説明

金属材、表面処理金属材並びに金属製品

【課題】表面処理後の導電性の良好な金属材、耐食性と導電性とを両立した表面処理金属材、より容易かつ安定的な工業的生産を実現するための製造方法、及び、前記表面処理金属材を用いた金属製品を提供する。
【解決手段】金属材表面に、体積抵抗率が10-2Ω・cm以上で付着厚みが0.5μm以上30μm以下である表面皮膜を設けた後で、置換析出又は電解析出により金属を析出させると、長径0.5μm以上である金属の析出部を該皮膜表面の10mm×10mmの範囲に100箇所以上有する金属材、並びにこの金属材表面に皮膜を設けてなる表面処理金属材及びこれらを用いた金属製品である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理後の導電性の良好な金属材、導電性の良好な表面処理金属材並びに金属製品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属材を最終製品に加工するにあたり、防錆、意匠のための着色等の機能付与を目的として表面に皮膜を設けることが多い。
【0003】
家電製品やパーソナルコンピュータ等の電子機器に用いる金属材も、表面処理皮膜を設けることが多いが、その一方で、電子装置の動作安定化やノイズ遮断のために、外装金属材と通電し、アースを確保するために、表面の導電性が要求されることがある。
【0004】
上述の表面処理の手段としては、有機又は無機成分を含有する皮膜の付与が一般的なるも、これら皮膜は、多くの場合導電性が低いため、導電性とは両立し難い。
【0005】
そこで、従来より、表面処理後の導電性を確保するために種々技術が見出されてきた。例えば、特許文献1のように、皮膜による金属表面の被覆率を制御する技術や、特許文献2〜4のように、金属表面の粗度に応じて特定の厚みの皮膜を被覆する技術等が、開示されている。また、皮膜の成分として、導電性高分子を用いたり、導電性の粒子や短繊維をフィラーとして用いることも考え得る。
【0006】
【特許文献1】特開平7-41961号公報
【特許文献2】特開平10-16128号公報
【特許文献3】特開平10-330954号公報
【特許文献4】特開2002-363766号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、これらの従来の手段は、防錆性と導電性を両立するためには、厳密な基材表面粗度や皮膜の被覆厚みの制御が必要であり、工業的な製造にあたっては、製造条件管理の厳格化や規格外品の発生による製品歩留まり低下等のコスト増加要因を伴うものであった。また、皮膜成分として導電性高分子や導電性フィラーを用いる場合は、素材自身のコスト高や、フィラー入りの皮膜を付与する工程では、例えば、塗料中の分離や沈殿、塗装後の脱落等の問題があり、工業的に安価に製造するのが困難な場合が多い。
【0008】
本発明は、表面処理後の導電性の良好な金属材、耐食性と導電性とを両立した表面処理金属材、及び、前記金属材や表面処理金属材を用いた金属製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、特許文献2〜4に示されるような、金属材表面に皮膜を被覆する技術に、さらに検討を加えた結果、皮膜の抵抗率が10-2Ω・cm以上で、金属材表面への付着厚みが0.5μm以上30μm以下である表面皮膜を設けた後で金属材より貴な金属を溶解した水溶液に浸漬した場合に、貴な金属が置換析出するような金属露出部を該皮膜表面の10mm×10mmの範囲に100箇所以上設けることで前記課題を解決し、耐食性と導電性とを両立した表面処理金属材、及び、前記表面処理金属材を用いた金属製品を得られることを見出した。
【0010】
即ち、★ 本発明の要旨とするところは、以下のとおりである。
【0011】
(1) 金属材表面に、体積抵抗率が10-2Ω・cm以上で付着厚みが0.5μm以上30μm以下である表面皮膜を設けた後で置換析出又は電解析出により金属を析出させると、長径0.5μm以上である金属の析出部を該皮膜表面の10mm×10mmの範囲に100箇所以上有することを特徴とする金属材。
【0012】
(2) 前記金属材表面に稜角を有する凸部があり、該稜角の角度が145°以下である(1)記載の金属材。
【0013】
(3) 前記金属材表面に稜角を有する凸部があり、該凸部に存する少なくとも一部の稜角の頂部と金属材表面の凹凸の平均面との距離が表面皮膜の付着厚みよりも大きい(1)又は(2)に記載の金属材。
【0014】
(4) 前記稜角を有する凸部において、該稜角が導電性物質の多面体結晶よりなることを特徴とする(2)又は(3)に記載の金属材。
【0015】
(5) 前記凸部を、10mm×10mmの範囲に100箇所以上有する(2)〜(4)のいずれかに記載の金属材。
【0016】
(6) 金属材表面に体積抵抗率が10-2Ω・cm以上で付着厚みが0.5μm以上30μm以下である皮膜を有し、置換析出又は電解析出により金属を析出させると、長径0.5μm以上である金属の析出部を該皮膜表面の10mm×10mmの範囲に100箇所以上有することを特徴とする表面処理金属材。
【0017】
(7) 前記金属材表面に稜角を有する凸部があり、該稜角の角度が145°以下である(6)に記載の表面処理金属材。
【0018】
(8) 前記金属材表面に稜角を有する凸部があり、該凸部に存する少なくとも一部の稜角の頂部と金属材表面の凹凸の平均面との距離が表面皮膜の付着厚みよりも大きい(6)又は(7)に記載の表面処理金属材。
【0019】
(9) 前記稜角を有する凸部において、該稜角が導電性物質の多面体結晶よりなることを特徴とする(7)又は(8)に記載の表面処理金属材。
【0020】
(10) 前記凸部を、10mm×10mmの範囲に100箇所以上有する(7)〜(9)のいずれかに記載の表面処理金属材。
【0021】
(11) (1)〜(10)のいずれかに記載の金属材又は表面処理金属材を用いてなる金属製品。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、防錆や意匠のための着色等の機能付与を目的として、本発明の金属材の表面に皮膜を設けても、家電製品、特に電子機器に用いた場合のアース性や、通電溶接性の確保が容易な表面処理金属材や金属製品を提供できる。
【0023】
また、本発明の表面処理金属材や金属製品は、そのままアースを取ったり、通電溶接ができ、かつ防錆性や意匠性を確保できるので、ユーザーでの煩雑な前処理や後処理を省略することができ、省工程、省コスト化に寄与するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の金属材は、鋼製、アルミ製、銅製、チタン製等の各種金属又は合金製の材料(板材、管材、線材、形材等、及び、それらを成型・接合したもの)や、それらに亜鉛、アルミニウム、ニッケル、クロム、銅、コバルト、シリコン、鉄、マグネシウム、マンガン等の任意の金属又は合金によるめっきを施した金属材等、任意の金属材を用いることができる。
【0025】
本発明の金属材に設ける皮膜の体積抵抗率は10-2Ω・cm以上と規定する。体積抵抗率10-2Ω・cm未満の皮膜を用いることで該皮膜を介した導電性を確保するためには、導電性の有機樹脂やバインダー中に導電性物質を分散させて体積抵抗値を低下させた皮膜を用いる必要があり、工業的な生産に要するコストは相対的に高くなる。本発明の技術を用いれば、前述のような高コストの皮膜を用いる必要が無く、例えば、体積抵抗率が2×104Ω・cm以上で厚み0.5μm以上の皮膜を形成しても、その塗装後にアース性を確保することは可能である。このような体積抵抗率を示す皮膜は、有機樹脂や無機高分子あるいは有機物又は無機物を溶媒に分散した塗料を塗布後に乾固して形成する等、低コストな原料を工業的に一般的な手段で皮膜化したものの内から幅広く選択できる。例としては、エポキシ樹脂、エポキシ-ウレタン樹脂、アクリル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン、シリコーン樹脂等の有機樹脂ないしは水ガラス等の無機物をベースに、必要に応じて、シリカ、クロム酸ストロンチウム、カルシウムシリケート、タンニン酸、リン酸亜鉛、リン酸マグネシウム等のリン酸塩等の防錆顔料や、ポリエチレンワックス等の潤滑顔料等を単独又は複数添加したものを用いることができる。本発明の構成上、皮膜が完全なる絶縁体であっても導電性を確保できるので、皮膜の体積抵抗率に上限はない。
【0026】
本発明の金属材、表面処理金属材、又は、金属製品に関し、置換析出又は電解析出による金属の析出部とは次のように検出するものを指す。即ち、表面処理金属材を、該金属よりもイオン化傾向の小なる金属の塩を溶解した水溶液に浸漬した後に0.5mm×0.5mmの範囲を無作為に10箇所選択して拡大観察し、水溶液に溶解した金属の置換析出を認めた位置とする。例えば、表面処理金属材の成分が鉄、亜鉛の場合は、硫酸銅78g/L、塩酸10ml/Lの混合水溶液に常温で2分間浸漬して水洗後乾燥し、0.5mm×0.5mmの範囲を無作為に10箇所選択して観察し、銅の置換析出を認めた位置を析出部とする。析出部が小さい場合は、光学顕微鏡、電子顕微鏡等の拡大手段を適宜用いてもよい。また、析出部をその他の部分と明瞭に識別するために、EPMAや蛍光X線の二次元走査分析結果を電算機処理して画像化したもの等を適宜用いてもよい。個々の析出部の大きさは塗装後金属材の導電性には本質的に影響するものではないが、長径が0.5μm未満の析出部は検出困難なので、これを実用上の析出部サイズ下限とする。また、析出部サイズが大き過ぎる場合は皮膜による防錆性が不十分となるので、長径500μm以下、さらに好ましくは100μm以下が望ましい。また、上記のような置換析出が困難な金属材表面に対しては、電解析出による金属析出部にて同様の観察を行なってもよい。
【0027】
析出部の密度とは、本発明の金属材が皮膜を設けた後に前述の析出部を表面の単位面積当り何個有するかで規定する。
【0028】
最終製品として用いられる場合に必要とされる通電のレベルに応じて、析出部の密度は変更し得るが、析出部の密度が10mm×10mm当り100箇所以上の表面ならば、例えば、面積1mm2のアース端子又は溶接電極を接触させた場合に、通電経路を確保できる期待値が1以上となる。析出部の密度が100箇所未満と減少するに従い、製品として用いられる際に、アース又は溶接のための金属電極を接触させても、安定した通電経路を確保することは困難となる。
【0029】
本発明の金属材においては、表面の断面に稜角を有し、該稜角の角度が145°以下であることが望ましい。ここで、稜角とは、金属材の表面を構成する面と面が特定の角度で接する角のことを言う。本発明における稜角の定義を模式的に説明するのが、図1の(a)、(b)、(c)、(d)、(e)である。図1の(a)、(b)及び(c)は、稜角を有する金属材表面の一部及び断面を模式的に表わす。これらの図における稜角とは、図中の矢印で示す箇所である。図1の(d)は、凸部に稜角を有する金属材表面の一部及び断面を模式的に表す透視図である。矩形の凹部を有する金型でプレス乃至はロールで圧延することで得られる凸部の上面を研削加工することにより、このような形状が得られる。この図における稜角とは、図中、金属材の表面が上に向かって三角波状に突出している箇所である。図1の(e)は、凸部を有する金属材表面に導電性物質の結晶で稜角を形成した金属材表面の断面を模式的に表す。基材となる金属材に凸部を設け、さらに、例えば、硫酸浴による電気亜鉛めっき等、析出金属が多面体結晶となる電解めっきを施せば、このような形状が得られる。この図における稜角とは、図中の矢印で示す箇所である。
【0030】
以上のように、金属材表面に稜角を有する凸部が存在してもよく、凸部に、さらに小さい稜角が存在してもよい。この場合、金属材に皮膜を塗装して設ける工程で塗料のレベリングにより未乾燥の塗料厚みが薄くなる箇所に、さらに稜角が存在するので、稜角の頂部が皮膜から突出し易く導電性向上効果が著しい。また、前記の稜角が導電性物質の結晶からなる構成でも良い。
【0031】
ところで、数学的な定義によれば、角は大きさ0の点又は線で交わるべきであるが、本発明に供する場合は、稜角はある程度の曲率を有しても構わない。このような曲率は半径が塗装皮膜の平均厚みの1/2以下の場合が好ましい。
【0032】
角度145°以下の稜角は、水や有機溶剤等を溶媒とした溶液を塗布して表面皮膜を設ける際に、溶液の表面張力によるレベリングのために皮膜厚みが非常に薄くなり、ときには金属材が皮膜から露出し、電極を接触させた場合の通電経路として機能する。角度145°以下と急峻であることにより、稜角頂部では通電経路を確保できる一方で、それ以外の部分では厚い皮膜となり、防錆や着色等の機能を十分果たすことができる。角度145°を超え、例えば、160°程度の稜部では、皮膜を設けた後の皮膜厚みが十分薄くなることが困難であり、通電経路としての機能を果たし難い。稜角の角度は小さいほど効果が顕著である。しかしながら、例えば、30°未満等、角度が小さ過ぎても工業的に製造が困難で、かつ、工程中での接触等にて稜角が失われ易いことで機能を果たし難いこともある。
【0033】
上述の稜角の角度を測定する手段としては、金属材の断面が露出するように切断して直接観察する方法、レーザー式3次元顕微鏡等による表面形態観察結果を計算機処理して算出した表面断面を観察する方法等、種々の手段から適切なものを選択して良い。具体的に稜角を特定するにあたり、現実の測定方法では数学的に理想的な角を見出すことは困難であるが、塗装する皮膜厚みの1/2を半径とする円弧よりも急峻な角であれば、それを本発明における稜角と定義してよい。
【0034】
本発明の金属材は、表面の断面に存する角度145°以下の稜部の数を最終製品として用いられる場合に必要とされる通電のレベルに応じて変更し得るが、10mm×10mmの範囲に100箇所以上有することが望ましい。凸部に存する稜部は塗装後に通電経路となり、その通電点を10mm×10mmの範囲に100箇所以上有すれば、例えば、面積1mm2のアース端子又は溶接電極を接触させた場合に、通電経路を確保できる期待値が1以上となる。前記凸部が金属材表面に存在する密度は、高いほど導電性の向上が期待できるが、10mm×10mmの範囲に1000000箇所超設けることは工業的に困難であり、これが実質上の密度の上限となる。
【0035】
金属材表面に皮膜を設ける場合、皮膜が厚いと防錆性や着色による意匠付与の効果が向上する。一方で、皮膜が薄いと導電性を確保し易い。本発明の要点は、表面処理皮膜を有する金属材表面の限定された個所に通電点を設けることであり、実施上の皮膜厚みは、前述の指針に従い、用途に応じて決定すればよいが、一般的には、平均皮膜付着量0.5μm以上30μm以下にて、防錆性、意匠性、導電性等の性能を両立し易い。皮膜付着量0.5μm未満では耐食性を確保することが困難で、付着量が30μmを超えると導電性を得難いのみならず、塗料を塗布した後で溶剤を揮発させる手法にて均一に塗布することは困難である。皮膜付着量が1.0μm〜3.0μmの範囲ならば、両者の高度な両立を図り易い。皮膜厚みは次の方法等により求められる。例えば、皮膜中にシリカを含む場合、金属材表面へのSi付着量を蛍光X線分析により測定した後に金属表面単位面積当りのシリカの付着質量に換算し、皮膜中のシリカ含有質量比率及び皮膜比重を基に、
皮膜厚み=シリカ付着質量/皮膜中のシリカ含有比率/皮膜比重
なる計算にて皮膜厚みを算出できる。皮膜下地処理にもSiを含有する場合は、該下地処理のある条件にて蛍光X線分析の検量線を設定すればよい。
【0036】
この皮膜厚みに応じて、凸部に存する少なくとも一部の稜角の頂部と平均的な金属材表面との距離も0.5μm〜30μmの範囲で適宜選択することが好ましい。該距離が0.5μm未満では凸部が皮膜に完全に覆われるために導電性が不十分であり、30μmを超えると、前述のような付着量が上限である塗装皮膜にても金属表面の露出面積が大きくなるので耐食性が不十分となる。(皮膜厚み÷凸部に存する稜角と平均的な金属材表面との距離)の比率が1以下の場合に稜角が皮膜から露出して通電経路となるが、さらに比率を小さくすることで導電性は良好になるので、必要な導電性と耐食性を考慮して適切に決定すればよい。
【0037】
なお、凸部に存する少なくとも一部の稜角の頂部と平均的な金属材表面との距離は、本発明において次のように定義する。即ち、JIS B0601法に基づいて金属材表面のろ波うねり曲線と、断面曲線における稜角との距離を計測し、凸部に存する稜角と平均的な金属材表面との距離とする。数学的な定義によれば、連続する曲線である稜角と曲面との距離は、その最小値をもって規定されるが、本発明においては、その最大値をもって凸部に存する稜角と平均的な金属材表面との距離としてもよいものとする。上記の、凸部に存する稜角と平均的な金属材表面との距離の決定方法の例を、図2に図示する。図中で2本の点線で示すのが、それぞれ稜角の位置と平均的な金属材表面の位置であり、2つの矢印で挟まれる間隔が、前2者間の距離を示す。
【0038】
金属材表面を本発明で規定する状態に加工する手段としては、金属材の塑性変形、脆性破壊、溶解、凝固、蒸発、化学的溶解、化学的析出等の既知の原理の内のいずれか一つ又は二つ以上の原理の組合せた手段によって得ることができる。工業的に言い換えれば、プレス加工、ロール成形、切削、研磨、鋳造、ブラスト処理、化学的エッチング、電気化学的エッチング、エネルギー線の照射、金属又は合金の電解めっき析出、金属又は合金の置換めっき析出、金属又は合金の溶射、金属又は合金の蒸着等の既知の手段の内のいずれか一つ又は二つ以上の手段の組合せによって得ることができる。具体的には、特定の表面形状を有する金型やロールを押付転写ないしはロール間での圧延、化学薬品による侵食、マスキングした状態での化学薬品によるエッチング、表面への硬質粒子の投射、硬質工具や研磨紙による表面研削等、及び、それら手法の組み合わせ(例として、硬質粒子の投射後にロール間で圧延する等)を用いることができる。
【0039】
角度が145°以下の稜角を有する凸部を、金属材表面に付与する手段としては、凹部を有する金型を金属材表面に押しつける手法、又は凹部を有するロールにて圧延する手法を用いることで、形状及び配置が均一な凸部を金属材表面に容易に設けることができる。特に金属材が板状である場合は、凹部を有するロールにて圧延する手法を用いることで、工業的に高速かつ均一に凸部を設け易く、加工コストも有利なので特に好ましい。あるいは、金属材表面に電解めっきを施すことで稜角を有する多角形の金属結晶を析出させる等の手段は、形状及び配置が均一な稜角を金属材表面に工業的に高速かつ均一に設けることができるので特に好ましい。
【0040】
皮膜の被覆方法は、ロールコーティング、スプレー塗装、塗装用バーコータによるコーティング、アプリケータによるコーティング、塗料溶液に浸漬後エアーナイフで皮膜厚みを調節する等、公知の任意の手法から選択できる。皮膜の付着量は、既に述べた皮膜厚みと防錆性、着色による意匠性、及び、導電性との関連に基づいて、本発明で規定の性能を示すように実施者が選択できる。塗装後の皮膜の乾燥及び焼き付け温度は、皮膜組成に応じて、一般的には50℃〜300℃の範囲で選択される。熱風の吹き付け、輻射熱、火炎照射、エネルギー線照射、誘導加熱等、公知の技術から任意の手段を選択してよい。
【0041】
上述の手段により得られた本発明の金属材、表面処理金属材、及び、さらに加工して得られる金属部品は、体積抵抗値が高く、一般的には絶縁体として知られる成分の皮膜を、防錆性や着色による意匠性が十分に確保できる厚みの皮膜を設けても、表面にアース端子や溶接電極等が接触した際の導電性が確保される。
【実施例】
【0042】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0043】
(実施例1)
表1に、基材の表面を加工して形状付与する手段を示す。
【0044】
表1中に示す金型又はロールの加工形状は、厚み10μmの硬質クロムめっきを施した後の寸法にて記載する。
【0045】
【表1】

【0046】
表2、3に、基材に形状付与した実施例及び比較例を示す。
【0047】
基材として、亜鉛ブロック、溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、冷延鋼板、及び、アルミ板を用いた。亜鉛ブロックは鋳造品で、サイズは幅100mm×長さ100mm×厚み10mm、各面は研磨し平滑に加工した後に、表面形状を付与した。 溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、冷延鋼板、及びアルミ板は、いずれも板厚1mmのものを用いた。溶融亜鉛めっき鋼板のめっき付着量は50g/m2、電気亜鉛めっき鋼板のめっき付着量は20g/m2である。冷延鋼板は、表面形状付与後にめっきを施したが、その片面付着量はそれぞれ、電気Znめっきは20g/m2、溶融亜鉛めっきは60g/m2、電気Zn-11%Niめっきは20g/m2、溶融Zn-5%Alめっきは50g/m2であった。
【0048】
表2中の凸高さは、次の方法で計測した。即ち、レーザー式3次元顕微鏡(オリンパス社製OLS-1100)にて金属表面の断面形状情報を得、稜角を有する凸部の内、その稜角の角度が145°以下の凸部のみを10mm×10mmの観察視野より10箇所選択し、それら凸部高さの平均値を凸高さとした。
【0049】
レーザー式3次元顕微鏡により出力された表面の断面図形を基に、稜角を測定する例を図3に示す。図3は、オリンパス社製OLS-1100を用いて出力した図に対し、縮尺を補正して縦横の距離比率を等倍とした図である。図中のA、Bの稜角はそれぞれ111°、125°であった。C、D、E部は明確な稜角を示さないため、本発明における稜角とはみなさない。
【0050】
【表2】

【0051】
【表3】

【0052】
表4に、金属材に塗装する皮膜の仕様を示す。
【0053】
表4中の体積抵抗値は、単離皮膜又は不導体基板上に皮膜を形成して巾1cm、長さ1cmの測定試料とし、その長さ方向の両端に銀導電ペーストを塗布して通電抵抗値Rを測定後、Rに(試料巾(cm)×試料厚み(cm)/試料長さ(cm))を乗算して算出した。皮膜1、皮膜2、及び、皮膜3の塗料は、皮膜4及び皮膜5に比べて、安価であり、塗工時の塗料成分の分離・沈降等のトラブルも発生し難い。一方、皮膜4及び皮膜5は、比較的高コストなるも体積抵抗値が低いために導電性が良好な塗装金属材を得易い。
【0054】
【表4】

【0055】
表5〜8に、塗装金属材の原板である金属材、皮膜種類、皮膜付着量、表面の金属露出部密度、導電性、及び耐食性を示す。
【0056】
皮膜付着量は、皮膜厚みが5μm以上の皮膜は電磁膜厚計にて測定した。厚み5μm未満の皮膜は、蛍光X線測定による定量分析にて表面のシリコン又はクロムの元素付着量を測定し、予め確認済みの塗装後皮膜の比重と皮膜中のシリコン、クロムの質量比を用いて次の計算式(I)で算出した。皮膜3のように下地処理にSiを含む場合は、その影響を考慮した検量線を予め作成した蛍光X線測定による定量分析にて測定した。
【0057】
皮膜付着量(μm)=シリコン又はクロムの元素付着量(mg/m2)÷塗装後皮膜中の元素質量比÷塗装後皮膜の比重(g/cm3)÷1000 … (I)
表面の金属露出部密度は、次の方法により測定した。
【0058】
塗装金属材を、硫酸銅78g/L、塩酸10ml/Lの混合水溶液に常温で2分間浸漬して引上げ水洗後乾燥し、0.5mm×0.5mmの範囲を無作為に10箇所選択して拡大観察し、以下の如く評点付けた。評点2点以上なら、金属表面で皮膜に覆われていない金属露出部の密度が10mm×10mm当り100個以上と判断した。
【0059】
評点4:全ての観察にて8箇所以上の銅析出を認めた。
【0060】
評点3:評点4以外の場合で、全ての観察にて3箇所以上の銅の析出を認めた。
【0061】
評点2:評点4又は評点3以外の場合で、全ての観察にて1箇所以上の銅の析出を認めた。
【0062】
評点1:評点4〜2以外の場合。
【0063】
導電性は、次の方法により測定した。
【0064】
金属材表面に、先端を半径3mm、幅30mmに折り曲げ加工したステンレス製端子を加重4.9Nで10回押し付け、その度に金属材とステンレス製端子との間の通電抵抗を測定して、以下の評点付けを行った。金属端子を接触してアースを取る用途では、評点2以上が望ましい。
【0065】
評点4:10回の測定の内10回、抵抗値≦1mΩ
評点3:10回の測定の内5回〜9回、抵抗値≦1mΩ
評点2:評点4又は評点3以外の場合で、10回の測定の内5回以上、抵抗値≦100mΩ
評点1:評点4〜2以外の場合
耐食性は、次の方法により評価した。
【0066】
耐食性は、各表面処理金属材の平板について、JIS Z 2371に準じて塩水噴霧を実施し、以下の基準で評点付けした。屋内で用いる家電製品としては、評点2以上が望ましい。
【0067】
評点3:168時間経過後、腐食生成物を目視で認める面積率が10%以下
評点2:72時間経過後、腐食生成物を目視で認める面積率が10%以下
評点1:72時間経過後、腐食生成物を目視で認める面積率が10%超
【0068】
【表5】

【0069】
【表6】

【0070】
【表7】

【0071】
【表8】

【0072】
本発明例1〜34の金属材に適切な皮膜を被覆した本発明例35〜182は、比較例1〜6の金属材に皮膜を被覆した比較例7〜21と比較して、導電性、耐食性が良好である。なお、実施例20〜25、29、30の金属材及び実施例102〜124、137〜144は、凸部の上に電解めっきの結晶による稜角が重畳することで、さらに高い導電性を示すことを明らかにした。
【0073】
(実施例2)
複数セルを有する連続めっき装置で、厚み0.8mm、巾1.2mの冷延軟鋼鋼帯をめっきし、本発明の金属材を製造した例を、表9に示す。めっき基材は、表1の手段10又は手段11を用いて所定の高さの凸部を設けた冷延軟鋼鋼帯である。めっきセル形式はリキッドクッションセルであり、めっき浴の条件は表10に示すとおりである。めっき後、ロールコーターにて、表4の皮膜2として示す皮膜を所定の付着量に塗布した。
【0074】
表9のとおり製造した金属材表面について、めっき結晶よりなる稜角の状態は、表面及び断面のSEM観察により確認した。表面から観察して、めっき結晶からなる稜角が丸みを帯びたり、平滑化していないものについては、断面を露出させた複数のサンプルを観察して、145°以下の稜角を有するかを確認した。めっき結晶が丸みを帯びたり平滑化して稜角が不明確だった場合は評点を1、めっき結晶の稜角が、めっき装置の搬送ロールや通電ロール及びバックアップロール等との接触による摩耗や変形のために一部平滑化しているものの、角度が145°以下の稜角は存在した場合は評点を2、角度が145°以下の稜角が明確だった場合は評点を3とした。
【0075】
【表9】

【0076】
【表10】

【0077】
なお、めっきセルの種類として、本実施例ではリキッドクッションセルを採用したが、ラジアルセル、グラビテルセル等、既存の異なる種類のセルを用いても本発明の効果の発現は期待できるので、めっきセルの種類を限定するものではない。
【0078】
めっき浴の種類が塩化物浴の場合は硫酸浴に比べて結晶粒サイズが大きくなる傾向があったが、本発明の効果について本質的な違いはなかった。
【0079】
Zn系合金めっきは、純Znめっきよりも結晶が硬質なので、めっきラインを通板する際のロール等との接触によって結晶からなる稜角が失われることが少ない。合金めっきの金属種として、Fe、Ni、Coの鉄族金属やMnは、めっき結晶の配向特性への影響が小さいので、特に好ましい。
【0080】
めっき浴への添加剤として、平滑作用を有する添加剤はめっき結晶の稜角を不明確にする場合があるので、使用に注意を要する。クエン酸の使用では、前記の問題は生じなかった。
【0081】
前述の合金めっきに関して、めっき層の表面が十分硬ければ塗装される時点で結晶が稜角を保つので、後段のめっきセルによる上層のめっきのみを合金めっきとしても良い。
【0082】
電流密度が変化することで、めっき結晶の優先配向面が、(0002)、(1011)、(1120)等と変化するが、いずれの結晶からなる稜角も145°以下であった。とはいえ、複数セルを有する連続めっき装置では、電流密度が非常に低いと電析により生じた稜角が溶解し易く鈍磨し易いので、10A/dm2以上が好ましい。また、電流密度が高過ぎる場合は、所謂ヤケと呼ばれるめっき外観不良を生じ易いので、それを避けたい場合は、電流密度を200A/dm2以下にするのが好ましい。
【0083】
鋼板の通板速度が速い方が、電析しためっきの再溶解による稜角の鈍磨が少ないので、通板速度は30m/分以上であることが好ましい。
【0084】
また、実施例1と同様にして、表面の金属露出部密度、導電性、耐食性も評価した。
【0085】
結果を表10に示す。
【0086】
実施例183〜203は、凸部の上に電解めっきの結晶による稜角が重畳することで、さらに高い導電性を示すことを明らかにした。比較例22は、複数のめっきセルを通過してめっきされる際の通板速度が遅すぎたために、低pHのめっき浴中で稜角が溶解し鈍磨する事で通電性が低下した。比較例23は、めっき浴中に平滑剤として作用する添加剤が存在したために、明確な稜角が形成されなかった事で通電性が低下した。
【0087】
(実施例3)
本発明例27による金属材を加工した後に厚み3μmの塗装を施して、テレビジョン受信機の筐体を作製したところ、ばね式アース端子との接触により良好なアース性を示した。加えて、3年間にわたる屋内での使用において錆の発生を見なかった。本発明例119による表面処理金属材を加工して、パーソナルコンピュータの筐体を作製したところ、ばね式アース端子との接触により良好なアース性を示した。加えて、3年間にわたる屋内での使用において錆の発生を見なかった。したがって、本発明による実施例は、従来技術ではなし得なかった導電性及び耐食性の両立を図ることができることを明らかにした。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明における稜角を説明する模式図。
【図2】凸部に存する稜角と平均的な金属材表面との距離の決定方法を示す模式図。
【図3】稜角を測定する例を説明する金属表面の断面図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材表面に、体積抵抗率が10-2Ω・cm以上で付着厚みが0.5μm以上30μm以下である表面皮膜を設けた後で、置換析出又は電解析出により金属を析出させると、長径0.5μm以上である金属の析出部を該皮膜表面の10mm×10mmの範囲に100箇所以上有することを特徴とする金属材。
【請求項2】
前記金属材表面に稜角を有する凸部があり、該稜角の角度が145°以下である請求項1に記載の金属材。
【請求項3】
前記金属材表面に稜角を有する凸部があり、該凸部に存する少なくとも一部の稜角の頂部と金属材表面の凹凸の平均面との距離が表面皮膜の付着厚みよりも大きい請求項1又は2に記載の金属材。
【請求項4】
前記稜角を有する凸部において、該稜角が導電性物質の多面体結晶よりなることを特徴とする請求項2又は3に記載の金属材。
【請求項5】
前記凸部を、10mm×10mmの範囲に100箇所以上有する請求項2〜4のいずれかに記載の金属材。
【請求項6】
金属材表面に体積抵抗率が10-2Ω・cm以上で付着厚みが0.5μm以上30μm以下である皮膜を有し、置換析出又は電解析出により金属を析出させると、長径0.5μm以上である金属の析出部を該皮膜表面の10mm×10mmの範囲に100箇所以上有することを特徴とする表面処理金属材。
【請求項7】
前記金属材表面に稜角を有する凸部があり、該稜角の角度が145°以下である請求項6に記載の表面処理金属材。
【請求項8】
前記金属材表面に稜角を有する凸部があり、該凸部に存する少なくとも一部の稜角の頂部と金属材表面の凹凸の平均面との距離が表面皮膜の付着厚みよりも大きい請求項6又は7に記載の表面処理金属材。
【請求項9】
前記稜角を有する凸部において、該稜角が導電性物質の多面体結晶よりなることを特徴とする請求項7又は8に記載の表面処理金属材。
【請求項10】
前記凸部を、10mm×10mmの範囲に100箇所以上有する請求項7〜9のいずれかに記載の表面処理金属材。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の金属材又は表面処理金属材を用いてなる金属製品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−316347(P2006−316347A)
【公開日】平成18年11月24日(2006.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−70739(P2006−70739)
【出願日】平成18年3月15日(2006.3.15)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】