説明

金属繊維状物質、その製造方法、およびそれを含有するプラスチック成形体

【課題】プラスチックに混合することによって静電気散逸性および電磁ノイズ防止性を付与し、導電性樹脂として使用する上で好適な金属繊維状物質とその製造方法を提供する。また、その金属繊維状物質を含有するプラスチック成形体を提供する。
【解決手段】金属板を研削して得られる繊維状の研削片を洗浄した金属繊維状物質であって、金属繊維状物質を1質量部と純水を10質量部とを混合して、5分間以上攪拌した後の懸濁液のpHが8.0以下かつ電気伝導度が2.0mS/mL以下となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチックに静電気散逸性および電磁ノイズ防止性を付与するために好適な金属繊維状物質とその製造方法、およびそれを含有し導電性樹脂として機能するプラスチック成形体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種の電子機器の製造工程では、静電気防止対策を施した運搬用トレイが用いられている。それらの運搬用トレイは、カーボンブラックやカーボンファイバーを混練したプラスチックを所定の形状に成形したものである。しかし、カーボンブラックやカーボンファイバーが運搬用トレイから剥離して脱落すると、収納された電子機器のみならず周辺の環境を汚染するという問題が生じる。
【0003】
また、電磁ノイズの防止が求められる運搬用トレイでは、裏面にNiメッキを施す、あるいは導電性塗料を塗布する等の2次加工が行なわれている。これらの2次加工は、プラスチックを所定の形状に成形した後で行なうので、運搬用トレイの製造工程が複雑になり、製造コストの上昇を招く。
そこで電子機器の運搬に用いる運搬用トレイとして好適な、静電気散逸性と電磁ノイズ防止性を兼ね備え、かつ電子機器や環境の汚染を防止でき、しかも安価な素材が種々検討されている。
【0004】
たとえば特許文献1には、渦巻き状のステンレス鋼製金属繊維を均一に分散させたプラスチック材が開示されている。渦巻き状のステンレス鋼製金属繊維は、通常、ステンレス鋼板を研削して得られるが、その際に研削油のみならず、研削性を向上させるための添加剤(金属石鹸および硫黄系化合物)を使用する。
また近年は、発火し易く、臭気が発生する硫黄系添加剤の代替として、アルカリ塩系の添加剤が普及している。これらアルカリ塩系金属石鹸,硫黄系化合物の添加剤を研削油に添加して使用すると、ステンレス板を研削して得られる研削片に付着したアルカリ塩系金属石鹸,硫黄系化合物の添加剤を有機溶剤による洗浄で洗い流すことは困難であり、洗浄した後も一部が研削片に残留する。その研削片をプラスチックに混合して、導電性樹脂として使用すると、残留したアルカリ塩系金属石鹸,硫黄系化合物によってプラスチックが劣化し、耐用性が著しく低下する。
【特許文献1】特開2007-9090号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、絶縁体であるプラスチックに混合することによって静電気散逸性および電磁ノイズ防止性を付与し、導電性樹脂として使用する上で好適な金属繊維状物質とその製造方法を提供することを目的とする。また、その金属繊維状物質を含有し、導電性樹脂として機能するプラスチック成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、金属板を研削して得られる繊維状の研削片を洗浄した金属繊維状物質であって、金属繊維状物質を1質量部と純水を10質量部とを混合して、5分間以上攪拌した後の懸濁液のpHが8.0以下かつ電気伝導度が2.0mS/mL以下となる金属繊維状物質である。
また本発明は、金属板を研削して得られる繊維状の研削片を有機溶剤または界面活性剤水溶液で洗浄し、ついで水で洗浄することによって上記の金属繊維状物質を製造する金属繊維状物質の製造方法である。
【0007】
また本発明は、上記の金属繊維状物質とプラスチックとを混合し、さらに所定の形状に成形した金属繊維状物質含有成形体である。
本発明においては、金属繊維状物質の素材となる金属板は、ステンレス鋼板を使用することが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、プラスチックに混合することによって静電気散逸性および電磁ノイズ防止性を付与し、導電性樹脂として使用する上で好適な金属繊維状物質を得ることができる。また、その金属繊維状物質をプラスチックに混合して所定の形状に成形することによって、プラスチックの特性を長期間にわたって安定して維持できる導電性樹脂の成形体を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
まず、本発明の金属繊維状物質を製造する方法について説明する。
金属板を研削して繊維状の研削片を得る。その研削片には、研削の際に使用した研削油と添加剤が付着している。そこで、研削片を容器に収容して上方から圧力を加えて、研削油と添加剤を絞り出す。繊維状の研削片は、容器内で圧力を加えることによって、塊状の固形物となる。
【0010】
次に、塊状の固形物を粉砕して再び繊維状の研削片に戻した後、有機溶剤または界面活性剤水溶液を用いて洗浄(以下、溶剤洗浄という)を行なう。溶剤洗浄は、有機溶剤または界面活性剤水溶液を収容した容器内に研削片を投入して攪拌することによって行なうものであり、研削片に付着した研削油と添加剤を洗い流す。なお、有機溶剤としてキシレンが例示できる。
【0011】
ただし添加剤の種類によっては、溶剤洗浄では十分に洗い流せないもの(たとえばアルカリ塩系の添加剤等)がある。そのような添加剤を使用する場合は、溶剤洗浄によって研削油を除去することは可能であるが、添加剤の一部が研削片に残留する。
そのため溶剤洗浄が終了すると、研削油を除去した研削片(以下、油分除去研削片という)を回収し、さらに乾燥した後、水を用いて洗浄(以下、水洗浄という)を行なう。水洗浄は、水を収容した容器内に油分除去研削片を投入して攪拌することによって行なう。本発明では水洗浄を数回(たとえば3〜4回)に分けて行なうことが好ましい。洗浄のための水は工業用水や純水を用いるが、水洗浄の最終回は純水(たとえば蒸留水,イオン交換水等)を用いて行なうことが好ましい。水洗浄によって、油分除去研削片に残留する添加剤を洗い流す。金属板を研削する際にアルカリ塩系の添加剤を使用しても、水洗浄によって洗い流すことができる。
【0012】
このようにして溶剤洗浄および水洗浄を行なうことによって、研削油と添加剤を十分に洗い流すことが可能となり、清浄な金属繊維状物質を得ることができる。なお、研削片と金属繊維状物質は同じ物体であるが、研削油や添加剤が付着したものを研削片と記し、研削油を除去したものを油分除去研削片と記し、さらに研削油と添加剤を洗い流したものを金属繊維状物質と記す。
【0013】
次に、金属繊維状物質の特性について説明する。その特性は、金属繊維状物質と純水を攪拌して得られた懸濁液のpHと電気伝導度で規定する。
金属繊維状物質を1質量部と純水を10質量部とを混合して攪拌する。攪拌時間が5分未満では、懸濁液のpHや電気伝導度が安定しない。したがって、金属繊維状物質と純水の攪拌時間は5分間以上とする。ただし、あまり長く攪拌しても経済的に意味がないので、上限は30分〜1時間程度である。
【0014】
このようにして得られた懸濁液のpHは8.0以下であり、かつ電気伝導度は2.0mS/mL以下である。キシレン洗浄と水洗浄を行なった金属繊維状物質には、アルカリ塩系の添加剤が残留していないので、懸濁液のpHと電気伝導度が低く抑えられる。
以上に説明した本発明の金属繊維状物質は、プラスチックに静電気散逸性および電磁ノイズ防止性を付与するために好適であり、プラスチックに混合すれば良好な導電性樹脂を得ることができる。しかも、本発明の金属繊維状物質には研削油や添加剤が付着していないので、導電性樹脂として長期間にわたって使用してもプラスチックの特性は変化せず、優れた耐用性を発揮する。
【0015】
なお、プラスチックは、PBT,PET,ポリエステルエラストマー,ポリカーボネイト,ポリアリレート,熱可塑性ウレタン系樹脂,ポリアミド,ポリオキシメチレン,変性ポリフェニレンエーテル,ポリエーテルスルホン,ポリオレフィン,ABS樹脂,液晶樹脂,塩ビ等を使用することが好ましい。
また、金属繊維状物質は、耐食性や強度を考慮して、ステンレス鋼板を研削して得られるものであることが好ましい。
【実施例】
【0016】
砥粒を固着させた研磨布をステンレス鋼板(SUS430相当)に押し付けて回転させ、繊維状の研削片を削り出した。研削油はパラフィン系鉱油を使用し、添加剤はアルカリ塩を含有する金属系摩擦調整剤を使用した。
得られた研削片(1質量部)と有機溶剤としてキシレン(3質量部)とを混合して、30分間攪拌した。その後、攪拌を停止し、研削片を沈降させた後、上澄み液を排出した。この手順でキシレン洗浄を繰り返し行ない、上澄み液中の油分が0.1g/liter以下に減少したときに研削片を回収し、その研削片(すなわち油分除去研削片)を乾燥した。
【0017】
次に、油分除去研削片(1質量部)と水(4質量部)を混合して、30分間攪拌した。その後、攪拌を停止し、油分除去研削片を沈降させた後、上澄み液を排出した。この手順で水洗浄を繰り返し行ない、上澄み液のpHが7.5以下かつ電気伝導度が1.5mS/mL以下に減少したときに金属繊維状物質を回収し、その金属繊維状物質を乾燥した。水洗浄では最終回のみ純水を使用し、それ以外は工業用水を使用した。
【0018】
なお金属繊維状物質は、既に説明した通り、研削片と同じ物体であるが、研削油と添加剤が付着したものを研削片と記し、研削油を除去したものを油分除去研削片と記し、さらに研削油と添加剤を洗い流したものを金属繊維状物質と記す。
このようにして得た金属繊維状物質(15g)を純水(150g)に混合して5分間攪拌した後、懸濁液のpHと電気伝導度を測定した。その結果を発明例1として表1に示す。
【0019】
また比較のために、油分除去研削片(15g)を純水(150g)に混合して5分間攪拌した後、懸濁液のpHと電気伝導度を測定した。その結果を比較例1として表1に示す。
【0020】
【表1】

【0021】
表1から明らかなように、発明例1のpHと電気伝導度は、比較例1に比べて大幅に低減していた。つまり表1のデータは、発明例1ではアルカリ塩を含有する添加剤が十分に洗い流されたことを示している。
次に発明例2,3として、金属繊維状物質とプラスチック粉を表2に示す割合で235〜245℃にて混合し、その混合物を用いてMVR試験をJIS規格K7210に準拠して行なった。また、混合物を260〜280℃で加圧成形してVノッチ試験片を作成して、シャルピー試験をJIS規格K7111に準拠して行なった。その結果は表2に示す通りである。
【0022】
また比較例2〜4として、油分除去研削片とプラスチック粉を表2に示す割合で235〜245℃にて混合し、その混合物を用いてMVR試験をJIS規格K7210に準拠して行なった。MVR試験の温度は250℃,300℃とした。また、混合物を260〜280℃で加圧成形してVノッチ試験片を作成して、シャルピー試験をJIS規格K7111に準拠して行なった。シャルピー試験は室温で行なった。その結果は表2に示す通りである。
【0023】
【表2】

【0024】
表2から明らかなように、MVR値(いわゆるメルトフローインデックス)は、発明例2,3が3.9〜16cm3/10minであったのに対して、比較例2〜4は21〜167cm3/10minであった。MVR値が小さいほど、分子量の大きい安定したプラスチックであることを意味する。つまり発明例2,3では、アルカリ塩を含有する添加剤が十分に洗い流されているので、金属繊維状物質を混合しても、プラスチックの特性が劣化しなかった。
【0025】
またシャルピー試験の衝撃値は、発明例2,3が4.0〜4.3kJ/m2であったのに対して、比較例2〜4は1.2〜1.5kJ/m2であった。つまり発明例2,3のプラスチックは金属繊維状物質を混合しても、比較例2〜4に比べて良好な特性を示している。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板を研削して得られる繊維状の研削片を洗浄した金属繊維状物質であって、前記金属繊維状物質を1質量部と純水を10質量部とを混合して、5分以上間攪拌した後の懸濁液のpHが8.0以下かつ電気伝導度が2.0mS/mL以下であることを特徴とする金属繊維状物質。
【請求項2】
金属板を研削して得られる繊維状の研削片を有機溶剤または界面活性剤水溶液で洗浄し、ついで水で洗浄することによって請求項1に記載の金属繊維状物質を製造することを特徴とする金属繊維状物質の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の金属繊維状物質とプラスチックとを混合し、さらに所定の形状に成形したことを特徴とする金属繊維状物質含有成形体。


【公開番号】特開2010−59455(P2010−59455A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−225012(P2008−225012)
【出願日】平成20年9月2日(2008.9.2)
【出願人】(591006298)JFEテクノリサーチ株式会社 (52)
【Fターム(参考)】