説明

金属と樹脂の複合体の製造方法

【課題】安全な作業環境での従事が可能であり、しかも充分な接合強度で金属材と熱可塑性樹脂とを一体成形でき、低コストで金属と樹脂の複合体を製造できる方法を提供する。
【解決手段】微多孔質の水酸基含有皮膜が形成された金属の表面に、熱可塑性樹脂を射出し、上記皮膜を介して金属と熱可塑性樹脂とを一体化する。ここで、水酸基含有皮膜は、金属の表面に温水処理を施すことにより容易に且つ低コストで形成でき、水酸化皮膜及び/又は水和皮膜ということもでき、金属の水酸化物及び/又は水和酸化物を含む皮膜ということができる。好適な態様においては、前記金属の表面に少なくとも5nm以上の厚さ、好ましくは5nm〜100nmの厚さの微多孔質の水酸基含有皮膜が形成されている。温水処理としては、金属を50℃以上の温水に30秒以上、好ましくは60〜90℃の温水に1〜30分浸漬する処理が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属と樹脂の複合体の製造方法に関し、さらに詳しくは、微多孔質の水酸基含有皮膜が形成された金属の表面に熱可塑性樹脂を射出し、上記皮膜を介して金属と熱可塑性樹脂とを一体化する金属と樹脂の複合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属と合成樹脂を一体化する技術は、自動車部品、家庭電化製品や産業機器の各種部品、内外装用部材等の広い分野において求められている。また、昨今の携帯電話、携帯用パソコンなど携帯用電子機器の発展と市場拡大は、より軽量丈夫で外観の優れた構造を求めており、アルミニウムやマグネシウム等の軽合金製や薄いステンレスシート製の外装部と、これと素材が全く異なる高強度樹脂製シャーシの合理的な接合手段が求められている。金属と合成樹脂の接合には、一般に接着剤が使用され、このために多くの接着剤が開発されている。しかしながら、接着剤は経時的に強度低下を伴い、固着力が安定的でない上、作業の繁雑さを伴う。また、ねじ止め等の一体化方法も従来から広く行われ、周知であるが、軽量化の要望に充分に応えることはできず、また量産を伴う製造においては、必ずしも能率的であるとはいえない。
【0003】
そこで、接着剤を使用しない、より合理的な接合方法について従来から研究されてきた。このような目的に合う最も容易な接合手段としてまず考えられるのは、インサート成形法である。即ち、金属板等を曲げ、切断、絞り加工等のプレス加工、ミーリング等の切削加工等の加工法により、所望の形状に金属材を加工し、これを射出成形金型に挿入した後、溶融した熱可塑性樹脂を射出する方法である。しかしながら、金属と熱可塑性樹脂では線膨張率等の物性で大きな差があり、充分な接合強度で金属と熱可塑性樹脂を一体化することは困難である。
【0004】
上記のような問題を解決するために、従来、金属と樹脂の複合体をインサート成形するに先立って、予め金属表面をヒドラジン等の水溶性還元剤で処理し、この表面処理された金属表面に、ポリアルキレンテレフタレートやポリフェニレンサルファイドを含む熱可塑性樹脂組成物を射出し、一体化する方法が提案されている(特許文献1〜6参照)。
【特許文献1】特開2003−103563公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開2003−200453号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】特開2003−251654号公報(特許請求の範囲)
【特許文献4】特開2004−50488号公報(特許請求の範囲)
【特許文献5】特開2005−119005号公報(特許請求の範囲)
【特許文献6】特開2005−119237号公報(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のような予め金属表面をヒドラジン等の水溶性還元剤で処理し、この表面処理された金属表面に、ポリブチレンテレフタレートやポリフェニレンサルファイドを含む熱可塑性樹脂組成物を射出し、一体化する方法により、ある程度充分な接合強度で金属と樹脂を一体的に接合することは可能である。
しかしながら、ヒドラジンは作業環境への影響の面から使用方法と取扱いに注意が必要である。従って、このような薬品の使用は実際の工業的使用の面で問題があり、またコストアップの要因となる。また、射出処理にて接合できる樹脂は上記PBTとPPSの2種類が挙げられ、他の樹脂にも適用可能かどうかは不明である。
【0006】
従って、本発明の目的は、従来の水溶性還元剤を用いることなく、安全な作業環境での従事が可能であり、しかも充分な接合強度で金属材と熱可塑性樹脂とを一体成形でき、低コストで金属と樹脂の複合体を製造できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために、本発明によれば、微多孔質の水酸基含有皮膜が形成された金属の表面に、熱可塑性樹脂を射出し、上記皮膜を介して金属と熱可塑性樹脂とを一体化することを特徴とする金属と樹脂の複合体の製造方法が提供される。
ここで、水酸基含有皮膜は、金属の表面に温水処理を施すことにより容易に且つ低コストで形成でき、水酸化皮膜及び/又は水和皮膜ということもでき、金属の水酸化物及び/又は水和酸化物を含む皮膜ということができる。好適な態様においては、前記金属の表面に少なくとも5nm以上の厚さ、好ましくは5nm〜100nmの厚さの微多孔質の水酸基含有皮膜が形成されている。
【0008】
好適な態様においては、前記金属は、アルミニウム、アルミニウム合金、マグネシウム、マグネシウム合金、銅又は銅合金のいずれかの金属である。特に好適には、陽極酸化皮膜が形成されたアルミニウム又はアルミニウム合金である。
前記金属の表面に微多孔質の水酸基含有皮膜を形成する手段としては、温水処理を施す方法が好適である。温水処理は、金属を50℃以上の温水に30秒以上浸漬する処理、好ましくは金属を60〜90℃の温水に1〜30分浸漬する処理が好ましい。
【0009】
一方、前記熱可塑性樹脂としては、ポリアルキレンテレフタレート、ポリアルキレンサルファイド又はポリフェニレンサルファイドを含む樹脂、好ましくはポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリフェニレンサルファイド或いはこれらを主とする樹脂、特に好ましくは熱可塑性エラストマーを添加した樹脂を有利に用いることができる。
より具体的な態様としては、金型内に前記微多孔質の水酸基含有皮膜が形成された金属を配し、上記金属表面の水酸基含有皮膜と金型内周面とによって形成される空間に熱可塑性樹脂を射出するインサート成形法が好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の金属と樹脂の複合体の製造方法によれば、微多孔質の水酸基含有皮膜が形成された金属の表面に、熱可塑性樹脂を射出し、上記皮膜を介して金属と熱可塑性樹脂とを一体化するものであるため、上記微多孔質の水酸基含有皮膜のアンカー効果と化学的な作用により、金属と熱可塑性樹脂とを充分な接合強度で一体化することができる。また、このような水酸基含有皮膜は、従来のヒドラジンを用いることなく、金属の表面に温水処理を施すことにより容易に且つ低コストで形成できるので、悪臭を伴うことも無く、所望の形状に成形された金属材と熱可塑性樹脂とが一体成形された複合体を低コストで安全に製造することができる。
【0011】
また、本発明の方法は、前記微多孔質の水酸基含有皮膜を形成できる金属であれば全て適用可能であり、特定の金属に限定されることが無いという利点を有する。特に、陽極酸化皮膜が形成されたアルミニウム又はアルミニウム合金の場合、耐食性に優れるため、上記水酸基含有皮膜が剥がれても優れた耐食性を維持できると共に、既存アルマイトラインをそのまま使用し、射出温度・時間の低減も可能であり、製造工程の簡素化を図ることができ、コストダウンが可能である。また、接合する熱可塑性樹脂としても、各種樹脂に適用可能であるという利点を有し、また、熱可塑性エラストマーを添加した熱可塑性樹脂組成物を使用した場合、樹脂組成物の過冷却領域を広げ、比較的低温でも樹脂組成物に流動性を持たせることが可能となる。それにより、金属と樹脂の射出成形時に、比較的低温で短時間射出することによっても、流動性の良い半溶融状態の樹脂となるため、前記微多孔質の水酸基含有皮膜との接触面積が拡大し、金属と樹脂の接合強度を高めることができる。
【0012】
さらに、金型内に前記微多孔質の水酸基含有皮膜が形成された金属を配し、上記金属表面の水酸基含有皮膜と金型内周面とによって形成される空間に熱可塑性樹脂を射出することにより、金属−樹脂複合成形体を低コストで安全に製造することができ、製品の軽量化を達成できる。また、2種以上の所望の形状に成形された金属材を各々温水処理後、組み合わせて金型内に配し、射出成形することで、異なる物性を有する金属材と樹脂とを一体成形することもできる。さらに、製品廃棄時には、アルカリ浸漬を行うことで容易に金属と樹脂の分離が可能であり、製品のリサイクル性にも優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究した結果、微多孔質の水酸基含有皮膜が形成された金属の表面に、熱可塑性樹脂を射出すれば、上記皮膜を介して金属と熱可塑性樹脂とを充分な接合強度で一体化できること、及び、このような水酸基含有皮膜は、従来のヒドラジンを用いることなく、金属の表面に温水処理を施すことにより容易に且つ低コストで形成できることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0014】
このように、微多孔質の水酸基含有皮膜が形成された金属の表面に熱可塑性樹脂を射出すれば、金属と熱可塑性樹脂とを充分な接合強度で一体化できる理由としては、現時点では必ずしも明らかになっているとはいい難いが、上記微多孔質の水酸基含有皮膜のアンカー効果と化学的な作用によるものと考えられる。すなわち、金属の表面に温水処理を施すことにより形成される水酸基含有皮膜は、水酸化皮膜及び/又は水和皮膜ということもでき、金属の水酸化物及び/又は水和酸化物を含む皮膜ということができる。また、微多孔質構造は、その孔が金属面に対して網目状に入り込んで、どちらかといえば毛羽立った構造を有している。従って、このような微多孔質構造に射出された熱可塑性樹脂が入り込み、アンカー効果を発揮することができる。また、上記水酸基含有皮膜は、金属の水酸化物及び/又は水和酸化物を含む皮膜であり、電気的に陰性を帯びた(δ−で表示される)水酸基もしくは酸素原子を含むため、樹脂の電気的に陽性を帯びた(δ+で表示される)水素原子と引き合い、その化学的な作用が水酸基含有皮膜と樹脂の接合強度向上に大きく寄与しているものと考えられる。
【0015】
従って、本発明の方法は、前記微多孔質の水酸基含有皮膜を形成できる金属であれば全て適用可能であり、特定の金属に限定されることが無いが、アルミニウム、アルミニウム合金、マグネシウム、マグネシウム合金、銅又は銅合金のいずれかの金属に好適に適用できる。特に、陽極酸化皮膜が形成されたアルミニウム又はアルミニウム合金の場合、耐食性に優れるため、上記水酸基含有皮膜が剥がれても優れた耐食性を維持できると共に、既存アルマイトラインをそのまま使用可能である。なお、必要な形状、構造に加工された金属材は、樹脂を接合すべき面に油脂が付着していたり、厚く酸化されていないことが必要であり、必要に応じて、脱脂、水洗、中和等の前処理を施すことが望ましい。また、長期間の自然放置で表面に錆の存在が明らかなものは、研磨等により取り除くことが必要である。また、2種以上の所望の形状に成形された金属材を各々温水処理後、組み合わせて金型内に配し、射出成形することで、異なる物性を有する金属材料と樹脂とを一体成形することもできる。
【0016】
前記熱可塑性樹脂としては、特定の種類のものに限定されるものではないが、ポリアルキレンテレフタレート、ポリアルキレンサルファイド又はポリフェニレンサルファイドを含む樹脂、好ましくはポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)或いはこれらを主とする樹脂を好適に用いることができる。また、PBT単独のポリマー、PBTとポリカーボネート(PC)のポリマーコンパウンド、PBTとアクリロニトリル・ブタジエン・スチレン樹脂(ABS樹脂)のポリマーコンパウンド、PBTとポリエチレンテレフタレート(PET)のポリマーコンパウンド等も用いることができる。特に好ましいのは、熱可塑性エラストマー、例えばオレフィン系エラストマーを添加した樹脂である。熱可塑性エラストマーを添加することにより、熱可塑性樹脂組成物の過冷却領域を広げ、比較的低温でも樹脂組成物に流動性を持たせることが可能となる。また、金属と熱可塑性樹脂組成物との熱膨張率の差を小さくすると共に、接合強度を向上させるために、フィラーを添加した熱可塑性樹脂組成物を用いることが好ましい。
【0017】
フィラーの含有は、金属材と熱可塑性樹脂組成物との熱膨張率の差を小さくするという観点から重要である。フイラーとしては、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維、その他これらに類する高強度繊維が好ましい。また、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、シリカ、タルク、粘土、炭素繊維やアラミド繊維の粉砕物、その他これらに類する樹脂充填用無機フィラーを含有した熱可塑性樹脂組成物であることが好ましい。このようなフィラーを含む熱可塑性樹脂組成物を用いることにより、成形された複合体を温度サイクル試験にかけた時の接合強度低下を防止し、また、インサート成形後の金属の冷却縮みと熱可塑性樹脂組成物の成形収縮の差を小さくし、僅かな衝撃で界面破壊が起こって剥がれる原因となる金属と樹脂の界面での内部歪の発生を防止することが可能となる。フィラーの含有率は高い方が好ましく、通常、20質量%以上、より好ましくは30質量%以上であり、一般には30〜50質量%の含有率が好ましい。
【0018】
本発明においては、所望の形状に成形された金属材を、射出成形に先立って、温水中に浸漬する処理を行って水酸基含有皮膜を形成した後、これを乾燥し、射出成形金型に挿入して金型を閉め、金属材表面の水酸基含有皮膜と金型キャビティ内周面とによって形成される空間に熱可塑性樹脂組成物を射出する。射出条件としては、前記熱可塑性樹脂組成物を使用する場合の通常の射出成形とほぼ同様の条件で充分である。
【0019】
前記温水処理は、金属を約50℃以上、100℃未満、好ましくは60〜90℃の温水に、約30秒以上、好ましくは1〜30分接触させる処理であり、温水中への浸漬や、温水のスプレー、水蒸気の噴霧などの処理方法が採用できるが、作業性や設備コスト等の点から、好ましくは浸漬処理により行う。
このような温水処理により、金属の表面に少なくとも5nm以上の厚さ、好ましくは5nm〜100nmの厚さの微多孔質の水酸基含有皮膜が形成される。温水の温度が高いほど処理時間を短くし、温水の温度が低いほど処理時間を長くして、所望の膜厚が得られるように調整することができる。
【0020】
前記したように金属材と樹脂とが一体成形された複合材は、アルカリや酸の水溶液に浸漬することにより、アルカリや酸の水溶液が金属材と樹脂との界面に浸透して水酸基含有皮膜を溶解するので、比較的簡単に金属材と樹脂を剥離することができる。従って、製品廃棄時には、アルカリや酸の水溶液に浸漬することで容易に金属と樹脂の分離が可能であり、製品のリサイクル性にも優れている。一方、リサイクル性を考慮しない場合には、耐食性を向上させるために、一体成形体の金属材と樹脂との境界部を塗装処理することが好ましい。これにより、例えば、樹脂が接合されていないアルミニウム合金表面に、接合強度を低下させることなく、後処理として陽極酸化皮膜を形成することもできる。
【0021】
さらに、予め金属材の特定部位に固着硬化喪失処理を行った後、前記した温水処理及び射出成形を実施することで、部分的に非一体化させることもできる。このような固着硬化喪失処理としては、金属材の特定部位に、(1)例えばエポキシ系のインクや塗料、低温で硬化する2液性ウレタン硬化系のインクや塗料、1液性アクリル系インク等のコーティング剤で印刷又は筆塗りによる被覆方法、(2)マスキングテープを貼り付ける方法、(3)リューター(回転砥石)又はサンドペーパーにより表面を剥がし取る方法、(4)レーザーを照射して固着効果を喪失させる方法などである。
【実施例】
【0022】
以下に実施例等を示して本発明について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。また、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲で当業者の知識に基づき、種々なる改良、変更、修正を加えた様態で実施しうるものである。
【0023】
なお、以下の実施例において実施した金属材と樹脂の接合強度の測定は、図1に示すように、水酸基含有皮膜を形成した44mm×18mm×1.6mmの金属板1の表面に40mm×10mm×3.0mmのサイズの熱可塑性樹脂を射出して作製した試験片を、標点間距離40mmとなるように両端部をチャックに挟んで引張試験機にかけ、JIS K6849に従って引張剪断試験を行った。
【0024】
実施例1
常法に従って脱脂、エッチング(苛性ソーダ)、中和(スマット除去)の前処理を行ったアルミニウム合金A5052PH34を、70℃の温水に5分浸漬し、水酸基含有皮膜を形成した。これを金型内にインサートし、ポリブチレンテレフタレート(PBT;融点223℃)+熱可塑性オレフィン系エラストマー(融点104℃)55質量%、ガラス繊維40質量%、ポリエチレンテレフタレート(PET;融点250℃)5質量%を含むPBT樹脂組成物を、射出温度260℃、射出時間3.5秒の条件で射出し、図1に示すような試験片を作製した。作製した試験片について、前記したようにJIS K6849に従って引張剪断試験を行ったところ、26MPaの接着強度を示した。
【0025】
また、上記のように水酸基含有皮膜を形成したアルミニウム合金のオージェ電子分光による深さ方向分析を行った結果を図2に示す。尚、測定機としては、日本電子(株)製のオージェ電子分光装置、型式JAMP−10SXを用いた。また、皮膜厚さの評価は、膜厚既知の試料を用いてイオンスパッタリングによるスパッタリング深さを求める方法によった。すなわち、厚さ既知の膜が付いた試料を標準試料として使用し、その膜をスパッタリングし終るまでの時間を測定して、そのイオンビーム条件でのスパッタリング速度を決定し、その後、被検試料について同じスパッタリング速度でスパッタリングして測定した時間を標準試料と対比して膜厚を決定する。標準膜試料としては、表面に酸化膜の付いたシリコンウェハーを用いた。厳密には試料によってスパッタリング速度は異なるので、元素ごとのスパッタリング速度(正確にはスパッタリング収率)のデータを用いて補正する必要がある(元素ごとのスパッタリング速度については、「ユーザーのための実用オージェ電子分光法」、1989年6月10日共立出版株式会社発行の付録表10のスパッタリング速度を参照)。
図2に示されるように、約10nmの皮膜が形成されており、この皮膜は表面にいくほど酸素濃度が高く、水酸基もしくは酸素原子が多量に存在していることがわかる。また、表面を透過型電子顕微鏡で観察したところ、孔が金属面に対して網目状に入り込んだ微多孔質構造を有し、どちらかといえば毛羽立った構造を有していた。
【0026】
実施例2
前記実施例1において、温水処理を60℃×10分に変えた以外は、前記実施例1と同様にして試験片を作製した。作製した試験片について、前記したようにJIS K6849に従って引張剪断試験を行ったところ、24MPaの接着強度を示した。
【0027】
比較例1
前記実施例1において、温水処理を行わなかった以外は、前記実施例1と同様にして試験片を作製したが、樹脂がアルミニウム合金に充分に接合しておらず、簡単に剥がれてしまった。
【0028】
実施例3
前記実施例1において、熱可塑性樹脂組成物としてポリフェニレンサルファイド(PPS;融点281℃)+熱可塑性オレフィン系エラストマー(融点192℃)79質量%、ガラス繊維21質量%を含むPPS樹脂組成物を用い、射出温度を310℃に変えた以外は、前記実施例1と同様にして試験片を作製した。作製した試験片について、前記したようにJIS K6849に従って引張剪断試験を行ったところ、21MPaの接着強度を示した。
【0029】
実施例4
前記実施例3において、温水処理を60℃×10分に変えた以外は、前記実施例1と同様にして試験片を作製した。作製した試験片について、前記したようにJIS K6849に従って引張剪断試験を行ったところ、25MPaの接着強度を示した。
【0030】
比較例2
前記実施例3において、温水処理を行わなかった以外は、前記実施例3と同様にして試験片を作製したが、樹脂がアルミニウム合金に充分に接合しておらず、簡単に剥がれてしまった。
【0031】
実施例5
常法に従って脱脂、エッチング、中和の前処理を行った真鍮(Cu65%,Zn35%)を、70℃の温水に10分浸漬し、水酸基含有皮膜を形成した。これを金型内にインサートし、ポリブチレンテレフタレート(PBT;融点223℃)+熱可塑性オレフィン系エラストマー(融点104℃)55質量%、ガラス繊維40質量%、ポリエチレンテレフタレート(PET;融点250℃)5質量%を含むPBT樹脂組成物を、射出温度260℃、射出時間3.5秒の条件で射出したところ、充分な接着強度を示した。
【0032】
また、上記のように水酸基含有皮膜を形成した真鍮の、前記実施例1と同様にして測定したオージェ電子分光による深さ方向分析の結果を図3に示す。
図3に示されるように、約17nmの皮膜が形成されており、この皮膜は表面にいくほど酸素濃度が高く、水酸基もしくは酸素原子が多量に存在していることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の金属と樹脂の複合体の製造方法は、各種金属と熱可塑性樹脂とを一体化する技術に好適に用いることができ、IC等を内蔵した電子機器の筐体、構造用部品など、産業用の各種制御機器、家庭用電化製品、携帯電話等の通信機器、医療機器、車両搭載用や建築資材用の筐体、構造用部材もしくは部品、外装用部材もしくは部品等の金属−樹脂複合体の製造に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】各実施例で用いた試験片の概略斜視図である。
【図2】実施例1で温水処理したアルミニウム合金片のオージェ電子分光による深さ方向分析結果を示すグラフである。
【図3】実施例5で温水処理した真鍮片のオージェ電子分光による深さ方向分析結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0035】
1 金属板
2 熱可塑性樹脂

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微多孔質の水酸基含有皮膜が形成された金属の表面に、熱可塑性樹脂を射出し、上記皮膜を介して金属と熱可塑性樹脂とを一体化することを特徴とする金属と樹脂の複合体の製造方法。
【請求項2】
前記金属は、アルミニウム、アルミニウム合金、マグネシウム、マグネシウム合金、銅又は銅合金のいずれかの金属である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記金属は、陽極酸化皮膜が形成されたアルミニウム又はアルミニウム合金である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記金属の表面に少なくとも5nm以上の厚さの微多孔質の水酸基含有皮膜が形成されている請求項1乃至3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記金属の表面に5nm〜100nmの厚さの微多孔質の水酸基含有皮膜が形成されている請求項1乃至3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記金属の表面に温水処理を施し、表面に微多孔質の水酸基含有皮膜を形成する請求項1乃至5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記温水処理は、金属を50℃以上の温水に30秒以上浸漬する処理である請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記温水処理は、金属を60〜90℃の温水に1〜30分浸漬する処理である請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記熱可塑性樹脂は、ポリアルキレンテレフタレート、ポリアルキレンサルファイド又はポリフェニレンサルファイドを含む樹脂である請求項1乃至8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記熱可塑性樹脂は、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリフェニレンサルファイド或いはこれらを主とするものである請求項1乃至9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記熱可塑性樹脂は、熱可塑性エラストマーを添加した樹脂である請求項1乃至10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
金型内に前記微多孔質の水酸基含有皮膜が形成された金属を配し、上記金属表面の水酸基含有皮膜と金型内周面とによって形成される空間に熱可塑性樹脂を射出する請求項1乃至11のいずれか一項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−162115(P2008−162115A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−353914(P2006−353914)
【出願日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【出願人】(000006828)YKK株式会社 (263)
【Fターム(参考)】