説明

酸素又は二酸化炭素溶解式地下水追跡法

【課題】 長距離の追跡が可能であって、精度の向上とコストの削減、及び労力の軽減を図ることができるとともに、周辺環境への悪影響も少なくて済む酸素又は二酸化炭素溶解式地下水追跡法を提供すること。
【解決手段】 地すべり斜面に設けた複数のボーリング孔のうち斜面上部のボーリング孔からトレーサーとなる酸素又は二酸化炭素をボーリング孔内の地下水に吹き込み、斜面下方のボーリング孔内で地下水の溶存酸素濃度又は溶存二酸化炭素濃度を測定し、その測定値から斜面の地下水の流下経路を推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、酸素又は二酸化炭素溶解式地下水追跡法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地すべり防止工事では、地すべり斜面を安定化させるために斜面内の地下水排除が実施されており、効率的に地下水排除を実施するために地下水調査が行われている。その地下水調査法の一つとして地下水追跡法がある。現在広く用いられている地下水追跡法は、薬品や蛍光物質等のトレーサーを斜面上部のボーリング孔内地下水中に投入し、斜面下方のボーリング孔内地下水中でのトレーサーの検出の有無で地下水の流下経路を直接的に把握する方法である。
【0003】
しかしながら、前記方法はトレーサーに主に食塩水を使用するが、比重が大きいため沈降し長距離の追跡は困難である。また、数十kgの食塩を使用するために、周辺環境への悪影響が懸念される、等々の問題がある。
【0004】
なお、この発明と関連する技術として、ボーリング孔内で地下水の溶存酸素濃度を測定する特許文献1,2を挙げることもできるが、これらは地下構造物の微生物耐性や地盤汚染の微生物浄化等を検討する際に地下水の溶存酸素の調査をするもの、あるいは岩盤内に高レベル放射性廃棄物の地層処分場を構築する場合に、岩盤内の地下水の酸化・還元状態が放射性核種の溶解速度に影響することから、地下水の溶存酸素及びその変化を調査をするものであり、この発明とは技術的に程遠いものである。
【特許文献1】特開2007−256025号公報
【特許文献2】特開2007−146541号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこでこの発明は、前記従来の技術の問題点を解決し、長距離の追跡が可能であって、精度の向上とコストの削減、及び労力の軽減を図ることができるとともに、周辺環境への悪影響も少なくて済む酸素又は二酸化炭素溶解式地下水追跡法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、地すべり斜面に設けた複数のボーリング孔のうち斜面上部のボーリング孔からトレーサーとなる酸素又は二酸化炭素をボーリング孔内の地下水に吹き込み、斜面下方のボーリング孔内で地下水の溶存酸素濃度又は溶存二酸化炭素濃度を測定し、その測定値から斜面の地下水の流下経路を推定することを特徴とする。請求項2に記載の発明は、請求項1記載の酸素又は二酸化炭素溶解式地下水追跡法において、酸素又は二酸化炭素は、酸素ボンベ又は二酸化炭素ボンベを用いて所定時間にわたり吹き込み、測定は、地下水面から所定の深度方向にわたり時間間隔をおいた複数の時点で行い、各時点を通して地下水中の溶存酸素濃度又は溶存二酸化炭素濃度の増加が認められた場合には地下水の流下経路があると推定し、溶存酸素濃度又は溶存二酸化炭素濃度の増加が認められない場合には地下水の流下経路になっていないと推定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
請求項1,2に記載の発明は、前記のように地すべり斜面に設けた複数のボーリング孔のうち斜面上部のボーリング孔からトレーサーとなる酸素又は二酸化炭素をボーリング孔内の地下水に吹き込み、斜面下方のボーリング孔内で地下水の溶存酸素濃度又は溶存二酸化炭素濃度を測定し、その測定値から斜面の地下水の流下経路を推定するので、トレーサーとなる酸素又は二酸化炭素の地下水への投入作業においては、酸素ボンベ又は二酸化炭素ボンベを用いれば、そのコックをひねるだけで酸素又は二酸化炭素を吹き込むことができ、従来の大量の食塩を投入する方法に比べて、労力を大幅に軽減することができる。また、トレーサー到達による溶存酸素濃度又は溶存二酸化炭素濃度の数値の差異は明瞭であり、しかも溶存酸素濃度又は溶存二酸化炭素濃度は塩分濃度に比べて長時間にわたり高い濃度が保持され、長距離の地下水追跡が可能である。また、薬品や蛍光物質等を地下水中に溶かす必要がないため、周辺環境への悪影響も少なくて済む。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
この発明の一実施の形態を、図面を参照して説明する。
【0009】
図1は、この発明の高知県の長者地すべり斜面で実施したときの一実施の形態であって、そのうち右の図は長者地すべり斜面全体を示し、左の図は右の図で四角に囲った部分を拡大して示したものである。
【0010】
図1において、丸と共に示した符号BV16−1、BV8−4、BV7−4、BV7−5、BV4−2、BV10−2、BV4−1は、前記すべり斜面に設置されたボーリング孔の名称であり、その斜面上部に位置するボーリング孔BV16−1がトレーサー投入孔となっている。トレーサー投入孔であるボーリング孔BV16−1の周辺には図2に示すように酸素ボンベ1が設置され、該ボンベのコック2をひねることにより、中の酸素をホース3の先端の吹き込み部4からボーリング孔BV16−1内の地下水に吹き込むことができるようになっている。つまり、ボーリング孔BV16−1内で高濃度酸素水を作成することが可能になっている。一方、斜面下部に位置するボーリング孔、例えばボーリング孔BV10−2には図3に示すように溶存酸素計5が設置され、該酸素計のケーブル6の先端に接続された測定体7により調査孔であるボーリング孔BV10−2で地下水の溶存酸素濃度を測定できるようになっている。
【0011】
次に、長者地すべり斜面で行った実施の例について、測定結果を示す図4も参照して説明する。図4は、図1に示した斜面上部に位置するボーリング孔BV16−1の地下水中に酸素を4時間吹き込んで溶かし、斜面下部に位置するボーリング孔BV7−5における経過時間1時間20分後、2時間20分後、3時間35分後、5時間10分後、24時間30分後、26時間37分後(ボーリング孔BV16−1に酸素を吹き込んで溶かした後の経過時間)までの地下水中の溶存酸素濃度を、深度15mの地下水面から深度方向に測定した結果を示すものである。
【0012】
図4によると、溶存酸素濃度は、1時間20分後は4.0mg/1以下(通常の濃度)であるが、2時間20分後から上昇を始め、5時間10分後に最大となり、その後の24時間30分後にはほぼ1時間20分後の濃度まで低下している。これは、ボーリング孔BV16−1で溶存酸素濃度が高くなった地下水がボーリング孔BV7−5に流下していることを示すものであり、ボーリング孔BV16−1付近の地下水がボーリング孔BV7−5付近を流れていることを示す。この調査では、図1に示したトレーサー投入孔であるボーリング孔以外の6箇所のボーリング孔で、図4のような変化が認められたものは、ボーリング孔BV7−5とボーリング孔BV10−2であり、他のボーリング孔では認められなかった。これらのことから、ボーリング孔BV16−1付近からの地下水の流下経路として、ボーリング孔BV7−5とボーリング孔BV10−2を通るもの(図1の色の濃い部分で示した経路)の存在が明らかになった。つまり、この調査ではボーリング孔BV7−5とボーリング孔BV10−2で溶存酸素濃度の増加が認められ、この結果により図1に示す地下水の流下経路があると推定できた。
【0013】
そして、前記において地下水中の溶存酸素濃度の増加(上昇)と減少(下降)が認められない場合は、地下水の流下経路になっていないと判断する。つまり、ボーリング孔BV8−4、BV7−4、BV4−2、BV4−1では溶存酸素濃度の増加が認められず、この結果によりこれらボーリング孔のある斜面には地下水の流下経路がないと推定できる。
【0014】
前記のようにして地すべり斜面の斜面上部に設けたボーリング孔BV16−1をトレーサー投入孔とし、このボーリング孔から酸素を吹き込むとともに、該ボーリング孔から斜面下方に所定距離をおいて設けた複数のボーリング孔BV8−4、BV7−4、BV7−5、BV4−2、BV10−2、BV4−1のそれぞれに対して、溶存酸素濃度の測定を行い、その増加と減少を把握することにより、それぞれのボーリング孔BV8−4、BV7−4、BV7−5、BV4−2、BV10−2、BV4−1のある斜面に地下水の流下経路が有るか無いかを容易に推定するものである。この実施の例では長者地すべり斜面の一斜面のみについて行ったが、他の斜面でも地すべりが起こりそうなときはその斜面についても同様に行うことは言うまでもない。
【0015】
この実施の形態では、酸素を吹き込むために酸素ボンベ1を地すべり斜面の斜面上部に持ち込むが、該ボンベは人力でも運べ、人力で運べないときはヘリコプター等を用いることにより運べ、その運搬が比較的容易であるのみならず、操作もホース3の先端にある吹き込み部4をボーリング孔内に入れてやり、その上でコック2をひねるだけでよいため、簡単であり、作業性もきわめてよい。また測定にしても、調査するボーリング孔内に溶存酸素計5のケーブル6の先端に接続された測定体7を入れてやることにより、容易に測定ができる。
【0016】
なお、前記した実施の形態において、酸素ボンベ1や溶存酸素計5は、あくまでも一例を示すものであり、酸素を吹き込むことができ、かつ溶存酸素濃度を測定することができるものであれば、必ずしもこれらと同じものを用いなくともよい。また、前記実施の形態ではトレーサーとして酸素を用いたが、酸素に代えて二酸化炭素を用いてもよく、この場合は二酸化炭素を二酸化炭素ボンベから吹き込み、測定具としてPH計を使用して、酸素と同様な調査が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】この発明の、高知県の長者地すべり斜面で実施したときの実施の形態を示す図面である。
【図2】同上の斜面上部に位置するボーリング孔内の地下水に酸素ボンベから酸素を吹き込んでいる状態を表わした図面である。
【図3】同上の斜面下部に位置するボーリング孔で地下水の溶存酸素の濃度を測定している状態を表わした図面である。
【図4】同上の溶存酸素濃度の測定結果を示す図表である。
【符号の説明】
【0018】
1 酸素ボンベ
2 コック
3 ホース
4 吹き込み部
5 溶存酸素計
6 ケーブル
7 測定体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
地すべり斜面に設けた複数のボーリング孔のうち斜面上部のボーリング孔からトレーサーとなる酸素又は二酸化炭素をボーリング孔内の地下水に吹き込み、斜面下方のボーリング孔内で地下水の溶存酸素濃度又は溶存二酸化炭素濃度を測定し、その測定値から斜面の地下水の流下経路を推定することを特徴とする酸素又は二酸化炭素溶解式地下水追跡法。
【請求項2】
請求項1記載の酸素又は二酸化炭素溶解式地下水追跡法において、酸素又は二酸化炭素は、酸素ボンベ又は二酸化炭素ボンベを用いて所定時間にわたり吹き込み、測定は、地下水面から所定の深度方向にわたり時間間隔をおいた複数の時点で行い、各時点を通して地下水中の溶存酸素濃度又は溶存二酸化炭素濃度の増加が認められた場合には地下水の流下経路があると推定し、溶存酸素濃度又は溶存二酸化炭素濃度の増加が認められない場合には地下水の流下経路になっていないと推定することを特徴とする酸素又は二酸化炭素溶解式地下水追跡法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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