説明

金属の回収または除去方法、および、脂質または色素の生産方法

【課題】溶液中で紅藻を培養することにより、溶液に含まれる金属(金属イオン)を高効率で回収または除去する方法、および、脂質または色素を生産する方法を提供する。
【解決手段】シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整した溶液中で培養し、溶液に含まれる金属イオンを紅藻に吸収させて回収することを特徴とする金属の回収方法である。この場合、紅藻を溶液中で培養する際に、Cl濃度の5mM未満への調整および/または酢酸の添加を行った溶液を用いるのが好ましい。また、溶液に含まれる金属イオンの一部または全部を、溶液に固体として含まれる金属から溶出した金属イオンとすることができ、すなわち、バイオリーチングにより溶液に固体として含まれる金属を溶出させて金属イオンとし、さらに溶出した金属イオンを回収することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中で紅藻を培養することにより、溶液に含まれる金属(金属イオン)を回収または除去する方法、および、脂質または色素を生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶液中に含まれる金属イオンの除去および回収、並びに、溶液中に固体として含まれる金属の溶出(バイオリーチング)において、生物を利用した方法は、化学的な方法と比べてコストがかからない方法として知られている。現在、金属イオンの除去および回収、並びに金属の溶出において、生物として藻類を利用した方法は、実用化されていないが、実用化されれば、藻類を利用して金属イオンの除去および回収、並びに金属の溶出が可能となるとともに、藻類を原料として利用してバイオ燃料といった有用物質を効率よく生産できる可能性がある。すなわち、低コストで金属イオンの除去および回収、並びに金属の溶出できるとともに、バイオ燃料の原料を生産できる。
【0003】
近年、地球規模での温暖化、化石燃料の枯渇や食料問題が懸念から、再生可能なエネルギーであるバイオ燃料の生産が活発になりつつある。しかし、トウモロコシ等の農作物を原料としてバイオ燃料を生産すると、食物と競合して食料不足を招くことから、食物と競合しない植物によるバイオ燃料の生産が望まれている。
【0004】
藻類の一群として紅藻があり、この紅藻のシアニディウム目(Cyanidiales)は、ガルディエリア属(Galdieria)、シアニジウム属(Cyanidium)、シアニディオシゾン属(Cyanidioshyzon)の3種から成り立つ。シアニディウム目の分類についての詳細は、生理・生態学的な観点から、非特許文献1に報告されている。非特許文献1では、ガルディエリア属の紅藻のみが、糖と糖アルコールを利用して増殖することができると報告されている。
【0005】
このシアニディウム目の紅藻を培養して溶液に含まれる金属イオンを回収する方法について、従来から種々の提案がなされており、例えば非特許文献2〜4および特許文献1がある。非特許文献2では、ガルディエリア属の紅藻が乾重量の約20%に相当する金属を回収することが報告されている。また、非特許文献3では、ガルディエリア属の紅藻が、嫌気条件で培地中に含まれる銅(6ppm)を4日間で、ほぼ98%回収することが報告されている。
【0006】
さらに非特許文献4では、Ca、Mg、Fe、Cu、Al、Cr、NaおよびNiを金属イオンとして含む溶液で、ガルディエリア属の紅藻を一週間培養すると、最大で、Cuが32%、Crが24%、Niが59%の割合で細胞表層に回収されることが報告されている。この非特許文献4に基づいた特許文献1では、自然界から単離されたシアニディウム目の紅藻(Cyanidium caldarium)ATCC40080株によるアルカリ金属回収と金属添加時の多糖の増産が報告されている。
【0007】
上記のように、ガルディエリア属の紅藻を含むシアニディウム目の紅藻を用いた金属の回収方法について従来から種々の報告がなされている。しかしながら、従来のシアニディウム目の紅藻を用いた金属の回収方法では、回収に要する時間や回収率が十分でなく、実用化に至っていない。また、溶液中に固体として含まれる金属を溶出させて金属イオンとするバイオリーチングについては、報告されていない。
【0008】
一方、シアニディウム目の紅藻を含む全ての紅藻は、炭化水素として、紅藻デンプンを主要に蓄積することが知られている。非特許文献5は、紅藻に蓄積される炭化水素に関し、炭素鎖が19−25のアルケンを蓄積するという報告がされている。しかしながら、バイオディーゼルの原料として有望なトリアシルグリセロール(以下では、「TAG」とも略記する)や脂肪酸メチルエステルが紅藻に蓄積されることについての報告は今までにない。また、バイオエタノールの原料となるアルコール類(長鎖アルコール)が紅藻に蓄積されることについての報告も今までにない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許第4908317号明細書
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Cliniglia C, Yoon H. S., Pollio A., Pinto G. and Bhattacharya D. (2004) Hidden biodiversity of the extremophilic Cyanidiales red algae. Mol. Ecol., 13: 1827−1838.
【非特許文献2】Ahlf W., Irmer U. and Weber A. (1980) Accumulation of lead by fresh water algae under various conditions. Z. Pflanzenphysiol., 100, 197−207.
【非特許文献3】Ahlf W., (1988) Recovery of metals from acid waste water by Cyanidium caldarium. Appl Microbiol Biotech., 28, 512−513.
【非特許文献4】Wood JM. and Wang HK. (1983) Microbial resistance to heavy metals. Environ. Sci. Technol., 17, 582−590.
【非特許文献5】Nagashima H. (1994) Natual products of the Cyanidiophyceae. Seckbach (ed.) Evolutionary Pathways and Enigmatic Algae pp.201−214.
【非特許文献6】Nagasaka S., Nishizawa NK., Watanabe T., Mori S. and Yoshimura E. (2003) Evidence that electron−dense bodies in Cyanidium caldarium have an iron−storage role. Biometals, 16, 465−470.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述の通り、ガルディエリア属の紅藻を含むシアニディウム目の紅藻を用いた金属の回収方法について従来から種々の報告がなされているが、回収に要する時間や回収率が十分でなく、実用化に至っていない。また、シアニディウム目の紅藻により溶液中の金属を溶出させて金属イオンとし、この金属イオンをシアニディウム目の紅藻により回収できれば、スラッジ状の工場廃液に含まれる金属イオンと固体状の金属とを同時に回収することができ、回収に要する手間およびコストを大幅に低減できる。さらに、培養したシアニディウム目の紅藻からバイオ燃料の原料として有用な脂質または金属キレーターとして有用な色素を得ることができれば、培養した紅藻を有効に利用することができる。
【0012】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、本発明の第1の目的は、金属イオンを含む溶液からシアニディウム目の紅藻を用いて効率を高めて金属を回収する方法を提供することにある。また、本発明の第2の目的は、溶液中に固体として含まれる金属を溶出(バイオリーチング)させて金属イオンとし、この金属イオンを回収する金属の回収方法を提供することにある。さらに、本発明の第3の目的は、培養したシアニディウム目の紅藻からバイオ燃料の原料として有用な脂質または金属キレーターとして有用な色素を得ることができれば、培養した紅藻を有効に利用することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するため、種々の試験を行い、鋭意検討を重ねた結果、シアニディウム目の紅藻を溶液中で培養する際に、溶液中の紅藻の細胞濃度やCl濃度を調整したり、酢酸を添加したりすることにより、金属の回収に要する日数を低減できるとともに、回収率を向上できることを知見した。
【0014】
この場合、溶液に固体として含まれる金属をバイオリーチングにより溶出させて金属イオンとし、この金属イオンを回収できることを知見した。
【0015】
さらに、培養したシアニディウム目の紅藻にバイオ燃料の原料として有望なトリアシルグリセロール(TAG)、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類が蓄積されることを知見した。そして、培養したシアニディウム目の紅藻から単離した色素が、金属キレーターとして有用であることを知見した。
【0016】
本発明は、これらの知見に基づいて完成したものであり、下記(1)〜(6)の金属の回収方法、下記(7)の金属の除去方法、下記(8)の脂質の生産方法、並びに、下記(9)の色素の生産方法を要旨としている。
【0017】
(1)シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整した溶液中で培養し、前記溶液に含まれる金属イオンを前記紅藻に吸収させて回収することを特徴とする金属の回収方法。
【0018】
(2)前記紅藻を溶液中で培養する際に、Cl濃度の5mM未満への調整および/または酢酸の添加を行った溶液を用いることを特徴とする上記(1)に記載の金属の回収方法。
【0019】
(3)前記溶液に含まれる金属イオンの一部または全部が、溶液に固体として含まれる金属から溶出した金属イオンであることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の金属の回収方法。
【0020】
(4)前記紅藻を溶液中で培養する際に、培養条件を調整し、前記金属イオンを前記紅藻に選択的に吸収させて回収することを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の金属の回収方法。
【0021】
(5)金属回収に用いた前記紅藻からトリアシルグリセロール、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類のうちのいずれか1種以上を得ることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載の金属の回収方法。
【0022】
(6)金属回収に用いた前記紅藻から、紫外可視吸収スペクトルを行った際に210nm、249nm、393nm、495nm、528nm、565nmおよび663nmに吸収極大を示す色素を得ることを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれかに記載の金属の回収方法。
【0023】
(7)シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整にした溶液中で培養し、前記溶液に含まれる金属イオンを前記紅藻に吸収させて除去することを特徴とする金属の除去方法。
【0024】
(8)シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整にした溶液中で培養し、培養した紅藻からトリアシルグリセロール、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類のうちのいずれか1種以上を得ることを特徴とする脂質の生産方法。
【0025】
(9)シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整した溶液中で培養し、培養した紅藻から、紫外可視吸収スペクトルを行った際に210nm、249nm、393nm、495nm、528nm、565nmおよび663nmに吸収極大を示す色素を得ることを特徴とする色素の生産方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明の金属の回収または除去方法は、シアニディウム目の紅藻を高濃度にして培養することにより、効率を高めて金属を回収または除去することができる。また、本発明の脂質の生産方法は、シアニディウム目の紅藻からバイオ燃料の原料として有用なTAG、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類のうちのいずれか1種以上を得ることができる。さらに、本発明の色素の生産方法は、金属キレーターとして有用な色素を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】固体の金属を含む溶液で紅藻を培養した際の経過日数と上清または細胞画分におけるランタノイドの比率との関係を示す図であり、同図(a)は上清のDy比率、同図(b)は紅藻の細胞画分のDy比率、同図(c)は上清のNd比率、同図(d)は細胞画分のNd比率をそれぞれ示す。
【図2】培養した紅藻の脂質についてTLC分析をした結果を示す図である。
【図3】培養した紅藻のアルコール類についてガスクロマトグラフィーにより調査した結果を示す図である。
【図4】紅藻から色素を分離する際のHPLCクロマトグラムである。
【図5】紅藻から回収した色素の紫外可視吸収スペクトルを示す図である。
【図6】図6は、紅藻から回収した色素を加えた溶液の紫外可視吸収スペクトルを示す図であり、同図(a)はCu2+を、同図(b)はDy3+を、同図(c)はLa3+を、同図(d)はCs+を、同図(e)はNd3+を、同図(f)はAu3+を添加した場合をそれぞれ示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に、本発明の金属の回収または除去方法、および、脂質または色素の生産方法について詳細に説明する。
【0029】
本発明の金属の回収方法は、シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整した溶液中で培養し、溶液に含まれる金属イオンを紅藻に吸収させて回収することを特徴とする。
【0030】
シアニディウム目の紅藻を金属イオンを含む溶液中で培養すると、紅藻が金属イオンを吸収する。紅藻を培養した溶液を溶液と紅藻とに分離すれば、紅藻とともに金属が回収できる。
【0031】
本発明の金属の回収方法は、シアニディウム目の紅藻の細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整する。これは、細胞濃度が変化すれば、培養されるシアニディウム目の紅藻により生じる生物作用が代わり、その結果、金属の回収効率が変動することによる。この細胞濃度は、シアニディウム目の紅藻による金属回収において、回収効率に影響を与える主要要因となる。
【0032】
本発明の金属の回収方法では、シアニディウム目の紅藻の細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整し、すなわち、細胞濃度を高濃度に調整した溶液中で培養することにより、金属の回収に要する日数を低減できるとともに、回収率を向上できる。
【0033】
この細胞濃度の好適な範囲は、その理由は明確でないが、回収する金属イオンの種類等によって変化する。例えば、金イオンや銅イオンを回収する場合は細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内であれば、いずれの濃度であっても高効率で金属を回収できる。一方、ランタノイド元素のイオンを回収する場合、または、鉄イオンを回収する場合、後述する細胞濃度の範囲に調整するのが好ましい。
【0034】
本発明の金属の回収方法では、回収できる金属に特に限定はなく、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、遷移金属元素(希土類元素を含む)、12族の金属元素、13属の金属元素、14族の金属元素を回収できる。
【0035】
シアニディウム目の紅藻は、淡水または酸性の水溶液で培養することができ、pH0.5〜4.5の酸性の水溶液で培養可能でありことから、強い酸性の水溶液でも培養可能である。このため、例えば、工場で洗浄や冷却に使用され、金属イオンを含む工場排水からの金属回収に利用できる。また、工場で酸洗等に使用され、金属イオンを含む酸性の工場廃液からの金属回収に利用できる。また、シアニディウム目の紅藻は、耐塩性を有することから、塩濃度が200mM程度の水溶液でも培養することができる。
【0036】
本発明の金属の回収方法は、紅藻を溶液中で培養する際に、Cl濃度の5mM未満への調整および/または酢酸の添加を行った溶液を用いるのが好ましい。これにより、より高効率で溶液から金属を回収することができるからである。溶液のCl濃度の調整は、例えば、中和処理によりCl濃度を低下させることにより行うことができる。また、酢酸の添加は、より高効率で金属を回収する効果を得るため、紅藻の細胞濃度に応じて量を調整して添加すればよく、例えば、紅藻の細胞濃度が109〜1010個/mlであれば、酢酸の濃度が15〜400mMになるように添加すればよい。
【0037】
本発明の金属の回収方法は、溶液に固体として含まれる金属も回収できる。溶液に固体状の金属が含まれる場合、シアニディウム目の紅藻がバイオリーリングにより溶液に固体として含まれる金属を溶出させて金属イオンとし、さらに溶出した金属イオンをシアニディウム目の紅藻に吸収させて回収することができる。このため、本発明の金属の回収方法は、固体の金属を含む溶液に利用でき、例えば、研磨液や固体金属を含むスラッジからの金属回収に利用できる。また、シアニディウム目の紅藻は乾燥状態でも増殖するので、例えば、岩石(鉱石)上でシアニディウム目の紅藻を培養することによっても、岩石に固体として含まれる金属を紅藻に吸収させて回収することができる。
【0038】
シアニディウム目の紅藻は、培養条件によって高効率で回収する金属の種類が変化する。このため、本発明の金属の回収方法は、培養条件を調整し、金属イオンを紅藻に選択的に吸収させて回収するのが好ましい。この場合、培養条件として、細胞濃度や光の照射条件、溶液に添加する添加物の条件、溶液への通気条件を調整すればよい。光の照射条件は溶液に光を照射する光条件や溶液に光が照射するのを遮断した暗条件に調整できる。溶液に添加する添加物の条件は、グルコースを添加する条件、酢酸を添加する条件、または、これらの添加物を添加しない条件に調整できる。溶液への通気条件は、酸素を含有するガス(例えば大気)を通気する好気条件、CO2ガスを通気する嫌気条件、CO2ガスおよび酸素を含有しないガスを通気する嫌気条件に調整できる。
【0039】
好気条件で溶液に酸素を含有するガスを通気する場合、工場から排出されるCO2リッチガスを用いることができ、これにより金属回収と同時に工場のCO2排出ガスを削減することができる。一方、嫌気条件で溶液にCO2ガスおよび酸素を含有しないガスを通気する場合、例えばN2ガスやArガスといったガスを通気すればよい。
【0040】
例えば、ランタノイドのイオンおよび他の金属イオン(ただし、金イオンを除く)を含む溶液において、選択的にランタノイドを回収する場合、培養条件を調整し、細胞濃度を109〜1010個/ml、かつ、酢酸を添加した溶液中で嫌気条件(CO2ガス通気、または、CO2ガスおよび酸素を含有しないガス通気)かつ暗条件とすればよい。
【0041】
また、鉄イオンおよび他の金属イオン(ただし、金イオンを除く)を含む溶液において、好気条件で選択的に鉄を回収する場合、シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/ml、かつ、グルコースを添加した溶液中で暗条件にして培養すればよい。一方、CO2ガスおよび酸素を含有しないガス通気による嫌気条件で選択的に鉄を回収する場合、シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜107個/ml、かつ、グルコースを添加した溶液中で暗条件にして培養すればよい。
【0042】
銅イオンおよび他の金属イオン(ただし、金イオンを除く)を含む溶液において、選択的に銅を回収する場合、シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜108個/mlした溶液中でCO2ガスおよび酸素を含有しないガス通気による嫌気条件かつ暗条件にして培養すればよい。
【0043】
ここで、CO2ガス通気の嫌気条件の場合、光条件であれば、炭素源としてCO2を利用して紅藻が増殖する。一方、CO2ガスおよび酸素を含有しないガス通気の嫌気条件の場合、光条件または暗条件にかかわらず酢酸が添加されていれば、酢酸を炭素源として利用して紅藻が増殖する。この場合、CO2ガスを通気しても、紅藻が炭素源として酢酸を優先的に利用するので、通気されるガスが、CO2ガスおよび酸素を含有しないガス、または、CO2ガスにかかわらず、金属の回収効率はほとんど変化しない。
【0044】
このため、ランタノイドを選択的に回収する場合、酢酸を添加するのが好ましいことから、嫌気条件をCO2ガス通気、または、CO2ガスおよび酸素を含有しないガス通気とする。一方、銅および鉄を選択的に回収する場合、酢酸添加無しで回収可能であることから、嫌気条件をCO2ガスおよび酸素を含有しないガス通気とする。
【0045】
また、他の金属イオンから金イオンを除くのは、後述する実施例に示すように、金イオンは細胞濃度や光の照射条件、溶液に添加する添加物の条件、溶液への通気条件にかかわらず、紅藻に吸収されるからである。このため、金イオンを含む溶液から別の金属イオンを選択的に回収したい場合、具体的には、金イオンおよびランタノイドのイオンを含む溶液からランタノイドを選択的に回収したい場合、先にランタノイドが回収され難い条件に光の照射条件や溶液に添加する添加物の条件、溶液への通気条件を調整して選択的に金を回収した後で、上述の条件で別の紅藻を培養してランタノイドを回収すればよい。
【0046】
前述の通り、シアニディウム目の紅藻は、培養によってTAG、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類を細胞内に蓄積する。このため、本発明の金属の回収方法は、金属回収に用いた紅藻からTAG、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類のうちのいずれか1種以上を得るのが好ましい。金属回収に用いた紅藻からバイオ燃料の原料として有望なTAG、脂肪酸メチルエステルまたはアルコール類を得ることにより、金属回収に用いた紅藻を資源として有効に利用することができ、その結果、金属回収に要するコストを低減できる。さらに、現在、バイオ燃料を抽出後の藻類の残さが問題となっているが、バイオ燃料や有用物質を抽出後の残さを利用して、金など、回収が容易な金属を回収や、金属排水などからの有害金属の除去も可能である。
【0047】
また、前述の通り、シアニディウム目の紅藻に含まれる色素は、金属キレーターに有用である。抗炎症作用や抗腫瘍作用などが知られているフィコシアニンなど、現在知られている藻類の色素の抽出には細胞の破砕が必要だが、金属キレーターである色素は、好気条件、光照射下で、グルコースを加えることにより、細胞外に大量に放出されるため、抽出作業が必要なく、精製が容易である。このため、本発明の金属の回収方法は、金属回収に用いた紅藻から紫外可視吸収スペクトルを行った際に210nm、249nm、393nm、495nm、528nm、565nmおよび663nmに吸収極大を示す色素を得るのが好ましい。培養液の培地成分から色素を抽出し、さらに、細胞を金属回収に利用することが可能である。これにより、金属回収に用いた紅藻を資源として有効に利用することができ、その結果、金属回収に要するコストを低減できる。
【0048】
本発明の金属の回収方法は、含まれる各金属イオンの濃度を合計した値が200mMである溶液でシアニディウム目の紅藻を培養するのが好ましい。現在までに、シアニディウム目は、200mMのアルミニウム濃度に耐性を示すことが知られているが、それ以上の高濃度の金属イオンに耐性を示すことは報告されていない。このため、各金属イオンの濃度の合計値が200mMを超えると、金属イオンの濃度が過剰に高濃度となってシアニディウム目の紅藻が死滅するおそれがあるからである。
【0049】
金属を吸収したシアニディウム目の紅藻と金属との分離は、例えば、培養条件を調整して金属を吸収した紅藻を培地で培養し、紅藻から金属を放出させることにより行うことができる。具体的には、DyやNd、Laといったランタノイドを吸収したシアニディウム目の紅藻を、細胞濃度を108個/ml程度以下、かつ、グルコース添加または添加物無しにした溶液中で好気条件かつ光条件または暗条件として培養すると、吸収したランタノイドを放出する。好気条件かつ紅藻の増殖が起こる条件の方が金属の放出が効率よく起きるので、紅藻が増殖可能な濃度で、グルコースなどの有機物の添加や、高濃度でCO2を含有するガスの通気により、十分な炭素源が供給されると、金属の放出速度が速くなる。このように、紅藻を培養して金属を放出させて、紅藻を繰り返して金属の回収に用いれば、金属の回収に要するコストを低減できるので好ましい。
【0050】
本発明の金属の除去方法は、シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整した溶液中で培養し、溶液に含まれる金属イオンを紅藻に吸収させて除去することを特徴とする。このような本発明の金属の除去方法は、上述した本発明の金属の回収方法と同様に、溶液に含まれる金属イオンを紅藻に吸収させることにより、溶液から金属イオンを高効率で除去できる。また、本発明の金属の除去方法は、上述した本発明の金属の回収方法と同様の実施形態を採用できる。
【0051】
本発明の脂質の生産方法は、シアニディウム目の紅藻を溶液中で細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整して培養し、培養した紅藻からトリアシルグリセロール(TAG)、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類のうちのいずれか1種以上を得ることを特徴とする。細胞濃度が106〜1010個/mlであり高濃度であれば、紅藻が増殖に用いるエネルギーが低下し、紅藻に蓄積されるTAG、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類の量は増加する。細胞濃度が106個/ml未満であると、紅藻が増殖に使用するエネルギーの割合が多くなり、エネルギーを変換してTAGおよびアルコール類として蓄積される量が減少する。一方、細胞濃度が1010個/mlを超えると、溶液中で紅藻が密になり過ぎ、TAG、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類の合成をやめ、むしろ、蓄積したTAG、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類少しずつ利用して生命の維持を図るため、TAG、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類として蓄積される量も減少する。細胞濃度は、108〜1010個/mlとするのがより好ましい。
【0052】
本発明の脂質の生産方法は、紅藻に蓄積されるTAG、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類の量をより増加させるため、溶液に栄養塩として糖や酢酸を添加するのが好ましい。また、藻類を数ヶ月間に亘って培養すると、溶液にカビ等の他の微生物が混入して増殖し、藻類の培養を阻害するおそれがある。前述の通り、シアニディウム目の紅藻は金属イオンを含む溶液中で培養できるので、カビ等の他の微生物が増殖するのを防止するため、鉄を除いた金属(金属イオン)を含む溶液中で紅藻を培養するのが好ましい。
【0053】
本発明の色素の生産方法は、シアニディウム目の紅藻を溶液中で培養する際に、シアニディウム目の紅藻を溶液中で細胞濃度を106〜1010個/mlにして培養し、培養した紅藻から、紫外可視吸収スペクトルを行った際に210nm、249nm、393nm、495nm、528nm、565nmおよび663nmに吸収極大を示す色素を得ることを特徴とする。前述の通り、紫外可視吸収スペクトルを行った際に210nm、249nm、393nm、495nm、528nm、565nmおよび663nmに吸収を示す色素は、金属キレーターとして有用である。
【0054】
細胞数が増加するほど得られる色素の量も増加する傾向があるので、細胞濃度が106〜1010個/mlであり高濃度であれば、得られる色素の量を増加させることができる。しかし、細胞濃度が1010個/mlを超えると、溶液中で紅藻が密になり過ぎ、光や栄養塩の不足により紅藻が死滅するおそれがある。細胞濃度は、108〜1010個/mlとするのがより好ましい。
【0055】
前述の通り、シアニディウム目の紅藻としては、ガルディエリア属、シアニジウム属およびシアニディオシゾン属の紅藻が挙げられる。本発明の金属の回収または除去方法、および、脂質または色素の生産方法では、上記のいずれの属の紅藻も採用でき、その変異株および形質転換体も採用できる。
【0056】
ガルディエリア属の紅藻では、Galdieria sulphuraria、Galdieria sulphuraria−A、Galdieria sulphuraria−B、Galdieria sulphuraria M−8、Galdieria prtita、Galdieria daedala、Galdieria maximaおよびCyanidium caldarium Forma Bを採用できる。また、シアニジウム属の紅藻では、Cyanidium caldarium RK−1およびCyanidium caldarium Forma Aを採用できる。シアニディオシゾン属の紅藻では、Cyanidioschyzon merolaeを採用できる。
【0057】
シアニディウム目の紅藻の培養では、50種類以上の糖や糖アルコールや有機酸(炭素数が2から4の炭化水素)を利用してもよい。具体的には、下水などに含まれる窒素源などを養分として利用でき、また、下水に含まれる窒素源と同様に、糖分をグルコースの代わりに、有機酸を酢酸の代わりに利用できる可能性がある。
【0058】
シアニディウム目の紅藻は、培養条件を変えることで、細胞の色などの状態や、金属回収の性質、TAG、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類の合成を直ぐに変えることができる。このため、本発明で規定する細胞濃度に育てるまでの条件は、最も増殖の早い条件(例えば、光条件に関わらず、グルコースなどの有機物を添加して好気条件で育てる条件)や、CO2を高い効率で固定する条件(光条件で、有機物を加えずに育てる条件)を採用することができる。
【実施例】
【0059】
本発明の金属の回収または除去方法、および、脂質または色素の生産方法を検証するため、以下の試験を行った。
【0060】
1.細胞濃度、Cl濃度および酢酸添加試験
[試験方法]
シアニディウム目の紅藻を溶液中で培養し、溶液に含まれる金属イオンを紅藻に吸収させて除去する試験を行った。本試験に用いる紅藻を調製するための前培養は、下記溶液にグルコースを添加し、好気条件かつ暗条件で培養した。本試験では、シアニディウム目の紅藻をガルディエリア属のGaldieria sulphurariaとし、溶液は硫酸アンモニウム((NH42SO4)を主成分とし、pH2.5である強酸性溶液とした。溶液の組成は以下の通りである。
溶液の組成:(NH42SO4:2.62g/l、KH2PO4:0.54g/l、MgSO4・7H2O:0.5g/l、CaCl2・2H2O:0.14g/l、FeCl3・6H2O:0.0008g/l、Arnon’s A6 metals:1ml/l
【0061】
上記組成の溶液は、Cl濃度が0.95mMであり、この溶液にDy、FeおよびCu濃度のいずれかが100ppmとなるように、金属としてDyCl3・6H2O、FeSO4・7H20およびCuSO4・7H2Oのいずれかを添加した。この溶液に細胞濃度が106〜1010個/mlの範囲で紅藻を加えて16時間に亘って培養し、その際の培養温度は40〜42℃とした。
【0062】
試験No.1−1〜1−6、1−8および1−9では、上記組成の溶液で、主成分である塩化カルシウム(CaCl2・2H2O)の割合を減少させるとともに、CaSO4・7H20を加えることにより、Ca濃度を1.0mMとし、Cl濃度を0.5mMにした溶液で紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整にして培養した。
【0063】
試験No.1−7では、上記組成の溶液をCl濃度が5.0mMに調整して用いた。また、試験No.1−1〜1−5および1−7〜1−9では、酢酸を濃度が400mMとなるように添加した。
【0064】
本試験では、光の照射条件は40μEとし、溶液への通気条件はN2ガスを約2l/hで通気する嫌気条件とした。
【0065】
本試験では、紅藻を培養した溶液を遠心分離により上清と細胞(紅藻)画分とに分画し、上清に含まれる金属(Dy、FeまたはCu)の濃度をICP−MSにより測定した。上清の金属濃度と細胞画分の金属濃度との和を溶液中の金属の総量とし、上清の金属濃度または細胞画分の金属濃度を金属の総量で除して上清または細胞画分の金属比率(%)を算出した。表1に各試験において、溶液に添加した金属の種類、紅藻の細胞濃度、Cl濃度、酢酸の添加の有無、上清および細胞画分の金属比率および回収率をそれぞれ示す。
【0066】
【表1】

【0067】
[試験結果]
表1に示す結果から、試験No.1−1〜1−5では細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整し、そのうちで、細胞濃度を109〜1010個/mlとした試験No.1−4および1−5で細胞画分の金属比率が良好であった。これらより、ランタノイドに属するDyを回収する場合、細胞濃度を109〜1010個/mlとするのが好ましいことが確認できた。
【0068】
試験No.1−6では、酢酸添加無しの溶液で紅藻を培養し、酢酸添加以外の条件を同一条件とする試験No.1−4と比べ、細胞画分の金属比率が低下した。このことから、酢酸を添加した溶液で紅藻を培養することにより、金属の回収効率を向上できることが明らかになった。
【0069】
試験No.1−7では、紅藻を培養する溶液のCl濃度を5.0mMとし、溶液のCl濃度以外の条件を同一条件とする試験No.1−5と比べ、細胞画分の金属比率が低下した。このことから、溶液で紅藻を培養する溶液のCl濃度を低下させることにより、金属の回収効率を向上できることが明らかになった。
【0070】
試験No.1−8では、Feイオンを含有する溶液で嫌気条件にして紅藻を培養し、細胞画分の金属比率が良好であった。さらに、細胞濃度を増加させて試験を行ったところ、細胞画分の金属比率が低下する傾向があることが確認できた。このことから、Feを嫌気条件で回収する場合、細胞濃度を106〜107個/mlの範囲内で調整するのが好ましいことが確認できた。
【0071】
試験No.1−9では、Cuイオンを含有する溶液で紅藻を培養し、細胞画分の金属比率が良好であった。さらに、細胞濃度を1010個/mlまで増加させて試験を行ったところ、細胞画分の金属比率はいずれも良好であった。このことから、細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整することにより、金属の回収効率を向上できることが確認できた。
【0072】
2.ランタノイドの回収試験
[試験方法]
本試験では、「1.細胞濃度、Cl濃度および酢酸添加試験」で示した組成の溶液(Cl濃度:0.95mM)に、ディスプロシウム(Dy)、ネオジム(Nd)およびランタン(La)をその濃度がいずれも100ppmとなるように添加した。この溶液にガルディエリア属の紅藻であるGaldieria sulphurariaを細胞濃度が108〜1010個/mlとなるように加えて、24時間に亘って培養した。
【0073】
培養では、培養温度を40〜42℃とした。光の照射条件は、光条件では蛍光灯(約40μE)で溶液を照射し、暗条件では光の照射を遮蔽して培養を行った。また、溶液への添加物は、添加物を添加しない条件、グルコースを濃度が25mMとなるように添加した条件および酢酸を濃度が16mMとなるように添加した条件のいずれかとした。溶液への通気条件は、大気を約2l/hで通気する好気条件およびN2ガス(純度95.5%)を約2l/hで通気する嫌気条件のいずれかとした。表2に各試験における光の照射条件、添加物および溶液への通気条件をそれぞれ示す。
【0074】
【表2】

【0075】
紅藻を培養した溶液を遠心分離により上清と細胞(紅藻)画分とに分画し、上清および細胞画分それぞれについてICP−MSにて各ランタノイド元素の濃度を測定した。また、分離した紅藻の細胞を採取してアリザリンレッドSを滴下した後、顕微鏡にて染色を確認した。その結果を、表2にあわせて示す。ここで、表2に示す各ランタノイド元素の比率は、上清または細胞画分で測定された各ランタノイド元素の濃度を、培養前の溶液における各ランタノイド元素の濃度で除して百分率で表したものである。
【0076】
[試験結果]
表2に示す結果から、試験No.2−1〜2−4のうちで試験No.2−4でのみ、分離した紅藻の細胞が赤色に染色された。比較のため、金属イオンを含まない溶液で培養した紅藻の細胞にアリザリンレッドSにて染色を確認したところ、染色は認められなかった。また、試験No.2−4で培養した紅藻を金属キレート剤であるエチレンジアミン四酢酸(EDTA)で洗浄した後、アリザリンレッドSにて染色を確認したところ、染色は認められなかった。これらから、溶液で紅藻を培養することにより、溶液に含まれるランタノイドのイオンが紅藻の細胞に吸収されることが確認できた。
【0077】
また、試験No.2−4では、酢酸を添加した溶液で暗条件かつ嫌気条件で培養し、上清のDyおよびNd比率が1%未満、La比率が20%未満となったのに対し、細胞画分のDy、NdおよびLa比率が大幅に上昇した。このことから、試験No.2−4では、DyおよびNdについてはほぼ100%、Laについても約80%が回収されたことが確認できた。したがって、ランタノイドのイオンを選択的に回収する場合には、酢酸を添加した溶液で暗条件かつ嫌気条件で培養するのが好ましいことが確認できた。
【0078】
3.金の回収試験
[試験方法]
本試験の試験No.3−1〜3−6では、「1.細胞濃度、Cl濃度および酢酸添加試験」で示した組成の溶液に、金(Au)をその濃度が350ppmとなるように塩化金(III)を添加し、この溶液にガルディエリア属の紅藻であるGaldieria sulphurariaを細胞濃度が108個/mlとなるように加えて、24時間に亘って培養した。試験No.3−7および3−8では、金の濃度を10ppmとし、紅藻をシアニディオシゾン属の紅藻であるCyanidioschyzon merolaeとした。
【0079】
培養では、培養温度を40〜42℃とした。光の照射条件は、光条件では蛍光灯(約40μE)で溶液を照射し、暗条件では光の照射を遮蔽して培養を行った。また、溶液への添加物は、添加物を添加しない条件、グルコースを濃度が25mMとなるように添加した条件および酢酸を濃度が16mMとなるように添加した条件のいずれかとした。溶液への通気条件は、大気を約2l/hで通気する好気条件、CO2ガス(純度98%)を約2l/hで通気する嫌気条件およびN2ガス(純度99.99%)を約2l/hで通気する嫌気条件のいずれかとした。表3に各試験における培養前の溶液の金濃度、紅藻の種類、光の照射条件、添加物および溶液への通気条件をそれぞれ示す。
【0080】
【表3】

【0081】
培養前に緑色であった溶液について、培養後の溶液の色を目視にて観察することにより、溶液の色の変化を確認した。また、紅藻を培養した溶液を遠心分離により上清と細胞(紅藻)画分とに分画し、紅藻を採取して顕微鏡で観察し、細胞の表層に金の微粒子が析出することによる紫色への変色の有無を確認した。さらに、上清についてICP−MSで金の濃度を測定した。培養前の溶液の金濃度と上清の金濃度との差を、培養前の溶液の金濃度で除して、回収率を算出した。表3に、培養後の溶液の色、細胞の変色の有無および算出した回収率をあわせて示す。
【0082】
[試験結果]
表3に示す結果から、いずれの試験でも回収率が80%を超えていることから、金が紅藻に吸収され回収できた。特に試験No.3−1、3−3〜3−8では、紅藻の細胞が変色していることから、細胞表層に金粒子が吸収されていることが確認できた。
【0083】
ここで、溶液に酢酸を添加して培養した試験No.3−4と、溶液に酢酸を添加することなく培養した試験No.3−1〜3−3との試験結果を比較すると、酢酸を添加によることにより回収効率の向上は確認できなかった。これは、いずれの試験でも回収率が99%を超え、すなわち、溶液に含まれる金属イオンが不足した状態になったことが原因と考えられる。このため、より大量の金イオンを加える、紅藻を培養する時間を短くするといった試験条件の変更を行えば、酢酸の添加によって紅藻が高い効率で金属を回収することが確認できる。
【0084】
4.ランタノイドのバイオリーチング試験
[試験方法]
本試験では、「1.細胞濃度、Cl濃度および酢酸添加試験」で示した組成の溶液50mlに、粒状かつ非水溶性のDyおよびNdの二酸化物(Dy:14.7質量%およびNd:85.3質量%を含有)を50mg加え、この溶液にガルディエリア属の紅藻であるGaldieria sulphurariaを細胞濃度が109〜1010個/mlとなるように加えて、10日間に亘って培養した。
【0085】
培養では、培養温度を40〜42℃とした。光の照射条件は、光条件では蛍光灯(約40μE)で溶液を照射し、暗条件では光の照射を遮蔽して培養を行った。また、溶液への添加物は、添加物を添加しない条件、グルコースを濃度が25mMとなるように添加した条件および酢酸を濃度が150mMとなるように添加した条件のいずれかとした。溶液への通気条件は、大気を約2l/hで通気する好気条件およびN2ガス(純度95.5%)を約2l/hで通気する嫌気条件のいずれかとした。表4に各試験における光の照射条件、添加物および溶液への通気条件をそれぞれ示す。
【0086】
【表4】

【0087】
本試験では、1、4および10日経過後に、紅藻を培養する溶液から多用途密度勾配遠心分離媒体(OptiPrep)により金属粒子を分離し、金属粒子が分離された溶液を遠心分離により上清と細胞(紅藻)画分とに分画した。多用途密度勾配遠心分離媒体(OptiPrep)による金属粒子の分離は、溶液を、OptiPrep(AXIS−SHIELD、密度1.32g/ml)の上に重層して5分放置すると、Optiprepより重い金属粒子は、下層に沈殿することを利用して、紅藻を含む溶液と金属粒子を分離した。
【0088】
上清および細胞画分についてそれぞれICP−MSにより、DyおよびNdの質量を測定した。この測定したDyまたはNdの質量を、溶液に加えた二酸化物に含まれるDyまたはNdの質量で除して百分率で表し、DyまたはNd比率とした。
【0089】
図1は、固体の金属を含む溶液で紅藻を培養した際の経過日数と上清または細胞画分におけるランタノイドの比率との関係を示す図であり、同図(a)は上清のDy比率、同図(b)は紅藻の細胞画分のDy比率、同図(c)は上清のNd比率、同図(d)は細胞画分のNd比率をそれぞれ示す。同図から、試験No.4−1では、添加物を添加しなかった溶液で光条件かつ好気条件で培養し、上清のDyおよびNd比率が日数の経過に伴って増加した。また、試験No.4−2でも、グルコースを添加した溶液で光条件かつ好気条件で培養し、上清のDyおよびNd比率が日数の経過に伴って増加した。
【0090】
同図には示さないが、比較のため、紅藻を加えることなく、DyおよびNdの二酸化物を加えた溶液についても、大気を通気する好気条件またはN2ガスを通気する嫌気条件のいずれかとして放置し、DyおよびNdの質量を測定し、DyおよびNd比率を算出した。その結果、いずれの比較のための試験でも溶液のDyおよびNd比率はほとんど変化しなかった。これらから、試験No.4−1および4−2では、バイオリーチングにより固体のランタノイドが溶液に溶出していることが確認できた。
【0091】
一方、細胞画分のDyおよびNd比率は、No.4−1〜4−4のいずれの試験でも日数の経過に伴って増加した。特にNo.4−4では、酢酸を添加した溶液で暗条件かつ嫌気条件で培養し、紅藻の細胞のDyおよびNd比率が日数の経過に伴って顕著に増加した。これらから、シアニディウム目の紅藻が固体のランタノイドをバイオリーチングにより溶出させ、溶出したランタノイドを吸収することが明らかになるとともに、この溶出および吸収は、酢酸を添加した溶液で暗条件かつ嫌気条件で培養すれば、より高い効率で行われることが明らかになった。
【0092】
5.ネオジム磁石廃材のバイオリーチング試験
[試験方法]
本試験では、「1.細胞濃度、Cl濃度および酢酸添加試験」で示した組成の溶液50mlに、粒状かつ非水溶性のネオジム磁石廃材を50mg加え、この溶液にガルディエリア属の紅藻であるGaldieria sulphurariaを細胞濃度が109〜1010個/mlとなるように加えて、4日間に亘って培養した。ネオジム磁石廃材の主要組成は以下の通りである。
ネオジム磁石廃材の主要組成:Nd:19.91質量%、Dy:4.41質量%およびFe:53.87質量%を含有
【0093】
培養では、培養温度を40〜42℃とした。光の照射条件は、光条件では蛍光灯(約40μE)で溶液を照射し、暗条件では光の照射を遮蔽して培養を行った。また、溶液への添加物は、添加物を添加しない条件、グルコースを濃度が25mMとなるように添加した条件および酢酸を濃度が150mMとなるように添加した条件のいずれかとした。溶液への通気条件は、大気を約2l/hで通気する好気条件およびN2ガス(純度99.99%)を約2l/hで通気する嫌気条件のいずれかとした。表5に各試験における光の照射条件、添加物および溶液への通気条件をそれぞれ示す。
【0094】
【表5】

【0095】
本試験では、紅藻を培養する溶液から多用途密度勾配遠心分離媒体により金属粒子を分離し、金属粒子が分離された溶液を遠心分離により上清と細胞(紅藻)画分とに分画し、細胞画分についてICP−MSにより、Dy、NdおよびFeの質量を測定した。この測定したDy、NdおよびFeの質量を、溶液に加えたネオジム磁石廃材に含まれるDy、NdまたはFeの質量で除して百分率で表し、Dy、NdまたはFe比率とした。Dy、NdまたはFe比率を併せて表5に示す。
【0096】
表5から、試験No.5−1〜5−4のいずれの試験でも、Dy、NdおよびFe比率が増加していることから、シアニディウム目の紅藻がネオジム磁石廃材からDy、NdおよびFeを溶出して回収することが確認できた。
【0097】
特に、試験No.5−3では、グルコースを添加した溶液で暗条件かつ好気条件で培養し、細胞画分のFe比率が顕著に高くなった。試験No.5−3で紅藻を分離する前に紅藻を培養した溶液を確認したところ、培養前は緑色であった溶液が茶褐色に変化していた。また、試験No.5−3の細胞画分から紅藻の一部を採取して顕微鏡で確認したところ、細胞表層に茶褐色の塊が確認された。他の試験に用いた紅藻を顕微鏡で観察しても、茶褐色の塊は確認されなかったので、この塊は鉄であると推測されるとともに、非特許文献6に示されるシアニディウム目の紅藻の細胞内で金属を蓄積する構造体が形成されるのとは異なると推測される。
【0098】
また、試験No.5−4では、酢酸を添加した溶液で暗条件かつ嫌気条件で培養し、紅藻の細胞のDyおよびNd比率が顕著に高かった。これらから、酢酸を添加した溶液で暗条件かつ嫌気条件で培養すれば、シアニディウム目の紅藻がネオジム磁石廃材のランタノイドをバイオリーチングにより高効率で溶出させ、溶出したランタノイドを高効率で吸収することが明らかになった。
【0099】
6.TAGの検出試験
本試験では、最初に「1.細胞濃度、Cl濃度および酢酸添加試験」の本発明例2で培養したシアニディウム目の紅藻を採取し、ナイルレッド試薬(Nile red試薬)で紅藻の細胞を染色した。その結果、紅藻の細胞の複数箇所が斑点状に蛍光黄色に染色し、すなわち、TAGを含む脂肪滴が観察された。次に、TLC分析(薄層クロマトグラフィー分析)により、紅藻の脂質について組成を調査した。
【0100】
図2は、培養した紅藻の脂質についてTLC分析をした結果を示す図である。同図に示すWAXはアルケン、TAGとはトリアシルグリセロール、FAは遊離脂肪酸、DGはジアシルグリセロールをそれぞれ意味する。同図から、紅藻の細胞にTAGと一致するスポットが存在することが確認され、すなわち、紅藻の細胞にTAGが蓄積されていることが確認できた。また、TLC分析をした結果、紅藻に蓄積された脂質のうちでTAGが占める割合は約30質量%であった。
【0101】
さらに、上記のTLC分析で、シリカゲル(TLC)プレートのTAGに相当するスポット部分のシリカゲルからTAGを抽出し、ガスクロマトグラフィーにより分析した。その結果を表6に示す。比較のため、植物由来のナタネ油およびパーム油の一般的な組成を表6に併せて示す。
【0102】
【表6】

【0103】
表6より、紅藻に蓄積されたTAGは、不飽和結合を有さない(不飽和結合の数が0である)飽和脂肪酸が合計で約40質量%を占めた。
【0104】
ここで、不飽和結合を有さない飽和脂肪酸を多く含むパーム油は、不飽和結合を有する飽和脂肪酸を多く含むナタネ油と比べ、原料として用いた際に得られるバイオ燃料において燃焼時のNOx発生量が少ないことが知られている。上述の通り、紅藻に蓄積されたTAGは、パーム油と同様に不飽和結合を有さない飽和脂肪酸を多く含むことから、本発明の金属回収方法または脂質の生産方法により得られるTAGは、バイオ燃料に好適であることが確認された。
【0105】
7.アルコール類の検出試験
本試験では、最初に「1.細胞濃度、Cl濃度および酢酸添加試験」の本発明例2で培養したシアニディウム目の紅藻を採取し、ガスクロマトグラフィーにより、紅藻のアルコール類について組成を調査した。
【0106】
図3は、培養した紅藻のアルコール類についてガスクロマトグラフィーにより調査した結果を示す図である。同図から、紅藻の細胞に長鎖アルコールとしてフィトールが検出され、脂肪酸とともに、脂肪酸メチルエステルが検出され、すなわち、紅藻の細胞に一級アルコールが蓄積されていることが確認できた。現在、廃油や植物由来のTAGから、脂肪酸メチルエステルを合成してバイオディーゼルとして利用しているが、その合成の副産物である大量のグリセロールが問題となっている。今回、脂肪酸メチルエステルの蓄積が細胞内にみられてことから、紅藻の細胞内で脂肪酸メチルエステルを合成すれば、上記の問題の解決に繋がる。
【0107】
8.色素の単離、金属除去試験
本試験では、最初に、「1.細胞濃度、Cl濃度および酢酸添加試験」の本発明例2で培養したシアニディウム目の紅藻を採取し、この紅藻を金属キレート剤であるエチレンジアミン四酢酸(EDTA)で洗浄した。洗浄した紅藻を、酢酸エチル溶液と混合した後で分離することにより、酢酸エチル画分に色素を回収した。色素を回収した酢酸エチル画分を濃縮乾固した後、メタノール可溶画分をHPLCにより分離した。HPLCの分離条件は、ODSカラムで、アセトニトリル(10−60%のグラディエント、流速1ml/分)とした。
【0108】
図4は、紅藻から色素を分離する際のHPLCクロマトグラムである。同図に示すように、紅藻から回収した色素は23分のフラクションとして単離した。この単離した色素を自然光下で観察したところ赤紫色を示し、UV光下では蛍光した。次に、回収した紅藻の色素について紫外可視吸収スペクトルを調査した。紫外可視吸収スペクトルは、紅藻から分離した色素を90質量%のメタノールに添加し、この溶液をベックマンコールター社製DU800によって調査した。
【0109】
図5は、紅藻から回収した色素の紫外可視吸収スペクトルを示す図である。同図から紅藻から回収した色素は、210nm、249nm、393nm、495nm、528nm、565nmおよび663nmに吸収極大を示すことが確認される。
【0110】
次に、紅藻から回収した色素の金属キレーターとしての利用可能性を、金属存在下とキレーターEDTAの添加による紫外可視吸収スペクトルの変化により、調査した。フラボノイドは、金属をキレートすることにより、スペクトルの変化が起きることが知られている。試験条件は90質量%メタノール中で、100ppmのFe2+(FeSO4.7H20)、Cu2+(CuSO4)、Nd3+(NdCl3)、Dy3+(DyCl3)、La3+(LaCl3)、Au3+(AuCl3)およびCs+(CsCl)をそれぞれ添加した条件と、1mMのEDTAを加えた条件について調べた。紅藻から回収した色素を加えた溶液について紫外可視吸収スペクトルは、ベックマンコールター社製DU800を用いて調査した。
【0111】
図6は、紅藻から回収した色素を加えた溶液の紫外可視吸収スペクトルを示す図であり、同図(a)はCu2+を、同図(b)はDy3+を、同図(c)はLa3+を、同図(d)はCs+を、同図(e)はNd3+を、同図(f)はAu3+を添加した場合をそれぞれ示す図である。同図から、紅藻から回収した色素に金属が結合することにより、393nmと565nmのピークの高さと位置がわずかにシフトするとともに、495nmと663nmのピークが消失した。そして、色素とともに、金属キレーターであるEDTAを加えると、393nmと565nmのピークのずれや495nmと663nmのピークの消失は解消され、金属添加前の色素のスペクトルと一致した。このことから、紅藻から回収した色素が金属キレーターとして利用可能であることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本発明の金属の回収または除去方法は、シアニディウム目の紅藻を高濃度にして培養することにより、効率を高めて金属を回収または除去することができる。したがって、本発明の金属の回収または除去方法を、金属イオンを含む工場排水や廃液からの金属イオンの回収または除去に適用すれば、回収または除去に要するコストを低減できる。
【0113】
また、本発明の脂質の生産方法は、シアニディウム目の紅藻からバイオ燃料の原料として有用なTAG、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類のうちのいずれか1種以上を得ることができる。さらに、本発明の色素の生産方法は、金属キレーターとして有用な色素を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整した溶液中で培養し、前記溶液に含まれる金属イオンを前記紅藻に吸収させて回収することを特徴とする金属の回収方法。
【請求項2】
前記紅藻を溶液中で培養する際に、Cl濃度の5mM未満への調整および/または酢酸の添加を行った溶液を用いることを特徴とする請求項1に記載の金属の回収方法。
【請求項3】
前記溶液に含まれる金属イオンの一部または全部が、溶液に固体として含まれる金属から溶出した金属イオンであることを特徴とする請求項1または2に記載の金属の回収方法。
【請求項4】
前記紅藻を溶液中で培養する際に、培養条件を調整し、前記金属イオンを前記紅藻に選択的に吸収させて回収することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の金属の回収方法。
【請求項5】
金属回収に用いた前記紅藻からトリアシルグリセロール、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類のうちのいずれか1種以上を得ることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の金属の回収方法。
【請求項6】
金属回収に用いた前記紅藻から、紫外可視吸収スペクトルを行った際に210nm、249nm、393nm、495nm、528nm、565nmおよび663nmに吸収極大を示す色素を得ることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の金属の回収方法。
【請求項7】
シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整した溶液中で培養し、前記溶液に含まれる金属イオンを前記紅藻に吸収させて除去することを特徴とする金属の除去方法。
【請求項8】
シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整した溶液中で培養し、培養した紅藻からトリアシルグリセロール、脂肪酸メチルエステルおよびアルコール類のうちのいずれか1種以上を得ることを特徴とする脂質の生産方法。
【請求項9】
シアニディウム目の紅藻をその細胞濃度を106〜1010個/mlの範囲内で調整した溶液中で培養し、培養した紅藻から、紫外可視吸収スペクトルを行った際に210nm、249nm、393nm、495nm、528nm、565nmおよび663nmに吸収極大を示す色素を得ることを特徴とする色素の生産方法。

【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−67826(P2013−67826A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−205459(P2011−205459)
【出願日】平成23年9月21日(2011.9.21)
【出願人】(511229385)
【Fターム(参考)】