説明

金属炭化物内包カーボンナノカプセル前駆体の製造方法

【課題】前駆体熱処理法の第一工程においてスラグ状堆積物が生成しないようにすると同時に、生成するフラーレン煤中に内包カーボンナノカプセル前駆体が大量に含まれる製造方法を提供すること。
【解決手段】放電容器内に導入したヘリウム雰囲気中において、二次元または三次元に配置された3つ以上の放電電極にそれぞれ位相差のある多相交流を印加して、アーク放電を発生させ、このアーク放電により形成されたプラズマ領域を用いて複合炭素原料を蒸発せしめ、蒸発した全量を当該プラズマ領域内で凝縮させて前記放電容器内壁にフラーレン煤として付着させる製造方法であって、前記放電容器内のヘリウム圧力を15〜90Torrとすることによって、被内包物質を内包した微小な内包カーボンナノカプセル状物質を内包カーボンナノカプセル前駆体として前記容器内壁に付着する煤中に生成させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多相交流アーク放電によって発生させたアークプラズマを利用して、金属炭化物内包カーボンナノカプセル前駆体を製造する方法に関し、特に、本発明は、金属炭化物内包カーボンナノカプセルを効率的に大量製造するのに適している。
【背景技術】
【0002】
希ガス中アーク放電法により、数〜数十ナノメートルの大きさを持つ炭素の多層多面体(カーボンナノカプセルと称する)内部に、ランタンカーバイドの微結晶が内包されることが1993年に初めて発見された(非特許文献1、2参照)。この物質は、C60フラーレンの大量合成法として知られるクレッチマー−ハフマン(Kratchmer-Huffman)法を改良したコンタクト・アーク(Contact arc)法(非特許文献3参照)において、消耗する側の炭素棒電極を、希土類酸化物等を含有する複合炭素棒に変更することによりはじめて合成されたものである(以後、この複合炭素棒を電極に用いたアーク放電による合成法を、「改良クレッチマー−ハフマン法」と称する)。
【0003】
直流アーク放電により、対向陰極から電子衝撃を受けて高温になる陽極は、先端から蒸発して徐々に消耗が進むため、消耗電極とも呼ばれる。蒸発した陽極物質は装置内のヘリウムガスで冷却されて、蒸発した量の一部分が気相で凝縮し、煤(歴史的に「フラーレン煤」と呼ばれる)として装置壁面に付着する。改良クレッチマー−ハフマン法ではこのフラーレン煤の大部分が不定形炭素であるが、その中には、通常、C60に代表されるフラーレンや内包フラーレン(フラーレン中に被内包物質が内包されているもの)、単層カーボンナノチューブ(陽極中に触媒金属が含まれる場合に限り生成される)等が含まれる(非特許文献4参照)。
【0004】
陽極から蒸発した物質の残りは陰極表面上に凝縮し、「陰極堆積物」と呼ばれる柱状の炭素質物質として成長する。前記した「カーボンナノカプセル」が見つかる場所は、この陰極堆積物の表面や内部にほぼ限られる(非特許文献4のP129参照)。歴史的には「カーボンナノカプセル」は、この堆積物内部に存在する多層カーボンナノチューブの表面に付着した副産物として1993年に偶然発見されたものである(非特許文献5参照)。
【0005】
ランタンカーバイドの微結晶が「カーボンナノカプセル」に内包されることが発見されてまもなく、多くの金属元素等がカーボンナノカプセルに内包されることが明らかになり、これらを総称して「内包カーボンナノカプセル」または炭素被覆金属粒子(Carbon Encapsulated Metal Nanoparticles; CEMNs)(非特許文献6のP839)などと呼ばれるようになった。カーボンナノカプセルそれ自体が、「カーボンナノ多面体粒子」、「カーボンナノポリへドロン」などの様々な呼称により呼ばれるので(非特許文献4のP41参照)、内包カーボンナノカプセルにも様々な呼称がある。そこで本明細書においては以後、これらの金属元素等を内包したカーボンナノカプセルを「内包カーボンナノカプセル」と総称する。
【0006】
カーボンナノカプセルに内包される元素は金属元素が多く、大多数のランタノイド元素、鉄族元素(鉄、コバルト、ニッケル)、アルカリ土類元素(カルシウム、ストロンチウム等)、貴金属元素(銅、銀、金)、白金族元素(ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金等)、IVおよびV族遷移金属元素(チタン、ジルコニウム、ハフニウム、バナジウム、ニオブ、タンタル等)、VIおよびVII族遷移金属元素(クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、レニウム等)、ホウ素、ケイ素、ゲルマニウム、アンチモン、イオウ、セレン、アクチノイド元素(ウラン、トリウム等)などが報告されている(非特許文献4のP26参照)。これら内包される元素の種類は、今後、さらに増加する可能性がある。これら内包カーボンナノカプセルについては、成書やレビューがある(非特許文献4または6参照)。
【0007】
これらの元素は、純粋元素の金属相として内包される場合とその炭化物(例えばカーバイド相やセメンタイト相)が内包される場合がある(非特許文献4のP26参照)。その他、金属硫化物(CaS)(特許文献1参照)や、金属リン化物(PdP)(非特許文献7)などの化合物も、被内包物質とされる例が報告されている。
【0008】
内包カーボンナノカプセルについて別の見方をするならば、表面を炭素膜で被覆された径10〜100nmの微結晶であり、ナノサイズの複合粒子と考えることができる。ただし、内包カーボンナノカプセルでは粒子を被覆している炭素の形態に大きな特徴があり、グラファイト化して炭素網面が発達した構造を示し、かつその網面がカプセル面に平行なものと定義することが出来るとされている。
【0009】
特にランタンカーバイドを内包したカーボンナノカプセルの場合、カプセルはフラーレンの場合と同様に、グラファイト層一枚につき5員環12個の導入によって閉じられているので、物質が内包されていることを除くと、内包カーボンナノカプセルは、前記した「カーボンナノカプセル」と呼ばれる炭素の多層多面体と同じものと考えられる(非特許文献5参照)。このようなカプセル構造は、カーバイドであるかセメンタイトであるか等を問わず、全ての金属炭化物微結晶を内包するカーボンナノカプセルに共通の特徴であると考えられる。そしてこの種の炭化物内包カーボンナノカプセルにおいては、内包された微結晶とグラファイト化し多角多面体化したカプセル内壁の間に、何もない空洞部分が観察されることが特徴とされている(非特許文献4または6参照)。
【0010】
しかし、鉄族元素や貴金属元素が純粋金属相として内包される場合に代表されるように、このような空洞をほとんど示さない例も一部ある。この場合は、被覆している炭素がグラファイト化していても、それは内部の金属微粒子の表面に密着していて空洞部分が見られないことが特徴的である。そしてそのグラファイト層には湾曲部で転移や粒界などの欠陥が煩雑に観察されることが知られている。このようなカプセルは、希土類元素の炭化物相を閉じ込めているカプセルの場合のように5員環の導入により閉じるのではなく、グラファイト小片が内部微粒子の表面に沿って平行に積み重なった構造であるとされている(非特許文献4のP133参照)。そして、これらの欠陥のためカプセルとしての閉じ込め機能や遮蔽機能は著しく低下していると考えられる。
【0011】
ところで、ランタンカーバイドは反応性が高く不安定で、湿分を含む通常の空気中では直ぐに反応して急速に加水分解が進行することが知られている。しかし、カーボンナノカプセルに内包されたランタンカーバイド微結晶は、何年もの長期にわたって湿潤空気中に放置されても全く変化せず、加水分解しないことが観測されている。この観測事実は、そのカーバイド結晶粒子がナノカプセル空洞の内部に物理的に閉じ込められているだけではなく化学的にも遮蔽されていて、空気中の水や酸素との接触や反応が完全に抑えられている証拠であると考えられている(非特許文献4のP130、または、非特許文献6のP846参照)。
【0012】
カーボンナノカプセルに内包された微結晶の乾燥空気中での熱的安定性と酸化特性に関しては、ランタノイドの中で最も化学反応性が高いとされるランタンカーバイドに関する研究報告がある(非特許文献8)。このランタンカーバイド粉末は、室温の空気中で自然発火するほど高活性であることが知られている。この報告によると、陰極堆積物から採取したランタンカーバイド内包カーボンナノカプセルを熱重量分析(Thermogravimetry Analysis、TGA)分析装置にかけて空気中で昇温(10℃/min)させていくと、ほぼ500℃までは反応せず安定である事が明らかにされている。この温度を超えると、それまで抑えられていたランタンカーバイドの燃焼反応が急激に起こるため、サンプル温度が急上昇すると報告されている(非特許文献8)。
【0013】
グラファイト網面(1枚をグラフェンと呼ぶ)の高い物理的安定性と物質の非透過性、および空気中や水中における炭素の高い化学的安定性を考慮すると、この欠陥の無いカーボンナノカプセルは極めて高いバリア機能を持つことが期待されるが、上に示されたランタンカーバイド内包カーボンナノカプセルの500℃までの耐酸化特性は、そのバリア機能が十分に発揮された結果であると考えられている(非特許文献4のP130、または、非特許文献6のP846参照)。
【0014】
なぜならこの500℃という温度は、経験的に知られている空気中で炭素の酸化開始温度500℃程度と一致し、内包されているランタンカーバイド微結晶が示すであろう高活性が炭素粉末レベルに抑制されていることを示すからである(非特許文献9参照)。したがって欠陥の無いカーボンナノカプセルのバリア機能は、ランタンカーバイドに限らず、それ以外のどんな物質や元素を内包させた場合でも同様に発揮されることは明らかで、その内部空洞に内包された物質は、大気中の酸素や湿度に対して不安定な物質であっても、また、各種気体中や水中、様々な液体中であっても、これらを安定に保持することが期待できる。
【0015】
このような高い保持性能・遮蔽性能のため、放射性廃棄物の処分など、欠陥の無い内包カーボンナノカプセルは様々な応用に向けて大きな期待が寄せられている(非特許文献10参照)。欠陥の無い内包カーボンナノカプセルとは、前述した5員環の導入によって閉じられている内包カーボンナノカプセルで、貴金属元素や鉄族元素を純金属相で内包する内包カーボンナノカプセルとは、構造的にも機能的にも異なるものである。そして、そのような内包カーボンナノカプセルは、前述したように炭化物相を内包するものに限られていることがわかる。つまり、本明細書に記載された発明において取り扱う内包カーボンナノカプセルは、炭化物内包カーボンナノカプセルに限定し、金属相内包カーボンナノカプセルは取り扱わないものとする。
【0016】
内包カーボンナノカプセルは、前述の改良クレッチマー−ハフマン法(非特許文献3、特許文献2、および非特許文献4のP7およびP128参照)に加えて、タングステンアーク・金属プール法(US Patent No.5,472,749(1995)、非特許文献6のP853参照)、プラズマトーチ法(非特許文献6のP854参照)、イオンビームスパッタ法(非特許文献6のP857参照)、ダイヤモンドナノ粒子混合加熱法(特許文献3)、前駆体熱処理法(特許文献4)等の方法によって製造することが出来ると報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開2007−84364号公報
【特許文献2】特許3682792号公報
【特許文献3】特開2001−39797号公報
【特許文献4】特許4020265号公報
【特許文献5】特許3381798号公報
【特許文献6】特開2005−343784号公報
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】R.S. Ruoff, D.C. Lorents, B. Chan, R. Malhotra, S. Subramoney, Science, 259, 346-348(1993).
【非特許文献2】M. Tomita, Y. Saito, T. Hayashi, Jpn. J. Appl. Phys., 32, L280-282 (1993).
【非特許文献3】R.E. Haufler, J. Conceicao, L.F.P. Chibante, Y. Chai, N.E. Byrne, S. Flanagan, M. M. Haley, S. C. O’Brien, C. Pan, Z. Xiao, W. E. Billups, M. A. Ciufolni, R. H. Hauge, J. L. MarGrave, L. J. Wilson, R. F. Curl, R. E. Smalley, J. Phys. Chem., 94, 8634-8636(1990).
【非特許文献4】斎藤弥八、坂東俊治、「カーボンナノチューブの基礎」、コロナ社、1998.
【非特許文献5】Y. Saito, T. Yoshikawa, M. Inagaki, M. Tomita, T. Hayashi, Chem. Phys. Lett., 204, 277-282(1993).
【非特許文献6】”Fullerenes, Chemistry, Physics and Technology”, K. M. Kadish and R. S. Ruoff, Editors; Wiley-Interscience; New York (2000).
【非特許文献7】奥 健夫;「炭素素原料科学と材料設計II」、P11、CPC研究会(2000).
【非特許文献8】”Bulk Synthesis and Characterization of Carbon Nanocapsules Containing Lanthanum Carbide”, in Fullerenes, Vol. 14, P. V. Kamat, D. M. Guldi, F. D’Souza and S. Fukuzumi, Editors, PV 2004-12, P110-117, The Electrochemical Society, Pennington, NJ (2004)
【非特許文献9】炭素材料学会編、「最新の炭素材料実験技術(物性・材料評価編)」、P19(2003).
【非特許文献10】K. Yamamoto, T. Wakahara, T. Akasaka, Prog. Nucl. Energy, 47, 616-623(2005).
【非特許文献11】斉藤弥八、プラズマ・核融合学会誌、75巻、P902−909(1999).
【非特許文献12】L.F.P. Chibante, A. Thess, J. M. Alford, M. D. Diener, R. E. Smalley, J. Phys. Chem., 97, 8696-8700(1993).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
しかし上述の内包カーボンナノカプセルの製造方法のうち、タングステンアーク・金属プール法、プラズマトーチ法、イオンビームスパッタ法、ダイヤモンドナノ粒子混合加熱法の4つは、Fe,Co、Ni等の遷移金属元素の純金属相およびそれらの合金相を内包したカーボンナノカプセルの製造にのみ適用可能な方法であり、金属炭化物内包カーボンナノカプセルの製造には適用できなかった。
【0020】
改良クレッチマー−ハフマン法は、金属炭化物内包カーボンナノカプセルの発見につながった方法であり、その直流アーク放電法を基本とした陰極堆積物の製造は、金属炭化物内包カーボンナノカプセルの主要な製造方法となっている。ただしこの方法においては、材料は一旦高温になって気相状態を経ること、ならびにその後の急凝縮によりアーク近傍で直接的に内包カーボンナノカプセルを形成するため、内包カーボンナノカプセルの粒子サイズ分布やグラフェン相数の制御が困難であるという問題があった。
【0021】
なお、直流アーク放電に対して三相またはそれ以上の多相交流アーク放電を利用してナノカーボンを製造する方法も、また多く報告されている(特許文献6など)。しかし、これらの多相交流アーク放電法により金属内包フラーレンの製造に成功したという信頼できる報告は無く、多相交流アーク放電法は利用されていない。さらに、多相交流アーク放電法では陽極と陰極が時間とともに入れ替わり定常的な陰極は存在していないので基本的に陰極堆積物が生成しない方法とされている。そのため、改良クレッチマー−ハフマン法のように陰極堆積物を利用した金属炭化物内包カーボンナノカプセルの生成には不向きと考えられ、成功したという例はこれまで報告されていない。
【0022】
改良クレッチマー−ハフマン法における上記の問題を克服するため、前記した前駆体熱処理法が開発された。この前駆体熱処理法では、被内包物質を含んだ複合炭素電極を用いて直流アーク放電を行い、まず「内包カーボンナノカプセル前駆体」を含んだフラーレン煤を製造したのち、次にこれを加熱処理することにより、目的の内包カーボンナノカプセルを製造する方法である。この方法は、被内包物質を含んだ複合炭素電極から、ヘリウム圧力15〜100Torr中でフラーレン煤を調製する第一工程と、得られたフラーレン煤を真空中または不活性ガス雰囲気下において500〜3000℃で加熱処理する第二工程に分かれている。この前駆体熱処理法では、第二工程において最高熱処理温度を任意に選ぶことができるので、生成する内包カーボンナノカプセルの粒径とグラフェン層数を調節することが可能となる。
【0023】
前駆体熱処理法の第一工程では、被内包物質を含んだ複合炭素電極を直流アーク放電により蒸発させて、内包カーボンナノカプセル前駆体が含まれるフラーレン煤を製造する(特許文献4)。しかしこの工程において直流アーク放電法を採用しているため、被内包物質を含む複合炭素陽極から蒸発した物質の半分以上が、スラグ状堆積物として陰極上に凝縮することが避けられない。このような堆積物が生成することは、純粋に電極材料の損失であり、フラーレン煤の収率低下につながる。このため、フラーレン煤の収率(当該電極から蒸発した物質がフラーレン煤へ変換する効率:重量%)は100%よりかなり低くなり、通常20〜40%程度(悪ければ10%以下)というのが現状である。堆積物生成によるフラーレン煤の収率低下は深刻な問題で、以後、この問題を「堆積物生成問題」と称する。
【0024】
この堆積物中には少量の多層カーボンナノチューブや内包カーボンナノカプセルが含まれるが、当該堆積物全体からみるとその割合は極めてわずかである。そして堆積物の主成分は、グラファイト片やアモルファス炭素等の炭素系物質、ならびに被内包物質が内包されずにマクロ粒子を形成したもの、などであるとされている(非特許文献8のFig. 1参照)。フラーレン煤生成の収率を高めるには、このスラグ状堆積物ができるだけ生成しないようにすることが望ましいとされている(非特許文献11のP905参照)。
【0025】
この「堆積物生成問題」を解決するには、大きく分けて2つの異なった道がある。堆積物の生成を認め、これを処理してフラーレン煤へ変換する方法をさぐる道と、堆積物の生成そのものを防ごうとする道である。
【0026】
フラーレン煤の製造においては、陰極堆積物の生成後、電極の極性を反転させて直流アーク放電を行い、当該陰極堆積物を飛散せしめ、フラーレン煤に再変換する操作がしばしば行われて来た(特許文献5の段落「0014」参照)。この操作は「電極反転アーク放電法」などと称されるが、この操作を繰り返すと、最終的にスラグ状堆積物の生成量は約10%まで抑えられ、結果としてフラーレン煤への変換収率は90%になったという報告がある(非特許文献11のP906参照)。
【0027】
しかしこの手法を実行しようとすると、スラグ状で崩れやすい陰極堆積物を取り外して陽極側に取り付ける際や、繰り返し大電流を流して放電作業を行う際などに、当該堆積物の破損が極めて起こりやすいことが認識される。したがってこの方法には課題が多く、実施にはかなりの困難を伴うことがわかった。
【0028】
さらに、「電極反転アーク放電法」では大電力を消費するアーク放電を何度も繰り返し行うことになり、得られるフラーレン煤の最終的な製造コストが高くなる。以上のことから、「堆積物生成問題」を解決する方法としては、なるべく低コストで、また操作が簡便な方法が望ましい。
【0029】
「堆積物生成問題」を解決するもうひとつの方法として、蒸発物が陰極上にスラグとして凝縮しないように、放電のプロセス条件などを改善する試みがある。1990年のフラーレン大量合成法の発見からこれまでに、直流アーク放電時の電流や電圧、電極間のアークギャップ距離、雰囲気ガスの種類や圧力など、多くのプロセス条件の最適化が試みられてきた(非特許文献4のP35〜36参照、非特許文献12)。しかしこれらの最適化にもかかわらずかなりの程度の堆積物生成は避けられず、陽極の複合電極をフラーレン煤へ変換する収率は高くても40%程度にしかならないことがわかった(非特許文献8のTable 1参照)。
【0030】
上記したように、直流アーク放電法を採用する限り、陰極堆積物を低コストで大幅に減らす手段は無く、「堆積物生成問題」は解決が困難なままであった。
【0031】
一方、交流アーク放電法では陰極が一方の電極側に固定されないので、堆積物の生成が起こり難いと期待される(非特許文献12のP905参照)。このような理由から、「改良クレッチマー−ハフマン法」が報告された当初から交流アーク放電法が有望視されたが、直流アーク放電法と同様の堆積物が形成されることが実験的にすぐに明らかになった(非特許文献3)。二相交流アーク放電でも電極構造が非対称な場合は、サイズが大きくて温度が低い側の電極に堆積物が集中的に付着し、電極同士がコンタクトする点の周辺表面に火山状に成長する。この状況では交流成分の一方向のみを利用していることになり、実質は直流アーク放電と変わらないことになる。このため交流アーク放電を長時間継続させることは出来ず、しばしば放電を止めて堆積物を取り除く必要があることが報告されている(非特許文献3のP8634参照)。
【0032】
この堆積物の生成と付着を無くすため、サイズが完全に等しく構造的に対称な電極間で二相交流アーク放電を行うことが1990年から提案されていた(非特許文献3のP8634参照)。しかし、この構成で二相または多相交流アーク放電試験を行い、金属内包フラーレンや内包カーボンナノカプセルを製造したという報告を見つけることは出来なかった。そこで発明者らは提案された条件を実現し、「対称二相交流アーク放電法」によるフラーレン煤の生成試験を行ったところ、かなりの量のスラグ状堆積物が電極上に生成することがわかり、堆積物が全く生成しないのではないかという20年来の期待は裏切られる結果となった。二相交流アーク放電法の堆積物は、電極先端の消耗面の脇に付着し(比較例1の図3参照)、時間経過とともに大きく成長する。このように、「堆積物生成問題」は「対称二相交流アーク放電法」によっても解決できない問題であることがわかった。
【0033】
以上のように、被内包物質を含んだ複合炭素電極を用いてアーク放電を行い、これをフラーレン煤に変換する工程においては、直流アーク放電法を用いるか、二相交流アーク放電法を用いるかの如何に関わらず、フラーレン煤の製造時には電極上にスラグ状の堆積物が常に副生し、これによりフラーレン煤の収率が低く抑えられることがわかった。言い換えると、「堆積物生成問題」は現在まで解決が困難な問題として残されたままであった。また、一方では、多相交流アーク放電法を用いるとスラグ状堆積物が生成しないため複合炭素電極からほぼ100%の収率でフラーレン煤が得られるが、この方法で得られるフラーレン煤にはカーボンナノチューブに代表されるナノ構造炭素材料は含まれるが、金属内包フラーレンや金属炭化物内包ナノカプセル前駆体は全く含まれないため利用できないという問題があった。
【0034】
したがって、その粒径とグラフェン層数を制御しながら金属炭化物内包カーボンナノカプセルを製造できる方法は前駆体熱処理法のみで、この点から最も有望な製造方法であると考えられる。そして、この前駆体熱処理法の第一工程は、被内包物質を含む複合炭素電極から、内包カーボンナノカプセル前駆体を含むフラーレン煤を調製する工程である。この第一工程がかかえる最大の課題は「堆積物生成問題」であり、複合炭素電極から蒸発した物質がグラファイト等を含んだスラグ状堆積物として凝縮することを抑えてフラーレン煤が生成する割合を増やすことが求められている。
【0035】
そこで本発明の目的は、この前駆体熱処理法の前記第一工程においてスラグ状堆積物の生成を抑制するようにすると同時に、生成するフラーレン煤中に内包カーボンナノカプセル前駆体が大量に含まれる製造方法を提供することにある。例えば、複合炭素電極から内包カーボンナノカプセル前駆体を含むフラーレン煤を調製する工程として100%近い従来よりも極めて高い収率を達成する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0036】
本発明の発明者らは、前記された課題を解決することを目的として、アーク放電の制御について研究を継続するとともに、生成するフラーレン煤の特性評価研究に長年にわたり携わってきた。これらの研究の結果、スラグ状堆積物が生成しないため複合炭素電極からほぼ100%の収率でフラーレン煤が得られる多相交流アーク放電法において、このフラーレン煤に前述の「内包カーボンナノカプセル前駆体」を大量に含有させる条件を発見した。なお、本明細書においては、「多相交流」という用語に関しては「二相交流」を含まないものとして定義し、使用する。すなわち本明細書においては、「多相交流」とは、三相以上の交流を表すものとする。
【0037】
すなわち本発明は、放電容器内に導入したヘリウム雰囲気中において、二次元または三次元に配置された3つ以上の放電電極にそれぞれ位相差のある交流を印加してアーク放電を発生させ、この多相交流アーク放電により形成されたプラズマ領域を用いて複合炭素原料を蒸発せしめ、蒸発した全量を当該プラズマ領域内で凝縮させて前記容器内壁にフラーレン煤として付着させる製造方法であって、前記容器内のヘリウム圧力を15〜90Torrとすることによって、被内包物質を内包した微小な内包カーボンナノカプセル状物質を内包カーボンナノカプセル前駆体として前記容器内壁に付着する煤中に生成させることを特徴とする内包カーボンナノカプセル前駆体の製造方法である。好ましくは、前記複合炭素原料は、前記放電電極に含まれる被内包物質と炭素であることを特徴とする。さらに前記複合炭素原料は、前記プラズマ領域に外部から投入される被内包物質と炭素の複合体、化合物、または混合物であることを特徴とする。
【0038】
本発明によれば、スラグ状堆積物の生成を抑制して、前記複合炭素原料から実質的に収率100%で、前記内包カーボンナノカプセル前駆体を含有するフラーレン煤を製造することができる。
【発明の効果】
【0039】
本発明によるフラーレン煤の製造方法によれば、被内包物質を含む複合炭素電極から、スラグ状堆積物を生成させることなく、内包カーボンナノカプセル前駆体を含有したフラーレン煤のみを選択的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明に係る実施形態の概略断面図である。
【図2】比較例1の「対称二相交流アーク放電法」で使用した後の電極の写真である。
【図3】実施例1の「三相交流アーク放電法」で使用した後の電極の写真である。
【図4】六相交流アーク放電法によるフラーレン煤製造試験直後の電極写真である。
【図5】六相交流アーク放電法でヘリウム圧100−110Torrにおいて生成したランタンフラーレン煤の高分解能TEM写真である。
【図6】十二相交流アーク放電法でヘリウム圧50Torrにおいて生成したランタンフラーレン煤の高分解能TEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
以下、本発明に係る実施形態ついて詳しく説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明を実施するにあたって好ましい具体例を含むものであるから、技術的に種々の制限がなされているが、本発明は、以下の説明において特に本発明を限定する旨明記されていない限り、これらの形態に限定されるものではない。
【0042】
図1は、本発明に係る実施形態に関する概略断面図を示している。円筒状の放電容器1は、機密性の高い金属製真空チャンバから構成される真空装置である。放電容器1の側面部2には、後述するように棒状の放電電極10〜15及び放電電極20〜25が上下2段に設置されている。各放電電極は側面部2を貫通して先端部が放電容器1内に設置されている。また、放電容器1内のヘリウムガス圧力を測定するため、圧力計43が放電容器1と流体的に接続されている。
【0043】
放電電極は、炭素電極を用いると炭素フラーレン等のナノ構造炭素材料の原料とすることができるが、被内包物質を含む複合炭素電極を用いると、内包ナノカプセル前駆体の原料とすることができる。また単層カーボンナノチューブや二層カーボンナノチューブ製造に用いられる触媒金属等を含む複合炭素電極を用いると、これらのカーボンナノチューブの原料とすることができる。なお複合炭素電極は、すべての放電電極に用いるだけでなく、一部の放電電極に用いることもできる。複合炭素電極に混入する元素としては、大多数のランタノイド元素、鉄族元素(鉄、コバルト、ニッケル)、アルカリ土類元素(カルシウム、ストロンチウム等)、IVおよびV族遷移金属元素(チタン、ジルコニウム、ハフニウム、バナジウム、ニオブ、タンタル等)、VIおよびVII族遷移金属元素(クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、レニウム等)、ホウ素、ケイ素、ゲルマニウム、アンチモン、イオウ、セレン、アクチノイド元素(ウラン、トリウム等)などであり、単体で混入しても幾種類かを混ぜて混入してもよい。また、電極毎に同じまたは異なる元素を含むものとして用い、さらに幾種類かの元素を混ぜて混入したものを用いることも出来る。
【0044】
放電容器1の上面部4にはガス供給口45が開口しており、ガス供給部からヘリウムガスが供給される。ガス供給部では、ヘリウムガスは供給タンク40から供給弁42を介して供給される。これまでの試験の結果では、ヘリウム圧力が15Torr未満では金属炭化物内包カーボンナノカプセル前駆体の生成がほとんど見られず、また、90Torrを超えると生成が安定しなくなり、100Torr以上ではカーボンナノチューブの生成が見られるようになった。したがって、供給するヘリウムの圧力はアーク放電時に15〜90Torrに維持することが必須である。
【0045】
また、放電容器1の下面部5にはガス排気口46が開口しており、放電容器1内のガスを排気ポンプ47により排出する。
【0046】
各放電電極は、それぞれ交流電源部30に接続されており、放電電極毎に位相差のある交流が印加されるようになっている。交流電源部30は、この実施態様においては商用の三相交流を十二相交流に変換する変換する機能を備えている。
【0047】
生成されたプラズマ領域内で気化された被内包物質と炭素は、プラズマ領域の周辺に行くに従い温度が低下することで内包ナノカプセル前駆体に成長し、放電容器1内の内面全体に付着する。そして、放電終了後に内面に付着したフラーレン煤を回収し、公知の方法に基づいて加熱処理を行い、所望の内包カーボンナノカプセルを得ることが出来る(特許文献4)。
【実施例1】
【0048】
以下に本発明を実施例に基づいて詳細に説明する。
【0049】
図1に示す製造装置において、放電容器1としてステンレス製の真空チャンバ(福伸工業株式会社製)を用いた。まず、排気ポンプにより真空チャンバ内を1x10−1Torr以下まで排気した後、ヘリウム(He)ガス(純度99.99%)を60Torrの圧力となるまで供給した。
【0050】
同真空チャンバ内には、真空排気前にあらかじめ放電電極12本をセットしておいた。放電電極としては、ランタン酸化物(La)を0.9atom%含有する酸化ランタン含浸炭素材(東洋炭素KM−09LA)を長さ80mm、直径9mmの円柱状に成形加工したものを電極として使用した。図1の上部電極装着部にこの12本の電極をセットし、下部電極装着部は電極の取り付け無しとした。
【0051】
放電を行う場合には、まず、各放電電極の先端を接触させた状態で各放電電極に位相差のある交流(電圧7〜8V、電流90A)を印加した。交流電圧を印加したまま、各電極の先端を離間させるように電極本体を同時に後退させて、多相交流アーク放電(今回の場合は、十二相交流アーク放電)を開始した。隣接する放電電極の先端同士の距離が2〜10mmとなる位置にセットするとともに徐々に電流を増加させ、多相交流アーク放電(電圧10〜20V、電流90〜100A)を継続した。放電中の装置内圧力は、80〜90Torrに維持した。
【0052】
十二相交流アーク放電を開始してから28分後に交流電源からの電圧印加を停止し、放冷後、真空チャンバ内を大気圧に戻し、蓋を開けて真空チャンバ内面に付着した煤状物質(フラーレン煤)を回収した。放電終了後の電極先端はどの電極もなめらかで付着物等は全く存在しなかった。さらに、電極下の真空チャンバの底面にもスラグ状堆積物等が落下している例は見られなかった。これらの観察により、複合電極から蒸発した物質がほぼすべてフラーレン煤に変換していることを確認した(表1の第6列を参照)。
【0053】
【表1】

【0054】
フラーレン煤の回収率は100%にやや足りないが、不足分は回収漏れ分のほか、電極に含まれるランタン酸化物の酸素が電極炭素と反応して二酸化炭素となって気相側に失われた分であると考察される。直流アーク放電の場合はフラーレン煤の回収率は前述のとおり20〜40%なので、多相交流アーク放電法の優位性は明らかである。表1には十二相アーク放電法の結果に加えて、比較のため代表的な直流アーク放電の場合の陰極堆積物の収率と、対称二相交流、三相交流、六相交流の結果を示した(表1第2−5列を参照)。
【0055】
この表から、三相交流から十二相までの交流アーク放電法では、電極堆積物がほとんど生成せず、特に、六相と十二相ではその収率が実質的にゼロであることがわかる(図3、4参照)。言い換えると、三相交流アーク放電以上の多相交流アーク放電法では、フラーレン煤の収率がほぼ100%になり、六相以上でさらに優れた効果が得られることがわかる。この傾向は、十二相を超える多相交流においても変わらないと予想される。
【0056】
十二相交流アーク放電法により平均ヘリウム圧85Torrにおいて得られたフラーレン煤の構造について、透過電子顕微鏡(TEM、JEOL、JEM−2000FE、HV=200kV)による観察と評価を行った。図6に、生成したフラーレン煤の高分解能TEM写真の例を示す。コントラストの強い部分がLaC結晶で、多くは多角形のカーボンナノカプセル状物質に内包されている。ナノカプセル壁面とLaC粒子は密着していて空隙は無く、これらが内包カーボンナノカプセル前駆体であることを示している。この写真から、LaC内包カーボンナノカプセル前駆体が、この煤に大量に含まれている状況が確認された。これらの前駆体は、サイズは径5〜10nm、グラフェンの層数は2〜6枚程度で、内包物とグラフェン殻が密着していて空隙が全く見られないことが特徴的であった。
【0057】
この煤に含まれるランタンカーバイド内包カーボンナノカプセル前駆体の、内包ランタンカーバイドへの着火温度は、TGA測定から450℃で、直流アーク放電法で得られるフラーレン煤の場合(同259℃)よりもかなり高い結果が得られた。ちなみに直流アーク放電法に必ず付随する陰極堆積物に含まれるランタンカーバイド内包カーボンナノカプセルの着火温度は500℃以上であったが、含まれる量はごくわずかで、陰極堆積物の温度をさらに上げるとグラファイトに対応する燃焼ピークが出現し、ここで40%を超える大きな重量減少を示した。この陰極堆積物のTGAチャートに現れたグラファイト燃焼ピークとそれに対応する大きな重量減少は、直流アーク放電法では陽極から蒸発した物質の大半がグラファイトに変換されていることを示すものである。当然ながらこの種のグラファイト燃焼ピークは、どちらの煤(直流アーク放電煤および十二相交流アーク放電煤)のTGAチャートにおいても全く現れず、ランタンカーバイド内包カーボンナノカプセル前駆体の燃焼ピークのみ観察された。
【0058】
回収した十二相交流アーク放電法によるランタンフラーレン煤について、未処理の煤を煤(A)、真空下で熱処理した煤を熱処理温度と対応させて、煤(B)(熱処理温度1300℃)、煤(C)(同温度1520℃)、煤(D)(同温度1700℃)、煤(E)(同温度1860℃)、煤(F)(同温度2000℃)とそれぞれ表し、各温度で熱処理した煤について乾燥空気中で熱重量分析(TGA)した際の内包ランタンカーバイドへの着火温度をまとめて表2に示す。
【0059】
【表2】

【0060】
表2に見られる熱処理温度上昇に伴うランタンカーバイド着火温度の上昇は、先行特許である特許文献4に記載された実施例と全く同様の傾向を示すもので、本多相交流アーク放電法により得られたフラーレン煤に内包カーボンナノカプセル前駆体が含まれることを証明するものである。すなわちこの着火温度の上昇は、それぞれの煤に含まれるランタンカーバイドを内包する「内包カーボンナノカプセル前駆体」もしくは「内包カーボンナノカプセル」を構成するグラフェンの層数と相関があり、ランタンカーバイド結晶の表面を覆う平均グラフェン層数が多いほど引火しにくく、着火温度が高まることが実験的事実として報告されているからである(特許文献4)。この結果は、多相交流アーク放電法により得られたランタンフラーレン煤に、ランタンカーバイド内包カーボンナノカプセル前駆体が大量に含まれることを示すTEM写真(図6)と全く矛盾せず、整合した結果である。
【0061】
なお表2に示されるように、多相交流アーク放電法により得られるフラーレン煤は、含まれる前駆体中のLaC着火温度が熱処理前から450℃とやや高く、熱処理温度1500℃近くまでこの値はあまり変わらないことがわかる。このことは、多相交流アーク放電法により得られるフラーレン煤が広いアークプラズマ領域で、1500℃程度に相当する熱処理を受けて生成されることを示していると考えられる。
【0062】
なお、本実施例では、内包カーボンナノカプセル前駆体に内包される被内包物質がランタンカーバイドである例を示したが、本発明における被内包物質はランタンカーバイドに限られるものではなく、カーバイドを形成する、しないに関わらず、カーボンナノカプセルに炭化物として内包されることができる元素であれば、全てに適用できるものである。
〔比較例1〕
【0063】
以下に、比較のため行った「対称二相交流アーク放電法」によるフラーレン煤製造試験について、実施例に基づいて説明する。
【0064】
実験では、実施例1で用いたものと同じ装置と条件を用いた。同真空チャンバ内には、真空排気前にあらかじめ放電電極12本をセットしたが、放電を行う前に、対向する一組2本の放電電極のみ先端を接触させた状態で電極に二相交流(電圧6V、電流120A)を印加し、他の10本の電極については電圧を引加せず、想定プラズマ領域から大きく後退させた。交流電圧を印加したまま、2つの電極の先端を離間させ、二相交流アーク放電を開始した。放電電極の先端間の距離が5mm程度となる位置にセットするとともに徐々に電流を増加させ、二相交流アーク放電(He圧50〜80Torr、電圧9〜16V、電流110〜140A)を6分間継続した。
【0065】
同真空チャンバ冷却後、同真空チャンバを大気圧に戻し内部を観察すると、チャンバ壁面にフラーレン煤が付着していることがわかった。また放電電極の写真(図2)が示すように、放電面の脇に大きくスラグ状堆積物が生成して付着していることが確認された。また真空チャンバ底部には、落下したスラグ状堆積物が確認された。これら電極堆積物の収率は、全蒸発量に対しておよそ30%であった。
【実施例2】
【0066】
以下に、ヘリウム圧力範囲の特定のため行った「六相交流アーク放電法」によるフラーレン煤製造試験について、実施例に基づいて説明する。
【0067】
実施例2では、実施例1で用いたものと同じ装置と条件を用いた。同真空チェンバー内には、真空排気前にあらかじめ放電電極6本をセットし、放電を行う前に6本の放電電極のみ先端を接触させた状態で電極に六相交流(電圧6V、電流120A)を印加した。この状態で真空排気を止め、所定の圧力のヘリウムをチェンバー内に満たし、放電時のヘリウム圧力が10、20、30、50、80、100、300Torrを示すようにした。そして交流電圧を印加したまま電極の先端を離間させ、六相交流アーク放電を開始した。放電電極の先端間の距離が5mm程度となる位置にセットするとともに徐々に電流を増加させ、各圧力下で六相交流アーク放電(電圧9〜16V、電流110〜140A)を実施しそれぞれのフラーレン煤を得た。なおヘリウム圧10Torrの条件では、チェンバー内壁に付着するフラーレン煤の生成はほとんど認められず、この条件では内包カーボンナノカプセル前駆体の製造には不適当と考えられた。
【0068】
表3に、各圧力で製造したフラーレン煤を評価した結果をまとめた。内包カーボンナノカプセル前駆体が含まれるかどうかは、TGA測定を利用した。ヘリウム圧20Torrで製造したフラーレン煤を乾燥空気中でTGA分析すると、内包されているランタンカーバイドが着火する鋭いピークが400℃前後に表れ、この条件では内包カーボンナノカプセル前駆体が生成していることが明らかになった。同様のTGA測定結果は、ヘリウム圧力30、50、80Torrで製造したフラーレン煤でも得られた(表3第2行参照)。50Torrで製造したフラーレン煤についてTEM観察を行うと、ランタンカーバイド内包カーボンナノカプセル前駆体の存在が確認された(図6)。
【0069】
【表3】

【0070】
一方、ヘリウム圧100−110Torrで製造したフラーレン煤には、TEM観察によりアモルファスカーボンが大半を占めていて、ランタンカーバイド内包カーボンナノカプセル前駆体の存在が全く確認できなかった(図5に代表例を示す)。
【0071】
一方、ヘリウム圧300−350Torrで製造したフラーレン煤には、TEM観察によりランタンカーバイド内包カーボンナノカプセル前駆体の替わりに、単層カーボンナノチューブが含まれることがわかった。
【0072】
以上の結果より、ランタンカーバイド内包カーボンナノカプセル前駆体は、ヘリウム圧15−90Torrの範囲で生成されることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明の方法で製造できる内包カーボンナノカプセル前駆体は、熱処理により容易に内包カーボンナノカプセルに変換することが出来る。これにより製造される内包カーボンナノカプセルは上述したような優れた特性を持つので、工業的に様々な分野への利用が期待できる。各種物質を内包させた内包カーボンナノカプセルは、各種の磁気記録媒体、磁気トナー、磁気インク、磁性流体、MRI用増感剤(以上の分野は、被内包物質として磁性体を使用する)、顔料、塗料、ゴム・塗料・プラスチック等のフィラー、耐火物のフィラー、走査型トンネル顕微鏡の先端チップ、エネルギー貯蔵用機器の電極、極細電子回路用の軽量部品やワイヤー、化粧品、合体防止機能を持った微粒子、大気中で酸化し易いまたは発火しやすい元素・金属・化合物等を取り扱う耐候性カプセル、高温還元雰囲気中で蒸発・昇華しやすい物質を保持するカプセル、地下冠水雰囲気下で放射性物質を保持するカプセル等の分野で利用することができる。
【符号の説明】
【0074】
1 放電容器
2 側面部
3 冷却空間部
4 上面部
5 下面部
6 プラズマ領域
7 触媒体
10−15 上段放電電極
20−25 下段放電電極
30 交流電源部
40 供給タンク
42 供給弁
43 圧力計
44 混合器
45 ガス供給口
46 ガス排気口
47 排気ポンプ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放電容器内に導入したヘリウム雰囲気中において、二次元または三次元に配置された3つ以上の放電電極にそれぞれ位相差のある多相交流を印加してアーク放電を発生させ、このアーク放電により形成されたプラズマ領域を用いて複合炭素原料を蒸発せしめ、蒸発した全量を当該プラズマ領域内で凝縮させて前記放電容器内壁にフラーレン煤として付着させる製造方法であって、前記放電容器内のヘリウム圧力を15〜90Torrとすることによって、被内包物質を内包した微小な内包カーボンナノカプセル状物質を内包カーボンナノカプセル前駆体として前記装置内壁に付着する煤中に生成させることを特徴とする金属炭化物内包カーボンナノカプセル前駆体の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造方法において、前記多相交流が、六相以上であることを特徴とする金属炭化物内包カーボンナノカプセル前駆体の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の製造方法において、前記複合炭素原料は、前記放電電極に含まれる被内包物質と炭素であることを特徴とする金属炭化物内包カーボンナノカプセル前駆体の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の製造方法において、前記複合炭素原料は、前記プラズマ領域に外部から投入される被内包物質と炭素の複合体、化合物、または混合物であることを特徴とする金属炭化物内包カーボンナノカプセル前駆体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−184128(P2012−184128A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−47758(P2011−47758)
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年9月5日 フラーレン・ナノチューブ学会発行の「第39回 フラーレン・ナノチューブ総合シンポジウム 講演要旨集」に発表
【出願人】(505374783)独立行政法人日本原子力研究開発機構 (727)
【出願人】(592029256)福井県 (122)
【Fターム(参考)】