説明

金属の表面上にグラファイトを形成する方法

【課題】従来技術と比較して低温下で金属表面にグラファイトの薄膜を形成する手段を提供する。
【解決手段】レゾール型フェノール樹脂の10パーセントアルコール溶液をA液として準備する。酢酸鉄(III)の1パーセントアルコール溶液をB液として準備する。還元剤としてジエチレングリコールをC液として準備する。A液50ミリリットルとB液50ミリリットルとC液1ミリリットルとを十分混合する。それにより得られた混合液を鉄板上に塗布した後、低温側の温度(摂氏160度)で30分間加熱処理を行い、さらに、酸素不在かで高温側の温度(摂氏500度)で60分間加熱処理する。これにより、グラファイトの薄膜で被覆された鉄板が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の表面上にグラファイトを形成する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
グラファイトは炭素の同素体の一つで、黒鉛もしくは石墨とも呼ばれ、6方晶系の結晶構造を有し、高い耐食性や耐摩耗性などの優れた物性を示す。
【0003】
グラファイトを工業的に製造する方法としては、有機物やカーボンブラック、スス、木炭、ピッチコークス、石油コークスなどの無定形炭素を、電気炉等により無酸素環境下で概ね摂氏2,500度以上かつ3,000度以下の温度で加熱することによりグラファイトを形成する方法が広く用いられている。
【0004】
グラファイト化のために必要な温度が一般的に上述のように高温であるため、低温でのグラファイト化を可能とするアイデアがいくつか提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、炭素質材料に遷移金属または遷移金属化合物の触媒を添加して、摂氏1,350度以上かつ1,700度以下の温度まで加熱した後、酸洗して余剰の遷移金属を溶解除去することによりグラファイト化を行う方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−222649号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
グラファイト化を行うために必要な温度が高ければ高いほど、複雑な設備が必要となるため初期投資が嵩む上、グラファイトを形成するためのランニングコストが高くなるとともに、より厳重な安全上の管理も必要となる。したがって、低温でグラファイト化を可能とする技術へのニーズは高い。
【0008】
ところで、グラファイトは耐腐食性、耐摩耗性等に優れた物性を有している。そのため、鉄などの金属をグラファイトで被覆することができれば、その金属を錆や摩耗等から保護することで耐久性を高めることができる。
【0009】
そこで、本発明は、従来技術と比較して低温で金属の表面にグラファイトを形成する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の目的に鑑みて想到されたものであり、
レゾール型フェノール樹脂と金属錯体と還元剤とを混合し混合物を生成する工程と、
前記混合物を金属の表面上に塗布する工程と、
前記混合物が表面上に塗布された前記金属を加熱する工程と
を備える金属の表面上にグラファイトを形成する方法を提供する(第1の実施態様)。
【0011】
また、上記の第1の実施態様において、
前記還元剤はグリコールの一種である
構成を採用してもよい(第2の実施態様)。
【0012】
また、上記の第2の実施態様において、
前記還元剤はジエチレングリコールである
構成を採用してもよい(第3の実施態様)。
【0013】
また、上記の第1乃至3のいずれかの実施態様において、
前記金属錯体と前記金属は同じ金属元素を含む
請求項1乃至3のいずれかに記載の方法。
構成を採用してもよい(第4の実施態様)。
【0014】
また、上記の第4の実施態様において、
前記金属錯体は酢酸鉄(III)であり、前記金属は鉄である
構成を採用してもよい(第5の実施態様)。
【0015】
また、上記の第1乃至5のいずれかの実施態様において、
前記混合物を生成する工程は、前記レゾール型フェノール樹脂のアルコール溶液をA液として生成する工程と、前記金属錯体のアルコール溶液をB液として生成する工程と、前記還元剤をC液として、前記A液と前記B液と前記C液とを混合する工程とを有する
構成を採用してもよい(第6の実施態様)。
【0016】
また、上記の第1乃至6のいずれかの実施態様において、
前記加熱する工程は、前記混合物が表面上に塗布された前記金属を第1の温度で加熱する工程と、前記第1の温度で加熱する工程の後に酸素不在下で前記第1の温度より高温の第2の温度で加熱する工程とを有する
構成を採用してもよい(第7の実施態様)。
【発明の効果】
【0017】
本発明の第1の実施態様にかかる方法によれば、特に還元剤の作用により、比較的低温で金属表面上にグラファイトの形成が行われる。
【0018】
また、本発明の第2の実施態様にかかる方法によれば、炭素原子を含み比較的低温でレゾール型フェノール樹脂と反応するグリコールが還元剤として使用されるため、低温下でグラファイト形成が効率的に行われる。
【0019】
また、本発明の第3の実施態様にかかる方法によれば、グリコールの中で比較的低温でレゾール型フェノール樹脂と反応するジエチレングリコールが還元剤として使用されるため、より低温下でグラファイト形成が効率的に行われる。
【0020】
また、本発明の第4の実施態様にかかる方法によれば、被覆対象の金属と金属錯体が同一の金属元素を含むことにより、金属錯体がグラファイトと金属との結合剤としての役割を果たし、金属の表面にグラファイトが定着しやすい。
【0021】
また、本発明の第5の実施態様にかかる方法によれば、金属として鉄、金属錯体として酢酸鉄(III)が用いられることで、グラファイトで被覆された鉄が得られる。
【0022】
また、本発明の第6の実施態様にかかる方法によれば、レゾール型フェノール樹脂および金属錯体がアルコールに溶解した状態で金属の表面に塗布されるため、化学反応に要する活性化エネルギーが低く抑えられ、より低温下でのグラファイト形成が可能となる。
【0023】
また、本発明の第7の実施態様にかかる方法によれば、混合液に含まれる物質が金属表面に定着するための化学反応とグラファイト形成に要する化学反応とが段階的に行われるため、形成されたグラファイトの金属への定着が安定的に行われる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(実施例)
以下、本発明にかかる金属の表面にグラファイトを形成する方法の一実施例として、鉄の表面にグラファイトを形成する方法を説明する。
【0025】
本実施例においては、レゾール型フェノール樹脂と、金属錯体の一例である酢酸鉄(III)と、それらに作用する還元剤の一例であるジエチレングリコールとを混合した混合液を、グラファイトにより被覆を施したい金属の一例である鉄の表面に塗布した後、加熱することでグラファイトの薄膜で被覆された鉄を得る。
【0026】
なお、錯体もしくは錯塩とは、広義には配位結合や水素結合によって形成された分子の総称であり、狭義には金属と非金属の原子が結合した構造を持つ化合物(金属錯体)を指す。当該非金属原子は配位子(錯化合物がつくられるとき、中心原子に配位結合するイオンまたは分子の総称)である。本願においては、狭義の意味において錯体もしくは錯塩を用いる。
【0027】
本実施例のグラファイト形成方法は具体的には以下のとおりである。
【0028】
まず、レゾール型フェノール樹脂の10パーセントアルコール溶液をA液として準備する。
【0029】
なお、レゾール型フェノール樹脂はフェノール樹脂をアルカリ触媒下で合成することで得られる。レゾール型フェノール樹脂は通常は液状であることが多いが、高分子量化させた固形タイプのものもある。
【0030】
また、フェノール樹脂(フェノール−ホルムアルデヒド樹脂、ベークライト、石炭酸樹脂)はフェノールとホルムアルデヒドを原料とした熱硬化性樹脂の一つで、3次元的な網目構造を持つ。フェノール樹脂は、電気的、機械的特性が良好で、合成樹脂の中でも特に耐熱性、難燃性に優れるという特徴を持つ。
【0031】
次に、酢酸鉄(III)の1パーセントアルコール溶液をB液として準備する。なお、酢酸鉄(III)は鉄の酢酸塩の一種で、化学式Fe(CHCOO)で表される。
【0032】
次に、還元剤としてジエチレングリコールをC液として準備する。
【0033】
なお、A液、B液およびC液の準備の順序は問わない。
【0034】
次に、A液50ミリリットルと、B液50ミリリットルと、C液1ミリリットルとを十分に混合する。以下、そのようにして得られた混合液を単に「混合液」と呼ぶ。
【0035】
続いて、混合液を鉄板上に塗布する。その後、混合液が表面に塗布された鉄板を低温側の第1の温度である摂氏160度で30分間、加熱処理を行う。この第1の温度による加熱処理において、主にレゾール型フェノール樹脂が混合液の他の物質と反応し、鉄板への物質の定着とグラファイト形成の準備が整う。
【0036】
続いて、酸素不在下において、高温側の第2の温度である摂氏500度で60分間、加熱処理を行う。この第2の温度による加熱処理において、主に酢酸鉄(III)が鉄板表面の鉄および混合液中の他の物質と反応し、混合液中の炭素化合物を鉄板表面に定着させるとともに、ジエチレングリコールがその炭素化合物内の酸素を取り外していくことにより、グラファイトの形成が行われる。
【0037】
以上の工程を経ることで、表面にグラファイトの薄膜が形成された鉄板が得られる。
【0038】
なお、以上述べた工程により鉄表面にグラファイトが形成される点は、X線回折法により確認された。X線回折法とは、X線が結晶格子で回折を示す現象を利用して物質の結晶構造を調べる方法である。
【0039】
以下、本発明により比較的低温でグラファイトが形成される事象に関し補足する。
【0040】
まず、グラファイトの炭素元素の由来は、主にレゾール型フェノール樹脂の炭素元素であると思われる。
【0041】
本発明においては、レゾール型フェノール樹脂に添加されている金属錯体(酢酸鉄(III))が、還元前のレゾール型フェノール樹脂(もしくはレゾール型フェノール樹脂由来の化合物)の分子構造を整える役割を果たしているものと思われる。
【0042】
そして、本発明においてグラファイト形成が低温で実現されるのは、(1)レゾール型フェノール樹脂や金属錯体をアルコール溶液として溶解したものを薄く金属板の上に塗布することで、化学反応に要する活性化エネルギーが低減され、(2)ジエチレングリコールを還元剤として添加することで、さらに化学反応に要する活性化エネルギーが低減されている、という理由によるものと思われる。
【0043】
これらの相乗効果により、上記の実施例においては高温側の第2の温度でさえ摂氏500度という従来技術に要する加熱温度より著しく低温でのグラファイト形成が実現されているものと思われる。なお、他の実験においては、高温側の第2の温度を摂氏300度に設定しても、グラファイト形成が行われることが確認されている。
【0044】
ところで、上述のグラファイト形成方法において、酢酸鉄(III)に代えて鉄以外の金属錯体を用いた場合、形成されたグラファイトの薄膜の鉄表面に対する定着力は酢酸鉄(III)を用いた場合の定着力と比較して弱いことが確認された。
【0045】
このことから、金属錯体が被覆対象の金属表面と形成されるグラファイトとの結合剤の役割を果たす物質の由来となっていることが推測されるとともに、被覆対象の金属と金属錯体とが同じ金属元素(上記実施例においては鉄元素)を含むようにそれらの物質を選択することで、それらの金属元素間を結合する化学反応によりグラファイトを金属表面へしっかりと定着させることができるものと思われる。
【0046】
(変形例)
上述した実施例は、本発明の技術的思想の範囲内で様々に変形が可能である。
【0047】
例えば、還元剤として用いたジエチレングリコールの代替物として、エチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、トリメチレングリコール、プロピレングリコール、1,2−ヘキサンジオール、1,2−オクタンジオール、1,2−デカンジオール、1,2−ドデカンジオール、ジプロピレングリコールなどの化合物が好適に使用できる。さらに、窒素やイオウなどのヘテロ原子を含むポリオールも使用可能である。また、ラウリルグリコールヒドロキシプロピルエーテル(LPE)など、上記ジオールのエーテル化誘導体も好適に使用できる。
【0048】
また、添加した酢酸鉄は、他の金属錯体によって代替が可能である。
【0049】
また、加熱の工程(温度および時間)は、特に問題がなければ他の温度および時間において行われてもよい。
【0050】
また、上述のA液およびB液のアルコール溶液における濃度は、各々10パーセントおよび1パーセントに限られず、特に問題がなければその他の濃度のアルコール溶液が用いられてもよい。
【0051】
また、上述のA液、B液およびC液の配合の比率は、それらの体積比を40以上かつ60以下:40以上かつ60以下:0.1以上かつ5以下とすれば好適であるが、本発明はこれに限られるものではなく、特に問題がなければその他の比率によって混合が行われてもよい。
【0052】
また、上述の鉄板は、他の金属板によって代替されてもよい。
【0053】
また、グラファイトの被覆対象は板状の金属に限られず、他の如何なる形状の金属であってもよい。
【0054】
なお、本発明のグラファイト形成方法の各工程において、如何なる化学反応が生じているかはまだ不明な点もあり、それらの点は今後の実験により解明されるべき点である。そのため、上述の説明においては、生じている化学反応はその効果について、一部推測により記載している部分があるが、それらの推測が仮に今後の実験により誤りであったことが判明したとしても、それを理由に本発明の技術的思想の範囲が限定的に解釈されるべきではない。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の方法は、従来のものと比較して低温で金属表面にグラファイトの形成を行うことが可能なので、例えば水道管に用いられている鉄管の内壁面にグラファイト形成を行い錆や摩耗に対する鉄管の耐久性を高めるなど、様々なシーンにおいて利用される可能性がある。そのため、いわゆる製造業や化学産業等において広く利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レゾール型フェノール樹脂と金属錯体と還元剤とを混合し混合物を生成する工程と、
前記混合物を金属の表面上に塗布する工程と、
前記混合物が表面上に塗布された前記金属を加熱する工程と
を備える金属の表面上にグラファイトを形成する方法。
【請求項2】
前記還元剤はグリコールの一種である
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記還元剤はジエチレングリコールである
請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記金属錯体と前記金属は同じ金属元素を含む
請求項1乃至3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記金属錯体は酢酸鉄(III)であり、前記金属は鉄である
請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記混合物を生成する工程は、前記レゾール型フェノール樹脂のアルコール溶液をA液として生成する工程と、前記金属錯体のアルコール溶液をB液として生成する工程と、前記還元剤をC液として、前記A液と前記B液と前記C液とを混合する工程とを有する
請求項1乃至5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記加熱する工程は、前記混合物が表面上に塗布された前記金属を第1の温度で加熱する工程と、前記第1の温度で加熱する工程の後に酸素不在下で前記第1の温度より高温の第2の温度で加熱する工程とを有する
請求項1乃至6のいずれかに記載の方法。

【公開番号】特開2013−23746(P2013−23746A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−161418(P2011−161418)
【出願日】平成23年7月23日(2011.7.23)
【出願人】(511179976)
【Fターム(参考)】