非特許文献1)。
【特許文献1】特表2003/006711
【非特許文献1】日本化学会誌 1997 NO7 米森等 497-501
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のようにESR法でヒドロキシラジカルもしくはその前駆体を確認することで、酸性電解水の評価(使用しうるか否かの評価)は一応可能である。
しかしながら、ESR法に用いる機器は非常に高価であって、生産現場で管理用として一般的に用いることができるというものではない。
そこで、本発明は上記課題を解決すべくなされ、その目的とするところは、簡易な方法でヒドロキシラジカルもしくはその前駆体の存在を確認でき、酸性電解水の良否を容易に判定できる酸性電解水の評価方法を提供するにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る酸性電解水の評価方法は、酸性電解水の評価方法において、該酸性電解水の所要量をアルカリ水溶液により中和して、該中和に要したアルカリ量を計測し、該アルカリ量があらかじめ設定されたアルカリ量よりも少ない場合に使用不能と判定することを特徴とする。
【0007】
また本発明に係る酸性電解水の評価方法は、酸性電解水の評価方法において、該酸性電解水により対象金属の溶解試験を行い、所要時間内での該対象金属の溶解量を計測し、該溶解量があらかじめ設定された溶解量よりも小さい場合に使用不能と判定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、酸性電解水作製後、ある程度時間が経った酸性電解水が使用可能かどうかを判定するには、使用開始時にこの酸性電解水のアルカリ消費量あるいは金属の溶解速度(量)を計測し、この計測値があらかじめ決めた設定値よりも低い場合に、使用不能と判定することで、容易に酸性電解水の良否の判定が行える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下本発明の好適な実施の形態を添付図面を参照しつつ詳細に説明する。
希薄な硫酸ナトリウム水溶液を電気分解して得られるアノード水(酸性電解水)は,酸性(pH2.5)を示すとともに高い酸化還元電位(ORP: Oxidation Reduction Potential)を示す。電気分解におけるアノードでは酸素が発生し,ネルンストの式から,高いORPは溶存酸素に起因することがわかる。硫酸ナトリウム水溶液の電気分解では,アノードでは1)式に示す反応が起こっている。なお,このときカソードでは2)式の反応が起きている。
H2O → 1/2O2 + 2H+ + 2e- ・・・1)
H2O + e- → 1/2H2 + OH- ・・・2)
アノードでの反応は1)式で示されるが,3)式の反応も同時に起こり,ヒドロキシルラジカルが生成すると考えられる。
H2O →・OH + H+ + e- ・・・3)
ヒドロキシルラジカルは強い酸化剤として知られているが,非常に不安定で寿命が短い。
【0010】
ヒドロキシルラジカルの存在を確認する方法としてはスピントラップ-ESR法が最も多用されているが、このESR法では、ヒドロキシルラジカル前駆体を直接検出することはできない。また、ペルオキソ二硫酸イオンと推定される化学種についても、これを定性・定量する方法が確立されていない。
【0011】
本実施の形態では、米森らが言うようにヒドロキシルラジカル前駆体が酸性電解水中に安定に存在すると仮定したうえで、ヒドロキシルラジカル前駆体を消去し、間接的にその存在を示すことを試みた。
アスコルビン酸ナトリウムはヒドロキシルラジカルを消去する作用を有することが知られている。したがって、酸性電解水にアスコルビン酸ナトリウムを加えればヒドロキシルラジカル前駆体も消去され、この場合、酸性電解水と同じpHの硫酸水溶液に似た化学的特性を示すと推測される。
【0012】
酸性電解水とこれと同じpHの硫酸水溶液の中和滴定を行なった結果、酸性電解水を中和するのに必要なアルカリの量は、同じpHの硫酸水溶液に比べて3倍多いことがあきらかになった。さらに、酸性電解水にアスコルビン酸ナトリウムを加えてヒドロキシルラジカル前駆体を消去してから中和滴定を行なうと、酸性電解水と硫酸水溶液の滴定曲線は非常に近時した。
【0013】
さらに、両者の水溶液に銅を浸漬し、その溶解速度を求めた結果、酸性電解水における銅の溶解速度は同じpHの硫酸水溶液に比べて3倍高かった。しかし、酸性電解水にアスコルビン酸ナトリウムを加えてヒドロキシルラジカル前駆体を消去した場合では、銅の溶解速度は硫酸におけるそれと同じになった。
【0014】
このように、酸性電解水中に存在するヒドロキシルラジカル前駆体の存在を、中和滴定から求められるアルカリ消費量と、酸性電解水による銅の溶解速度を測定することから、間接的に確認する方法で得られた。これらアルカリ消費量、銅の溶解速度は、ヒドロキシラジカル前駆体の存在量、すなわち、酸性電解水の活性度に比例する。
酸性電解水が金属の表面処理等に使用できるか否かは経験的に確認できる。使用可能な最低限度の活性度のときのアルカリ消費量あるいは銅(銅以外の金属でもよい)の溶解速度(所要時間内での金属の溶解量)を求めておく(設定値)。そして、作製後、ある程度時間が経った酸性電解水が使用可能かどうかを判定するには、使用開始時にこの酸性電解水のアルカリ消費量あるいは金属の溶解速度(量)を計測し、この計測値が上記設定値よりも低い場合に、使用不能と判定することで、容易に酸性電解水の良否の判定が行える。
【0015】
なお、ヒドロキシルラジカル前駆体の消費剤としてはアスコルビン酸ナトリウムの他に、アスコルビン酸、没食子酸、カテキン、ケルセチン、グルタチオンなどがある。
また、アルカリ消費量や銅の溶解速度は、酸性電解水の方が硫酸水溶液に比べて3倍高かったが、これらアルカリ消費量や銅の溶解速度は、添加する電解助剤(電解質)の種類、すなわち酸性電解水の種類や、中和滴定に用いるアルカリの種類、溶解する金属の種類等によって変動することはもちろんである。
【実施例】
【0016】
1)試薬、試料および装置
電解水生成のための電解質には、無水硫酸ナトリウム(和光純薬工業(株)、試薬特級)を使用した。酸として硫酸(同)を使用した。水は脱イオン処理された純水を使用した。溶解用の試料には無酸素銅(白銅(株)、30×30×0.5 mm、Cu 99.99%、以下銅板)を使用した。電解装置には、隔膜式電解装置(MIZ、JED-007)を使用した。同装置は陽極槽(700 mL)と陰極槽(700 mL)から成り、両者の間は隔膜で仕切られている。隔膜にはポリエステル不織布を骨材にしてポリフッ化ビニリデンを貼り合わせたものが使用されている。電極にはチタンに白金皮膜を形成したものが用いられ、両電極寸法は74mm×113mmである。電気分解の条件は、0.72 A dm-2(0.6A、12V)、15分とした。電解槽に100 mmolL-1の硫酸ナトリウム水溶液を入れて電解し、アノード室にNa2SO4-酸性電解水を生成させた。水溶液のpH、酸化還元電位(ORP:Oxidation Reduction Potential)および溶存酸素濃度(DO: Dissolved Oxygen)の測定には、それぞれpH計(堀場製作所、F-22)、ORP計(東興科学研究所、TRX-90)、溶存酸素計(METTLER TOLEDO、MO128)を使用した。中和滴定には、自動滴下装置(Metrohm、702 SM Titrino)とpH計(東亜電波工業、HM-30G)を使用した。
【0017】
2)中和滴定
中和滴定は以下の手順で行なった。100 mmol L-1の硫酸ナトリウム水溶液を電気分解して酸性電解水を生成させた。ただちに200 mLを分取し、100 mmol L-1の水酸化ナトリウム水溶液(f=0.999)を滴下しながらpHの測定を行なった。同様にpH2.53の硫酸水溶液200 mLについても行なった。さらに、24時間経過後にもNa2SO4-酸性電解水の滴定を行なった。次に、酸性電解水中にヒドロキシルラジカル前駆体が存在することの確認として、酸性電解水にアスコルビン酸ナトリウムを加えた水溶液の中和滴定について検討した。アスコルビン酸ナトリウムはヒドロキシルラジカルを消去することが知られているので、ヒドロキシルラジカル前駆体においてもアスコルビン酸ナトリウムによって還元され、酸性電解水の中和滴定曲線は硫酸水溶液のそれと同じになると推測される。中和滴定は、酸性電解水ならびに硫酸水溶液それぞれ500 mLにアスコルビン酸ナトリウム8.8 gを加え、100 mmol L-1の水酸化ナトリウム水を用いて行なった。
【0018】
3)結果および考察
3.1)水溶液の特性
酸性電解水と硫酸水溶液の特性を表1に示す。ネルンストの式から、ORPは溶存酸素濃度に比例し、電解終了から時間とともに溶存酸素濃度も低下するので、その影響を無視できる範囲として10分以内に測定を行なった。電気分解を行なったNa2SO4-酸性電解水のORPと溶存酸素濃度は、電気分解を行なっていないpH2.53の硫酸水溶液のそれに比べて高い値を示し、酸化性の強い水溶液であることがわかる。
【0019】
表1

【0020】
3.2)中和滴定
pH2.53の酸性電解水と硫酸水溶液それぞれの中和滴定の結果を図1に示す。図1中、Aは硫酸水溶液の滴定曲線、Bは酸性電解水の滴定曲線、Cは24時間後の酸性電解水の滴定曲線である。滴定曲線が示すように、酸性電解水の中和に要する水酸化ナトリウムの量は硫酸水溶液のそれに比べて3倍多いことが明らかになった。24時間経過後においても中和に要する水酸化ナトリウムの量は減少したものの、硫酸水溶液のそれに比べると依然として著しく多いことがわかった。このことは、Na2SO4-酸性電解水では、pH計の示す水素イオン濃度から得られる酸濃度に比べ、中和滴定によるアルカリの消費量から求められる酸濃度のほうが高いことを示している。中和滴定の結果は、pH計に応答しない水素イオン以外の酸として作用を示す化学種が比較的安定に存在することを意味しており、この化学種はヒドロキシルラジカル前駆体であると推定する。
【0021】
酸性電解水ならびに硫酸水溶液それぞれにアスコルビン酸ナトリウムを加え、水酸化ナトリウム水溶液を用いて中和滴定を行なった結果を図2に示す。図2中、Aは硫酸水溶液、Bは酸性電解液の中和滴定曲線である。酸性電解水の滴定曲線は硫酸水溶液のそれに非常に近似することが確認できた。この現象は、酸性電解水中のヒドロキシルラジカル前駆体がアスコルビン酸ナトリウムによって還元され、ヒドロキシルラジカル前駆体が消去されたためである。ヒドロキシルラジカル前駆体は中和反応に関与しない硫酸イオンになったと推測される。
【0022】
3.3)酸性電解水中における銅の溶解速度
これまでの調査の結果、酸性電解水における銅の溶解速度は、これとpHが同じ硫酸水溶液に比べて3倍大きいことがわかっている。この作用は、酸性電解水中に存在するヒドロキシルラジカル前駆体がその要因のひとつであると考えている。したがって、上述に示したように、ヒドロキシルラジカル前駆体がアスコルビン酸ナトリウムによって消去されるとすると、酸性電解水にアスコルビン酸ナトリウムを加えた水溶液中に浸漬した銅の溶解速度は、同じpHの硫酸水溶液のそれと同じになると考えられる。そこで、酸性電解水500 mLにアスコルビン酸ナトリウムを8.8 g加え、アスコルビン酸ナトリウムとして100 mmol L-1の水溶液を調製し、これに銅板を100分間浸漬し、重量減少からエッチング速度を求めた。同時にアスコルビン酸ナトリウムを加えない酸性電解水ならびに硫酸における銅の溶解速度を求めた。結果を表2に示す。
【0023】
表2

【0024】
これらの結果から、酸性電解水にはヒドロキシルラジカル前駆体が存在することが間接的に示され、それが銅のエッチング性を高めていることが矛盾無く説明できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】酸性電解水と硫酸水溶液の中和滴定曲線である。
【図2】酸性電解水と硫酸水溶液にアスコルビン酸ナトリウムを添加した溶液の中和滴定曲線である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性電解水の評価方法において、
該酸性電解水の所要量をアルカリ水溶液により中和して、該中和に要したアルカリ量を計測し、該アルカリ量があらかじめ設定されたアルカリ量よりも少ない場合に使用不能と判定することを特徴とする酸性電解水の評価方法。
【請求項2】
酸性電解水の評価方法において、
該酸性電解水により対象金属の溶解試験を行い、所要時間内での該対象金属の溶解量を計測し、該溶解量があらかじめ設定された溶解量よりも小さい場合に使用不能と判定することを特徴とする酸性電解水の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−198456(P2009−198456A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−43252(P2008−43252)
【出願日】平成20年2月25日(2008.2.25)
【出願人】(000190688)新光電気工業株式会社 (1,516)
【Fターム(参考)】