説明

酸素還元触媒の製造方法

【課題】燃料電池や空気電池等の空気極に用いられる酸素還元反応を伴う酸素還元触媒に関し、Pt等の貴金属を用いることなく、酸素還元能が高く、耐久性が高く、安価な触媒を提供する。
【解決手段】表面に酸素欠陥が導入されかつ表面の酸素原子の一部が炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方で置換されることにより結晶格子が膨張した遷移金属酸化物を含む酸素還元触媒の製造方法であって、遷移金属酸化物と、炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方を含む物質とを混合し、メカニカルミリング法により処理することで前記結晶格子が膨張した遷移金属酸化物を合成する酸素還元触媒の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池、空気電池等の電気化学デバイスの酸素還元電極に用いられる電極触媒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池や空気電池は、空気中の酸素等を酸化剤とし、燃料となる化合物や負極活物質との化学反応のエネルギーを電気エネルギーとして取り出す電気化学エネルギーデバイスである。燃料電池や空気電池は、Liイオン電池等の2次電池よりも高い理論エネルギー容量を有し、自動車車載用電源、家庭や工場等の定置式分散電源、又は、携帯電子機器用の電源等として利用することができる。
【0003】
燃料電池や空気電池の酸素極(空気極)側では、酸素が還元される電気化学反応が起きる。酸素還元反応は比較的低温では進行し難く、一般的には白金(Pt)等の貴金属触媒により反応を促進させることができる。しかしながら、酸素還元反応は高い電位領域で起こるため、特に酸性溶液中においてPt等の貴金属は溶解劣化し、長期安定性及び信頼性確保の面で課題を有する。また、Pt等の貴金属を主成分とする触媒は高価であり、燃料電池や空気電池のシステム全体の価格を押し上げその広範な普及を阻んでいる。したがって、白金と同等、あるいはそれ以上の酸素還元能を有し、酸性溶液中、高電位で安定であり、安価な触媒の開発が望まれている。
【0004】
Ptを含まない触媒としては、有機金属錯体、窒素化カーボン、遷移金属カルコゲナイド、遷移金属炭素化物、遷移金属窒素化物等が知られている(例えば特許文献1)。また、導電性材料と高純度ラムズデライト型二酸化マンガンとをメカニカルミリングにより混合し、導電性材料の表面を高純度ラムズデライト型二酸化マンガンで被覆した触媒被覆導電性材料が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−82909号公報
【特許文献2】特開2009−289616号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述したように、燃料電池や空気電池等に用いられる酸素還元触媒は、現行のPtを主成分とする触媒では酸素還元能に更なる改善の余地がある。また、酸性溶液中高電位においてPtの溶解による触媒劣化が生じるため実用上問題がある。更にコストが高く、燃料電池の広範な普及を妨げている。一方、前記Ptを含まない触媒については、いずれも触媒活性や耐久性の面において不十分であり、Pt系触媒を上回る触媒性能は得られていない。
【0007】
そこで、本発明は、燃料電池や空気電池等の空気極に用いられる酸素還元反応を伴う酸素還元触媒に関し、Pt等の貴金属を用いることなく、酸素還元能が高く、耐久性が高く、安価な触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る酸素還元触媒の製造方法は、表面に酸素欠陥が導入されかつ表面の酸素原子の一部が炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方で置換されることにより結晶格子が膨張した遷移金属酸化物を含む酸素還元触媒の製造方法であって、遷移金属酸化物と、炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方を含む物質とを混合し、メカニカルミリング法により処理することで前記結晶格子が膨張した遷移金属酸化物を合成する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、Pt等の貴金属を用いることなく、Pt系の貴金属触媒とほぼ同等或いはそれ以上の高い酸素還元能、耐久性を有し、かつ、Ptを用いていないため安価な触媒を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施例1で合成した酸化物触媒についてX線回折測定して得られたX線回折パターンを示す図である。
【図2】実施例1で合成した酸化物触媒について転換電子収量法X線吸収分光法測定して求めたTa−L3吸収端EXAFSのフーリエ変換(動径分布関数)を示す図である。
【図3】実施例1で合成した酸化物触媒についてのTa4fコアレベルのXPSスペクトルを示す図である。
【図4】実施例1で合成した酸化物触媒の窒素及び酸素雰囲気でのリニアスイープボルタモグラムを示す図である。
【図5】比較例1で合成した酸化物触媒についてX線回折測定して得られたX線回折パターンを示す図である。
【図6】比較例2で合成した酸化物触媒の窒素及び酸素雰囲気でのリニアスイープボルタモグラムを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る酸素還元触媒の製造方法は、表面に酸素欠陥が導入されかつ表面の酸素原子の一部が炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方で置換されることにより結晶格子が膨張した遷移金属酸化物を含む酸素還元触媒の製造方法であって、遷移金属酸化物と、炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方を含む物質とを混合し、メカニカルミリング法により処理することで前記結晶格子が膨張した遷移金属酸化物を合成する。
【0012】
本発明に係る方法では、酸素還元触媒に含まれる遷移金属酸化物表面への酸素欠陥の導入及び遷移金属酸化物中の酸素原子の一部を炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方で置換する方法として、メカニカルミリング法を用いる。メカニカルミリング法は、原料に機械的な衝撃や摩擦を与えて摩砕混合することにより、原料の構造、物性、形態などを変化させる方法であり、通常室温付近で用いられる処理である。本発明においては遷移金属酸化物と、炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方を含む物質とを混合し、メカニカルミリング法により処理することで遷移金属酸化物表面の結晶格子に適度に乱れを導入することができる。これにより、遷移金属酸化物表面に対し通常の加熱合成法において平衡状態で導入されるよりも多量の酸素欠陥を導入することができる。また、遷移金属酸化物表面の酸素原子を炭素原子や窒素原子でより置換することができる。これにより、遷移金属酸化物の結晶格子をより膨張させることができる。
【0013】
遷移金属酸化物表面に導入された酸素欠陥サイト又は酸素原子が炭素原子や窒素原子で置換されたサイトは、酸素還元反応の活性サイトとなると同時に、電気化学反応に必須の電子伝導を担うキャリアを注入する役割を有する。これにより、貴金属を含まないにもかかわらず、白金系の酸素還元触媒と同等又はそれ以上の高い酸素還元触媒活性を示す酸素還元触媒を提供することができる。
【0014】
また、メカニカルミリング法は通常室温付近で処理するため、加熱合成法において生じる高温でのアニール効果、即ち、原子拡散を伴う原子の再配列による酸素欠陥の中和を防止することができるだけでなく、再結晶化による粒子の肥大化に伴う活性点消滅も防止できる。
【0015】
メカニカルミリング法による処理には、ボールミル等を用いることができる。処理方法は特に限定されないが、例えば、遷移金属酸化物と、炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方を含む物質との混合物と、水とをZrO2製容器に入れ、室温で粒径の異なるボールを数種類用いて500〜2000rpmの回転数で5〜60分間メカニカルミリング処理する方法が挙げられる。
【0016】
遷移金属酸化物表面において、酸素欠陥の導入及び炭素原子、窒素原子による置換がなされる領域は特に限定されない。しかし、遷移金属酸化物の粒子内部の欠陥は活性点としては作用しにくく、また電子伝導性は遷移金属酸化物表面から深さ数十nmの領域で実現すればよいため、遷移金属酸化物の粒子径が30nmよりも大きい場合には、遷移金属酸化物表面から深さ30nmの領域であることが好ましい。本発明においてはメカニカルミリング法により処理するため、主に遷移金属酸化物表面から深さ30nmの領域において酸素欠陥の導入及び炭素原子、窒素原子による置換を行うことができる。
【0017】
前記遷移金属酸化物は、Ta、Zr、Nb及びTiからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含むことが好ましい。これらの元素を含む遷移金属酸化物を用いることにより、より高い酸素還元能及び耐久性を有する酸素還元触媒を製造することができる。前記遷移金属酸化物としては、例えば、Ta25、ZrO2、Nb25、Nb1229、NbO、NbO2、TiO2、TiO、Ti23、Ti47、Ti59、Ti611、Ti713、Ti815、Ti917及びこれらの複合酸化物等が挙げられる。この中でも、電池に用いられる電解液中での安定性の観点から、Ta25、ZrO2、Nb25、TiO2であることがより好ましい。
【0018】
また、前記遷移金属酸化物中の遷移金属の一部が、該遷移金属とは異なる元素であって、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Zr、Nb、Mo、Ru、Pd、Hf、Ta及びWからなる群から選択される少なくとも1種の元素で置換されていることが好ましい。前記元素で置換されていることにより、結晶格子の歪みを発生させたり、遷移金属酸化物中の遷移金属の価数を変化させたりすることができる。これにより、さらに多くの酸素欠陥を導入したり、キャリアを増大させたりすることが可能になる。遷移金属酸化物中の遷移金属の置換方法としては、通常の方法により行うことができる。例えば、酸化物や金属を用いた固相反応法、メカニカルアロイング法、遷移金属の塩等を用いる湿式合成法、気相反応法等を用いることができる。母体となる遷移金属酸化物の結晶性を維持することで高い電気伝導度を維持するため、元素置換量は10(mol%)以下であることが好ましい。なお、遷移金属酸化物表面にAl等の前記置換元素以外の他の元素を導入することは、触媒の伝導性を損なわない限り構わない。
【0019】
前記炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方を含む物質としては、グラファイト成分を含む炭素、ダイアモンド構造を有する炭素、アモルファス状の炭素、フラーレン、カーボンナノチューブ等の炭素;ベンゼン、ナフタレン、アントラセン等の炭素6員環化合物、その誘導体及びポリマー;ポリアニリン、ポリアミン、ポリイミド;炭素原子及び窒素原子を含む有機化合物等が挙げられる。該炭素原子及び窒素原子を含む有機化合物としては、ピロール、イミダゾール、ピラゾール、テルラゾール、イソテルラゾール、セレナゾール、イソセレナゾール、チオゾール、チアゾール、イソチアゾール、オキサゾール、イソオキサゾール、フラザン、トリアゾール等の炭素及び窒素を含む複素5員環化合物、その誘導体及びポリマー;キナゾリン、イソキノリン、キノリン、ナフチリジン、アクリジン、ベンゾキノリン、フェナントロリン、キノキサリン、インドール、インドリン、インダゾール、カルバゾール、ベンゾチアゾール、ベンズイミダゾール、ピロロピリジン等の炭素及び窒素を含む複素6員環化合物、その誘導体及びポリマー;フタロシアニン、ポルフィリン、その誘導体等の炭素及び窒素を含む有機化合物等が挙げられる。
【0020】
前記炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方を含む物質として前記炭素を用いた場合、遷移金属酸化物と炭素とを同時にメカニカルミリング法により処理することで、遷移金属酸化物中の酸素原子の一部を炭素原子で置換し新たな活性点を導入すると同時に、遷移金属酸化物表面の一部を炭素で被覆し、電気化学反応に必須の伝導パスを形成することができる。これにより、電気伝導性が向上するため、大幅に酸素還元活性を高めることができる。なお、遷移金属酸化物表面が完全に炭素で被覆されると酸素分子が触媒活性点に到達しにくくなるため、遷移金属酸化物表面は適度に露出していることが好ましい。また、炭素を混合しない場合や、電気伝導性が不足する場合には、他の導電性付与剤を更に混合することもできる。
【0021】
前記炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方を含む物質として、前記遷移金属酸化物中の遷移金属とは異なる元素であって、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Zr、Nb、Mo、Ru、Pd、Hf、Ta及びWからなる群から選択される少なくとも1種の元素と、炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方とを含む有機金属錯体を用いることが好ましい。これにより、遷移金属酸化物への前記元素のドープ、炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方による酸素原子の置換を同時に行うことができる。遷移金属酸化物に前記元素をドープすることにより、遷移金属酸化物中の遷移金属を他の元素に置換した場合と同様に、結晶格子に歪みを発生させたり、遷移金属酸化物中の遷移金属の価数を変化させたりすることができ、より多くの酸素欠陥を導入したり、キャリアを増大させたりすることが可能になる。前記有機金属錯体としては、例えば、遷移金属酸化物にドープする元素がFeである場合には、フタロシアニン鉄、フェロセン、ポルフィリン鉄等、Feと炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方とを含む有機金属錯体が挙げられる。前記有機金属錯体と遷移金属酸化物とを同時にメカニカルミリング処理することにより、遷移金属酸化物に対するFeのドーピング、酸素欠陥の発生、炭素原子による置換を同時に行うことができる。また、メカニカルミリング法を用いることにより、熱的平衡状態で導入される以上の金属を遷移金属酸化物にドープすることが可能である。
【0022】
メカニカルミリング法により処理された遷移金属酸化物は、適度にアニールすることによって、結晶性を回復させ、電気伝導性を増加させることもできる。この場合、酸素欠陥サイトの消滅を防ぐため、不活性ガス中ですばやく加熱することが好ましい。なお、加熱後、再度メカニカルミリングを行うことによって酸素欠陥サイトを再度導入することもできる。
【0023】
本発明に係る酸素還元触媒を含む空気極は、燃料電池や空気電池の電極触媒として用いることができる。該燃料電池の電解液としては、酸性溶液、アルカリ溶液、中性溶液、有機系溶媒のいかなる性質をもつ電解液も使用することができる。燃料電池の燃料としては、特に制限されず、水素、メタノール又は水素化合物等を用いることができる。空気電池の場合も同様に電解液や負極活物質は特に限定されない。また、Liを含む物質を負極とするLi空気電池の空気極として利用することも可能である。
【実施例】
【0024】
以下、本発明の詳細を実施例において具体的に示す。
【0025】
[実施例1]
(酸化物触媒の合成)
粒径約10μmのTa25に対し5質量%のカーボンブラック(商品名:「ケッチェンブラック」)を混合し、メカニカルミリングを行った。まず、Ta25とカーボンブラックとをZrO2製の容器に入れ、さらに該容器の3分の1の体積に相当する超純水を加えた。その後、粒度の異なるボール4種類を用いて、5500〜6000rpmの回転数で10分間メカニカルミリングを行った。これにより、Ta25の表面に酸素欠陥の導入し、Ta25の表面の酸素の一部を炭素で置換し、Ta25の表面の一部をカーボンブラックでコーティングした。その後、アスピレータを用いて処理済のTa25(以下、酸化物触媒とする場合有)とカーボンブラックとを分離し、該酸化物触媒を恒温層で乾燥した。
【0026】
(X線回折測定、格子膨張の確認)
合成した酸化物触媒のX線回折測定を行った。図1にX線回折測定により得られたX線回折パターンを示す。図1の(A)は未処理のTa25を示し、(B)は合成した酸化物触媒を示す。カーボンブラックと混合しメカニカルミリングを行ったTa25(B)は、未処理のTa25(A)と比較して回折ピークに低角シフトが観測され、結晶格子が膨張していることが確認された。
【0027】
(X線吸収分光測定、酸素欠陥の確認、格子膨張の確認)
合成した酸化物触媒を、放射光を用いてTa−L3吸収端のX線吸収分光法の測定を行った。X線吸収分光法の測定では、試料表面の構造情報を得るために転換電子収量法を用いた。転換電子収量法で観測している領域は、試料表面から約30nmの領域である。図2に転換電子収量法X線吸収分光法測定により求めたTa−L3吸収端EXAFS(Extend X−ray Absorption Fine Structure)のフーリエ変換(動径分布関数)を示す。図2の(A)は未処理のTa25を示し、(B)は合成した酸化物触媒を示す。カーボンブラックと混合しメカニカルミリングを行ったTa25(B)は、未処理のTa25(A)と比較して1.8Å(0.18nm)付近のピーク強度の長距離側へのシフトとピーク強度の減少がみられ、2.0Å(0.20nm)の長さをもつTa−O結合の配位数の減少、即ち、酸素欠陥の導入と結晶格子の膨張が確認された。
【0028】
(XPS測定、炭素置換の確認)
合成した酸化物触媒のTa4fのXPS(X−ray Photoelectron Spectroscopy)測定を行った。図3にTa4fコアレベルのXPSスペクトルを示す。図3の(1)は未処理のTa25を示し、(2)は合成した酸化物触媒を示す。Ta4fスペクトルにおいては、合成した酸化物触媒(2)は未処理のTa25(1)と比較してコアレベルピークのシフトが観測され、Taの電子状態が変化していることが確認された。これは、前記X線回折測定、X線吸収分光測定の結果から推測される酸素欠陥の存在又は酸素の一部が炭素で置換された影響と考えられる。
【0029】
(電気化学測定による酸素還元能評価)
回転リングディスク電極を用いたリニアスイープボルタンメトリー法により酸素還元特性の評価を行った。グラッシーカーボン製の電極上に合成した酸化物触媒を分散させ、評価用電極とした。0.1mol/lHClO4水溶液中を電解質として用い、酸素ガスで飽和させた溶液と、高純度窒素ガスで飽和させた溶液中での電流値を比較することで酸素還元特性を評価した。図4に合成した酸化物触媒の窒素及び酸素雰囲気でのリニアスイープボルタモグラムを示す。図4に矢印で示すように、1.15VvsRHE(可逆水素電極)から双方の電流値に差が見られ始め、この電位から酸素還元反応が起こっていることがわかる。この値は、Pt系の1.10Vvs.RHEを上回る値である。同様の方法で、Ta25未処理の物質についても電気化学的評価を実施したところ、窒素雰囲気、酸素雰囲気共に同じ電流値を示し、有意な酸素還元反応は観測されなかった。
【0030】
(耐久性テスト)
合成した酸化物触媒をグラッシーカーボン電極上に塗布した後、「Nafion」(登録商標)でコートし試験電極を作製した。また、比較のため、50質量%でカーボン上に担持したPt触媒を同様にグラッシーカーボン電極上に塗布してPt電極を作製した。これら試験電極に対し、HClO4水溶液中において、0.05V〜1.2Vvs.RHEの電位範囲でサイクリックボルタンメトリーを行うことによって酸性水溶液中での加速耐久試験を行った。窒素雰囲気下で10000回サイクルをしたところ、Pt電極の波形には変化が生じ劣化が確認されたが、合成した酸化物触媒の電極には波形に変化がほとんど見られず、Pt触媒よりも高い耐久性を有することが確認された。
【0031】
[比較例1]
結晶格子膨張による効果を確かめるため、カーボンブラックを加えず、Ta25のみを原料とし、実施例1と同様の方法で5分間メカニカルミリングを行い、酸化物触媒を合成した。実施例1と同様の方法によりX線回折測定を行った結果を図5に示す。図5の(A)は未処理のTa25を示し、(B)は合成した酸化物触媒を示す。(A)と比較して(B)のX線回折ピークにはメカニカルミリング処理によるブロードニングは確認されたものの、低角シフトは観測されなかった。また、該酸化物の電気化学測定による酸素還元能評価を実施例1と同様の方法で行ったところ、酸素雰囲気と窒素雰囲気では電流値に有意な差が観測されず、酸素還元能を示さなかった。
【0032】
[比較例2]
実施例1で合成した酸化物触媒を、高純度窒素気流中、400℃で10分間アニールを行った。実施例1と同様の方法によりX線回折測定を行った結果、実施例1で確認されたX線回折の低角ピークシフトが観測されなくなり、未処理のTa25と同じ位置になった。該酸化物触媒の電気化学測定による酸素還元能評価を実施例1と同様の方法で行った。図6に該酸化物触媒の窒素及び酸素雰囲気でのリニアスイープボルタモグラムを示す。図6に示すように、酸素雰囲気と窒素雰囲気では電流値に有意な差が観測されず、酸素還元能をほとんど示さなかった。なお、0.4V以下に見られる差は炭素の影響によるものである。
【0033】
[実施例2]
Ta25の代わりにZrO2を原料に用い、カーボンブラックを10質量%の割合で混合し、実施例1と同様の方法により10分間メカニカルミリングを行った。実施例1と同様の方法によりX線回折測定及びX線吸収分光測定を行った結果、結晶格子の膨張、酸素欠損及び酸素の一部の炭素による置換が確認された。また、実施例1と同様の方法により電気化学測定による酸素還元能評価を行った結果、酸素還元開始電位は1.12Vであり、Pt系の1.10Vより高い酸素還元開始電位を有することが確認された。更に、実施例1と同様の方法により耐久性テストを行った結果、実施例1と同様に10000回サイクル後も波形に変化がほとんど見られず、Pt触媒よりも高い耐久性を持つことが確認された。
【0034】
[実施例3]
Ta25の代わりにNbO2を原料に用い、カーボンブラックを10質量%の割合で混合し、実施例1と同様の方法により10分間メカニカルミリングを行った。実施例1と同様の方法によりX線回折測定及びX線吸収分光測定を行った結果、結晶格子の膨張、酸素欠損及び酸素の一部の炭素による置換が確認された。また、実施例1と同様の方法により電気化学測定による酸素還元能評価を行った結果、酸素還元開始電位は1.13Vであり、Pt系の1.10Vより高い酸素還元開始電位を有することが確認された。更に、実施例1と同様の方法により耐久性テストを行った結果、実施例1と同様に10000回サイクル後も波形に変化がほとんど見られず、Pt触媒よりも高い耐久性を持つことが確認された。
【0035】
[実施例4]
Ta25の代わりにTiO2を原料に用い、カーボンブラックを10質量%の割合で混合し、実施例1と同様の方法により10分間メカニカルミリングを行った。実施例1と同様の方法によりX線回折測定及びX線吸収分光測定を行った結果、結晶格子の膨張、酸素欠損及び酸素の一部の炭素による置換が確認された。また、実施例1と同様の方法により電気化学測定による酸素還元能評価を行った結果、酸素還元開始電位は1.09Vであり、Pt系の1.10Vとほぼ同等の酸素還元開始電位を有することが確認された。更に、実施例1と同様の方法により耐久性テストを行った結果、実施例1と同様に10000回サイクル後も波形に変化がほとんど見られず、Pt触媒よりも高い耐久性を持つことが確認された。
【0036】
[実施例5]
Ta25中のTaに対し5at%(mol%)のFeに相当するFe34を混合、粉砕し、電気炉中で1000℃に加熱することによって、(Ta0.95Fe0.0525を作製した。Ta25の代わりに(Ta0.95Fe0.0525を用いた以外は実施例1と同様の方法により、酸化物触媒を合成した。実施例1と同様の方法によりX線回折測定を行った結果、結晶格子の膨張が確認された。また、実施例1と同様の方法により電気化学測定による酸素還元能評価を行った結果、酸素還元開始電位は1.10Vであり、Pt系の1.10Vと同等の酸素還元開始電位を有することが確認された。
【0037】
[実施例6]
Ta25中のTaに対し5at%(mol%)のFeに相当するフタロシアニン鉄を混合し、実施例1と同様の方法によりメカニカルミリングを行うことで酸化物触媒を合成した。実施例1と同様の方法によりX線回折測定を行った結果、Ta25相のみが確認され、ピークは低角にシフトしており、結晶格子の膨張が確認された。また、実施例1と同様の方法により電気化学測定による酸素還元能評価を行った結果、酸素還元開始電位は1.09Vであり、Pt系の1.10Vとほぼ同等の酸素還元開始電位を有することが確認された。
【0038】
前記実施例から明らかなように、本発明に係る方法によれば、白金と同等又はそれ以上の酸素還元性能を有し、酸性溶液中、高電位で安定であり、安価な酸素還元触媒を提供することができる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明に係る方法により製造される酸素還元触媒は、燃料電池、空気電池等の酸素を酸化剤とする電気化学デバイスの空気極に用いられる酸素還元触媒として用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に酸素欠陥が導入されかつ表面の酸素原子の一部が炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方で置換されることにより結晶格子が膨張した遷移金属酸化物を含む酸素還元触媒の製造方法であって、
遷移金属酸化物と、炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方を含む物質とを混合し、メカニカルミリング法により処理することで前記結晶格子が膨張した遷移金属酸化物を合成する酸素還元触媒の製造方法。
【請求項2】
前記遷移金属酸化物が、Ta、Zr、Nb及びTiからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含む請求項1に記載の酸素還元触媒の製造方法。
【請求項3】
前記遷移金属酸化物中の遷移金属の一部が、該遷移金属とは異なる元素であって、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Zr、Nb、Mo、Ru、Pd、Hf、Ta及びWからなる群から選択される少なくとも1種の元素で置換されている請求項1又は2に記載の酸素還元触媒の製造方法。
【請求項4】
前記炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方を含む物質が、グラファイト、ダイアモンド、カーボンナノチューブ及びフラーレンからなる群から選択される少なくとも1種の炭素、又は炭素原子及び窒素原子を含む有機化合物である請求項1から3のいずれか1項に記載の酸素還元触媒の製造方法。
【請求項5】
遷移金属酸化物と、前記炭素とを混合し、メカニカルミリング法により処理することで、前記結晶格子が膨張した遷移金属酸化物の表面の一部を炭素で被覆する請求項4に記載の酸素還元触媒の製造方法。
【請求項6】
前記炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方を含む物質が、前記遷移金属酸化物中の遷移金属とは異なる元素であって、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Zr、Nb、Mo、Ru、Pd、Hf、Ta及びWからなる群から選択される少なくとも1種の元素と、炭素原子及び窒素原子の少なくとも一方とを含む有機金属錯体である請求項1から3のいずれか1項に記載の酸素還元触媒の製造方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の方法により製造される酸素還元触媒。
【請求項8】
請求項7に記載の酸素還元触媒を含む空気極を備える燃料電池。
【請求項9】
請求項7に記載の酸素還元触媒を含む空気極を備える空気電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−198636(P2011−198636A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−64626(P2010−64626)
【出願日】平成22年3月19日(2010.3.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「固体高分子形燃料電池実用化戦略的技術開発要素技術開発酸化物系非貴金属触媒(放射光を用いた酸化物系触媒の構造解析)」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】