説明

金属主成分含有試料の不純物分析法

【課題】金属主成分含有試料の不純物元素を高精度に分析する方法において、主成分元素をイオン交換樹脂に吸着除去すると共に不純物元素を定量的に回収するようにする。
【解決手段】金属主成分含有試料の酸溶解液を蒸発乾固し、乾固残留物を無機酸で溶解する。得られた溶解液を陽イオン交換樹脂を充填したカラムへ注入し、金属主成分元素を吸着除去後、カラムから流出した不純物元素を定量した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は試料の溶解液中に含まれる金属主成分を分離除去し、試料中の不純物元素を定量する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ジルコニアは耐熱性、耐久性の特性から構造材料をはじめ電子材料等各種機能材料の原料として活用されている。また、ジルコニアの安定化剤としてイットリアなどの酸化物を数〜数十%添加するものなどが広く利用されている。
【0003】
一方、商品の機能性追及において原材料及び製品の不純物量の制御は重要であり不純物の分析手法確立が必要となってくる。前記材料の開発には材料中の金属不純物分析が不可欠であり、材料中の金属不純物元素の高精度な分析法の確立が必要とされている。各種材料中の金属不純物元素は材料を溶解した試料液と金属元素組成既知の標準液の双方について各種分析機器を用いて同一な操作により測定し、得られた双方の信号位置及び強度を比較することにより分析する。
【0004】
通常溶液中の金属不純物元素の測定にはフレームレス原子吸光分析法、誘導結合プラズマ発光分析法、誘導結合プラズマ質量分析法が用いられるがいずれの方法も試料液中の金属主成分元素は測定する金属不純物元素の信号位置や強度へ影響を及ぼす。また、金属主成分元素を含む試料液を直接前記分析機器に導入すると、機器の導入ラインが主成分の金属元素により汚染され、メモリとして残存する恐れがある。
【0005】
従来金属主成分含有試料の金属不純物元素を上記方法で測定するために、測定前に試料液中の金属主成分元素と金属不純物元素をイオン交換分離して金属主成分元素の影響を除去する方法が知られている。この場合、試料の酸溶解液をイオン交換分離に最適な酸濃度に調整する必要があり、希釈またはpH測定器を用いる方法が利用されている。
【0006】
しかしながら、前記酸濃度の調整法では希釈に伴う感度低下及びpH調整に伴うブランク値の増加の問題がある。また、前記調整法では無機酸の種類を変化することができないため、試料溶解液とイオン交換分離に最適である無機酸が異なる場合、イオン交換分離が不十分という問題がある。
【0007】
一方、材料を溶解した試料液へ酸または過酸化水素を加え主成分の金属元素を安定した陰イオン状態とし、前記溶液を陰イオン交換樹脂を充填したカラムへ注入し金属主成分元素を吸着除去した後、カラムからの溶出液を分析機器へ導き溶出液中の微量な金属不純物元素を測定する方法が特許文献1などで提案されている。
【0008】
しかしながら、前記方法では酸または過酸化水素の添加により陰イオン状態を形成しない金属主成分元素(例えばイットリウム)を吸着除去することができない。また、前記方法において溶液中で陰イオン状態の金属不純物元素(例えばモリブデン)は陰イオン交換樹脂に吸着除去されるため分析することができないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平7−12787号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上述した課題を解決し従来法では分離が困難であった金属主成分元素と不純物元素を分離し、不純物分析を高精度で行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上述した課題を解決する金属主成分含有試料の不純物分析法を見出すべく、鋭意検討を重ねた結果、金属主成分含有試料の溶解液を蒸発乾固し、残留する乾固残留物を陽イオン交換分離に最適な無機酸で溶解後、該溶解液を陽イオン交換樹脂を充填したカラム(以下、陽イオンカラムとする)に注入し金属主成分元素を吸着除去するとともに、該カラムからの流出液に含まれる不純物元素を測定することにより不純物元素を高精度で定量し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
本発明の金属主成分含有試料の不純物分析法は以下の工程から構成される。
工程1:金属主成分含有試料の酸溶解液を蒸発乾固した後に残留する乾固残留物を無機酸で溶解する工程
工程2:該溶解液を陽イオンカラムに注入し、金属主成分元素を吸着除去する工程
工程3:該カラムからの流出液中の不純物元素を分析機器により測定する工程
からなる。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、蒸発乾固を利用し試料溶解液の液性を陽イオン交換分離に最適な無機酸に変化することができるため、試料に含まれる複数の金属主成分を1回の分離操作で陽イオン交換樹脂に吸着除去することが可能となった。同時に、目的の不純物元素は陽イオン交換樹脂に吸着されず、定量的に回収することができるため、不純物元素を高精度に分析することが可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下本発明の各工程の詳細について説明する。
工程1は金属主成分含有試料の酸溶解液を蒸発乾固した後に残留する乾固残留物を無機酸で溶解する工程である。金属主成分含有試料の金属とは酸性溶液中で強酸性陽イオン交換樹脂に対する分配係数が大きい金属元素が好ましく、例えば硝酸または塩酸などの無機酸で乾固残留物を溶解した溶液の強酸性陽イオン交換樹脂への分配係数が大きいジルコニウム、イットリウム、ハフニウム、トリウム、スカンジウム、ガリウムおよびランタノイド元素からなる群から選ばれる少なくとも1種の金属元素があげられる。
【0015】
本発明の金属主成分含有試料における主成分とは、一般的に試料に重量濃度で0.1%以上含有される金属成分を指し、試料に元々含有されている成分に加えて添加剤として添加される成分を含む。
【0016】
前記金属主成分含有試料の金属の形態は特に限定されないが、例えば金属単体、金属酸化物または有機金属錯体があげられる。
【0017】
工程1において、金属主成分含有試料の酸溶解液を調製する方法として、例えばジルコニア粉末の場合、試料及び9M硫酸をフッ素樹脂製の容器に入れ、容器を密閉し加熱することで溶解可能であることが一般的に知られている。
【0018】
不純物元素は陽イオン交換樹脂への分配係数が金属主成分元素に比べ小さい元素であれば特に限定されないが、例えば、モリブデン、リチウム、ナトリウム、カリウム、バナジウム、チタン、マグネシウム、亜鉛、銅、ニッケル、マンガン、コバルト、カドミウム、カルシウムまたは鉛などがあげられる。陽イオン交換樹脂を選択することにより、溶液中で陰イオン状態の元素(モリブデンなど)にも適用可能である。
【0019】
蒸発乾固する溶解液量は、生成する乾固残留物を無機酸で溶解し回収することができれば特に限定されない。添加剤を加えることで主成分元素が加熱除去出来る場合は、溶解液を蒸発乾固する前に添加剤を加えることが好ましい。例えば、ケイ素が主成分元素として含まれる場合、フッ化水素酸を添加することでフッ化ケイ素として加熱除去される。
【0020】
蒸発乾固後の乾固残留物を溶解し回収する無機酸は次工程の陽イオン交換分離に適した無機酸が好ましく、特に限定されないが、硝酸または塩酸が好ましい。該無機酸の濃度は陽イオンカラムに注入したとき主成分元素が流出せず、且つ不純物元素が流出する濃度であれば特に限定されないが、0.05〜2Mであることが好ましく、特に0.1〜1Mが好ましい。試料の溶解液を蒸発乾固することにより陽イオン交換分離に最適な無機酸に変化することが可能である。
【0021】
工程2は前記回収液を陽イオンカラムに注入し、金属主成分元素を吸着除去する工程である。該カラムへ充填する樹脂は陽イオン交換樹脂であれば特に限定されないが、高交換容量の強酸性陽イオン交換樹脂が好ましい。該回収液をカラムへ注入する前に、回収液と同組成で且つ高純度の無機酸を注入してカラムを洗浄することが好ましい。該カラムへ注入する回収液量は、カラムの交換容量を超えない量が好ましい。
【0022】
工程3は該カラムからの流出液中の不純物元素を分析機器により測定する工程である。前記不純物元素を定量する分析装置は、特に限定されないが、たとえば誘導結合プラズマ発光分析装置、誘導結合プラズマ質量分析装置、原子吸光分析装置、イオンクロマトグラフなどをあげることができる。
【0023】
本発明における、不純物元素とは、試料に含有する成分の内、主成分を除く成分である。
【0024】
該カラムからの流出液を分析機器で測定する方法として、該カラムの出口ラインを測定機器の導入ラインにつなぎ、直接導入する方法と、該流出液を別容器に回収後、該回収液を測定する方法があげられる。
【0025】
分析機器へ導入される該工程2からの流出液は金属主成分元素を殆ど含んでいないため測定する不純物元素の信号は金属主成分元素の影響を受けない。このように試料液中の金属主成分元素の除去工程により不純物元素が高精度に分析可能となる。
【実施例】
【0026】
以下の実施例により、具体的に本願発明を説明するが、実施例によって本願発明は何等限定されるものでない。
【0027】
参考例1
強酸性陽イオン交換樹脂により、除去可能な金属元素について検討した。スルホン酸基を有する陽イオン交換樹脂が充填された内径3mm、長さ25mmのカラム2個を直列に接続し、表1記載の濃度に調整した各元素の1M硝酸溶液を10ml注入後流出液中の各元素を定量し、各元素についてカラムへの注入量と流出量を比較することにより除去率を測定した。結果を表1に示す。強酸性陽イオン交換樹脂を充填したカラムを用いることにより、ジルコニウム、イットリウム、ハフニウム、トリウム、スカンジウム、ガリウム乃至ランタノイド元素を吸着除去することが可能であった。
【0028】
【表1】

【0029】
実施例1
フッ素樹脂製の容器に3mol%のイットリアを含有するジルコニア粉末0.3g及び9M硫酸5mlを採取後マイクロウェーブ分解装置を用いて溶解した。該溶解液全量を別容器に移し、超純水にて30mlに定容した。該調製液1.5mlを石英ビーカーに移液後蒸発乾固し、乾固残留物を1M硝酸15mlにて溶解した。スルホン酸基を有する陽イオン交換樹脂が充填された内径3mm、長さ25mmのカラム2個を直列に接続し該溶解液を10ml注入した。カラムからの流出液のうち、初めの8mlを廃棄後、次の2mlを別容器に回収し測定液とした。その後測定液中の金属量を誘導結合プラズマ発光分析法により定量した。分析値の確かさを確認するため試料溶解液に標準溶液を添加し、同様の操作で試料溶液を調製して添加回収率を測定した。定量結果及び添加回収率を表2に示す。表2に示した全ての元素が定量的に回収されていることがわかる。また、金属主成分元素(ジルコニウム、イットリウム)の測定液中濃度及び陽イオンカラムによる除去率を表3に示す。表3に示すとおり、陽イオンカラムによる除去率はいずれも100%であった。また、測定液中の金属主成分元素の濃度が1ppm以下であるため不純物元素を高精度に測定することが可能であった。
【0030】
【表2】

【0031】
【表3】

【0032】
比較例1
実施例1と同様に調製した試料溶解液を超純水で希釈して試料濃度0.1重量%及び
0.15M硫酸溶液を調製した。該調製液を実施例1と同様に陽イオンカラムに3ml通液したところ、流出液中のジルコニウム濃度が200ppmであった。硫酸酸性のジルコニウムを陽イオンカラムで吸着除去することができなかった。
【0033】
比較例2
原子吸光分析用1000ppmイットリウム標準液を希釈して0.4ppmのイットリウム及び0.1M硫酸10mlを調製した。該調製液をオルガノ(株)製陰イオン交換樹脂Amberlite IRA400(20―50メッシュ)にて処理したが、イットリウムの除去率は6%であった。硫酸酸性のイットリウムは陰イオン交換樹脂にほとんど吸着せず分離不十分であった。
【0034】
実施例2
高純度の硫酸を超純水で希釈し調製した9M硫酸を用いて、実施例1と同様に操作を行ったものを操作ブランクとし、その定量値を操作ブランク値とした。ただし、金属量の定量は誘導結合プラズマ質量分析法で行った。表4の結果に示すとおり、操作ブランク値が低いため、ppm〜ppbレベルの分析が可能である。
【0035】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の金属主成分含有試料の不純物分析法は、従来は困難であった、ジルコニウム、イットリウム、ハフニウム、トリウム、スカンジウム、ガリウム乃至ランタノイド元素含有試料中の不純物分析に使用可能である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属主成分含有試料の酸溶解液を蒸発乾固した後に残留する乾固残留物を無機酸溶液で溶解して得られた溶解液を陽イオン交換樹脂を充填したカラムへ注入し、該金属主成分元素を吸着除去した後、該カラムからの流出液中の不純物元素を測定することを特徴とする金属主成分含有試料の不純物分析法。
【請求項2】
金属主成分が、ジルコニウム、イットリウム、ハフニウム、トリウム、スカンジウム、ガリウムおよびランタノイド元素からなる群から選ばれる少なくとも1種の金属元素であることを特徴とする請求項1記載の金属主成分含有試料の不純物分析法。
【請求項3】
金属主成分含有試料がジルコニアまたはイットリア含有ジルコニアであることを特徴とする請求項1記載の金属主成分含有試料の不純物分析法。
【請求項4】
試料形態が粉末または焼結体であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の金属主成分含有試料の不純物分析法。
【請求項5】
乾固残留物を溶解する無機酸が、硝酸および/または塩酸であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の金属主成分含有試料の不純物分析法。

【公開番号】特開2011−252711(P2011−252711A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−124586(P2010−124586)
【出願日】平成22年5月31日(2010.5.31)
【出願人】(507130912)株式会社 東ソー分析センター (6)
【Fターム(参考)】