説明

量子ドット複合体、量子ドット複合体含有ベシクル及びこれらの製造方法

【課題】蛍光イメージングによる位置特定と、生体組織に対する高効率な薬剤放出機構とを備え、かつ煩雑な合成プロセスを伴うことなく得られる量子ドット複合体、量子ドット複合体含有ベシクルを提供する。
【解決手段】半導体ナノ粒子からなるコア部12と該コア部12の表面にポリマーが結合してなるシェル部14とを備え、かつ表面に反応活性基を備える量子ドット10と、該量子ドット10の表面の反応活性基に結合された生体関連分子20とを備える量子ドット複合体1よりなる。さらに、リン脂質二重層で構成されるベシクルの層内及び表面の双方またはいずれかに量子ドット複合体1を含有することよりなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子ドット複合体、量子ドット複合体含有ベシクル及びこれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体ナノ結晶からなる量子ドットは、電子・光デバイスやライフサイエンスをはじめとする様々な技術分野で注目を集める材料である。量子ドットは、非常に高いモル吸光係数と蛍光量子収率を有し、吸収スペクトルと蛍光スペクトルは、量子ドットの粒子サイズに依存して、容易にチューニングでき、蛍光スペクトルでは、紫外域から赤外域にわたってシャープなスペクトル特性を示す。さらに、量子ドットは優れた光退色耐性と光/化学分解耐性を示す等、既知の蛍光材料にはない特徴を有している。
【0003】
これまで、バイオイメージングにおいては、一般に有機蛍光色素が利用され、その光退色が長時間観測を妨げる要因となっていた。量子ドットを用いれば、この問題を克服でき、さらに、量子ドットは粒子サイズに依存して異なる波長の蛍光を発することから、生体組織内に異なるサイズの量子ドットを導入することで、単一励起波長において同時に生体分子の多色観察を行うことができる。
【0004】
量子ドットを構成する材料として、セレン化カドミウム(CdSe)、硫化カドミウム(CdS)、テルル化カドミウム(CdTe)、硫化亜鉛(ZnS)等が使用されており、これらは生体系への有害性が懸念されてきた。加えて、量子ドットは、優れた蛍光特性を示すものの、そのままではタンパク質、糖質、核酸等の生体分子と融合させることができない。
【0005】
そこで、量子ドットの表面を種々の親水性の有機分子やポリマーで被覆し、無害化処理した生体適合型の量子ドットが提案されている(非特許文献1、2)。このような量子ドットの表面には、カルボキシル基、アミノ基、システイン基等が導入されており、これらの官能基を利用することで、タンパク質(酵素、ホルモン、受容体、成長因子、抗体)、核酸(DNAやRNA)、糖質、オリゴペプチド、オリゴヌクレオチド等の生体分子と化学結合できる。
【0006】
一方、リン脂質分子は、自己組織化によって脂質二重層(リン脂質二重層)を形成し、細胞膜の主要な構成要素となる他、細胞膜内外の物質移動に用いられる小さな脂質ベシクル(リポソーム)を形成する。ベシクルは、微小な水相をリン脂質二重層が包み込んだカプセル状の構造体であり、その内孔には、抗がん剤等の種々の化学物質を内包することができる。このため医薬、食品、化粧品産業における有効な技術ツールとして、また、次世代のナノ・マイクロスケールのドラックデリバリーシステムやバイオチップの構成要素としての応用が期待されている。近年では、基板上にベシクルを高密度に固定化したマイクロアレイを作製し、アトリットル(1aL=10−18L)スケールの分子を、ハイスループットで検査するライブラリ基板用の作製ツールが提案されている(非特許文献3)。
【0007】
これらのバイオシステムにおいて、ベシクルは薬物を内包するベッセル、もしくは薬物を運搬するキャリアの役割を担うが、その際、ベシクルの位置を特定するために、ベシクルを蛍光標識化する必要がある。通常、その手段として、蛍光色素でラベル化されたリン脂質分子を、ベシクルに挿入する手法が用いられる(非特許文献4、5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Z.Zhelevら、「アナリティカル・ケミストリー(Analytical Chemistry)」、第78巻、2006年、第321−330頁
【非特許文献2】K.Susumuら、「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(Journal of American Chemical Society)」、第129巻、2007年、第13987−13996頁
【非特許文献3】D.Stamouら、「アンゲヴァンテ・ ケミィ・インターナショナル・エディション(Angewandte Chemie International Edition)」、第42巻、2003年、第5580−5583頁
【非特許文献4】J.W.Nichols、「バイオケミストリー(Biochemistry)」、第24巻、1985年、第6390−6398頁
【非特許文献5】Y.Liら、「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(Journal of American Chemical Society)」、第130巻、2008年、第12252−2253頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、有機蛍光色素等の既存の蛍光色素化合物は、光退色に問題があり、ベシクルの動的・静的な挙動を長時間にわたって観測する系には適していない。蛍光色素ラベル化リン脂質分子は、強い光照射により、光/化学分解を生じる欠点があり、ベシクルは、この光/化学分解に伴い、不安定化して、その構造が崩壊してしまう可能性がある。特にドラックデリバリーシステムでは、ベシクルが崩壊すると、内包する化学物質が目的外の位置で放出されてしまうため、その用途には利用できない。
加えて、蛍光色素化合物に代えて量子ドットで蛍光ラベル化しようとしても、ベシクルのリン脂質二重層に量子ドットを取り込むのが困難であった。
さらに、ベシクルをドラックデリバリーやバイオチップシステムに利用する場合には、内包する薬剤を生体分子に対して、高効率に作用させる機構が要求される。
【0010】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、蛍光イメージングによる位置特定と、生体組織に対する高効率な薬剤放出機構とを備え、かつ煩雑な合成プロセスを伴うことなく得られる量子ドット複合体、量子ドット複合体含有ベシクル及びこれらの製造方法を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の量子ドット複合体は、半導体ナノ粒子からなるコア部と該コア部の表面にポリマーが結合してなるシェル部とを備え、かつ表面に反応活性基を備える量子ドットと、該量子ドットの表面の反応活性基に結合された生体関連分子とを備えることを特徴とする。
前記生体関連分子は、リン脂質であることが好ましい。
【0012】
本発明の量子ドット複合体の製造方法は、前記の本発明の量子ドット複合体の製造方法であって、前記量子ドットの表面の反応活性基に、前記生体関連分子の反応活性基を結合することを特徴とする。
【0013】
本発明の量子ドット複合体含有ベシクルは、リン脂質からなる脂質二重層がカプセル状に形成され、前記の本発明の量子ドット複合体が、前記脂質二重層の層内及び表面の双方又はいずれか一方に含有されてなることを特徴とする。
前記のカプセル状に形成された脂質二重層で化学物質が内包されていてもよく、前記脂質二重層は、その表面にポリエーテル鎖を備えることが好ましく、前記ポリエーテル鎖は、末端に生体分子と結合可能な官能基を備えることがより好ましい。
【0014】
本発明の量子ドット複合体含有ベシクルの製造方法は、半導体ナノ粒子からなるコア部と該コア部の表面にポリマーが結合してなるシェル部とを備え、かつ表面に反応活性基を備える量子ドットと、生体関連分子とを、前記量子ドットの表面の反応活性基と前記生体関連分子の反応活性基との化学結合により結合させ量子ドット複合体を得る第一の工程と、得られた量子ドット複合体とリン脂質とを分散媒に分散させ、前記分散媒を除去して量子ドット複合体を含むリン脂質を薄膜化した後、水溶液中でリン脂質をカプセル化する第二の工程とを有することを特徴とする。
前記第二の工程は、さらに化学物質を添加してもよく、前記第二の工程は、さらに末端に生体分子と結合可能な官能基を備えるポリエーテル鎖が導入されたリン脂質を添加して分散液とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の量子ドット複合体、量子ドット複合体含有ベシクルによれば、煩雑な合成プロセスを伴うことなく、蛍光イメージングによる位置特定ができ、生体組織に対する薬剤放出機構の高効率化が図れる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態にかかる量子ドット複合体の断面図である。
【図2】(a)本発明の一実施形態にかかる量子ドット複合体含有ベシクルの断面図である。(b)(a)の部分拡大図である。
【図3】本発明の一実施形態にかかる量子ドット複合体含有ベシクルの断面図である。
【図4】本発明の一実施形態にかかる量子ドット複合体含有ベシクルの断面図である。
【図5】本発明の一実施形態にかかる量子ドット複合体含有ベシクルの断面図である。
【図6】実施例1、2の量子ドット複合体における吸収スペクトル測定の結果を示すグラフである。
【図7】実施例1、2の量子ドット複合体における蛍光スペクトルの測定結果を示すグラフである。
【図8】(a)実施例1の量子ドット複合体における動的光散乱の測定結果を示すグラフである。(b)参考品である量子ドット525における動的光散乱の測定結果を示すグラフである。
【図9】(a)実施例1の量子ドット複合体の原子間力顕微鏡での観察結果を示す写真である。(b)(a)で観察された粒子の粒径の測定結果を示すグラフである。(c)(a)で観察された粒子の粒径の測定結果を示すグラフである。
【図10】(a)参考品である量子ドット525の原子間力顕微鏡での観察結果を示す写真である。(b)(a)で観察された粒子の粒径の測定結果を示すグラフである。(c)(a)で観察された粒子の粒径の測定結果を示すグラフである。
【図11】実施例5の量子ドット複合体含有ベシクルの共焦点レーザー蛍光顕微鏡の観察結果を示す写真である。
【図12】(a)実施例5の量子ドット複合体含有ベシクルの原子間力顕微鏡での観察結果を示す写真である。(b)ベシクルの膜厚の測定結果を示すグラフである。(c)(a)で観察されたドット構造の粒径の測定結果を示すグラフである。
【図13】(a)実施例5の量子ドット複合体含有ベシクルの原子間力顕微鏡での観察結果を示す写真である。(b)(a)で観察されたドット構造の粒径の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(量子ドット複合体)
本発明の量子ドット複合体の一例について、以下に図面を参照しながら説明する。図1に示すように、量子ドット複合体1は、量子ドット10と、量子ドット10の表面に結合された生体関連分子20とを備えるものである。
【0018】
<量子ドット>
量子ドット10は、半導体ナノ粒子からなるコア部12と、該コア部12の表面にポリマーが結合してなるシェル部14とを備え、かつ表面に反応活性基を備えるものである。
コア部12である半導体ナノ粒子は、半導体のナノメートルサイズの微粒子であり、量子閉じ込め効果を有する発光材料である。半導体ナノ粒子としては、金属元素と、非金属元素又は遷移金属元素を組み合わせたものが挙げられ、例えば、セレン化カドミウム(CdSe)、硫化カドミウム(CdS)、テルル化カドミウム(CdTe)、硫化亜鉛(ZnS)等のIIB−VIB族のもの、インジウムリン(InP)、ガリウムリン(GaP)等のIIIB−VB族のもの等が挙げられる。
【0019】
シェル部14を構成するポリマーとしては、後述する生体関連分子20の反応活性基と結合する反応活性基を備えるものであればよく、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリアクリルアミド、ポリメタクリレート等の生体適合型ポリマーに、カルボキシル基やアミノ基を反応活性基として備えるポリマーが挙げられる。中でも、生体関連分子20としてリン脂質を用いる場合には、カルボキシル基を反応活性基として備えるポリマーが好ましく、カルボキシル基を反応活性基として備えるPEGがより好ましい。
コア部12の半導体ナノ粒子は、溶液中で凝集しやすく取り扱いが困難であると共に、人体への健康被害や環境に対する毒性が懸念されるものである。量子ドット10は、生体親和性の高いポリマーで構成されるシェル部14を備えることで、無害化され、医療、バイオテクノロジー分野等で汎用的に用いることができる。
加えて、量子ドット10は、シェル部14の表面に、カルボキシル基等の反応活性基が導入されていることで、生体関連分子20を量子ドット10表面に直接化学結合させた、量子ドット複合体1を作製することができる。
【0020】
量子ドット10は、コア部12の半導体ナノ粒子のサイズによって、発光波長が著しく変化する。通常、バイオイメージングでは、可視域の波長を利用するため、コア部12のサイズとしては、可視域に発光を示す1〜20nm程度のものが好ましい。また、シェル部14の厚みは特に限定されないが、1〜30nm程度のものが好ましい。
【0021】
<生体関連分子>
生体関連分子20は、生体中に存在する分子及びその誘導体である。生体関連分子20としては、例えば、リン脂質、一本鎖もしくは二本鎖DNA又はRNA等の核酸、ポリペプチド、オリゴペプチド、糖等が挙げられ、中でも、リン脂質が好ましい。
【0022】
リン脂質は、その疎水部のアシル鎖長、アシル鎖内の二重結合の有無、さらにその二重結合の部位と数は特に限定されない。ただし、リン脂質の親水頭部は、量子ドット10表面にあるカルボキシル基等の活性反応基と化学結合が可能な、ホスファエタノールアミン(PE)を備える構造が好ましい。このようなリン脂質としては、下記(I)式で表される1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスファエタノールアミン(DOPE)、下記(II)式で表される1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスファエタノールアミン(DPPE)、下記(III)式で表される1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスファエタノールアミン(DSPE)等が挙げられる。
【0023】
【化1】

【0024】
【化2】

【0025】
【化3】

【0026】
<量子ドット複合体の製造方法>
本発明の量子ドット複合体の製造方法は、量子ドットの表面、即ちシェル部の反応活性基に、生体関連分子の反応活性基を結合するものであり、公知の脱水縮合反応による結合方法が挙げられる。例えば、生体関連分子としてリン脂質を用い、量子ドット複合体を得る場合には、量子ドットと、リン脂質とを1−エチル−3(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)触媒下で脱水縮合する製造方法が挙げられる。この際。量子ドット/リン脂質で表される質量比は、特に限定されず、量子ドット又はリン脂質の種類等を勘案して決定できる。
【0027】
(量子ドット複合体含有ベシクル)
本発明の量子ドット複合体含有ベシクルは、リン脂質二重層がカプセル状に形成されたベシクルと本発明の量子ドット複合体とを備え、量子ドット複合体が、リン脂質二重層の層内及び表面の双方又はいずれか一方に含有されてなるものである。
本発明の量子ドット複合体含有ベシクルについて、以下に図面を参照しながら説明する。図2(a)は、本発明の量子ドット複合体含有ベシクルの一実施形態にかかる断面図であり、図2(b)は、符号Xの領域の拡大図である。
図2(a)に示すとおり、量子ドット複合体含有ベシクル100は、内孔120を有するカプセル状のベシクル110と、量子ドット複合体1とを備え、前記内孔120内には液体が保持されている。図2(b)に示すように、ベシクル110は、リン脂質112の二分子層であるリン脂質二重層からなり、量子ドット複合体1は、リン脂質二重層の層内及び表面の双方又はいずれか一方に含有されている。
【0028】
<ベシクル>
ベシクル110を構成するリン脂質112は、その疎水部のアシル鎖長、アシル鎖内の二重結合の有無、さらにその二重結合の部位と数は特に限定されない。ベシクル110を構成するリン脂質としては、例えば、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルイノシトールホスフェイト(PIP)、ホスファチジン酸(PA)、ホスファチジルグリセロール(PG)、スフィンゴ脂質等が挙げられる。これらリン脂質は、1種類のみを使用してもよく、2種類以上を併用してもよい。
【0029】
ベシクル110は、そのサイズにより、外径50nm未満のスモールベシクルと、外径50nm以上のラージベシクルとに分類され、特に、外径10μm超のベシクル110は、巨大ベシクルと呼ばれている。ベシクル110の外径(ベシクルサイズ)は、合成方法やサイズ分離精製によって制御することができる。本発明に用いるベシクル110は、その大きさが特に限定されないが、巨大ベシクルであることが好ましい。一般に、小さなベシクルサイズでは、ベシクル110の膜厚が4〜5nmであり、仮にベシクルサイズが50〜100nmであると、球状構造の曲率が高くなるため、膜面に欠陥が生じやすく、構造が不安定である。このため本発明においては、ベシクル110の取り扱い操作の簡便性、ベシクル構造の安定性、内孔120内への化学物質の取り込みの制御性、という観点から巨大ベシクルを用いることがより好ましい。ベシクル110を巨大ベシクルとすることで、化学物質を幅広い濃度で内孔120に内包できる。
【0030】
内孔120内の液体の種類は、特に限定されず、量子ドット複合体含有ベシクル100の製造過程で用いられる溶媒等が挙げられる。内孔120内に液体が保持されていることで、量子ドット複合体含有ベシクル100の形態が維持される。
【0031】
<化学物質>
内孔120内には、化学物質が内包されていてもよい。
図3は、量子ドット複合体含有ベシクル200の断面図であり、ベシクル110の内孔120には、化学物質210が内包されている。
化学物質210は、対象とする生体物質と、化学結合の形成、吸着等の何らかの相互作用を生じる特異結合物質が存在するもの、即ち、例えば、ある種のタンパク質を特異的に認識したり、タンパク質を活性化したりする生理活性物質等が挙げられ、具体的には、各種アミノ酸、ATP、イオン、糖類、タンパク質、ペプチド、低分子有機化合物等が挙げられる。
【0032】
<ポリエーテル鎖>
本発明の量子ドット複合体含有ベシクルは、さらにその表面にポリエーテル鎖を備えることができる。ベシクルは、柔軟で、流体のような特性をもつため、長時間放置するとベシクル同士の融合が生じる可能性がある。この問題を克服するため、ベシクル表面へポリエーテル鎖を導入し、ベシクル融合を防止することが好ましい。ポリエーテル鎖を備えることで、ベシクル表面にあるポリエーテル鎖の排除体積効果(立体障害)により、溶液中でベシクルを単体に保ち、ベシクル構造を長時間安定化させることができる。
ポリエーテル鎖としては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)鎖、ポリプロピレングリコール鎖等が挙げられ、中でも、ポリエチレングリコール鎖が好ましい。
【0033】
ポリエーテル鎖は、その末端に、タンパク質等の生体分子と化学結合する官能基を備えることが好ましい。かかる官能基を備えることで、量子ドット複合体含有ベシクルは、その表面がさらに機能化され、目的物質と特異的に結合できる。生体分子と化学結合する官能基としては、ビオチン、マレイミド等の機能性分子を用いることができる。
このような官能基を備えるポリエーテル(機能性ポリエーテル)としては、例えば、下記(IV)式で表される1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスファエタノールアミン−N−[ビオチニル(ポリエチレングリコール)−2000](アンモニウム塩)(DSPE−PEG2000−Biotin)等のビオチン−PEG化リン脂質分子、下記(V)式で表される1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスファエタノールアミン−N−[マレイミド(ポリエチレングリコール)−2000](アンモニウム塩)(DSPE−PEG2000−Maleimide)等のマレイミド−PEG化リン脂質分子等が挙げられる。
【0034】
【化4】

【0035】
【化5】

【0036】
ポリエーテル鎖の鎖長は、得られる量子ドット複合体含有ベシクルの製造時における収率や、ベシクル構造の安定性の観点から、質量平均分子量500〜10000のものが好ましい。
【0037】
機能性ポリエーテル鎖を備える量子ドット複合体含有ベシクルの一例を図4に示す。図4に示すとおり、量子ドット複合体含有ベシクル300は、ベシクル110の表面に、ビオチン−PEG化リン脂質分子310を備えるものである。本実施形態においては、ベシクル110の表面にポリエチレングリコール鎖(PEG鎖)314が結合され、PEG鎖314の末端にビオチン312が備えられていることで、量子ドット複合体含有ベシクル300の最外部にビオチン312が位置するものとされている。量子ドット複合体含有ベシクル300は、ビオチン−PEG化リン脂質分子310を備えることで、ストレプトアビジンと特異的かつ容易に結合することができる。
【0038】
また、図5に示すように、ポリエーテル鎖を備える量子ドット複合体含有ベシクルとしては、ベシクル110の表面に、マレイミド−PEG化リン脂質分子410を備える量子ドット複合体含有ベシクル400が挙げられる。本実施形態においては、ベシクル110の表面にPEG鎖314が結合され、PEG鎖314の末端にマレイミド412が備えられていることで、量子ドット複合体含有ベシクル400の最外部にマレイミド412が位置するものとされている。量子ドット複合体含有ベシクル400は、マレイミド−PEG化リン脂質分子410を備えることで、マレイミド412が、抗原、抗体、酵素、膜タンパク質、受容体型タンパク質、蛍光タンパク質、細胞骨格、モータータンパク質等のタンパク質の末端アミノ基と反応して、前記タンパク質と容易に結合できる。
【0039】
<量子ドット複合体含有ベシクルの製造方法>
本発明の量子ドット複合体含有ベシクルの製造方法は、量子ドットの表面に、生体関連分子を結合して量子ドット複合体を得る第一の工程と、得られた量子ドット複合体とリン脂質とを分散媒に分散した後、分散液中で前記リン脂質をカプセル化する第二の工程とを有するものである。
【0040】
第一の工程は、前述の「<量子ドット複合体の製造方法>」と同じである。
【0041】
第二の工程は、第一の工程で得られた量子ドット複合体と、ベシクルを構成するリン脂質(ベシクル用リン脂質)とを分散媒に分散し(分散操作)、次いで、分散媒を除去・乾燥した後、水や緩衝液中でベシクル用リン脂質をカプセル状に形成し(カプセル化操作)ベシクルとする工程である。
【0042】
≪分散操作≫
分散操作は、分散媒に量子ドット複合体及びベシクル用リン脂質を分散するものである。
分散媒は、クロロホルム等の有機溶剤が挙げられる。
分散液中の、量子ドット複合体の濃度は、特に限定されないが、例えば、0.001〜1g/Lが好ましい。
また、分散液中のベシクル用リン脂質濃度は、特に限定されないが、例えば、0.1〜10g/Lが好ましい。
【0043】
分散液には、必要に応じて、ポリエーテル又はビオチン−PEG化リン脂質分子、マレイミド−PEG化リン脂質分子等の機能性ポリエーテルを添加することができる。分散液にポリエーテル又は機能性ポリエーテルを添加することで、ベシクルの表面にポリエーテル鎖又は機能性ポリエーテル鎖を導入できる。分散液中のポリエーテル又は機能性ポリエーテルの含有量は、ベシクル用リン脂質に対し0.1〜1質量%が好ましい。
【0044】
≪カプセル化操作≫
カプセル化操作は、分散媒である有機溶剤を除去・乾燥して、ベシクル用リン脂質からなるリン脂質二重層を形成し、このリン脂質二重層を水や緩衝液中でカプセル状に形成させベシクルを作製するものである。ベシクルの作製の手法としては、静置水和法やエレクトロスウェリング法(電界形成法)等が挙げられ、中でも巨大ベシクルが作製しやすく、また反応時間や反応プロセスの簡易性から、電界形成法を採用することが好ましい。電界形成法は、例えば、P.Girardら、「バイオフィジカルジャーナル(Biophysical Journal)」、第87巻、2004年、第419−429頁に記載の公知の電解形成法が挙げられる。電界形成法は、酸化インジウムスズ(ITO)等の電極上に分散液を塗布し、分散媒を除去・乾燥してリン脂質を薄膜化した後、この薄膜にベシクル化水溶液を添加し、交流電場をかけて水溶液中に巨大ベシクルを膨潤させる手法である。分散媒の除去方法は、特に限定されず、例えば、減圧乾燥等が挙げられる。ベシクル化水溶液としては、水又はリン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液等の緩衝液が用いられる。サイズのそろったベシクルを得るためには、ITO基板上に厚さ10nm〜100μmの均一なリン脂質の薄膜を形成することが好ましい。また、印加する交流電場は、周波数が10Hz程度、振幅が100mV〜2V程度の条件が好ましい。より低い振幅では、ベシクルの収量が低く、より高い振幅では、ベシクルの構造破壊や水の電気分解が生じ、ベシクルが製造できない可能性がある。
【0045】
このカプセル化操作は、ベシクル化水溶液中でリン脂質からなるベシクルを形成する操作である。ベシクル化水溶液には、必要に応じて化学物質を添加することができる。ベシクル化水溶液に化学物質を添加することで、化学物質を内包する量子ドット複合体含有ベシクルを製造できる。
以上の工程により、量子ドット複合体含有ベシクルが分散したベシクル分散液を得られる。
【0046】
本発明の量子ドット複合体によれば、量子ドットが、ポリマーからなるシェル部を備え、かつこの量子ドットの表面に生体関連分子を備えるため、高い生体適合性を有すると共に、量子ドット特有の優れた蛍光特性を発揮できる。
加えて、量子ドットの表面に生体関連分子を結合するという簡便な方法により、本発明の量子ドット複合体を得ることができる。
【0047】
従来、生理活性を検査するバイオチップ等では、添加する化学物質の大部分が溶液中に拡散し、生体分子に対する化学物質の作用が低効率となる問題があった。本発明の量子ドット複合体含有ベシクルは、1mmol/L〜100mmol/Lの塩化ナトリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム等の水溶液等を添加することにより、容易にベシクルが破壊されるものである。本発明の量子ドット複合体含有ベシクルによれば、量子ドット複合体含有ベシクルを、生体分子に直接結合させた後に、塩類を含む水溶液を添加することで、内包する化学物質を生体分子に対して近距離で放出し、化学物質を高効率で作用させることができる。加えて、ベシクルが量子ドットで蛍光標識されているため、生体組織内でターゲットとする生体分子の位置情報を容易に把握することができる。
【0048】
本発明の量子ドット複合体含有ベシクルは、その表面にポリエーテル鎖を備えることで、量子ドット複合体含有ベシクル同士の融合を防止できる。加えて、ポリエーテル鎖を機能性ポリエーテル鎖とすることで、目的物質又は候補目的物質に応じて、本発明の量子ドット複合体含有ベシクルに高い選択性を付与することができる。
【0049】
本発明の量子ドット複合体含有ベシクルの製造方法によれば、ベシクルのリン脂質二重層の層内及び表面の双方又はいずれかに量子ドット複合体を保有する量子ドット複合体含有ベシクルを容易に製造できる。加えて、第二の工程で、分散液に化学物質を添加することで、ベシクルの内孔に化学物質を内包できる。さらに、第二の工程で、ポリエーテル又は機能性ポリエーテルを添加することで、ベシクルの表面を機能化した量子ドット複合体含有ベシクルを作製することができる。
【実施例】
【0050】
本発明について実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0051】
(実施例1)
カルボキシル基修飾量子ドット525(量子ドット525(発光波長525nm)、Qdot▲R▼ITKTM Carboxyl Quantum Dots,Invitorogen Corp.,Carlsbad,CA,USA)8μmolを含む水溶液、ならびにDOPEを2.5mg/mL含むクロロホルム分散液、ならびに1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)を20mg/mL含む水溶液、ならびにホウ酸バッファー溶液(10mmol HBO、pH7.4)をそれぞれ調製した。反応容器のガラス瓶内に、クロロホルム1.1mLを加え、続いてDOPEクロロホルム分散液286μL(960nmol)を添加した。撹拌子で緩やかに撹拌しながら、ホウ酸バッファー溶液700μL、量子ドット525水溶液100μL(0.8nmol)、EDC水溶液276μL(28.8μmol)を添加し、反応溶液を均一系にするためにメタノール2.5mLを滴下した。この反応溶液を室温で終夜撹拌すると、ガラス容器壁面に沈着する黄色の生成物を得た。反応溶液を完全に除去した後、クロロホルムを添加すると、生成物はクロロホルムに均一に分散した。このクロロホルム分散液に純水を加え、遠心分離(10,000回転/分、10分、10℃)、上澄み水相除去の操作を繰り返し行い、生成物が溶解するクロロホルム相のみを抽出することで、未反応の量子ドット525及び過剰なEDCを除去した。その後、クロロホルムを完全に除去し、目的とする量子ドット複合体を得た。この生成物は、量子ドットの表面が、リン脂質分子で化学修飾されているため、クロロホルムに再分散可能であった。
【0052】
(実施例2)
カルボキシル基修飾量子ドット525の表面に化学修飾するリン脂質を、DOPEに換えてDPPEとした以外は、実施例1と同様にして量子ドット複合体を作製した。
【0053】
<吸収スペクトル測定>
実施例1又は2で得られた量子ドット複合体を、それぞれ50μg/mLとなるようにクロロホルムに分散して、量子ドット複合体のクロロホルム分散液(複合体−クロロホルム分散液)を調製した。この複合体―クロロホルム分散液の吸収スペクトル(波長300−700nm)を測定した。また、参考として、出発物質である量子ドット525の水分散液についても同様の測定を行った。
【0054】
図6において、凡例(a1)は参考として測定した量子ドット525の測定結果を示し、凡例(a2)は実施例1、凡例(a3)は実施例2で得られた量子ドット複合体の測定結果である。凡例(a2)、(a3)の示すとおり、実施例1〜2で得られた量子ドット複合体は、いずれも508nmに極大をもつ吸収ピークが観測され、300nm〜480nm付近においては短波長になるにつれ、吸収強度が増加する吸収特性を示した。出発物質である量子ドット525の吸収特性も同様な傾向を示した。このように実施例1〜2の量子ドット複合体の吸収スペクトルの形状と、量子ドット525の吸収スペクトルの形状とは一致する。即ち、量子ドット表面へのリン脂質分子の化学修飾後も、量子ドットの光学的性質は保持されていることが示唆された。
なお、図6のグラフに示す吸光度は、各溶液について測定された吸光度を508nmのピークトップで規格化した値である。
【0055】
<蛍光スペクトル測定>
実施例1又は2で得られた量子ドット複合体を、それぞれ50μg/mLとなるようにクロロホルムに分散して、複合体−クロロホルム分散液を調製した。この複合体−クロロホルム分散液の蛍光スペクトル(励起波長400nm、測定波長410−700nm)を測定した。また、参考として、出発物質である量子ドット525の水分散液についても同様の測定を行った。結果を図7に示す。
【0056】
図7において、凡例(b1)は参考として測定した量子ドット525の測定結果を示し、凡例(b2)は実施例1、凡例(b3)は実施例2で得られた量子ドット複合体の測定結果である。凡例(b2)、(b3)の示すとおり、実施例1〜2で得られた量子ドット複合体は、いずれも525nmに極大をもつ蛍光ピークが観測された。出発物質である量子ドット525の蛍光特性も同様な蛍光ピークを示した。このように実施例1〜2の量子ドット複合体の蛍光スペクトルの形状と、量子ドット525の蛍光スペクトルの形状とは一致する。即ち、量子ドット表面へのリン脂質分子の化学修飾後も、量子ドットの光学的性質は保持されていることが示唆された。
なお、図7のグラフに示す蛍光強度は、各溶液について測定された蛍光強度を、525nmのピークトップで規格化した値である。
【0057】
<動的光散乱測定>
実施例1で得られた量子ドット複合体を、50μg/mLとなるようにクロロホルムに分散して、複合体−クロロホルム分散液を調製した。この複合体−クロロホルム分散液の動的光散乱測定を行い、量子ドット複合体の粒径分布を観測した。また、参考として、出発物質である量子ドット525の水分散液についても同様の測定を行った。結果を図8に示す。
【0058】
図8(a)は、実施例1の測定結果であり、図8(b)は量子ドット525の測定結果である。
図8(a)に示すように、実施例1の量子ドット複合体では、平均粒径が16.7nmの及び71.8nmを示す2つのピークが観測された。このピーク強度比から、実施例1の量子ドット複合体には、粒径71.8nmの粒子が、粒径16.7nmの粒子の3.5倍量存在することが示唆された。一方、図8(b)に示すように、出発物質である量子ドット525の水分散液においても、平均粒径が16.3nm及び143nmを示す2つのピークが観測された。このピーク強度比から、量子ドット525には、粒径16.3nmの粒子が、粒径143nmの粒子の6.8倍量存在することが示唆された。これらの結果から、量子ドット525の粒径は、約16〜17nm程度であることが推定された。一般に、ナノ粒子は溶液中で凝集しやすい性質があるが、実施例1の量子ドット複合体において巨大粒子の存在比が多い理由として、リン脂質分子の化学修飾過程、又は生成物の精製過程において、量子ドット粒子同士が凝集した可能性が考えられる。
【0059】
<原子間力顕微鏡(AFM)測定>
実施例1で得られた量子ドット複合体を、100μg/mLとなるようにクロロホルムに分散して、複合体−クロロホルム分散液を調製した。この複合体−クロロホルム分散液を、へき開したマイカ基板上に10μL滴下した後、大気中で乾燥した試料について、室温、大気中でAFM測定を行った。また、参考として、出発物質である量子ドット525の水分散液を、マイカ基板上に滴下して、乾燥した試料についても同様の測定を行った。結果を図9〜10に示す。
【0060】
図9(a)は、実施例1の量子ドット複合体のAFMによる写真であり、図9(b)は、図9(a)で観測された粒子Aの粒径の測定結果であり、図9(c)は、図9(a)で観測された粒子Bの粒径の測定結果である。図10(a)は、量子ドット525のAFMによる写真であり、図10(b)は、図10(a)で観測された粒子Cの粒径の測定結果であり、図10(c)は、図10(a)で観測された粒子Dの粒径の測定結果である。
図9(a)に示すように、実施例1では、複数の粒子A、Bが観測された。図9(b)、(c)に示すように、粒子A及び粒子Bの粒径測定の結果から、図9(a)で観測された粒子は、高さ20〜40nmであった。しかしながら、いずれもXY平面方向の距離が100nm以上に及ぶことから、これらは量子ドット複合体の単体ではなく、測定用試料の乾燥過程において、量子ドット複合体同士が2次元的、3次元的に凝集したものと推定される。
図10(a)に示すように、出発物質である量子ドット525についても、複数の粒子C、Dが観測された。図10(b)、(c)に示すように、粒子C及び粒子Dの粒径測定の結果から、図10(a)で観測された粒子は、高さ20〜60nmにわたり、XY平面方向の距離が100nm以上に及んでいた。このことから、水分散液中では、量子ドット525同士が凝集している可能性が示唆された。また、図10(a)では、粒子表面にポリマー層に由来するひも状の構造体Fが観測された。試料乾燥後、ポリマー鎖は粒子間を架橋して複雑に絡み合い、相互にネットワーク構造を形成している様子が観測された。
【0061】
(実施例3)
量子ドット525に換えて、カルボキシル基修飾量子ドット625(量子ドット625(発光波長625nm)、Qdot▲R▼ITKTM Carboxyl Quantum Dots,Invitorogen Corp.,Carlsbad,CA,USA)とした以外は、実施例1と同様にして量子ドット複合体を作製した。
得られた量子ドット複合体について、実施例1と同様にして、吸収スペクトル及び蛍光スペクトルを測定したところ、量子ドット625の水分散液と同等の吸光スペクトルと蛍光スペクトルを示した。
【0062】
(実施例4)
量子ドット625の表面に化学修飾するリン脂質分子を、DOPEに換えて、DPPEとした以外は、実施例3と同様にして量子ドット複合体を作製した。
得られた量子ドット複合体について、実施例1と同様にして、吸収スペクトル及び蛍光スペクトルを測定したところ、量子ドット625の水分散液と同等の吸光スペクトルと蛍光スペクトルを示した。
【0063】
(実施例5)
卵黄由来フォスファチジルコリン(L−α−PC)0.2mg、ならびに実施例1で得られた量子ドット525の量子ドット複合体を10.5μg(5質量%)含む複合体−クロロホルム分散液200μLを調製した。続いて、ITO基板(SiO上に膜厚100nmのITOが薄膜化された基板、サイズ40×40nm、50〜100Ω・cm)上に、L−α−PCと複合体−クロロホルム分散液を均一に塗布した。この基板を、室温で2時間、減圧乾燥して、クロロホルム分散液を完全に除去することで、均一なリン脂質薄膜をITO基板上に形成した。このリン脂質薄膜上に、窓部を有するシリコーンゴム(外寸30×30mm、厚さ1mmのシリコーンゴムを20×20mmのサイズでくり貫いた窓部を有する)を密着して配置し、窓部に200mmolのスクロース水溶液400μLを滴下した。さらに、その上部にITO基板を配置し、シリコーンゴム窓部にある溶液をITO基板で挟み込んで密閉した。続いて、ITO基板にクリップ電極を接合し、60℃のホットプレート上で、交流電場(正弦波、1V、10Hz)を2時間印加することで、電界形成法により、量子ドット複合体含有ベシクルがスクロース水溶液に分散したベシクル−スクロース分散液を得た。このベシクルの内孔には、化学物質としてスクロース水溶液を含む。
【0064】
<共焦点レーザー蛍光顕微鏡測定>
シリコーンコートされた撥水性のスライドガラス表面に、200mmolのグルコース溶液を300μL滴下し、液滴を形成させた。その液滴中に、実施例5で得られたベシクル−スクロース分散液10μLを添加した。ベシクル内部にあるスクロース溶液と、ベシクル外液のグルコース溶液の比重の差を利用し、ベシクルをスライドガラス表面近傍に沈降させるため、5分間静置した。その後、この試料を共焦点レーザー蛍光顕微鏡(励起:488nmアルゴンレーザー、観測:505〜525nm領域観測用の蛍光フィルター、40倍対物レンズ)を用いて観察した。その結果を図11に示す。
【0065】
図11(a)は、倍率40倍で観測した写真であり、図11(b)は、(a)の一部を拡大したものである。図11(a)、(b)に示すように、共焦点レーザー蛍光顕微鏡写真から、リング状の蛍光像が多数観測された。このリング形状は、ベシクルの断面を反映した像である。リング状に蛍光成分が観測される結果は、ベシクル構造のリン脂質二重層内、又はベシクル表面に量子ドット複合体が導入されていることを示唆する。ベシクルの内孔には蛍光成分が観測されず、量子ドット複合体はベシクル内液中にはほぼ含まれていないことが推量される。
【0066】
<AFM測定>
へき開したマイカ基板上に、実施例5で得られたベシクル−スクロース分散液3μLと、200mmolのグルコース溶液50μLとを滴下した後、15分間静置した。静置後、量子ドット複合体含有ベシクルをマイカ基板上に沈降させた後、5mmolの塩化カルシウム水溶液20μLを液滴に添加し、さらに15分間静置した。この処理により、量子ドット複合体含有ベシクルを破壊し、マイカ上に膜化させた。この試料に関し、室温、溶液中でAMF測定を行った。その結果を図12に示す。
【0067】
図12(a)は、ベシクルを崩壊させた実施例5の量子ドット複合体含有ベシクルのAFMによる写真であり、図12(b)は、図12(a)における仮想線Gにおける断面の膜厚測定結果であり、図12(c)は、図12(a)で観測された粒子Hの粒径の測定結果である。図13(a)は、ベシクルを崩壊させた実施例5の量子ドット複合体含有ベシクルのAFMによる写真であり、図13(b)は、図13(a)における粒子Lの粒径の測定結果である。
図12(a)、図13(a)において符号Jは、ベシクルを崩壊させて生じた膜を示す。図12(a)に示すように、膜Jには、複数のドット構造I、ドット構造Hが観察された。加えて、図12(b)に示すように、膜Jは、ベシクルのリン脂質二重層に由来するもので、仮想線Gにおける断面の膜厚5nmであった。さらに図12(c)に示すように、膜Jの内部に存在するドット構造Hは、量子ドット複合体に由来する、高さ9nmのものであった。量子ドットが膜J中に埋包されている可能性を考慮すると、量子ドット複合体の粒径は14nm程度(膜内5nmと膜外9nmの高さの和を加味した粒径)であると推定され、ドット構造Hの高さは、動的光散乱測定で観測された実施例1の量子ドット複合体の粒径とほぼ一致する。
加えて、図13(a)に示すように膜Jには、複数のドット構造K、ドット構造Lが確認された。図13(b)に示すように、膜Jの内部に存在するドット構造Lは、量子ドット複合体に由来する高さ9nmのものであった。量子ドットが膜J中に埋包されている可能性を考慮すると、量子ドット複合体の粒径は14nm程度であると推定され、ドット構造Lの高さは、動的光散乱測定で観測された実施例1の量子ドット複合体の粒径とほぼ一致する。
以上の結果から、量子ドット複合体がベシクルに導入された、量子ドット複合体含有ベシクルが作製されていることを確認した。
【0068】
(実施例6)
ベシクル内に導入する量子ドット複合体を、実施例2で得られた量子ドット複合体とした以外は、実施例5と同様にして量子ドット複合体含有ベシクルを作製した。
得られた量子ドット複合体含有ベシクルについて、実施例5と同様にして、共焦点レーザー蛍光顕微鏡測定及びAFM測定を行ったところ、量子ドット複合体がベシクルに導入された量子ドット複合体含有ベシクルが作製されていることが確認できた。
【0069】
(実施例7)
ベシクル内に導入する量子ドット複合体を、実施例3で得られた量子ドット複合体とした以外は、実施例5と同様にして量子ドット複合体含有ベシクルを作製した。
得られた量子ドット複合体含有ベシクルについて、実施例5と同様にして、共焦点レーザー蛍光顕微鏡測定及びAFM測定を行ったところ、量子ドット複合体がベシクルに導入された量子ドット複合体含有ベシクルが作製されていることが確認できた。
【0070】
(実施例8)
ベシクル内に導入する量子ドット複合体を、実施例4で得られた量子ドット複合体とした以外は、実施例5と同様にして量子ドット複合体含有ベシクルを作製した。
得られた量子ドット複合体含有ベシクルについて、実施例5と同様にして、共焦点レーザー蛍光顕微鏡測定及びAFM測定を行ったところ、量子ドット複合体がベシクルに導入された量子ドット複合体含有ベシクルが作製されていることが確認できた。
【0071】
(実施例9)
卵黄由来フォスファチジルコリン(L−α―PC)0.2mg、ならびに実施例1で得られた量子ドット複合体10.5μg(5質量%)、ならびにDSPE−PEG(2000)−Biotin0.6μg(0.3質量%)を含むクロロホルム分散液200μLを調製した。以下、実施例5に記載した手法と同様にして、ITO基板上での電界形成法により、ベシクル表面がビオチン−PEG分子で修飾され、ベシクルのリン脂質二重層の層内及び表面の双方又はいずれかに量子ドット複合体が導入され、ベシクル内孔にスクロース溶液を含む量子ドット複合体含有ベシクルを作製した。
得られた量子ドット複合体含有ベシクルについて、実施例5と同様にして、共焦点レーザー蛍光顕微鏡測定及びAFM測定を行ったところ、量子ドット複合体がベシクルに導入された量子ドット複合体含有ベシクルが作製されていることが確認できた。
【0072】
(実施例10)
ベシクル表面を機能化する分子として、DSPE−PEG(2000)−Biotinに換えてDSPE−PEG(2000)−Maleimideを用いた以外は、実施例9と同様にして量子ドット複合体含有ベシクルを作製した。
得られた量子ドット複合体含有ベシクルについて、実施例5と同様にして、共焦点レーザー蛍光顕微鏡測定及びAFM測定を行ったところ、量子ドット複合体がベシクルに導入された量子ドット複合体含有ベシクルが作製されていることが確認できた。
【符号の説明】
【0073】
1 量子ドット複合体
10 量子ドット
12 コア部
14 シェル部
20 生体関連分子
100、200、300、400 量子ドット複合体含有ベシクル
110 ベシクル
112 リン脂質
120 内孔
210 化学物質
314 ポリエチレングリコール鎖
312 ビオチン
412 マレイミド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体ナノ粒子からなるコア部と該コア部の表面にポリマーが結合してなるシェル部とを備え、かつ表面に反応活性基を備える量子ドットと、
該量子ドットの表面の反応活性基に結合された生体関連分子とを備える量子ドット複合体。
【請求項2】
前記生体関連分子は、リン脂質である、請求項1に記載の量子ドット複合体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の量子ドット複合体の製造方法であって、
前記量子ドットの表面の反応活性基に、前記生体関連分子の反応活性基を結合する量子ドット複合体の製造方法。
【請求項4】
リン脂質からなる脂質二重層がカプセル状に形成され、
請求項1又は2に記載の量子ドット複合体が、前記脂質二重層の層内及び表面の双方又はいずれか一方に含有されてなる量子ドット複合体含有ベシクル。
【請求項5】
前記のカプセル状に形成された脂質二重層で化学物質が内包されてなる、請求項4に記載の量子ドット複合体含有ベシクル。
【請求項6】
前記脂質二重層は、その表面にポリエーテル鎖を備える、請求項4又は5に記載の量子ドット複合体含有ベシクル。
【請求項7】
前記ポリエーテル鎖は、末端に生体分子と結合可能な官能基を備える、請求項6に記載の量子ドット複合体含有ベシクル。
【請求項8】
半導体ナノ粒子からなるコア部と該コア部の表面にポリマーが結合してなるシェル部とを備え、かつ表面に反応活性基を備える量子ドットと、生体関連分子とを、前記量子ドットの表面の反応活性基と前記生体関連分子の反応活性基との化学結合により結合させ量子ドット複合体を得る第一の工程と、
得られた量子ドット複合体とリン脂質とを分散媒に分散させ、前記分散媒を除去して量子ドット複合体を含むリン脂質を薄膜化した後、水溶液中でリン脂質をカプセル化する第二の工程とを有する量子ドット複合体含有ベシクルの製造方法。
【請求項9】
前記第二の工程は、さらに化学物質を添加する、請求項8に記載の量子ドット複合体含有ベシクルの製造方法。
【請求項10】
前記第二の工程は、さらに末端に生体分子と結合可能な官能基を備えるポリエーテル鎖が導入されたリン脂質を添加して分散液とする、請求項8又は9に記載の量子ドット複合体含有ベシクルの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2011−184406(P2011−184406A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−53684(P2010−53684)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】