説明

金属材料の簡易成分分析方法

【課題】 簡便かつ安全に金属材料の成分を分析することのできる組成物を提供すること。さらには該組成物の製造方法、該組成物を利用した金属材料の簡易成分分析用シートおよび簡易成分分析方法を提供すること。
【解決手段】 透明なハイドロゲル、金属成分と反応して発色する発色剤、および酸を含み、該発色剤および酸が該ゲル中に坦持されている金属材料の簡易成分分析用組成物、これを利用した金属材料の簡易成分分析用シートおよび簡易成分分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料の簡易成分分析用組成物、その製造方法、該組成物を利用した金属材料の簡易成分分析用シートおよび簡易成分分析方法に関する。
【0002】
近年、家電リサイクル法などリサイクル関連法の整備がなされ、また、グリーン調達の実施、環境会計の導入など、環境問題に対する関心が急速に高まってきている。
たとえば銅は、鉄、アルミニウムに次ぐ需要の大きい金属であるにもかかわらず、クラーク指数(地球の表面より地殻16kmまでの岩石の中の元素量を100分率で示したもの)が0.01%で25位の希少金属である。従って、市場より発生した銅スクラップを回収して再利用することは、非常に有効な手段である。
銅は比較的再利用しやすい金属であり、リサイクルは古くから行われているが、銅スクラップを利用し、目的とする組成の材料を製造するためには、溶解段階での組成調製が不可欠となる。従来、オンサイトで材種を判定するものとして、ポータブル蛍光X線分析装置があるが、工場などの生産現場では、コスト的に使用するのが難しい場合が多い。そのため、スクラップの材種判定を、その場で、簡易的に行うことができれば、リサイクル率及びリサイクル製品の品質の向上が図れる。
【0003】
一方、溶液系の金属イオンのオンサイト分析として、水質用の簡易水質検査用試験紙やパックテストなど簡便な方法が開発、実用化されている。これらは、溶液での吸光光度法を簡易化、キット化したものであり、呈色反応を利用し、金属イオンの定性及び半定量を行うことができる。このような分析方法は、高価な機器を必要とせず、簡便であるため化学的操作に習熟していない人でも容易に取り扱うことができ、現場でのオンサイト分析に適している。しかし、この方法を合金に応用するには、分析対象の金属を溶液とする必要がある。この際、塩酸や硝酸等の劇物を使用する必要があり、時間、手間及び安全性を考えると実用的ではない。そこで本発明者らは、呈色反応を利用し、直接、合金中の金属成分の定性ないし定量分析を行える判定技術の開発を行った。
【0004】
特開2001−208742号公報には、筆記用ペンまたは、筆状の形状を持ち、鉛に反応して発色或いは変色する金属指示薬などを内蔵し、プリント回路板或いは電子部品のリード線などをなぞることによって指示薬を目的の個所に容易に塗布可能とし、電子回路の構成に用いるはんだ中に鉛を含有しているか否かを簡便に判別出来ることを特徴とした鉛検出用治具が開示される。この発明においては薬剤は液体であり、漏洩などの危険がある。また測定時および後処理の際に使用された薬液に接触することによる危険があった。さらにこの方法では定性的な分析しか行えなかった。
【0005】
特開2005−283252号公報には、金属材料の簡易成分分析法および簡易成分分析用組成物が開示される。これは金属材料の表面に金属溶解用の酸液を付着させ、続いてその酸液に対し不溶性の白色成分(酸不溶性白色物質)と特定の金属イオンを有色化する成分(発色剤)を加えることで、金属表面に白色の沈着物層を形成し金属イオンの着色を鮮明化した上で、その着色度合いから特定成分の含有量を判定することを特徴とする金属材料の簡易成分分析法が開示される。この方法においては、酸として硝酸や硫酸のような強い酸が使用される。このため測定においては、薬液の慎重な取り扱いと、測定者および周囲環境に対する配慮が必要とされた。また使用済みの酸をその場で処理しなければならず、この点においても課題があった。さらに分析の際に酸による金属の溶解の程度を判断しなければならず、測定に熟練を要した。
【特許文献1】特開2001−208742号公報
【特許文献2】特開2005−283252号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、簡便かつ安全に金属材料の成分を分析することのできる組成物を提供することを目的とする。さらには該組成物の製造方法、該組成物を利用した金属材料の簡易成分分析用シートおよび簡易成分分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明においては、架橋高分子をマトリックスとし、この中に発色剤および酸を含む溶液が坦持される組成物が提供される。この組成物を検査される金属材料に接触させると、酸により金属成分が組成物内に溶出され、ついで組成物内の発色剤が金属と反応して呈色する。その色の程度に基づいて金属材料中の特定の金属成分の量が定性的ないし定量的に評価される。
【0008】
本発明は、透明なゲル、金属成分と反応して発色する発色剤、および酸を含み、該発色剤および酸が該ゲル中に坦持されている金属材料の簡易成分分析用組成物を提供する。
好ましい態様においては、前記の透明なハイドロゲルは、ポリビニルアルコールおよびヒドロキシプロピルセルロースからなる群から選択される少なくとも1つの水溶性高分子を架橋させたハイドロゲルである。前記水溶性高分子は、ポリビニルピロリドン、ポリエチレンオキサイド及び天然多糖類誘導体から選ばれる少なくとも1種をさらに含むこともできる。すなわち、透明なゲルは、ポリビニルアルコールおよび/またはヒドロキシプロピルセルロースを架橋させたハイドロゲルであることができ、さらには、ポリエチレンオキサイドおよび/またはヒドロキシプロピルセルロースに加え、ポリビニルピロリドン、ポリエチレンオキサイド、及びメチルセルロースのような天然多糖類誘導体を含む混合物を架橋させたハイドロゲルであることができる。特に好ましくは、透明なゲルはポリビニルアルコールハイドロゲルである。
好ましくは前記の酸は、硝酸、硫酸、塩酸、リン酸およびフッ酸からなる群から選択される少なくとも1つの酸である。
【0009】
前記の発色剤は、測定される金属の種類に応じて、チオシアン酸塩、アセチルアセトン、1−10フェナントロリン、p−ジメチルアミノベンジリデンローダニン、ジチゾン、8−キノリノール、アルミノン錯体、ヨウ化カリウム、2−ヒドロキシルアニル、ニトロソR塩錯体、2−ニトロソ−1−ナフトール、ジフェニルカルバジド、ジエチルジチオカルバミン酸塩、キシリジルブルーII、ジチオール、ジメチルグリオキシム、ローダミンB、フェニルフルオロン、過酸化水素、ジアンチピリルメタン、N−ベンゾイル−N−フェニルヒドロキシルアミン、チオシアン酸塩と塩化スズ、およびジンコンからなる群から選択される少なくとも1つの化合物であることができる。また、測定される金属成分は、Fe、Ag、Al、Bi、Ca、Cd、Co、Cr、Cu、Hg、Mg、Mo、Ni、Pb、Sb、Sn、Ti、V、WおよびZnからなる群から選択される少なくとも1つであることができる。
【0010】
本発明の最も典型的な態様においては、金属成分は鉄であり、発色剤は1−10フェナントロリンであり、酸は硝酸および塩酸の混酸である。
本発明はその一態様として、ポリビニルアルコールおよびヒドロキシプロピルセルロースからなる群から選択される少なくとも1つの水溶性高分子を含む水溶液にγ線、X線、または電子線である放射線を照射して架橋させることにより透明なゲルを形成し、得られたゲルを酸および発色剤を含む水溶液と接触させることを含む、本発明の金属材料の簡易成分分析用組成物の製造方法を提供する。
また本発明は、本発明の金属材料の簡易成分分析用組成物を被分析材料の表面に付着させ、組成物の発色を評価することを含む、金属材料の簡易成分分析方法を提供する。
本発明はさらに透明なハイドロゲル、金属成分と反応して発色する発色剤、および酸を含み、該発色剤および酸が該ゲル中に坦持され、該ハイドロゲルがシート形状であり、該シートの両面がフィルムで被覆された、金属材料の簡易成分分析用シートを提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の金属材料の簡易分析用組成物を使用することにより、金属材料中の特定の金属成分の量を高価な装置を使用することなく低コストで行うことができる。測定に使用される酸が組成物内に保持されているので、酸に触れる身体的な危険を回避することができる。また組成物を金属材料に接触させるだけの操作で測定を行うことができるので、熟練を要することなく、誰でも簡単に測定をすることができる。また組成物内の薬剤の量は正確に制御されるので、測定の誤差を少なくすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の組成物で使用される透明なゲルは、被分析材料上に本発明の組成物を保持して固定でき、かつ測定終了後に容易に被分析材料からはがせるように粘着性を有することが好ましい。
また本発明の組成物は、発色剤による呈色の、金属の量にともなう変化を観察できるように透明であることが望ましい。観察に支障がない程度の若干の着色は許容されるが、好ましくは無色透明である。
【0013】
ハイドロゲルは、前述された本発明において好適に使用される水溶性高分子の水溶液から高分子膜を形成し、得られた膜に電離放射線を照射して架橋させることにより製造することができる。架橋剤や開始剤等の使用により化学的に架橋させても良いが、電離放射線により橋かけすると架橋形成が均一に起こるため発色ムラが抑制でき、また触媒残さが混入しないので好ましい。
ゲル膜の厚さは、0.1mm〜10mmが好適であり、より好ましくは1〜7mmである。
【0014】
本発明のゲル作製に係る電離放射線としては、α線、β線、γ線、電子線、X線などを挙げることができる。中でも、工業的生産のため、コバルト60からのγ線、加速器による電子線、X線が好ましい。照射中の酸素による橋かけ反応への影響はほとんどないが、照射中の水分の蒸発を防止するため、ポリエステルなどのプラスチック薄膜で試料を覆い照射するのが望ましい。上記電離放射線の照射線量は、0.1〜200kGyが好適であり、より好ましくは1〜100kGy、さらに好ましくは5〜50kGyである。照射線量が少なすぎると、橋かけ構造の形成が不十分となり、ハイドロゲルが得られない。逆に、照射線量が多すぎると橋かけ点が密になりすぎ、更には分解反応が進行するため、膨潤し難く脆いゲルとなる。
【0015】
得られるゲルの物理特性の改良などを目的として、エチレングリコールジメタクリレート、トリコサエチレングリコールジメタクリレート、メチレンビスアクリルアミド等の橋かけ助剤やアクリル酸、メタクリル酸、2−ヒドロキシエチルメタクリレート、メチルアクリレート、メチルメタクリレートなどの不飽和モノマーを加えることもできる。
また水溶性高分子の水溶液にポリアクリル酸、そのナトリウム塩、そのエステル、および/またはシクロデキストリンのような粘着性付与物質を含有させてもよい。
【0016】
PVAとしては、鹸化度が78〜100モル%、好ましくは97モル%以上、平均重合度が1,000以上、好ましくは1,500〜2,500のものが適している。PVPとしては、平均分子量が20,000〜150,000、好ましくは25,000〜120,000のものが適している。PEOとしては、平均分子量が100,000〜800,000、好ましくは300,000以上、HPCとしては、平均分子量が15,000〜400,000、好ましくは100,000〜400,000のものが適している。PVA又はHPCを含む高分子水溶液の濃度は10〜40%が好ましく、また各々の配合量は、PVA0〜100%、PVP又はPEO20〜80%、HPC0〜100%が好ましい。PVAおよびHPCはそれぞれ単独でも使用することができるが、両者を混合使用する場合には、その量は好ましくはPVA10〜90%、HPC10〜90%であり、更に好ましくは、PVA15〜85%、HPC15〜85%である。
【0017】
本発明の透明なゲルのゲル化度は好ましくは70%以上である。ゲル化度は、以下の方法により算出した値である。照射後得られたゲルを恒量に達するまで凍結乾燥する。乾燥した試料を秤量し(これを、初期乾燥重量とする)、200メッシュのステンレス網に入れ、多量の水に48時間浸漬する。橋かけしていない溶解成分は水側に移るため、不溶解分のみが金網中に残ることとなる。金網中の不溶解分を真空乾燥した後、不溶解分の重量を精密に秤量し、次式に従ってゲル分率を算出する。ゲル分率(%)=(不溶解分の重量/初期乾燥重量)×100。本発明で述べる吸水量は、1gの乾燥ゲル(不溶解分)が吸収する水の量(25℃水中平衡重量)である。
【0018】
さらにハイドロゲルに柔軟性を付与するために、前記ハイドロゲル製造工程中の水溶性高分子水溶液にグリセリン、ポリグリセリン、PEG、PPGのような可塑剤を含有させることもできる。
【0019】
本発明において使用される酸は、分析対象とする金属を短時間で溶解でき、かつハイドロゲルの構造および特性を損なわないものであれば任意のものが使用できる。測定対象とする金属の種類ごとに、金属母地を侵食しやすい酸の種類が異なるため、その種類や濃度を全て例示することはできないが、好ましくは硝酸、硫酸、塩酸、リン酸およびフッ酸からなる群から選択される少なくとも1つの酸である。
【0020】
酸に加え金属材料の溶解を促進する成分(溶解促進剤)を含むことも好ましい。溶解促進剤とは、不働態阻害剤や腐食促進剤などとも呼称される物質で、金属材料と接触した際に腐食性を示す物質のことを意味する。溶解促進剤は、金属材料に応じて多くの組み合わせがあり、本発明は具体的な薬剤に限定するものではない。分子構造などから一義的に限定できるものではないが、例えば、P.A.Schweiter編「Corrosion Resistance Tables(3rd Edition)」(Marcel Dekker,Inc、1991年発行)において各種金属材料が腐食しやすい物質一覧として示されているものであれば使用することができる。一般には、多くの金属材料において、メルカプト基を有する化合物、SCN、ClO、S2−、HS、S2−、SO2−イオンなどを単独もしくは組み合わせて使用することができる。
【0021】
更に溶解促進剤としてハロゲンイオンを含む酸液を使用することもできる。ハロゲンイオンとは、F、Cl、Br、Iイオンがあげられる。これらイオンは特に、金属表面皮膜の保護性を低下させ、溶解を助長する効果が高い。
【0022】
発色剤とは特定の金属と反応して発色する成分をいう。発色剤は、その作用機構から大きくは、錯イオン形成物質および酸化還元剤に分類されるが、本発明においてはそのいずれをも使用することができ、公知の任意の発色剤を使用することができる。例としては、Feに対してはチオシアン酸塩、アセチルアセトン、および1−10フェナントロリン、Agに対してはp−ジメチルアミノベンジリデンローダニンおよびジチゾン、Alに対しては8−キノリノールおよびアルミノン錯体、Biに対してはヨウ化カリウム、Caに対しては2−ヒドロキシルアニル、Cdに対してはジチゾン、Coに対してはニトロソR塩錯体および2−ニトロソ−1−ナフトール、Crに対してはジフェニルカルバジド、および酸化による有色+6価イオン検出、Cuに対してはジエチルジチオカルバミン酸塩、Hgに対してはジチゾン、Mgに対してはキシリジルブルーII、Moに対してはチオシアン酸塩およびジチオール、Niに対してはジメチルグリオキシム、Pbに対してはジチゾン、Sbに対してはローダミンBおよびヨウ化カリウム、Snに対してはフェニルフルオロン、Tiに対しては過酸化水素およびジアンチピリルメタン、Vに対してはN−ベンゾイル−N−フェニルヒドロキシルアミン、Wに対してはチオシアン酸塩と塩化スズ、Znに対してはジチゾンおよびジンコンがあげられる。発色剤は単独あるいは組み合わせて使用することができる。
【0023】
特に、対象とする金属イオンの価数が+3価以下の場合には、強い発色を得るには酸を中和し弱酸や弱アルカリ領域にpHを制御する必要があり、中和剤(pH調整剤やpH緩衝剤)の添加が望ましい。さらにFe3+を含む鉄について分析する場合には、還元剤を加え、全鉄について分析することが必要な場合がある。還元剤の例としては、たとえば塩酸ヒドロキシルアミンおよびアスコルビン酸があげられる。
【0024】
本発明の特に好ましい態様においては、金属成分が鉄であり、発色剤が1−10フェナントロリンであり、酸が硝酸および塩酸の混酸である。
【0025】
本発明はさらにハイドロゲルがシート状であり、該シートの両面がフィルムで被覆された金属材料の簡易分析用シートを提供する。ゲルをシート状にし、その内部に酸、発色剤および必要によりその他の必要な成分を坦持し、さらに両面をフィルムで被覆することにより安全にゲルを取り扱うことが可能となる。シートの厚さは、0.1mm〜10mmが好適であり、より好ましくは1〜7mmであるが、発色状態の確認しやすさの点から、3〜6mm程度が最も好ましい。
またゲルの全体をフィルムで覆うかまたは水分非透過性のフィルムなどで包装することにより、ゲル内の水分の蒸散を防ぐことができ、長期間の保存が可能となる。ゲルを被覆するためのシートとしては、一般的な熱可塑性樹脂フィルムを使用でき、好ましくはポリエチレン又はポリプロピレンが使用できる。
【0026】
測定の際には被分析金属材料の表面にフィルムを剥がしたゲルを所定時間、付着させる。ゲルの変色を目視で観察することにより、定性的な分析を行うことができる。
所定時間経過後、あらかじめ濃度の知られたサンプルについて測定を行って作製された標準見本の色とゲルの発色を目視により比較することにより簡便に金属濃度を半定量的に測定することができる。またゲルシートについて吸光度などの光学的性質を機器分析することにより、金属濃度を定量的に測定することができる。
【0027】
本発明にかかる金属材料の簡易分析用組成物は、前記のようにして製造されたハイドロゲルを酸、発色剤、および必要に応じて選択される任意成分を含む水溶液中と接触させることにより製造することができる。ハイドロゲル全体を水溶液中に浸漬させてもよいし、一部のみを水溶液と接触させてもよい。また好ましい接触時間および温度は使用するハイドロゲルの組成およびゲル化度、水溶液中の各成分の濃度などにより変化する。好ましい条件は簡単な実験により適宜決定することができる。
【0028】
図1に、本発明にかかる組成物の製造方法および本発明にかかる組成物による分析方法のフローチャートを示す。
【0029】
以下において、実施例により本発明をより詳細に説明する。以下の実施例においては分析対象を銅合金とし、銅合金中の鉄の分析を行ったが、これはあくまでも例示であり、本発明の範囲を何ら制限するものではない。
【実施例】
【0030】
実施例1
株式会社クラレ製のPVAの20gを精製水80gに溶解し、20%のPVA水溶液を調製した。この水溶液を厚さ約3mmになるようシャーレに流し込んだ後、電子線を 50kGy 照射して、発色剤の担持体となる透明なゲル膜を得た。得られたゲル膜を適当な大きさにカットし、1,10−フェナントロリンを含む酸性溶液中に浸漬した。一日膨潤させた後、液より取り出し、表面の溶液を取り除き、発色シートとした。なお、酸性溶液の量により、ゲル内が、約pH3になるように調製した。
1,10−フェナントロリンを含む酸性溶液の調整は、以下のようにして行った。硝酸1mlと塩酸1mlを超純水400mlに加え、0.03mol/L HNO+0.03mol/L HClの混酸を調製した。硝酸と塩酸は、関東化学(株)製の特級品を使用した。混酸35mlに、(株)共立理化学研究所製の鉄用パックテスト(登録商標)WAK−Fe、1gを溶かし、酸性溶液とした。WAK−Feは、1,10−フェナントロリン(発色試薬)、L−アスコルビン酸ナトリウム(還元剤)、緩衝剤を含む。
作製した発色シートを用いて、予め化学組成を原子吸光分析法で決定した表1の銅合金試料に対して、鉄についての判定を行った。研磨した試験片の表面に、発色シートを貼付し、目視で観察し、橙赤色への変色有無(鉄含有の有無)を調査した。
【0031】
結果を表2に示す。ここで陰性とは発色シートに橙赤色の発色が見られなかったもの、陽性とは程度の差はあるものの発色を確認できたものであり、陽性とはFeを含有していることを検出できていることにあたる。図2に、各試験片に10分間貼付した発色シートの写真を示す。鉄を含まないCuFe0では発色は見られなかったが、それ以外の試験片では橙赤色の発色が見られ、接触面近傍ほど強く発色しているのを確認できた。鉄の含有量が最も高いCuFe4が最も強く発色し、鉄の含有量が低いものほど発色の程度が小さかった。また最も発色の程度の低いCuFe1でも、金属表面の色調や表面の反射に妨害されずに発色を目視で確認することができた。各試料の結果を比較すれば、鉄の含有量が高い銅合金ほどより強い発色が観察され、目視により判別することができた。
図3に、10分間貼付後の発色シートの吸収スペクトルを示す。鉄を含まないCuFe0以外では、約510nmに鉄(II)・1,10フェナントロリン錯体による吸収が確認された。この結果から、シートで見られた橙赤色の発色が、溶出した鉄(II)と1,10−フェナントロリンとの錯体形成によることが分かった。
【0032】
鉄の含有量と吸光度との関係を見るために、得られた吸収スペクトルから吸光度差を求めた。発色シートを分光光度計で測定したときに観測される吸光度値Aの内訳は次のように考えられる。
A=A+A+A+A+A
;目的成分(鉄(II)・1,10−フェナントロリン錯体)による吸光度
;共存する発色試薬による吸光度
;ゲル間隙に存在する酸性溶液による吸光度
;ゲル相の吸収・散乱バックグラウンド
;セルによる吸収・散乱バックグラウンド
ゲルは、溶液とは違って内部の状態が同じではないので、Aが測定の度に変動し、それが測定誤差を引き起こしてしまう。そこで、各波長の吸光度と目的成分の非吸収波長における吸光度との差を用いることで、その問題を克服した。図4に、得られた吸収スペクトルより求めた吸光度差を示す。吸光度差は、各波長の吸光度値から700nmでの吸光度値を引いて算出した。目的成分の吸収極大波長である510nmでの吸光度差を見てみると、鉄の含有量が高い銅合金ほど大きな値が得られた。発色シートを用いて、銅合金中の鉄の含有量の違いを確認することができた。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
実施例2
HPC(和光純薬工業製,1000〜4000cP)の10gを、精製水40gとよく混練りし、ペースト状試料を調製し、プレス法により成膜した。成膜したサンプルに電子線を50kGy照射し、発色剤の担持体となる透明なゲル膜を得た。得られたゲル膜を用い、実施例1と同様の手順で発色シート(膜厚1mm)を作製した。
実施例1と同じ5種類の銅合金試料を用い、作製した発色シートによる鉄の判定を行った。各試験片に10分間貼付した後の発色シートの目視観察及び吸光度測定の結果を表3に示す。また発色シートの写真を図5に示す。ここで、目視により発色が見られなかったものを陰性、程度の差はあるが発色を確認できたものを陽性とした。CuFe0では発色は見られず、それ以外の試験片では橙赤色の発色が見られた。CuFe1は最も発色の程度が低く、目視による発色の有無の判定は困難であった。各試料の結果を比較すれば、鉄の含有量が高い銅合金ほどより強い発色が観察され、目視により判別することができた。
また、吸収スペクトルから、鉄(II)・1,10フェナントロリン錯体による510 nmの吸光度は、Fe含有量の増加に伴い増加することが分かった。従って、HPCゲル発色シートを用いて、銅合金中の鉄の含有量の違いを確認することができた。
【0036】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】図1は本発明にかかる組成物の製造方法および本発明にかかる組成物による分析方法を示すフローチャートである。
【図2】図2は実施例1において試験片に10分間貼付した発色シートの様子を示す。
【図3】図3は実施例1において試験片に10分間貼付した発色シートの吸収スペクトルを示す図である。
【図4】図4は図2の吸収スペクトルから求めた吸光差度を示す図である。
【図5】図5は実施例2において試験片に10分間貼付した発色シートの様子を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明なハイドロゲル、金属成分と反応して発色する発色剤、および酸を含み、該発色剤および酸が該ゲル中に坦持されている金属材料の簡易成分分析用組成物。
【請求項2】
前記の透明なハイドロゲルが、ポリビニルアルコールおよびヒドロキシプロピルセルロースからなる群から選択される少なくとも1つの水溶性高分子を架橋させたハイドロゲルである、請求項1記載の組成物。
【請求項3】
前記水溶性高分子が、ポリビニルピロリドン、ポリエチレンオキサイド及び天然多糖類誘導体から選ばれる少なくとも1種をさらに含む、請求項2記載の組成物。
【請求項4】
前記の酸が硝酸、硫酸、塩酸、リン酸およびフッ酸からなる群から選択される少なくとも1つの酸である、請求項1から3のいずれか1項記載の組成物。
【請求項5】
前記の発色剤が、チオシアン酸塩、アセチルアセトン、1−10フェナントロリン、p−ジメチルアミノベンジリデンローダニン、ジチゾン、8−キノリノール、アルミノン錯体、ヨウ化カリウム、2−ヒドロキシルアニル、ニトロソR塩錯体、2−ニトロソ−1−ナフトール、ジフェニルカルバジド、ジエチルジチオカルバミン酸塩、キシリジルブルーII、ジチオール、ジメチルグリオキシム、ローダミンB、フェニルフルオロン、過酸化水素、ジアンチピリルメタン、N−ベンゾイル−N−フェニルヒドロキシルアミン、チオシアン酸塩と塩化スズ、およびジンコンからなる群から選択される少なくとも1つの化合物である、請求項1から4のいずれか1項記載の組成物。
【請求項6】
前記の金属成分が、Fe、Ag、Al、Bi、Ca、Cd、Co、Cr、Cu、Hg、Mg、Mo、Ni、Pb、Sb、Sn、Ti、V、WおよびZnからなる群から選択される少なくとも1つの金属である、請求項1から5のいずれか1項記載の組成物。
【請求項7】
分析される金属成分が鉄であり、発色剤が1−10フェナントロリンであり、酸が硝酸および塩酸の混酸である、請求項1記載の組成物。
【請求項8】
ポリビニルアルコールおよびヒドロキシプロピルセルロースからなる群から選択される少なくとも1つの水溶性高分子を含む水溶液にγ線、X線、または電子線である放射線を照射して架橋させることにより透明なゲルを形成し、得られたゲルを酸および発色剤を含む水溶液と接触させることを含む、請求項1から7のいずれか1項記載の金属材料の簡易成分分析用組成物の製造方法。
【請求項9】
請求項1から7のいずれか1項記載の金属材料の簡易成分分析用組成物を被分析材料の表面に付着させ、組成物の発色を評価することを含む、金属材料の簡易成分分析方法。
【請求項10】
透明なハイドロゲル、金属成分と反応して発色する発色剤、および酸を含み、該発色剤および酸が該ゲル中に坦持され、該ハイドロゲルがシート形状であり、該シートの両面がフィルムで被覆された、金属材料の簡易成分分析用シート。


【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−14500(P2010−14500A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−173867(P2008−173867)
【出願日】平成20年7月2日(2008.7.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度文部科学省産学官連携支援事業委託事業「明日を造り、暮らしを守る量子ビーム利用支援事業」(委託事業)、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(591267855)埼玉県 (71)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】