説明

金属メッキが施された釣糸及びその製造方法

【課題】柔軟性に優れ、水への沈降性に優れ、しかも使用によって沈降性能が低下しにくい釣糸を提供する。
【解決手段】ポリアリレートのマルチフィラメント糸からなる撚糸又は製紐糸である釣糸であって、マルチフィラメント糸の外表面に金属メッキが施されるとともに、マルチフィラメント糸を構成する単糸同士の間隙部においても金属メッキが施され、マルチフィラメント糸の外表面からのメッキ領域の深さが単糸の円相当直径よりも大きく、かつマルチフィラメント糸の中心部はメッキされていないことを特徴とする釣糸とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属メッキが施された釣糸に関する。また、そのような釣糸を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、釣糸の素材としては、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、フッ素系樹脂などの熱可塑性重合体からなるモノフィラメントが広く用いられてきたが、最近では、魚信が的確にとらえられるとして、高強力、低伸度である超高分子量ポリエチレンやアラミドのマルチフィラメント糸が用いられるようになってきた。しかしながら、超高分子量ポリエチレンのマルチフィラメント糸からなる釣糸は、繊維の剛性が低すぎるために、釣竿に絡み易い、糸がさばき難い、といったトラブルが生じ易く、操作性に劣っていた。
【0003】
また、超高分子量ポリエチレンやアラミドのマルチフィラメント糸は、湿式紡糸方法によって製造されるため、その断面形状が不定形となり表面も滑らかではない。そのため、マルチフィラメント糸からなる釣糸を製造する際における、製紐、撚糸、色付けなどの各工程で、金属やセラミックス製の糸道ガイドなどとの接触時に毛羽や削り粉が発生し、生産性が低下したり、品質が低下したりしていた。
【0004】
また、マルチフィラメントからなる釣糸は、マルチフィラメントを撚糸または製紐して集束一体化されているので、その糸束内部には空隙が存在し、モノフィラメントからなる釣糸に比べ見掛けの比重が小さくなり、水中での沈降速度が低下する傾向にあった。したがって、水深の深い所の魚種を狙った釣りに対応する、より比重が高くて水中での沈降速度が速いものが要求されている。
【0005】
釣糸の比重を増加させる方法は、これまでにいくつか提案されている。例えば、特許文献1には、金属線の周りを複数本の樹脂繊維で覆って製紐している釣糸が記載されている。しかしながら、金属線を用いたのでは製造が困難であるとともに、釣糸の柔軟性が不十分となってしまう。
【0006】
特許文献2には、金属を含む樹脂からなるモノフィラメントを含む釣糸が記載されているが、得られる釣糸が固くなり、柔軟性が大きく低下してしまう。また、特許文献3には、モノフィラメント複数本を製紐してなる芯糸を、金属を含有している樹脂で被覆している釣糸が記載されている。しかしながら、形成された被覆の耐久性が不十分であった。
【0007】
特許文献4には、合成樹脂糸の表面に金属又は金属酸化物の薄膜がコーティングされた釣糸が記載されている。薄膜の形成方法としては、スパッタリング、イオンプレーティング、真空蒸着が例示されていて、膜厚10〜10000Åの薄膜を形成することが記載されている。しかしながら、この方法で形成される薄膜は薄いために、釣糸全体の比重を上昇させる効果が低かった。また、釣糸の表面のみに金属又は金属酸化物の薄膜が形成されるので、摩擦によって容易に剥がれてしまうという問題もあった。
【0008】
特許文献5には、アラミド繊維の少なくとも一部が、メッキ加工により比重5.0以上の重金属で被覆された釣糸が記載されている。このときのメッキ加工方法としては、原糸にメッキ加工してから撚糸・製紐する方法と、撚糸・製紐してからメッキ加工する方法とが記載されているが、そのいずれの場合にも釣糸の内部まで均一にメッキ加工されている。アラミド繊維はもともと剛直で柔軟性が不十分であるが、これに対して更に金属でメッキ加工されているので、その柔軟性は一段と損なわれている。したがって、以上のようにしてメッキ加工されたアラミド釣糸は、リールへの巻取り性や操作性が、通常使用されている釣糸に比べて大きく劣っていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002−335836号公報
【特許文献2】特開2002−191274号公報
【特許文献3】特開2002−262742号公報
【特許文献4】特開2000−217483号公報
【特許文献5】特開2002−335837号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、柔軟性に優れ、水への沈降性に優れ、しかも使用によって沈降性能が低下しにくい釣糸を提供することを目的とするものである。また、そのような釣糸の好適な製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題は、ポリアリレートのマルチフィラメント糸からなる撚糸又は製紐糸である釣糸であって、マルチフィラメント糸の外表面に金属メッキが施されるとともに、マルチフィラメント糸を構成する単糸同士の間隙部においても金属メッキが施され、マルチフィラメント糸の外表面からのメッキ領域の深さが単糸の円相当直径よりも大きく、かつマルチフィラメント糸の中心部はメッキされていないことを特徴とする釣糸を提供することによって解決される。
【0012】
このとき、前記メッキ領域の深さがマルチフィラメント糸の円相当直径の0.4倍以下であることが好適である。前記メッキ領域の深さがマルチフィラメント糸の円相当直径の0.05倍以上であることも好適である。単糸繊度が1〜20dtexであり、マルチフィラメント糸の繊度が80〜6000dtexであることも好適である。また、2cmの長さに切断した釣糸が水面から水深30cmまで沈降するのに要する時間が30秒以下であることも好適である。
【0013】
また、上記課題は、ポリアリレートのマルチフィラメント糸からなる撚糸又は製紐糸に対して、無電解メッキによって金属メッキを施す上記釣糸の製造方法を提供することによっても解決される。
【発明の効果】
【0014】
本発明の釣糸は、柔軟性に優れ、水への沈降性に優れ、しかも使用によって沈降性能が低下しにくい。したがって、ポリアリレートのマルチフィラメント糸からなる釣糸の利点を活かしながら、操作性に優れた釣糸を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の釣糸は、ポリアリレートのマルチフィラメント糸からなる。ポリアリレートは、全芳香族ポリエステルともいい、下記(1)、(2)及び(3)の構造単位から構成されるポリマーである。構造単位(1)のみからなるものであっても良いし、構造単位(2)と(3)のみを実質的に同数含むものであっても良いし、構造単位(1)を含むとともに、さらに構造単位(2)と(3)を実質的に同数含むものであっても良い。また、少量であれば下記式中のArの代わりに2価の脂肪族基を含む構造単位を含んでいても良い。その場合の含有量は全構造単位中の20モル%以下であることが好ましく、10モル%以下であることがより好ましい。すなわち、(1)、(2)及び(3)の構造単位を、合計で80モル%以上含むことが好適であり、90モル%以上含むことがより好適である。
【0016】
−(−O−Ar−COO−)− (1)
−(−OOC−Ar−COO−)− (2)
−(−O−Ar−O−)− (3)
【0017】
ここで、上記Arは、少なくとも1個の芳香環を含む2価の基である。当該Arとして好適に用いられるものとしては、下記の基(a)〜(d)が例示される。
【0018】
【化1】

【0019】
上記構造単位(1)〜(3)のうちでも、構造単位(1)を80モル%以上含むものが好適であり、90モル%以上含むものがより好適である。また、上記基(a)〜(d)のうちでも、(a)及び(b)を合計で80モル%以上含むものが好適であり、90モル%以上含むものがより好適である。特に好適なものは、下記の基(a1)及び(b1)を合計で80モル%以上、より好適には90モル%以上含むものである。
【0020】
【化2】

【0021】
本発明で用いられるポリアリレートは、光学的に異方性を有する溶融相を形成し得るものであり、液晶ポリマーとも言われるものである。ここで、光学的に異方性を有する溶融相を形成し得るか否かは、例えば、ホットステージに載せた試料を不活性ガスの雰囲気下で昇温加熱しながら、その透過光を観察することによって容易に判断することができる。
【0022】
光学的に異方性を有する溶融相を形成し得るポリアリレートを用いて溶融紡糸することによって、高度に配向した、高強力かつ低伸度の繊維を得ることができる。また、ポリアリレートは溶融紡糸が可能なので、断面形状が整った表面の滑らかな繊維を得ることができる。
【0023】
一方、従来から釣糸に用いられている超高分子量ポリエチレンやアラミドのマルチフィラメント糸は、湿式紡糸方法によらなければ製造できないため、その断面形状が不定形となる上に、表面も滑らかでなくなる。そのため、釣糸を製造する際における、製紐、撚糸、色付けなどの各工程で、金属やセラミックス製の糸道ガイドなどとの接触時に毛羽や削り粉が発生していた。これによって、釣糸製造時の生産性が低下したり、得られる釣糸の品質が低下したりしていた。この点は、アラミド繊維で特に顕著であり、改善が求められていた。
【0024】
これに対し、ポリアリレート繊維では、高度に配向した、高強力かつ低伸度の繊維でありながら、断面形状が整った表面の滑らかな繊維を得ることができるので、釣糸製造時の工程通過性が良好で、毛羽の少ない釣糸を得ることができる。
【0025】
なお、光学的に異方性を有する溶融相を形成し得るか否かについては、通常、試料とする繊維を溶融させることによって確認できる。しかしながら、繊維に対して架橋処理などの後処理を行うことによって溶融させることができなくなったものであっても、紡糸に供する原料樹脂が光学的に異方性を有する溶融相を形成し得るものであれば、本願発明で要求される繊維性能を満足できる。したがって、このような溶融不可能な繊維であっても、本発明でいうところの、光学的に異方性を有する溶融相を形成し得るポリアリレートに含まれる。
【0026】
本発明で用いられるポリアリレートのマルチフィラメント糸においては、単糸繊度が1〜20dtexであり、マルチフィラメント糸の繊度が80〜6000dtexであることが好ましい。細い単糸を多数含む釣糸とすることによって、柔軟性を維持しながら、単繊維の単糸同士の間隙部において金属メッキを施すことができる。単糸繊度はより好適には10dtex以下であり、さらに好適には7dtex以下である。また、ポリアリレート繊維の強度は、15g/dtex以上であることが好ましく、20g/dtex以上であることがより好ましい。一方、通常ポリアリレート繊維の強度は、通常100g/dtex以下である。
【0027】
本発明の釣糸を構成するマルチフィラメント糸の形態は、撚糸又は製紐糸である。撚糸又は製紐糸とすることによって、単糸同士が高密度に相互に接触した状態となり、取扱性の良好な釣糸とすることができる。中でも、製紐糸であることが、縒れが生じにくくてより好ましい。この場合、複数のマルチフィラメント糸を用いて製紐される。なお、これらの場合、釣糸を構成するマルチフィラメント糸の繊度は、撚糸又は製紐糸全体の繊度のことをいう。
【0028】
本発明の釣糸は、ポリアリレートのマルチフィラメント糸に対して金属メッキを施して製造される。メッキ方法は特に限定されないが、ポリアリレートのマルチフィラメント糸からなる撚糸又は製紐糸に対して無電解メッキによって金属メッキを施すことが好ましい。マルチフィラメント糸の中心部まで均一に金属メッキが施された場合、ポリアリレートのマルチフィラメント糸が本来有していた柔軟性が損なわれ、釣糸として要求される柔軟性を満足できなくなってしまう。このため、ポリアリレートのマルチフィラメント糸からなる撚糸又は製紐糸にして、メッキ液がマルチフィラメント糸の中心部まで浸入し難い状態としてから無電解メッキによって金属メッキを施すことが好ましい。これによって、マルチフィラメント糸の外表面から内部へ向けて、メッキ金属濃度の傾斜分布が形成される。
【0029】
金属メッキを施す際には、まず、マルチフィラメント糸からなる撚糸又は製紐糸の表面を洗浄して脱脂することが好ましい。このような脱脂処理においては、界面活性剤及びアルカリ化合物を含むアルカリ性洗浄液で洗浄することが好ましい。ポリアリレートは、アラミドなどに比べて疎水性の樹脂であるためにその表面に付着した疎水性成分による汚染を十分に除去することが好ましい。また、触媒の吸着性や濡れ性を向上させるために、界面活性剤を含みアルカリ化合物を含まない水溶液からなる表面調整液に浸漬する、表面調整処理を施すことも好ましい。撚糸又は製紐糸となったポリアリレート繊維の単糸同士のわずかな隙間を触媒液やメッキ液がスムーズに通過でき、メッキ領域が適当な深さまで再現性良く形成されるように、ポリアリレート繊維の表面状態を界面活性剤で調整することが重要である。これらの脱脂処理及び表面調整処理の一方だけを採用することもできるが、脱脂処理、表面調整処理の両方をこの順番で施すことが好ましい。これらの各処理は、薬品を適宜変えて複数回行ってもよい。また、それぞれの処理の後には、水洗、脱水操作を施すことが好ましい。
【0030】
引き続き、マルチフィラメント糸に対して触媒化処理を行う。触媒化処理は、金属塩を還元してマルチフィラメント糸の表面に金属を付着させることによって行う。金属塩としてはパラジウム塩が好適に用いられ、マルチフィラメント糸の表面に金属パラジウムの微粒子を付着させることが好ましい。このとき、パラジウム塩と第1スズ塩を併用することが好ましい。その後、必要に応じて酸で処理して活性化してから、金属塩と還元剤を含むメッキ液に浸漬して金属メッキを施す。メッキされる金属の種類は特に限定されるものではないが、ニッケル、銅、錫、金などを採用することができ、特にニッケルが好適である。金属メッキを施した後で、親水性、平滑性あるいは柔軟性を向上させるために表面処理剤を塗布することも好ましい。また、金属メッキを施した後で、釣糸の全体あるいは一部に対して着色を施してもよい。以上のメッキ処理は、バッチ処理で行っても構わないし、連続処理で行っても構わない。
【0031】
本発明の釣糸は、マルチフィラメント糸の外表面に金属メッキが施されるのみならず、マルチフィラメント糸を構成する単糸同士の間隙部においても金属メッキが施され、しかもマルチフィラメント糸の中心部はメッキされていない点に大きな特徴がある。ポリアリレートのような疎水性繊維の単糸間の狭い間隙を通過したメッキ液によって釣糸の内部にまで金属メッキが施されるのは驚きである。これにより、釣糸の表面が摩耗しても内部に金属メッキ部分が残るので、比重の低下を抑制して沈降性能を維持することができる。また、薄い金属メッキ層が各単糸の表面に形成されることになるので、釣糸としての柔軟性が損なわれない。また、撚糸又は製紐糸となって相互に密接しているポリアリレート繊維にメッキ処理を施すことにより、マルチフィラメント糸の外表面から内部へ向けて、メッキ金属濃度の傾斜分布が形成され、中心部はメッキされていないので、釣糸としての適度な柔軟性が損なわれない。釣糸の外表面にのみ厚い金属メッキ皮膜が形成されたのでは、摩耗によって金属メッキ皮膜が剥離しやすいし、釣糸全体が均一に金属メッキされたのでは、釣糸の柔軟性が損なわれてしまう。
【0032】
具体的には、マルチフィラメント糸の外表面からのメッキ領域の深さが、単糸の円相当直径よりも大きいことが重要である。すなわち、単糸の裏側に相当する部分までメッキ領域が浸透していることが好ましい。これによって、摩耗による比重の低下を効果的に抑制することができる。外表面からのメッキ領域の深さは、より好適には単糸の円相当直径の2倍以上であり、さらに好適には3倍以上である。ここで、メッキ領域の深さは、釣糸の断面の金属含有量を直径方向に定量し、その含有量が1質量%以下になる深さのことをいう。ここでの金属含有量は、炭素元素、酸素元素、ケイ素元素及びメッキされた金属元素の合計の質量に対する、メッキされた金属元素の質量の割合で示されるものである。その定量方法は特に限定されないが、電子線マイクロアナライザなど、微小領域の元素量を定量できる方法を用いて測定することができる。このときの測定エリアは、単糸の断面積よりも大きい面積であることが好ましい。
【0033】
また、前記メッキ領域の深さがマルチフィラメント糸の円相当直径の0.05倍以上であることも好ましい。これによって、釣糸全体の比重を大きくすることができ、水に対する沈降性に優れた釣糸を得ることができる。前記メッキ領域の深さがマルチフィラメント糸の円相当直径の0.08倍以上であることがより好ましく、0.1倍以上であることがさらに好ましく、0.15倍以上であることが特に好ましい。
【0034】
一方、釣糸としての柔軟性やハンドリング性のためには、前記メッキ領域の深さがマルチフィラメント糸の円相当直径の0.4倍以下であることが好ましい。前記メッキ領域の深さがマルチフィラメント糸の円相当直径の0.4倍を超える場合には、釣糸としての適度な柔軟性が損なわれるおそれがある。前記メッキ領域の深さがマルチフィラメント糸の円相当直径の0.35倍以下であることがより好ましく、0.3倍以下であることがさらに好ましい。
【0035】
本発明の釣糸は、水への沈降速度が速いことが好ましい。ポリアリレートの比重は約1.4であり、通常のフッ素系樹脂の比重1.78に比べて小さく、さらにマルチフィラメントであるために、実際の釣りの際には単糸同士の間隙に空気を含んでしまうことが避けられないので、フッ素樹脂からなるモノフィラメントに比べて沈降速度が遅くなっていた。これに対し、本発明の釣糸は金属メッキを施すことによって、比重が上昇しているので、釣糸単独であっても水に素早く沈降することができ、より深い棚での釣りに適した釣糸が得られる。
【0036】
本発明の釣糸が水に沈降する場合、その沈降速度が速いほど好ましい。具体的には、2cmの長さに切断した釣糸が水面から水深30cmまで沈降するのに要する時間が30秒以下であることが好ましく、20秒以下であることがより好ましい。
【0037】
本発明の釣糸は、ポリアリレートのマルチフィラメント糸の有する高強度、低伸度、柔軟性を維持しながら、比重を上昇させることができ、しかも摩耗に対してもその性能低下が少ないので、投げ釣り、磯釣り、フライフィッシングなど様々な釣りにおける道糸やハリスとして好適に用いることができる。また、外観も金属光沢を有する高級感あふれるものとなる。さらに、表面が金属でメッキされることにより耐光性も向上し、耐久性に優れた釣糸が得られる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明する。本実施例における試験方法は以下のとおりである。
【0039】
(1)メッキ領域の深さ
試料の釣糸を樹脂(パラフィン等)により包埋し、繊維表面から内部にかけて、メッキした金属元素の含有量を日本電子株式会社製フィールドエミッション走査電子顕微鏡「JSM−7000F」に装着された電子線マイクロアナライザにてZAF法により定量分析した。測定においては、繊維表面から内部にかけて連続的に、炭素元素、酸素元素、ケイ素元素及びメッキされた金属元素(ここではニッケル元素)の含有量を測定し、炭素元素、酸素元素、ケイ素元素及びメッキされた金属元素の合計の質量に対する、メッキされた金属元素の質量の割合が1質量%(概ね検出限界)以下となる箇所までの距離をメッキ領域の深さとした。測定点ごとに釣糸の直径方向に10μm、その垂直方向に40μmの長方形の領域内で測定した。釣糸の断面において直角に交わる2方向で測定し、4点の平均値として得た。測定条件は、以下のとおりである。
・加速電圧:15.0kV
・照射電流:2.066nA
・有効時間:60.00秒
【0040】
(2)沈降時間
1000cmのメスシリンダーに1000cmの純水を入れ、2cm長の糸を投入し、水面下30cmの位置までの沈降時間を計測した。1サンプルにつき5点測定しその平均値を沈降時間とした。
【0041】
(3)摩耗試験
試験長110cmの糸の一端を糸固定用治具に固定し、もう一方の一端に150gの荷重を掛け、糸固定治具を動かすことにより室温水中に置かれた径20mmの粗目砥石(WA砥粒#60)の摩擦体上で糸を5回往復走行させた。往復条件は、摩擦体との接触角度は90°、糸の往復速度は90回/分、往復距離は17cmとした(特開2001−208663号公報に準拠)。
【0042】
実施例1
4−ヒドロキシ安息香酸及び6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸を共重合した構造を有するポリアリレートからなるマルチフィラメント(55dtex/12フィラメント)を4本用いて製紐し、220dtex/48フィラメント(1号)のマルチフィラメント糸を得た。このマルチフィラメント糸の円相当直径は178μmであり、単糸の円相当直径は22μmである。
【0043】
[脱脂工程]
前記マルチフィラメント糸を周長70cm、重量約100gのかせ状にして、ホウ酸ナトリウム20g/リットル、リン酸ナトリウム20g/リットル、非イオン性界面活性剤10g/リットルを含んだアルカリ性洗浄液を用いて、浴比1:50、温度90℃の条件で、洗浄液に浸漬し、撹拌しながら20分間処理した。その後、水洗、脱水を行なった。
【0044】
[表面調整工程]
次に、触媒の吸着性、濡れ性を向上させるため、非イオン性界面活性剤5g/リットルを含む表面調整液を用いて、浴比1:50、温度40℃の条件で5分間浸漬した、その後、水洗、脱水を行った。
【0045】
[触媒化工程]
次いで、市販の塩化第一錫と塩化パラジウムのコロイド液50g/リットル、35重量%塩酸を150g/リットルの混合液中に、浴比1:50、常温で5分間浸漬して、触媒を付着させた。その後、水洗、脱水を行なった。
【0046】
[活性化工程]
次いで、75%希硫酸を150g/リットルに希釈した水溶液中で、浴比1:50、常温で5分間浸漬し、触媒を活性化させた。その後、水洗、脱水した。
【0047】
[メッキ工程]
次いで、市販の無電解ニッケルメッキ液(ニッケル塩、錯化剤、次亜リン酸、アンモニア水などを含有する)を用い、浴比1:50、pH9.5、常温で10分浸漬・撹拌して無電解メッキ処理を実施した。その後、水洗、脱水、乾燥して、金属メッキされた糸を得た。
【0048】
[オイリング工程]
次いで、柔軟性、平滑性、親水性を向上させるため、市販のオイリング剤(シリコーンオイル、ワックス、界面活性剤などで調整されたもの)を10g/リットル、浴比1:50、温度50℃にて20分間、浸漬・撹拌してオイリングを施した。その後、脱水、乾燥して、金属メッキされた釣糸を得た。
【0049】
得られた釣糸の断面を光学顕微鏡で観察したところ、マルチフィラメント糸の外表面のみならず、マルチフィラメント糸を構成する単糸同士の間隙部においても金属メッキが施されていた。上記「(1)メッキ領域の深さ」に記載した方法にしたがって、フィールドエミッション走査電子顕微鏡に装着された電子線マイクロアナライザを用いて横方向と縦方向の複数のポイントにおいて、ニッケルの含有量を測定したところメッキ領域の深さは46μmであった。
【0050】
得られた釣糸を、上記方法にしたがって摩耗試験に供した。また、摩耗試験前の沈降時間と、摩耗試験後の沈降時間は、それぞれ15秒と19秒であった。これらの結果をまとめて表1に示す。さらに、実際に海釣りをしたところ、釣糸が海水に沈みやすく、適度に柔軟で、操作性が良好であった。なお、1号の釣糸の沈降時間は、ポリフッ化ビニリデンモノフィラメントの場合に14秒であり、ナイロンモノフィラメントの場合に50秒であるから、本実施例で得られた釣糸は、マルチフィラメントでありながらポリフッ化ビニリデンモノフィラメント並みの高い沈降速度を有することがわかった。
【0051】
実施例2
実施例1において、無電解メッキ処理の時間を5分とした以外は実施例1と同様にして、金属メッキされた釣糸を得た。得られた釣糸について、実施例1同様に試験を行った。結果をまとめて表1に示す。実際に海釣りをしたところ、釣糸が海水に沈みやすく、適度に柔軟で、操作性が良好であったが、使用を数回繰り返すうちに、沈降性が低下することによって操作性が低下した。
【0052】
比較例1
実施例1において、無電解メッキ処理を行わず、製紐して得たマルチフィラメント糸について、実施例1同様に試験を行った。結果をまとめて表1に示す。実際に海釣りをしたところ、釣糸が海水に沈みにくく、操作性が劣っていた。
【0053】
比較例2
実施例1において、無電解メッキ処理の時間を30分とした以外は実施例1と同様にして、金属メッキされた釣糸を得た。得られた釣糸について、実施例1同様に試験を行った。結果をまとめて表1に示す。実際に海釣りをしたところ、釣糸は海水に沈みやすかったものの、柔軟性に欠けており、リールへの巻き取り性や操作性が劣っていた。
【0054】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアリレートのマルチフィラメント糸からなる撚糸又は製紐糸である釣糸であって、マルチフィラメント糸の外表面に金属メッキが施されるとともに、マルチフィラメント糸を構成する単糸同士の間隙部においても金属メッキが施され、マルチフィラメント糸の外表面からのメッキ領域の深さが単糸の円相当直径よりも大きく、かつマルチフィラメント糸の中心部はメッキされていないことを特徴とする釣糸。
【請求項2】
前記メッキ領域の深さがマルチフィラメント糸の円相当直径の0.4倍以下である請求項1記載の釣糸。
【請求項3】
前記メッキ領域の深さがマルチフィラメント糸の円相当直径の0.05倍以上である請求項1又は2記載の釣糸。
【請求項4】
単糸繊度が1〜20dtexであり、マルチフィラメント糸の繊度が80〜6000dtexである請求項1〜3のいずれか記載の釣糸。
【請求項5】
2cmの長さに切断した釣糸が水面から水深30cmまで沈降するのに要する時間が30秒以下である請求項4記載の釣糸。
【請求項6】
ポリアリレートのマルチフィラメント糸からなる撚糸又は製紐糸に対して、無電解メッキによって金属メッキを施す請求項1〜5のいずれか記載の釣糸の製造方法。


【公開番号】特開2011−125227(P2011−125227A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−284141(P2009−284141)
【出願日】平成21年12月15日(2009.12.15)
【出願人】(591051966)株式会社サンライン (8)
【Fターム(参考)】