説明

酸素還元触媒及びその製造方法

【課題】高い酸素還元性能を有する酸素還元触媒を提供する。
【解決手段】酸素欠陥が導入された遷移金属酸化物と、該遷移金属酸化物上に設けられた電子伝導性物質を含む層と、を含む酸素還元触媒。また、前記遷移金属酸化物の酸素原子の一部が窒素原子で置換されている酸素還元触媒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本実施形態は、水溶液中における酸素還元反応を促進する酸素還元触媒に関し、特に燃料電池、空気電池等の電気化学デバイスの空気極に用いられる酸素還元触媒及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池や空気電池は、空気中の酸素等を酸化剤とし、燃料となる化合物と負極活物質との化学反応により発生するエネルギーを電気エネルギーとして取り出す電気化学エネルギーデバイスである。燃料電池や空気電池は、Liイオン電池等の2次電池よりも高い理論エネルギー容量を有し、自動車車載用電源、家庭や工場等の定置式分散電源、又は、携帯電子機器用の電源等として利用することができる。
【0003】
燃料電池や空気電池の酸素極側では、酸素が還元される電気化学反応が起きる。酸素還元反応は比較的低温では進行し難く、一般的には白金(Pt)等の貴金属触媒により反応を促進させることができる。しかしながら、燃料電池や空気電池のエネルギー変換効率は未だ十分でない。また、酸素還元反応は高い電位領域で起こるためPt等の貴金属でも溶解劣化してしまい、長期安定性及び信頼性確保に問題がある。さらに、Pt等の貴金属を主成分とする触媒は高価であり、燃料電池や空気電池のシステム全体の価格を押し上げその広範な普及を阻んでいる。したがって、白金等の貴金属を用いない安価な触媒であって、高い酸素還元能を有する触媒の開発が望まれている。
【0004】
Ptを含まない触媒としては有機金属錯体や、窒素化カーボン、遷移金属カルコゲナイド、遷移金属炭素化物、遷移金属窒素化物等が知られているが、いずれも触媒活性や耐久性の面において不十分であり、Pt系触媒を上回る性能は得られていない。
【0005】
その中でも、4属、5属元素の遷移金属酸化物の一部が酸素還元反応に対して活性を有することが非特許文献1、2に開示されている。また、非特許文献3、特許文献1においては、構造欠陥の一部が酸素還元反応の活性点として機能する可能性が指摘されている。さらに、非特許文献4、5及び特許文献1には、電極構成時に電子伝導性カーボン等を付与することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−148706号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】K Lee, et al., Electrochim. Acta, 49, 3479 (2004)
【非特許文献2】A. Ishihara, et al., Electrochem. Solid−State Lett., 8, A201 (2005)
【非特許文献3】H. Imai et al., APPLIED PHYSICS LETTERS 96, 191905 2010
【非特許文献4】2007年電気化学秋季大会講演要旨集,p.12 (2007)
【非特許文献5】Journal of The Electrochemical Society, 155(4), B400−B406 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
燃料電池や空気電池の空気極触媒上での酸素還元反応は、電極からの電子移動を伴う反応であるため、良好な酸素還元触媒性能を得るためには、電子が電極から触媒上の反応活性点近傍まで速やかに移動する必要がある。また、反応物質である酸素やプロトンが速やかに反応活性点まで届けられることが必要である。
【0009】
しかしながら、非特許文献1から3、特許文献1に記載の4属、5属元素の遷移金属酸化物は、一般的に絶縁体的な電子状態を有するため電子伝導性が乏しく、速やかに反応を行うことが難しい。そのため、低い電流値で電池を動作させる場合には比較的高性能を示すものの、高い電流領域では動作電圧が低下してしまう問題がある。
【0010】
また、非特許文献4、5及び特許文献1に記載の方法でも活性点近傍に有効な電子伝導経路をナノレベルで構築・制御することが難しく、性能は低い状態にとどまっている。また、多量の伝導性カーボンの導入は、触媒活性点への酸素の供給を阻害するものであり、電子伝導性の付与と酸素の効果的輸送を両立することにより、酸素還元性能を向上させることが求められている。
【0011】
このように、遷移金属酸化物を酸素還元触媒に用いる場合、触媒表面の電子伝導性や酸素拡散性に問題があり、酸素還元性能力は低い状態にとどまっている。そのため、性能向上に向けさらなる改善の余地がある。
【0012】
本実施形態では、高い酸素還元性能を有する酸素還元触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本実施形態に係る酸素還元触媒は、酸素欠陥が導入された遷移金属酸化物と、該遷移金属酸化物上に設けられた電子伝導性物質を含む層と、を含む。
【0014】
本実施形態に係る酸素還元触媒の製造方法は、遷移金属炭窒化物を一酸化炭素と酸素とを含む混合ガス中で加熱する工程を含む。
【発明の効果】
【0015】
本実施形態によれば、高い酸素還元性能を有する酸素還元触媒を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1、2及び比較例1における酸素還元能評価を行った際の電流−電圧曲線を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本実施形態にかかる酸素還元触媒は、酸素欠陥が導入された遷移金属酸化物と、該遷移金属酸化物上に設けられた電子伝導性物質を含む層と、を含む。
【0018】
本実施形態においては、遷移金属酸化物を含む白金代替酸素還元触媒において、遷移金属酸化物に酸素欠陥を導入し、又は、遷移金属酸化物に酸素欠陥を導入し、かつ、酸素原子の一部を窒素原子で置換することにより、表面の電子伝導性を向上させることができる。また、酸素還元反応の活性点となる構造欠陥の近傍に、伝導性の炭素や酸化物等の電子伝導性物質を配置し良好な伝導経路を導入することにより、酸素還元性能を向上させることができる。さらに、伝導パスを形成する炭素の炭素原子の一部を窒素原子で置換したり、その他の元素を導入することにより、電子伝導性を向上させたり、酸素親和性、酸素拡散性を高めることも同時に行うことができ、酸素還元性能を向上させることができる。本実施形態に係る酸素還元触媒を用いることにより、燃料電池や、空気電池等の酸素を酸化剤とする電気化学発電デバイスにおいて、遷移金属酸化物系触媒の課題であった高電流領域における電圧低下を防止し、高性能なデバイスを提供することができる。また、耐久性の向上を実現し、かつ低価格でデバイスを製造することができる。
【0019】
遷移金属酸化物の表面に酸素欠損サイトが導入されることによって、酸素還元反応の活性点が導入される。遷移金属酸化物の表面は電子伝導性が乏しく、そのままでは電子移動を伴う酸素還元反応は効果的に進行しない。
【0020】
このような電子伝導性の低い表面で、電子移動を伴う酸素還元反応を効果的に進行させる方法としては、下記の3つの方法が考えられる。(1)一つ目は、酸素還元反応の活性点密度を増加させ、単位活性点あたりの電子伝導経路長を短くする方法である。(2)二つ目は、表面に欠陥(活性点となる場合もある)を発生させたり、元素置換を行ったりすることにより、電気的絶縁性酸化物のバンドギャップ中に中間準位を生じさせ、その準位間の電子伝導によって表面の電子伝導性を増大させる方法である。(3)三つ目は、活性点近傍を電子伝導性物質で被覆し電極材料との接点とすることで電子伝導性を高める方法である。
【0021】
本実施形態においては、遷移金属酸化物に酸素欠陥が導入されることによって、(1)活性点密度を増大させ、(2)表面の電子伝導性を増大させる。また、遷移金属酸化物上に電子伝導性物質を含む層が設けられ、酸素欠陥近傍が電子伝導性物質で被覆されることにより、(3)電子伝導性が高められる。
【0022】
遷移金属酸化物の酸素欠陥量としては、1〜10atm%であることが好ましい。酸素欠陥量が10atm%以下であれば、構造変化を誘発することがない。酸素欠陥の導入方法としては、真空中での熱処理方法、遷移金属炭化物又は遷移金属炭窒化物等をCOガス又はCO/CO混合ガスを用いた低酸素分圧下で熱処理する方法、加熱分解で還元雰囲気を形成する物質であるカーボン、サリチル酸、シュウ酸、クエン酸、リンゴ酸、ポリビニルアルコール、グリコール酸、グルコース、フルクトース、スクロース等と遷移金属酸化物を混合して熱処理を行う方法、後述する酸素原子の一部を窒素原子で置換する方法等が挙げられる。酸素欠陥量は2〜5atm%であることがより好ましい。なお、酸素欠陥量は不活性ガス融解赤外線吸収法による元素分析により算出することができ、これにより酸素欠陥の有無も判断できる。
【0023】
電子伝導性物質を含む層は、前記遷移金属酸化物を完全に覆う必要はなく、少なくとも一部を覆っていればよい。電子伝導性物質を含む層による被覆率は、0.1〜70%であることが好ましい。該被覆率が0.1%以上であることにより、効果的に電子移動を行うことができる。被覆率が70%以下であることにより、酸素が活性点に十分届き、有効な活性点密度を十分に存在させることができる。被覆率は5〜30%であることがより好ましい。なお、該被覆率はTEM(透過型電子顕微鏡)で触媒の断面を観察することにより測定することができる。また、電子伝導性物質を含む層は必ずしも層状になっている必要はなく、前記遷移金属酸化物上に電子伝導性物質が存在すればよい。
【0024】
本実施形態においては、遷移金属酸化物に酸素欠陥が導入され、かつ、酸素原子の一部が窒素原子で置換されることが、(1)活性点密度を増大させ、(2)表面の電子伝導性を増大させる観点から好ましい。窒素原子で置換される酸素原子は遷移金属酸化物の表面に存在する酸素原子であることが好ましい。
【0025】
遷移金属酸化物の酸素原子の一部を窒素原子で置換する方法としては、遷移金属酸化物を窒素気流中、アンモニア気流中で熱処理する方法、加熱分解によりアンモニアを発生する尿素、メラミン、ピラジン、プリン、ビピリジン、アセトアニリド、ピペラジンを遷移金属酸化物と予め混合し、熱処理を行う方法等が挙げられる。遷移金属酸化物中に取りこまれた窒素原子は、遷移金属酸化物の電子状態を変化させ、酸素欠陥を安定化させる効果を有する。
【0026】
前記遷移金属酸化物中の遷移金属は4属又は5属の元素が好ましく、例えばTi、Zr、Nb及びTaからなる群から選択される少なくとも一種類の元素であることが好ましい。
【0027】
また、前記遷移金属酸化物中の遷移金属の一部が、該遷移金属以外であって、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Zr、Nb、Mo、Ru、Pd、Hf、Ta及びWからなる群から選択される少なくとも一種類の元素で置換されていることが、酸素欠陥密度を増大させることができる観点から好ましい。
【0028】
前記元素で一部置換された遷移金属酸化物を合成する方法としては、それぞれの酸化物を混合して合成を行う一般的な固相反応法、無機錯体を用いた溶液法共沈法、有機金属錯体と金属とを反応させる方法等を用いることができる。
【0029】
このようにして導入された酸素欠陥や置換元素は、絶縁性酸化物のバンドギャップ中に中間準位を形成し、酸素欠陥を安定化させるだけでなく、局所的な電子伝導を生み出す役割を有する。これにより、遷移金属酸化物表面の電子伝導性を増大させ、酸素還元反応の活性を高めることができる。
【0030】
前記遷移金属酸化物の大きさは、反応表面積を大きくするために小さいほうが好ましく、例えば1nmから100nmの範囲であることが好ましい。
【0031】
前記電子伝導性物質としては、電子伝導性を有する物質であれば特に限定されないが、炭素又は炭素の一部が窒素で置換された物質であることが好ましい。遷移金属酸化物表面の活性点近傍が炭素又は炭素の一部が窒素で置換された物質で被覆されることによって、電子伝導性が高められ、酸素還元活性が増大される。
【0032】
炭素を被覆する方法としては、遷移金属炭化物又は遷移金属炭窒化物を含む遷移金属化合物を低酸素分圧化で表面酸化を行い、微細炭素を析出させる方法、遷移金属炭化物又は遷移金属炭窒化物、遷移金属酸化物をCOガス又はCO/CO混合気流中で熱処理することにより、遷移金属炭化物又は遷移金属炭窒化物、遷移金属酸化物、炭素源、CO、COの共存状態を作り出し、遷移金属酸化物表面に炭素を析出させる方法、適切な炭素源を用いて、化学気相堆積法により炭素を析出させる方法、有機物を水熱合成等で分解させて炭素を析出させる方法等を用いることができる。
【0033】
一般的に、電子伝導性物質により表面が被覆される場合、酸素還元サイトが減少するほか、表面酸化物の酸素吸着能力が低下する。そのため、電子伝導性物質は、酸素吸着能力を持つことが好ましい。本実施形態では、酸素吸着能力を高める方法として、電子伝導性物質としての炭素の一部を窒素原子で置換する方法、炭素の一部が窒素で置換された物質にTi、V、Cr、Mn、Fe、Co、Zr、Nb、Mo、Ru、Pd、Hf、Ta及びWからなる群から選択される少なくとも一種類の元素を含有させる方法を用いることができる。炭素の一部が窒素で置換された物質が該元素を含有するとは、該物質が該元素の単体、酸化物、炭化物、窒素化物等を含んでいればよい。
【0034】
炭素の一部を窒素化する方法としては、析出した炭素に対して、窒素気流中で熱処理する方法やアンモニア気流中で熱処理する方法等を用いることができる。また、炭素と窒素を含む物質を混合し熱分解する方法を用いることも可能である。炭素源及び窒素源としては、グラファイト成分を含む炭素、ダイアモンド構造を有する炭素、アモルファス状の炭素、フラーレン、カーボンナノチューブ等の炭素単体の他、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン等の炭素6員環化合物とその誘導体やポリマー、ピロール、イミダゾール、ピラゾール、テルラゾール、イソテルラゾール、セレナゾール、イソセレナゾール、チオゾール、チアゾール、イソチアゾール、オキサゾール、イソオキサゾール、フラザン、トリアゾール等の炭素と窒素を含む複素5員環化合物とその誘導体やポリマー、キナゾリン、イソキノリン、キノリン、ナフチリジン、アクリジン、ベンゾキノリン、フェナントロリン、キノキサリン、インドール、インドリン、インダゾール、カルバゾール、ベンゾチアゾール、ベンズイミダゾール、ピロロピリジン等の炭素と窒素を含む複素6員環化合物とその誘導体やポリマー、フタロシアニン、ポルフィリンやその誘導体等の炭素と窒素を含む有機物を用いることができる。
【0035】
炭素の一部が窒素で置換された物質にTi、V、Cr、Mn、Fe、Co、Zr、Nb、Mo、Ru、Pd、Hf、Ta及びWからなる群から選択される少なくとも一種類の元素を含有させる方法としては、置換する元素を含む化合物を用いて加熱法、湿式法で合成してもよい。置換する元素を含む化合物としては有機金属錯体が挙げられる。有機金属錯体としては、例えば、フタロシアニン鉄、フェロセン、ポルフィリン鉄等が挙げられる。例えば、炭素と置換する元素を含む有機金属錯体とを混合し、熱分解やメカニカルミリング法等により分解して所望の酸素還元触媒を得ることができる。また、前述の窒素化と複合して反応を行ってもよい。
【0036】
また、前記電子伝導性物質としては、前記遷移金属酸化物の遷移金属以外であって、Ti、Cr、Mn、Ni、Co、Fe、Cu、Zr、Nb、Mo、Ru、Ta及びWからなる群から選択される少なくとも一種類の元素を含む電子伝導性酸化物であることが好ましい。
【0037】
前記電子伝導性酸化物を前記遷移金属酸化物の表面に配置する方法としては、自己相分離する性質の材料を共沈させる方法、化学気相輸送法、スパッタ法等が挙げられる。電子伝導性を増大させるために還元雰囲気で酸素欠陥を導入したり、合金化したりする方法も可能である。触媒粒子の製造と同時に行うことも可能である。電子伝導性酸化物は、前述した炭素の一部を窒素化する方法によりその一部が窒素化されていてもよい。
【0038】
電子伝導性物質が炭素又は炭素の一部が窒素で置換された物質や電子伝導性酸化物の場合、1次粒子径は0.5nm〜20nmであることが好ましい。なお、炭素源として微細なカーボンと粒子径がそれよりも大きなカーボンを混合した混合物を用いることも可能である。
【0039】
前記電子伝導性物質としては、AuやPt等の貴金属や導電性有機物を用いることもできる。電子伝導性物質としてAu、Pt等の貴金属を用いる場合、遷移金属酸化物を電子伝導性物質を含む層で被覆する方法としては、錯体沈殿法、有機金属錯体を吸着させ、熱分解する方法、スパッタ法等を用いることができる。
【0040】
なお、電子伝導性物質は単独で用いることもでき、複数の物質を混合して用いることもできる。
【0041】
本実施形態に係る酸素還元触媒を含む空気極は、燃料電池や空気電池に用いることができる。該燃料電池の電解液としては、酸性溶液、アルカリ溶液、中性溶液、有機系溶媒のいかなる性質をもつ電解液も使用することができる。燃料電池の燃料としては特に制限されず、水素、メタノール又は水素化合物等を用いることができる。空気電池の場合も同様に電解液や負極活物質は特に限定されない。また、Liを含む物質を負極とするLi空気電池の空気極として利用することもできる。
【実施例】
【0042】
以下、本実施形態の詳細を具体的に実施例において示す。
【0043】
[実施例1]
粒径約1μmのタンタル炭窒化物(TaC0.50.5)を、回転式電気炉(ロータリーキルン)内に導入し、一酸化炭素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)と酸素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)との混合気体中、1000℃で10時間保持し、タンタル酸化物と炭素の混合物である酸素還元触媒を合成した。
【0044】
粉末X線回折の測定により、b−Ta構造を持つ酸化物相が形成されていることが確認された。不活性ガス融解赤外線吸収法による元素分析によって酸素欠陥量を見積ったところ、酸素欠陥量は約4atm%(以下、%と示す)であった。
【0045】
TEMで触媒の断面を観察したところ、表面にグラファイト構造がわずかに成長した微細カーボンが析出していた。平均1次粒子径は6nmであった。TEM像から炭素による表面の被覆率を推定すると約10%であった。
【0046】
[実施例2]
実施例1で合成した酸素還元触媒の一部を、アンモニア気流中、670℃で3時間保持し、タンタル酸化物の酸素原子及び炭素の炭素原子の一部が窒素原子で置換された酸素還元触媒を合成した。粉末X線回折の測定により、b−Ta構造を持つ酸化物相が維持されていることが確認された。ただし、回折角は低角にシフトしていた。Al Kα単色光を用いたX線光電子分光(XPS)によりTa 4fのコアレベルスペクトルを観測したところ、低エネルギー側へのシフトが見られ、酸素原子の一部が窒素原子で置換されていることが確認された。また、C 1sのコアレベルスペクトルにも炭素原子の一部が窒素原子で置換されていることが確認されるピークシフトが観測された。
【0047】
[比較例1]
粒径約1μmのタンタル炭窒化物(TaC0.50.5)を、回転式電気炉(ロータリーキルン)内に導入し、酸素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)中、1000℃で6時間保持し、タンタル酸化物である酸素還元触媒を合成した。
【0048】
粉末X線回折の測定により、b−Ta構造を持つ酸化物相が形成されていることが確認された。実施例1と同様に酸素欠陥量を見積もったところ、酸素欠陥量は約3.8%であった。TEMで触媒の断面を観察したところ、炭素の析出は確認されなかった。
【0049】
(酸素還元能評価)
実施例1、実施例2及び比較例1で合成した酸素還元触媒をカソード触媒に用いて単セルを構成した。カソード触媒と、ケッチェンブラック(登録商標)と、ナフィオン(登録商標)溶液とを混合しペースト状のインクを作製し、カソード集電電極上に塗布することにより触媒電極及びガス拡散層を形成した。アノード触媒には白金ルテニウム合金を使用した。アノードには純水素、カソードには純酸素を供給し、電流−電圧曲線を測定した。結果を図1に示す。
【0050】
図1から明らかなように、比較例1に対し、実施例1及び実施例2で合成した酸素還元触媒では、酸素還元の開始電位に相当する開回路端電圧の上昇と限界電流密度の増大が確認された。開回路端電圧の上昇は、主に表面の電子伝導性が向上したことによるものであると考えられる。また、限界電流密度の増大は、電子伝導性の向上と、燃料供給、すなわち酸素の拡散性が向上したことによるものと考えられる。
【0051】
[実施例3]
比較例1で合成した酸素還元触媒の表面にTi金属をスパッタした後、水素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)と酸素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)との混合気体中、1000℃で10時間保持し、表面の一部をTiOで被覆したタンタル酸化物である酸素還元触媒を合成した。
【0052】
[実施例4]
Ti金属の代わりにNb金属をスパッタした以外は実施例3と同様に実施し、表面の一部をNbOで被覆したタンタル酸化物である酸素還元触媒を合成した。
【0053】
[実施例5]
Ti金属の代わりにNbFe合金をスパッタした以外は実施例3と同様に実施し、表面の一部をNbFeOで被覆したタンタル酸化物である酸素還元触媒を合成した。
【0054】
[実施例6]
実施例3で合成した酸素還元触媒を、アンモニア気流中、670℃で3時間保持し、酸素原子の一部が窒素原子で置換された酸素還元触媒を合成した。実施例2と同様の方法により、酸素原子の一部が窒素原子で置換されていることが確認された。
【0055】
[実施例7]
実施例4で合成した酸素還元触媒を、アンモニア気流中、670℃で3時間保持し、酸素原子の一部が窒素原子で置換された酸素還元触媒を合成した。実施例2と同様の方法により、酸素原子の一部が窒素原子で置換されていることが確認された。
【0056】
[実施例8]
実施例4で合成した酸素還元触媒を、アンモニア気流中、670℃で3時間保持し、酸素原子の一部が窒素原子で置換された酸素還元触媒を合成した。実施例2と同様の方法により、酸素原子の一部が窒素原子で置換されていることが確認された。
【0057】
[実施例9]
ペンタエトキシタンタル、エタノール及びケッチェンブラック(登録商標)を混練した。その後、混合物を回転式電気炉(ロータリーキルン)内に導入し、一酸化炭素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)と酸素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)との混合気体中、1000℃で10時間保持し、タンタル酸化物と炭素の混合物である酸素還元触媒を合成した。
【0058】
実施例1と同様の方法で元素分析を行ったところ、タンタル酸化物に酸素欠陥が存在することが確認された。また、TEMで触媒の断面を観察したところ、タンタル酸化物の表面に炭素が存在することが確認された。
【0059】
[実施例10]
ペンタエトキシタンタルの代わりにペンタエトキシニオブを用いた以外は実施例9と同様に実施し、ニオブ酸化物と炭素の混合物である酸素還元触媒を合成した。
【0060】
実施例1と同様の方法で元素分析を行ったところ、ニオブ酸化物に酸素欠陥が存在することが確認された。また、TEMで触媒の断面を観察したところ、ニオブ酸化物の表面に炭素が存在することが確認された。
【0061】
[実施例11]
実施例9で合成した酸素還元触媒を、アンモニア気流中、670℃で3時間保持し、タンタル酸化物の酸素原子、炭素の炭素原子の一部が窒素原子で置換された酸素還元触媒を合成した。実施例2と同様の方法により、酸素原子、炭素原子の一部が窒素原子で置換されていることが確認された。
【0062】
[実施例12]
実施例10で合成した酸素還元触媒を、アンモニア気流中、670℃で3時間保持し、ニオブ酸化物の酸素原子、炭素の炭素原子の一部が窒素原子で置換された酸素還元触媒を合成した。実施例2と同様の方法により、酸素原子、炭素原子の一部が窒素原子で置換されていることが確認された。
【0063】
[実施例13]
ペンタエトキシタンタル、エタノール及びケッチェンブラック(登録商標)を混練したペーストに、さらにフタロシアニン鉄を混合した。その後、混合物を回転式電気炉(ロータリーキルン)内に導入し、酸素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)中、1000℃で10時間保持し、タンタル酸化物と炭素の混合物である酸素還元触媒を合成した。
【0064】
実施例1と同様の方法で元素分析を行ったところ、タンタル酸化物に酸素欠陥が存在することが確認された。また、TEMで触媒の断面を観察したところ、タンタル酸化物の表面に炭素が存在することが確認された。さらに実施例2と同様の方法により、炭素原子の一部が窒素原子で置換されていることが確認された。
【0065】
[実施例14]
ペンタエトキシタンタルの代わりにペンタエトキシニオブを用いた以外は実施例13と同様に実施し、ニオブ酸化物と炭素の混合物である酸素還元触媒を合成した。
【0066】
実施例1と同様の方法で元素分析を行ったところ、ニオブ酸化物に酸素欠陥が存在することが確認された。また、TEMで触媒の断面を観察したところ、ニオブ酸化物の表面に炭素が存在することが確認された。さらに実施例2と同様の方法により、炭素原子の一部が窒素原子で置換されていることが確認された。
【0067】
[実施例15]
TiOに10質量%のフラーレンを混合し、乳鉢で粉砕した後ペレットに成型した。該ペレットを回転式電気炉(ロータリーキルン)内に導入し、酸素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)中、1000℃で6時間保持し、チタン酸化物と炭素との混合物である酸素還元触媒を合成した。
【0068】
実施例1と同様の方法で元素分析を行ったところ、チタン酸化物に酸素欠陥が存在することが確認された。また、TEMで触媒の断面を観察したところ、チタン酸化物の表面に炭素が存在することが確認された。
【0069】
[実施例16]
TiOの代わりにZrOを用いた以外は実施例15と同様に実施し、ジルコニウム酸化物と炭素との混合物である酸素還元触媒を合成した。
【0070】
実施例1と同様の方法で元素分析を行ったところ、ジルコニウム酸化物に酸素欠陥が存在することが確認された。また、TEMで触媒の断面を観察したところ、ジルコニウム酸化物の表面に炭素が存在することが確認された。
【0071】
[実施例17]
TiOに10質量%のフタロシアニン鉄を混合し、乳鉢で粉砕した後ペレットに成型した。該ペレットを回転式電気炉(ロータリーキルン)内に導入し、酸素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)中、1000℃で6時間保持し、チタン酸化物と炭素との混合物である酸素還元触媒を合成した。
【0072】
実施例1と同様の方法で元素分析を行ったところ、チタン酸化物に酸素欠陥が存在することが確認された。また、TEMで触媒の断面を観察したところ、チタン酸化物の表面に炭素が存在することが確認された。さらに実施例2と同様の方法により、炭素原子の一部が窒素原子で置換されていることが確認された。
【0073】
[実施例18]
TiOの代わりにZrOを用いた以外は実施例17と同様に実施し、ジルコニウム酸化物と炭素との混合物である酸素還元触媒を合成した。
【0074】
実施例1と同様の方法で元素分析を行ったところ、ジルコニウム酸化物に酸素欠陥が存在することが確認された。また、TEMで触媒の断面を観察したところ、ジルコニウム酸化物の表面に炭素が存在することが確認された。さらに実施例2と同様の方法により、炭素原子の一部が窒素原子で置換されていることが確認された。
【0075】
[実施例19]
ZrClとフタロニトリルとを混合後、180℃で加熱しZrフタロシアニンを合成した。合成したZrフタロシアニンに、サリチル酸、クエン酸及びケッチェンブラック(登録商標)を混合し、回転式電気炉(ロータリーキルン)内に導入し、水素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)と酸素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)混合気体中、800℃で3時間保持し、ジルコニウム酸化物と炭素との混合物である酸素還元触媒を合成した。
【0076】
実施例1と同様の方法で元素分析を行ったところ、ジルコニウム酸化物に酸素欠陥が存在することが確認された。TEMで観察したところ平均粒子径は10nmであった。また、ジルコニウム酸化物の表面には炭素及び窒素の化合物が高分散しており、被覆率は約10%であった。さらに実施例2と同様の方法により、炭素原子の一部が窒素原子で置換されていることが確認された。
【0077】
[実施例20]
ZrClとフタロニトリルとを混合後、180℃で加熱しZrフタロシアニンを合成した。合成したZrフタロシアニンに、サリチル酸、クエン酸及びケッチェンブラック(登録商標)を混合し、回転式電気炉(ロータリーキルン)内に導入し、酸素ガス(窒素をキャリアガスとして2体積%に希釈)中、900℃で1時間保持し、ジルコニウム酸化物と炭素との混合物である酸素還元触媒を合成した。
【0078】
実施例1と同様の方法で元素分析を行ったところ、ジルコニウム酸化物に酸素欠陥が存在することが確認された。TEMで観察したところ平均粒子径は10nmであった。また、ジルコニウム酸化物の表面には窒素を含まない炭素が高分散しており、被覆率は約10%であった。
【0079】
(酸素還元能評価)
実施例3から実施例20で合成した酸素還元触媒を、前記酸素還元能評価で行った単セル試験を実施することで評価した。セルの出力が0.4V及び0.2Vとなる電圧での電流値を測定した。結果を表1に示す。なお、参考として表1には比較例1の結果を示している。
【0080】
【表1】

【0081】
上記の結果より、酸素欠陥が導入された遷移金属酸化物の少なくとも一部を電子伝導性物質で被覆することにより、触媒反応に係る電子移動及び酸素拡散性を高めることが可能になると考えられる。その結果、酸素還元触媒の触媒性能を高めることができる。
【0082】
上記の結果から明らかなように、本実施形態によれば、白金と同等、又はそれ以上の酸素還元性能を有し、酸性溶液中、高電位で安定であり、安価である触媒を提供することができる。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本実施形態に係る酸素還元触媒は、燃料電池、空気電池等の酸素を酸化剤とする電気化学デバイスの電極等に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素欠陥が導入された遷移金属酸化物と、該遷移金属酸化物上に設けられた電子伝導性物質を含む層と、を含む酸素還元触媒。
【請求項2】
前記遷移金属酸化物の酸素原子の一部が窒素原子で置換されている請求項1に記載の酸素還元触媒。
【請求項3】
前記遷移金属酸化物中の遷移金属が、Ti、Zr、Nb及びTaからなる群から選択される少なくとも一種類の元素である請求項1または2に記載の酸素還元触媒。
【請求項4】
前記遷移金属酸化物中の遷移金属の一部が、該遷移金属以外であって、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Zr、Nb、Mo、Ru、Pd、Hf、Ta及びWからなる群から選択される少なくとも一種類の元素で置換されている請求項1から3のいずれか1項に記載の酸素還元触媒。
【請求項5】
前記電子伝導性物質が炭素又は炭素の一部が窒素で置換された物質である請求項1から4のいずれか1項に記載の酸素還元触媒。
【請求項6】
前記炭素の一部が窒素で置換された物質が、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Zr、Nb、Mo、Ru、Pd、Hf、Ta及びWからなる群から選択される少なくとも一種類の元素を含む請求項5に記載の酸素還元触媒。
【請求項7】
前記電子伝導性物質が、前記遷移金属酸化物の遷移金属以外であって、Ti、Cr、Mn、Ni、Co、Fe、Cu、Zr、Nb、Mo、Ru、Ta及びWからなる群から選択される少なくとも一種類の元素を含む電子伝導性酸化物である請求項1から4のいずれか1項に記載の酸素還元触媒。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載の酸素還元触媒を空気極として用いる燃料電池。
【請求項9】
請求項1から7のいずれか1項に記載の酸素還元触媒を空気極として用いる空気電池。
【請求項10】
遷移金属炭窒化物を一酸化炭素と酸素とを含む混合気体中で加熱する工程を含む酸素還元触媒の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−200643(P2012−200643A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−65846(P2011−65846)
【出願日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発/要素技術開発/酸化物系非貴金属触媒」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)
【Fターム(参考)】