説明

金属化合物の燃料電池用電極触媒

【課題】燃料電池用電極触媒として電極表面での酸化還元反応を行えるように分子設計した新規の非白金系金属化合物を提供する。
【解決手段】π電子供与性の官能基を有する複素環式芳香族化合物の非白金系金属化合物を燃料電池用電極触媒とする。π電子供与性の官能基がシアノ基、アミノ基、シアノアミノ基、カルボジイミド基であり、複素環式芳香族化合物の複素環がトリアジン環、トリストリアジン環、ボラジン環、ホスファゼン環、チオフェン環であり、非白金系金属化合物の金属元素が遷移金属である。前記電極触媒を水素電極の電極触媒とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は非白金族金属化合物に関するものであり、白金族触媒に代わる燃料電池用電極触媒として使用することができる。
【背景技術】
【0002】
従来、固体高分子型燃料電池、ダイレクトメタノール燃料電池、ジメチルエーテル燃料電池等の燃料電池用電極触媒として白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、イリジウム等の白金族元素が使用されている。しかし、これらの白金族元素は希少資源であることから、上記燃料電池の普及が危ぶまれている。また、白金族触媒は水素、酸素、メタノール、ジメチルエーテル等の小分子に対する特異的な活性化能を有することから、従来、白金族触媒と代替可能な非白金族触媒に関する報告は非常に少なく、上記燃料電池用電極触媒としての遷移金属系触媒が非特許文献及び特許文献において数例報告されているにすぎない。例えば、非特許文献1では、カーボンに担持したポルフィリン遷移金属錯体の熱処理物が酸性溶液中で高い酸素還元能を示すことが報告されている。非特許文献2では、μ-hydroxy遷移金属錯体の熱処理物がメタノール中で高い酸素還元能を示すことが報告されている。
【0003】
特許文献1では、カーボンに担持したN,N’-bis(salicylidene)ethylenediamine、N,N’-mono-8-quinolyl-o-phenylenediamine等の遷移金属錯体と白金化合物の混合物の熱処理物を白金の補助触媒として用いることが開示されている。(なお、以上の生成物は熱処理物であるので元の金属錯体の化学構造が熱分解し原形を留めていないので、金属錯体ではない。)また、以上の熱処理前の金属錯体は酸性条件で容易に分解するので、酸性条件でも使えるように熱処理を行っている。特許文献2では、dithiooxamideの複核銅錯体を水素極として用いることが開示されている。(なお、dithiooxamideは脂肪族分子であり、本発明の複素環芳香族化合物とは化学分類上異なる物質である。)これらの遷移金属系触媒の発見は、希少資源である白金族元素に代わる豊富で安価な電極触媒材料の開発を行なう上で価値ある知見を与えている。
【非特許文献1】E. Yeager, Electrochim. Acta, 29, 1527-1537 (1984).
【非特許文献2】T. Okada, Y. Suzuki, T. hirose, T. Toda, and T. Ozawa, ChemicalCommunications, 23, 2492-2493 (2001).
【特許文献1】特開2002‐329500号公報
【特許文献2】特開2004−31174号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、上記の事情に鑑み、燃料電池用電極触媒として非白金系の電極触媒材料を提供することである。具体的には、白金族元素の得意としている電極表面での酸化還元反応を非白金族元素でできるように分子設計した新規の非白金系金属化合物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、特殊な官能基を有する複素環式化合物の非白金系金属化合物が電極表面での酸化還元反応に有効であることを見いだし、この知見に基づいて本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、π電子供与性の官能基を有する複素環式芳香族化合物の非白金系金属化合物を燃料電池用電極触媒として提供するものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明の金属化合物は、従来非白金系の金属触媒では困難であった水素の解離吸着とプロトン捕捉の両方を行うことができる。例えば、トリシアノメラミン銅化合物は室温で水素を解離吸着し、錯体1モル当たり最大3モルのプロトンを吸着することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の第1の特徴は、金属化合物の中心金属原子に結合した官能基をπ電子供与性としたことである。π電子供与性の官能基を結合することによって、縮退状態にある金属の最外殻d電子エネルギー準位に大きな配位子場分裂を与えると同時に金属の満ちたdπ電子から配位小分子(水素等)の空軌道への電子の逆供与を行なうことができるので、燃料電池の電極表面に供給される水素、酸素等の化学吸着を容易にし吸着分子を活性化することができる。水素吸着の場合には、金属原子上での吸着水素のプロトン化(=吸着水素からの電子放出)を促進する。このような官能基としては、シアノ基(−C≡N)、イソシアノ基(−N≡C−)、アミノ基(−NH,−NH−,>N−)、シアノアミノ基(−NH−C≡N)、カルボジイミド基(−N=C=N−)、シアン酸基(−O−C≡N)、チオシアン酸基(−S−C≡N)、イソシアネート基(−N=C=O)、チオイソシアネート基(−N=C=S)、カルバミン酸基(−O−CO−NH)、チオカルバミン酸基(−S−CS−NH)、ジチゾン基(−NH−NH−CS−N=N−)、チオカルボニル基(>C=S)、カルボニル基(>C=O)、カルボキシル基(−CO−)、シュウ酸基(−CO−CO−)、ビピリジル基、シクロペンタジエン、第3級ホスフィン、亜リン酸基、チオ基(−S−)、チオール基、アゾ基(−N=N−)、ジアゾ基(−N≡N)、ニトロ基、スルホ基、スルホアミド基、水酸基、ハロゲン基、Schiffの塩基(−CH=N−)、オキシム基(>C=NOH)、等を挙げることができる。これらの中で、シアノ基、アミノ基、シアノアミノ基、カルボジイミド基はπ電子供与性が比較的強いので好ましい。
【0008】
本発明の第2の特徴は、上記官能基が複素環式芳香族化合物とも結合していることである。複素環式芳香族化合物の複素芳香環は、周期律表における13族から16族の元素である硼素、炭素、窒素、燐、酸素、硫黄等の中の2元素以上から構成され、トリアジン環に代表されるようなヘテロ原子導入環での環状π電子を有する。複素芳香環とπ電子供与性の官能基との結合には共鳴構造が存在するので、相互のπ電子移動が可能である。15族元素である窒素と16族元素である酸素には最外殻軌道に孤立電子対があり、また、炭素よりも電気陰性度が大きいので若干負の電荷を帯びており、プロトンの受取に適している。したがって、本発明の複素環式芳香族化合物は吸着水素から放出されるプロトンを捕捉し、吸着水素からの電子を金属原子とπ電子供与性の官能基を経由して電子求引することができる。このような複素環式芳香族化合物の複素芳香環としては、トリアジン環、ピラジン環、ピリミジン環、ピリジン環、トリアゾール環、イミダゾール環、ビオロゲン、アクリジン環、フラン環、ピロール環、ボラジン環、カルバボラン、ホスファゼン環、チオフェン環、チアジン環、及び/又はこれらの縮合環、等を挙げることができる。これらの中で、トリアジン環、トリアジン環の縮合環であるトリストリアジン環、ホスファゼン環、及びチオフェン環は、π電子供与性の官能基との結合によって多くの共鳴構造をとることができるので好ましく、また電子不足結合をもつボラジン環は電子受容体になるので好ましい。以上の複素環式芳香族化合物はエステル構造ではないので、一般に、強酸性の雰囲気(水素をプロトン化すると強酸性を示す)でも耐加水分解性が高い。また、上記複素芳香環のヘテロ原子の塩基性は低いので、これに緩く結合したプロトン付加物の酸解離定数(pKa)は、通常、7〜10の範囲にあり、100℃以下の加熱と加湿によって容易にプロトンを放出することができる。
【0009】
本発明の第3の特徴は、非白金系金属化合物を用いることである。従来使用されている
白金触媒は水素のプロトン化能及びプロトンの酸素酸化能が高いのは当然のことであるが、反面、一酸化炭素による触媒被毒を受けやすく、また、酸素極において水和プロトンから過酸化水素及びヒドロキシラジカルを発生するという問題がある。これに対して本発明の非白金系金属化合物はこのような問題がみられないので、固体高分子型燃料電池用電極材料として好ましい。本発明の非白金系金属化合物における金属元素としては、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、アルミニウム、ケイ素、ガリウム、ゲルマニウム、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、タングステン、銀、インジウム、スズ、ビスマス、ランタン、サマリウム、セリウム、等を挙げることができる。これらの中で、遷移元素は一般的に触媒活性が高く安定な金属化合物を生成するので好ましい。遷移元素の中では、鉄、コバルト、ニッケル、及び銅が好ましい。
【0010】
本発明の金属化合物は、通常、π電子供与性の官能基を有する複素環式芳香族化合物の有機溶媒溶液又は水溶液と金属塩の有機溶媒溶液又は水溶液を混合、反応させることによって得られる。別の方法としては、π電子供与性の官能基を有する複素環式芳香族化合物の水溶性アルカリ塩、又はアルカリ土類塩を合成し、水溶液中で目的とする金属イオンと金属交換反応を行うことによっても合成することができる。
前記に述べたように、本発明の金属化合物は水素の解離吸着を行いそれによって生成したプロトンと電子を効率的に捕捉することができるので、燃料電池用の電極触媒として、特に水素極の電極触媒として、有効に用いることができる。本発明の金属化合物を含有する水素極触媒は、通常、従来の方法、すなわち、活性炭と金属化合物の混合物を集電材料に塗布する(集電材料の片面には固体高分子電解質膜を塗布している)ことによって作成し、加湿下で用いることができる。
【実施例】
【0011】
以下に実施例などを挙げて本発明を具体的に説明する。
[実施例1]
トリシアノメラミン金属化合物の合成
メラミン63gとチオシアン酸カリウム150gの混合物を磁製皿に入れ、ホットプレート上、約500℃で揮発性物質の発生がなくなるまで加熱した。これをさらに電気炉で650℃−1.5時間加熱した。室温まで放冷後、生成物を蒸留水に溶解、加熱濃縮、室温放置後、無色の針状結晶を得た。再結晶によって高純度のトリシアノメラミンカリウム塩を48g得た。なお、トリシアノメラミンカリウム塩はメラミンの−NH基が−NH(CN)Kに置換された化合物であり、1モルの価数は3である。得られたトリシアノメラミンカリウム塩10gを蒸留水100gに溶解し、攪拌下、これに各種の遷移金属塩を等当量溶解した5重量%水溶液を滴下した。不溶性物質の生成を確認後(通常、滴下と同時にすぐに反応し不溶性物質が生成する)、反応を完結させるために反応溶液を1時間沸騰させた。室温に放冷後、生成物を減圧濾過、水洗、アセトン洗浄後、120℃−1昼夜真空乾燥した。元素分析、IRスペクトル測定、及び質量分析によって生成物を同定した。表1に得られた金属化合物を示す。
【0012】
【表1】

【0013】
[実施例2]
2,5,8-tricarbodiimide-tris-s-triazine遷移金属化合物の合成
チオシアン酸アンモニウム500gを磁製皿に入れ、ホットプレート上、約500℃で揮発性物質の発生がなくなるまで加熱した。粗製物を熱水洗浄、10%水酸カリウム水溶液洗浄、35%塩酸中で煮沸処理後、水洗、150℃−1昼夜真空乾燥し、2,5,8-triamino-tris-s-triazineの10量体を約50g得た。チオシアン酸カリウム70gを磁製皿に入れホットプレート上で融解し、これに、上記化合物を5回に分けて加え約500℃−5時間加熱した。室温まで放冷後、生成物を蒸留水に溶解、減圧濾過、ろ液を加熱濃縮、室温放置後、無色のフェルト状針状結晶を得た。再結晶によって高純度の2,5,8-tricarbodiimide-tris-s-triazine potassium saltを約25g得た。なお、2,5,8-tricarbodiimide-tris-s-triazine potassium salt は2,5,8-triamino-tris-s-triazineの−NH基が−N=C=N−Kに置換された化合物であり、1モルの価数は3である。得られた2,5,8-tricarbodiimide-tris-s-triazine potassium salt5gを蒸留水100gに溶解し、攪拌下、これに各種の遷移金属塩を等当量溶解した5重量%水溶液を滴下した。不溶性物質の生成を確認後、反応を完結させるために反応溶液を1時間沸騰させた。室温に放冷後、生成物を減圧濾過、水洗、アセトン洗浄後、120℃−1昼夜真空乾燥した。元素分析、IRスペクトル測定、及び質量分析によって生成物を同定した。表2に得られた遷移金属化合物を示す。
【0014】
【表2】

【0015】
[実施例3]
トリシアノアミノボラジン遷移金属化合物の合成
液体アンモニア40gにナトリウムアミド10gを溶解し、これにトリクロロボラジン(化学式:[B(Cl)NH]3の環状化合物)15gを5回に分けて加え、1時間反応させた。反応後室温に置きアンモニアを蒸発させ、数グラムのメタノールを加え未反応のナトリウ
ムアミドを分解し、トリアミノボラジン(化学式:[B(NH2)NH]3の環状化合物)を定量的に得た。これとチオシアン酸カリウム25gの混合物を磁製皿に入れ、ホットプレート上、約500℃で揮発性物質の発生がなくなるまで加熱した。室温まで放冷後、生成物を蒸留水に溶解、加熱濃縮、室温放置後、無色の針状結晶を得た。再結晶によって高純度のトリシアノアミノボラジンカリウム塩(化学式:[B(NCN)NH]3K3の環状化合物)を約10g得た。得られたカリウム塩10gを蒸留水100gに溶解し、攪拌下、これに硫酸銅水溶液を等当量溶解した5重量%水溶液を滴下した。反応を完結させるために反応溶液を1時間沸騰させた。室温に放冷後、生成物を減圧濾過、水洗、アセトン洗浄後、120℃−1昼夜真空乾燥し、緑黄色の銅化合物(化学式:[B(NCN)NH]3Cu3/2の環状化合物)を約6g得た。
【0016】
[実施例4]
ホスファゼントリオキシド遷移金属化合物の合成
ヘキサクロロホスファゼン20gを30%水酸化カリウム水溶液100gに加え、沸騰下2時間反応させ、反応後のろ液から再結晶によってホスファゼントリオキシド(化学式:[P(O)N]3の環状化合物)を約10g得た。これを5%硫酸銅水溶液100gに加え、沸騰下1時間反応させ、アメジスト色の銅化合物を約15g得た。
【0017】
[実施例5]
金属化合物の水素吸脱着
実施例1〜4の金属化合物の微粉末を室温で相対湿度100%の雰囲気中に1時間放置した後、これを赤外拡散反射スペクトル測定用セルの試料台に設置し、水素ガスを導入、排気後、赤外スペクトル測定装置(JASCO FT-IR 460)によって、サンプルに吸着した水素の吸着状態を調べた。代表的なサンプルについての実験結果を以下に説明すると、実施例1の銅化合物は、トリアジン環の窒素原子にプロトンが付加したスペクトルを示した。また、スペクトル強度から金属化合物1モルあたり約3モルのプロトンが付加していることがわかった。実施例2の銅化合物は、金属化合物1モルあたり最大6モルのプロトンが付加していることがわかった。実施例3の銅化合物は、金属化合物1モルあたり約3モルのプロトンが付加していることがわかった。実施例4の銅化合物は、金属化合物1モルあたり約1モルのプロトンが付加していることがわかった。また、試料台を毎分10℃の昇温速度で加熱して脱着挙動を調べると、約60℃からプロトンの脱離が開始することがわかった。これらの結果から、水素分子は金属化合物に解離吸着し、生成したプロトンは錯体の配位分子に効率よく捕捉され、捕捉されたプロトンは温和な加熱によって脱離することがわかった。したがって、本発明の金属化合物は、燃料電池用水素極の電極触媒として利用可能であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0018】
本発明の金属化合物は燃料電池用電極触媒として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
π電子供与性の官能基を有する複素環式芳香族化合物の非白金系金属化合物から成ることを特徴とする燃料電池用電極触媒。
【請求項2】
π電子供与性の官能基がシアノ基、アミノ基、シアノアミノ基、及びカルボジイミド基であり、複素環式芳香族化合物の複素芳香環がトリアジン環、トリストリアジン環、ボラジン環、ホスファゼン環、及びチオフェン環であり、非白金系金属化合物の金属元素が遷移元素であることを特徴とする請求項1記載の燃料電池用電極触媒。
【請求項3】
請求項1及び2記載の燃料電池用電極触媒を水素極の電極触媒として用いることを特徴とする燃料電池用電極触媒。

【公開番号】特開2006−202686(P2006−202686A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−15608(P2005−15608)
【出願日】平成17年1月24日(2005.1.24)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【出願人】(000173924)財団法人野口研究所 (108)
【Fターム(参考)】