説明

金属表面処理剤及び金属表面処理方法

【課題】ステンレス鋼からなる基材表面に樹脂フィルムをラミネートし、その後に成形加工を施した場合であっても、そのラミネートフィルムが剥離しないような高い密着性を付与し、さらに溶剤や酸に曝されても長期間にわたって安定した密着性を維持し得る表面処理皮膜を形成するための金属表面処理剤を提供する。
【解決手段】ステンレス鋼からなる基材表面にラミネート下地用金属表面処理皮膜を形成するための金属表面処理剤であって、Cr(III)化合物(A)と、造膜性を有する有機化合物及び無機化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物(B)とを含有し、前記Cr(III)化合物(A)の金属Cr換算質量をMとし、前記化合物(B)の質量をNとしたとき、N/Mを0.005〜1とするように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼からなる基材表面とラミネートフィルム又は樹脂塗膜との密着性を向上させることができる表面処理皮膜を形成するための、ラミネート下地用の金属表面処理剤、及びその金属表面処理剤を用いた金属表面処理方法に関する。
【0002】
更に詳しくは、ステンレス鋼からなる基材表面に樹脂フィルムをラミネートし又は樹脂塗膜を形成し、その後に深絞り加工、しごき加工又はストレッチドロー加工等の厳しい成形加工を施した場合であっても、そのラミネートフィルム又は樹脂塗膜が剥離しないような高い密着性を付与することができ、更には酸や溶剤等に長時間曝されても高い密着性を維持し得る耐薬品性に優れた表面処理皮膜を形成するための、ラミネート下地用金属表面処理剤等に関する。
【背景技術】
【0003】
ラミネート加工は、樹脂製のフィルム(以下、樹脂フィルム又はラミネートフィルムという。)を金属材料の表面に加熱圧着する加工手段であって、表面を保護すること又は意匠性を付与することを目的とした金属材料表面の被覆方法の一つであり、様々な分野で使用されている。このラミネート加工は、金属材料の表面に樹脂組成物を塗布乾燥することによって樹脂塗膜を形成する方法に比べ、乾燥時に発生する溶剤や二酸化炭素等の廃棄ガス又は温暖化ガスの発生量が少ない。そのため、環境保全の面において好ましく適用され、その用途は拡大し、例えば、アルミニウム薄板材、スチール薄板材、包装用アルミニウム箔又はステンレス箔等を素材とした食品用缶のボディー若しくは蓋材、食品用容器、又は、乾電池容器等に用いられている。
【0004】
特に最近では、携帯電話、電子手帳、ノート型パソコン又はビデオカメラ等に用いられるモバイル用リチウムイオン2次電池の外装材として、軽量でバリアー性の高いアルミニウム箔又はステンレス箔等の金属箔が好ましく用いられており、こうした金属箔の表面にラミネート加工が適用されている。また、電気自動車又はハイブリッド自動車の駆動エネルギーとしてリチウムイオン2次電池が検討されているが、その外装材としても、ラミネート加工した金属箔が検討されている。
【0005】
こうしたラミネート加工に用いるラミネートフィルムは、直接金属材料に貼り合わせた後に加熱圧着する。そのため、樹脂組成物を塗布乾燥してなる一般的な樹脂塗膜に比べて原材料のムダを抑制できる、ピンホール(欠陥部)が少ない、及び加工性が優れる、等の利点がある。ラミネートフィルムの材料としては、一般に、ポリエチレンテレフタレート及びポリエチレンナフタレート等のポリエステル系樹脂、ポリエチレン及びポリプロピレン等のポリオレフィン、ナイロン等のポリアミド系樹脂が用いられている。
【0006】
ラミネートフィルムを金属材料の表面(以下、単に「金属表面」ともいう。)にラミネート加工する際、ラミネートフィルムと金属表面との密着性及び金属表面の耐食性を向上させるために、金属表面を脱脂洗浄した後、通常、リン酸クロメート等の化成処理等が施される。しかしながら、こうした化成処理は、処理後に余剰の処理液を除去するための洗浄工程が必要であり、その洗浄工程から排出される洗浄水の廃水処理にコストがかかる。特にリン酸クロメート等の化成処理等は六価クロムを含む処理液が用いられるので、近年の環境的配慮から敬遠される傾向にある。
【0007】
一方、金属表面に化成処理等の処理を施さないでラミネート加工を行うと、金属表面からラミネートフィルムが剥離したり金属材料に腐食が生じたりするという問題がある。例えば、食品用容器又は包材においては、ラミネート加工後の容器又は包材に内容物を加えた後に殺菌を目的とした加熱処理を施すが、その加熱処理時に金属表面からラミネートフィルムが剥離することがある。また、リチウムイオン2次電池の外装材等においては、その製造工程で加工度の高い加工を受ける。リチウムイオン2次電池の電解質は、炭酸エチル又は炭酸ジエチル等の有機溶剤と、ヘキサフルオロリン酸リチウム又はテトラフルオロホウ酸リチウム等のフッ素系リチウム錯塩とが用いられる。そのため、こうした外装材が長期間使用されると、電解質である有機溶剤のみならず、大気中の水分が容器内に浸入し、これが電解質と反応してフッ化水素酸を生成し、そのフッ化水素酸がラミネートフィルムを透過して金属表面とラミネートフィルムとの剥離を発生させるとともに、金属表面を腐食するという問題がある。また、ラミネートする前に金属材料を予備加熱(200〜300℃)する場合があり、熱によって皮膜が劣化し密着性を低下させる問題がある。
【0008】
こうした問題に対しては、ラミネート加工に先立って、金属表面にラミネートフィルムとの密着性を高めるための皮膜を形成する方法や処理剤等が提案されている。例えば、特許文献1では、特定量の水溶性ジルコニウム化合物と、特定構造の水溶性又は水分散性アクリル樹脂と、水溶性又は水分散性熱硬化型架橋剤とを含有する下地処理剤が提案されている。また、特許文献2では、特定量の水溶性ジルコニウム化合物及び/又は水溶性チタン化合物と、有機ホスホン酸化合物と、タンニンとからなるノンクロム金属表面処理剤が提案されている。また、特許文献3では、アミノ化フェノール重合体と、Ti及びZr等の特定の金属化合物とを含有し、pHが1.5〜6.0の範囲である金属表面処理薬剤が提案されている。また、特許文献4では、アミノ化フェノール重合体と、アクリル系重合体と、金属化合物と、更に必要に応じてリン化合物(C)とを含有する樹脂膜が提案されている。
【0009】
また、3価クロム化合物を用いた6価クロムフリーの化成表面処理剤としては、例えば特許文献5では、リン酸塩と、3価のクロム化合物と、フッ素化合物と、Zn,Ni等の金属化合物とを含む化成表面処理剤が提案され、耐食性と密着性に優れたリン酸クロメート皮膜を形成できるとされている。また、特許文献6では、3価のクロム化合物と、Zr化合物及び/又はTi化合物と、硝酸塩化合物と、Al化合物と、フッ素化合物とを含む化成表面処理剤が提案され、耐食性と密着性に優れた化成処理膜を形成できるとされている。また、特許文献7では、水とフルオロメタレートアニオン成分と水溶性フッ化クロム成分とを含む金属表面被覆組成物が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−265821号公報
【特許文献2】特開2003−313680号公報
【特許文献3】特開2003−138382号公報
【特許文献4】特開2004−262143号公報
【特許文献5】特開平7−126859号公報
【特許文献6】特開2006−328501号公報
【特許文献7】特表2009−536692号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献5〜7で提案された処理剤は、いずれもクロムを含有する表面処理剤であり、形成された表面処理皮膜は、耐食性と耐熱性に優れるという利点がある。しかしながら、耐食性をより高めようとして皮膜中のクロム含有量を増すと、成形加工性が低下する傾向がある。特に、深絞り加工、しごき加工又はストレッチドロー加工等の厳しい成形加工を施した場合に、皮膜に剥離や亀裂が生じるおそれがあり、その結果、金属材料の耐食性が低下するおそれがある。
【0012】
また、特許文献5〜7で提案された表面処理剤は、主としてアルミニウム、アルミニウム合金材料を処理対象とした、いわゆる反応型処理剤である。処理剤中のフリーのフッ化水素により金属基材の表面の溶解を促し、その溶解に基づく界面反応によってクロム等を含む表面処理皮膜が形成される反応型処理剤での処理では、処理後に水洗を行うので、排水処理において、処理剤に含まれる重金属の処理にコストをかける必要もある。
【0013】
本発明の目的は、ステンレス鋼からなる基材表面に樹脂フィルムをラミネートし又は樹脂塗膜を形成し、その後に深絞り加工、しごき加工又はストレッチドロー加工等の厳しい成形加工を施した場合であっても、そのラミネートフィルム又は樹脂塗膜が剥離しないような高い密着性を付与し、さらに溶剤や酸に曝されても長期間にわたって安定した密着性を維持し得る表面処理皮膜を形成するための、ラミネート下地用の金属表面処理剤を提供することにある。また、本発明の他の目的は、その金属表面処理剤を用いた金属表面処理方法、その金属表面処理方法で形成された金属表面処理皮膜、及び、その金属表面処理方法で形成した表面処理皮膜を有する金属材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するための本発明に係る金属表面処理剤は、ステンレス鋼からなる基材表面にラミネート下地用金属表面処理皮膜を形成するための金属表面処理剤であって、Cr(III)化合物(A)と、造膜性を有する有機化合物及び無機化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物(B)とを含有し、前記Cr(III)化合物(A)の金属Cr換算質量をMとし、前記化合物(B)の質量をNとしたとき、N/Mが0.005〜1であることを特徴とする。
【0015】
この発明によれば、Cr(III)化合物(A)の金属Cr換算質量をMとし、化合物(B)の質量をNとしたときのN/Mを上記範囲内とし、金属表面処理剤中のCr(III)化合物の含有量をリッチな状態としたので、ステンレス鋼からなる基材表面に形成された表面処理皮膜も耐食性と耐熱性に優れたCrリッチな表面処理皮膜となる。しかも、この金属表面処理剤は造膜性を有する化合物(B)を有するので、Crに対するバインダー能が高く、かつステンレス鋼からなる基材表面への密着性に優れるため、成形加工性に優れた表面処理皮膜を形成できる。その結果、本発明の金属表面処理剤によれば、深絞り加工、しごき加工又はストレッチドロー加工等の厳しい成形加工を施した場合であっても、表面処理皮膜に剥離や亀裂が生じ難い高い密着性を奏し、さらに溶剤や酸に曝されても長期間にわたって安定した密着性を維持し得る表面処理皮膜を形成することができる。
【0016】
本発明に係る金属表面処理剤において、前記化合物(B)が、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、ポリオレフィン系樹脂、アクリル樹脂、ビニル樹脂、フェノール樹脂及び天然高分子から選ばれる1種又は2種以上の樹脂化合物(b1)と、珪酸化合物、ジルコニウム化合物、チタン化合物及びリン酸塩化合物から選ばれる1種又は2種以上の無機化合物(b2)と、水酸基、カルボキシル基、ホスホン酸基、りん酸基、アミノ基及びアミド基から選ばれる少なくとも1種の官能基を一分子内に2個以上有する有機キレート化合物(b3)と、から選ばれる少なくとも1種である。
【0017】
この発明によれば、造膜性を有する化合部(B)が、上記樹脂化合物(b1)と上記無機化合物(b2)と上記有機キレート化合物(b3)とから選ばれる少なくとも1種であるので、こうした化合物(B)は、Crリッチな表面処理皮膜中において、高い成形加工性と密着性をもたらす架橋性能(バインダー能)を有する。その結果、深絞り加工、しごき加工又はストレッチドロー加工等の厳しい成形加工を施した場合であっても、表面処理皮膜に剥離や亀裂が生じ難い高い密着性を奏し、さらに溶剤や酸に曝されても長期間にわたって安定した密着性を維持し得る表面処理皮膜を形成することができる。
【0018】
本発明に係る金属表面処理剤において、前記金属表面処理剤は、該金属表面処理剤を前記金属基材の表面に塗布した後に乾燥して前記金属表面処理皮膜を形成する。
【0019】
この発明の金属表面処理剤は、金属表面処理剤を金属基材の表面に塗布した後に乾燥して金属表面処理皮膜を形成する、いわゆる塗布型処理剤である。また、塗布型方法に係る本発明の金属表面処理剤は、反応型処理剤を用いた場合のような処理後の水洗が不要であるので、処理コストを低減できるとともに、省スペースを達成できる。
【0020】
上記課題を解決するための本発明に係る金属表面処理方法は、上記本発明に係る金属表面処理剤をステンレス鋼からなる基材表面に塗布した後、60〜250℃の温度で加熱乾燥して表面処理皮膜を形成することを特徴とする。
【0021】
この発明によれば、上記したように、表面処理皮膜に剥離や亀裂が生じ難い高い密着性を奏し、さらに溶剤や酸に曝されても長期間にわたって安定した密着性を維持し得る表面処理皮膜を形成することができる。また、反応型処理剤を用いた場合のような処理後の水洗が不要となる塗布型方法であるので、処理コストを低減できる。
【0022】
上記課題を解決するための本発明に係る金属表面処理皮膜は、上記本発明に係る金属処理表面方法で形成されたことを特徴とする。
【0023】
この発明の金属表面処理皮膜は、上記した金属表面処理剤を塗布型方法に係る金属表面処理方法で処理して形成される。形成された表面処理皮膜は、剥離や亀裂が生じ難い高い密着性を奏し、さらに溶剤や酸に曝されても長期間にわたって安定した密着性を維持し得る表面処理皮膜を形成することができる。また、反応型処理剤を用いた場合のような処理後の水洗が不要となる塗布型方法で形成されるので、低コストの処理膜として形成される。
【0024】
上記課題を解決するための本発明に係る金属材料は、上記本発明に係る金属表面処理方法で形成された表面処理皮膜を、ステンレス鋼からなる基材表面に設けてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る金属表面処理剤によれば、深絞り加工、しごき加工又はストレッチドロー加工等の厳しい成形加工を施した場合であっても、表面処理皮膜に剥離や亀裂が生じ難い高い密着性を奏し、さらに溶剤や酸に曝されても長期間にわたって安定した密着性を維持し得る表面処理皮膜を形成することができる。
【0026】
本発明に係る金属表面処理方法によれば、本発明に係る金属表面処理剤をステンレス鋼からなる基材表面に塗布した後に加熱乾燥するので、その基材表面に、耐食性、耐熱性、強加工密着性及び耐薬品安定性に優れた表面処理皮膜を形成することができる。金属表面処理剤を塗布した後、水洗することなく加熱乾燥するので、水洗に伴う排水処理が不要であり、処理コストを低減できるとともに、省スペースを達成できる。
【0027】
本発明に係る金属表面処理皮膜によれば、剥離や亀裂が生じ難い高い密着性を奏し、さらに溶剤や酸に曝されても長期間にわたって安定した密着性を維持することができる。また、反応型処理剤を用いた場合のような処理後の水洗が不要となる塗布型方法で形成されるので、低コストの処理膜となる。
【0028】
本発明に係る金属材料によれば、上記特性を有する金属表面処理皮膜をステンレス鋼からなる基材表面に有するので、その表面処理皮膜上に樹脂フィルムをラミネートし又は樹脂塗膜を形成したものは、深絞り加工、しごき加工又はストレッチドロー加工等の厳しい成形加工を施した場合であっても、そのラミネートフィルム又は樹脂塗膜が剥離し難く、且つ溶剤や酸に曝されても長期間にわたって安定した密着性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明に係る金属表面処理剤を用いて表面処理皮膜を形成してなる金属材料の一例を示す模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明に係る金属表面処理剤、金属表面処理方法、金属表面処理皮膜及び金属材料について説明する。
【0031】
[金属表面処理剤]
本発明に係る金属表面処理剤は、図1に示すステンレス鋼からなる基材1の表面にラミネート材3(樹脂フィルム又はラミネートフィルム)の下地用の金属表面処理皮膜2を形成するための処理剤である。そして、その特徴は、金属表面処理剤が、Cr(III)化合物(A)と、造膜性を有する有機化合物及び無機化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物(B)とを含有し、前記Cr(III)化合物(A)の金属Cr換算質量をMとし、前記化合物(B)の質量をNとしたとき、N/Mが0.005〜1であることにある。
【0032】
以下、本発明の構成を詳しく説明する。
【0033】
(化合物(A))
Cr(III)化合物(A)は、6価クロムを含まない3価のクロム化合物である。このCr(III)化合物を含む金属表面処理剤で表面処理皮膜を形成すれば、金属Crが金属基材と反応して基材表面と表面処理皮膜とを強固に密着させることができる。Cr(III)化合物自体でCr化合物層を形成することができるが、さらに化合物(B)を含むことにより、金属表面処理剤は優れた造膜性を示し、その結果、その金属表面処理剤で形成された表面処理皮膜は、耐水性及び耐薬品性が向上し、特に耐食性が飛躍的に向上する。
【0034】
Cr(III)化合物としては、クロムの塩、錯化合物又は配位化合物を挙げることができ、具体的には、硫酸クロム、硝酸クロム、フッ化クロム、燐酸クロム、蓚酸クロム、酢酸クロム、重燐酸クロム、クロムアセチルアセトネート(Cr(C)等の3価クロム化合物が挙げられる。また、還元剤を用いてCr(VI)から還元してCr(III)を生成させてもよい。
【0035】
Cr(III)化合物は、Cr(III)化合物(A)の金属Cr換算質量をMとし、化合物(B)の質量をNとしたとき、N/Mが0.005〜1の範囲内となるように含まれる。金属表面処理剤に含まれるCr(III)化合物の割合を上記範囲のように金属Cr換算質量でCrリッチとすることにより、上記のように、金属Crが金属基材と反応して基材表面と表面処理皮膜とを強固に密着させることができ、且つCr(III)化合物自体でCr化合物層を形成することができる。その結果、金属基材の表面と得られた表面処理皮膜との間の密着性、及び、ラミネートフィルムと得られた表面処理皮膜との間の密着性のいずれをも高めることができ、耐水性、耐薬品性及び耐食性を向上させることができる。
【0036】
また、N/Mを上記範囲内とした金属表面処理剤で形成した表面処理皮膜は、その表面処理皮膜に含まれる金属Crの質量Pと、金属Crを除いた質量Qとの比(Q/P)で、およそ0.005〜1の範囲となる。このようなCrリッチな表面処理皮膜は、Crがリッチであるが故に耐食性と耐熱性に優れるとともに、Crがリッチであるにもかかわらず成形加工性と密着性に優れている。単にCrリッチな表面処理皮膜は脆いと考えられるが、本発明では、三次元ネットワーク構造が強固な表面処理皮膜が形成されており、その結果、強い加工が加わっても剥離や亀裂が起こり難いと考えられる。ここで、三次元ネットワーク構造が強固な表面処理皮膜は、造膜性を有する化合物(B)によってもたらされており、その化合物(B)のCrに対するバインダー能(架橋性)に基づいている。
【0037】
N/Mが0.005未満では、形成された表面処理皮膜のQ/Pも0.005を下回るようになり、金属Crの含有割合が相対的に著しく高くなって剥離や亀裂が生じやすくなる。N/Mが1を超えると、形成された表面処理皮膜のQ/Pも1を超えるようになり、金属Crの含有割合が相対的に小さくなって耐食性が低下する傾向となり、その結果、金属表面と得られた表面処理皮膜との間の密着性が低下して金属表面に腐食媒体が入り込んで耐食性が低下することがある。いずれの場合も、N/Mが上記範囲内から外れる場合には、特に溶剤や酸に長期に曝された場合の安定密着性を確保できないことがある。
【0038】
密着性を高め、耐水性、耐薬品性及び耐食性をより好ましくする観点からは、N/Mが0.01〜0.5であることが好ましい。より好ましくは0.05〜0.25である。このときの表面処理皮膜のQ/Pもおよそ0.01〜0.5の範囲となることが好ましい。より好ましくは0.05〜0.25である。
【0039】
本願において、化合物(B)の「固形分」とは、金属表面処理剤を構成する化合物(B)成分のうち、後述する溶媒等の揮発成分等を除いた固形分のことである。したがって、N/Mが0.005〜1の金属表面処理剤とは、金属表面処理剤を構成するCr(III)化合物(A)と化合物(B)との合計量(全固形分)に対して、Cr(III)化合物(A)が金属換算量で50〜99.5質量%含まれていることと同じである。なお、金属Crの質量は、理学電気工業株式会社の蛍光X線分析装置「3270E」を用い、管球:Rh、電圧−電流:50KV−50mAの条件下で測定できる。
【0040】
(化合物(B))
化合物(B)は、造膜性を有する有機化合物及び無機化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物である。造膜性を有する化合物(B)は、Cr(III)リッチとなる表面処理皮膜においてバインダー機能を担い、かつステンレス鋼からなる基材表面に対する優れた密着性を付与することにより、Cr(III)リッチの表面処理皮膜を強加工に耐えさせる役割を有する。さらに、化合物(B)を含む金属表面処理剤で形成された表面処理皮膜は、造膜性が向上することでバリアー性が保持され、耐食性、耐水性、耐溶剤性及び耐薬品性が向上する。
【0041】
造膜性を有する化合物(B)としては、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、ポリオレフィン系樹脂、アクリル樹脂、ビニル樹脂、フェノール樹脂及び天然高分子から選ばれる1種又は2種以上の樹脂化合物(b1);珪酸化合物、ジルコニウム化合物、チタン化合物及びリン酸塩化合物から選ばれる1種又は2種以上の無機化合物(b2);水酸基、カルボキシル基、ホスホン酸基、りん酸基、アミノ基及びアミド基から選ばれる少なくとも1種の官能基を一分子内に2個以上有する有機キレート化合物(b3)、を挙げることができる。金属表面処理剤には、これら(b1)〜(b3)の化合物から選ばれる1又は2種以上の化合物が配合される。
【0042】
最初に、樹脂化合物(b1)の例を以下に示す。
【0043】
ウレタン樹脂としては、ポリエステルポリ(特にジ)オール、ポリエーテルポリ(特にジ)オール、ポリカーボネートポリ(特にジ)オール等のポリ(特にジ)オールと、脂肪族ポリ(特にジ)イソシアネート及び/又は芳香族ポリ(特にジ)イソシアネート化合物との縮重合物であるウレタン樹脂において、前記ポリオールの一部として、N、N−ジメチルアミノジメチロールプロパン等のアミノ基を有するポリオール、又は、ポリエチレングリコールのようなポリオキシエチレン鎖を有するポリオール、を用いることによって得られるポリウレタン等が挙げられる。
【0044】
エポキシ樹脂としては、ビスフェノールA型エポキシ化合物又はその他のジグリシジルエーテル化合物に、エチレンジアミン等のジアミンを作用させて、カチオン化して得られるエポキシ樹脂;ビスフェノールA型エポキシ化合物又はその他のジグリシジルエーテル化合物の側鎖にポリエチレングリコールを付加させたノニオン性エポキシ樹脂;等が挙げられる。
【0045】
アクリル樹脂としては、N,N−ジメチルアミノプロピルアクリレート、N−メチルアミノエチルメタクリレート等のアルキルアミノ(メタ)アクリレートのようなアミノ基を有するカチオン性モノマー、及び/又は、ポリエチレングリコールメタクリレート、2−ヒドロキシエチルメタクリレートのようにポリオキシエチレン鎖、水酸基等の親水基を有するノニオン性モノマーと、(メタ)アクリルエステル等のアクリルモノマー、スチレン、アクリロニトリル、酢酸ビニル等の付加重合性不飽和モノマーとの共重合アクリル樹脂等が挙げられる。
【0046】
ビニル樹脂としては、ポリビニルアルコール;エチレンビニルアルコール共重合体やポリビニルフェノールのマンニッヒアミン変性物;ポリビニルイミダゾール;ポリビニルピリジン;ポリエチレンイミン;等のカチオン性ポリオレフィンを挙げることができる。
【0047】
フェノール樹脂としては、フェノール類(フェノール、ナフトール、ビスフェノール等)とホルムアルデヒドとの重縮合物であって、(置換)アミノメチル基がフェノール類の環に結合したものを挙げることができる。代表的には、下記の一般式(I)又は(II)で表される樹脂を挙げることができる。
【0048】
【化1】

【0049】
式中、Xは、水素原子、水酸基、炭素数1〜5のアルキル基、炭素数1〜10のヒドロキシアルキル基、炭素数6〜12のアリール基、ベンジル基又は下記の一般式(III)
【0050】
【化2】

【0051】
(式中、R及びRは、同一又は異なるものであって、水素原子又は炭素数1〜5のアルキル基を表し、Yは下記に説明する。)で表される基を表す。Xは、水素原子、水酸基、炭素数1〜5のアルキル基、炭素数1〜10のヒドロキシアルキル基、炭素数6〜12のアリール基又はベンジル基を表す。X及びXの定義において、アリール基はフェニル基、ナフチル基等を包含し、アリール基及びベンジル基は炭素環に結合する水素原子が水酸基、炭素数1〜5のアルキル基又は炭素数1〜10のヒドロキシアルキル基で置換されていてもよく、Y及びYは互いに独立に水素原子又は基Zを表し、ナフタレン環に結合するX及びYはナフタレン環のいずれかの位置に存在し、Zは一般式(IV)又は(V)
【0052】
【化3】

【0053】
(式中、R、R及びRは、互いに独立に、水素原子、炭素数1〜5のアルキル基又は炭素数1〜10のヒドロキシアルキル基を表し、Aは、水酸イオン又は酸イオンを表す。)で表される基を表し、nは2〜50の整数を表す。
【0054】
天然高分子としては、キチン及びキトサン等のカチオン性の天然多糖類を挙げることができる。
【0055】
ポリオレフィン系樹脂としては、ポリビニルフェノールのマンニッヒアミン変性物、ポリビニルイミダゾール、ポリビニルピリジン、及びポリエチレンイミン等のカチオン性ポリオレフィンを挙げることができる。
【0056】
これらの樹脂化合物(b1)は、下記構造式(1)〜(8)から選ばれる1種又は2種以上の含窒素官能基を有することが好ましい。含窒素官能基はCr(III)と架橋し、その結果、Cr(III)リッチの表面処理皮膜を強加工に耐えさせる役割を有するものと考えられる。さらに、ステンレス鋼からなる基材表面に配向して、優れた基材密着性を付与するものと考えられる。
【0057】
これらの樹脂化合物(b1)としては、水溶性樹脂、自己乳化若しくは乳化剤によって強制乳化した水系エマルジョン、水系ディスパージョン等の水系の架橋性樹脂、又は、水系の高分子樹脂としたものを挙げることができる。中でも、数平均分子量1000未満のモノマー乃至オリゴマーが皮膜形成時の熱、紫外線若しくは電子線等によって自己架橋して高分子化する架橋性樹脂、又は、他の架橋剤と反応して高分子化する架橋性樹脂、を好ましく適用できる。また、数平均分子量が1000〜200000で、熱等によって造膜する高分子樹脂を適用することもできる。また、これら高分子樹脂は、本発明の効果を阻害しなければ、架橋反応性の官能基を有するものであってもよい。
【0058】
次に、無機化合物(b2)の例を以下に示す。
【0059】
珪酸化合物としては、アルカリ珪酸塩、高分子シリカ、水分散性シリカ等を用いることができる。具体的には、水ガラスとしては、2号珪酸ソーダ、4号珪酸ソーダ等が挙げられる。水分散性シリカとしては、液相から合成した液相シリカ、気相から合成した気相シリカがあり、本発明ではいずれも使用可能である。液層シリカとしては、特に限定するものではないが、スノーテックスC、スノーテックスO、スノーテックスN、スノーテックスS、スノーテックスUP、スノーテックスPS−M、スノーテックスPS−L、スノーテックス20、スノーテックス30、スノーテックス40(何れも日産化学工業株式会社製)等が挙げられる。気相シリカとしては、特に限定するものではないが、アエロジル50、アエロジル130、アエロジル200、アエロジル300、アエロジル380、アエロジルTT600、アエロジルMOX80、アエロジルMOX170(何れも日本アエロジル株式会社製)等が挙げられる。これらは各単独で又は複数を組み合わせて使用することができる。
【0060】
ジルコニウム化合物としては、Zrの炭酸塩、酸化物、水酸化物、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、フッ化物、フルオロ酸(塩)、有機酸塩、有機錯化合物等を用いることができる。具体的には、塩基性炭酸ジルコニウム、オキシ炭酸ジルコニウム、炭酸ジルコニウムアンモニウム、炭酸ジルコニルアンモニウム(NH[Zr(CO(OH)]、酸化ジルコニウム(IV)(ジルコニア)、硝酸ジルコニウム、硝酸ジルコニルZrO(NO、硫酸ジルコニウム(IV)、硫酸ジルコニル、硫酸チタン(IV)、硫酸チタニルTiOSO、オキシリン酸ジルコニウム、ピロリン酸ジルコニウム、リン酸2水素ジルコニル、フッ化ジルコニウム、ヘキサフルオロジルコニウム酸HZrF、ヘキサフルオロジルコニウム酸アンモニウム[(NHZrF]、酢酸ジルコニル、ジルコニウムアセチルアセトネートZr(OC(=CH)CHCOCH等が挙げられる。これらは無水物であってもよいし水和物であってもよい。
【0061】
チタン化合物としては、Tiの炭酸塩、酸化物、水酸化物、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、フッ化物、フルオロ酸(塩)、有機酸塩、有機錯化合物等を用いることができる。具体的には、酸化チタン(IV)(チタニア)、硝酸チタン、硫酸チタン(III)、硫酸チタン(IV)、硫酸チタニルTiOSO、フッ化チタン(III)、フッ化チタン(IV)、ヘキサフルオロチタン酸HTiF、ヘキサフルオロチタン酸アンモニウム[(NHTiF]、チタンラウレート、ジイソプロポキシチタニウムビスアセトン(CTi[OCH(CH、チタニウムアセチルアセトネートTi(OC(=CH)CHCOCH等が挙げられる。これらは無水物であってもよいし水和物であってもよい。
【0062】
リン酸塩化合物としては、縮合リン酸塩等を用いることができる。具体的には、第一リン酸ナトリウム、第二リン酸ナトリウム、第三リン酸ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム等が挙げられる。
【0063】
次に、有機キレート化合物(b3)の例を以下に示す。
【0064】
有機キレート化合物(b3)は、3価クロムとキレートして皮膜を形成しうる水酸基、カルボキシル基、ホスホン酸基、りん酸基、アミノ基、アミド基から選ばれる少なくとも1種の官能基を、一分子内に2個以上有する化合物である。
【0065】
有機キレート化合物としては、多価有機酸、有機ホスホン酸、多価アミン化合物、アミド化合物等を用いることができる。具体的には、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、アスコルビン酸、エチレンジアミン、N,N−ジメチルホルムアミド等が挙げられる。
【0066】
以上説明した化合物(B)は、前記したように、Cr(III)化合物(A)の金属Cr換算質量をMとし、化合物(B)の質量をNとしたとき、N/Mが0.005〜1の範囲内となるように金属表面処理剤に含まれる。化合物(B)の割合を上記範囲の金属表面処理剤とすることにより、前記した化合物(A)の説明欄でも説明したように、三次元ネットワーク構造が強固な表面処理皮膜を形成でき、その結果、強い加工が加わっても剥離や亀裂が起こり難い表面処理皮膜を形成できる。三次元ネットワーク構造が強固な表面処理皮膜は、造膜性を有する化合物(B)によってもたらされており、その化合物(B)のCrに対するバインダー能(架橋性)に基づいている。
【0067】
(溶媒)
金属表面処理剤を構成する溶媒は、水を主体とするが、皮膜の乾燥性改善等、必要に応じてアルコール系、ケトン系、又はセロソルブ系の水溶性有機溶剤の併用を妨げるものではない。
【0068】
(その他の成分)
この他に、界面活性剤、消泡剤、レベリング剤、防菌防ばい剤、着色剤、及び硬化剤等、本発明の趣旨及び皮膜性能を損なわない範囲で添加し得る。また、皮膜の耐食性を向上させるため、メチロール化メラミン、カルボジイミド、及びイソシアネート等の有機架橋剤、及び、密着性向上のため、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、及びN−β−アミノエチル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン等のシランカップリング剤を、本発明の趣旨及び皮膜性能を損なわない範囲で添加し得る。
【0069】
(金属基材)
本発明に係る金属表面処理剤の処理対象は、ステンレス鋼からなる基材である。本発明に係る金属表面処理剤は、この金属基材を被処理物としてその表面に塗布され、その表面に表面処理皮膜を形成する。ステンレス鋼からなる金属基材1としては、例えば、ステンレス鋼からなる薄板材、包装用箔等を挙げることができる。
【0070】
なお、ステンレス鋼の具体例としては、JIS規格で表す、SUS201、SUS202、SUS301、SUS301L、SUS302、SUS303、SUS304、SUS304J1、SUS304J2、SUS305、SUS309S、SUS310S、SUS316、SUS316L、SUS316N、SUS316LN、SUS316J1、SUS317、SUS317L、SUS317LN、SUS317J1、SUS321、SUS347、SUSXM7、SUS384、SUS329J1、SUS405、SUS410L、SUS429、SUS430、SUS430F、SUS430LX、SUSJ1L、SUS434、SUS436L、SUS403、SUS410、SUS410S、SUS410F2、SUS410J1、SUS431、SUS416、SUS420F、SUS429J1、SUS440A、SUS440C、SUS420J1、SUS420J2、SUS630、SUS631、SUS631J、SUS632J1等を挙げることができる。
【0071】
以上、本発明に係る金属表面処理剤によれば、Cr(III)化合物(A)の金属Cr換算質量をMとし、化合物(B)の質量をNとしたときのN/Mを上記範囲内とし、金属表面処理剤中のCr(III)化合物の含有量をリッチな状態としたので、ステンレス鋼からなる基材表面に形成された表面処理皮膜は耐食性と耐熱性に優れたCrリッチな表面処理皮膜となる。しかも、この金属表面処理剤は造膜性を有する化合物(B)を有するので、Crに対するバインダー能が高く、成形加工性に優れ且つ密着性に優れた表面処理皮膜を形成できる。その結果、深絞り加工、しごき加工又はストレッチドロー加工等の厳しい成形加工を施した場合であっても、表面処理皮膜に剥離や亀裂が生じ難い高い密着性を奏し、さらに溶剤や酸に曝されても長期間にわたって安定した密着性を維持し得る表面処理皮膜を形成することができる。
【0072】
[金属表面処理方法]
本発明に係る金属表面処理方法は、上述した本発明に係る金属表面処理剤をステンレス鋼からなる基材の表面に塗布した後、60〜250℃の温度で加熱乾燥する方法である。金属表面処理剤の液温は、通常、10〜50℃の範囲内である。金属表面処理剤の塗布手段は特に制限はなく、スプレー法、浸漬法等が好適に用いられる。金属表面への金属表面処理剤の接触時間は、通常、0.5〜180秒程度である。
【0073】
形成された表面処理皮膜は、60〜250℃の温度で加熱乾燥される。この温度範囲は、その範囲内で樹脂成分の種類によって任意に変化させることができるが、80〜200℃がより好ましい。
【0074】
加熱乾燥の方法については特定せず、バッチ式若しくは連続式熱風循環式乾燥炉、コンベアー式熱風乾燥炉、又は、IHヒーターを用いた電磁誘導加熱炉等が適応でき、その風量と風速等は任意に設定される。
【0075】
[金属材料]
本発明に係る金属材料10は、図1に示すように、上記した金属表面処理方法で処理されてなる表面処理皮膜2を有する。例えば、図1に示すように、被処理物であるステンレス鋼からなる金属基材1上には、上記金属表面処理方法で処理されてなる表面処理皮膜2が形成されており、その表面処理皮膜2上には、樹脂フィルム(3)がラミネートされ又は樹脂塗膜(3)が形成されている。こうして構成された金属材料10には、その後に深絞り加工、しごき加工又はストレッチドロー加工等の厳しい成形加工が施される。なお、図1では、金属基材1の一方の表面に表面処理皮膜2と樹脂フィルム又は樹脂塗膜(3)を形成した例を示しているが、金属基材1の両面に、すなわち他方の表面にも表面処理皮膜を形成し、さらに樹脂フィルム又は樹脂塗膜を設けてもよい。
【0076】
金属基材1に形成された表面処理皮膜2は、既述したように、その表面処理皮膜2に含まれる金属Crの質量Pと、金属Crを除いた質量Qとの比(Q/P)で、およそ0.005〜1の範囲となる。このようなCrリッチな表面処理皮膜2は、Crがリッチであるが故に耐食性と耐熱性に優れるとともに、Crがリッチであるにもかかわらず成形加工性と密着性に優れている。なお、密着性が高く、耐水性、耐薬品性及び耐食性がより好ましい観点からは、表面処理皮膜2のQ/Pがおよそ0.01〜0.5の範囲となることが好ましい。より好ましくは0.05〜0.25である。
【0077】
また、表面処理皮膜の膜厚は、1〜100nmであることが好ましい。100nmを超えると、強加工に耐えられなく、1nm未満では十分な耐食性、密着性等の皮膜性能が確保できない。
【0078】
金属材料10の用途としては、食品用缶のボディー若しくは蓋材、食品用容器、乾電池容器、二次電池の外装材、等に適用可能な金属材料を挙げることができるが、これらに限定されず、広い用途に応用することができる。特に最近では、携帯電話、電子手帳、ノート型パソコン又はビデオカメラ等に用いられるモバイル用リチウムイオン二次次電池の外装材、電気自動車又はハイブリッド自動車の駆動エネルギーとして用いるリチウムイオン二次電池の外装材として利用可能なステンレス鋼からなる金属基材1を被処理物とした金属材料を挙げることができる。
【実施例】
【0079】
以下、実施例及び比較例により本発明をさらに詳しく説明する。本発明は以下の実施例により限定されるものではない。なお、以下において、「部」は「質量部」である。
【0080】
<Cr(III)化合物(A)>
A1:硫酸クロム
A2:硝酸クロム
A3:フッ化クロム
A4:重リン酸クロム
【0081】
<樹脂化合物樹脂(b1)>
(ウレタン樹脂:記号b1I)
モノマー組成を、ポリオール成分「イソフタル酸と1,6ヘキサンジオールとからなるポリエステルポリオール(数平均分子量:2000)200部、トリメチロールプロパン(分子量:134)5部、N−メチル−ジエタノールアミン(分子量:119)32部」、イソシアネート成分「イソホロンジイソシアネート(分子量:222)118部」、鎖伸長剤「エチレンジアミン(分子量:60)5部」とした。
【0082】
ウレタン樹脂aの合成は、上記ポリオール成分と上記イソシアネート成分とをメチルエチルケトン溶媒中80℃で反応させ、ウレタンプレポリマーを得た。そのウレタンプレポリマーをジメチル硫酸(30部)水溶液中で乳化した後、鎖伸長剤の10%水溶液中で反応させ、その後、溶媒を除去して、ウレタン樹脂Iを得た。
【0083】
(エポキシ樹脂:記号b1II)
成分1「ビスフェノールA系エポキシ樹脂(油化シェルエポキシ株式会社製、エピコート828)(エポキシ当量:187g)235.7部」、成分2「ビスフェノールA 59.4部」、成分3「反応触媒(塩化リチウム)0.1部」、成分4「ジエタノールアミン14部」とした。
【0084】
エポキシ樹脂b1の合成は、上記成分1〜3と、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート125部とを入れた4つ口フラスコ中で、窒素ガスを導入しながら、攪拌下140℃で反応させ、反応生成物溶液を得た。次いで、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート343.3部と、ヘキサメチレンジイソシアネート8.2部とを加え、攪拌下65℃で反応させ、変性高分子エポキシ樹脂溶液を得た。次いで、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート92.7部と、上記成分4とを加え、攪拌下65℃で反応させ、反応終了後、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート154.7部を加え、アミン変性エポキシ樹脂IIの水溶液を得た。
【0085】
(アクリル樹脂:記号b1III)
モノマー組成として、「メタクリル酸メチル(分子量:100)20部、ブチルアクリレート(分子量:128)40部、2−ヒドロキシプロピルメタクリレート(分子量:144)10部、スチレン(分子量:104)10部、N,N−ジメチルアミノプロピルメタクリレート(分子量:175)20部」を用いた。
【0086】
アクリル樹脂IIIの合成は、反応性乳化剤「アデカリアソーブNE−20」(株式会社ADEKA製)とノニオン性乳化剤「エマルゲン840S」(花王株式会社製)とを6:4で混合した10質量%乳化剤水溶液(S−1)100部に、上記のモノマーを混合し、ホモジナイザーを用いて、5000rpmで10分間乳化し、モノマー乳化液(ER)を得た。次に、攪拌機、還流冷却器、温度計及びモノマー供給ポンプを備えた四つ口フラスコに、前記の乳化剤水溶液(S−1)を150部加え、40〜50℃に保ち、過硫酸アンモニウムの5質量%水溶液(50部)、及び上記モノマー乳化液(ER)をそれぞれ滴下ロートに収め、フラスコの別の口に装着させて、約2時間かけて滴下し、温度を60℃まで昇温して約1時間攪拌した。攪拌しながら室温まで冷却し、アクリル樹脂b1IIIのエマルジョン溶液を得た。
【0087】
(フェノール樹脂:記号b1IV)
下記構造式のビスフェノール型カチオン変性フェノール樹脂b1IVを用いた。下記構造式中、重合度(m+n)は10〜15であり、n/mは40/60である。
【0088】
【化4】

【0089】
(ポリビニルアルコール共重合体:記号b1V)
ポリビニルアルコール(80質量%)とメタクリル酸(20質量%)との共重合体(平均分子量:20000)を用いた。
【0090】
(天然多糖類:記号b1VI)
下記構造式のグリセリル化キトサン(数平均分子量:1〜10万、グリセリル化1.1)を用いた。
【0091】
【化5】

【0092】
<無機化合物(b2)>
b2I:スノーテックスC(日産化学株式会社製)
b2II:炭酸ジルコニウムアンモニウム
b2III:チタニウムアセチルアセトネート
b2IV:トリポリリン酸
【0093】
<キレート化合物(b3)>
b3I:酒石酸
b3II:アスコルビン酸
b3III:1−ヒドロキシ−エチリデン−1,1−ジホスホン酸
b3IV:ポリアリルアミン
【0094】
[金属表面処理剤]
上記した水系樹脂と水溶性金属化合物とを組み合わせ、表1に示す実施例1〜20の金属表面処理剤と、比較例1〜10の金属表面処理剤を準備した。
【0095】
【表1】

【0096】
[供試材の作製]
ステンレス鋼(JIS SUS304、板厚0.26mm)をファインクリーナーE6402(日本パーカライジング株式会社製のアルカリ脱脂剤)の2%水溶液で60℃・30秒間スプレー脱脂した後、水洗して表面を清浄した。続いて、ステンレス鋼板の表面の水分を蒸発させるために、80℃で1分間、加熱乾燥した。脱脂洗浄したステンレス鋼板の表面に、表1に示した実施例1〜20及び比較例1〜10の金属表面処理剤をバーコートによって塗布し、熱風循環式乾燥炉内で200℃、1分間乾燥し、ステンレス鋼板の表面に所定の膜厚の表面処理皮膜を形成した。表面処理皮膜を形成したステンレス鋼板に、ポリエステル系フィルム(膜厚16μm)を250℃で5秒間(到達板温で180℃)、面圧が50kg/cmになるようにヒートラミネートして「被覆金属板」を作製した。
【0097】
[比較例11〜13]
比較例11として、市販のりん酸クロメート処理剤(AM−K702:日本パーカライジング株式会社製)を50℃で5秒間スプレー処理し、水洗して未反応の薬剤を除去し、80℃で1分間加熱乾燥して試験片(Cr付着量は20mg/m)を得た。また、比較例12として、市販のりん酸ジルコニウム処理剤(AL−404:日本パーカライジング株式会社製)を40℃で20秒間スプレー処理し、水洗して未反応の薬剤を除去し80℃で1分間加熱乾燥して試験片(Zr付着量は15mg/m)を得た。また、比較例13として、脱脂のみの試験片も作製した。
【0098】
樹脂フィルムをラミネートしてなる被覆金属板を、絞りしごき加工試験で深絞り加工した。直径160mmに打ち抜いた被覆金属板を絞り加工(1回目)し、直径100mmのカップを作製した。続いて、そのカップを直径75mmに再度絞り加工(2回目)し、更に直径65mmに絞り加工(3回目)し、供試材である缶を作製した。なお、1回目の絞り加工、2回目の絞り加工、3回目の絞り加工におけるしごき(薄肉化分)率は、それぞれ、5%、15%、15%であった。
【0099】
[性能評価]
被覆金属板を深絞り加工した後の初期密着性、耐久密着性及び耐酸密着性を以下のようにして評価した。その結果を表2に示した。
【0100】
(初期密着性)
深絞り加工した後の供試材について、初期密着性を評価した。缶が作製でき、フィルムの剥離がないものを「○」とし、缶は作製できるがフィルムが一部剥離したものを「△」とし、破断して缶が作製できないものを「×」とした。また、「○」の中で、全く剥離が見られず特に外観に優れるものを「◎」とした。
【0101】
(耐久密着性)
深絞り加工した後の供試材について、加熱加圧蒸気の雰囲気下でレトルト試験を実施した。レトルト試験は、市販の滅菌装置(オートクレーブ)を用い、125℃・1時間で行った。試験後の供試材について、フィルムの剥離がないものを「○」とし、フィルムの一部が剥離したものを「△」とし、フィルムが全面剥離したものを「×」とした。また、「○」の中で、全く剥離が見られず特に外観に優れるものを「◎」とした。
【0102】
(耐酸密着性)
深絞り加工した後の供試材について、50℃の0.5%HF水溶液中に16時間浸漬した後の密着性を評価した。フィルムの剥離がないものを「○」とし、フィルムの一部が剥離したものを「△」とし、フィルムが全面剥離したものを「×」とした。また、「○」の中で、全く剥離が見られず特に外観に優れるものを「◎」とした。
【0103】
【表2】

【0104】
表2に示すように、実施例1〜20の金属表面処理剤は、金属材料の表面にラミネートフィルムとの密着性に優れた表面処理皮膜を形成することができる。初期密着性、耐久密着性及び耐酸密着性のいずれも優れていた。
【0105】
一方、Cr(III)化合物(A)と、造膜性を有する有機化合物及び無機化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物(B)とを含有し、Cr(III)化合物(A)の金属Cr換算質量をMとし、化合物(B)の質量をNとしたとき、N/Mが高い比較例3、4,5,6,7及びCr(III)化合物のみの比較例1、造膜性のある化合物が限りなく少ない比較例2、Cr(III)化合物の無い比較例8はいずれも密着性に劣る表面処理皮膜が形成された。特に、耐久密着性と耐酸密着性は著しく劣っていた。この原因は、耐食性が不十分なことによるものと考えられる。
【符号の説明】
【0106】
1 ステンレス鋼基材
2 表面処理皮膜
3 樹脂フィルム(ラミネートフィルム)又は樹脂塗膜
10 金属材料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼からなる基材表面にラミネート下地用金属表面処理皮膜を形成するための金属表面処理剤であって、
Cr(III)化合物(A)と、造膜性を有する有機化合物及び無機化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物(B)とを含有し、
前記Cr(III)化合物(A)の金属Cr換算質量をMとし、前記化合物(B)の質量をNとしたとき、N/Mが0.005〜1であることを特徴とする金属表面処理剤。
【請求項2】
前記化合物(B)が、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、ポリオレフィン系樹脂、アクリル樹脂、ビニル樹脂、フェノール樹脂及び天然高分子から選ばれる1種又は2種以上の樹脂化合物(b1)と、珪酸化合物、ジルコニウム化合物、チタン化合物及びリン酸塩化合物から選ばれる1種又は2種以上の無機化合物(b2)と、水酸基、カルボキシル基、ホスホン酸基、りん酸基、アミノ基及びアミド基から選ばれる少なくとも1種の官能基を一分子内に2個以上有する有機キレート化合物(b3)と、から選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載の金属表面処理剤。
【請求項3】
前記金属表面処理剤は、該金属表面処理剤を前記金属基材の表面に塗布した後に乾燥して前記金属表面処理皮膜を形成する、請求項1又は2に記載の金属表面処理剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の金属表面処理剤をステンレス鋼からなる基材表面に塗布した後、60〜250℃の温度で加熱乾燥して表面処理皮膜を形成することを特徴とする金属表面処理方法。
【請求項5】
請求項4に記載の金属表面処理方法で形成されたことを特徴とする金属表面処理皮膜。
【請求項6】
請求項4に記載の金属表面処理方法で形成された表面処理皮膜を、ステンレス鋼からなる基材表面に設けてなることを特徴とする金属材料。

【図1】
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【公開番号】特開2011−157585(P2011−157585A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−19605(P2010−19605)
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】