金属内部への侵入水素量の測定装置
【課題】環境の温度変化に伴うアノード側の残余電流の変化を考慮した上で、腐食に伴って金属内部へ侵入する水素量を正確に計測することができる測定装置を提供する。
【解決手段】金属材料からなる被検体の一方の面を腐食環境に暴露し腐食反応により発生する水素の侵入面、他方の面を水素検出面とするとき、該水素検出面側に、複数のセル群で構成された電気化学セルを設け、該セル群の個々のセルの内部にpHが9〜13の電解質水溶液を充填すると共に、それぞれ独立した参照電極と対極を設置し、該セル群のうち少なくとも一つのセルを残余電流を補正するための基準セルとし、該基準セルの水素検出領域に対応する水素侵入面側の領域に、腐食環境との接触を遮断するための保護膜を設け、
該基準セル以外のセルで検出したアノード電流値を、該基準セルで検出した残余電流値により補正し、この補正したアノード電流値に基づいて腐食面側からの侵入水素量を算出する。
【解決手段】金属材料からなる被検体の一方の面を腐食環境に暴露し腐食反応により発生する水素の侵入面、他方の面を水素検出面とするとき、該水素検出面側に、複数のセル群で構成された電気化学セルを設け、該セル群の個々のセルの内部にpHが9〜13の電解質水溶液を充填すると共に、それぞれ独立した参照電極と対極を設置し、該セル群のうち少なくとも一つのセルを残余電流を補正するための基準セルとし、該基準セルの水素検出領域に対応する水素侵入面側の領域に、腐食環境との接触を遮断するための保護膜を設け、
該基準セル以外のセルで検出したアノード電流値を、該基準セルで検出した残余電流値により補正し、この補正したアノード電流値に基づいて腐食面側からの侵入水素量を算出する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の腐食に伴い金属内部へ侵入する水素量を正確に検出することができる、金属内部への侵入水素量の測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化防止の観点から、移動体である自動車、船舶、鉄道車両などの重量を低減させることによって、エネルギー効率の向上、例えば自動車であれば、ガソリンの燃費向上が求められている。そこで、構成材料、特に鉄鋼材料においては板厚を減少させた場合でも同等の安全性を確保するために、高強度化した鋼材の使用量が拡大している。
【0003】
しかしながら、鋼材の強度を高めていくと、「遅れ破壊」という現象が生じやすくなることが知られている。この「遅れ破壊」は鋼材強度の増大と共に著しく激しくなり、特に引張り強度が1180MPa以上の高強度鋼で顕著となる(非特許文献1)。なお、「遅れ破壊」とは、高強度鋼材が静的な負荷応力(引張り強さ以下の負荷応力)を受けた状態で、ある時間が経過したとき、外見上はほとんど塑性変形を伴うことなく、突然脆性的な破壊が生じる現象であり、ここでは水素が鋼材に入ることによって引き起こされる水素脆化型の遅れ破壊を意味する。
鋼材に侵入する水素は、鋼板の腐食に伴って発生し、その一部が鋼材に侵入することによって引き起こされると考えられている。このような観点から、鋼材への水素侵入に着目した遅れ破壊の評価方法が種々提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、鋼材に陰極チャージによって拡散性水素を含有させ、限界拡散性水素量を測定することによって、鋼材の遅れ破壊特性を評価する遅れ破壊特性の評価方法において、限界拡散性水素量の測定中に鋼材から水素が放出されることを防止するために、鋼材に亜鉛めっきを施す方法が提案されている。
しかしながら、特許文献1に記載された技術は、鋼中への水素侵入は陰極チャージにより強制的に水素を侵入させる加速試験であることから、実際の使用環境とは異なる条件の下で、供試材の種類による遅れ破壊発現の優劣をつけることはできるものの、実際の使用環境での腐食に伴う水素侵入量で遅れ破壊が起こるか否かを推定するための判断材料にはならない。
【0005】
また、近年、水素侵入に着目した研究が多く報告されているが、例えば非特許文献2には、チオシアン酸アンモニウムを用いた水素侵入挙動について報告がなされている。この非特許文献2には、チオシアン酸アンモニウムによる水素侵入と、陰極チャージ法による水素侵入の比較がなされている。
しかしながら、非特許文献2に開示のチオシアン酸アンモニウムを用いた水素侵入量の評価方法においては、表面の腐食による水素侵入を得られるものではなく、例えば近年自動車の防錆用途として用いられる亜鉛めっき等が水素侵入に及ぼす影響を測定できるものではない。
【0006】
さらに、非特許文献3には、大気暴露環境下で一定期間腐食させた高強度ボルトを回収して、ボルトに吸蔵された水素濃度を測定した例が報告されている。また、この非特許文献3には、鋼板の片面を外部環境に暴露する試験装置を用いた電気化学的水素透過法によって、反対面側から検出されるアノード電流値の変化から、大気暴露環境下での腐食による水素侵入挙動を調査した結果が報告されている。
じかしながら、非特許文献3に開示の大気暴露試験によって得られるデータは、いずれも地勢的な特定環境と結びついた環境因子の下での試験結果にすぎず、構造体の移動に伴い変化する種々の環境下における腐食を継続的に把握することについては、考慮が払われていない。
また、非特許文献3に示された鋼板の片面を外部環境に暴露する試験装置を用いた大気暴露における水素透過試験では、環境の温度変化に伴うアノード側の残余電流の変化が考慮されていないことから、測定値の定量性にも問題があった。
【0007】
なお、上述したように、現時点で最も遅れ破壊の問題が懸念される金属材料は、実用材料として広範に使用されている鋼材であるが、その他の金属材料においても今後は遅れ破壊の問題が生じる可能性が指摘されている(例えば非特許文献4)。
【0008】
上記したように、自動車のような移動体では、移動することによって地勢的な環境が変化し、さらに物理的要因(例えば振動、塵埃堆積−脱落、水・泥跳ね付着−乾燥など)が加わると、腐食環境が極端に変化する場合がある。
しかしながら、上記した振動などの物理的要因や地勢的な環境変化が避けられない移動体について、腐食に伴う水素侵入量を継続的かつ定量的に計測した例は、これまで皆無であった。
【0009】
上記の状況に鑑み、発明者らは、先に、
「 金属材料の腐食に伴って発生し金属内部に侵入する水素の量を、電気化学的水素透過法を用いて測定する方法であって、被検体の片面を腐食環境に暴露し腐食反応により発生する水素の侵入面とする一方、該被検体の他面を水素検出面とし、該水素検出面側の電位を−0.1〜+0.3V vs SCEに保持した状態で該検出面に拡散してくる水素の流束をアノード電流として測定するに際し、
該被検体の水素検出面側に、少なくとも2つに分割された複数のセル群で構成された電気化学セルを配置し、該セル群の個々のセルの内部にはpHが9〜13の電解質水溶液を充填すると共に、それぞれ独立した参照電極と対極を設置し、
該セル群のうち少なくとも一つのセルを残余電流を補正するための基準セルとし、該基準セルの水素侵入面側に対応する箇所には腐食環境との接触を遮断する保護膜を設け、
該基準セル以外のセルで検出したアノード電流値を、該基準セルで検出した残余電流値により補正し、この補正したアノード電流値に基づいて腐食面側からの侵入水素量を算出することを特徴とする金属内部への侵入水素量の測定方法。」
を開発し、特許文献2において開示した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2005-69815号公報
【特許文献2】特願2010-42800号明細書
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「松山晋作:遅れ破壊、日刊工業新聞社、東京、(1989)」
【非特許文献2】「▲高▼井等:腐食防食シンポジウム試料、Vol.170、p.47-54(2010)」
【非特許文献3】「大村等:鉄と鋼、Vol.91、No.5、p.42 (2005)」
【非特許文献4】「高取等:鉄と鋼、Vol.78、No.5、p.149 (1992)」
【非特許文献5】「M.A.V.Devanathan, Z.Stachurski;Proc. Roy. Soc. London, Ser. A, 270, 90 (1962)」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記特許文献2の開発により、環境の温度変化に伴うアノード側の残余電流の変化を考慮した上で、腐食に伴って金属内部へ侵入する水素量を正確に計測することができるようになった。
本発明は、上掲した特許文献2に記載の「金属内部への侵入水素量の測定方法」の実施に供して好適な金属内部への侵入水素量の測定装置を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.金属材料からなる被検体の腐食に伴って発生し金属内部に侵入する水素の量を、電気化学的水素透過法を用いて測定する装置であって、
該被検体の一方の面を腐食環境に暴露し腐食反応により発生する水素の侵入面、他方の面を水素検出面とするとき、
該水素検出面側に、複数のセル群で構成された電気化学セルを設け、該セル群の個々のセルの内部にpHが9〜13の電解質水溶液を充填すると共に、それぞれ独立した参照電極と対極を設置し、
該セル群のうち少なくとも一つのセルを残余電流を補正するための基準セルとし、該基準セルの水素検出領域に対応する水素侵入面側の領域に、腐食環境との接触を遮断するための保護膜を設け、
該基準セル以外のセルで検出したアノード電流値を、該基準セルで検出した残余電流値により補正し、この補正したアノード電流値に基づいて腐食面側からの侵入水素量を算出することを特徴とする金属内部への侵入水素量の測定装置。
【0014】
2.前記参照電極としてIr/Ir酸化物電極を用いることを特徴とする前記1に記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【0015】
3.前記電解質水溶液中に、凍結防止のために有機化合物を添加したことを特徴とする前記1または2に記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【0016】
4.前記電解質水溶液中に添加する有機化合物が、イソプロピルアルコール、グリセリンまたはエチレングリコールあるいはジメチルスルフォキシドまたはジメチルフォルモアミドであることを特徴とする前記1,2または3に記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【0017】
5.前記電解質水溶液を充填した電気化学セルの内部に、水素検出面との接触を避けて、気泡を配置したことを特徴とする前記1〜4のいずれかに記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【発明の効果】
【0018】
本発明装置によれば、腐食に伴って金属の内部へ侵入する水素量を正確に検出することができる。
また、本発明装置を用いれば、自動車、船舶、鉄道車両などの移動体を構成する金属材料の各部位が、その使用状態で曝される腐食環境下で腐食することに伴い発生し、金属材料中に侵入する水素の量を連続的にモニタリングすることが可能となり、実際の使用環境での腐食に伴う水素侵入量で遅れ破壊が生じるか否かを判断するために必要な情報を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】電気化学的水素透過法の説明図である。
【図2】本発明の測定装置の一例を模式的に示した図である。
【図3】保護膜の無いセルの腐食面(水素侵入面)側および水素検出面側での反応を模式的に示した図である。
【図4】本発明に従いセルの内部に気泡を配置した一例を示した図である。
【図5】本発明に従いセルの内部に気泡を配置した別例を示した図である。
【図6】実施例における温度および湿度の変化を示した図である。
【図7】各チャンネルで検出されたアノード電流の経時変化を示した図である。
【図8】実験後のサンプルの腐食面側の外観写真である。
【図9】測定装置を自動車に搭載してアノード電流の測定を行う際の計測システムを模式的に示した図である。
【図10】本発明に従う基準電極による補正を行った場合(発明例)と補正を行わなかった場合(比較例)とで、自動車の各部位において測定されたアノード電流密度の違いを比較して示した図である。
【図11】本発明の測定装置の別例を模式的に示した図である。
【図12】測定期間中の最低気温変化を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、自動車、自動二輪車、鉄道などの各種車両や船舶、航空機など自力で移動可能な移動体のすべてに適用可能な技術であるが、以下、自動車を代表例として実施の形態について詳細に説明する。また、評価対象とする金属材料としては必ずしも鋼板に限定されるわけではないが、ここでは代表例として鋼板に適用した場合について説明する。
【0021】
本発明は、金属材料の腐食に伴い発生し内部に侵入する水素の量を、電気化学的水素透過法の測定原理を適用して測定するもので、水素侵入面側の鋼板表面を腐食環境に曝すことにより、腐食時に発生した水素が鋼中に侵入するので、反対面側から水素を取り出すことによって侵入水素量を測定する。
【0022】
電気化学的水素透過法は、1962年にDevanathanとStachurskiによって開発された手法(非特許文献5)で、図1に模式的に示すように、2つの電解槽1a,1bが1枚の試料2を挟んで向かい合わせに配置されている。同図の場合、左側の電解槽1aの試料面を定電位または定電流でカソード分極して、水素発生・水素チャージを行い、右側の電解槽1bでは試料2を定電位アノード分極することによって試料2を透過してきた水素を水素イオンに酸化し、その電流値から透過した水素の量を求めるものである。
図中、符号3a,3bは参照電極、4a,4bは電極であり、特に4bは対電極または係数電極という。そして、電極4aは、定電位を付与するポテンショスタットまたは定電流を付与するガルバノスタットと接続され、一方と電極4bは、定電位を付与するポテンショスタットと接続されている。なお、5a,5bは、対電極4a,4bで発生するガス等の影響を除去するための焼結ガラスフリットである。
【0023】
上記した電気化学的水素透過法そのものは、「鋼板中の水素拡散係数の測定手法」として従来から良く知られた手法である。
本来の電気化学的水素透過法は、図1に示したように、試料の片面側を陰極にして水素を電解チャージし、反対面側を陽極にして引き抜く手法であるが、これを応用して、水素チャージ面側に相当する面を腐食環境に曝すという研究が報告されている(前掲非特許文献3)。
しかしながら、非特許文献3に開示された測定方法では、温度の変化による測定電流値の変化が考慮されていないという問題があったことは、前述したとおりである。また、電気化学的水素透過法によって水素検出面側で測定されるアノード電流には、水素の酸化電流の他に、供試材の不動態保持電流が重畳されている。この不動態保持電流は、残余電流の主体をなすもので、様々な因子に影響されるが、特に温度による変化が大きい。
【0024】
電気化学的水素透過法によって水素検出面側で測定されるアノード電流は微弱な電流であることから、残余電流の温度依存性を補正しないと正確なアノード電流を測定することはできない。
【0025】
上記の問題を解決するために、本発明者等は、種々検討を重ねた結果、水素検出面側に設ける電気化学セルを、同一の被検体の上に少なくとも2つ以上に分割された複数のセル群で構成し、その内の少なくとも一つのセルについては残余電流を補正するための基準セルとし、かつこの基準セルの水素検出領域に対応する水素侵入面側の領域に、腐食環境を遮断するための保護膜を設けることによって、残余電流の温度依存性の補正を可能としたのである。
【0026】
図2に、本発明の測定装置の一例を模式的に示す。図2の例は、被検体としての鋼板6の水素検出面側に4つのセル7a,7b,7c,7dを設け、一番左側のセル7aを残余電流を補正するための基準セルとした場合である。図中、符号8が対極(Pt線)、9が参照電極(Ir線)である。なお、本発明においてセルの個数は少なくとも2個あれば良く、またあまりにセル数が多いと取り扱いが煩雑になるので、最大4個程度とするのが好ましい。
同図において、各セルにおける鋼板の表面温度、セル内の電解質溶液の温度等はすべて同じ温度とする。また、基準セル7aの水素侵入面側には保護膜10が設けられている。このような保護膜10で被覆された部分は腐食せず、従って水素侵入も起こらないことから、基準セルの水素検出面側で測定される電流は残余電流そのものと考えられる。
【0027】
図3に、保護膜の無いセル(チャンネルともいう)の腐食面(水素侵入面)側および水素検出面側での反応を模式的に示す。
水素検出面側の表面電位を水素のイオン化反応に十分な電位に保持することで、拡散によって検出面側に到達した水素はすべて水素イオンとして取り出される。なお、本発明において、水素検出面側の鋼板の表面は不動態化されている。これにより、水素検出側で検出されるアノード電流が実質的に水素透過電流に相当すると考えることができる。
従って、かくして得られた電流値を、基準セルて求めた残余電流値で補正することにより、温度変化に伴う残余電流の変化にかかわらず、正確なアノード電流値を計測することができ、その結果、このアノード電流値に基づいて正確な侵入水素量を算出することが可能になるのである。
【0028】
本発明において、水素検出面側の鋼板を不動態の状態に保持するためには、アノード極室内の溶液はpH:9〜13の電解質溶液とすることが必要である。というのは、pHが9未 満では所定の電位において鋼板の表面の不動態を保持することが困難であり、一方、pHが13を超えると、不慮の事故により漏洩した場合に、環境へのダメージが大きいからである。適正なpHの電解質溶液としては、0.1〜0.2M(モル/リットル)程度のNaOH水溶液が好適である。なお、本発明では、適正なpHの電解質溶液として、必ずしも0.1〜0.2MのNaOH 水溶液に限定されるわけではなく、水素検出面の鋼板表面を水素のイオン化反応に十分な電位に保持する際に、鋼板の表面の不動態化状態を確保できる電解質溶液であればいずれでも良い。さらに、電解質溶液に代えて、ゲル状の電解質を用いることは、液漏れの防止だけでなく、取り扱いの容易さからも有利である。
【0029】
また、本発明において、水素検出面の電位は、常時、−0.1〜+0.3V vs SCEに保持しておく必要がある。というのは、水素検出面の電位がこの範囲を外れると、安定した水素のイオン化電流を得ることができなくなるからである。
ここで、SCEは、飽和カロメル電極のことであり、このSCEの標準水素電極(SHE)に対 する電位は+0.244 V(vs SHE,25℃)で示される。
【0030】
なお、電位を制御するための参照電極としては、現在実用化されている各種電極が使用可能である。
ただし、Ag/AgCl電極のような塩化物を含む電極を用いる場合、アノード極室溶液中へ の塩化物イオンによる汚染によって、サンプル表面の不動態が破壊されて残余電流が大きくなり、測定値が不正確になるおそれがある。
【0031】
そこで、上記のような問題を回避できる参照電極について種々検討した結果、アノード極室溶液中にIr線を浸漬することでIr/Ir酸化物電極となり、長期間安定な電位が得られ ることが解明された。すなわち、参照電極として最も好適な電極はIr/Ir酸化物電極であ り、−0.04 vs SSE程度の電位を安定して得ることができる。
ここで、SSEは、銀−塩化銀電極のことであり、このSSEの標準水素電極(SHE)に対する電位は+0.199 V(vs SHE,25℃)で示される。
【0032】
また、本発明において、水素検出面の表面は、水素拡散定数が大きく、かつ水素の酸化反応を促進させるような金属で被覆することが好ましく、かような金属としては、PdやPd合金、Niなどが挙げられる。これらの金属または合金を被覆することによって、水素検出面の残余電流を低い値に保持することが可能となるだけでなく、水素検出面側での侵入水素の酸化反応が促進されるので、水素のイオン化によるアノード電流の感度を高めることができる。なお、Pdは、Niに比べると、水素拡散定数が大きく、また残余電流を低減できるという利点がある。
【0033】
PdやPd合金で被覆する場合は、[Pd(NH3)4]Cl2・H2O等のパラジウムイオンを含有する水溶液中で陰極電解することで、めっきを行えばよい。Pd合金としては、Pd−NiやPd−Co合金などが使用可能である。ここに、PdめっきまたはPd合金めっきの膜厚は10〜100nmとす ることが好ましい。
また、Niで被覆する場合は、ワット浴等の既う知のめっき浴中で陰極電解することで、Niめっきを行えばよい。Niめっきの膜厚も10〜100nmにすることが好ましい。
さらに、Niめっきの上に、PdやPd合金をめっきすることもできる。
【0034】
水素侵入面に設ける保護膜については、特に制限はなく、腐食環境を遮断できるものであればいずれでもよい。具体的手段としては、有機物系の接着剤等を介したステンレス箔の貼着が挙げられる。
【0035】
上記したように、本発明では、温度変化などの環境の変化の如何にかかわらず、腐食に伴って金属の内部へ侵入する水素量を正確に検出することができる。
従って、本発明の測定装置を、自動車、船舶、鉄道車両などの移動体に取り付ければ、移動体を構成する金属材料の各部位が、その使用状態で曝される環境の変化に左右されることなく、金属材料中に侵入する水素量を連続的かつ正確にモニタリングすることができる。
その結果、各種移動体にについて、それらの実際の使用環境での腐食に伴う水素侵入量で遅れ破壊が生じるか否かを的確に判断することが可能となる。
【0036】
ところが、本発明装置を用いて種々の検討を繰り返している中、冬季腐食環境をシミュレートした条件下において、セル内部から溶液が漏出する場合があることが判明した。
そこで、上記した溶液漏出の原因について調査した結果、低温時に内部溶液が凍結し、溶液が膨張することによって、セルが破損するためであることが明らかとなった。
本発明の特徴である移動体の金属部位内部へ侵入する水素量を正確にモニタリングするためには、冬季走行においても安定した正確な侵入水素量の測定が必要である。
【0037】
そこで、発明者らは、冬季においても内部溶液の凍結に起因したセルの破損なしに、金属内部に腐食を伴って侵入する水素量を安定して測定可能な装置について検討した。
一般的な市街地における走行環境下においては、移動体の発熱を考慮するとセル内部の電解液が−5℃以下になることは少ないと考えられるため、電解液の凝固点温度を−5℃以下にすれば良いと考えられる。
【0038】
そこで、電解液の凝固点温度を−5℃以下にする手法について検討した結果、電解質水溶液中に、凝固点降下に有効な有機化合物を添加すればよいことが究明された。
そして,かかる有機化合物としては、特に制限はされないものの、イソプロピルアルコールやグリセリン、エチレングリコールなどが特に好適であることが判明した。さらに、電気化学的活性の低い極性溶媒であるジメチルスルフォキシド(DMSO)やジメチルフォルモアミド(DMFA)なども有利に適合することが判明した。
ここに、かような有機化合物の好適な添加割合は、5〜30体積%程度である。また、添加量を増加するに従って凝固点はより降下する。
これらの有機化合物は、ウィンドウォッシャー液等にも充填されている有機化合物類であり、万が一漏出した場合においても環境への悪影響はほとんどない。
【0039】
さらに、セル内部に気泡を配することで、想定を超える低温環境にセルが曝されて電解液が凝固し、電解液の体積膨張が起こった場合においても、気泡が収縮することでセル本体へのダメージを軽減できることが判明した。しかしながら、このような場合において、気泡が水素検出面に接すると、侵入水素量の検出感度が下がり、本発明の本質的な意義が損なわれるため、気泡は水素検出面に接しない位置に配置することが重要である。
気泡を水素検出面に接しないように配する方法については、特に限定はされないが、例えばセル内部に気泡を入れた袋状の物を配しても良いし、図4及び図5のようなセルの内部構造とすればよい。図4,5中、符号11が気泡、12が電解液であり、13でOリングを示す。
なお、気泡の量は特に規定されないが、水の凝固における体積膨張を考慮すると、体積率で溶液の5〜15%程度とすることが好ましい。気泡に酸素が存在する場合、水素検出面のアノード反応に影響を与える為、気泡の種類は不活性ガスが好ましい。
【実施例】
【0040】
実施例1
実験は、図2に示した構造になるセル数4個(CH1〜4)の測定装置を用いて行った。被検体としては、水素検出面側にPdを厚み:100nmでめっきした板厚:1.0mmの軟鋼板を用いた。基準セルはチャンネル3(CH3)であり、このCH3の腐食面側に対応する箇所には保護膜としてステンレス箔を貼着した。各セルの腐食面側の表面に0.5M NaClを300mL 滴 下、ついで25℃,35%RH(相対湿度)で4時間以上乾燥したのち、25℃,85%RH(相対湿度 )に24時間以上保持し、その後、段階的に温度を上昇させた。水素検出面の電位は0V vs SCEに保持した。この時の温度変化および湿度変化を図6に示す。
【0041】
図6に示した温度変化に対応して、各チャンネルで検出されたアノード電流密度の変化を図7に示す。
本来、鋼板表面で腐食の起こっていない基準電極(CH3)のアノード電流密度値も、温度の上昇に伴って上昇していることが分かる。これは、水素検出面側のPdの酸化電流による残余電流が温度の上昇により増加したためと考えられる。このように、残余電流の温度依存性は、無視できないレベルである。
【0042】
実験後のサンプルの腐食面側の外観写真を図8に示す。
4Chのアノード電流密度値が他のChに比べて小さかったのは、最初に滴下した0.2M NaClの位置がずれていたために、検出面に対応する水素侵入面側の腐食面積が小さかったた めである。
【0043】
従って、CH1およびCH2で得られたアノード電流密度値から、基準電極(CH3)のアノード電流密度値をそれぞれ差し引けば、各セル(CH1,CH2)における正確な透過水素電流密度値を得ることができ、さらにこれらの値を平均することにより、被検体鋼板の透過水素電流密度値を求めることができる。
そして、上記のようにして求めた透過水素電流密度値から、次式により、透過水素量(侵入水素量)を算出する。
かくして、温度変化の如何にかかわらず、正確な透過水素電流値ひいては透過水素量(侵入水素量)を検出することができる。
【0044】
透過水素量の換算は以下の式に従う。
透過水素電流密度 iH (mA/cm2=10-6A/cm2)
単位面積当たりの透過水素量 MH(mol/scm2),mH(個/scm2)
MH = iH × 1.036×10-11 (mol/scm2),
mH = iH × 6.24×1012 (個/scm2)
【0045】
実施例2
実施例1で用いた測定装置を、実際に自動車に搭載し、図9に模式的に示す計測システムを構築した。4チャンネルセルの設置箇所は、a)フェンダー、b)室内、c)床下(フロア下面)の3箇所とした。バッテリー駆動のマルチチャンネルポテンショスタットを作成し、専用バッテリーと一緒にトランク内に収納した。供試材は、実施例1と同じ板厚:1.0mmの軟鋼板とし、月曜日から金曜日までの5日間、毎日、9:00〜15:00の6時間にわたって製鉄所の構内を平均時速:40km/hで走行する。なお、15:00から翌日の9:00 までは駐車場に停車する。
【0046】
この間に検出されたアノード電流密度の最大値について、基準電極による補正を行ったものを発明例とし、補正を行わなかったものを比較例として、図10に比較して示す。
試験片をセットしてから初期の5日間で、各部位での腐食はまだほとんど起きておらず、図10に示したとおり、発明例のアノード電流密度は設置部位による違いは見られなかった。これに対し、比較例では、設置部位によるアノード電流密度の違いが見られた。この違いは、設置部位により、昼間の日照で温度が上昇した部位(フェンダー)と、あまり温度が上昇しなかった(床下)部位の違いと考えられる。
実測されたアノード電流密度値について、本発明に従い、基準電極による補正を行うことにより、温度変化の影響を受けることなしに正確なアノード電流密度値(透過水素電流密度値)が得られることが分かる。
【0047】
実施例3
使用した鋼板は商用の軟鋼板(厚さ:0.8mm)を用い、40×50mmにせん断加工を行い、両面を♯2000まで研磨した。ついで、研磨時に形成される加工層を除去するために両面を弗酸と過酸化水素水の混合液からなる水溶液により約60μm 化学研磨を行った。
(水素検出面へのめっき)
水素検出面に商用のK−ピュアパラジウムめっき液(小島化学社製)を用いて約100mmのPdめっきを行った。
(セル内の電解質水溶液)
電解質水溶液として、0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液にジメチルスルフォキシド(DMSO)を種々の比率で添加したものを用い、各場合における凝固点を測定した。
(検出面側のセルの構成)
図11に示す2個のセルを有する構造のものを用い、7a,7bにあたる部位の構造を以下のように変更した。
構造A:図5に示す構造で、気泡を含まず、電解液を充填した。
構造B:図5に示す構造とし、気泡量は電解水溶液体積の15vol%とし、気泡は窒素を封入した。
【0048】
以上の構造になるセルに、図11に示すように鋼板を設置した。参照電極はIr/IrOX電極、対極にはPt線を配して電位を0Vに設定してセルを腐食環境に配置した。
セルの1つのチャンネル上にはエポキシ系樹脂及びステンレス箔を配することで温度変化を補正するために腐食をしないセルを設置した。
以上のセルを、商用の乗用車に搭載し、製鉄所内を2011年1月18日から2月2日まで15日間走行した。気象庁HPより期間中の最低気温変化を図12に示す。なお、凍結による内容液漏出を防ぐため、腐食される鋼板面以外を袋で覆った上で走行を行った。
【0049】
期間中にセル破損又は電解溶液の漏出が認められた日付を表1に示す。また期間毎に得られた電流密度の最大値、及び本発明に従って補正した後の電流密度の最大値を表1に併せて示す。
さらに、期間終了後、No.2及びNo.4のセルを実験室に設置している−20℃の冷凍試験機内に放置し、セルの破損状態について調べた結果も、表1に併記する。
【0050】
【表1】
【0051】
表1の結果から以下のことが明らかとなった。
No.1は、電解液に水酸化ナトリウム水溶液のみの比較例であるが、1月27日にセルの破損による電解液の漏出が認められたものの、発明例であるNo.2〜No.4にはセルの破損は認められなかった。
また、期間1においては、鋼板表面にほとんど腐食した形跡は認められなかったため、腐食による鋼板への水素侵入はなく、電流値は検出されないはずであるが、温度補正を行わない場合、比較的大きな電流値が検出されていることが分かる。これは上述したとおり、気温変化による残余電流変化と考えられ、発明例による温度補正を行うことで、温度変化を除去できていることが分かる。
さらに、ジメチルスルフォキシド(DMSO)を添加したNo.2〜No.4と、添加していないNo.1を比較すると、その電流値に差異は認められないことから、ジメチルスルフォキシド(DMSO)を添加することによる精度への影響はないことが分かる。
次に、期間2及び期間3においては、路面水上を走行したため、鋼板の腐食が認められ、それに対応する電流密度の増加が認められたが、腐食に伴い発生し鋼板中に侵入する水素量をモニタリングできていることが分かる。
さらに、−20℃の低温環境に保持した場合、セルNo.2には破損が認められた。一方、内部に気泡を配したセルNo.4の場合には凍結は認められたもののセルの破損は認められなかった。このことから、想定を超える気温変化に対してもセル内部に気泡を配することによって、破損を抑制できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明により、環境が絶え間なく変化する移動体について、それを構成する金属材料の各部位が使用状態で曝される腐食環境下での腐食に伴い発生し、金属材料中に侵入する水素の量を、連続的かつ正確にモニタリングすることが可能となる。
【符号の説明】
【0053】
1 電解槽
2 試料
3 参照電極
4 電極
4b 対電極
5 焼結ガラスフリット
6 被検体(鋼板)
7 セル
7a 基準セル
8 対極
9 参照電極
10 保護膜
11 気泡
12 電解液
13 Oリング
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の腐食に伴い金属内部へ侵入する水素量を正確に検出することができる、金属内部への侵入水素量の測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化防止の観点から、移動体である自動車、船舶、鉄道車両などの重量を低減させることによって、エネルギー効率の向上、例えば自動車であれば、ガソリンの燃費向上が求められている。そこで、構成材料、特に鉄鋼材料においては板厚を減少させた場合でも同等の安全性を確保するために、高強度化した鋼材の使用量が拡大している。
【0003】
しかしながら、鋼材の強度を高めていくと、「遅れ破壊」という現象が生じやすくなることが知られている。この「遅れ破壊」は鋼材強度の増大と共に著しく激しくなり、特に引張り強度が1180MPa以上の高強度鋼で顕著となる(非特許文献1)。なお、「遅れ破壊」とは、高強度鋼材が静的な負荷応力(引張り強さ以下の負荷応力)を受けた状態で、ある時間が経過したとき、外見上はほとんど塑性変形を伴うことなく、突然脆性的な破壊が生じる現象であり、ここでは水素が鋼材に入ることによって引き起こされる水素脆化型の遅れ破壊を意味する。
鋼材に侵入する水素は、鋼板の腐食に伴って発生し、その一部が鋼材に侵入することによって引き起こされると考えられている。このような観点から、鋼材への水素侵入に着目した遅れ破壊の評価方法が種々提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、鋼材に陰極チャージによって拡散性水素を含有させ、限界拡散性水素量を測定することによって、鋼材の遅れ破壊特性を評価する遅れ破壊特性の評価方法において、限界拡散性水素量の測定中に鋼材から水素が放出されることを防止するために、鋼材に亜鉛めっきを施す方法が提案されている。
しかしながら、特許文献1に記載された技術は、鋼中への水素侵入は陰極チャージにより強制的に水素を侵入させる加速試験であることから、実際の使用環境とは異なる条件の下で、供試材の種類による遅れ破壊発現の優劣をつけることはできるものの、実際の使用環境での腐食に伴う水素侵入量で遅れ破壊が起こるか否かを推定するための判断材料にはならない。
【0005】
また、近年、水素侵入に着目した研究が多く報告されているが、例えば非特許文献2には、チオシアン酸アンモニウムを用いた水素侵入挙動について報告がなされている。この非特許文献2には、チオシアン酸アンモニウムによる水素侵入と、陰極チャージ法による水素侵入の比較がなされている。
しかしながら、非特許文献2に開示のチオシアン酸アンモニウムを用いた水素侵入量の評価方法においては、表面の腐食による水素侵入を得られるものではなく、例えば近年自動車の防錆用途として用いられる亜鉛めっき等が水素侵入に及ぼす影響を測定できるものではない。
【0006】
さらに、非特許文献3には、大気暴露環境下で一定期間腐食させた高強度ボルトを回収して、ボルトに吸蔵された水素濃度を測定した例が報告されている。また、この非特許文献3には、鋼板の片面を外部環境に暴露する試験装置を用いた電気化学的水素透過法によって、反対面側から検出されるアノード電流値の変化から、大気暴露環境下での腐食による水素侵入挙動を調査した結果が報告されている。
じかしながら、非特許文献3に開示の大気暴露試験によって得られるデータは、いずれも地勢的な特定環境と結びついた環境因子の下での試験結果にすぎず、構造体の移動に伴い変化する種々の環境下における腐食を継続的に把握することについては、考慮が払われていない。
また、非特許文献3に示された鋼板の片面を外部環境に暴露する試験装置を用いた大気暴露における水素透過試験では、環境の温度変化に伴うアノード側の残余電流の変化が考慮されていないことから、測定値の定量性にも問題があった。
【0007】
なお、上述したように、現時点で最も遅れ破壊の問題が懸念される金属材料は、実用材料として広範に使用されている鋼材であるが、その他の金属材料においても今後は遅れ破壊の問題が生じる可能性が指摘されている(例えば非特許文献4)。
【0008】
上記したように、自動車のような移動体では、移動することによって地勢的な環境が変化し、さらに物理的要因(例えば振動、塵埃堆積−脱落、水・泥跳ね付着−乾燥など)が加わると、腐食環境が極端に変化する場合がある。
しかしながら、上記した振動などの物理的要因や地勢的な環境変化が避けられない移動体について、腐食に伴う水素侵入量を継続的かつ定量的に計測した例は、これまで皆無であった。
【0009】
上記の状況に鑑み、発明者らは、先に、
「 金属材料の腐食に伴って発生し金属内部に侵入する水素の量を、電気化学的水素透過法を用いて測定する方法であって、被検体の片面を腐食環境に暴露し腐食反応により発生する水素の侵入面とする一方、該被検体の他面を水素検出面とし、該水素検出面側の電位を−0.1〜+0.3V vs SCEに保持した状態で該検出面に拡散してくる水素の流束をアノード電流として測定するに際し、
該被検体の水素検出面側に、少なくとも2つに分割された複数のセル群で構成された電気化学セルを配置し、該セル群の個々のセルの内部にはpHが9〜13の電解質水溶液を充填すると共に、それぞれ独立した参照電極と対極を設置し、
該セル群のうち少なくとも一つのセルを残余電流を補正するための基準セルとし、該基準セルの水素侵入面側に対応する箇所には腐食環境との接触を遮断する保護膜を設け、
該基準セル以外のセルで検出したアノード電流値を、該基準セルで検出した残余電流値により補正し、この補正したアノード電流値に基づいて腐食面側からの侵入水素量を算出することを特徴とする金属内部への侵入水素量の測定方法。」
を開発し、特許文献2において開示した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2005-69815号公報
【特許文献2】特願2010-42800号明細書
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「松山晋作:遅れ破壊、日刊工業新聞社、東京、(1989)」
【非特許文献2】「▲高▼井等:腐食防食シンポジウム試料、Vol.170、p.47-54(2010)」
【非特許文献3】「大村等:鉄と鋼、Vol.91、No.5、p.42 (2005)」
【非特許文献4】「高取等:鉄と鋼、Vol.78、No.5、p.149 (1992)」
【非特許文献5】「M.A.V.Devanathan, Z.Stachurski;Proc. Roy. Soc. London, Ser. A, 270, 90 (1962)」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記特許文献2の開発により、環境の温度変化に伴うアノード側の残余電流の変化を考慮した上で、腐食に伴って金属内部へ侵入する水素量を正確に計測することができるようになった。
本発明は、上掲した特許文献2に記載の「金属内部への侵入水素量の測定方法」の実施に供して好適な金属内部への侵入水素量の測定装置を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.金属材料からなる被検体の腐食に伴って発生し金属内部に侵入する水素の量を、電気化学的水素透過法を用いて測定する装置であって、
該被検体の一方の面を腐食環境に暴露し腐食反応により発生する水素の侵入面、他方の面を水素検出面とするとき、
該水素検出面側に、複数のセル群で構成された電気化学セルを設け、該セル群の個々のセルの内部にpHが9〜13の電解質水溶液を充填すると共に、それぞれ独立した参照電極と対極を設置し、
該セル群のうち少なくとも一つのセルを残余電流を補正するための基準セルとし、該基準セルの水素検出領域に対応する水素侵入面側の領域に、腐食環境との接触を遮断するための保護膜を設け、
該基準セル以外のセルで検出したアノード電流値を、該基準セルで検出した残余電流値により補正し、この補正したアノード電流値に基づいて腐食面側からの侵入水素量を算出することを特徴とする金属内部への侵入水素量の測定装置。
【0014】
2.前記参照電極としてIr/Ir酸化物電極を用いることを特徴とする前記1に記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【0015】
3.前記電解質水溶液中に、凍結防止のために有機化合物を添加したことを特徴とする前記1または2に記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【0016】
4.前記電解質水溶液中に添加する有機化合物が、イソプロピルアルコール、グリセリンまたはエチレングリコールあるいはジメチルスルフォキシドまたはジメチルフォルモアミドであることを特徴とする前記1,2または3に記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【0017】
5.前記電解質水溶液を充填した電気化学セルの内部に、水素検出面との接触を避けて、気泡を配置したことを特徴とする前記1〜4のいずれかに記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【発明の効果】
【0018】
本発明装置によれば、腐食に伴って金属の内部へ侵入する水素量を正確に検出することができる。
また、本発明装置を用いれば、自動車、船舶、鉄道車両などの移動体を構成する金属材料の各部位が、その使用状態で曝される腐食環境下で腐食することに伴い発生し、金属材料中に侵入する水素の量を連続的にモニタリングすることが可能となり、実際の使用環境での腐食に伴う水素侵入量で遅れ破壊が生じるか否かを判断するために必要な情報を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】電気化学的水素透過法の説明図である。
【図2】本発明の測定装置の一例を模式的に示した図である。
【図3】保護膜の無いセルの腐食面(水素侵入面)側および水素検出面側での反応を模式的に示した図である。
【図4】本発明に従いセルの内部に気泡を配置した一例を示した図である。
【図5】本発明に従いセルの内部に気泡を配置した別例を示した図である。
【図6】実施例における温度および湿度の変化を示した図である。
【図7】各チャンネルで検出されたアノード電流の経時変化を示した図である。
【図8】実験後のサンプルの腐食面側の外観写真である。
【図9】測定装置を自動車に搭載してアノード電流の測定を行う際の計測システムを模式的に示した図である。
【図10】本発明に従う基準電極による補正を行った場合(発明例)と補正を行わなかった場合(比較例)とで、自動車の各部位において測定されたアノード電流密度の違いを比較して示した図である。
【図11】本発明の測定装置の別例を模式的に示した図である。
【図12】測定期間中の最低気温変化を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、自動車、自動二輪車、鉄道などの各種車両や船舶、航空機など自力で移動可能な移動体のすべてに適用可能な技術であるが、以下、自動車を代表例として実施の形態について詳細に説明する。また、評価対象とする金属材料としては必ずしも鋼板に限定されるわけではないが、ここでは代表例として鋼板に適用した場合について説明する。
【0021】
本発明は、金属材料の腐食に伴い発生し内部に侵入する水素の量を、電気化学的水素透過法の測定原理を適用して測定するもので、水素侵入面側の鋼板表面を腐食環境に曝すことにより、腐食時に発生した水素が鋼中に侵入するので、反対面側から水素を取り出すことによって侵入水素量を測定する。
【0022】
電気化学的水素透過法は、1962年にDevanathanとStachurskiによって開発された手法(非特許文献5)で、図1に模式的に示すように、2つの電解槽1a,1bが1枚の試料2を挟んで向かい合わせに配置されている。同図の場合、左側の電解槽1aの試料面を定電位または定電流でカソード分極して、水素発生・水素チャージを行い、右側の電解槽1bでは試料2を定電位アノード分極することによって試料2を透過してきた水素を水素イオンに酸化し、その電流値から透過した水素の量を求めるものである。
図中、符号3a,3bは参照電極、4a,4bは電極であり、特に4bは対電極または係数電極という。そして、電極4aは、定電位を付与するポテンショスタットまたは定電流を付与するガルバノスタットと接続され、一方と電極4bは、定電位を付与するポテンショスタットと接続されている。なお、5a,5bは、対電極4a,4bで発生するガス等の影響を除去するための焼結ガラスフリットである。
【0023】
上記した電気化学的水素透過法そのものは、「鋼板中の水素拡散係数の測定手法」として従来から良く知られた手法である。
本来の電気化学的水素透過法は、図1に示したように、試料の片面側を陰極にして水素を電解チャージし、反対面側を陽極にして引き抜く手法であるが、これを応用して、水素チャージ面側に相当する面を腐食環境に曝すという研究が報告されている(前掲非特許文献3)。
しかしながら、非特許文献3に開示された測定方法では、温度の変化による測定電流値の変化が考慮されていないという問題があったことは、前述したとおりである。また、電気化学的水素透過法によって水素検出面側で測定されるアノード電流には、水素の酸化電流の他に、供試材の不動態保持電流が重畳されている。この不動態保持電流は、残余電流の主体をなすもので、様々な因子に影響されるが、特に温度による変化が大きい。
【0024】
電気化学的水素透過法によって水素検出面側で測定されるアノード電流は微弱な電流であることから、残余電流の温度依存性を補正しないと正確なアノード電流を測定することはできない。
【0025】
上記の問題を解決するために、本発明者等は、種々検討を重ねた結果、水素検出面側に設ける電気化学セルを、同一の被検体の上に少なくとも2つ以上に分割された複数のセル群で構成し、その内の少なくとも一つのセルについては残余電流を補正するための基準セルとし、かつこの基準セルの水素検出領域に対応する水素侵入面側の領域に、腐食環境を遮断するための保護膜を設けることによって、残余電流の温度依存性の補正を可能としたのである。
【0026】
図2に、本発明の測定装置の一例を模式的に示す。図2の例は、被検体としての鋼板6の水素検出面側に4つのセル7a,7b,7c,7dを設け、一番左側のセル7aを残余電流を補正するための基準セルとした場合である。図中、符号8が対極(Pt線)、9が参照電極(Ir線)である。なお、本発明においてセルの個数は少なくとも2個あれば良く、またあまりにセル数が多いと取り扱いが煩雑になるので、最大4個程度とするのが好ましい。
同図において、各セルにおける鋼板の表面温度、セル内の電解質溶液の温度等はすべて同じ温度とする。また、基準セル7aの水素侵入面側には保護膜10が設けられている。このような保護膜10で被覆された部分は腐食せず、従って水素侵入も起こらないことから、基準セルの水素検出面側で測定される電流は残余電流そのものと考えられる。
【0027】
図3に、保護膜の無いセル(チャンネルともいう)の腐食面(水素侵入面)側および水素検出面側での反応を模式的に示す。
水素検出面側の表面電位を水素のイオン化反応に十分な電位に保持することで、拡散によって検出面側に到達した水素はすべて水素イオンとして取り出される。なお、本発明において、水素検出面側の鋼板の表面は不動態化されている。これにより、水素検出側で検出されるアノード電流が実質的に水素透過電流に相当すると考えることができる。
従って、かくして得られた電流値を、基準セルて求めた残余電流値で補正することにより、温度変化に伴う残余電流の変化にかかわらず、正確なアノード電流値を計測することができ、その結果、このアノード電流値に基づいて正確な侵入水素量を算出することが可能になるのである。
【0028】
本発明において、水素検出面側の鋼板を不動態の状態に保持するためには、アノード極室内の溶液はpH:9〜13の電解質溶液とすることが必要である。というのは、pHが9未 満では所定の電位において鋼板の表面の不動態を保持することが困難であり、一方、pHが13を超えると、不慮の事故により漏洩した場合に、環境へのダメージが大きいからである。適正なpHの電解質溶液としては、0.1〜0.2M(モル/リットル)程度のNaOH水溶液が好適である。なお、本発明では、適正なpHの電解質溶液として、必ずしも0.1〜0.2MのNaOH 水溶液に限定されるわけではなく、水素検出面の鋼板表面を水素のイオン化反応に十分な電位に保持する際に、鋼板の表面の不動態化状態を確保できる電解質溶液であればいずれでも良い。さらに、電解質溶液に代えて、ゲル状の電解質を用いることは、液漏れの防止だけでなく、取り扱いの容易さからも有利である。
【0029】
また、本発明において、水素検出面の電位は、常時、−0.1〜+0.3V vs SCEに保持しておく必要がある。というのは、水素検出面の電位がこの範囲を外れると、安定した水素のイオン化電流を得ることができなくなるからである。
ここで、SCEは、飽和カロメル電極のことであり、このSCEの標準水素電極(SHE)に対 する電位は+0.244 V(vs SHE,25℃)で示される。
【0030】
なお、電位を制御するための参照電極としては、現在実用化されている各種電極が使用可能である。
ただし、Ag/AgCl電極のような塩化物を含む電極を用いる場合、アノード極室溶液中へ の塩化物イオンによる汚染によって、サンプル表面の不動態が破壊されて残余電流が大きくなり、測定値が不正確になるおそれがある。
【0031】
そこで、上記のような問題を回避できる参照電極について種々検討した結果、アノード極室溶液中にIr線を浸漬することでIr/Ir酸化物電極となり、長期間安定な電位が得られ ることが解明された。すなわち、参照電極として最も好適な電極はIr/Ir酸化物電極であ り、−0.04 vs SSE程度の電位を安定して得ることができる。
ここで、SSEは、銀−塩化銀電極のことであり、このSSEの標準水素電極(SHE)に対する電位は+0.199 V(vs SHE,25℃)で示される。
【0032】
また、本発明において、水素検出面の表面は、水素拡散定数が大きく、かつ水素の酸化反応を促進させるような金属で被覆することが好ましく、かような金属としては、PdやPd合金、Niなどが挙げられる。これらの金属または合金を被覆することによって、水素検出面の残余電流を低い値に保持することが可能となるだけでなく、水素検出面側での侵入水素の酸化反応が促進されるので、水素のイオン化によるアノード電流の感度を高めることができる。なお、Pdは、Niに比べると、水素拡散定数が大きく、また残余電流を低減できるという利点がある。
【0033】
PdやPd合金で被覆する場合は、[Pd(NH3)4]Cl2・H2O等のパラジウムイオンを含有する水溶液中で陰極電解することで、めっきを行えばよい。Pd合金としては、Pd−NiやPd−Co合金などが使用可能である。ここに、PdめっきまたはPd合金めっきの膜厚は10〜100nmとす ることが好ましい。
また、Niで被覆する場合は、ワット浴等の既う知のめっき浴中で陰極電解することで、Niめっきを行えばよい。Niめっきの膜厚も10〜100nmにすることが好ましい。
さらに、Niめっきの上に、PdやPd合金をめっきすることもできる。
【0034】
水素侵入面に設ける保護膜については、特に制限はなく、腐食環境を遮断できるものであればいずれでもよい。具体的手段としては、有機物系の接着剤等を介したステンレス箔の貼着が挙げられる。
【0035】
上記したように、本発明では、温度変化などの環境の変化の如何にかかわらず、腐食に伴って金属の内部へ侵入する水素量を正確に検出することができる。
従って、本発明の測定装置を、自動車、船舶、鉄道車両などの移動体に取り付ければ、移動体を構成する金属材料の各部位が、その使用状態で曝される環境の変化に左右されることなく、金属材料中に侵入する水素量を連続的かつ正確にモニタリングすることができる。
その結果、各種移動体にについて、それらの実際の使用環境での腐食に伴う水素侵入量で遅れ破壊が生じるか否かを的確に判断することが可能となる。
【0036】
ところが、本発明装置を用いて種々の検討を繰り返している中、冬季腐食環境をシミュレートした条件下において、セル内部から溶液が漏出する場合があることが判明した。
そこで、上記した溶液漏出の原因について調査した結果、低温時に内部溶液が凍結し、溶液が膨張することによって、セルが破損するためであることが明らかとなった。
本発明の特徴である移動体の金属部位内部へ侵入する水素量を正確にモニタリングするためには、冬季走行においても安定した正確な侵入水素量の測定が必要である。
【0037】
そこで、発明者らは、冬季においても内部溶液の凍結に起因したセルの破損なしに、金属内部に腐食を伴って侵入する水素量を安定して測定可能な装置について検討した。
一般的な市街地における走行環境下においては、移動体の発熱を考慮するとセル内部の電解液が−5℃以下になることは少ないと考えられるため、電解液の凝固点温度を−5℃以下にすれば良いと考えられる。
【0038】
そこで、電解液の凝固点温度を−5℃以下にする手法について検討した結果、電解質水溶液中に、凝固点降下に有効な有機化合物を添加すればよいことが究明された。
そして,かかる有機化合物としては、特に制限はされないものの、イソプロピルアルコールやグリセリン、エチレングリコールなどが特に好適であることが判明した。さらに、電気化学的活性の低い極性溶媒であるジメチルスルフォキシド(DMSO)やジメチルフォルモアミド(DMFA)なども有利に適合することが判明した。
ここに、かような有機化合物の好適な添加割合は、5〜30体積%程度である。また、添加量を増加するに従って凝固点はより降下する。
これらの有機化合物は、ウィンドウォッシャー液等にも充填されている有機化合物類であり、万が一漏出した場合においても環境への悪影響はほとんどない。
【0039】
さらに、セル内部に気泡を配することで、想定を超える低温環境にセルが曝されて電解液が凝固し、電解液の体積膨張が起こった場合においても、気泡が収縮することでセル本体へのダメージを軽減できることが判明した。しかしながら、このような場合において、気泡が水素検出面に接すると、侵入水素量の検出感度が下がり、本発明の本質的な意義が損なわれるため、気泡は水素検出面に接しない位置に配置することが重要である。
気泡を水素検出面に接しないように配する方法については、特に限定はされないが、例えばセル内部に気泡を入れた袋状の物を配しても良いし、図4及び図5のようなセルの内部構造とすればよい。図4,5中、符号11が気泡、12が電解液であり、13でOリングを示す。
なお、気泡の量は特に規定されないが、水の凝固における体積膨張を考慮すると、体積率で溶液の5〜15%程度とすることが好ましい。気泡に酸素が存在する場合、水素検出面のアノード反応に影響を与える為、気泡の種類は不活性ガスが好ましい。
【実施例】
【0040】
実施例1
実験は、図2に示した構造になるセル数4個(CH1〜4)の測定装置を用いて行った。被検体としては、水素検出面側にPdを厚み:100nmでめっきした板厚:1.0mmの軟鋼板を用いた。基準セルはチャンネル3(CH3)であり、このCH3の腐食面側に対応する箇所には保護膜としてステンレス箔を貼着した。各セルの腐食面側の表面に0.5M NaClを300mL 滴 下、ついで25℃,35%RH(相対湿度)で4時間以上乾燥したのち、25℃,85%RH(相対湿度 )に24時間以上保持し、その後、段階的に温度を上昇させた。水素検出面の電位は0V vs SCEに保持した。この時の温度変化および湿度変化を図6に示す。
【0041】
図6に示した温度変化に対応して、各チャンネルで検出されたアノード電流密度の変化を図7に示す。
本来、鋼板表面で腐食の起こっていない基準電極(CH3)のアノード電流密度値も、温度の上昇に伴って上昇していることが分かる。これは、水素検出面側のPdの酸化電流による残余電流が温度の上昇により増加したためと考えられる。このように、残余電流の温度依存性は、無視できないレベルである。
【0042】
実験後のサンプルの腐食面側の外観写真を図8に示す。
4Chのアノード電流密度値が他のChに比べて小さかったのは、最初に滴下した0.2M NaClの位置がずれていたために、検出面に対応する水素侵入面側の腐食面積が小さかったた めである。
【0043】
従って、CH1およびCH2で得られたアノード電流密度値から、基準電極(CH3)のアノード電流密度値をそれぞれ差し引けば、各セル(CH1,CH2)における正確な透過水素電流密度値を得ることができ、さらにこれらの値を平均することにより、被検体鋼板の透過水素電流密度値を求めることができる。
そして、上記のようにして求めた透過水素電流密度値から、次式により、透過水素量(侵入水素量)を算出する。
かくして、温度変化の如何にかかわらず、正確な透過水素電流値ひいては透過水素量(侵入水素量)を検出することができる。
【0044】
透過水素量の換算は以下の式に従う。
透過水素電流密度 iH (mA/cm2=10-6A/cm2)
単位面積当たりの透過水素量 MH(mol/scm2),mH(個/scm2)
MH = iH × 1.036×10-11 (mol/scm2),
mH = iH × 6.24×1012 (個/scm2)
【0045】
実施例2
実施例1で用いた測定装置を、実際に自動車に搭載し、図9に模式的に示す計測システムを構築した。4チャンネルセルの設置箇所は、a)フェンダー、b)室内、c)床下(フロア下面)の3箇所とした。バッテリー駆動のマルチチャンネルポテンショスタットを作成し、専用バッテリーと一緒にトランク内に収納した。供試材は、実施例1と同じ板厚:1.0mmの軟鋼板とし、月曜日から金曜日までの5日間、毎日、9:00〜15:00の6時間にわたって製鉄所の構内を平均時速:40km/hで走行する。なお、15:00から翌日の9:00 までは駐車場に停車する。
【0046】
この間に検出されたアノード電流密度の最大値について、基準電極による補正を行ったものを発明例とし、補正を行わなかったものを比較例として、図10に比較して示す。
試験片をセットしてから初期の5日間で、各部位での腐食はまだほとんど起きておらず、図10に示したとおり、発明例のアノード電流密度は設置部位による違いは見られなかった。これに対し、比較例では、設置部位によるアノード電流密度の違いが見られた。この違いは、設置部位により、昼間の日照で温度が上昇した部位(フェンダー)と、あまり温度が上昇しなかった(床下)部位の違いと考えられる。
実測されたアノード電流密度値について、本発明に従い、基準電極による補正を行うことにより、温度変化の影響を受けることなしに正確なアノード電流密度値(透過水素電流密度値)が得られることが分かる。
【0047】
実施例3
使用した鋼板は商用の軟鋼板(厚さ:0.8mm)を用い、40×50mmにせん断加工を行い、両面を♯2000まで研磨した。ついで、研磨時に形成される加工層を除去するために両面を弗酸と過酸化水素水の混合液からなる水溶液により約60μm 化学研磨を行った。
(水素検出面へのめっき)
水素検出面に商用のK−ピュアパラジウムめっき液(小島化学社製)を用いて約100mmのPdめっきを行った。
(セル内の電解質水溶液)
電解質水溶液として、0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液にジメチルスルフォキシド(DMSO)を種々の比率で添加したものを用い、各場合における凝固点を測定した。
(検出面側のセルの構成)
図11に示す2個のセルを有する構造のものを用い、7a,7bにあたる部位の構造を以下のように変更した。
構造A:図5に示す構造で、気泡を含まず、電解液を充填した。
構造B:図5に示す構造とし、気泡量は電解水溶液体積の15vol%とし、気泡は窒素を封入した。
【0048】
以上の構造になるセルに、図11に示すように鋼板を設置した。参照電極はIr/IrOX電極、対極にはPt線を配して電位を0Vに設定してセルを腐食環境に配置した。
セルの1つのチャンネル上にはエポキシ系樹脂及びステンレス箔を配することで温度変化を補正するために腐食をしないセルを設置した。
以上のセルを、商用の乗用車に搭載し、製鉄所内を2011年1月18日から2月2日まで15日間走行した。気象庁HPより期間中の最低気温変化を図12に示す。なお、凍結による内容液漏出を防ぐため、腐食される鋼板面以外を袋で覆った上で走行を行った。
【0049】
期間中にセル破損又は電解溶液の漏出が認められた日付を表1に示す。また期間毎に得られた電流密度の最大値、及び本発明に従って補正した後の電流密度の最大値を表1に併せて示す。
さらに、期間終了後、No.2及びNo.4のセルを実験室に設置している−20℃の冷凍試験機内に放置し、セルの破損状態について調べた結果も、表1に併記する。
【0050】
【表1】
【0051】
表1の結果から以下のことが明らかとなった。
No.1は、電解液に水酸化ナトリウム水溶液のみの比較例であるが、1月27日にセルの破損による電解液の漏出が認められたものの、発明例であるNo.2〜No.4にはセルの破損は認められなかった。
また、期間1においては、鋼板表面にほとんど腐食した形跡は認められなかったため、腐食による鋼板への水素侵入はなく、電流値は検出されないはずであるが、温度補正を行わない場合、比較的大きな電流値が検出されていることが分かる。これは上述したとおり、気温変化による残余電流変化と考えられ、発明例による温度補正を行うことで、温度変化を除去できていることが分かる。
さらに、ジメチルスルフォキシド(DMSO)を添加したNo.2〜No.4と、添加していないNo.1を比較すると、その電流値に差異は認められないことから、ジメチルスルフォキシド(DMSO)を添加することによる精度への影響はないことが分かる。
次に、期間2及び期間3においては、路面水上を走行したため、鋼板の腐食が認められ、それに対応する電流密度の増加が認められたが、腐食に伴い発生し鋼板中に侵入する水素量をモニタリングできていることが分かる。
さらに、−20℃の低温環境に保持した場合、セルNo.2には破損が認められた。一方、内部に気泡を配したセルNo.4の場合には凍結は認められたもののセルの破損は認められなかった。このことから、想定を超える気温変化に対してもセル内部に気泡を配することによって、破損を抑制できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明により、環境が絶え間なく変化する移動体について、それを構成する金属材料の各部位が使用状態で曝される腐食環境下での腐食に伴い発生し、金属材料中に侵入する水素の量を、連続的かつ正確にモニタリングすることが可能となる。
【符号の説明】
【0053】
1 電解槽
2 試料
3 参照電極
4 電極
4b 対電極
5 焼結ガラスフリット
6 被検体(鋼板)
7 セル
7a 基準セル
8 対極
9 参照電極
10 保護膜
11 気泡
12 電解液
13 Oリング
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料からなる被検体の腐食に伴って発生し金属内部に侵入する水素の量を、電気化学的水素透過法を用いて測定する装置であって、
該被検体の一方の面を腐食環境に暴露し腐食反応により発生する水素の侵入面、他方の面を水素検出面とするとき、
該水素検出面側に、複数のセル群で構成された電気化学セルを設け、該セル群の個々のセルの内部にpHが9〜13の電解質水溶液を充填すると共に、それぞれ独立した参照電極と対極を設置し、
該セル群のうち少なくとも一つのセルを残余電流を補正するための基準セルとし、該基準セルの水素検出領域に対応する水素侵入面側の領域に、腐食環境との接触を遮断するための保護膜を設け、
該基準セル以外のセルで検出したアノード電流値を、該基準セルで検出した残余電流値により補正し、この補正したアノード電流値に基づいて腐食面側からの侵入水素量を算出することを特徴とする金属内部への侵入水素量の測定装置。
【請求項2】
前記参照電極としてIr/Ir酸化物電極を用いることを特徴とする請求項1に記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【請求項3】
前記電解質水溶液中に、凍結防止のために有機化合物を添加したことを特徴とする請求項1または2に記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【請求項4】
前記電解質水溶液中に添加する有機化合物が、イソプロピルアルコール、グリセリンまたはエチレングリコールあるいはジメチルスルフォキシドまたはジメチルフォルモアミドであることを特徴とする請求項1,2または3に記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【請求項5】
前記電解質水溶液を充填した電気化学セルの内部に、水素検出面との接触を避けて、気泡を配置したことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【請求項1】
金属材料からなる被検体の腐食に伴って発生し金属内部に侵入する水素の量を、電気化学的水素透過法を用いて測定する装置であって、
該被検体の一方の面を腐食環境に暴露し腐食反応により発生する水素の侵入面、他方の面を水素検出面とするとき、
該水素検出面側に、複数のセル群で構成された電気化学セルを設け、該セル群の個々のセルの内部にpHが9〜13の電解質水溶液を充填すると共に、それぞれ独立した参照電極と対極を設置し、
該セル群のうち少なくとも一つのセルを残余電流を補正するための基準セルとし、該基準セルの水素検出領域に対応する水素侵入面側の領域に、腐食環境との接触を遮断するための保護膜を設け、
該基準セル以外のセルで検出したアノード電流値を、該基準セルで検出した残余電流値により補正し、この補正したアノード電流値に基づいて腐食面側からの侵入水素量を算出することを特徴とする金属内部への侵入水素量の測定装置。
【請求項2】
前記参照電極としてIr/Ir酸化物電極を用いることを特徴とする請求項1に記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【請求項3】
前記電解質水溶液中に、凍結防止のために有機化合物を添加したことを特徴とする請求項1または2に記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【請求項4】
前記電解質水溶液中に添加する有機化合物が、イソプロピルアルコール、グリセリンまたはエチレングリコールあるいはジメチルスルフォキシドまたはジメチルフォルモアミドであることを特徴とする請求項1,2または3に記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【請求項5】
前記電解質水溶液を充填した電気化学セルの内部に、水素検出面との接触を避けて、気泡を配置したことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の金属内部への侵入水素量の測定装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図8】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図8】
【図12】
【公開番号】特開2013−44728(P2013−44728A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−185156(P2011−185156)
【出願日】平成23年8月26日(2011.8.26)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年8月26日(2011.8.26)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]