説明

重質油の脱硫方法

【課題】 高価な水素を用いずに、常圧残油などの重質油から硫黄を除去する方法及びそれに用いる触媒を提供する。
【解決手段】 高価な水素を用いることなく、水蒸気雰囲気下で、Zr及びAlを含有する鉄酸化物系触媒を用いて、常圧残油などの重質油から硫黄を除去する方法を提供するものであり、該触媒は、Fe塩、Al塩、Zr塩の水溶液から共沈法により調製されたものであることが好ましく、また、触媒中のZrの含有量が、ZrO換算で、20wt%以下であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重質油の脱硫方法に関し、特に、高価な水素を用いずに重質油から硫黄を除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石資源の枯渇や原油価格の高騰が深刻な問題となっている。そのため、石油精製過程で副生する常圧・減圧残油や埋蔵量が豊富なオイルサンド、オリノコタールなどの重質油の有効活用技術の開発が求められている。
これらの重質油の水素/炭素(H/C)比は低く、また、硫黄やニッケル、バナジウムなどの重金属を多く含むため、従来の原油よりも取り扱いが困難である。
一方で、大気汚染を防ぐためには、硫黄などを含まないクリーンな輸送燃料が求められている。
したがって、重質油からクリーンな燃料を製造するためには、以下の技術開発が特に必要である。
1)重質油に含まれる硫黄を除去し(脱硫)、クリーンな燃料を製造する。
2)重質油を分解して、軽質油へ転換する。
3)上記1)、2)の工程で、触媒劣化の要因となるニッケル、バナジウムなどの重金属を回収する。
【0003】
上記1)の脱硫法、及び3)の脱金属法としては、一般的に水素化脱硫、水素化脱金属が主流であり、いずれも高圧水素下で触媒を用いる方法である。水素化脱硫触媒及び/又は水素化脱金属触媒として、Ni−Mo系触媒等が用いられている(特許文献1、2)。
【0004】
一方、上記2)の重質油の軽質化方法としては、熱分解法、接触分解法、及び水素化分解法が知られている。熱分解法は、高温下で炭化水素分子を分解して改質するとともに、油中の重金属を残渣中に濃縮除去する方法であり、接触分解法は、シリカアルミナ触媒、ゼオライト触媒などを使用して接触反応により分解する方法であるが、いずれの方法も、分解反応の過程でコークが生成し、このコークが触媒劣化や反応器閉塞を引き起こすという問題がある。
これに対して、水素化分解法は、高圧水素下でアルミナ触媒などを用いて分解及び水素化を行わせる方法であり、同時に硫黄、窒素、ニッケル、バナジウムなどの不純物を除去できるものであり、種々の水素化分解触媒が提案されている(特許文献3、4等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−265177号公報
【特許文献2】特開2006−52390号公報
【特許文献3】国際公開第2006/054447号
【特許文献4】特開2009−242487号公報
【特許文献5】特開2006−7151号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述の水素化脱硫、水素化脱金属及び水素化分解法は、いずれも高価な水素を用いているため、製造コストが高いという問題がある。
そこで、この問題を解決する1つとして、水蒸気または水蒸気を含有する雰囲気下で加熱することにより、重質油を軽質化する方法が提案されており、触媒として、Alを含有する鉄酸化物系触媒上にZrを担持させた触媒が用いられている(特許文献5)。しかしながら、該文献では、この触媒によって重質油が軽質化することが示されているが、脱硫などのその他の性能については明らかにされていない。
【0007】
本発明は、こうした現状を鑑みてなされたものであって、水素を用いずに脱硫を行う方法及びそれに用いる触媒を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、Zr及びAlを含有する鉄酸化物系触媒を用いて、水蒸気雰囲気下で重質油から硫黄を除去することができるという知見を得た。
【0009】
本発明はこれらの知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]水蒸気雰囲気下で、Zr及びAlを含有する鉄酸化物系触媒を用いて、重質油から硫黄を除去することを特徴とする重質油の脱硫方法。
[2]前記触媒は、Fe塩、Al塩、Zr塩の水溶液から共沈法により調製されたものであることを特徴とする上記[1]の重質油の脱硫方法。
[3]前記Zrの含有量が、ZrOに換算して20wt%以下である上記[1]又は[2]の重質油の脱硫方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、高価な高圧水素を用いずに水蒸気を用いて脱硫が可能であり、また、脱硫と同時に軽質化も起こるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】重質油の脱硫試験に用いた反応装置の概略を示す図。
【図2】常圧残油を、窒素雰囲気下及び水蒸気雰囲気下で反応させたときの硫化水素の収率を示す図。
【図3】水蒸気量を変化させたときの硫化水素の収率を示す図。
【図4】Zr含有量の異なる触媒を用いて常圧残油を水蒸気雰囲気下で反応させたときの硫化水素の収率を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の脱硫方法は、高価な水素を用いることなく、水蒸気雰囲気下で重質油を脱硫する方法であり、Zr及びAlを含有する鉄酸化物系触媒を用いることを特徴とするものである。
【0013】
本発明の脱硫方法に用いる上記触媒は、Fe塩とAl塩とZr塩のアルカリ共沈物からなる複合酸化物触媒、或いは、Fe塩とAl塩のアルカリ共沈物からなる複合酸化物にZrを含浸担持させた触媒であり、Fe塩、Al塩、Zr塩としては、例えば、FeCl・6HO、AlCl・6HO、ZrOCl・8HO等の塩化物塩、Fe(NO・9HO、Al(NO・9HO、ZrO(NO・2HO等の硝酸塩、Al(SO・14−18HO等の硫酸塩を用いることができる。
【0014】
該触媒を用いた本発明の脱硫方法においては、酸化鉄を主反応場として重質油が反応するものであり、酸化鉄の格子酸素と重質油が反応し、軽質炭化水素とCOが生成する。水蒸気雰囲気下では、水蒸気由来の酸素が酸化鉄格子へ組み込まれる。そのため、酸化鉄の形態はαFe構造が維持され、安定である。
また、該触媒に含有されるジルコニアは、水分子から水素と酸素の生成を促進する助触媒である。
助触媒により生成した水由来の酸素は、酸化鉄格子へ組み込まれて重質油と反応し、その際にCOとして生成する他に硫黄化合物と反応して硫黄酸化物が生成する可能性がある。また、水由来の水素は、分解された軽質炭化水素の他に硫化水素を生成する。
【0015】
以下、本発明の脱硫方法に用いる触媒の製造方法について具体的に記載する。
方法の1つは、FeCl・6HO、Fe(NO・9HO等のFe塩と、AlCl・6HO、Al(NO・9HO、Al(SO・14−18HO等のAl塩と、ZrOCl・8HOやZrO(NO・2HO等のZr塩とを、水に攪拌溶解して水溶液を得、この水溶液にアルカリ溶液を加えてアルカリ共沈させ、次いで固液分離した固形分をろ過洗浄してケーキ状のろ過物を得、最後に、このろ過物を水蒸気雰囲気下で熱処理する方法である。
他の方法として、Fe塩とAl塩の水溶液からの共沈で得られたろ過物を、Zrを含む水溶液に含浸した後、乾燥させて、最後に水蒸気雰囲気下で熱処理する方法がある。
これらのいずれかの方法により、Zr−Al−Fe複合酸化物触媒を得ることができるが、前者の共沈法による方法のほうが、酸化鉄がαFe構造を安定して維持できる点で、好ましい。
こうして得られるZr−Al−Fe複合酸化物触媒において、触媒中のZrの含有量は、多いほど、活性種の生成が促進されるが、多すぎる場合には、主反応場である酸化鉄の表面が覆われて触媒活性が低下するので、ZrOに換算して、20wt%を超えない範囲であることが好ましい。また、触媒中のAlの含有量もAlに換算して20wt%を超えない範囲である。
【0016】
本発明の脱硫方法は、上述の触媒を用いて重質油を水蒸気雰囲気下で処理することにより達成される。
ここで、脱硫処理する重質油としては、特に制限はなく種々のものが可能であるが、重質軽油、減圧軽油、分解軽油、コーカーガス油、溶剤脱瀝油、常圧残油、減圧残油、溶剤脱歴残油、熱分解油、コーカー油、タールサンド油、シェールオイル等の重質油又はこれらを含む混合油である。
【0017】
脱硫処理は、触媒を収納した反応装置に連続的に重質油を供給することにより行われる。このとき、キャリアガスとして水蒸気を供給する。反応装置としては、固定床、流動床、沸騰床等が上げられる。既存の水素化脱硫や水素化分解装置と同様の装置が想定される。但し、水から水蒸気を発生させる場合には、反応器の手前に水蒸気発生器を付ける必要がある。
【0018】
本発明の脱硫方法における反応条件は、重質油の種類などにより変動し、一義的に定めることはできないが、通常、反応温度は450〜500℃、好ましくは450℃以下である。また、水蒸気/重質油(重量比)は10〜30、好ましくは10以下である。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
(実施例1:触媒の製造)
FeCl・6HO:30g、AlCl・6HO:3.5g、ZrOCl・8HO:2.2gを、水0.8リットルに攪拌溶解する。次いで、10wt%のアンモニア水溶液70mlを徐々に加えながら、1時間攪拌した。その後、ろ過で固液分離を行い、得られたケーキ状のろ過物を乾燥後、水蒸気雰囲気下、600℃で1時間熱処理して、5gのZr−Al−Fe複合酸化物触媒(ZrO:8.6wt%、Al/Fe:0.1)を得た。
また、ZrOCl・8HOの量をZrO換算で、4.7wt%、及び17.6wt%とした以外は、実施例1と同様にして、Zr含有量の異なるZr−Al−Fe複合酸化物触媒を得た。
さらに、原料中にZrOCl・8HOを混合しない以外は実施例1と同様にして、Zrを含有しないAl−Fe複合酸化物触媒を得た。
【0020】
(実施例2:重質油の脱硫 その1)
図1は、用いた固定床型反応器を模式的に示す図であり、反応器に触媒が収納される。反応器上部からは重質油と、窒素ガスを混合した水蒸気が供給され、反応器下部で液体と気体に分けて捕集される。
実施例に用いた該装置は小型であるため、水蒸気と共に窒素ガスを供給しているが、実プロセスでは必ずしも窒素を供給する必要はない。
【0021】
重質油として中東系常圧残油(AR)(硫黄含有量:2.24wt%)を使用し、触媒を収納した上記の反応器を用いて、下記の実験条件で反応させたところ、常圧残油が軽質化されると同時に硫黄含有量が低下した。
なお、常圧残油の粘度が高く、実施例に用いた装置ではそのままでは供給できないため、トルエン(硫黄含有量:0%)で10倍に希釈したが、実プロセスでは、必ずしも希釈する必要はない。
また、比較用に、水蒸気を供給せず、窒素ガスのみとした以外は同様にして、常圧残油の脱硫を行った。
【0022】
[実験条件]
・反応温度:475℃
・大気圧
・触媒:Zr−Al−Fe複合酸化物触媒
(ZrO:8.6wt%、Al/Fe:0.1)
・触媒量:1.5g
・常圧残油の供給速度(FAR):0.1g/h
・水蒸気の供給速度(Fateam):3g/h
・水蒸気混合割合(Fateam/FAR):30[g/g]
・キャリアガス:水蒸気と窒素の混合ガス
・キャリアガス中の水蒸気濃度:94vol%
【0023】
図2は、窒素雰囲気下及び水蒸気雰囲気下での硫化水素の収率を示すものであって、左側に窒素雰囲気下、右側に水蒸気雰囲気下での硫化水素の収率を示してある。
ガスバッグで捕集した生成ガスに含まれる硫化水素の濃度をガス検知管(ガステック社製)で測定して硫化水素の生成量を求め、収率は、重質油中の硫黄に対するモル%で表示した。
図2から明らかなように、窒素雰囲気下では硫化水素はほとんど生成しないが、水蒸気雰囲気下では硫化水素が生成した。また、水蒸気雰囲気下で反応させた場合、水中に硫黄成分が検出された。
以上の結果から、常圧残油に含まれる硫黄が水蒸気由来の水素・酸素と反応し、硫化水素や水溶性の硫黄化合物が生成したと考えられる。
【0024】
(実施例3:重質油の脱硫 その2)
供給する水蒸気量(水蒸気の供給速度:0.5〜3g/h、キャリアガス中の水蒸気濃度:13〜94vol%)を変えた以外は前記と同様にして、水蒸気雰囲気下で常圧残油を反応させ、硫化水素の生成量を測定した。
図3にその結果を示す。図の縦軸は、硫化水素の収率(mol%-s)を示し、横軸は、水蒸気混合割合(Fateam/FAR)[g/g]を示している。
図3から明らかなように、Fsteam/FAR=10以上で硫化水素の生成量は最大に達し、常圧残油(AR)中の硫黄の約1割が硫化水素として生成した。
水蒸気量の増加により、水蒸気からの活性水素種の生成が促進されたためと考えられる。
【0025】
(実施例4:重質油の脱硫 その3)
Zr含有量の異なる触媒(ZrO:0wt%、4.7wt%、8.6wt%、及び17.6wt%)を用いた以外は前記と同様にして、水蒸気雰囲気下で常圧残油を反応させ、硫化水素の生成量を測定した。
図4にその結果を示す。図の縦軸は、硫化水素の収率(mol%-s)を示し、横軸は、触媒中のZr量(ZrO換算)(wt%)を示している。
図4から明らかなように、Zrが無い場合にも硫化水素が生成するが、Zr含有量が増加すると、硫化水素の生成量が増加した。触媒中のジルコニアにより、水蒸気からの活性水素種の生成が促進されたためと考えられる。
【0026】
以上の結果、Zr及びAlを含有する鉄酸化物系触媒を用いることにより、水蒸気雰囲気下で、重質油の硫黄の約1割が硫化水素(HS)となって生成しており、脱硫が確かに起こっていることが判明した。また、この脱硫は、水蒸気量が増すと共に増加するが、水蒸気混合割合(Fateam/FAR)が10以上で最大に達し、また、触媒中のZrの含有量の増加とともに脱硫も増加することが判明した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水蒸気雰囲気下で、Zr及びAlを含有する鉄酸化物系触媒を用いて、重質油から硫黄を除去することを特徴とする重質油の脱硫方法。
【請求項2】
前記触媒は、Fe塩、Al塩、Zr塩の水溶液から共沈法により調製されたものであることを特徴とする請求項1に記載の重質油の脱硫方法。
【請求項3】
前記触媒中のZrの含有量が、ZrOに換算して20wt%以下である請求項1又は2に記載の重質油の脱硫方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−121977(P2012−121977A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−273145(P2010−273145)
【出願日】平成22年12月8日(2010.12.8)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】