説明

金属粉中の微量炭酸の定量方法

【課題】 金属粉に含まれる微量の炭酸を、有機体炭素の影響を受けることなく、精度良く定量できる方法を提供する。
【解決手段】 大気を遮断した状態で酸に金属粉を全量溶解させ、発生する炭酸ガスをアルカリ溶液に捕集した後、得られた捕集液を試料として燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法により捕集液中の無機体炭素の量を測定し、その無機体炭素量から金属粉中の炭酸量を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属粉中の微量炭酸の定量方法に関するものであり、更に詳しくは金属粉表面の炭酸をガス化して捕集し、その捕集液中の無機炭素量を燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法で定量することにより、金属粉中の微量炭酸の量を求める方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ニッケルや銀あるいは銅などの金属粉は、インク材料や電子材料のほか樹脂とのハイブリット材料等として広く使用されている。一般的に金属粉は、表面に酸性サイトや塩基性サイト、あるいは両方のサイトを有するものがある。特に塩基性サイトを有する金属粉では、その表面に空気中の炭酸ガスが吸着するため、これに由来する炭酸が特性に悪影響を及ぼすことがある。従って、金属粉中の炭酸濃度を正確に管理することは、特性維持の観点から重要とされている。
【0003】
しかし、金属中の炭酸の定量には標準化された方法は存在しない。尚、金属中の炭素の定量方法としては、JIS G1211に準拠した方法が一般的に用いられている。例えば特許文献1には、サーメットを高周波炉により燃焼させてサーメット全体に含まれる炭素を酸化して炭素ガスとし、その炭酸ガス濃度を測定することにより、サーメットに含まれる全炭素量を分析する方法が記載されている。また、酸素気流中で金属試料を燃焼させた後、発生する炭酸ガスを赤外吸収法で測定して定量する方法も開示されている(非特許文献1、非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−285463公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「Niの炭素・硫黄分析」、(株)堀場製作所アプリケーションノート
【非特許文献2】「CS−200による鋳物および鋳鉄中の炭素硫黄分析例」、LECOジャパン合同会社スペシャルレーポート
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した従来の方法は、いずれも金属試料を燃焼させて発生した炭酸ガスを測定する方法であるため、炭酸に由来する炭酸ガスだけでなく、有機物に由来する炭素ガスも同時に測定することになり、金属粉の表面に存在する微量の炭酸を精度良く定量することは不可能である。
【0007】
本発明は、このような従来方法の問題点に鑑み、金属粉に含まれる微量の炭酸を、有機体炭素の影響を受けることなく、精度良く定量できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明が提供する金属粉中の微量炭酸の定量方法は、大気を遮断した状態で金属粉を酸に全量溶解させ、発生する炭酸ガスをアルカリ溶液に捕集した後、得られた捕集液中の無機体炭素の量を燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法により測定し、その無機体炭素量から金属粉中の炭酸量を算出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、金属粉中の微量炭酸の量を、有機物に由来する炭素の影響を受けることなく、JISに規定されている燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法を利用して、精度良く定量することができる。従って、本発明を使用することによって、インク材料や電子材料、樹脂とのハイブリット材料などの製造に使用する金属粉の品質を精度よく管理することができる。尚、本発明方法は、酸に溶解可能な金属酸化物中の微量炭酸の定量にも適用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明方法により、金属粉を酸に溶解させて発生する炭酸ガスを捕集する反応装置の一具体例を示す概略の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明による金属粉中の微量炭酸の定量方法においては、まず、大気を遮断した状態で金属粉を酸に全て溶解させ、その反応により発生する炭酸ガスをアルカリ溶液に捕集する。次に、得られた捕集液を試料として、その捕集液中の無機体炭素の量を公知の燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法を用いて測定する。このようにして得られた捕集液中の無機体炭素量から、金属粉中の炭酸量を算出することができる。
【0012】
本発明による金属粉中の微量炭酸の定量方法を更に詳しく説明する。まず、金属粉を酸に溶解させることにより発生する炭酸ガスをアルカリ溶液に捕集するが、この操作は大気を遮断した状態で行う必要がある。大気を遮断した状態で金属粉の溶解と炭酸ガスの捕集を行う反応装置としては、例えば図1に示すように、金属粉の溶解容器1を前段と後段の2本のバブラー2a、2b及びキャリアーガス容器3にそれぞれ樹脂製チューブ4、4などで連結したものがある。
【0013】
具体的には、金属粉の溶解容器1は適度な容量を有する枝付の三角フラスコであり、その上部開口に取り付けたゴム栓5にはガラスやテフロン(登録商標)などからなる挿通管6が2本挿入され、それぞれポリ塩化ビニルなどからなる樹脂製チューブ4、4でバブラー2a、2bとキャリアーガス容器3にそれぞれ接続されている。溶解容器1の上部側面には金属粉投入口7が設けてあり、金属粉投入口7はガラス製の蓋8で気密封止できる構造になっている。溶解容器1には金属粉を溶解するための酸が入れてあり、2本のバブラー2a、2bにはアルカリ溶液が入っている。
【0014】
上記金属粉の溶解容器1はマグネチックスターラー9上に設置し、溶解容器1内に入れた酸を回転子10で撹拌しながら、金属粉投入口7から金属粉を供給することにより酸と反応させる。同時にキャリアーガス容器3から溶解容器1内にキャリアーガスを導入することにより、溶解容器1内で発生した炭酸ガスをキャリアーガスで2本のバブラー2a、2bに導き、アルカリ溶液に捕集することができる。
【0015】
上記した反応装置はグローブボックス内に設置して使用される。グローブボックスについては、その内部をNガスやHeガスなどの不活性ガスで置換できるものであれば特に限定されることはなく、市販されているものや、自作したものを使用しても良い。ただし、大気を充分に置換できる構造でない場合には、炭酸ガスの捕集時に空試験値が高くなり、微量の炭酸の定量ができなくなる恐れがあることから、例えば酸素濃度を3体積%以下に置換して大気を遮断できる構造のものが好ましい。
【0016】
金属粉を溶解する酸としては、塩酸又は硝酸が好ましい。塩酸に溶解可能な金属はMg、Al、Zn、Fe、Ni、Sn、Pbであり、硝酸に溶解可能なものはCu、Agである。特に12M(37.9質量%)塩酸あるいは16M(69.8質量%)硝酸の使用が好ましく、上記濃度の塩酸又は硝酸を希釈して用いても良いが、純水で1:1程度以上に希釈すると金属粉の溶解が困難になるため好ましくない。また、炭酸ガス捕集用のアルカリ溶液は、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムの溶液が好ましい。キャリアーガスとしては、NガスやHeガスなどの不活性ガスが好適に使用できるが、その純度は99.99%以上のものが好ましい。
【0017】
次に、図1の反応装置を用いて金属粉中の微量炭酸を定量する操作を更に具体的に説明する。金属粉の溶解容器1には、例えば12M塩酸又は16M硝酸を40ml程度充填すると共に、マグネチックスターラー9の回転子10を入れる。一方、2本のバブラー2a、2bには、例えば超純水で調製した0.1M水酸化ナトリウム溶液をそれぞれ10ml程度充填する。尚、大気中の炭酸ガスによる汚染を防止するため、炭酸ガス捕集用のアルカリ溶液はグローブボックス内で調製することが好ましい。
【0018】
炭酸量を測定する金属粉試料は、坩堝などに0.5g〜0.6g程度採取する。キャリアーガス容器3から60ml/min程度の流量でキャリアーガスを流しながら、坩堝などに採取した金属粉試料を溶解容器1の金属粉投入口7から投入し、直ちにガラス製の蓋8で金属粉投入口7を閉じる。マグネチックスターラー9の回転数を250rpm程度に設定し、金属粉試料が完全に溶解するまで回転子10で撹拌して、発生する炭酸ガスをキャリアーガスでバブラー2a、2bに導入してアルカリ溶液に捕集する。尚、金属粉試料は坩堝などと共に溶解容器1に投入しても良いが、その場合には坩堝などの材質は金属粉の溶解に使用する酸に腐食しない金属、例えば白金製又は金製が好ましい。
【0019】
炭酸ガスの捕集率εは、前段のバブラー2aでの捕集液中の炭素濃度C1(mg/l)と後段のバブラー2bでの捕集液中の炭素濃度C2(mg/l)とを、後述する燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法の無機体炭素の量を求める方法により測定し、得られた炭素濃度C1とC2から下記計算式1を用いて算出する。
[計算式1] 捕集率ε=1−C2/C1
【0020】
上記のごとく金属粉から発生した炭酸ガスを捕集したアルカリ溶液(捕集液)を試料として、燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法により無機体炭素の量を測定する。燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法は、JIS K0102に規定された方法であり、有機体炭素(TOC)と無機体炭素(IC)を個別に測定することができる。燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法による無機体炭素(IC)の測定には、試料容器を密閉して測定可能なオートサンプラー付きの炭素分析装置、例えば、島津製作所(株)製のTOC−VCPHや(株)アナリティクイエナジャパン製のmultiN/Cシリーズなどを使用することが可能である。
【0021】
オートサンプラー付きの炭素分析装置による無機体炭素の測定では、上記捕集液からなる試料をグローブボックス内で炭素分析装置の測定バイアル瓶に移し入れ、蓋をして密閉する。測定バイアル瓶については、使用する燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析装置のオートサンプラーに適合したものを用い、測定時に大気由来の炭酸ガスの混入を防止するため蓋で密閉できるものが好ましい。捕集液(試料)を入れた測定バイアル瓶は、炭素分析装置にセットして無機体炭素(IC)の量を測定する。
【0022】
無機体炭素の測定には、使用する炭素分析装置における操作手順並びに推奨される測定条件を用いる。例えば、島津製作所(株)製のTOC−VCPHの場合、測定バイアル瓶内の試料をIC反応器に注入し、試料を酸で酸性化して通気処理して二酸化炭素(CO)を遊離させ、その炭酸ガス量を赤外線ガス分析部(NDIR)で検出することにより無機体炭素の量を測定する。その場合、試料の酸性化に用いる酸としては25wt%のりん酸が好ましく、試料や炭酸ガスを移送するキャリアーガスにはOとNの混合ガス(混合比=21:79)を使用し、その流量を100ml/minにすることが好ましい。また、試料注入量については、50〜100μl程度が好ましい。
【0023】
上記のごとく燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法により測定した試料(捕集液)中の無機体炭素の濃度(mg/l)と、当該試料とした捕集液の量(ml)、及び酸で溶解した金属粉の重量(g)を用いて、金属粉中の炭素量(C定量値)を算出する。その際、試料(捕集液)中の無機体炭素の濃度として、前段のバブラー2aでの捕集液中の炭素濃度C1(mg/l)を上記計算式1で求めた捕集率εで除して補正した値を用いる。
【0024】
そして、金属粉中の炭酸量(CO定量値)は、上記金属粉中の炭素量(C定量値)から下記計算式2によって算出することができる。
[計算式2]
CO定量値(重量%)=C定量値(重量%)×酸化定数
=C定量値(重量%)×CO分子量/C分子量
=C定量値(重量%)×4.9962
【実施例】
【0025】
金属粉の表面に含まれる微量の炭酸を定量するための模擬試料として、Ni粉のみからなる試料1と、同じNi粉に有機物を添加して有機体炭素濃度を0.1重量%に調整した試料2、並びに、Ag粉のみからなる試料3と、同じAg粉に有機物を添加して有機体炭素濃度を0.1重量%に調製した試料4を、それぞれ3個ずつ準備した。
【0026】
上記試料1〜4の各金属粉を図1の反応装置により溶解し、発生する炭酸ガスをアルカリ溶液に捕集した。即ち、40mlの酸を入れた溶解容器1に各試料の金属粉0.5gをそれぞれ投入し、キャリアーガスとしてNガスを60ml/minの流量で流しながら、マグネチックスターラー9での回転数を250rpmに設定して回転子10で撹拌することにより、金属粉を完全に溶解させた。発生した炭酸ガスはキャリアーガスでバブラー2a、2bに導入し、0.1M水酸化ナトリウム溶液に捕集した。尚、金属粉の溶解に用いた酸は、Ni粉では12M塩酸及びAg粉では16M硝酸である。
【0027】
上記試料1〜4の金属粉ごとに得られた捕集液を用い、燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法により無機体炭素を定量した。即ち、島津製作所(株)製の炭素分析装置TOC−VCPHを使用して、捕集液の試料150μlを無機体炭素反応槽に供給し、無機体炭素の測定モードにより無機体炭素(IC)を測定した。その際、無機体炭素反応槽の酸として25%リン酸を用い、キャリアーガスとしてOとNの混合ガス(混合比=21:79)を流量100ml/minで流した。
【0028】
上記試料1〜4の各金属粉(それぞれ3個)について、燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法により測定した無機体炭素の定量値と、その平均値並びに相対標準偏差(RSD)を下記表1に示す。尚、金属粉中の炭酸量は、上記無機体炭素量(定量値の平均値)から上記計算式2により求めることができる。
【0029】
【表1】

【0030】
上記の結果から、各試料の定量精度はRSDで3.0〜6.2%であり、この濃度レベルの定量において比較的精度の良い方法であることが分かる。また、有機物の添加がない試料と添加した試料の定量値の平均値を比較したところ、いずれもほとんど差が認められなかった。この結果から、本発明方法によれば、有機物が含まれている金属粉であっても、有機物の妨害なく正確な炭酸の定量が可能であることが分かる。
【符号の説明】
【0031】
1 溶解容器
2a、2b バブラー
3 キャリアーガス容器
4 樹脂製チューブ
5 ゴム栓
6 挿通管
7 金属粉投入口
8 蓋
9 マグネチックスターラー
10 回転子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気を遮断した状態で金属粉を酸に全量溶解させ、発生する炭酸ガスをアルカリ溶液に捕集した後、得られた捕集液中の無機体炭素の量を燃焼酸化−赤外線式有機炭素分析法により測定し、その無機体炭素量から金属粉中の炭酸量を算出することを特徴とする金属粉中の微量炭酸の定量方法。
【請求項2】
前記金属粉を全量溶解させる酸として、塩酸又は硝酸を用いることを特徴とする、請求項1に記載の金属粉中の微量炭酸の定量方法。

【図1】
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