説明

重質油の成分分析方法

【課題】重質油についての化学構造の分析方法は、重質油が分子量が大きく、かつ複雑な化学構造を有する分子が極めて多種類存在するため、それらの具体的な化学成分や化学構造は殆ど解明されていない。従来困難とされる重質油中の成分をより詳細に知ることができる成分分析方法を提供する。
【解決手段】重質油を飽和分、環数別芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分の各フラクションに分離する前処理を行い、次いで(b)前処理によって得られた各フラクションについて(b−1)得率を求め、及び/又は(b−2)構造解析を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重質油の成分分析方法に関し、詳しくは、分子量が大きくかつ極めて多種類の有機化合物の混合物であるため詳細分析が困難な重質油の成分分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
原油を精製して得られる重質油は、それ自体を有効に利用するとともに、さらにその品質を高めて利用し、またそれを分解処理して新たな原料として活用される。
例えば、原油を常圧蒸留して得られる重油は、水素化脱硫処理により硫黄分を低減した重油とすることによって大気汚染を低減する品質の高い重油として利用され、また、重質油を接触分解処理などの分解処理により低級炭化水素とし、その低級炭化水素を燃料油や石油化学原料として利用されることが多い。
しかし、重質油などの分子量が大きく、硫黄などのヘテロ元素を多く含む炭化水素について水素化脱硫処理や接触分解処理などを行うには、選択された触媒を用い、高温、高圧の過酷な条件下で脱硫反応や分解反応を実施することが要求されため、多大なエネルギーやコストが費やされている。
したがって、それらの反応効率を一層高める研究開発が要求され、触媒の改良とともに原料である重質油の化学成分や化学構造と反応効率との関係を詳細に追跡することが必要となってくる。
【0003】
ところが、重質油についての化学構造の分析方法は、重質油が分子量が大きく、かつ複雑な化学構造を有する分子が極めて多種類存在するため、それらの具体的な化学成分や化学構造は殆ど解明されていないのが現状である。
例えば、従来の重質油の分析法としては、「API」などの一般性状以外の化学構造に関しては、飽和分、芳香族分、レジン分及びアスファルテン分の4つの化学構造のタイプに分離し、各留分について、NMR法などを用いて平均構造を求める方法が知られている(例えば、非特許文献1、2参照)。したがって、この方法では、重質油の大まかな組成の特徴についての情報を得られるものの、実際に存在する具体的な化学成分や化学構造を知ることができない。
その結果、従来の重質油の分析方法で得られた知見に基づいて、脱硫反応や、分解反応に用いる触媒や反応効率に影響を与える重質油の因子を把握することができなく、その分野の研究の発展を阻害することとなっていた。
このようなことから、分析が困難な重質油について、その化学成分や化学構造をより詳細に知ることができる成分分析方法が求められていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】石油学会規格、JPI−5S−22−83
【非特許文献2】J.K.Brown,W.R.Ladner and N.Sheppard,Fuel,39,79,87(1960).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような状況下で、従来困難とされる重質油の化学成分をより詳細に知ることができる成分分析方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、重質油に特定の前処理を施し、芳香族分を環数別に分離した上で、特定の分析手法を行うことによって、その目的を達成し得ることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて完成したものである。
すなわち、本発明は、
[1](a)重質油を飽和分、環数別芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分の各フラクションに分離する前処理を行い、次いで(b)前処理によって得られた各フラクションについて(b−1)得率を求め、及び/又は(b−2)構造解析を行うことを特徴とする重質油の成分分析方法、
[2](a)の前処理方法が以下の(1)〜(3)の工程を有する上記[1]記載の重質油の成分分析方法、
(1)重質油をn−パラフィンに可溶なマルテン分とそれ以外のフラクションに分離する第1工程、
(2)上記(1)で分離したマルテン分をカラムクロマトグラフィーを用いて飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環以上の芳香族分、極性化合物、及び多環芳香族分の各フラクションに分離する第2工程
(3)上記(2)で得た3環以上の芳香族分フラクションを分取液体クロマトグラフィーを用いて、さらに3環芳香族分、4環芳香族分、及び5環以上の芳香族分の各フラクションに分離する第3工程、
[3]前記(3)工程で得られた4環芳香族分フラクションを、(4)分取液体クロマトグラフィーを用いて、さらにPeri型4環芳香族分とCata型4環芳香族分のフラクションに分離する第4工程を有する上記[2]に記載の重質油の成分分析方法、
[4](b)の構造解析方法が、上記(2)及び(3)で得た飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環芳香族分、4環芳香族分、5環以上の芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分、もしくは、さらに上記(4)で得たPeri型4環芳香族分とCata型4環芳香族分のフラクション中の少なくとも1つのフラクションについて、
(i) 元素分析、(ii) 1H−NMR分析、(iii) 質量分析、及び(iv) 紫外可視分光分析(ultraviolet-visible spectroscopy:UV−Vis)のいずれか1以上の分析を実施し、その分析結果に基づいて行う方法である上記[1]〜[3]のいずれかに記載の重質油の成分分析方法、
[5](b)の構造解析方法が、以下の(5)〜(9)の工程を含むものである上記[4]に記載の重質油の成分分析方法、
(5)上記(2)及び(3)、もしくは、さらに上記(4)で得たフラクションについて元素分析を行う第5工程、
(6)上記(2)及び(3)、もしくは、さらに上記(4)で得たフラクションについて1H−NMR分析を行う第6工程
(7)上記(2)及び(3)、もしくは、さらに上記(4)で得たフラクションについて質量分析を行い、個々の成分の分子量とフラクションの数平均分子量を求める第7工程、
(8)上記(5)の元素分析値と上記(6)の1H−NMRスペクトル面積積分値と(7)の数平均分子量から、各フラクションの平均構造を特定する第8工程、及び
(9)上記(8)から得られた各フラクションの平均構造と、上記(7)から得られた各フラクションの質量分析結果より、上記(2)及び(3)の各フラクション、もしくは、さらに上記(4)で得たフラクション中の個々の分子の構造を推定し、必要に応じて定量する第9工、
[6]前記(5)〜(7)の工程に加えて、紫外可視分光分析を行う工程を有する、上記[5]に記載の重質油の成分分析方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、従来困難とされる重質油中の成分をより詳細に知ることができる成分分析方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の実施例1で用いた、重質油(直留残油)を本発明の方法で前処理して得られた各フラクションの得率を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例1で用いた、重質油(接触分解残油)を本発明の方法で前処理して得られ各フラクションの得率を示すグラフである。
【図3】本発明の比較例1で用いた、重質油(直留残油)を従来の方法で前処理して得られた各フラクションの得率を示すグラフである。
【図4】本発明の比較例1で用いた、重質油(接触分解残油)を従来の方法で前処理して得られた各フラクションの得率を示すグラフである。
【図5】本発明の実施例2で用いた、重質油(接触分解残油)を本発明の方法で前処理して得られた各フラクションョンの構造解析の結果をまとめて示す3次元グラフである。
【図6】本発明の実施例2で用いた、重質油(接触分解残油)を本発明の方法で前処理して得られた飽和分のフラクションョンの構造解析の結果をまとめて示す3次元グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、(a)重質油を飽和分等の各フラクションに分離する前処理を行い、次いで(b)前記前処理によって得られた各フラクションについて(b−1)得率を求め、及び/又は(b−2)構造解析を行うことを特徴とする重質油の成分分析方法である。
本発明における「重質油」は、沸点が400℃以上の留分を含む石油留分をいい、例えば、常圧残油(AR)、脱硫残油(DSAR)、重質油流動接触分解残油(CLO)、ビチューメン、減圧軽油(VGO)、および減圧残油(VR)などが含まれる。
以下、(a)の前処理方法及び(b)の(b−1)得率の測定、(b−2)構造解析方法について説明する。
【0010】
〔(a)の前処理方法〕
前処理工程(a)においては、重質油を飽和分、環数別芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分の各フラクションに分離する。
このような前処理、特に、芳香族分については環数別フラクションに分離する前処理を施すことによって、続く(b)の各フラクション得率及び構造解析においてより詳細な成分分析や組成分析を可能にする効果をもたらす。
上記「環数別フラクション」の環数としては、少なくとも1〜5環まで分離することが好ましい。一般的な重質油(AR等)中に存在する芳香族化合物は、1〜5環のものが主成分だからである。
【0011】
本発明における(a)の前処理工程は、以下の(1)〜(3)、もしくは(1)〜(4)の工程で行うことができる。
(1)重質油をn−パラフィンに可溶なマルテン分とそれ以外のフラクションに分離する第1工程、
前記第1工程では、重質油中のマルテン分を溶剤抽出し、それ以外のアスファルテン分などを除去する、いわゆる溶剤脱歴工程である。
当該第1工程で使用する溶剤としては、n−ヘプタンを用いることが望ましい。
具体的な分離操作については、特に制限はなく、従来公知の方法でその後の分析に使用するマルテン分を分離すればよい。例えば、ソックスレー抽出器や不溶解分試験装置を用いて分離することができる。
【0012】
(2)上記(1)で分離したマルテン分をカラムクロマトグラフィーを用いて飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環以上の芳香族分、極性化合物、及び多環芳香族分の各フラクションに分離する第2工程
当該第2工程では、上記(1)で分離したマルテン分をいわゆる構造タイプ別に分離する工程である。
この工程におけるカラムクロマトグラフィーによる分離方法は、特に制限はないが、例えば、充填剤として、アルミナゲルとシリカゲルの二種類のゲルを下から順番に充填して用い、展開溶剤として、ヘプタン、トルエン、エタノール、及びクロロホルムを用いて行うことが好ましい。これらの展開溶剤は、通常この順序でカラムに投入して行う。これによって上記構造タイプ別分離が可能である。
【0013】
(3)上記(2)で得た3環以上の芳香族分を含むフラクションを分取液体クロマトグラフィー(LC)を用いて、さらに3環芳香族分、4環芳香族分、及び5環以上の芳香族分の各フラクションに分離する第3工程、
当該第3工程では、上記(2)で得た3環以上の芳香族分を含むフラクションをさらに詳細に、芳香族分の各フラクションに分離する。
このように芳香族分の環数別分離を(2)と(3)の二工程で行うことにより、環数3,4および5の芳香族分を高精度に分離することができる。
分取液体クロマトグラフィー(LC)による分離の具体的方法としては、特に制限はないが、例えば、カラムにはNH2カラムを用い、移動相溶媒として、n−ヘキサンを用いて行う方法が好適である。
【0014】
(4)本発明においては、前記3工程で分離された4環芳香族分を、さらに、分取液体クロマトグラフィーによって、ピレンタイプのPeri型4環芳香族分とクリセン、ベンゾアントラセンタイプのCata型4環芳香族分に分離する第4工程を有することが好ましい。
この場合におけるカラムは、NH2カラムを用い、分離には、移動相溶としてn−ヘキサンを用いて行う方法が好適である。従って、分取クロマトグラフィーによる分離工程において、NH2カラムを用い、移動相溶媒としてn−ヘキサンを用いる場合、Peri型4環芳香族分とCata型4環芳香族分は前記(3)の工程で同時に分離することができる。
以上1〜3の工程、もしくは1〜4の工程によって、飽和分、1〜4環の各芳香族分、5環以上の芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分、もしくはさらにPeri型4環芳香族分とCata型4環芳香族分を分離することができ、(a)の前処理が完了する。
【0015】
〔(b)(b−1)の得率〕
前処理で得た各フラクション、及び好ましくは第1工程で分離したアスファルテン分を含めてそれぞれの得率を測定する。
得られた得率の測定結果は、例えば、重質油の反応の前後における全フラクションの得率を対比することにより重質油の反応による成分変化を確認することに利用できる。したがって、反応に関与する重質油の因子を見出すことができる。
【0016】
〔(b)(b−2)の構造解析〕
(b)の構造解析工程においては、前記各フラクションの成分分析を行う。
本発明における(b)の構造解析工程は、(2)及び(3)で得た飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環芳香族分、4環芳香族分、5環以上の芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分、もしくは、さらに上記(3)または(4)で得たPeri型4環芳香族分とCata型4環芳香族分のフラクションの中の少なくとも1つのフラクションについて、
(i) 元素分析、(ii) 1H−NMR分析、(iii) 質量分析、及び(iv) 紫外可視分光分析(ultraviolet-visible spectroscopy:UV−Vis)のいずれか1以上の分析を実施し、その分析結果に基づいて行う方法である。
上記(i)〜(iv)の分析は、全てのフラクションの分析に必ずしも全ての分析を用いる必要は無く、例えば、飽和分の分析には、(i) 元素分析、(ii) 1H−NMR分析、及び(iii) 質量分析で成分分析が可能であり、芳香族分の分析では、芳香族の骨格を正確に判別で切る点で(iv) 紫外可視分光分析が必要な場合が多い。
【0017】
本発明における、(b)の構造解析工程は、以下の(5)〜(9)の工程で行うことが好ましい。但し、(5)〜(7)の行程の順序は、任意に変更することができる。
(5)上記(2)及び(3)で得た飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環芳香族分、4環芳香族分、5環以上の芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分の各フラクション、もしくは、さらに上記(3)または(4)で得たPeri型4環芳香族分とCata型4環芳香族分について元素分析することにより各フラクションの組成式を求める第4工程、なお、C、H、N、Sなどの元素分析方法は、特に制限はなく、公知の方法で行えばよい。
【0018】
(6)上記(2)及び(3)、もしくは、さらに上記(4)で得たフラクションについて1H−NMR分析を行う第6工程、
1H−NMRの測定は、特に制限はなく公知の方法で行えばよい。1H−NMRにおいては、例えば、化学シフトのデータから、置換基の鎖長、置換基の数などを求めることができる。
(7)上記(2)及び(3)、もしくは、さらに上記(4)で得たフラクションについて質量分析を行い、個々の成分の分子量とフラクションの数平均分子量を求める第7工程、
(8)上記(5)の元素分析値と上記(6)の1H−NMR積算値と(7)の数平均分子量から、各フラクションの平均構造を特定する第8工程、
具体的には、J.K.Brown,W.R.Ladner and N.Sheppard,Fuel,39,79,87(1960).に則って行う。
(9)上記(8)から得られた各フラクションの平均構造と、上記(7)から得られた各フラクションの質量分析結果より、上記(2)及び(3)の各フラクション、もしくは、さらに上記(4)で得たフラクション中の個々の分子の構造を推定し、必要に応じて定量する第9工程、
である。
また、この場合、前記(5)〜(8)の工程に加えて、さらに紫外可視分光分析(ultraviolet-visible spectroscopy:UV−Vis)を行う工程を有することが好ましい。これによって、芳香族化合物の芳香族の骨格を特定することが容易になる。
【0019】
例えば、芳香族分について、個々の成分の分子構造を推定する方法について説明すると以下のようになる。
まず、元素分析の結果及び質量分析で得られた質量数から成分の組成式を同定する。また、紫外・可視分光法(UV−Vis)により、芳香族化合物の主骨格を決定する。
例えば、第4工程で分離した4環peri型芳香族を含むフラクションの場合について説明する。
対象成分の質量分析により質量数が392.25、組成式はC3032で、UV−Vis分析により、主骨格がピレン構造であることが確認された。
ここで、ピレンは不飽和数12であり、成分の組成式の不飽和数が15であるから主骨格の不飽和数を引いた残りの不飽和数3をナフテン環数によるものとする。すなわち、ピレン骨格にナフテン環3つを持つ主骨格を持つものと同定できる。
ここでナフテン環はすべて6員環とし、構造を決定する。これらの主骨格の炭素数が26となるから対象成分の組成式のC30から差し引いたものが側鎖による炭素数となる。よって質量分析により質量数が392.25の化合物はピレン+3環ナフテンを主骨格とする側鎖の炭素数3の化合物と同定することができる。
また、定量する場合は、例えば、水素炎イオン化検出器(FID)を有するGC−MSで定量すればよい。
このようにして、他の環数の芳香族フラクションの個々の成分の分子構造を決定し、必要に応じて定量することができる。
【0020】
上記のとおり、本発明(a)の前処理を行い重質油を飽和分、環数別芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分の各フラクション、もしくは、さらに上記(3)または(4)で得たPeri型4環芳香族分とCata型4環芳香族分に分離し、次いで(b−1)の各フラクションの得率を測定する成分分析によって、すなわち得率(得率分布)から従来にない有効な情報がえられる。また、本発明(a)の前処理を行い、次いで(b−2)の構造解析を行うことによって、重質油中に存在する化合物の構造を特定し、また定量することができる。さらに本発明(a)の前処理を行い、次いで(b−1)の各フラクションの得率を求め、さらに(b−2)の構造解析を行うことによって、重質油の成分と構造を詳細に明らかにすることができる。
【実施例】
【0021】
本発明の実施例をさらに説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
〔実施例1〕
重質油として、常圧残油(AR)とそれを脱硫し、さらに接触分解処理して生成した接触分解残油(CLO)を、本発明に用いる前処理方法(第1〜3工程)によって得られた飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環芳香族分、4環芳香族分、5環以上の芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分の各フラクション、並びに、第1工程でマルテン分と分離したアスファルテン分の各フラクションについて、それぞれの得率を求めた。結果を図1及び図2に示す。また、用いた常圧残油(AR)及び接触分解残油(CLO)の性状を表−1に示す。
なお、前処理方法の第1〜3工程は以下の方法で行った。
<第1工程:マルテン分の分
容量500mLの三角フラスコに試料(重質油)を7gはかりとり、n−ヘプタンを220mL加え、空気冷却管をつけてn−ヘプタン不溶解分試験器で混合物を1時間還流煮沸した。
還流煮沸後、放置冷却し、ろ紙を用いてアスファルテン分を分離し、マルテン分を含むフラクションを得た。
【0022】
<第2工程:マルテン分のカラムクロマトグラフィーによる分
第1工程で得たマルテン分を以下の条件のカラムクロマトグラフィーで分離した。
(1)カラムクロマトグラフィーのカラム条件
カラム:15mm×600mm(ゲル充填部分、ガラス製)
ゲル:シリカゲル40g+アルミナゲル50g(活性化後)
シリカゲル:Fuji Silysia製、Chromato Gel Grade 923AR
アルミナゲル:MP BiomedicaLs製、MP Alumina,Activated,Neutral,Super I
活性化条件:シリカゲル250℃×20h、アルミナゲル400℃×20h、0.2kg/cm2(N2ガス)加圧
試料量:1.5g(マルテン)
溶媒:n−ヘプタン(和光純薬工業株式会社、1級)、トルエン(和光純薬工業株式会社、1級)、エタノール(純正化学株式会社、特級)、クロロホルム(和光純薬工業株式会社、特級)
【0023】
(2)分離方法
以下の溶媒を順次カラムに投入し、溶出溶液を分取した。
(i) n−ヘプタン200mL
溶出した試料溶液250mLまでを飽和分(Fr.Sa)としてカットする。
(ii) n−ヘプタン95%、トルエン5%混合溶媒250mL
溶出した試料溶液200mLまでを1環芳香族分(Fr.1A)としてカットする。
(iii) n−ヘプタン90%、トルエン10%混合溶媒250mL
溶出した試料溶液200mLまでをカットし、2環芳香族分(Fr.2A)とする。
(iv)トルエン250mL
溶出した試料溶液300mLをカットし、3環以上芳香族分(Fr.3A+)とする。
(v) エタノール250 mL
230mLをカットし、極性化合物(Fr.Po)とする。
(vi) クロロホルム100mL
(vii)エタノール100mL
(viii)もう一度(vi)、(vii)を繰り返す。
(vi)、(vii)、(viii)は全て1つのフラクションとして分取し、多環芳香族分(Fr.PA)とする。
【0024】
<第3工程:分取液体クロマトグラフィーによる分
第2工程で得られた3環以上芳香族分を含むフラクションを以下の条件でさらに分離した。
(1)分析装置:
高速液体クロマトグラム装置、島津製作所10Aシリーズ
カラム:YMC−Pack NH2(20mmID×250mm、10μm)
(2)測定条件
移動相:n−ヘキサン(HPLCグレード)
カラム温度:40℃
検出器:UV(254nm)
流速:9.999mL/min
試料注入量:100μL(オートサンプラー、ループ:100μL)
【0025】
〔比較例1〕
前処理方法を従来法により、飽和分、芳香族分、レジン分、及びアスファルテンの各フラクションに分離し、各フラクションの得率を求めた。結果を図3及び図4に示す。
なお、従来法の分離方法は、石油学会規格、JPI−5S−22−83にのっとって分離する方法である。
【0026】
図1によれば、常圧残油を本発明の方法でフラクション分離して得られた各フラクションの得率は、極性化合物と多環芳香族が比較的多い。これに対し図2の、前記常圧残油を脱硫し、さらに水素化分解して得られた接触分解残油の各フラクションの得率は、3環芳香族分、4環芳香族分、5環以上の芳香族分及び、極性化合物の得率が高いことが分る。
一方、図3、4によれば、従来法で前処理した各フラクションの得率は、常圧残油と接触分解残油の各フラクションの得率とに明確な差異は認められない。
したがって、本願発明の成分分析方法が重質油の反応機構解明に有効な情報を得ることができ、従来法による成分分析方法では有効な情報が得られないことが分る。
【0027】
〔実施例2〕
実施例1で用いた表1に示す性状を有する接触分解残油(CLO)を、本発明に用いる前処理方法を行い、飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環芳香族分、4環芳香族分、5環以上の芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分の各フラクションを得、それぞれについて構造解析を行った。
構造解析の方法は、元素分析、1H−NMR分析、質量分析、及び紫外可視分光分析であり、それぞれ以下の装置で測定し解析し、定量した。
解析方法は、各フラクションについて明細書に記載した方法で行った。次いでそれらの結果をまとめて、3次元グラフにまとめた。結果は図5に示した。
【0028】
なお、図5のX軸は、左から順に、飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環芳香族分、4環芳香族分、5環以上の芳香族分の各フラクション群を示し、Y軸(奥行き)は、各成分の炭素数、Z軸(高さ)は、定量値を示す。
なお、分析には下記の装置を用いた。
(1)元素分析
窒素:化学発光法、
硫黄分:紫外蛍光法
炭素、水素:CHNコーダー法
(2)1H−NMR分析
日本電子株式会社製 GSX−400(1H:400MHz)
(3)質量分析
MicroMass GCT、イオン化法:電解脱離法(FD)
(4)紫外可視分光分析
UV−Vis装置:島津製作所製 自記分光光度計UV−3100PC
LC/UV−Vis:Shimadzu Prominence series UFLC system
【0029】
〔実施例3〕
実施例2で得られた接触分解残油(CLO)の飽和分のフラクションについて、実施例2と同様の構造解析を行って、3次元グラフにまとめた。結果を図6に示した。
【0030】
図5によれば、本発明の方法で前処理した成分分析方法では、飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環芳香族分、4環芳香族分、および5環芳香族分の個々の成分が詳細に特定でき、同時にそれらの定量ができることが分る。さらに、図6により、各フラクション群についてより詳細な化合物の同定が可能であることが分かり、従って、本発明の方法により重質油中の個々の成分について同定および定量ができることが分かる。
【0031】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明によれば、従来困難とされる重質油中の成分をより詳細に知ることができる成分分析方法を提供することができる。その結果、得られた重質油の詳細な成分の情報に基づいて重質油の分解、改質反などの反応性に関与する因子を究明する研究に利用することができ、また重質油のさらなる有効活用に利用することもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)重質油を飽和分、環数別芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分の各フラクションに分離する前処理を行い、次いで(b)前処理によって得られた各フラクションについて(b−1)得率を求め、及び/又は(b−2)構造解析を行うことを特徴とする重質油の成分分析方法。
【請求項2】
(a)の前処理方法が以下の(1)〜(3)の工程を有する請求項1に記載の重質油の成分分析方法。
(1)重質油をn−パラフィンに可溶なマルテン分とそれ以外のフラクションに分離する第1工程、
(2)上記(1)で分離したマルテン分をカラムクロマトグラフィーを用いて飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環以上の芳香族分、極性化合物、及び多環芳香族分の各フラクションに分離する第2工程
(3)上記(2)で得た3環以上の芳香族分フラクションを分取液体クロマトグラフィーを用いて、さらに3環芳香族分、4環芳香族分、及び5環以上の芳香族分の各フラクションに分離する第3工程、
【請求項3】
前記(3)工程で得られた4環芳香族分フラクションを、(4)分取液体クロマトグラフィーを用いて、さらにPeri型4環芳香族分とCata型4環芳香族分のフラクションに分離する第4工程を有する請求項2に記載の重質油の成分分析方法。
【請求項4】
(b)の構造解析方法が、上記(2)及び(3)で得た飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環芳香族分、4環芳香族分、5環以上の芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分、もしくは、さらに前記(4)で得たPeri型4環芳香族分とCata型4環芳香族分のフラクションの中の少なくとも1つのフラクションについて、
(i) 元素分析、(ii) 1H−NMR分析、(iii) 質量分析、及び(iv) 紫外可視分光分析(ultraviolet-visible spectroscopy:UV−Vis)のいずれか1以上の分析を実施し、その分析結果に基づいて行う方法である請求項1〜3のいずれかに記載の重質油の成分分析方法。
【請求項5】
(b)の構造解析方法が、以下の(5)〜(9)の工程を含むものである請求項4に記載の重質油の成分分析方法。
(5)上記(2)及び(3)、もしくは、さらに上記(4)で得たフラクションについて元素分析を行う第5工程、
(6)上記(2)及び(3)、もしくは、さらに上記(4)で得たフラクションについて1H−NMR分析を行う第6工程
(7)上記(2)及び(3)、もしくは、さらに上記(4)で得たフラクションについて質量分析を行い、個々の成分の分子量とフラクションの数平均分子量を求める第7工程、
(8)上記(5)の元素分析値と上記(6)の1H−NMR積算値と(7)の数平均分子量から、各フラクションの平均構造を特定する第8工程、及び
(9)上記(8)から得られた各フラクションの平均構造と、上記(7)から得られた各フラクションの質量分析結果より、上記(2)及び(3)の各フラクション、もしくは、さらに上記(4)で得たフラクション中の個々の分子の構造を推定し、必要に応じて定量する第9工程、
【請求項6】
前記(5)〜(7)の行程に加えて、紫外可視分光分析を行う行程を有する、請求項5に記載の重質油の成分分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−133363(P2011−133363A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−293366(P2009−293366)
【出願日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【出願人】(000183646)出光興産株式会社 (2,069)
【Fターム(参考)】