説明

野菜組織を維持した保冷野菜

【課題】 新鮮な野菜を加熱し、次いで冷却し、或いは冷凍した野菜であって、野菜本来の組織の破壊が防止され、食するにあたって可及的に本来の野菜の風味や食感を保持するようにした保冷野菜を提供する。
【解決手段】 野菜本来の組織の破壊を極力防止して酵素を失活させた冷蔵或いは冷凍野菜に関し、電解質、好ましくは強電解質を含有するエチルアルコール溶液に野菜を浸漬させた後、従来技術よりも低い温度でより短時間加熱し、或いは、電解質、好ましくは強電解質を含有する水溶液に野菜を浸漬させた後マイクロ波加熱し、野菜中の酵素を失活或いは低減させて低温保存されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、収穫直後の酵素活性を有する新鮮な野菜を、野菜本来の組織の破壊を防止して加熱し、次いで冷却し、或いは冷凍した野菜であって、解凍して食するにあたって可及的に本来の野菜の風味や食感を保持するようにした保冷野菜に関する。
なお、本発明における野菜とは、大根、茄子等の本来の野菜の他、苺、メロン、葡萄、りんご等の果物類も包含する広い概念である。
【背景技術】
【0002】
近時、食の多様化に伴い、新鮮な野菜を凍結したり、冷蔵保存したりして長期間保存するようになってきた。そのためには野菜を加熱し、酵素を失活させることが必要であり、通常100℃の沸騰水又は高温の水蒸気で少なくとも30秒以上加熱していた。しかしながら、高温に長時間保持すると野菜の組織が破壊され劣化して、解凍して料理しても本来の野菜の食感とは異なった食感になっていた。
【0003】
特許文献1には、(1) 新鮮な野菜を切断する工程、(2) 切断した野菜を一次脱水する工程、(3) 一次脱水した野菜を冷凍変成防止剤で処理する工程、(4) 冷凍変成防止剤で処理した野菜を二次脱水する工程、(5) 二次脱水した野菜を冷凍する工程の全5工程からなる技術が開示され、冷凍変成防止剤としてエチルアルコール水溶液や食塩水も例示されている。
特許文献2には、過熱水蒸気によりペルオキシダーゼ活性を失活させ、しかる後凍結する技術が開示されている。
【特許文献1】特開平8−280325号公報
【特許文献2】PCT/JP02/02842号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ペルオキシダーゼ等の酵素を失活させるために、脱水工程を2回に分けてその間に、野菜を冷凍変成防止剤で処理する特許文献1の方法は手間を要し、解凍した野菜はやはり食感の低下が著しかった。また、特許文献2の方法も過熱水蒸気を使用しているため、酵素は失活しても野菜の組織はこのような高温では破壊されがちであり、解凍した野菜の食感も低下していた。
【0005】
本発明は野菜の種類によって異なるが、従来の技術において使用されたよりも、低い温度、短い時間の加熱で酵素を失活させ、そのまま冷凍或いは冷蔵する技術を提供するものである。特許文献1に使用されたエチルアルコールや食塩も使用するが、本発明は脱水せず、まして二次に分けて脱水することもなく冷凍或いは冷蔵する技術を提供するものであり、簡単な工程と手段により解凍後の食感が顕著に向上する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の構成は、野菜本来の組織の破壊を極力防止して酵素を失活させた冷蔵或いは冷凍野菜に関し、電解質、好ましくは強電解質を含有するエチルアルコール溶液に野菜を浸漬させた後、熱水で加熱し、或いは、電解質、好ましくは強電解質を含有する水溶液に野菜を浸漬させた後マイクロ波加熱し、野菜中の酵素を失活或いは低減させて低温保存されていることを特徴とする。
【0007】
すなわち、本発明は食塩等の強電解質を含有するエチルアルコール溶液に、新鮮な野菜を浸漬した後、これを水切りし、そのまま加熱処理して凍結するものである。その結果、解凍後に外観の劣化が少なく、且つ食感の低下も少ない冷凍野菜を提供することに成功した。更に、凍結することなく、低温保存することも可能であり、その場合の鮮度の維持も格段に向上した。
一方、エチルアルコールを使用することなく、強電解質溶液に浸漬した新鮮野菜をマイクロ波加熱することにより酵素を失活させて冷凍保存することに成功した。この場合も凍結させず、単に低温保存しても鮮度の低下が少なく、新鮮な野菜の食感を維持することに成功した。
【0008】
本発明は、野菜本来の食感を維持させるため、加熱する前段階においてエチルアルコール及び強電解質水溶液を野菜組織へ浸透させることで、可及的に低い温度と短い時間の加熱により、ペルオキシダーゼ等の酵素を失活させることにある。更に、エチルアルコールを用いることなく、単に強電解質の溶液で湿潤させ、新鮮野菜に浸透させた後にマイクロ波加熱することにより、その後冷凍しても冷蔵しても、常温に戻したとき、新鮮な野菜とほとんど変わらない食感を得ることに成功した。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、野菜を強電解質の溶液に浸漬するのみで、熱処理時間を短縮し、或いは熱処理温度を低下させることが可能になった。その結果、従来の冷凍或いは冷蔵野菜の外観及び食感を大幅に上回る保冷野菜を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明において使用する野菜とは、狭義の野菜の他に果実や茸も包含する広い概念である。例えば、ほうれん草、小松菜、チンゲンサイ、キャベツ、白菜、レタス、セロリ、ミツバ等の葉菜類;ブロッコリー、カリフラワー等の花菜類;グリーンアスパラカス、竹の子、玉葱、ニラ等の茎菜類;ピーマン、茄子、かぼちゃ、おくら、枝豆、メロン、苺、とまと、きゅうり等の果菜類;人参、大根、牛蒡、里芋、蓮根、じゃが芋等の根菜類;しい茸、エノキダケ、舞茸、シメジ、ひらたけ、マッシュルーム、松茸等の茸類を挙げることができる。
【0011】
エチルアルコールはいわゆる酒の主成分であり、エチルアルコール水溶液の消毒作用は広く知られている。70%水溶液は消毒作用が最高であり、これより高濃度でも低濃度でも徐々に殺菌力は低下する。本発明においては20〜70%の水溶液として使用する。本発明におけるエチルアルコールの効果は、少なくとも殺菌力であるとは考え難い。
【0012】
電解質としては、水に溶解して陽イオンと陰イオンに分離する物質であり、強電解質の少なくとも1種を使用する。電解質を構成する陽イオンとしては、水素イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン等があり、陰イオンとしては、水酸イオン、塩素イオン、炭酸イオン、リン酸イオン等の無機イオンが挙げられる。その他、グルタミン酸、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、アスコルビン酸等の有機酸又はその塩も併用することが好ましい。強電解質としては、食塩が一般的であり、塩化カリウムも使用され、これらの無機塩は0.5〜5%、好ましくは1〜3%の濃度で使用される。グルタミン酸ナトリウムやクエン酸等の弱電解質も好ましく併用される。
【0013】
本発明においては上記強電解質を含有するエチルアルコール溶液で野菜を湿潤させる。湿潤させる手段としては浸漬して、取出して水切りすることが簡単であるが、野菜に噴霧して湿潤させることもできる。場合によっては、浸漬中に撹拌して湿潤効果を高める。
【0014】
マイクロ波加熱は、マイクロ波を照射することにより水の分子を振動させ、分子同士の摩擦熱を利用して食品を加熱する誘電加熱方式であり、マイクロ波加熱機は電子レンジとして各家庭に普及している。工業的実施にあたっては、移動式ベルトコンベア上に野菜を載せて、1か所でマイクロ波が照射される方式の連続的に処理できるマイクロ波照射装置が好ましい。マイクロ波は通常周波数1450MHzが広く使用され、中心部の温度が60〜85℃、好ましくは70〜80℃に達する量を照射する。
【0015】
通常の加熱方式では、強電解質を含有するエチルアルコール水溶液による湿潤は加熱前に必須の要件であるが、マイクロ波加熱方式を採用する場合には、エチルアルコールを必要とせず、単に電解質水溶液で湿潤させた後に、マイクロ波加熱を行うと効率的に酵素を失活させて加熱条件が緩和され、野菜組織の損傷が低減できる。
【0016】
本発明においては、新鮮野菜を電解質水溶液で湿潤させた後、加熱して酵素を失活させてその後、冷凍するが、必ずしも凍結保存する必要はない。すなわち、凍結させずに、0〜10℃の低温でチルド保存してもよい。凍結させない保冷保存は本発明の前処理と加熱処理を経過した後では、特に有効であって新鮮な野菜組織を維持したままの野菜を市場に供給することができる。
【実施例1】
【0017】
野菜として、葉菜類のほうれん草、小松菜、及びチンゲンサイを各1kg使用した。それぞれを充分に水洗した後、可食部を葉脈又は軸と直角方向に5cm間隔で大切りに切り揃えた。食塩1.8%、塩化カリウム0.3%を含む40%エチルアルコール水溶液3kg中にそれぞれの野菜を20分間浸漬した。その後、ザルですくい上げ、沸騰水中で20秒間加熱した。加熱後水を切り、送風冷却した後、−25℃に凍結した。同一温度で7日間凍結保存した後、室温で解凍した。
【0018】
得られた保冷保存、室温解凍後の野菜について外観及び食感の官能評価試験を行った。官能評価は15名のパネラーによって行われ、その結果を、表1−1及び表1−2に示した。
評価基準は5〜1とし、15名のパネラーの平均点で示した。
5点……非常に良い
4点……良い
3点……普通
2点……悪い
1点……非常に悪い
とした。
【0019】
比較例1として、食塩1.8%、塩化カリウム0.3%を含む40%エチルアルコール水溶液に浸漬することなく、それぞれを3kgの沸騰水中で30秒間加熱処理した以外は実施例と同様にして試験を行い、その結果を表1−1に併記した。
【実施例2】
【0020】
野菜として、花菜類のブロッコリーと茎菜類のグリーンアスパラガスの各1kgを充分に水洗した。ブロッコリーは頭花部を4cmに切断して整え、グリーンアスパラガスは先端から6cmに切断して使用した。食塩2%、グルタミン酸ナトリウム0.2%を含有する50%エチルアルコール水溶液3kgに30分間浸漬した。浸漬後ザルですくい上げ、85〜90℃の温水中で40秒間加熱処理した。加熱後、実施例1と同様の方法で処理し、試験を行い、その結果を表1−1に併記した。
別に、比較例2として、同一素材を、食塩2%、グルタミン酸ナトリウム0.2%を含有する50%エチルアルコール水溶液3kgに30分間浸漬処理することなく、直接沸騰水中で40秒間加熱処理した以外は、実施例2と同様の方法で処理し、試験を行い、その結果を表1−1に併記した。
【実施例3】
【0021】
可食部を1/2に切断して整えた試料を使用した。各試料を食塩2%、塩化カリウム0.1%を含有する50%エチルアルコール溶液3kgに20分間浸漬し、更に10分間均一に撹拌した後、ザルにすくい上げた。90〜95℃の温水中で1分間加熱処理した後、実施例1と同様に処理し、試験を行い、その結果を表1−1に併記した。
別に、比較例3として、同一素材を、食塩2%、塩化カリウム0.1%を含有する50%エチルアルコール水溶液に浸漬することなく、沸騰水中で1分間加熱した以外は、実施例3と同様の方法で処理し、試験を行い、その結果を表1−1に併記した。
【実施例4】
【0022】
野菜として、根菜類の人参と牛蒡の非可食部を除去した後、各1kgを充分に水洗し、それぞれを各2cm長さに切断して形状を揃えた。各試料を食塩2%、塩化カリウム0.1%及びグルタミン酸ナトリウム0.2%を含有する60%エチルアルコール水溶液3kgに20分間浸漬し、更に10分間、均一に撹拌した後、ザルにすくい上げた。90〜95℃の温水中で12分間加熱処理した後、実施例1と同様に処理し、試験を行い、その結果を表1−1に併記した。
別に、比較例4として、同一素材を、食塩2%、塩化カリウム0.1%及びグルタミン酸ナトリウム0.2%を含有する50%エチルアルコール水溶液に浸漬することなく、沸騰水中で15分間加熱した以外は、実施例4と同様の方法で処理し、試験を行い、その結果を表1−1に併記した。
【0023】
常温に戻した後の各試料について破断応力を測定し、表2に示した。破断応力は、人が食物を歯で噛むときの歯ごたえに相当し、食感の向上を意味する数値である。
破断応力の測定は、レオテック(株)製のレオメーターを使用し、下記条件により強度を算出した。
1)品温(室温):17.1℃
2)アダプター 牛蒡:5mmφ
人参:7mmφ
3)上昇スピード:6cm/分
4)荷重:2kg/cm2
【実施例5】
【0024】
野菜として、比較的小サイズで大きさの揃った非可食部分を除去した根菜類で、2分割した人参と4分割した牛蒡、及びそのままの里芋の各1kgのそれぞれを試料とした。各試料を食塩2%、クエン酸0.5%を含有する電解質水溶液3kgに、常温で25分毎に5分間撹拌しながら2時間浸漬した。終了後、水切りした各試料をそれぞれテスト用連続式マイクロ波照射装置を用いて、電圧200V、高周波出力2KWの条件下で、60秒間加熱処理した。この条件で中心部の温度は70〜75℃に達し酵素は完全に失活した。次いで、各試料を真空包装して10〜12℃で24時間保管した。24時間後、常温に戻した各試料について実施例1と同様の試験を行い、その結果を表1−1に併記した、同時に実施例4と同様にして破断応力を測定し、表2に併記した。
【0025】
比較例5として、電解質水溶液に浸漬せず、マイクロ波加熱もせず、沸騰水中で50分間加熱処理した以外は実施例5と同様の試験を行い、その結果を表1−1に併記した。同時に実施例4と同様にして破断応力を測定し、表2に併記した。
【実施例6】
【0026】
実施例5と同一の野菜を用い、同一の方法で酵素を失活させた。次いで、実施例1と同様にして冷凍保存し、同様にして試験を行い、その結果を表1−2に併記した。又、実施例4と同様にして破断応力を測定し、表2に併記した。
別に、比較例6として、電解質水溶液に浸漬せず、マイクロ波も使用せず、沸騰水中で50分間加熱処理した以外は実施例6と同様の試験を行い、その結果を表1−2に併記した。同時に実施例4と同様にして破断応力を測定し、表2に併記した。
【0027】
【表1−1】

【0028】
【表1−2】

【0029】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質を含有するエチルアルコール溶液により、野菜を湿潤させることにより、緩和された加熱条件で、野菜中の酵素を失活或いは低減させて低温保存されていることを特徴とする野菜組織を維持した保冷野菜。
【請求項2】
電解質を含有する溶液により野菜を湿潤させた後、マイクロ波加熱することにより、野菜中の酵素を失活或いは低減させて低温保存されていることを特徴とする野菜組織を維持した保冷野菜。
【請求項3】
野菜を湿潤させるにあたり、電解質を含有するエチルアルコール溶液に浸漬するか、或いは電解質を含有する水溶液に浸漬することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載する野菜組織を維持した保冷野菜。
【請求項4】
保冷野菜が、冷凍野菜であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載する野菜組織を維持した保冷野菜。
【請求項5】
保冷野菜が、冷蔵野菜であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載する野菜組織を維持した保冷野菜。
【請求項6】
電解質溶液が少なくとも1種の強電解質を溶解した溶液であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれかに記載する野菜組織を維持した保冷野菜。
【請求項7】
電解質溶液が食塩であり、0.5〜5%の食塩を含有する溶液であることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれかに記載する野菜組織を維持した保冷野菜。