説明

量子デバイス作成装置、量子デバイス作成方法及び量子デバイス

【課題】表面における原子の配列を確認することなく、原子を効率的に配列させて量子デバイスを作成する量子デバイス作成装置、量子デバイス作成方法及び量子デバイス作成方法によって作成された量子デバイスを提供する。
【解決手段】作用針の先端原子(40)を試料の表面原子(50)に近づけると、先端原子と表面原子との間に作用する相互作用が大きくなり、相互作用に基づく物理量Qが徐々に変化する(領域A)。さらに、先端原子を表面原子に近づけると、物理量Qが急激に変化し(領域B)、先端原子と表面原子とが交換される。つまり、交換前の系の状態と交換後の系の状態とが明確な相違として物理量に現れるので、閾値ΔQthを設定しておき、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより大きい場合、原子の交換が生じたと判定し、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより小さい場合、原子の交換は起こっていないと判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は量子デバイス作成装置、量子デバイス作成方法及び量子デバイスに関し、より具体的には、2つの原子の位置交換を繰り返すことによって量子デバイスを作成する場合に、2つの原子の位置交換が完了したか否かを定量的に判断して量子デバイスの作成に要する時間を短縮することができる量子デバイス作成装置、量子デバイス作成方法及び量子デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のデバイス及び機能性物質の作成方法は、半導体(主にSi)上にエッチング、熱硬化、CVD,FIB加工などの処理によって行なわれている。つまり、半導体という大きなウェハ基板から小さな構造を作るトップダウンアプローチによって行なわれてきた。トップダウンアプローチの手法は、微細化に限界があると考えられ、原子1つ1つからデバイスを作成するボトムアップアプローチの手法の開発が求められつつある。
【0003】
例えば、10年後の半導体においては、加工線幅が10nm程度になると考えられている。このような線幅では、電気伝導を担うドーパントの分布が規則的に配列されるべきである。しかしながら、現時点において、ドーパントを規則的に配列する技術は実現されていない。
【0004】
走査型プローブ顕微鏡は、先鋭な作用針を試料表面に近づけた場合に作用針と試料との間に作用する相互作用(トンネル電流、力、キャパシタ、近接場光など)を検出し、試料表面の状態及び特性(凹凸や磁性、表面ポテンシャルなど)を測定することが可能である。また、走査型プローブ顕微鏡を用いることによって、鋭利に研磨した電極針を非常に微細な隙間を残して被加工物体の表面に接近させ、電極針と被加工物体との間に電圧を印加したときにそれらの間に流れるトンネル電流によって被加工物体の微細加工を行なうことが可能である(例えば、特許文献1参照。)。
【0005】
また、本発明者は、非接触型原子間力顕微鏡における一つの未解決課題、すなわち、試料表面の原子位置の近傍で作用針を横方向に走査することで、試料表面の原子の位置を交換する方法を報告している(例えば、非特許文献1参照。)。
【特許文献1】特開平6−215722号公報
【非特許文献1】杉本宜昭、他5名、「原子間力顕微鏡を用いた室温環境下での原子嵌め込みの実現(Atom inlays performed at room temperature using atomic force microscopy)」、ネイチャ・マテリアル(Nature Material)、2005年2月、第4巻、p.156−159
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、原子の交換プロセスは、量子効果が作用することから、例えば1回の作用針走査によって確実に原子が交換されるとは限らないことから、観測者が試料表面の状態を観察して実際に原子の交換が生じたか否かを判断する必要があった。また、試料表面の状態を観察する場合、原子交換を行なう場合より作用針を遠ざけた状態で行なうことから、作用針の移動ステップが増加してしまい、効率的に量子デバイスを作成することは極めて困難であった。
【0007】
本発明者は、走査型プローブ顕微鏡を用いて原子の位置交換プロセスについて研究を行った結果、原子が交換されたときに、力、周波数シフト、トンネル電流、近接場光及びキャパシタンスのような物理量が急激に変化するとの知見を得た。つまり、原子の交換前の系の状態と交換後の系の状態とが明確な相違として現れるので、物理量が離散的に変化するとの知見を得た。
【0008】
本発明は、この知見を得てなされたものであり、試料の表面原子の略中心位置を通る試料の垂線上に作用針が走査された状態で、作用針と試料との距離を制御して作用針を試料の表面と垂直な方向に走査し、次いで、作用針の先端原子及び試料の表面原子の距離に基づく相互作用に起因する物理量、又はその物理量の値を1回以上の微分若しくは1回以上の積分、その他一般的なフィルタ処理による新たな物理量(これらまとめて物理量という)を検出し、検出された物理量の変化量(ここで変化量は物理量の変化の大きさ(絶対値)のことをいう)を算出し、そして、算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定し、変化量が基準量を超えたと判定された場合に、表面原子及び作用針の先端原子の位置が交換されたと判断することにより、表面における原子の配列を確認することなく、2つの原子(作用針の先端原子及び試料の表面原子)の位置交換が完了したか否かを基準量に基づいて定量的に判断することができ、原子を効率的に配列させて量子デバイスを作成する量子デバイス作成装置及び量子デバイス作成方法の提供を目的とする。
【0009】
また本発明は、試料の表面上の第1原子及び第2原子の略中間位置を通る試料の垂線上に作用針が走査された状態で、作用針と試料との距離を制御して作用針を試料の表面と垂直な方向に走査し、次いで、試料の表面上の第1原子及び第2原子によって作用針に作用する相互作用に起因する物理量、又はその物理量の値を1回以上の微分若しくは1回以上の積分、その他一般的なフィルタ処理による新たな物理量(これらまとめて物理量という)を検出し、検出された物理量の変化量を算出し、そして、算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定し、変化量が基準量を超えたと判定された場合に、第1原子及び第2原子の位置が交換されたと判断することにより、表面における原子の配列を確認することなく、2つの原子(試料の表面上の第1原子及び第2原子)の位置交換が完了したか否かを基準量に基づいて定量的に判断することができ、原子を効率的に配列させて量子デバイスを作成する量子デバイス作成装置及び量子デバイス作成方法の提供を目的とする。
【0010】
さらに本発明は、作用針がカンチレバーに設けられており、カンチレバーの周波数変化を物理量として検出することにより、作用針及び試料表面の原子が導電性である必要がないことから、すべての物質を原子操作の対象とすることができ、その適用範囲が極めて広い量子デバイスを作成する量子デバイス作成装置の提供を目的とする。
【0011】
さらにまた本発明は、作用針と試料との間に流れる電流を物理量として検出することにより、作用針及び試料が電流を検出できる材料系である場合、作用針に作用する力を検出する部分が必要でなくなることから、装置構成が比較的簡単であっても安定に測定でき、かつ装置を小さくすることができる量子デバイス作成装置の提供を目的とする。
【0012】
さらにまた本発明は、作用針又は試料に光を照射して近接場光を生じさせ、作用針と試料との近接場相互作用に基づく散乱光のスペクトル分布及び強度を物理量として検出することにより、検出された散乱光のスペクトル分布及び強度の変化量の大きさに基づいて、原子の交換が起こったか否かを判断することができる量子デバイス作成装置の提供を目的とする。
【0013】
さらにまた本発明は、作用針と試料との間の静電容量を物理量として検出することにより、検出された静電容量の変化量の大きさに基づいて、原子の交換が起こったか否かを判断することができる量子デバイス作成装置の提供を目的とする。
【0014】
さらにまた本発明は、無秩序に分布している原子を操作し、ボトムアップアプローチにより目的の位置に原子を配置したり、逆に抜き出したりして、原子レベルでの配列を操作して所望の構造を有する量子デバイスの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
第1発明に係る量子デバイス作成装置は、2つの原子の位置交換を繰り返すことによって量子デバイスを作成する量子デバイス作成装置であって、作用針を試料の表面と水平な方向に走査する水平走査手段と、前記作用針を前記試料の表面と垂直な方向に走査する垂直走査手段と、作用針の先端原子及び試料の表面原子の距離に基づく相互作用に起因する物理量を検出する検出手段と、検出された物理量の変化量を算出する算出手段と、算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定する判定手段とを備え、前記垂直走査手段は、前記水平走査手段によって、前記表面原子の略中心位置を通る前記試料の垂線上に前記作用針が走査された状態で、前記作用針を前記試料の表面と垂直な方向に走査し、前記判定手段にて前記変化量が基準量より大きいと判定された場合に、前記表面原子及び前記先端原子の位置が交換されたと判断するようにしてあることを特徴とする。
【0016】
第2発明に係る量子デバイス作成装置は、2つの原子の位置交換を繰り返すことによって量子デバイスを作成する量子デバイス作成装置であって、作用針を試料の表面と水平な方向に走査する水平走査手段と、前記作用針を前記試料の表面と垂直な方向に走査する垂直走査手段と、前記試料の表面上の第1原子及び第2原子によって前記作用針に作用する相互作用に起因する物理量を検出する検出手段と、検出された物理量の変化量を算出する算出手段と、算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定する判定手段とを備え、前記垂直走査手段は、前記水平走査手段によって、前記第1原子及び前記第2原子の略中間位置を通る前記試料の垂線上に前記作用針が走査された状態で、前記作用針を前記試料の表面と垂直な方向に走査し、前記判定手段にて前記変化量が基準量より大きいと判定された場合に、前記第1原子及び前記第2原子の位置が交換されたと判断するようにしてあることを特徴とする。
【0017】
第3発明に係る量子デバイス作成装置は、前記作用針が配されたカンチレバーを備え、前記検出手段は、前記物理量として前記カンチレバーの周波数変化を検出するようにしてあることを特徴とする。
【0018】
第4発明に係る量子デバイス作成装置は、前記検出手段は、前記物理量として前記作用針と前記試料との間に流れる電流を検出するようにしてあることを特徴とする。
【0019】
第5発明に係る量子デバイス作成装置は、前記作用針又は前記試料に光を照射して近接場光を生じさせる照射部を備え、前記検出手段は、前記物理量として前記作用針と前記試料との近接場相互作用に基づく散乱光のスペクトル分布及び強度を検出するようにしてあることを特徴とする。
【0020】
第6発明に係る量子デバイス作成装置は、前記検出手段は、前記物理量として前記作用針と前記試料との間の静電容量を検出するようにしてあることを特徴とする。
【0021】
第7発明に係る量子デバイス作成方法は、2つの原子の位置交換を繰り返すことによって量子デバイスを作成する量子デバイス作成方法であって、試料の表面原子の略中心位置を通る試料の垂線上に作用針を走査するステップと、該ステップで前記作用針が走査された状態で、前記作用針を前記試料の表面と垂直な方向に走査するステップと、作用針の先端原子及び試料の表面原子の距離に基づく相互作用に起因する物理量を検出するステップと、検出された物理量の変化量を算出するステップと、算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定するステップとを含み、前記変化量が基準量より大きいと判定された場合に、前記表面原子及び前記先端原子の位置が交換されたと判断することを特徴とする。
【0022】
第8発明に係る量子デバイス作成方法は、2つの原子の位置交換を繰り返すことによって量子デバイスを作成する量子デバイス作成方法であって、試料の表面上の第1原子及び第2原子の略中間位置を通る試料の垂線上に作用針を走査するステップと、該ステップで前記作用針が走査された状態で、前記作用針を前記試料の表面と垂直な方向に走査するステップと、前記第1原子及び前記第2原子によって前記作用針に作用する相互作用に起因する物理量を検出するステップと、検出された物理量の変化量を算出するステップと、算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定するステップとを含み、前記変化量が基準量より大きいと判定された場合に、前記第1原子及び前記第2原子の位置が交換されたと判断することを特徴とする。
【0023】
第9発明に係る量子デバイスは、上述した第7発明又は第8発明の量子デバイス作成方法で原子を操作してボトムアップアプローチにより作成されたことを特徴とする。
【0024】
第1発明及び第7発明にあっては、試料の表面原子の略中心位置を通る試料の垂線上に作用針が走査された状態で、作用針と試料との距離を制御して作用針を試料の表面と垂直な方向に走査する。そして、作用針の先端原子及び試料の表面原子の距離に基づく相互作用に起因する物理量を検出し、検出された物理量の変化量を算出する。そして、算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定し、変化量が基準量を超えたと判定された場合に、表面原子及び先端原子の位置が交換されたと判断する。このような判断のもとに、2つの原子の位置交換を繰り返すことによって量子デバイスを作成する。これにより、作用針と試料との間に作用する相互作用を検出し、2次元的にマッピングした画像を出力して試料の表面状態、すなわち表面における原子の配列を確認することなく、2つの原子の位置交換が完了したか否かを基準量に基づいて定量的に判断することができる。したがって、量子デバイスの作成に要する時間を短縮することができ、また、交換の都度、原子の配列を確認する必要がなくなるので、作業者の負担を削減することができる。
【0025】
第2発明及び第8発明にあっては、試料の表面上の第1原子及び第2原子の略中間位置を通る試料の垂線上に作用針が走査された状態で、作用針と試料との距離を制御して作用針を試料の表面と垂直な方向に走査する。そして、試料の表面上の第1原子及び第2原子によって作用針に作用する相互作用に起因する物理量を検出し、検出された物理量の変化量を算出する。そして、算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定し、変化量が基準量を超えたと判定された場合に、第1原子及び第2原子の位置が交換されたと判断する。このような判断のもとに、2つの原子の位置交換を繰り返すことによって量子デバイスを作成する。これにより、作用針と試料との間に作用する相互作用を検出し、2次元的にマッピングした画像を出力して試料の表面状態、すなわち表面における原子の配列を確認することなく、2つの原子の位置交換が完了したか否かを基準量に基づいて定量的に判断することができる。したがって、量子デバイスの作成に要する時間を短縮することができ、また、交換の都度、原子の配列を確認する必要がなくなるので、作業者の負担を削減することができる。なお、ここで、第1原子及び第2原子の略中間位置としたのは、第1原子及び第2原子の原子種や作用針の状態によって作用針の水平方向の位置が決定されるためである。
【0026】
第3発明にあっては、作用針がカンチレバーに設けられており、カンチレバーの周波数変化を物理量として検出する。つまり、検出される物理量は、作用針の先端原子と試料表面の原子との間に作用する相互作用に基づいており、作用針及び試料表面の原子が導電性である必要がない。これにより、すべての物質が原子操作の対象となることから、その適用範囲が極めて広い。
【0027】
第4発明にあっては、作用針と試料との間に流れる電流(トンネル電流)を物理量として検出する。トンネル電流を検出できる材料系に本発明を適用する場合、作用針に作用する力を検出する部分が必要でなくなる。そのため、装置構成が比較的簡単であっても安定に測定でき、かつ装置を小さくすることができる。したがって、原子操作の対象原子が導電性である場合には、導電性の作用針を用いてトンネル電流を検出するようにすれば、極めて高精度での実施が可能である。
【0028】
第5発明にあっては、作用針又は試料に光を照射して近接場光を生じさせ、作用針と試料との近接場相互作用に基づく散乱光のスペクトル分布及び強度を物理量として検出する。
【0029】
第6発明にあっては、作用針と試料との間の静電容量を物理量として検出する。
【0030】
第9発明にあっては、上述した方法によって原子を操作してボトムアップアプローチにより作成されることから、無秩序に分布している原子を操作し、目的の位置に原子を配置したり、逆に抜き出したりすることができるので、原子レベルでの配列を操作して所望の構造を有する量子デバイスとすることができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、試料の表面原子の略中心位置を通る試料の垂線上に作用針が走査された状態で、作用針と試料との距離を制御して作用針を試料の表面と垂直な方向に走査し、次いで、作用針の先端原子及び試料の表面原子の距離に基づく相互作用に起因する物理量を検出し、検出された物理量の変化量を算出し、そして、算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定し、変化量が基準量を超えたと判定された場合に、表面原子及び先端原子の位置が交換されたと判断することとしたので、表面における原子の配列を確認することなく、2つの原子(作用針の先端原子及び試料の表面原子)の位置交換が完了したか否かを基準量に基づいて定量的に判断することができる。したがって、このような判断のもとに、2つの原子の位置交換を繰り返すことによって原子を効率的に配列させて量子デバイスの作成することができる。特に、量子デバイスの作成に要する時間を短縮することができ、また、交換の都度、原子の配列を確認する必要がなくなるので、作業者の負担を削減することができる。
【0032】
本発明によれば、試料の表面上の第1原子及び第2原子の略中間位置を通る試料の垂線上に作用針が走査された状態で、作用針と試料との距離を制御して作用針を試料の表面と垂直な方向に走査し、次いで、試料の表面上の第1原子及び第2原子によって作用針に作用する相互作用に起因する物理量を検出し、検出された物理量の変化量を算出し、そして、算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定し、変化量が基準量を超えたと判定された場合に、第1原子及び第2原子の位置が交換されたと判断することとしたので、表面における原子の配列を確認することなく、2つの原子(試料の表面上の第1原子及び第2原子)の位置交換が完了したか否かを基準量に基づいて定量的に判断することができる。したがって、このような判断のもとに、原子を効率的に配列させて量子デバイスを作成することができる。
【0033】
本発明によれば、作用針がカンチレバーに設けられており、カンチレバーの周波数変化を物理量として検出する構成としたので、作用針及び試料表面の原子が導電性である必要がなく、すべての物質を原子操作の対象とすることができ、その適用範囲が極めて広い。
【0034】
本発明によれば、作用針と試料との間に流れる電流を物理量として検出する構成としたので、作用針及び試料が電流を検出できる材料系である場合、作用針に作用する力を検出する部分が必要でなくなることから、装置構成が比較的簡単であっても安定に測定でき、かつ装置を小さくすることができる。
【0035】
本発明によれば、作用針又は試料に光を照射して近接場光を生じさせ、作用針と試料との近接場相互作用に基づく散乱光のスペクトル分布及び強度を物理量として検出する構成としたので、検出された散乱光のスペクトル分布及び強度の変化量の大きさに基づいて、原子の交換が起こったか否かを判断することができる。
【0036】
本発明によれば、作用針と試料との間の静電容量を物理量として検出する構成としたので、検出された静電容量の変化量の大きさに基づいて、原子の交換が起こったか否かを判断することができる。
【0037】
本発明によれば、無秩序に分布している原子を操作し、ボトムアップアプローチにより目的の位置に原子を配置したり、逆に抜き出したりして、原子レベルでの配列を操作して所望の構造を有する量子デバイスを実現することができる。例えば、2種類以上の原子を複数個組み合わせて、特定の機能を有するデバイスや機能材料の探索に極めて有効である。さらに、薬学及び生命科学分野においては、機能性物質及び生体の原子種を交換して、その機能の変化を実際に確認することが可能となる。さらにまた、自己組織化の手法では作成できないような材料探索や、カンチレバー及び作用針をアレイ状又はマトリクス状に並べて本発明を実施することで、一度に大量の原子操作による材料作成及び評価が可能となり、効率よく新しい機能を有する材料を原子レベルで探索する、いわゆるコンビナトリアルの手法にも適用することが可能となる等、優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
以下、本発明をその実施の形態を示す図面に基づいて詳述する。
【0039】
図1乃至図4は本発明による量子デバイス作成方法の原理を説明するための図であり、本発明による量子デバイス作成方法は2つのパターンに大別される。
【0040】
(第1の方法:図1及び図2)
図1は作用針の先端原子40と表面原子50との相対位置を、図2(a)は先端原子40と表面原子50との間に作用する相互作用に基づく物理量を、図2(b)は物理量の変化量を、それぞれ示す。
【0041】
作用針の先端原子40を試料の表面原子50に近づけると(図1(a))、先端原子40と表面原子50との間に作用する相互作用(原子間力など)が大きくなり、相互作用に基づく物理量Q(力、周波数シフト、トンネル電流、近接場光及びキャパシタンスなど)が徐々に変化する(図2:領域A)。さらに、先端原子40を表面原子50に近づけると(図1(b))、物理量Qが急激に変化し(図2:領域B)、先端原子40と表面原子50とが交換される(図1(c))。
【0042】
このように、第1の方法では、表面原子50の略中心位置を通る試料の垂線上に作用針の先端原子40を走査した状態で、作用針(先端原子40)を試料の表面に近づける垂直走査を行なって、先端原子40と表面原子50とを交換する。原子の交換が完了したか否かは、図2(b)に示すように、物理量の変化量ΔQの大きさに基づいて判断する。つまり、交換前の系の状態と交換後の系の状態とが明確な相違として物理量に現れる。そこで、閾値ΔQthを設定しておき、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより大きい場合、原子の交換が生じたと判定し、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより小さい場合、原子の交換は起こっていないと判定する。
【0043】
(第2の方法:図3及び図4)
図3は作用針の先端原子40と表面原子50との相対位置を、図4(a)は先端原子40と表面原子50との間に作用する相互作用に基づく物理量を、図4(b)は物理量の変化量を、それぞれ示す。
【0044】
作用針の先端原子40を試料表面に沿って走査(水平走査)させ、試料表面上の第1原子50a及び第2原子50bの略中間位置を通る試料の垂線上に作用針の先端原子40を配置させた後に、作用針の先端原子40を試料表面に近づける(図3(a))。この走査によって、先端原子40と第1原子50a及び第2原子50bとの間に作用する相互作用が大きくなり、相互作用に基づく物理量Qが徐々に変化する(図4:領域A)。さらに、先端原子40を試料表面に近づけると(図3(b))、物理量Qが急激に変化し(図4:領域B)、先端原子40の下方の相隣する原子、つまり第1原子50aと第2原子50bとが交換される(図3(c))。
【0045】
このように、第2の方法では、試料表面上の相隣する第1原子及び第2原子の略中間位置を通る試料の垂線上に作用針の先端原子40を走査した状態で、作用針(先端原子40)を試料の表面に近づける垂直走査を行なって、第1原子50aと第2原子50bとを交換する。原子の交換が完了したか否かは、図4(b)に示すように、物理量の変化量ΔQの大きさに基づいて判断する。つまり、第1の方法と同様に、交換前の系の状態と交換後の系の状態とが明確な相違として物理量に現れることから、閾値ΔQthを設定しておき、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより大きい場合、原子の交換が生じたと判定し、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより小さい場合、原子の交換は起こっていないと判定する。
【0046】
図5は本発明に係る量子デバイス作成装置の構成例を示すブロック図である。
本発明に係る量子デバイス作成装置は、CPUで構成された制御部10を備えている。制御部10は、ROM11、RAM12、操作部13、判定部14、表示部15及びAFM20と接続され、これら各部を制御し、ROM11に予め格納されているコンピュータプログラムに従って種々の機能を実行し、各部と連携して又は単独で本発明における各種の手段として機能する。RAM12は、制御部10によるコンピュータプログラムの実行時に発生する一時的なデータを記憶するもので、例えばDRAM、SDRAMなどにより構成される。
【0047】
AFM20は、カンチレバー21、カンチレバー21の一端に取り付けられた作用針22、及びカンチレバー21の他端に取り付けられた加振部23、並びに、試料Sを載置するための試料台24、試料台24を3次元方向に操作するための垂直位置走査部25、及び水平位置走査部26から構成される走査ユニットと、変位検出部27、加振制御部28、周波数検出部29、垂直位置制御部30及び水平位置制御部31から構成される制御ユニットとを備えている。なお、走査ユニットは、真空チャンバー内に設けられており、作用針22の走査を超高真空中(10-9Pa)で行なえるようになっている。
【0048】
カンチレバー21は、その長さが100〜200μmの微小な板バネであって、国有の振動数(共振周波数)frにて振動し、その振動が作用針22に伝播する。共振周波数frは、概略、カンチレバー21のバネ定数k,作用針22の質量mを用いると、fr=1/2π×√(k/m)である。周波数変調方式では、共振周波数fr及び所定の振幅Rで作用針22を振動させた状態で試料Sに近づける。作用針22が試料Sの表面に近づいたとき、作用針22と試料Sの表面原子との間に力学的相互作用が作用する。このとき、カンチレバー21の共振周波数frが変化する(周波数シフトΔf)。周波数シフトΔfは、作用針22と試料Sの表面原子との間に引力が作用したときには負の値となり、斥力が作用したときには正の値となる。
【0049】
作用針22は、半導体の微細加工技術によって得た微細なものであって、例えば、長さが10μm、先端が数nmφの弧状のシリコンを用いる。もちろん、作用針22の材料については限定されるものではないが、例えば、表面観察用のシリコン製のものを用いる場合、作用針の表面に被覆されている酸化物及びゴミなどを除去することにより、より力学的相互作用の感度を高めて分解能を向上させることが好ましい。
【0050】
加振部23は、カンチレバー21に振動を与えて作用針22を振動させるためのもので、例えば、電圧を印加することで変位が生じる圧電体によって構成される。また、カンチレバー21の作用針取付部には作用針支持部が配されており、消耗品である作用針22を容易に取り付ける(取り替える)ことができるようになっている。
【0051】
垂直位置走査部25は、作用針22と試料Sとの垂直方向の位置、つまり試料表面に対して垂直方向の作用針22−試料S間の相対位置を変化させるためのものであり、例えば、電圧を印加することで変位が生じる圧電体からなる。水平位置走査部26は、作用針22と試料Sとの水平方向の位置、つまり試料表面に対して水平方向の作用針22−試料S間の相対位置を変化させるためのものであり、垂直位置走査部25と同様に圧電体からなる。圧電体の形態は、例えば、円筒形状のチューブスキャナ型、圧電体を一層又は複数層を重ね合わせたものである。
【0052】
本例では、試料台24に垂直位置走査部25と水平位置走査部26とが配置されているが、それぞれの方向で作用針22と試料Sとの相対位置を変化させることができるならば、いずれか一方又は両方を作用針22側に配置していてもかまわない。また、垂直位置走査部25と水平位置走査部26とが一体になっているが別体であってもよい。さらに、チューブスキャナ型では、水平走査信号に垂直走査信号を加算して水平位置走査部26に与えることで、水平位置走査部26を垂直位置走査部25として利用してもよい。さらにまた、加振部23を垂直位置走査部25として利用してもよい。
【0053】
加振制御部28は、作用針22の振動を制御するものであり、作用針22の振動振幅を一定にするモード(振動振幅一定モード)と、加振部23に与える信号の振幅を一定にするモード(加振一定モード)とがある。効率良く作用針22を加振するために移相器を用いるようにしてもよい。振動振幅の信号に利得(ゲイン)をかけ、加振部23に信号を与える方法、周波数検出部29と併用してPLLの発信器の信号を利用する方式などがあげられる。
【0054】
変位検出部27は、作用針22の変位を信号として検出するものであり、例えば、光源と分割された光検出器から構成され市販のAFMに利用されている光テコ方式(森田清三編著、「走査型プローブ顕微鏡:基礎と未来予測」丸善)、光ファイバーの干渉を利用する光干渉方式(D.Ruger et. al, Applied Physics Letters, Vol.55, p2588(1989))、作用針に水晶が配され水晶の微小な電流変化を電圧に変換するチューニング方式(P.Guthner et al, Applied Physics B, Vol.48, p.89(1989))、Qパルスセンサー方式(F.J.Giessibl, Applied Physics Letters, Vol.73)、作用針の変位が抵抗変化としてとらえられるピエゾ抵抗方式(F.J.Giessibl, Science, Vol.267, p68(1995))、作用針の変位が電圧変化として検出できるピエゾ圧電方式(J.Rychen et al, Review of Scientific Instrumrnts, Vol.70, p2765(1999))などを用いる。
【0055】
周波数検出部29は、作用針22の先端原子40と試料Sの表面原子50との間に作用する相互作用に基づく物理量である共振周波数の変化(周波数シフトΔf)を検出するものであり、例えば位相同期ループ(PLL)、インダクタとキャパシタとを用いた共振回路、各種フィルタなどを用いて構成する。
【0056】
先端原子40を表面原子50に接近させた場合、先端原子40と表面原子50との間に作用する相互作用によって、カンチレバー21の実効的なばね定数が変化して共振周波数が変化する。そこで、変位検出部27にて、作用針22(カンチレバー21の一端側)の変位量を検出し、検出された変位量に基づいて、作用針22と試料Sと相互作用によるカンチレバー21の共振周波数の変化量(周波数シフトΔf)を周波数検出部29にて検出する。
【0057】
垂直位置制御部30は、作用針22と試料Sとの相対位置変化のうち、試料Sと垂直方向の動きZ,ΔZを補正すべく、垂直位置走査部25に補正信号を与えてフィードバック制御を行なう。同様に、水平位置制御部31は、作用針22と試料Sとの相対位置変化のうち、試料Sと平行方向の動きX,ΔX及びY,ΔYを補正すべく、水平位置走査部26に補正信号を与えてフィードバック制御を行なう。
【0058】
操作部13は、量子デバイス作成装置を操作するためのものであり、ターゲット設定部13aと閾値設定部13bとを備える。本発明では、交換したい原子をターゲット設定部13aにて指定する。ターゲット設定部13aは、上述した第1の方法によって原子を交換する場合には、試料の表面原子を1つ指定する。一方、上述した第2の方法によって原子を交換する場合には、試料の表面原子を2つ指定する。また、閾値設定部13bでは、原子の交換が生じた場合の基準値である閾値ΔQthを設定するものであり、閾値ΔQthは、交換する原子の種類、試料の表面状態などに応じて適宜設定される。
【0059】
制御部10は、AFM20の周波数検出部29にて検出された周波数シフトΔfの変化量ΔQを算出する本発明に係る算出手段として機能し、判定部14は、制御部10によって算出された周波数シフトΔfの変化量ΔQが閾値ΔQthより大きいか否かを判定する。
【0060】
AFM20は、従来と同様、作用針22を試料表面に近づけた場合に作用針22と試料Sとの間に作用する相互作用を検出し、2次元的にマッピングした画像として出力することができるので、液晶ディスプレイ,CRTディスプレイなどの表示部15にて、試料Sの表面状態、すなわち表面における原子の配列を表示することも可能であるが、本発明では、表面における原子の配列を表示部15に表示することなく、設定した閾値ΔQthに基づいて、物理量(ここでは周波数シフトΔf)の変化量ΔQが閾値ΔQthより大きい場合、原子の交換が生じたと判定し、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより小さい場合、原子の交換は起こっていないと判定する。
【0061】
次に、上述した量子デバイス作成装置を用いて量子デバイスを作成する方法について説明する。
【0062】
(第1の方法)
図6は本発明に係る量子デバイス作成方法(第1の方法)の概念図である。
第1の方法では、表面上の原子の種類が異なる2つの基板70a,70bを用意する。一方の基板70aの表面上には第1原子50aが配置されており、他方の基板70bの表面上には第2原子50bが配置されている。先ず、基板70aの表面上の第1原子50a(基板70aの表面上のいずれの原子であってもよい)の上方に作用針22を走査させる。このとき作用針22の先端には先端原子40が付着されているものとする(図6(a))。
【0063】
次いで、作用針22を基板70aの表面と垂直方向に走査して、先端原子40を第1原子50aに近づける。この走査の際、量子デバイス作成装置は、物理量(周波数シフト)を検出し、さらに検出された物理量から、物理量の変化量ΔQを算出し、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより大きいか否かを判定する。そして、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより大きくなった場合、先端原子40と第1原子50aとの位置交換が生じたと判断する(図6(b))。
【0064】
そして、作用針22を基板70aから遠ざけ、基板70bの表面上の複数の第2原子のうちから、作用針22の先端に付着している第1原子50aと交換したい第2原子50bを交換ターゲットとして設定する。この設定に基づいて、基板70bの表面上の第2原子50bの上方に作用針22を走査させる。このとき作用針22の先端には第1原子50aが付着されている(図6(c))。
【0065】
さらに、作用針22を基板70bの表面と垂直方向に走査して、第1原子50aを第2原子50bに近づける。この走査の際、量子デバイス作成装置は、上述と同様に、物理量(周波数シフト)を検出し、さらに検出された物理量から、物理量の変化量ΔQを算出する。そして、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより大きいか否かを判定し、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより大きくなった場合、第1原子50aと第2原子50bとの位置交換が生じたと判断する(図6(d))。
【0066】
図7は本発明に係る量子デバイス作成装置によって算出された周波数シフトを示すグラフ、図8は原子操作前の基板表面の原子の配列を示す画像、図9は原子操作後の基板表面の原子の配列を示す画像である。図8及び図9において、明るい輝点がSn原子、暗い輝点はSi原子を示す。図7に示すように、作用針22の先端に付着したSnと基板上のSi原子との距離Zが略1Åになった場合、周波数シフトΔfが急激に変化していることが分かった。また、図9に示すように、図8と比較して、Si原子55を引き抜き、引き抜いたSi原子55をSn原子56の位置に挿入されていることが分かる。
【0067】
なお、周波数シフトは、交換する原子の種類、試料の表面状態などに応じて異なり、例えば、図7に示したSn原子とSi原子とが逆の状態、すなわち、作用針22の先端にSi原子が付着した状態で基板上のSn原子と交換させる場合、周波数シフトのグラフの形状は図10のようになる。図10を図7と比較すると、Sn原子とSi原子との距離Zが略2Åに近づくまでは略同一の形状を示しているが、距離Zが略2Åより小さくなると、グラフ形状が相違していることが分かる。これは、原子の交換プロセスが、作用針及び基板などを構成する原子からの影響を受けるため、単に交換対象の2つの原子のみによって決定されるものではないと推定される。そこで、作用針及び基板などを構成する原子からの影響を予め考慮し、交換が完了したか否かの判定に用いる閾値Qthを、マージンを取って設定することにより、本発明を様々な状態において適用することが可能である。
【0068】
このようにして、基板70bの第2原子50bの位置に第1原子50aが挿入される。図6(a)〜図6(d)の操作を繰り返すことによって、所望の構造を有する量子デバイスを作成することができる。AFM20は、試料Sの表面状態、すなわち表面における原子の配列を表示部15に表示して、先端原子40及び第1原子50aの交換、第1原子50a及び第2原子50bの交換を確認することも可能であるが、本例のように、閾値ΔQthに基づいて、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより大きい場合に原子の交換が生じたと判定することによって、作業者が交換を視認することなく、原子の交換処理を順次行なうことができるので、量子デバイスの作成に要する時間を短縮することができる。また、交換の都度、原子の配列を確認する必要がなくなるので、作業者の負担を削減することができる。特に、原子を操作してボトムアップアプローチにより量子デバイスを作成する場合には、原子の交換回数が極めて多くなることから、本例のような交換発生の有無を判断することが極めて有効である。
【0069】
(第2の方法)
図11は本発明に係る量子デバイス作成方法(第2の方法)の概念図である。
第2の方法では、表面上に複数種類の原子が表出されている基板70を用意する。
基板70の表面上には複数の第1原子及び複数の第2原子が配置されており、基板70の表面上の複数の第1原子及び複数の第2原子のうちから、互いに交換させたい第1原子50a及び第2原子50bをターゲットとして設定する。なお、設定する2つのターゲットは、隣接する原子であるものとする。そして、ターゲットとして設定した第1原子50a及び第2原子50bの略中間の上方に作用針22を走査させる。このとき作用針22の先端には先端原子40が付着されているものとし、先端原子40は上述した図6の場合と異なり作用針22の操作によって第1原子50a及び第2原子50bのそれぞれに作用する相互作用の起点となるものであって、先端原子40が交換対象となるものではない(図11(a))。
【0070】
次いで、作用針22を基板70の表面と垂直方向に走査して、先端原子40を第1原子50a及び第2原子50bの中間位置(谷間)に近づける。この走査の際、量子デバイス作成装置は、物理量(周波数シフト)を検出し、さらに検出された物理量から、物理量の変化量ΔQを算出し、物理量の変化量ΔQが閾値Qthより大きいか否かを判定する。そして、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより大きくなった場合、第1原子50aと第2原子50bとの位置交換が生じたと判断する(図11(b))。
【0071】
そして、作用針22を基板70から遠ざけ、基板70の表面上の複数の第1原子及び複数の第2原子のうちから、互いに交換させたい第1原子50a及び第2原子50bをターゲットとして設定する。そして、ターゲットとして設定した第1原子50a及び第2原子50bの略中間の上方に作用針22を走査させる。(図11(c))
【0072】
さらに、作用針22を基板70の表面と垂直方向に走査して、先端原子40を第1原子50a及び第2原子50bに近づける。この走査の際、量子デバイス作成装置は、上述と同様に、物理量(周波数シフト)を検出し、さらに検出された物理量から、物理量の変化量ΔQを算出する。そして、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより大きいか否かを判定し、物理量の変化量ΔQが閾値ΔQthより大きくなった場合、第1原子50aと第2原子50bとの位置交換が生じたと判断する(図11(d))。
【0073】
図12は本発明に係る量子デバイス作成装置によって算出された周波数シフトを示すグラフ、図13は原子操作前の基板表面の原子の配列を示す画像、図14は原子操作後の基板表面の原子の配列を示す画像である。図13及び図14において、明るい輝点がSn原子、暗い輝点はSi原子を示す。図12に示すように、作用針22の先端の先端原子と、Sn原子57及びSi原子58との距離Zが略3Åになった場合、周波数シフトΔfが急激に変化していることが分かった。また、図14に示すように、図13と比較して、ターゲットとして設定したSn原子57とSi原子58との位置(矢印の領域)が交換されていることが分かる。なお、図12においては、周波数シフト曲線が上側(正の向き)へジャンプしているが、逆、すなわち下側(負の向き)へジャンプする場合もある。
【0074】
このような原子交換処理を実行して、基板70の第1原子50a(Sn原子57)と第2原子50b(Si原子58)との位置を交換する。図11(a)〜図11(d)の操作を繰り返すことによって、所望の構造を有する量子デバイスを作成することができる。第2の方法の場合も、第1の方法と同様、作業者が交換を視認することなく、原子の交換処理を順次行なうことができるので、量子デバイスの作成に要する時間を短縮することができるなどの効果を有する。
【0075】
次に、第1の方法と第2の方法との相違について説明する。
第1の方法では、作用針22の先端原子40及び第1原子50aを交換する処理と、第1原子50a及び第2原子50bを交換する処理との2つの処理で、基板70aの所望の位置に第1原子50aを配置することができる。一方、第2の方法では、相隣する第1原子50a及び第2原子50bの略中間位置の上方で作用針22を垂直走査することによって第1原子50aと第2原子50bとを交換することから、第1原子を配置したい位置の隣に、第1原子50aが存在しない場合は、水平走査による原子の交換処理を繰り返す必要がある。ただし、第1原子を配置したい位置の近傍に、第1原子50aが存在する場合は、1回の垂直走査によって第1原子50aを目的の位置に配置することができる。
【0076】
上述したように、相隣する2つの原子を交換する場合、第1の方法を用いれば2回の交換処理が必要であり、第2の方法を用いれば1回の交換処理で済むことから、第2の方法が好ましい。また、2つ隣りの位置の原子を交換する場合、第1の方法及び第2の方法ともに2回の交換処理が必要であり、どちらの方法であっても大差がない。さらに、N個(N>3)以上隣りの位置の原子を交換する場合、第2の方法を用いればN回の交換処理が必要であるが、第1の方法を用いれば2回の交換処理で済むことから、第1の方法が好ましい。つまり、交換したい原子の互いの位置関係に応じて第1の方法と第2の方法とを使い分けることによって、さらに、量子デバイスの作成に要する時間を短縮することができる。また、第1の方法は、第2の方法では移動が無理な場合、例えばステップを越えた移動や、その他原子間のポテンシャルが高く移動が困難な場合に有効である。
【0077】
なお、作用針の表面上の原子(蒸着してもよいし、作用針そのものの材料でも良い)をインクのように利用してもよい。例えば、図15に示すように、基板70の原子50aと交換させたい原子50bを作用針22の表面に蒸着し、蒸着した作用針22を基板70の表面に近づける(図15(a))。これにより、第1の方法と同様にして、原子50aと原子50bとが交換され、基板70の目的の位置に原子50bを配置することができる(図15(b))。さらに、次のターゲットの位置に作用針22を移動させ(図15(c))、原子50aと原子50bとを交換させる(図15(d))。これを繰り返すことによって、基板70上に原子50bの文字を形成することができる。このように、作用針22の表面上の原子50bをあたかもインクのように用いることができる。
【0078】
ところで、第1の方法では基板70b、第2の方法では基板70の表面上の原子に着目すれば、所望の位置に原子を配置できたことになるので、本発明をドーパント原子に利用することで、半導体LSI上に規則的にドーパント原子が配列された状態を作成することができる。なお、作成後は低温プロセスでカバーすればよい。さらに、Kaneが提唱し、開発が行なわれているシリコン量子コンピュータの作成に利用することが可能となる。このように、本発明に係る量子デバイス作成方法は、数世代先の量子デバイスを作成する重要な技術となる。特に集積化が可能なKane型量子コンピュータ(例えば、B.E.ケーン(B.E.Kane)、「シリコンベースの核スピン量子コンピュータ(A silicon-based nuclear spin quantum computer)」、ネイチャ(Nature)、1998年5月、第393巻、p.133−137参照)の実現には、本手法で作成する方法が極めて有効である。
【0079】
なお、量子デバイス作成装置として、図5に示したように、制御部10がAFM20の周波数検出部29にて検出された周波数シフトΔfの変化量ΔQを算出し、判定部14が、制御部10によって算出された周波数シフトΔfの変化量ΔQが閾値ΔQthより大きいか否かを判定することによって、原子の交換が完了したか否かを判断する形態について説明したが、トンネル電流、近接場光及びキャパシタンスのような物理量の変化量に基づいて、原子の交換が完了したか否かを判断してもよい。
【0080】
図16は本発明に係る量子デバイス作成装置の他の構成例を示すブロック図である。
本発明に係る量子デバイス作成装置は、CPUで構成された制御部10を備えている。制御部10は、ROM11、RAM12、操作部13、判定部14、表示部15及びSTM120と接続されている。STM120は、作用針22と、試料Sを載置するための試料台24と、試料台24を3次元方向に駆動制御する垂直位置走査部25及び水平位置走査部26とを備えている。さらに、STM120は、電圧印加/電流検出部121と垂直位置制御部30及び水平位置制御部31とを備えている。
【0081】
電圧印加/電流検出部121によって作用針22と試料Sとの間に電圧を印加するとともに、作用針22を試料Sの表面に接近させ、作用針22と試料Sとの間に流れるトンネル電流を電圧印加/電流検出部121にて検出する。作用針22と試料Sとに働く相互作用の大きさに応じて、トンネル電流の大きさが決定されることから、電圧印加/電流検出部121にて検出されたトンネル電流の値によって作用針22と試料Sとに働く相互作用を推定することができる。特に、本例でも、上述と同様に、トンネル電流の変化量ΔQが急激に変化した場合に原子の交換がなされたと判断する。その他の構成は、図5と同様であるので、対応する部分には同一の符号を付してその詳細な説明を省略する。
【0082】
図17は本発明に係る量子デバイス作成装置の他の構成例を示すブロック図である。
本発明に係る量子デバイス作成装置は、CPUで構成された制御部10を備えている。制御部10は、ROM11、RAM12、操作部13、判定部14、表示部15及び近接場光学顕微鏡(NSOM:Near-field Scanning Optical Microscopy)220と接続されている。NSOM220は、作用針22と、試料Sを載置するための試料台24と、試料台24を3次元方向に駆動制御する垂直位置走査部25及び水平位置走査部26とを備えている。さらに、NSOM220は、レーザ221、偏光素子222、第1ハーフミラー223、レンズ224、光ファイバ225、第2ハーフミラー226、分光素子227、検出部228、垂直位置制御部30及び水平位置制御部31を備えている。
【0083】
レーザ221から照射された光は、偏光素子222によって偏光され、第1ハーフミラー223へ導光される。第1ハーフミラー223を直進した光は、レンズ224によって集光され、光ファイバ225の一端側へ導光される。光ファイバ225の他端側は作用針22に接続されている。作用針22の先端は微小な開口部22aを有しており、開口部22aを通じて試料Sに光を照射する。試料S自体の構造によって、試料Sの表面には、その特徴的なサイズ程度に局在した近接場が存在しており、作用針22と試料Sとの近接場相互作用に基づいて散乱光が生じる。なお、開口部22aの直径が空間分解能(すなわち距離分解能)となることから、化学的エッチングなどを行なうことによって作用針22の先鋭化を図ることが好ましい。
【0084】
散乱光は、光ファイバ225を通じて、レンズ224に導光される。そして、散乱光は、レンズ224にて集光され、第1ハーフミラー223及び第2ハーフミラー226の表面で反射され、その進行方向が変えられて分光素子227へ導光される。分光素子227によって分光された散乱光は、検出部228にて検出される。作用針22と試料Sとの距離に応じて、その近接場相互作用の大きさが決定されることから、検出部228にて検出された散乱光のスペクトル分布及び強度によって、作用針22と試料Sとに働く相互作用の大きさを推定することができる。特に、本例でも、上述と同様に、散乱光のスペクトル分布及び強度の変化量ΔQが急激に変化した場合に原子の交換がなされたと判断する。その他の構成は、図5と同様であるので、対応する部分には同一の符号を付してその詳細な説明を省略する。
【0085】
なお、図17では、試料Sに近接場照射するとともに、近接場相互作用に基づいて生じた散乱光を集光する場合に作用針22の開口部22aを利用するIllumination-Collection(I-C)モードの例について説明したが、試料Sに近接場照射する場合に作用針22の開口部22aを利用するIllumination(I)モード、近接場相互作用に基づいて生じた散乱光を集光する場合に作用針22の開口部22aを利用するCollection(C)モードであってもよい。
【0086】
図18は本発明に係る量子デバイス作成装置の他の構成例を示すブロック図である。
本発明に係る量子デバイス作成装置は、CPUで構成された制御部10を備えている。制御部10は、ROM11、RAM12、操作部13、判定部14、表示部15及び走査型キャパシタンス顕微鏡(SCM:Scanning Capacitance Microscopy)320と接続されている。SCM320は、作用針22と、試料Sを載置するための試料台24と、試料台24を3次元方向に駆動制御する垂直位置走査部25及び水平位置走査部26とを備えている。さらに、SCM320は、バイアス電源321、交流電源322、静電容量検出部323、ロックインアンプ324、垂直位置制御部30及び水平位置制御部31を備えている。
【0087】
バイアス電源321及び交流電源322を用いて、作用針22と試料Sとの間にオフセットされた交流電圧を印加する。そして、作用針22と試料Sとの間の静電容量を静電容量検出部323にて検出し、静電容量の変化量をロックインアンプ324にて検出する。そして、本例でも、上述と同様に、作用針22と試料Sとの間の静電容量の変化量ΔQが急激に変化した場合に原子の交換がなされたと判断する。その他の構成は、図5と同様であるので、対応する部分には同一の符号を付してその詳細な説明を省略する。
【0088】
上述した各構成の量子デバイス作成装置を用いて、実施の形態と同様の方法を行って2つの原子を交換して量子デバイスを作成することができるが、その方法は、実施の形態と同様であるため、その詳細な説明を省略する。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】量子デバイス作成方法(第1の方法)の原理を説明するための図である。
【図2】量子デバイス作成方法(第1の方法)の原理を説明するための図である。
【図3】量子デバイス作成方法(第2の方法)の原理を説明するための図である。
【図4】量子デバイス作成方法(第2の方法)の原理を説明するための図である。
【図5】本発明に係る量子デバイス作成装置の構成例を示すブロック図である。
【図6】本発明に係る量子デバイス作成方法(第1の方法)の概念図である。
【図7】本発明に係る量子デバイス作成装置によって算出された周波数シフトを示すグラフである。
【図8】原子操作前の基板表面の原子の配列を示す画像である。
【図9】原子操作後の基板表面の原子の配列を示す画像である。
【図10】周波数シフトを示すグラフである。
【図11】本発明に係る量子デバイス作成方法(第2の方法)の概念図である。
【図12】本発明に係る量子デバイス作成装置によって算出された周波数シフトを示すグラフである。
【図13】原子操作前の基板表面の原子の配列を示す画像である。
【図14】原子操作後の基板表面の原子の配列を示す画像である。
【図15】本発明に係る量子デバイス作成方法(第1の方法)の他の一例の概念図である。
【図16】本発明に係る量子デバイス作成装置の他の構成例を示すブロック図である。
【図17】本発明に係る量子デバイス作成装置の他の構成例を示すブロック図である。
【図18】本発明に係る量子デバイス作成装置の他の構成例を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0090】
10 制御部
13 操作部
13a ターゲット設定部
13b 閾値設定部
14 判定部
20 AFM
21 カンチレバー
22 作用針
23 加振部
27 変位検出部
28 加振制御部
29 周波数検出部
30 垂直位置制御部
31 水平位置制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つの原子の位置交換を繰り返すことによって量子デバイスを作成する量子デバイス作成装置であって、
作用針を試料の表面と水平な方向に走査する水平走査手段と、
前記作用針を前記試料の表面と垂直な方向に走査する垂直走査手段と、
作用針の先端原子及び試料の表面原子の距離に基づく相互作用に起因する物理量を検出する検出手段と、
検出された物理量の変化量を算出する算出手段と、
算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定する判定手段と
を備え、
前記垂直走査手段は、前記水平走査手段によって、前記表面原子の略中心位置を通る前記試料の垂線上に前記作用針が走査された状態で、前記作用針を前記試料の表面と垂直な方向に走査し、
前記判定手段にて前記変化量が基準量より大きいと判定された場合に、前記表面原子及び前記先端原子の位置が交換されたと判断するようにしてあること
を特徴とする量子デバイス作成装置。
【請求項2】
2つの原子の位置交換を繰り返すことによって量子デバイスを作成する量子デバイス作成装置であって、
作用針を試料の表面と水平な方向に走査する水平走査手段と、
前記作用針を前記試料の表面と垂直な方向に走査する垂直走査手段と、
前記試料の表面上の第1原子及び第2原子によって前記作用針に作用する相互作用に起因する物理量を検出する検出手段と、
検出された物理量の変化量を算出する算出手段と、
算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定する判定手段と
を備え、
前記垂直走査手段は、前記水平走査手段によって、前記第1原子及び前記第2原子の略中間位置を通る前記試料の垂線上に前記作用針が走査された状態で、前記作用針を前記試料の表面と垂直な方向に走査し、
前記判定手段にて前記変化量が基準量より大きいと判定された場合に、前記第1原子及び前記第2原子の位置が交換されたと判断するようにしてあること
を特徴とする量子デバイス作成装置。
【請求項3】
前記作用針が配されたカンチレバーを備え、
前記検出手段は、
前記物理量として前記カンチレバーの周波数変化を検出するようにしてあること
を特徴とする請求項1又は請求項2に記載の量子デバイス作成装置。
【請求項4】
前記検出手段は、
前記物理量として前記作用針と前記試料との間に流れる電流を検出するようにしてあること
を特徴とする請求項1又は請求項2に記載の量子デバイス作成装置。
【請求項5】
前記作用針又は前記試料に光を照射して近接場光を生じさせる照射部を備え、
前記検出手段は、
前記物理量として前記作用針と前記試料との近接場相互作用に基づく散乱光のスペクトル分布及び強度を検出するようにしてあること
を特徴とする請求項1又は請求項2に記載の量子デバイス作成装置。
【請求項6】
前記検出手段は、
前記物理量として前記作用針と前記試料との間の静電容量を検出するようにしてあること
を特徴とする請求項1又は請求項2に記載の量子デバイス作成装置。
【請求項7】
2つの原子の位置交換を繰り返すことによって量子デバイスを作成する量子デバイス作成方法であって、
試料の表面原子の略中心位置を通る試料の垂線上に作用針を走査するステップと、
該ステップで前記作用針が走査された状態で、前記作用針を前記試料の表面と垂直な方向に走査するステップと、
作用針の先端原子及び試料の表面原子の距離に基づく相互作用に起因する物理量を検出するステップと、
検出された物理量の変化量を算出するステップと、
算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定するステップと
を含み、
前記変化量が基準量より大きいと判定された場合に、前記表面原子及び前記先端原子の位置が交換されたと判断すること
を特徴とする量子デバイス作成方法。
【請求項8】
2つの原子の位置交換を繰り返すことによって量子デバイスを作成する量子デバイス作成方法であって、
試料の表面上の第1原子及び第2原子の略中間位置を通る試料の垂線上に作用針を走査するステップと、
該ステップで前記作用針が走査された状態で、前記作用針を前記試料の表面と垂直な方向に走査するステップと、
前記第1原子及び前記第2原子によって前記作用針に作用する相互作用に起因する物理量を検出するステップと、
検出された物理量の変化量を算出するステップと、
算出された変化量が基準量より大きいか否かを判定するステップと
を含み、
前記変化量が基準量より大きいと判定された場合に、前記第1原子及び前記第2原子の位置が交換されたと判断すること
を特徴とする量子デバイス作成方法。
【請求項9】
請求項7又は請求項8に記載の量子デバイス作成方法で原子を操作してボトムアップアプローチにより作成されたこと
を特徴とする量子デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2007−175846(P2007−175846A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−379825(P2005−379825)
【出願日】平成17年12月28日(2005.12.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度文部科学省、研究テーマ「科学技術総合研究委託 戦略的研究拠点育成 フロンティア研究拠点構想」に関する委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)