説明

金属表面処理剤、表面処理金属材料、および金属表面処理方法

【課題】耐食性および導電性が両方ともに優れた皮膜が得られる金属表面処理剤を提供する。
【解決手段】バナジウムアルコキシド(A)およびアルコキシ基含有金属化合物(B)を少なくとも用いて得られる加水分解物および/またはその縮合物を含有し、前記バナジウムアルコキシド(A)は、一般式VO(OR)3(Rは、それぞれ独立にアルキル基を表す。)で表され、前記アルコキシ基含有金属化合物(B)は、Si、Ti、Zr、Al、Mg、SnおよびInからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素とアルコキシ基とを含有し、前記バナジウムアルコキシド(A)と前記化合物(B)とのモル比(A/B)が、0.005〜5である、金属表面処理剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロムを含有しない金属表面処理剤、ならびに、これを用いた表面処理金属材料および金属表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、家電製品用鋼板などに代表される鋼板としては、耐食性を向上させる目的で、6価クロムを主要成分としたクロメート表面処理剤によるクロメート処理が施された鋼板が幅広く用いられていた。
一方で、6価クロムの有毒性によって環境汚染が引き起こされる問題が指摘されている。近年、その解決方法として、クロムを含まない金属表面処理剤を用いて、導電性、耐食性、上塗り塗装密着性、耐熱性、貯蔵安定性などの要求性能を満たすノンクロメート表面処理技術が数多く提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、「少なくとも1種のバナジウム化合物(A)と、ジルコニウム、チタニウム、モリブデン、タングステン及びマンガンからなる群から選ばれる少なくとも1種の金属を含む金属化合物(B)とを含有する金属表面処理剤」が開示され(段落[0008]参照)、この「バナジウム化合物(A)」としては、メタバナジン酸アンモニウム、バナジウムアセチルアセトネート等が挙げられている(段落[0012]参照)。
【0004】
また、特許文献2には、「(A)ペルオキソバナジン酸、(B)チタン化合物及び/又はジルコニウム化合物、必要に応じて(C)水溶性又は水分散性有機樹脂を含有する金属表面処理用組成物」が開示されており、この「(A)ペルオキソバナジン酸」は、メタバナジン酸アンモニウムを過酸化水素と反応させることにより製造される旨が記載されている(段落[0014][0015]参照)。
【0005】
さらに、特許文献3には、全体溶液100重量部を基準に、エポキシ基を有するシラン化合物及びアミノ基を有するシラン化合物またはこれらの加水分解縮合物5〜30重量部と、バナジウム化合物0.1〜5重量部と、マグネシウム化合物0.1〜5重量部と、有/無機酸1〜10重量部と、架橋促進及びカップリング剤0.05〜2重量部と、消泡剤0.01〜1重量部と、ウェッティング剤1〜2重量部と、残りは水とエタノールからなるクロムフリー低温硬化型金属表面処理組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−30460号公報
【特許文献2】特開2009−174051号公報
【特許文献3】特開2008−544088号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
金属表面処理剤から得られる皮膜には、上記のように上塗り塗装密着性、耐熱性など様々な性能が要求される。近年、精密機器、OA機器、白物家電等の汎用家電分野で金属材料を使用する際には、特に、耐食性のほかに、帯電防止の観点から導電性に関する要求レベルが高まっている。
【0008】
本発明者が、特許文献1,2で用いられているメタバナジン酸アンモニウム、バナジウムアセチルアセトネート等のバナジウム化合物を含有する金属表面処理剤についてさらに検討を行ったところ、この金属表面処理剤から得られる皮膜の耐食性および導電性は、昨今要求されるレベルには到達しておらず、改良が必要であることが明らかとなった。
また、特許文献2においては、過酸化水素を使用しているため、熱などにより火災や爆発を生じる可能性があり、製造時の安全性の点でも問題があった。
【0009】
なお、導電性を向上させる方法として皮膜を薄くする方法があるが、該方法では耐食性が低下してしまう。また、耐食性が得られるように金属表面処理剤に樹脂等を配合すると、耐食性の良好な薄い皮膜は得られるが、導電性が低下してしまう。このように、導電性と耐食性とはトレードオフの関係にあることが多く、両者を高いレベルで両立させることは困難であった。
【0010】
一方、本発明者が、特許文献3に開示されるような、シラン化合物を含む金属表面処理剤についてもさらに検討を行ったところ、この金属表面処理剤から得られる皮膜の諸特性(例えば、耐食性、導電性、耐熱性など)も、実用上必ずしも満足するレベルに達していなかった。
【0011】
このように、従来の公知の金属表面処理剤は、クロメート皮膜の代替として使用できるような導電性、耐食性、上塗り塗装密着性、耐熱性、貯蔵安定性に優れた皮膜を形成させることができるとは言い難く、これらを総合的に満足できる金属表面処理剤の開発が強く要望されていた。
【0012】
本発明は、上記実情に鑑みて、上塗り塗装密着性、耐熱性、貯蔵安定性に優れると共に、特に、導電性および耐食性を高いレベルで両立させることができる皮膜を得ることができる金属表面処理剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、従来技術において耐食性が悪化する原因として、腐食環境下で皮膜中のバナジウム化合物が溶出してしまう点を見出した。本発明者は、これらの知見を基にして、所定の構造式で表されるバナジウムアルコキシド(A)と所定のアルコキシ基含有金属化合物(B)とを、所定量用いて得られる加水分解物および/またはその縮合物を含有する金属表面処理剤を用いることにより、特に、耐食性および導電性が両方ともに優れる皮膜が得られることを明らかにし、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(8)を提供する。
【0014】
(1)バナジウムアルコキシド(A)およびアルコキシ基含有金属化合物(B)を少なくとも用いて得られる加水分解物および/またはその縮合物を含有し、上記バナジウムアルコキシド(A)は、一般式VO(OR)3(Rは、それぞれ独立にアルキル基を表す。)で表され、上記アルコキシ基含有金属化合物(B)は、Si、Ti、Zr、Al、Mg、SnおよびInからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素とアルコキシ基とを含有し、上記バナジウムアルコキシド(A)と上記化合物(B)とのモル比(A/B)が、0.005〜5である、金属表面処理剤。
【0015】
(2)上記加水分解物および/またはその縮合物の重量平均分子量が100〜5000である、上記(1)に記載の金属表面処理剤。
【0016】
(3)pHが2〜11である、上記(1)または(2)に記載の金属表面処理剤。
【0017】
(4)金属材料と、上記金属材料の表面上に塗布された上記(1)〜(3)のいずれかに記載の金属表面処理剤を加熱乾燥して得られた皮膜と、を備える表面処理金属材料。
【0018】
(5)上記金属材料が、亜鉛系めっき鋼板である、上記(4)に記載の表面処理金属材料。
【0019】
(6)上記加熱乾燥して得られた皮膜の質量が、0.05〜3g/mである、上記(4)または(5)に記載の表面処理金属材料。
【0020】
(7)上記(1)〜(3)のいずれかに記載の金属表面処理剤を金属材料の表面上に塗布する塗布工程と、上記金属材料の表面上に塗布された上記金属表面処理剤を加熱乾燥して皮膜を得る加熱乾燥工程と、を備える金属表面処理方法。
【0021】
(8)上記加熱乾燥工程における加熱乾燥温度が、50〜200℃である、上記(7)に記載の金属表面処理方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、上塗り塗装密着性、耐熱性、貯蔵安定性に優れると共に、特に、導電性および耐食性を高いレベルで両立させることができる皮膜を得ることができる金属表面処理剤を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
<金属表面処理剤>
本発明の金属表面処理剤は、バナジウムアルコキシド(A)およびアルコキシ基含有金属化合物(B)を少なくとも用いて得られる加水分解物および/またはその縮合物を含有し、上記バナジウムアルコキシド(A)は、一般式VO(OR)3(Rは、それぞれ独立にアルキル基を表す。)で表され、上記アルコキシ基含有金属化合物(B)は、Si、Ti、Zr、Al、Mg、SnおよびInからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素とアルコキシ基とを含有し、上記バナジウムアルコキシド(A)と上記化合物(B)とのモル比(A/B)が、0.005〜5である金属表面処理剤である。
以下、本発明の金属表面処理剤の構成成分について説明する。
【0024】
[バナジウムアルコキシド(A)]
上記バナジウムアルコキシド(A)は、一般式VO(OR)3(Rは、それぞれ独立にアルキル基を表す。)で表される化合物である。
上記バナジウムアルコキシド(A)は、水の存在下で加水分解して、アルコキシ基の一部が水酸基で置換された一般式VO(OR)2OHで表される化合物や、アルコキシ基の全部が水酸基に置換された化合物などを生成する。このような化合物を含有する金属表面処理剤から皮膜を得た場合、非晶質の酸化バナジウムを形成することができる。
上記バナジウムアルコキシド(A)より得られる非晶質の酸化バナジウムが皮膜中に含まれることにより、通常、トレードオフの関係にある耐食性と導電性とを高いレベルで両立できたと考えられる。
【0025】
一般に、非晶質の酸化バナジウムにおいては、バナジウムの原子価は5価に近い状態にあり、その導電機構はわずかに存在する4価のバナジウムイオンから5価のバナジウムイオンへ電子の流れが生じることにより起きるホッピング伝導であるといわれている。このため、非晶質の酸化バナジウムは、高い導電性を示す。
これに対して、結晶質の酸化バナジウムにおいては、バナジウムの原子価は5価であり、バナジウム間の原子価の違いにより生じるホッピング伝導が阻止されるため、導電性は悪くなる。
【0026】
上記バナジウムアルコキシド(A)は、アルコキシ基を有し、加水分解によりヒドロキシ基を有する。アルコキシ基およびヒドロキシ基は、いずれも電子供与基である。したがって、上記バナジウムアルコキシド(A)は、4価のバナジウムを作りやすい状態にあり、V4+→V5+間のホッピング伝導を促進するものと考えられる。
【0027】
一般式VO(OR)3中のRはそれぞれ独立にアルキル基を表し、取り扱いやすさや入手が容易である点から、炭素数1〜8のアルキル基が好ましく、炭素数1〜4のアルキル基がより好ましい。具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基などが挙げられる。なお、Rは、同一でも異なっていてもよい。
【0028】
上記バナジウムアルコキシド(A)の具体例としては、バナジウムオキシトリイソプロポキシド、バナジウムオキシトリブトキシド、バナジウムオキシトリエトキシド、バナジウムオキシトリイソブトキシド等が挙げられ、中でも、得られる皮膜の耐食性および導電性がより優れるという理由から、バナジウムオキシトリイソプロポキシド、バナジウムオキシトリブトキシドが好ましい。
【0029】
本発明の金属表面処理剤中における上記バナジウムアルコキシド(A)の仕込み量(含有量)は特に限定されないが、皮膜の耐食性、および、処理剤の貯蔵安定性の観点から、処理剤全量に対して、0.05〜20質量%であることが好ましく、0.1〜10質量%であることがより好ましい。
【0030】
[アルコキシ基含有金属化合物(B)]
上記アルコキシ基含有金属化合物(B)は、Si、Ti、Zr、Al、Mg、SnおよびInからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素とアルコキシ基とを含有する化合物である。
【0031】
本発明の金属表面処理剤においては、上記アルコキシ基含有金属化合物(B)が上記バナジウムアルコキシド(A)と共存することによって、得られる皮膜の耐食性、塗装密着性、導電性などをさらに高めることができる。
特に、導電性の向上に関しては、原子価が5価の酸化バナジウムと、それよりも原子価の低い4価以下の原子とを共存させることによって、上述したホッピング伝導を介して導電性が高まったと考えられる。
【0032】
また、得られる皮膜において、上記バナジウムアルコキシド(A)に由来するV(バナジウム元素)と、上記アルコキシ基含有金属化合物(B)に由来する金属元素Mとが、ゾルゲル反応(加水分解縮合反応)を通じて、例えば、V−O−M等の酸素を介したネットワークを形成するため、腐食環境下においても耐食性に寄与するV(バナジウム元素)の溶出を抑制することができ、耐食性が向上したと考えられる。
【0033】
上記アルコキシ基含有金属化合物(B)のなかでも、皮膜の耐食性、導電性により優れるという点で、Si、TiおよびZrから選ばれる金属元素を含有することが好ましく、Siが特に好ましい。
含有されるアルコキシ基としては特に制限されないが、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基などが挙げられる。
【0034】
上記アルコキシ基含有金属化合物(B)は以下の式(X)としても表すことができる。
1M(OR2m−n 式(X)
1は、有機基を表す。有機基としては特に制限されないが、例えば、1)アルキル基(例えば、メチル基、エチル基、プロピル基)、アリール基(例えば、フェニル基)、ビニル基等の炭化水素基(脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基など)、2)メルカプトプロピル基、メタクリロイルオキシプロピル基、γ−グリシドキシプロピル基、γ−ウレイドプロピル基、N,N−ジメチルアミノ基等の置換基を有する炭化水素基(置換炭化水素基)、3)アセチルアセトネート基、トリエタノールアミネート基、エチルアセトアセテート基など酸素結合性配位子が挙げられる。
Mは、Si、Ti、Zr、Al、Mg、SnおよびInからなる群から選ばれる金属原子を示す。
2は、アルキル基を表す。なかでも、炭素数1〜6が好ましく、炭素数1〜3がより好ましい。
1が複数ある場合、各R1はたがいに同一であっても異なっていてもよく、OR2が複数ある場合、各OR2はたがいに同一であっても異なっていてもよい。
mは、金属原子Mの価数であり、具体的には2〜4の整数を表す。nは、mが4の場合は0〜2の整数、mが3の場合は0〜1の整数であり、mが2の場合は0を表す。
【0035】
また、Siを含有するアルコキシ基含有金属化合物(B)の中でも、得られる皮膜が疎水性となり耐食性がより優れるという理由から、疎水性官能基を有するアルコキシ基含有化合物(B)が好ましく、ビニル基含有アルコキシシラン、メルカプト基含有アルコキシシランが特に好ましい。
【0036】
上記アルコキシ基含有金属化合物(B)の具体例としては、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、N−2−(アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、3−メタクロキシプロピルトリメトキシシラン、3−イソシアネートプロピルトリエトキシシラン、3−メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、チタンジイソプロポキシビス(アセチルアセトネート)、チタンジイソプロポキシビス(トリエタノールアミネート)、ジルコニウムトリブトキシモノアセチルアセトネート、ジルコニウムジブトキシビス(エチルアセトアセテート)、アルミニウムトリイソプロポキシド、アルミニウムトリ−tert−ブトキシド、マグネシウムジブトキシド、マグネシウムジイソプロポキシド、スズテトライソプロポキシド、スズテトラ−secブトキシド、インジウムトリイソプロポキシド、インジウムトリ−tert−ブトキシド等が挙げられる。
これらのうち、耐食性および導電性がより優れるという理由から、ビニルトリメトキシシラン、チタンジイソプロポキシビス(アセチルアセトネート)、ジルコニウムトリブトキシモノアセチルアセトネートが好ましい。
【0037】
本発明の金属表面処理剤中における上記アルコキシ基含有金属化合物(B)の仕込み量(含有量)は特に制限されないが、皮膜の耐食性、および、処理剤の貯蔵安定性の観点から、処理剤全量に対して、0.50〜20質量%であることが好ましい。
【0038】
[加水分解物および/またはその縮合物]
本発明の金属表面処理剤は、上記バナジウムアルコキシド(A)と上記アルコキシ基含有金属化合物(B)とを少なくとも用いて得られる加水分解物および/またはその縮合物を含有する。言い換えれば、上記バナジウムアルコキシド(A)と上記アルコキシ基含有金属化合物(B)とを含む出発原料(加水分解性化合物原料)を加水分解、縮合して得られる加水分解物および/またはその縮合物を含有する。
なお、「バナジウムアルコキシド(A)とアルコキシ基含有金属化合物(B)とを用いて得られる加水分解物」は、バナジウムアルコキシド(A)の加水分解物と、アルコキシ基含有金属化合物(B)の加水分解物と、を含む概念である。
また、「バナジウムアルコキシド(A)とアルコキシ基含有金属化合物(B)とを用いて得られる加水分解物の縮合物」は、バナジウムアルコキシド(A)の加水分解物縮合物と、アルコキシ基含有金属化合物(B)の加水分解物縮合物と、バナジウムアルコキシド(A)とアルコキシ基含有金属化合物(B)との加水分解物縮合物(共縮合物)と、を含む概念である。
なお、バナジウムアルコキシド(A)とアルコキシ基含有金属化合物(B)のほかに、本発明の効果を損なわない範囲で、原料として他の加水分解性化合物を併用してもよい。
【0039】
上記バナジウムアルコキシド(A)と上記アルコキシ基含有金属化合物(B)とは、例えば、溶媒中(水中など)で加水分解反応を経て縮合反応に至る。加水分解反応によって、V−OHとM−OH(MはSi、Ti、Zr、Al、Mg、SnおよびInからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素)が生成する。加水分解反応が十分に進めば、縮合反応によるV−O−V、M−O−M、V−O−Mの生成も速やかに行われるため重量平均分子量の増加につながる。加水分解反応、縮合反応は温度と時間に影響されるため、必要に応じて加温や反応時間を調整して目的とする重量平均分子量にすることが好ましい。
【0040】
本発明の金属表面処理剤から得られる皮膜は、上記バナジウムアルコキシド(A)または上記アルコキシ基含有金属化合物(B)のいずれか一方をのみを含有する金属表面処理剤から皮膜と比較して、耐食性および導電性に優れる。
これは、ホッピング伝導が促進され導電率を向上させるためであり、また分子量が増大することにより酸素透過性や水蒸気透過性が抑制され、優れたバリア性を発揮し耐食性を向上させるためである。また、縮合に寄与しなかったヒドロキシル基は上塗り塗料が有する極性基と反応し、上塗り塗装密着性を向上させる。
【0041】
[モル比(A/B)]
本発明の金属表面処理剤において、使用される上記バナジウムアルコキシド(A)と上記アルコキシ基含有金属化合物(B)とのモル比(A/B)は、0.005〜5であり、0.01〜1であることが好ましく、0.05〜0.5であることが好ましい。
モル比(A/B)が0.005未満であると、耐食性が得られないばかりか、上記バナジウムアルコキシド(A)によるホッピング伝導の効果が小さくなるため導電性が劣る。また、モル比(A/B)が5を越えると、皮膜中のバナジウムの固定率が低下し耐食性および耐熱性が劣り、さらに処理剤の貯蔵安定性も悪化する。
【0042】
[重量平均分子量]
本発明においては、上記バナジウムアルコキシド(A)と上記アルコキシ基含有金属化合物(B)とを少なくとも用いて得られる加水分解物および/またはその縮合物の重量平均分子量は、100〜5000であることが好ましく、200〜2000であることがより好ましい。
重量平均分子量がこの範囲であれば、上記バナジウムアルコキシド(A)と上記アルコキシ基含有金属化合物(B)との縮合が充分であるため皮膜の耐食性がより優れる。また、重量平均分子量がこの範囲であれば、分子量が適切であるため処理剤の貯蔵安定性も良好である。
なお、重量平均分子量が低すぎると、縮合が不十分となり十分な耐食性が得難い場合があり、重量平均分子量が高すぎると、十分な処理剤の貯蔵安定性が得られない場合がある。
【0043】
[pH]
本発明の金属表面処理剤は、pHが2〜11であることが好ましく、4〜9であることがより好ましい。
pHがこの範囲であれば、金属表面処理剤を金属材料に塗布してから乾燥または加熱処理により皮膜が形成されるまでの過程で金属材料が過剰にエッチングされず、得られる金属材料の外観が良好となる。また、pHがこの範囲であれば、金属表面処理剤の液安定性も良好である。
pHが低すぎると、金属材料の外観が一部損なわれることがあり、pHが高すぎると、十分な処理剤の液安定性が得られないことがある。
【0044】
pHを調整するためのpH調整剤としては従来公知のものを用いることができ、例えば、リン酸、フッ化水素酸、硝酸、ギ酸、酢酸、乳酸、グリコール酸、ホスホン酸、クエン酸、酒石酸、アンモニア、水酸化ナトリウム、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、エチレンジアミン等が挙げられる。
これらのうち、貯蔵安定性およびエッチング効果の観点から、酢酸、アンモニアが好ましい。
【0045】
[溶媒]
本発明の金属表面処理剤は溶剤を含んでいてもよく、溶媒としては水を主体とするが、皮膜の乾燥性改善など必要に応じて、アルコール、ケトン、セロソルブ系の水溶性有機溶剤を添加した水性媒体であってもよい。
本発明の金属表面処理剤における溶媒量は特に限定されないが、処理剤全量に対して、1〜99質量%であることが好ましく、30〜95質量%であることがより好ましく、50〜90質量%であることが特に好ましい。
【0046】
[添加剤]
本発明の金属表面処理剤には、本発明の趣旨や皮膜性能を損なわない範囲で、界面活性剤、消泡剤、レベリング剤等の添加剤を添加することができる。
【0047】
<表面処理金属材料>
本発明の表面処理金属材料は、金属材料と、上記金属材料の表面上に塗布された本発明の金属表面処理剤を加熱乾燥して得られた皮膜と、を備える表面処理金属材料である。
【0048】
上記金属材料としては、例えば、鉄、鉄を主体とする合金、アルミニウム、アルミニウムを主体とする合金、銅、銅を主体とする合金、これらの金属材料をめっきしためっき金属材料等が挙げられ、中でも、亜鉛系めっき鋼板が好ましい。
亜鉛系めっき鋼板としては、亜鉛めっき鋼板、亜鉛−ニッケルめっき鋼板、亜鉛−鉄めっき鋼板、亜鉛−クロムめっき鋼板、亜鉛−アルミニウムめっき鋼板、亜鉛−チタンめっき鋼板、亜鉛−マグネシウムめっき鋼板、亜鉛−マンガンめっき鋼板、亜鉛−アルミニウム−マグネシウムめっき鋼板、亜鉛−アルミニウム−マグネシウム−シリコンめっき鋼板等が挙げられる。
また、亜鉛系めっき鋼板としては、上述した亜鉛系めっき鋼板におけるめっき層に、コバルト、モリブデン、タングステン、ニッケル、チタン、クロム、アルミニウム、マンガン、鉄、マグネシウム、鉛、ビスマス、アンチモン、錫、銅、カドミウム、ヒ素等を少量の異種金属元素もしくは不純物として含有させたもの;シリカ、アルミナ、チタニア等の無機物を分散させたもの;等も用いることができる。
さらに、亜鉛系めっき鋼板としては、上述した亜鉛系めっきと他種類のめっき(例えば、鉄めっき、鉄−リンめっき、ニッケルめっき、コバルトめっき等)とを組み合わせた複層めっき鋼板も用いることができる。
めっき方法は特に限定されず、公知のめっき法、例えば、電気めっき法、溶融めっき法、蒸着めっき法、分散めっき法、真空めっき法、置換めっき法、化学めっき法等を用いることができる。
【0049】
本発明の金属表面処理剤を加熱乾燥して得られた皮膜の質量は、0.05〜3g/m2であることが好ましく、0.1〜1.5g/m2であることがより好ましい。
皮膜質量がこの範囲であると、上記金属材料の表面が十分に被覆されて各種性能が発揮され、皮膜が割れにくく密着性がより良好になり、導電性もより優れる。
【0050】
<金属表面処理方法>
本発明の金属表面処理方法は、本発明の金属表面処理剤を上記金属材料の表面上に塗布する塗布工程と、上記金属材料の表面上に塗布された本発明の金属表面処理剤を加熱乾燥して皮膜を得る加熱乾燥工程と、を備える金属表面処理方法である。
なお、本発明の金属表面処理剤を塗布する前に、必要に応じて、上記金属材料の表面を脱脂処理してもよい。
【0051】
上記塗布工程における塗布の手段としては、特に限定されず、例えば、一般に使用されるロールコート、シャワーコート、エアースプレー、エアレススプレー、カーテンフローコート、刷毛塗り、浸漬等が挙げられる。
【0052】
上記加熱乾燥工程は、上記塗布工程の後、上記金属材料を水洗することなく、行う。上記加熱乾燥工程における加熱乾燥の手段としては、ドライヤー、熱風炉、高周波誘導加熱炉、赤外線炉等が挙げられる。
上記加熱乾燥工程における加熱乾燥温度は、50〜200℃であることが好ましく、60〜150℃であることがより好ましい。加熱乾燥温度がこの範囲であれば、水分蒸発速度が速く乾燥効率がより良好であり、また、得られる皮膜の性能向上も期待できる。
【実施例】
【0053】
以下に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0054】
<金属表面処理剤の調製>
後述する第1表に示す混合比に従って、バナジウムアルコキシド(A)とアルコキシ基含有金属化合物(B)とをあらかじめ混合しておいてから蒸留水に滴下した。混合物を30分間攪拌し、pH調整剤によりpHを調整し、所定の金属表面処理剤を得た。
【0055】
得られた金属表面処理剤におけるバナジウムアルコキシド(A)とアルコキシ基含有金属化合物(B)とを用いて得られる加水分解物および/またはその縮合物の重量平均分子量は、ゲル濾過クロマトグラフィー(GFC)を用いて求めた。GFCの測定条件を以下に示す。
・分析装置:TRI ROTAR−V(JASCO)
・検出器:示差屈折計830−RI(JASCO)、セル温度50℃
・カラム恒温槽:TU−100(JASCO)、温度55℃
・ガードカラム:OHpak Q−800P(shodex)、内径8mm×50mm
・カラム:OHpak Q−802(shodex)、内径8mm×500mm
・溶離液:蒸留水
・流量:0.7mL/min
・標準物質:ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール
【0056】
<金属表面処理剤の組成>
第1表に、金属表面処理剤の調製に用いた各成分の種類、バナジウムアルコキシド(A)とアルコキシ基含有金属化合物(B)とのモル比(A/B)、バナジウムアルコキシド(A)とアルコキシ基含有金属化合物(B)とを用いて得られる加水分解物および/またはその縮合物の重量平均分子量、および、金属表面処理剤のpHを示す。第1表中、バナジウムアルコキシド(A)およびアルコキシ基含有金属化合物(B)の質量%は、処理剤全量に対する仕込み量(質量%)を表す。
なお、実施例1〜25においては、バナジウムアルコキシド(A)の加水分解物およびその縮合物、アルコキシ基含有金属化合物の加水分解物およびその縮合物、ならびに、バナジウムアルコキシド(A)とアルコキシ基含有金属化合物との共縮合物が含有されていた。
第1表に示す記号に対応する各成分の具体名を以下に示す。
【0057】
・バナジウムアルコキシド(A)
A1:バナジウムオキシトリイソプロポキシド
A2:バナジウムオキシトリブトキシド
A3:メタバナジン酸アンモニウム
A4:バナジウムアセチルアセトネート
A5:バナジウムジイソプロポキシビス(アセチルアセトネート)
【0058】
・アルコキシ基含有金属化合物(B)
B1:ビニルトリメトキシシラン
B2:3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン
B3:3−アミノプロピルトリエトキシシラン
B4:チタンジイソプロポキシビス(アセチルアセトネート)
B5:ジルコニウムトリブトキシモノアセチルアセトネート
B6:アルミニウムトリイソプロポキシド
B7:マグネシウムジブトキシド
B8:スズテトライソプロポキシド
B9:インジウムトリイソプロポキシド
【0059】
・pH調整剤
D1:リン酸
D2:モノエタノールアミン
D3:酢酸
D4:アンモニア
【0060】
<金属表面処理方法>
金属材料として板厚0.6mmの溶融亜鉛めっき鋼板(片面当たりの付着量60g/m2)を使用し、これをアルカリ脱脂および水洗した後、調製した金属表面処理剤をめっき鋼板の片面にバーコーターにより塗布し加熱乾燥し、表面処理金属材料を作製した。形成された皮膜の皮膜質量および加熱温度(PMT:最高到達板温度)を、第1表に示す。
得られた表面処理金属材料を以下の方法で評価した。
【0061】
<評価方法>
(1)平面部耐食性
無加工の表面処理金属材料の試験片を用いて、JIS−Z−2371に基づいた塩水噴霧240時間後の白錆発生面積率により次のように評価した。
◎ :5%未満
○ :5%以上、10%未満
△ :10%以上、50%未満
× :50%以上
【0062】
(2)アルカリ脱脂後耐食性
無加工の表面処理金属材料の試験片を用いて、アルカリ脱脂剤CL−N364S(日本パーカライジング社製)(20g/L、60℃、10秒スプレー、スプレー圧0.5kg/cm2)で脱脂した後、スプレー水洗を10秒行ってから、JIS−Z−2371に基づいた塩水噴霧120時間後の白錆発生面積率により次のように評価した。
◎ :5%未満
○ :5%以上、10%未満
△ :10%以上、50%未満
× :50%以上
【0063】
(3)加工部耐食性
無加工の表面処理金属材料の試験片を用いて、エリクセン7mm押出し加工してから、JIS−Z−2371に基づいた塩水噴霧120時間後の白錆発生面積率により次のように評価した。
◎ :5%未満
○ :5%以上、10%未満
△ :10%以上、50%未満
× :50%以上
【0064】
(4)導電性
表面処理金属材料の試験片を用いて、4探針式表面抵抗測定装置で表面抵抗が10−3Ω以下になる荷重を次のように評価した。
・測定装置:Loresta GP(三菱化学)
・プローブ:ASP
◎:100g未満
○:100g以上、250g未満
△:250g以上、500g未満
×:500g以上
【0065】
(5)上塗り塗装密着性
表面処理金属材料の試験片に、バーコーターを用いてメラミンアルキッド樹脂塗料を乾燥膜厚が25μmとなるように塗布し、炉温130℃で20分間焼き付けた。次に、カッターで1mm、100マスの碁盤目を施し、更にその部位を7mm押し出しでエリクセン加工を施した。加工を施した部分のテープ剥離試験を実施し、樹脂層の残存数を次のように評価した。
○:100個
△:50個以上99個以下
×:50個未満
【0066】
(6)耐熱性
表面処理金属材料の試験片を300℃で20分間加熱し、加熱前後の色差△E(ハンター表色系におけるE値の差)を測定し、次のように評価した。
○:1未満
△:1以上、3未満
×:3以上
【0067】
(7)貯蔵安定性
金属表面処理剤を40℃の雰囲気で静置した場合にゲル化、沈殿が発生するまでの期間で貯蔵安定性を次のように評価した。
○:1ヶ月以上
×:1ヶ月未満
【0068】
第1表に評価結果を示す。
第1表に示す評価結果から、実施例1〜25は、耐食性および導電性がともに優れ、また、上塗り塗装密着性、耐熱性、貯蔵安定性も良好であることが分かった。
【0069】
また、実施例1〜6を見ると、モル比(A/B)が0.05である実施例3、および、0.5である実施例4が、耐食性および導電性により優れることが分かった。
また、実施例7〜11を見ると、処理剤の広範囲なpH領域において、優れた効果が得られることが分かった。
また、実施例12〜16を見ると、種々の皮膜質量において、優れた効果が得られることが分かった。
【0070】
また、実施例1〜11を見ると、B2(3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン)を用いた実施例7〜11よりも、B1(ビニルトリメトキシシラン)を用いた実施例1〜6の方が、耐食性(アルカリ脱脂後)および導電性により優れることが分かった。
また、実施例1〜6,12〜16を見ると、B3(3−アミノプロピルトリエトキシシラン)を用いた実施例12〜16よりも、B1(ビニルトリメトキシシラン)を用いた実施例1〜6の方が、耐食性(アルカリ脱脂後)および導電性により優れることが分かった。
【0071】
また、実施例17〜25を見ると、B1(ビニルトリメトキシシラン)を用いた実施例17、B4(チタンジイソプロポキシビス(アセチルアセトネート))を用いた実施例20、B5(ジルコニウムトリブトキシモノアセチルアセトネート)を用いた実施例21が、耐食性により優れることが分かった。
【0072】
これに対し、第1表に示す評価結果から、バナジウムアルコキシド(A)を含有しない比較例1は、皮膜のバリア性およびホッピング伝導効果が得られず、耐食性および導電性が両方ともに劣ることが分かった。さらには、塗装密着性および耐熱性にも劣っていた。
また、モル比(A/B)本発明の範囲(0.005〜5)の下限値未満である比較例2は、耐食性が得られないばかり、ホッピング伝導の効果が小さくなるため導電性が劣ることが分かった。
また、モル比(A/B)が本発明の範囲(0.005〜5)の上限値を超えた比較例3は、皮膜中のバナジウムの固定率が低下し、耐食性に劣ることが分かった。
また、アルコキシ基含有金属化合物(B)を含有しない比較例4は、耐食性および塗装密着性に劣ることが分かった。
また、バナジウムアルコキシド(A)が、A3(メタバナジン酸アンモニウム)、A4(バナジウムアセチルアセトネート、または、A5(バナジウムジイソプロポキシビス(アセチルアセトネート))である比較例5〜7は、皮膜のバリア性およびホッピング伝導効果が得られず、耐食性および導電性がともに劣ることが分かった。
【0073】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
バナジウムアルコキシド(A)およびアルコキシ基含有金属化合物(B)を少なくとも用いて得られる加水分解物および/またはその縮合物を含有し、
前記バナジウムアルコキシド(A)は、一般式VO(OR)3(Rは、それぞれ独立にアルキル基を表す。)で表され、
前記アルコキシ基含有金属化合物(B)は、Si、Ti、Zr、Al、Mg、SnおよびInからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素とアルコキシ基とを含有し、
前記バナジウムアルコキシド(A)と前記化合物(B)とのモル比(A/B)が、0.005〜5である、金属表面処理剤。
【請求項2】
前記加水分解物および/またはその縮合物の重量平均分子量が100〜5000である、請求項1に記載の金属表面処理剤。
【請求項3】
pHが2〜11である、請求項1または2に記載の金属表面処理剤。
【請求項4】
金属材料と、前記金属材料の表面上に塗布された請求項1〜3のいずれかに記載の金属表面処理剤を加熱乾燥して得られた皮膜と、を備える表面処理金属材料。
【請求項5】
前記金属材料が、亜鉛系めっき鋼板である、請求項4に記載の表面処理金属材料。
【請求項6】
前記加熱乾燥して得られた皮膜の質量が、0.05〜3g/m2である、請求項4または5に記載の表面処理金属材料。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれかに記載の金属表面処理剤を金属材料の表面上に塗布する塗布工程と、前記金属材料の表面上に塗布された前記金属表面処理剤を加熱乾燥して皮膜を得る加熱乾燥工程と、を備える金属表面処理方法。
【請求項8】
前記加熱乾燥工程における加熱乾燥温度が、50〜200℃である、請求項7に記載の金属表面処理方法。

【公開番号】特開2011−157620(P2011−157620A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−22928(P2010−22928)
【出願日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】