説明

量子暗号通信方法及び量子暗号通信装置

【課題】 長時間にわたって安定して量子暗号通信を行うことが可能な、量子暗号通信方法及び量子暗号通信装置を提供する。
【解決手段】 光パルスを用いる位相変調方式の量子暗号通信装置に用いる、時間遅延を有した2つの光パルスの生成を、電気光学素子に光パルスを所定の角度で入射しておこない、この2つの光パルスの遅延時間の消去を、上記電気光学素子を光軸の周りに90度回転した配置の電気光学素子に入射して行う。光路長を長時間、光の波長以下の精度で一定に保つことが可能になり、長時間にわたって安定して量子暗号通信を行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子暗号通信方法及びその方法を用いた量子暗号通信装置に関する。さらに詳細には、光信号を用いる位相変調方式の量子暗号通信方法及び量子暗号装置において、量子暗号通信の信頼性の向上、及び量子暗号通信装置の安定性の向上に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ネットワークによる電子商取引や電子政府の推進などネットワーク社会の形成とともに通信の安全性の確保が重要な課題となっている。そして、通信の安全性を実現するためには、種々の暗号技術の開発が重要である。
暗号技術の基本的な目的は、正規の通信者間のみで改竄を受けることなく情報を交換し、その内容が第3者に漏洩しないようにすることである。このような暗号通信は、ある種の計算を実行することが困難であることを利用して実現することができる。例えば、RSAの公開鍵暗号では、桁数の多い整数の因数分解を実行するには莫大な計算時間が必要であることを利用している。
しかしながら、このような計算の困難さは証明されているわけではなく、それどころか、整数の素因数分解などの場合には、量子力学の原理を利用した量子計算機により、短い時間で実行しうることが逆に証明されている。
以上のような状況を受け、計算の困難さではなく、物理法則を用いて安全な通信を実現するための研究が活発に進められている。量子暗号通信は、量子力学の原理を利用して安全な通信を実現するものである。特に、近年は、量子暗号通信の実用化に向けた研究が進展している。
【0003】
実際の量子暗号通信では、光を通信手段として用いており、また、非常に微弱な光の状態を測定すると、その測定の痕跡が必ず残ってしまうことを利用している。これは、一般に、測定により測定対象の状態が変化するという量子力学の原理の現れである。
微弱な光の状態としては、単一光子の偏光状態、または、微弱な複数の光パルス間の相対的な位相差で特徴付けられる状態が主に用いられている。光ファイバーを通信路とする場合、光の偏光状態を保持して伝送することは困難であるのに対し、パルス間の位相差を保持して、すなわち、時間的に遅延して送ることは容易であるので、位相差状態を用いる方式が実用上有利である。
単一光子の偏光状態、及び、光パルス間の相対的な位相差で特徴付けられる状態に対応して、量子暗号通信の変調方式には、大別して、単一光子の偏光状態を操作して秘密鍵を通信する方式(非特許文献1参照)と、複数の光パルス間の相対的な位相差を操作して秘密鍵を通信する位相変調方式がある。後者は、無線LANやADSL等で用いられている直交振幅変調を微弱な光に対して行うものと理解することができる。
【0004】
位相変調方式の量子暗号通信方法は、光信号を2つに分割し、2つの光信号間の相対的位相差を送信者及び受信者が制御することにより、秘密鍵の通信を行なうものである。
位相変調方法を使用する従来の量子暗号通信装置には、光信号として単一光子を用いるもの(非特許文献2参照)と、コヒーレント光パルスを用いるもの(特許文献1及び非特許文献3を参照)とがあるが、送信側において光信号を互いに偏光面が直交する2つの光パルスに分割する際の分割比が異なる点及び光の検出方法が異なる点を除けば、送信側及び受信側で2つの光パルス間の位相を変調して秘密鍵を生成する、すなわち、複数の光パルス間の相対的な位相差を操作して秘密鍵を通信する位相変調方式である点は共通する。
【0005】
図3を参照して従来の位相変調方式の量子暗号通信装置を説明する。
尚、コヒーレント光パルスを用いる場合を例に取り説明するが、単一光子を用いる場合についても同様である。
送信側において、コヒーレント光源41から出た一定の偏光面を有する光パルスは、ビームスプリッタ42で2つの光パルスに分割され、一方の光パルスは、ビームスプリッタ42から偏光ビームスプリッタ43へ直接到る光路長の短い経路を進んで偏光ビームスプリッタ43へ到り、他方の光パルスは、1/2波長板44、光減衰器45、位相変調器46、及び複数のミラーmからなる光路長の長い経路を進んで偏光ビームスプリッタ43へ到る。長い経路を進む光パルスは、光減衰器45により強度の弱い光パルスに減衰し、また、位相変調器46により秘密鍵に対応する送信側の位相変調を加える。また、長い経路を進む光パルスは、1/2波長板44によって偏光面が90度回転するので、偏光ビームスプリッタ43により同一光路上に戻った2つの光パルスは、時間遅延しているだけでなく、互いに直交する偏光状態となり互いに干渉することなく光ファイバ47を進む。
【0006】
偏光ビームスプリッタ43から、光ファイバー47および偏光補正用波長板48を進んだ2つの光パルスは受信側に到り、偏光ビームスプリッタ49によって、再び2つの経路に分かれて進む。送信側で長い経路を進んだ光パルスは、偏光ビームスプリッタ49から位相変調器50を経由して偏光ビームスプリッタ52へ到る短い光路長の経路を進んで偏光ビームスプリッタ52へ到り、この際、位相変調器50により、秘密鍵に対応する受信側の位相変調を加える。送信側で短い経路を進んだ光パルスは、1/2波長板51、及び複数のミラーmからなる光路長の長い経路を進んで偏光ビームスプリッタ52へ到る。偏光ビームスプリッタ52に到った2つの光パルスのそれぞれは、直交する2つの偏光成分に分割されて偏光成分毎に合波され、合波によって生じた干渉強度をフォトダイオード53及びフォトダイオード54で電流として検出し、この2つの電流の差信号を増幅器55を介して取り出す。差信号は、送信側で加えた位相と受信側で加えた位相との差、すなわち、2つの光パルスの位相差により、強度及び符号(±)が異なる。
この方法は、2つの光パルスの内、強度の弱い光パルスを信号光、強度の強い光パルスを参照光としたホモダイン検出であるので、極めて高感度な量子暗号通信が可能となる。また、差信号は量子力学的直交成分に対応するので、差信号の分布を調べることによって、盗聴者の有無を知ることができる。
【0007】
次に、図3の装置を用いて、4種類の状態を用いる量子暗号通信のプロトコルを説明する(詳しくは特許文献1を参照)。
送信側で位相変調器46を制御して信号光毎に、0度、90度、180度、270度の位相のどれかをランダムに加え、一方、受信側で、上記位相の加えられた信号光毎に、位相変調器50を制御して、0度、90度の位相のどれかをランダムに加えると共に、その信号光の差信号を測定し、差信号が+の場合にビット1,−の場合にビット0とする。次に、受信者は公衆回線を通じて送信者に、自分の加えた位相が、0度と90度のどちらであるかを信号光毎に報告する。送信者はこの報告をもとに、自分が加えた位相と受信者が加えた位相との差が0度か180度になる信号を選択して、それらの信号光を秘密鍵とすることを受信者に連絡し、位相差が0度の信号光をビット1、位相差が180度の信号光をビット0として秘密鍵とする。受信者は送信者から連絡のあった秘密鍵とする信号光のビットのみを選択し、秘密鍵とする。このようにして他人に知られることなく、量子暗号、すなわち、秘密鍵を共有する。
【0008】
尚、送信側で信号光の強度を光減衰器45により、信号光パルスに含まれる光子の平均個数が1個程度に減衰すると、不確定性原理に起因する量子雑音の影響により、4つの状態を誤りなく正確に識別し、再送することは原理的に不可能になり盗聴が不可能になる。 また、受信側において、位相変調器50により、信号光に0度、または90度の位相を印加してホモダイン検出することは、微弱な光パルスの電場振幅の実部、又は虚部をホモダイン検出により測定することに対応し、合計の位相差0度、または180度である場合には、フォトダイオード53とフォトダイオード54との電流のバランスがくずれ、差信号が生じ、この差信号は電場の直交振幅の一つに対応する。正規の受信者は、任意のしきい値を設定し、このしきい値を越える差信号を有する光パルスのみを選別することにより、誤り率を任意に小さくすることができる(非特許文献3参照)。
【特許文献1】特開2000−101570号公報
【非特許文献1】C.H.Bennett and G.Brassard, “Quantum Cryptography:Public Key Distribution and Coin Tossing”,Proceeding of IEEE International Conference on Computers Systems and Single Processing,Bangalore India,pp.175−179, December( 1984)
【非特許文献2】C.Marand,P.D.Townsend, “Quantum key distribution over distances as long as 30km”,Optics Letters,Vol.20,p.1695(1995)
【非特許文献3】T.Hirano,H.Yamanaka,M.Ashikaga,T.Konishi,and R.Namiki, “Quantum cryptography using pulsed homodyne detection”,Phys.Rev.A, Vol.68,p.042331−1−7(2003).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、上記に説明したように、2つの光パルス、すなわち、信号光と参照光が、ホモダイン検出のための偏光ビームスプリター上で、送信側と受信側で加えた位相差を正確に反映した干渉をおこすためには、信号光と参照光との光路長差、すなわち、送信側の長い光路長と受信側の短い光路長の和と、送信側の短い光路長と受信側の長い光路長の和との差が少なくとも光の波長以下の精度で一定でなければならない。
しかしながら、盗聴者等の非存在が確認できた信頼性の高い秘密鍵を共有するためには、長時間の量子暗号通信を必要とする。従来の装置の光路長差を作り出す構成は、図3に示したように、偏光ビームスプリター、複数のミラー、1/2波長板、及び、位相変調器といった、材質及び形状が異なる個別の光学部品を基台上に高精度な光軸合わせをして組立てたものを用いるため、振動や熱膨張によって光路長が変化しやすく、信号光と参照光との光路長差を、長時間、光の波長以下の精度で一定に保つことが困難であり、それ故、長時間にわたって安定して量子暗号通信を行うことは困難であった。
例えば、直角に光路を曲げる光学部品の反射層の厚さ、例えばミラーの厚さが、熱膨張によって0.1μm変化したとするとその光路長は0.14μm変化し、8枚のそのようなミラーを使用すれば、合計の光路長の変化は、1.1μmに達し、また、熱膨張によってミラー面の厚みばかりでなくミラー面の法線方向も変化するので、光路長はさらに大きく変化する。現状で利用可能なレーザー光源の内でも波長の長い1.5μmの赤外光パルスを使用するとしても、光路長差を、長時間、光の波長以下の精度で一定に保つことは困難である。
【0010】
そこで本発明は、信号光と参照光との光路長差を、長時間、光の波長以下の精度で一定に保つことができ、長時間にわたって安定して量子暗号通信を行うことが可能な、量子暗号通信方法及び量子暗号通信装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明の量子暗号通信方法は、位相変調方式の量子暗号通信方法であって、送信側において、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質に光パルスを所定の偏光状態で入射して、媒質中に2つの偏光成分を生起し、媒質の偏光状態に依存して異なる屈折率により偏光成分を互いに遅延させ、偏光成分間の光路長の差に対応する所定の時間差を有する2つの光パルスを生成するステップと、受信側において、所定の時間差を有する2つの光パルスを、送信側の遅延とは逆の遅延を生ずる偏光状態で入射して、媒質の偏光状態に依存して異なる屈折率により2つの光パルスの所定の時間差を消去するステップとを有することを特徴とする。
この方法に依れば、単に光パルスを透過させるだけで、所望の時間差を有する2つの光パルスを形成できる。また、所望の時間差を有する2つの光パルスを単に透過させるだけで2つの光パルスの時間差を消去し元の光パルスを復元できる。
従来は、時間差を有する光パルスを生成するために、また、2つの光パルスの時間差を消去し元の光パルスを復元するために、偏光ビームスプリター、複数のミラー、1/2波長板、及び、位相変調器の組み合わせからなる光遅延方法を必要としたため、振動や熱膨張によって上記光学部品の厚みの変化や光軸のずれが生じやすく、信号光と参照光との光路長差を、長時間、光の波長以下の精度で一定に保つことが困難であり、それ故、長時間にわたって安定して量子暗号通信を行うことは困難であった。
本発明の方法に依れば、単一の部品で時間差を有する光パルスを生成でき、また、単一の部品で2つの光パルスの時間差を消去し元の光パルスを復元できるので、振動や熱膨張による光路長の変化が無く、信号光と参照光との光路長差を、長時間、光の波長以下の精度で一定に保つことができ、それ故、長時間にわたって安定して量子暗号通信を行うことができる。
【0012】
また、送信側において、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質に所定の偏光状態で入射する光パルスをコヒーレント光パルスとし、所定の偏光状態を、媒質中の2つの偏光成分の強度比が1万倍以上になる偏光状態にすれば、受信側において、強度が強い偏光成分、すなわち、強度が強い光パルスを局部発振光とし、強度の弱い偏光成分、すなわち、強度の弱い光パルスを信号光としてホモダイン検出ができるので、極めて高感度、高信頼、且つ、長時間にわたって安定して量子暗号通信を行うことができる。
【0013】
また、送信側において、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質に入射する光パルスを単一光子とし、所定の偏光状態を、媒質中の2つの偏光成分の強度比が等しくなる偏光状態にすれば、受信側において、復元した単一光子の偏光状態を単一光子検出器を用いて測定することができるので、長時間にわたって安定して量子暗号通信を行うことができる。
【0014】
また、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質は、光学的異方性を有する媒質であればよく、異なる偏光成分は、互いに直交する直線偏光であればよい。例えば、方解石(CaCO3 )や、ニオブ酸リチウム(LiNbO3 )が使用できる。
【0015】
また、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質は、光学活性を有する媒質であっても良く、その場合には、異なる偏光成分は、互いに逆回りの円偏光であればよい。例えば、水晶(SiO2 )や液晶が使用できる。
【0016】
また、光学異方性を有する媒質を使用する場合は、この媒質に電圧を印加する電極を設けて電気光学素子とすることによって、参照光と信号光の間の時間差の生成、消去のみでなく、量子暗号を生成する位相変調も兼ねることができる。
【0017】
本発明の量子暗号通信装置は、位相変調方式の量子暗号通信装置であって、送信装置において、光パルスを所定の偏光状態で入射することにより、2つの偏光成分を生起し、2つの偏光成分を互いに遅延し、所定の時間差を有する2つの光パルスを生成する、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質を有し、受信装置において、所定の時間差を有する2つの光パルスを、送信装置の遅延とは逆の遅延を生ずる偏光状態で入射することにより、所定の時間差を有する2つの光パルスの時間差を消去し一つの光パルスに復元する、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質を有することを特徴とする。
本発明の装置によれば、単に光パルスを透過させるだけで、所望の時間差を有する2つの光パルスを形成できる。また、所望の時間差を有する2つの光パルスを単に透過させるだけで2つの光パルスの時間差を消去し元の光パルスを復元できる。
従来は、時間差を有する光パルスを生成するために、また、2つの光パルスの時間差を消去し元の光パルスを復元するために、偏光ビームスプリター、複数のミラー、1/2波長板、及び、位相変調器の組み合わせからなる光遅延装置を必要としたため、振動や熱膨張によって上記光学部品の厚みや光軸が変化しやすく、信号光と参照光との光路長差を、長時間、光の波長以下の精度で一定に保つことが困難であり、それ故、長時間にわたって安定して量子暗号通信を行うことは困難であった。
本発明の装置に依れば、単一の部品で時間差を有する光パルスを生成でき、また、単一の部品で2つの光パルスの時間差を消去し元の光パルスを復元できるので、振動や熱膨張による光路長の変化が無く、信号光と参照光との光路長差を、長時間、光の波長以下の精度で一定に保つことができ、それ故、長時間にわたって安定して量子暗号通信を行うことができる量子暗号通信装置である。
【0018】
また、送信装置において、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質に所定の偏光状態で入射する光パルスをコヒーレント光パルスとし、所定の偏光状態を媒質中の2つの偏光成分の強度比が1万倍以上になる偏光状態にする構成とし、受信側において、強度が強い偏光成分、すなわち、強度が強い光パルスを局部発振光とし、強度の弱い偏光成分、すなわち、強度の弱い光パルスを信号光としたホモダイン検出の構成とした装置は、極めて高感度、高信頼、且つ、長時間にわたって安定して量子暗号通信ができる量子暗号通信装置である。
【0019】
また、送信装置において、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質に入射する光パルスを単一光子とし、所定の偏光状態を媒質中の2つの偏光成分の強度比が等しくなる偏光状態にし、受信装置において、復元した単一光子の偏光状態を単一光子検出器を用いて測定する構成とした装置は、長時間にわたって安定して量子暗号通信を行うことができる量子暗号通信装置である。
【0020】
また、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質は、光学異方性を有する媒質であればよく、異なる偏光成分は、互いに直交する直線偏光であればよい。例えば、方解石(CaCO3 )や、ニオブ酸リチウム(LiNbO3 )が使用できる。
【0021】
また、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質は、光学活性を有する媒質であってもよく、この場合には、異なる偏光成分は、互いに逆回りの円偏光であればよい。例えば、水晶(SiO2 )や液晶が使用できる。
【0022】
また、光学異方性を有する媒質を使用する場合は、この媒質に電圧を印加する電極を設けて電気光学素子とすることによって、参照光と信号光の間の時間差の生成、消去のみでなく、量子暗号を生成する位相変調も兼ねることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明の量子暗号通信方法及び量子暗号通信装置によれば、2つの光パルスの光路長の差を光パルスの波長以下の一定値に長時間保持することができるので、長時間にわたって安定して量子暗号通信ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の量子暗号通信方法及び量子暗号通信装置を図面に基づいて詳細に説明する。
初めに本発明に用いる、一つの光パルスから所定の時間差を有する2つの光パルスを生成する方法、及び、2つの光パルスの時間差を消去し復元する方法を説明する。
図1は、本発明の量子暗号通信方法、及び、量子暗号通信装置に用いる、時間差を有する2つの光パルスを生成する方法、及び、2つの光パルスの時間差を消去する方法を説明する図である。偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質が光学異方性を有する媒質であり、光学異方性を有する媒質が電気光学結晶である場合を例に取り説明する。
(a)図は、常光線屈折率(no )方向がx軸方向、異常光線屈折率(ne )方向がy軸方向となるように電気光学結晶1を配置し、z軸の正方向に複数の光パルス2を一定の時間間隔で入射する場合を示している。また、光パルス2はx軸方向から45度傾いた偏光面を有するものとし、光パルス2のx方向の偏光成分を2a、y軸方向の偏光成分を2bとする。光パルス3は、光パルス2が電気光学結晶1を通過した後の光パルスを表し、光パルス3のx軸方向の偏光成分を3a、y軸方向の偏光成分を3bとする。
電気光学結晶1中で、x方向の偏光成分2aは屈折率no を感じ、y方向の偏光成分2bは屈折率ne を感じるので、電気光学結晶1のz軸方向の長さをsとすると、偏光成分2aの偏光成分2bに対する電気光学結晶1による光路長差Δuは、Δu=(no −ne )sとなり、no<neであれば、偏光成分3bは偏光成分3aから、時間差Δt=Δu/c(但し、cは光速)だけ遅延し、図に示すように、互いに時間差Δtで遅延した偏光成分3aと偏光成分3b、すなわち、時間差Δtで遅延した2つの光パルス列が形成される。
ニオブ酸リチウムを用いた電気光学素子の場合に具体的な値を計算すると、ne =2.14、no=2.17、s=40mmとすると、Δu=−3mmとなり、Δtは−10ピコ秒となる。光パルスのコヒーレンス時間が、時間差Δtよりも小さければ、2つのパルスを時間的に分離できることになる。本来、光パルスの偏光面が互いに直交していれば互いに干渉することはないが、光ファイバ中で偏光面の揺らぎが生じるので、時間的に分離することによって、この揺らぎによる干渉を防止することができる。
ファブリーペロー型半導体レーザーを利得スイッチ法でパルス発振させることにより、コヒーレンス時間が10ピコ秒より小さい光パルスを発生することが出来るので、この寸法のニオブ酸リチウムを用いることによって、2つの光パルスを互いに干渉させずに送信側から受信側に送信するために必要な、2つの光パルス間の所定の時間差を形成できる。尚、光パルスのコヒーレンス時間に比べて、2つの光パルス間の所定の時間差が小さくなると、偏光状態を制御することに近づく。
【0025】
(b)図は、(a)の配置の電気光学結晶1をz軸の回りに90度回転し、(a)で形成された時間差Δtで遅延した偏光成分3aと偏光成分3bとからなる光パルス列3をz軸の正方向に入射した場合を示している。
この場合には、(a)とは逆に、x方向の偏光成分3aは屈折率neを感じ、y方向の偏光成分3bは屈折率noを感じるので、偏光成分3aの偏光成分3bに対する電気光学結晶1による光路長差は−Δuとなり、偏光成分3bは偏光成分3aから、時間差−Δtだけ遅延し、その結果、(a)で形成された時間差が消去され、図に示すように、元の複数の光パルス列2が復元される。
このように、本発明においては、位相変調方式の量子暗号通信方法、及び、量子暗号通信装置において必要不可欠である、同一の光パルスから生成した所定の時間遅延を有する2つの光パルスの生成と、この2つの光パルスの復元を、単に、電気光学結晶に光パルスを透過させることで行うので、従来技術で課題であった、熱膨張や機械的振動によるミラー等による光路長の変化が無く、従って、信号光と参照光との光路長差を、長時間、光の波長以下の精度で一定に保つことができ、長時間にわたって安定して量子暗号通信を行うことが可能な、量子暗号通信方法、及び、量子暗号通信装置が可能になる。
【0026】
上記方法は電気光学結晶に電圧を印加しないで行うが、電気光学結晶の異常光線屈折率ne方向に直交する2枚の表面に電極1a、電極1bを設けて電気光学素子とし、電極端子1a、電極端子1b間に電圧を印加するようにしてもよい。このようにすれば、異常光線屈折率方向の屈折率を印加電圧によって調整できるので、時間差を有する2つの光パルスを生成、及び、2つの光パルスの時間差を消去し復元することに加えて、秘密鍵を生成する位相変調を兼ねることができる。
電気光学素子は、異常光線屈折率ne方向に電圧を印可することにより、異常光線屈折率方向の屈折率を電気光学効果により変化させることができる。位相変調量φは、電圧Vに比例して変化し、φ=πne3 rsV/λdと表すことが出来る。ここで、ne は異常光線屈折率、r は電気光学定数、sは電気光学素子の長さ、λは光の波長、dは電気光学素子の厚さである。ニオブ酸リチウムを用いた電気光学素子の場合に具体的な値を計算すると、ne =2.14、r =30.8pm/V、s=40mm、V=200V、λ=1.55μm、d=3mmを代入すると、およそφ= π/2となる。従って、印加電圧を選択することにより、0度、90度、180度、及び、270度の位相を加えることができ、秘密鍵を生成するために必要な変調手段を兼ねることができる。
このように、本発明の方法は熱的、また、機械的にも安定であるため、長時間にわたって安定した量子暗号通信を実現することが出来、また、電気光学素子だけで、時間的な分離、復元と位相変調という2つの機能を実現できるので、簡便に量子暗号通信装置を実現することが出来る。
【0027】
図2は、本発明の量子暗号通信装置の構成を示す模式図である。
本発明の量子暗号通信装置21は、送信装置22と受信装置23とより成る。送信装置22は、光パルス光源24と、光パルス光源24から出る光パルス25の偏光面を回転する1/2波長板26と、1/2波長板26によって偏光面を回転した光パルスを入射する電気光学素子28とより成る。θは、電気光学素子28に入射する直前の光パルス25の偏光面と電気光学素子28の異常光線屈折率方向とが成す角である。光パルス光源24にコヒーレント光パルス源を使用する場合は、電気光学素子28中の光パルス25の異常光線屈折率方向の偏光成分が常光線屈折率方向の偏光成分に比べて1万倍以上大きくなるようにθを選択して、電気光学素子28を出た光パルス27の電界成分27aと電界成分27bの2つの光パルスの強度比が1万倍以上になるようにする。1万倍以上になるθは10-4ラジアンから10-6ラジアン程度である。また、光パルス光源24に単一光子源を用いる場合は、電界成分27aと電界成分27bの2つの光パルスの強度比が等しくなるように、θ=45度を選択する。
電気光学素子28の長さは、二つの光パルス27aと27bとの時間差が所定の大きさになるように選択する。所定の時間差は、この2つの光パルスが伝送路を伝搬中の偏光面の揺らぎによって干渉しないための時間差であり、光源24のコヒーレンス性の程度によって決まる。
電気光学素子28を出た2つの光パルス27aと27bは伝送路30を介して受信装置23に伝送する。伝送路30は、光ファイバでもよく、また、自由空間でもよく、自由空間の場合には、望遠鏡でビーム断面を広げて伝送し、回折の影響を少なくすることが好ましい。
【0028】
受信装置23は、伝送路30から出た2つの光パルス27aと27bを入射する、送信装置の電気光学素子28と材質、形状、共に同等な電気光学素子を光線軸の周りに90度回転して配置した電気光学素子31と、電気光学素子31を透過することによって2つの光パルス27aと27bの時間差を消去された2つの光パルス32aと32bの偏光面を回転する1/2波長板33と、1/2波長板33により偏光面が回転された2つの光パルス32aと32bを偏光分離する偏光ビームスプリッター34と、偏光ビームスプリッター34の2つの光出力をそれぞれ測定する光検出器35a、35bとより成る。
2つの電気光学素子28、31は長さが等しいことが望ましいが、長さにずれがある場合には、時間遅延補正用の第3の光学異方性を有する媒質を付加しても良く、さらに、この第3の光学異方性を有する媒質の光軸に対する角度を調整することで時間遅延量の補正を行っても良い。また、2つの電気光学素子の温度を安定化することにより、時間遅延量を安定化しても良い。
光源24をコヒーレント光パルス源とし、光パルス32aと32bをそれぞれ参照光と信号光とし、ホモダイン検出により秘密鍵を生成する場合は、従来技術の図3で説明したように、光検出器35a、35bの出力の差信号を測定して秘密鍵を生成する。
光源24を単一光子源とする場合は、光検出器35a、35bにより、フォトンカウンティングを行い、秘密鍵を生成する。
【0029】
次に、上記装置の光源がコヒーレント光パルス源である場合に、秘密鍵の生成を説明する(特許文献1及び非特許文献3を参照)。
電気光学素子28中の異常光線屈折率方向の偏光成分が常光線屈折率方向の偏光成分に比べて1万倍以上大きくなるようにθを選択して、コヒーレント光パルスを電気光学素子28に入射し、送信者は、電気光学素子28の電極端子28a、28b間に電圧を印加して、0度、90度、180度、270度の内の何れかの位相を光パルス列25にランダムに印加する。受信者は、電気光学素子31の電極端子31a,31bに電圧を印加して、上記光パルス列に、0度と90度の内の何れかの位相をランダムに印加すると共に、その光パルスの差信号を測定し、差信号が+の場合にビット1,−の場合にビット0とする。次に、受信者は公衆回線を通じて送信者に、自分の加えた位相が、0度と90度のどちらであるかを光パルス毎に報告する。送信者はこの報告をもとに、自分が加えた位相と受信者が加えた位相との差が0度か180度になる光パルスを選択して、それらの光パルスを秘密鍵とすることを受信者に連絡し、位相差が0度の信号光をビット1、位相差が180度の光パルスをビット0として秘密鍵とする。受信者は送信者から連絡のあった秘密鍵とする光パルスのビットのみを選択し秘密鍵とする。このようにして他人に知られることなく秘密鍵を共有する。
尚、受信側で0度と90度の内の何れかの位相をランダムに印加するが、これは、微弱な光パルスの電場振幅の実部を測定するか、虚部を測定するかということに対応する。1/2波長板33で偏光面を45度回転した後、偏光ビームスプリッター34により、2つの光パルス32a,32bをそれぞれ偏光ビームスプリッター34の2つの偏光面に分割し、この2つの偏光面それぞれの合波出力を、光検出器35a、35bで検出し、その差信号を検出すれば、微弱な光パルス32b(信号光)を強度の強い光パルス32a(参照光)でホモダイン検出したことに相当し、直交振幅をホモダイン検出したことになる。
【0030】
次に、上記装置の光源が単一光子源である場合に、BB84プロトコル(非特許文献1を参照)による秘密鍵の生成を説明する。
単一光子源は、光源から出る光パルスを十分減衰して形成した非常に微弱な光パルス、すなわち、擬似的な単一光子源を使用することができる。この単一光子列をθ=45度で電気光学素子28に入射し、送信者は、電極端子28a、28b間に電圧を印加して、0度、90度、180度、270度の4つの位相の内の何れかを単一光子列にランダムに加える。受信者は、電気光学素子31の電極端子31a,31bに電圧を印加して、上記単一光子列に、0度と90度の内の何れかの位相をランダムに印加すると共に、その単一光子が、光検出器35a、35bのどちらに入射したかを検出し、光検出器35aに入射した場合をビット1、光検出器35bに入射した場合をビット0とする。次に、受信者は公衆回線を通じて送信者に、自分の加えた位相が、0度と90度のどちらであるかを単一光子毎に報告する。送信者はこの報告をもとに、自分が加えた位相と受信者が加えた位相との差が0度か180度になる単一光子を選択して、それらの単一光子を秘密鍵とすることを受信者に連絡し、位相差が0度の信号光をビット1、位相差が180度の信号光をビット0として秘密鍵とする。受信者は送信者から連絡のあった秘密鍵とする単一光子のビットのみを選択し、秘密鍵とする。このようにして他人に知られることなく秘密鍵を共有する。
尚、送信側と受信側の2つの位相変調の差が0度の時は、単一光子の偏光状態は最初と同じ45度直線偏光、180度の時は、最初とは90度偏光面が回転した直線偏光、90度と270度の時は、右回りと左回りの円偏光状態となる。1/2波長板33で偏光面を45度回転した後、偏光ビームスプリッタ34を通すと、単一光子は、直線偏光状態に応じて、2つの単一光子検出器35a、35bのどちらかに必ず向かい、検出される。この検出結果を基に、秘密鍵を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の量子暗号通信方法及び量子暗号通信装置に用いる、時間差を有する2つの光パルスを生成する方法、及び、2つの光パルスの時間差を消去する方法を説明する図である。
【図2】本発明の量子暗号通信装置の構成を示す模式図である。
【図3】従来の位相変調方式の量子暗号通信装置を説明する図である。
【符号の説明】
【0032】
1 電気光学結晶(電気光学素子)
1a 電極端子
1b 電極端子
2 光パルス、光パルス列
2a 電界成分
2b 電界成分
3 光パルス
3a 電界成分、光パルス
3b 電界成分、光パルス
21 本発明の量子暗号通信装置
22 送信装置
23 受信装置
24 光パルス光源
25 光パルス
26 1/2波長板
27 光パルス
27a 電界成分、光パルス
27b 電界成分、光パルス
28 電気光学素子
28a 電極端子
28b 電極端子
30 伝送路
31 電気光学素子
31a 電極端子
32 光パルス
32a 電界成分、光パルス
32b 電界成分、光パルス
33 1/2波長板
34 偏光ビームスプリッター
35a 光検出器
35b 光検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
位相変調方式の量子暗号通信方法であって、
送信側において、
偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質に光パルスを所定の偏光状態で入射して、この媒質中に2つの偏光成分を生起し、この媒質の偏光状態に依存して異なる屈折率により上記偏光成分を互いに遅延させ、上記偏光成分間の光路長の差に対応する所定の時間差を有する2つの光パルスを生成するステップと、
受信側において、
上記所定の時間差を有する2つの光パルスを、上記送信側の遅延とは逆の遅延を生ずる偏光状態で、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質に入射して、この媒質の偏光状態に依存して異なる屈折率により上記2つの光パルスの所定の時間差を消去するステップと、を有することを特徴とする、量子暗号通信方法。
【請求項2】
前記送信側において、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質に所定の偏光状態で入射する光パルスはコヒーレント光パルスであり、上記所定の偏光状態は上記媒質中の2つの偏光成分の強度比が1万倍以上になる偏光状態であることを特徴とする、請求項1に記載の量子暗号通信方法。
【請求項3】
前記送信側において、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質に入射する光パルスは単一光子であり、前記所定の偏光状態は前記媒質中の2つの偏光成分の強度比が等しくなる偏光状態であることを特徴とする、請求項1に記載の量子暗号通信方法。
【請求項4】
前記偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質は、光学異方性を有する媒質であり、前記2つの偏光成分は、互いに直交する直線偏光であることを特徴とする、請求項1〜3の何れかに記載の量子暗号通信方法。
【請求項5】
前記偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質は、光学活性を有する媒質であり、前記2つの偏光成分は、互いに逆回りの円偏光であることを特徴とする、請求項1〜3の何れかに記載の量子暗号通信方法。
【請求項6】
前記光学異方性を有する媒質は、この媒質の表面に電圧を印加する電極を有し、この電極に印加する電圧により、秘密鍵を生成するための位相変調を行うことを特徴とする、請求項4に記載の量子暗号通信方法。
【請求項7】
位相変調方式の量子暗号通信装置であって、
送信装置において、
光パルスを所定の偏光状態で入射することにより、2つの偏光成分を生起し、この2つの偏光成分を互いに遅延し、所定の時間差を有する2つの光パルスを生成する、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質を有し、
受信装置において、
上記所定の時間差を有する2つの光パルスを、上記送信装置の遅延とは逆の遅延を生ずる偏光状態で入射することにより、上記所定の時間差を有する2つの光パルスの時間差を消去し一つの光パルスに復元する、偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質を有することを特徴とする、量子暗号通信装置。
【請求項8】
前記送信装置において、光パルスはコヒーレント光パルスであり、所定の偏光状態は媒質中の2つの偏光成分の強度比が1万倍以上になる偏光状態であることを特徴とする、請求項7に記載の量子暗号通信装置。
【請求項9】
前記送信装置において、光パルスは単一光子であり、所定の偏光状態は媒質中の2つの偏光成分の強度比が等しくなる偏光状態であることを特徴とする、請求項7に記載の量子暗号通信装置。
【請求項10】
前記偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質は、光学異方性を有する媒質であり、前記2つの偏光成分は、互いに直交する直線偏光であることを特徴とする、請求項7〜9の何れかに記載の量子暗号通信装置。
【請求項11】
前記偏光状態に依存して異なる屈折率を示す媒質は、光学活性を有する媒質であり、前記2つの偏光成分は、互いに逆回りの円偏光である、ことを特徴とする請求項7〜9の何れかに記載の量子暗号通信装置。
【請求項12】
前記光学異方性を有する媒質は、この媒質の表面に電圧を印加する電極を有し、この電極に印加する電圧により、秘密鍵を生成するための位相変調を行うことを特徴とする、請求項10に記載の量子暗号通信装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−237754(P2006−237754A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−46326(P2005−46326)
【出願日】平成17年2月22日(2005.2.22)
【出願人】(501086714)学校法人 学習院 (7)
【Fターム(参考)】