金属製板材のレーザー溶接方法
【課題】レーザー溶接を行う際に、板材間に隙間が無い場合であっても、隙間が広すぎる場合であっても、特別な治具や装置を不要にして設備費を低減するとともに、工程数の増加も回避し、健全なレーザー溶接を低コストで行えるようにする。
【解決手段】第1亜鉛めっき鋼板11及び第2亜鉛めっき鋼板12を重ね合わせて保持する準備工程と、第1亜鉛めっき鋼板11に、該第1亜鉛めっき鋼板11を第2亜鉛めっき鋼板12側へ向けて屈曲させるための屈曲用レーザー光を照射して、両板材11,12間に隙間が無い場合には隙間を生じさせ、一方、両板材11,12間の隙間が広すぎる場合には第1亜鉛めっき鋼板11の屈曲部分を第2亜鉛めっき鋼板12に接近させて隙間を調整する隙間調整工程と、溶接用レーザー光を照射して両板材11,12を溶接する溶接工程とを備えている。
【解決手段】第1亜鉛めっき鋼板11及び第2亜鉛めっき鋼板12を重ね合わせて保持する準備工程と、第1亜鉛めっき鋼板11に、該第1亜鉛めっき鋼板11を第2亜鉛めっき鋼板12側へ向けて屈曲させるための屈曲用レーザー光を照射して、両板材11,12間に隙間が無い場合には隙間を生じさせ、一方、両板材11,12間の隙間が広すぎる場合には第1亜鉛めっき鋼板11の屈曲部分を第2亜鉛めっき鋼板12に接近させて隙間を調整する隙間調整工程と、溶接用レーザー光を照射して両板材11,12を溶接する溶接工程とを備えている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属製板材を重ね合わせた状態でレーザー溶接するレーザー溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、例えば、自動車の製造現場においては、鋼板同士を溶接する場合にスポット溶接法が広く用いられている。スポット溶接法では、一対の棒状電極で2枚の鋼板を挟んで溶接するので、断続的な溶接しか行えず、強度面で満足できない場合や、シール性を得たい部分に適用できないという制約があった。
【0003】
そこで、近年、レーザー溶接法が特に自動車業界を中心に注目されている。その要因は、ガルバノミラーを動かしてレーザー光を高速に走査できるリモートレーザー溶接装置が出現したことによる。
【0004】
自動車を構成する鋼板としては、防錆処理としての亜鉛めっきが施された亜鉛めっき鋼板や、防錆処理の必要ない部分に用いられる冷間圧延鋼板等、様々な鋼板がある。これら鋼板の中で、亜鉛めっき鋼板同士の溶接時、及び、亜鉛めっき鋼板と冷間圧延鋼板との溶接時には次に述べるような問題が発生するおそれがあることが知られている。
【0005】
すなわち、鋼板を重ね合わせた際に、両者の間に隙間が無く密着した部分ができることがある。この密着した部分にレーザー光を照射すると、亜鉛めっきが蒸発し、その蒸気によって鋼板にピットやブローホールが発生し、溶接不良の原因となる。また、2枚の鋼板を重ね合わせた際に、両者間の隙間が約0.3mm以上になると、今度はレーザー光を照射する側に位置する鋼板が溶け落ち、このことが溶接不良の原因となる。
【0006】
これらの溶接不良を解消するための一般的な手法は、2枚の鋼板間の隙間を約0.1mmに設定することである。しかしながら、実際の製造現場では、鋼板に製造公差の範囲内で誤差が生じており、また、溶接治具で鋼板を固定した際にも誤差が生じることがある。従って、2枚の鋼板間の隙間を上記適正範囲に保つのは困難であり、部位によって隙間が無かったり、広すぎたりする。
【0007】
このことに対し、例えば、特許文献1〜3に開示されているように様々な試みがなされている。
【0008】
特許文献1、2に開示されている方法は、2枚の鋼板の間に隙間が無い場合のレーザー溶接方法である。特許文献1の方法では、まず、重ね合わせた状態の鋼板に対し、1回目のレーザー光照射を行い、照射側に位置する鋼板を溶融させる。これによってレーザー光照射側の鋼板の裏側に凸部を形成する。凸部の形成により、2枚の鋼板の間に隙間が形成される。そして、2回目のレーザー光照射で両鋼板を溶接するようにしている。
【0009】
特許文献2の方法では、2枚の鋼板を重ね合わせる前に、一方の鋼板のみ治具で保持し、この鋼板にレーザー光を照射することによって当該鋼板を変形させる。その後、2枚の鋼板を重ね合わせると、上記一方の鋼板の変形によって両鋼板の間に隙間が形成される。その後、2回目のレーザー光照射で両鋼板を溶接するようにしている。
【0010】
特許文献3に開示されている方法は、2枚の鋼板の間に隙間が無い場合と、隙間が広すぎる場合との両方に対応できるレーザー溶接方法である。鋼板を重ね合わせて1回目のレーザー光を照射するのであるが、隙間が無い場合には、裏側に位置する鋼板を貫通しない範囲で溶融させ、その後、2回目のレーザー光照射によって裏側に位置する鋼板を貫通して溶接を行う。一方、隙間が広すぎる場合には、照射側に位置する鋼板を溶融させて凹ませることによって2枚の鋼板間の隙間を狭めておき、2回目のレーザー光照射によって裏側に位置する鋼板を貫通して溶接を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−178178号公報
【特許文献2】特開2005−144504号公報
【特許文献3】特開2010−23047号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1のレーザー溶接方法では、2枚の鋼板の隙間が広すぎる場合を考慮したものではないので、隙間が広すぎる場合に上述したレーザー光照射側に位置する鋼板の溶け落ちが起こるおそれがある。これを回避するために、凹部の形成前に2枚の鋼板を隙間が無いように保持する治具が必要であるが、このような治具は高価であり設備費の高騰を招く。
【0013】
特許文献2のレーザー溶接方法も、2枚の鋼板の隙間が広すぎる場合を考慮したものではないので鋼板の溶け落ちが起こるおそれがある。また、一方の鋼板を変形させた後に、他方の鋼板に重ね合わせるようにしているので、製造装置が複雑化するとともに、工程数が増え、ひいてはコスト高を招く。さらに、変形させた鋼板を他方の鋼板に重ね合わせても両鋼板の間に適正な隙間が形成されるとは限らない。
【0014】
特許文献3のレーザー溶接方法では、1回目のレーザー光照射で、レーザー光照射側に位置する鋼板を溶融させるので、ピットやブローホールが発生する懸念があり、この1回目のレーザー光照射で欠陥が生じた場合には、2回目のレーザー光照射でそれを補修することは困難であり、結果として溶接不良が起こる懸念がある。
【0015】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、レーザー溶接を行う際に、板材間に隙間が無い場合であっても、隙間が広すぎる場合であっても、特別な治具や装置を不要にして設備費を低減するとともに、工程数の増加も回避し、健全なレーザー溶接を低コストで行えるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するために、本発明では、溶接前に、レーザー光照射側に位置する板材にレーザー光を照射して屈曲させることによって板材間の隙間を適正範囲に調整し、その後、溶接工程を行うようにした。
【0017】
第1の発明は、少なくとも一方がめっきされた第1金属製板材と第2金属製板材とを重ね合わせた状態で、該第1金属製板材側からレーザー光を照射して両金属製板材を溶接するレーザー溶接方法において、上記第1金属製板材及び上記第2金属製板材を重ね合わせて保持する準備工程と、上記準備工程の後、上記第1金属製板材に、該第1金属製板材を上記第2金属製板材側へ向けて屈曲させるための屈曲用レーザー光を照射して、両金属製板材間に隙間が無い場合には上記第1金属製板材の屈曲変形によって上記第2金属製板材を押して両金属製板材間に隙間を生じさせ、一方、両金属製板材間の隙間が広すぎる場合には上記第1金属製板材の屈曲部分を上記第2金属製板材に接近させて両金属製板材間の隙間を調整する隙間調整工程と、上記隙間調整工程の後、上記第1金属製板材と上記第2金属製板材とを溶接する溶接用レーザー光を照射して両金属製板材を溶接する溶接工程とを備えていることを特徴とするものである。
【0018】
すなわち、第1金属製板材と第2金属製板材との間に隙間が無い場合には、隙間調整工程において屈曲用レーザー光の照射によって第1金属製板材が第2金属製板材側へ向けて屈曲し、このとき第1金属製板材の屈曲部分によって第2金属製板材が第1金属製板材から離れる方向に押される。これにより、第1金属製板材と第2金属製板材との間に隙間が生じる。このとき、第1金属製板材及び第2金属製板材は隙間調整工程に先立つ準備工程において重ね合わされた状態で保持されているので、板材間の隙間が広すぎるようになることはない。よって、板材間の隙間が適正範囲に調整される。そして、溶接工程で溶接用レーザー光が照射されると、板材間の隙間が適正範囲となっていることから、めっきの蒸発によるピットやブローホールの発生が抑制される。このとき用いられる治具は、単に第1金属製板材と第2金属製板材とを重ね合わせた状態で保持しておくだけでよいので、汎用の治具を用いることが可能である。
【0019】
一方、第1金属製板材と第2金属製板材との間の隙間が広すぎる場合には、隙間調整工程において屈曲用レーザー光の照射によって第1金属製板材が第2金属製板材側へ向けて屈曲し、板材間の隙間が狭まる。そして、板材間の隙間が狭まることで、板材間の隙間が適正範囲となり、溶接工程において第1金属製板材の溶け落ちは生じない。
【0020】
このように、第1金属製板材と第2金属製板材とを重ね合わせたままで隙間を調整し、その後、直ちに溶接することが可能になる。よって、特別な治具や製造装置が不要で設備費の高騰を招くことはなく、また、工程数が増えることもない。
【0021】
尚、本発明では、第1金属製板材及び第2金属製板材の両方がめっきされた場合、一方がめっきされた場合のどちらでも適用でき、同様な作用効果が得られるものである。
【0022】
また、実施の溶接現場では、第1及び第2金属製板材の隙間がどのくらいであるか分からない場合が多いが、この場合にも、本発明ではあれば隙間が無い場合、広すぎる場合の両方で対応可能であるため、溶接において問題とならない。
【0023】
また、第1及び第2金属製板材の隙間が無いと予め分かっている場合、及び隙間が広すぎると予め分かっている場合の両方に対応可能である。隙間が広すぎる場合には、第1及び第2金属製板材の両方にめっきされていない場合にも、本発明にかかる方法を用いて溶接可能である。
【0024】
また、第1及び第2金属製鋼板の隙間の適正範囲(健全な溶接が可能となる範囲)は、0.1mm以上0.3mm未満である。
【0025】
第2の発明は、第1の発明において、隙間調整工程では、第1金属製板材の複数箇所に屈曲用レーザー光を照射することを特徴とするものである。
【0026】
この構成によれば、第1金属製板材の屈曲量や屈曲させる範囲を細かく調整することが可能になる。
【0027】
第3の発明は、第1の発明において、隙間調整工程における屈曲用レーザー光の照射範囲は、溶接工程における溶接用レーザー光の照射範囲よりも狭いことを特徴とするものである。
【0028】
すなわち、例えば、屈曲用レーザー光をスポット的に照射することで、第1金属製板材は屈曲用レーザー光の照射部位だけでなく、その周辺も屈曲することになる。これにより、実際の屈曲用レーザー光の照射範囲よりも広い範囲に亘って板材間の隙間が調整されるので、消費エネルギーを低減できる。
【0029】
第4の発明は、第1から3のいずれか1つの発明において、隙間調整工程において屈曲用レーザー光の強さは、第1金属製板材を溶融しないように設定されていることを特徴とするものである。
【0030】
この構成によれば、第1金属製板材が隙間調整工程において溶融しないので、第1金属製板材の溶け落ちを未然に防ぐことが可能になる。
【0031】
第5の発明は、第1から4のいずれか1つの発明において、溶接工程における溶接用レーザー光の照射部位は、隙間調整工程における屈曲用レーザー光の照射部位からずれていることを特徴とするものである。
【0032】
例えば、第1金属製板材の屈曲部分の形状によっては、屈曲用レーザー光を照射した部分と第2金属製板材との間の隙間が狭すぎることが考えられる。この場合に、溶接用レーザー光の照射部位を屈曲用レーザー光の照射部位からずらすことにより、適正な隙間が形成された部分に溶接用レーザー光を照射することが可能になる。
【発明の効果】
【0033】
第1の発明によれば、屈曲用レーザー光を照射して第1金属製板材を第2金属製板材側へ向けて屈曲させ、両金属製板材間に隙間が無い場合には第2金属製板材を押して隙間を生じさせ、一方、両金属製板材間の隙間が広すぎる場合には第1金属製板材の屈強部分を第2金属製板材に接近させて隙間を調整し、その後、溶接用レーザー光を照射するようにしている。従って、特別な治具や製造装置を不要にして設備費を低減するとともに工程数の増加を回避しながら板材間の隙間が適正範囲に調整することができ、健全なレーザー溶接を低コストで行うことができる。
【0034】
第2の発明によれば、第1金属製板材の複数箇所に屈曲用レーザー光を照射するようにしたので、第1金属製板材の屈曲量や屈曲させる範囲を細かく調整できる。これにより、板材間の隙間を、溶接を行う部位や形状に応じて適正にすることができ、より一層健全なレーザー溶接を行うことができる。
【0035】
第3の発明によれば、屈曲用レーザー光の照射範囲を溶接用レーザー光の照射範囲よりも狭くしたので、消費エネルギーを低減しながら、健全なレーザー溶接を行うことができる。
【0036】
第4の発明によれば、隙間調整工程で第1金属製板材が溶融しないように屈曲用レーザー光を照射するようにしたので、第1金属製板材の溶け落ちを確実に防ぐことができ、健全なレーザー溶接を行うことができる。
【0037】
第5の発明によれば、溶接用レーザー光の照射部位を屈曲用レーザー光の照射部位からずらしているので、適正な隙間が形成された部分に溶接用レーザー光を照射することができる。これにより、健全なレーザー溶接を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明のレーザー溶接方法に使用されるレーザー溶接装置の概略構成図である。
【図2】2枚の亜鉛めっき鋼板を互いに厚み方向に間隔をあけて治具に固定した状態を示す斜視図である。
【図3】屈曲用レーザー光を照射した状態の図2相当図である。
【図4】溶接用レーザー光を照射した状態の図2相当図である。
【図5】2枚の亜鉛めっき鋼板を密着させて治具に固定した状態を示す斜視図である。
【図6】屈曲用レーザー光を照射した状態の図5相当図である。
【図7】治具の変形例を示す図5相当図である。
【図8】屈曲用レーザー光の照射方法の変形例1にかかる図3相当図である。
【図9】屈曲用レーザー光の照射方法の変形例2にかかる図3相当図である。
【図10】屈曲用レーザー光の照射方法の変形例3にかかる図3相当図である。
【図11】屈曲用レーザー光の照射方法の変形例4にかかる図3相当図である。
【図12】溶接用レーザー光の照射方法の変形例4にかかる図4相当図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0040】
図1は、本発明の実施形態にかかるレーザー溶接方法に使用されるレーザー溶接装置1を示すものである。このレーザー溶接装置1は、レーザー発振器2と、加工ヘッド3と、レーザー発振器2及び加工ヘッド3を制御する制御装置4とを備えている。
【0041】
レーザー発振器2は、制御装置4から出力された指示信号に基づいてレーザー光を出力するように構成されている。レーザー発振器2から出力されたレーザー光は伝送用のファイバー(図示せず)により加工ヘッド3に伝送される。
【0042】
加工ヘッド3はカルバノミラーや集光レンズ(共に図示せず)等を内蔵しており、制御装置4から出力された指示信号に基づいて焦点を調整するとともに、レーザー光を設定速度で、かつ、設定された方向に走査するように構成されている。
【0043】
上記レーザー溶接装置1を用いてレーザー溶接される金属製板材は、略矩形状に形成された第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12である。第1亜鉛めっき鋼板11の板厚は、1.0mmであり、亜鉛の目付量は55g/m2である。また、第2亜鉛めっき鋼板12は、第1亜鉛めっき鋼板11と同じものである。
【0044】
尚、上記した第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12の形状や板厚、亜鉛の目付量は、一例であり、本発明の適用範囲を限定するものではない。
【0045】
上記第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12をレーザー溶接する際には、図2に示す治具20に固定する。治具20は、金属製のブロック21と、留め具23,23,…とを備えている。ブロック21には、上方に開放する凹部21aが形成されている。亜鉛めっき鋼板11,12は、溶接部分が凹部21aに対応するように配置されて固定される。
【0046】
各留め具23は、具体的にはボルトであり、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12の隅部を貫通してブロック21にねじ込まれる。これによって第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12がブロック21に固定される。
【0047】
尚、治具20は、本実施形態の説明のために、便宜上、上記のように構成しただけであり、実際の溶接現場では、亜鉛めっき鋼板11、12が動かないように固定できればよいので、汎用の治具を用いることができる。
【0048】
次に、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12の溶接要領について説明する。
【0049】
まず、準備工程を行う。これは、実際の溶接現場において第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12を動かないように固定する工程のことである。本実施形態では、治具20を用いて行う。すなわち、図2に示すように、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12を、第1亜鉛めっき鋼板11が上となるように、ブロック21の上面に配置した後、両亜鉛めっき鋼板11、12の4つの隅部を留め具23,23,…でブロック21に締結する。
【0050】
図2では、第1亜鉛めっき鋼板11と第2亜鉛めっき鋼板12との間にテープ(図示せず)を挟んで約0.5mmの初期隙間Sを形成しており、両亜鉛めっき鋼板11,12の隙間が広すぎる場合を作り出している。尚、図2では、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の初期隙間Sを実際の隙間よりも広く描いている。
【0051】
このように、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の初期隙間Sが約0.5mmもある状態で仮にレーザー溶接した場合を想定すると、レーザー光照射側に位置する第1亜鉛めっき鋼板11が第2亜鉛めっき鋼板12の上面に溶け落ちることになり、溶接不良が発生する懸念がある。
【0052】
これに対し、本実施形態では、溶接前に、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の溶接部位の隙間を調整する隙間調整工程を行う。隙間調整工程では、図3に示すように、第1亜鉛めっき鋼板11の上面に、該第1亜鉛めっき鋼板11を下側(第2亜鉛めっき鋼板12側)へ向けて屈曲させるための屈曲用レーザー光L1を照射する。照射範囲を図3に仮想線Aで示す。
【0053】
この屈曲用レーザー光L1は、後述する溶接用レーザー光L2(図4に示す)に比べて、第1亜鉛めっき鋼板11におけるエネルギー密度が小さくなるように設定されている。具体的には、屈曲用レーザー光L1のエネルギー密度は、第1亜鉛めっき鋼板11が溶融しない程度である。
【0054】
第1亜鉛めっき鋼板11におけるエネルギー密度の調整方法としては、レーザー光の出力を調整する方法、フォーカス(焦点位置)を調整する方法、走査速度を調整する方法等があるが、本実施形態では、レーザー光の出力は隙間調整工程と溶接工程とで同じにし、フォーカス及び走査速度を変更してエネルギー密度を調整している。
【0055】
すなわち、隙間調整工程では、後述する溶接工程に比べて、走査速度を速くし、また、溶接工程では焦点位置を第1亜鉛めっき鋼板11の上面とする(ジャストフォーカス)のに対し、隙間調整工程では焦点位置を第1亜鉛めっき鋼板11の上面よりも上方に離れた位置に設定する。これにより、隙間調整工程では溶接工程に比べてレーザー光L1が広い範囲に照射されることになる。
【0056】
また、屈曲用レーザー光L1の照射範囲と溶接用レーザー光L2の照射範囲とは同じであってもよい。この場合、屈曲用レーザー光L1の走査速度を溶接用レーザー光L2の走査速度よりも速くしたり、レーザー出力を調整することでエネルギー密度を上記のように設定できる。また、屈曲用レーザー光L1の照射範囲を溶接用レーザー光L2の照射範囲よりも狭くしてもよい。
【0057】
尚、隙間調整工程と溶接工程とでレーザー光の出力を変更するようにしてもよい。また、隙間調整工程及び溶接工程において、レーザー光の出力や走査速度は、板材の種類や溶接条件等により変更される。
【0058】
上記屈曲用レーザー光L1が照射された第1亜鉛めっき鋼板11は、レーザー光L1の照射部分及びその周辺が熱膨張する。このとき、第1亜鉛めっき鋼板11は、幅方向(第1亜鉛めっき鋼板11の上面においてレーザー光走査方向と直交する方向)の両端が治具20によって拘束されているので、第1亜鉛めっき鋼板11には熱応力が発生し、屈曲用レーザー光L1が照射された部分が最も下に位置するように下側(第2亜鉛めっき鋼板11に接近する側)へ向けて屈曲する(図3に示す)。
【0059】
ここで、本発明者らが屈曲用レーザー光L1の第1亜鉛めっき鋼板11におけるエネルギー密度を様々に変更して行った実験によると、エネルギー密度によって第1亜鉛めっき鋼板11の屈曲方向が異なることが得られた。第1亜鉛めっき鋼板11におけるエネルギー密度が、第1亜鉛めっき鋼板11を全く溶融させない程度である場合、及び、第1亜鉛めっき鋼板11の上面側のみが溶融する場合には、第1亜鉛めっき鋼板11が下側に屈曲する。
【0060】
言い換えると、本工程においては、第1亜鉛めっき鋼板11に対し、下側に屈曲するようなエネルギー密度となるように、屈曲用レーザー光L1を照射する。このとき、第1亜鉛めっき鋼板11の上面部分が多少溶融してもよい。溶融範囲としては、例えば、第1亜鉛めっき鋼板11の上面から下面に向かって厚み寸法の1/10〜1/20程度が好ましい。
【0061】
尚、例えば、第1亜鉛めっき鋼板11の厚み方向の中央部まで、または中央部よりも下面に近い部分まで溶融させてしまうと、第1亜鉛めっき鋼板11が上側へ屈曲してしまい、第2亜鉛めっき鋼板12との間の隙間が逆に拡大してしまう結果となった。
【0062】
上記のように第1亜鉛めっき鋼板11を下側へ屈曲させると第2亜鉛めっき鋼板12との間の隙間が初期隙間Sよりも狭くなる。
【0063】
尚、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の隙間の適正範囲は、0.1mm以上0.3mm未満である。
【0064】
その後、溶接工程を行う。溶接工程では、図4に示すように、溶接用レーザー光L2を第1亜鉛めっき鋼板11の上面に照射する。溶接用レーザー光L2の照射部位は、屈曲用レーザー光L1の照射部位Aに対し第1亜鉛めっき鋼板11の幅方向に離れている。屈曲用レーザー光L1の照射部位Aと溶接用レーザー光L2の照射部位との離間寸法は、例えば数mm程度である。
【0065】
このように屈曲用レーザー光L1の照射部位Aと溶接用レーザー光L2の照射部位とを離す理由は次のとおりである。
【0066】
屈曲用レーザー光L1を照射して第1亜鉛めっき鋼板11を下側へ屈曲させると、屈曲用レーザー光L1の照射部位Aが最も下に位置し、この屈曲用レーザー光L1の照射部位が第2亜鉛めっき鋼板12に接するようになることがある。こうなると第1亜鉛めっき鋼板11の屈曲用レーザー光L1の照射部位Aと第2亜鉛めっき鋼板12との間に隙間が無い状態になるので、仮に、溶接用レーザー光L2を屈曲用レーザー光L1の照射部位Aに照射すると、亜鉛めっきが蒸発したときの蒸気によって鋼板11,12にピットやブローホールが発生することがある。
【0067】
一方、第1亜鉛めっき鋼板11において屈曲用レーザー光L1の照射部位Aから離れた部位は、第2亜鉛めっき鋼板12との間に確実に隙間が形成されている。しかも、その隙間は初期隙間Sよりも狭い。従って、屈曲用レーザー光L1の照射部位Aと溶接用レーザー光L2の照射部位とを離すことにより、溶接不良が起こりにくくなる。図4に溶接後のビードを符号Bで示す。
【0068】
次に、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間に隙間が無い場合について説明する。
【0069】
図5に示すように、準備工程では、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間にテープを挟まずに治具20に固定する。これにより、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間に隙間が無い状態となる。
【0070】
そして、隙間調整工程を行う。隙間調整工程では、上記した隙間が広い場合と同様なエネルギー密度となるように屈曲用レーザー光L1を第1亜鉛めっき鋼板11に照射する。すると、熱応力が発生した第1亜鉛めっき鋼板11は下側へ向けて屈曲し、第1亜鉛めっき鋼板1の屈曲部分が第2亜鉛めっき鋼板12を下方へ押す。これにより、第2亜鉛めっき鋼板12が下方へ曲がり、第1亜鉛めっき鋼板11と第2亜鉛めっき鋼板12との間に隙間が形成される。このとき、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12は治具20で拘束されているので、第1亜鉛めっき鋼板11と第2亜鉛めっき鋼板12との隙間が広すぎるようになることはない。
【0071】
また、第2亜鉛めっき鋼板12は第1亜鉛めっき鋼板11によって押されて変形しているだけなので、第1亜鉛めっき鋼板11の屈曲部分の形状と第2亜鉛めっき鋼板12の曲がった部分の形状とは異なり、両者の間に必ず隙間が形成されることになる。
【0072】
続く溶接工程では、上記した隙間が広い場合と同様に溶接用レーザー光L2を第1亜鉛めっき鋼板11の上面に照射する。溶接用レーザー光L2の照射部位は、屈曲用レーザー光L1の照射部位Aから離す。
【0073】
つまり、本実施形態では、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間の隙間が広すぎる場合と、隙間が無い場合の両方で第1亜鉛めっき鋼板11を下側へ向けて屈曲させて適正な隙間を形成することができ、このとき、特殊な治具や製造装置は不要である。
【0074】
上記のようにしてレーザー溶接された第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12と、従来の方法でレーザー溶接された亜鉛めっき鋼板との溶接部位の外観検査及びX線透視検査の結果を表1に示す。
【0075】
【表1】
【0076】
表1における初期隙間とは図2の符号Sで示す隙間であり、0mmは隙間が無い状態、0.5mmは隙間が広すぎる状態である。また、外観検査とは、肉眼又は拡大鏡を使用して表面を観察した結果である。また、X線透視検査とは、X線を照射して内部の溶接状態を検査した結果である。
【0077】
この結果からも明らかなように、本発明にかかるレーザー溶接方法によれば、初期隙間が無い場合、及び、初期隙間が広すぎる場合の両方で良好なレーザー溶接結果が得られた。
【0078】
以上説明したように、この実施形態によれば、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間の隙間が広すぎる場合と、隙間が無い場合の両方で第1亜鉛めっき鋼板11を下側へ向けて屈曲させて第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間に適正な隙間を形成することができる。
【0079】
これにより、特別な治具や製造装置を不要にして設備費を低減するとともに工程数の増加を回避しながら板材間の隙間が適正範囲に調整することができ、健全なレーザー溶接を低コストで行うことができる。
【0080】
また、溶接用レーザー光L2の照射部位を屈曲用レーザー光L1の照射部位Aからずらしているので、第1亜鉛めっき鋼板11の屈曲部分の形状にかかわらず、適正な隙間が形成された部分に溶接用レーザー光L2を照射することができる。
【0081】
第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間の初期隙間Sが広すぎる場合においては、隙間調整工程の後に、屈曲用レーザー光L1の照射部位Aと第2亜鉛めっき鋼板12との間に適正な隙間を形成できる場合があるので、この場合には、溶接用レーザー光L2を屈曲用レーザーL1の照射部位Aに照射するようにしてもよい。
【0082】
尚、治具20の構造としては、例えば、図7に示す変形例のように、棒状の留め具24を用いて第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12を固定するようにしてもよい。この変形例の留め具24はレーザー光の走査方向に延びており、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の幅方向両縁部の広い範囲を治具20に固定することができるようになっている。
【0083】
また、図8〜図10に示す変形例1〜3のように、1つの溶接部に対して屈曲用レーザー光L1を複数箇所に照射するようにしてもよい。
【0084】
図8の変形例1では、第1亜鉛めっき鋼板11の幅方向に離れた2箇所に屈曲用レーザー光L1をそれぞれ照射する。これにより、第1亜鉛めっき鋼板11の屈曲部分の形状を細かく調整することが可能になり、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の隙間をより適正な範囲に調整できる。屈曲用レーザー光L1を断続照射する場合に、1つの照射長さは任意に設定することができ、互いに同じ長さにしてもよい。また、照射間隔も任意に設定することができ、等間隔に照射してもよいし、不等間隔に照射するようにしてもよい。
【0085】
図9の変形例2では、屈曲用レーザー光L1を走査方向に断続して照射する。屈曲用レーザー光L1が照射されると、その周囲にも熱が伝わるので周囲の部位にも熱応力が発生して下側へ向けて屈曲するようになる。これにより、屈曲用レーザー光L1を溶接部の全長に亘って照射しなくても第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間に適正な隙間を確保することが可能になるので、消費エネルギーを低減しながら、健全なレーザー溶接を行うことができる。
【0086】
図10の変形例3は、変形例1と2を組み合わせた形態であり、屈曲用レーザー光L1を、第1亜鉛めっき鋼板11の幅方向に離れた部位に、走査方向に断続して照射する。
【0087】
また、図11及び図12に示す変形例4のように、レーザー溶接する部分が例えばC字形状であれば、屈曲用レーザー光L1を対応させてC字形状に照射すればよい。また、
また、屈曲用レーザー光L1は、例えばL字形状に照射してもよいし、円を描くように照射してもよく、その形状は上記した形状に限られるものではなく、様々な形状であってよい。
【0088】
また、屈曲用レーザー光L1の走査長さを溶接用レーザー光L2よりも長くしてもよい。
【0089】
また、上記実施形態では、2枚の板材の両方が亜鉛めっき鋼板11,12である場合に本発明を適用した場合について説明したが、これに限らず、いずれか一方の板材にめっきが施されていない場合であっても本発明を適用することができ、同様な作用効果を奏することができる。
【0090】
また、図示しないが、めっきされていない金属製板材同士を本発明にかかる方法を用いて溶接することも可能である。この場合、板材間の隙間が広すぎる場合、隙間調整工程で隙間を狭めることができるので、健全な溶接を行うことができる。
【0091】
また、本発明にかかる方法は、第1及び第2めっき鋼板11,12の隙間が無いと予め分かっている場合、及び隙間が広すぎると予め分かっている場合の両方に対応可能である。
【0092】
また、屈曲用レーザー光L1は、同一部位に複数回照射するようにしてもよい。
【0093】
また、本発明は、例えば、自動車の車体製造現場、各種自動車部品の製造現場等の溶接ラインで使用することができ、また、例えば、電気製品の金属製板材をレーザー溶接する場合にも適用することができ、適用範囲は広いものである。
【0094】
また、本発明は、金属製板材は鋼板に限られるものではなく、各種の金属材料からなる板材をレーザー溶接する場合に適用できる。また、めっきの種類も亜鉛めっきに限られるものではなく、金属製板材よりも融点の低いめっき材でめっきされている場合に広く適用できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0095】
以上説明したように、本発明にかかるレーザー溶接方法は、例えば、自動車の車体を構成する亜鉛めっき鋼板を溶接する場合に適している。
【符号の説明】
【0096】
1 レーザー溶接装置
2 レーザー発振器
3 加工ヘッド
4 制御装置
11 第1亜鉛めっき鋼板(第1金属製板材)
12 第2亜鉛めっき鋼板(第2金属製板材)
20 治具
21 ブロック
21a 凹部
23,24 留め具
A 屈曲用レーザー光の照射部位
L1 屈曲用レーザー光
L2 溶接用レーザー光
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属製板材を重ね合わせた状態でレーザー溶接するレーザー溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、例えば、自動車の製造現場においては、鋼板同士を溶接する場合にスポット溶接法が広く用いられている。スポット溶接法では、一対の棒状電極で2枚の鋼板を挟んで溶接するので、断続的な溶接しか行えず、強度面で満足できない場合や、シール性を得たい部分に適用できないという制約があった。
【0003】
そこで、近年、レーザー溶接法が特に自動車業界を中心に注目されている。その要因は、ガルバノミラーを動かしてレーザー光を高速に走査できるリモートレーザー溶接装置が出現したことによる。
【0004】
自動車を構成する鋼板としては、防錆処理としての亜鉛めっきが施された亜鉛めっき鋼板や、防錆処理の必要ない部分に用いられる冷間圧延鋼板等、様々な鋼板がある。これら鋼板の中で、亜鉛めっき鋼板同士の溶接時、及び、亜鉛めっき鋼板と冷間圧延鋼板との溶接時には次に述べるような問題が発生するおそれがあることが知られている。
【0005】
すなわち、鋼板を重ね合わせた際に、両者の間に隙間が無く密着した部分ができることがある。この密着した部分にレーザー光を照射すると、亜鉛めっきが蒸発し、その蒸気によって鋼板にピットやブローホールが発生し、溶接不良の原因となる。また、2枚の鋼板を重ね合わせた際に、両者間の隙間が約0.3mm以上になると、今度はレーザー光を照射する側に位置する鋼板が溶け落ち、このことが溶接不良の原因となる。
【0006】
これらの溶接不良を解消するための一般的な手法は、2枚の鋼板間の隙間を約0.1mmに設定することである。しかしながら、実際の製造現場では、鋼板に製造公差の範囲内で誤差が生じており、また、溶接治具で鋼板を固定した際にも誤差が生じることがある。従って、2枚の鋼板間の隙間を上記適正範囲に保つのは困難であり、部位によって隙間が無かったり、広すぎたりする。
【0007】
このことに対し、例えば、特許文献1〜3に開示されているように様々な試みがなされている。
【0008】
特許文献1、2に開示されている方法は、2枚の鋼板の間に隙間が無い場合のレーザー溶接方法である。特許文献1の方法では、まず、重ね合わせた状態の鋼板に対し、1回目のレーザー光照射を行い、照射側に位置する鋼板を溶融させる。これによってレーザー光照射側の鋼板の裏側に凸部を形成する。凸部の形成により、2枚の鋼板の間に隙間が形成される。そして、2回目のレーザー光照射で両鋼板を溶接するようにしている。
【0009】
特許文献2の方法では、2枚の鋼板を重ね合わせる前に、一方の鋼板のみ治具で保持し、この鋼板にレーザー光を照射することによって当該鋼板を変形させる。その後、2枚の鋼板を重ね合わせると、上記一方の鋼板の変形によって両鋼板の間に隙間が形成される。その後、2回目のレーザー光照射で両鋼板を溶接するようにしている。
【0010】
特許文献3に開示されている方法は、2枚の鋼板の間に隙間が無い場合と、隙間が広すぎる場合との両方に対応できるレーザー溶接方法である。鋼板を重ね合わせて1回目のレーザー光を照射するのであるが、隙間が無い場合には、裏側に位置する鋼板を貫通しない範囲で溶融させ、その後、2回目のレーザー光照射によって裏側に位置する鋼板を貫通して溶接を行う。一方、隙間が広すぎる場合には、照射側に位置する鋼板を溶融させて凹ませることによって2枚の鋼板間の隙間を狭めておき、2回目のレーザー光照射によって裏側に位置する鋼板を貫通して溶接を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−178178号公報
【特許文献2】特開2005−144504号公報
【特許文献3】特開2010−23047号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1のレーザー溶接方法では、2枚の鋼板の隙間が広すぎる場合を考慮したものではないので、隙間が広すぎる場合に上述したレーザー光照射側に位置する鋼板の溶け落ちが起こるおそれがある。これを回避するために、凹部の形成前に2枚の鋼板を隙間が無いように保持する治具が必要であるが、このような治具は高価であり設備費の高騰を招く。
【0013】
特許文献2のレーザー溶接方法も、2枚の鋼板の隙間が広すぎる場合を考慮したものではないので鋼板の溶け落ちが起こるおそれがある。また、一方の鋼板を変形させた後に、他方の鋼板に重ね合わせるようにしているので、製造装置が複雑化するとともに、工程数が増え、ひいてはコスト高を招く。さらに、変形させた鋼板を他方の鋼板に重ね合わせても両鋼板の間に適正な隙間が形成されるとは限らない。
【0014】
特許文献3のレーザー溶接方法では、1回目のレーザー光照射で、レーザー光照射側に位置する鋼板を溶融させるので、ピットやブローホールが発生する懸念があり、この1回目のレーザー光照射で欠陥が生じた場合には、2回目のレーザー光照射でそれを補修することは困難であり、結果として溶接不良が起こる懸念がある。
【0015】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、レーザー溶接を行う際に、板材間に隙間が無い場合であっても、隙間が広すぎる場合であっても、特別な治具や装置を不要にして設備費を低減するとともに、工程数の増加も回避し、健全なレーザー溶接を低コストで行えるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するために、本発明では、溶接前に、レーザー光照射側に位置する板材にレーザー光を照射して屈曲させることによって板材間の隙間を適正範囲に調整し、その後、溶接工程を行うようにした。
【0017】
第1の発明は、少なくとも一方がめっきされた第1金属製板材と第2金属製板材とを重ね合わせた状態で、該第1金属製板材側からレーザー光を照射して両金属製板材を溶接するレーザー溶接方法において、上記第1金属製板材及び上記第2金属製板材を重ね合わせて保持する準備工程と、上記準備工程の後、上記第1金属製板材に、該第1金属製板材を上記第2金属製板材側へ向けて屈曲させるための屈曲用レーザー光を照射して、両金属製板材間に隙間が無い場合には上記第1金属製板材の屈曲変形によって上記第2金属製板材を押して両金属製板材間に隙間を生じさせ、一方、両金属製板材間の隙間が広すぎる場合には上記第1金属製板材の屈曲部分を上記第2金属製板材に接近させて両金属製板材間の隙間を調整する隙間調整工程と、上記隙間調整工程の後、上記第1金属製板材と上記第2金属製板材とを溶接する溶接用レーザー光を照射して両金属製板材を溶接する溶接工程とを備えていることを特徴とするものである。
【0018】
すなわち、第1金属製板材と第2金属製板材との間に隙間が無い場合には、隙間調整工程において屈曲用レーザー光の照射によって第1金属製板材が第2金属製板材側へ向けて屈曲し、このとき第1金属製板材の屈曲部分によって第2金属製板材が第1金属製板材から離れる方向に押される。これにより、第1金属製板材と第2金属製板材との間に隙間が生じる。このとき、第1金属製板材及び第2金属製板材は隙間調整工程に先立つ準備工程において重ね合わされた状態で保持されているので、板材間の隙間が広すぎるようになることはない。よって、板材間の隙間が適正範囲に調整される。そして、溶接工程で溶接用レーザー光が照射されると、板材間の隙間が適正範囲となっていることから、めっきの蒸発によるピットやブローホールの発生が抑制される。このとき用いられる治具は、単に第1金属製板材と第2金属製板材とを重ね合わせた状態で保持しておくだけでよいので、汎用の治具を用いることが可能である。
【0019】
一方、第1金属製板材と第2金属製板材との間の隙間が広すぎる場合には、隙間調整工程において屈曲用レーザー光の照射によって第1金属製板材が第2金属製板材側へ向けて屈曲し、板材間の隙間が狭まる。そして、板材間の隙間が狭まることで、板材間の隙間が適正範囲となり、溶接工程において第1金属製板材の溶け落ちは生じない。
【0020】
このように、第1金属製板材と第2金属製板材とを重ね合わせたままで隙間を調整し、その後、直ちに溶接することが可能になる。よって、特別な治具や製造装置が不要で設備費の高騰を招くことはなく、また、工程数が増えることもない。
【0021】
尚、本発明では、第1金属製板材及び第2金属製板材の両方がめっきされた場合、一方がめっきされた場合のどちらでも適用でき、同様な作用効果が得られるものである。
【0022】
また、実施の溶接現場では、第1及び第2金属製板材の隙間がどのくらいであるか分からない場合が多いが、この場合にも、本発明ではあれば隙間が無い場合、広すぎる場合の両方で対応可能であるため、溶接において問題とならない。
【0023】
また、第1及び第2金属製板材の隙間が無いと予め分かっている場合、及び隙間が広すぎると予め分かっている場合の両方に対応可能である。隙間が広すぎる場合には、第1及び第2金属製板材の両方にめっきされていない場合にも、本発明にかかる方法を用いて溶接可能である。
【0024】
また、第1及び第2金属製鋼板の隙間の適正範囲(健全な溶接が可能となる範囲)は、0.1mm以上0.3mm未満である。
【0025】
第2の発明は、第1の発明において、隙間調整工程では、第1金属製板材の複数箇所に屈曲用レーザー光を照射することを特徴とするものである。
【0026】
この構成によれば、第1金属製板材の屈曲量や屈曲させる範囲を細かく調整することが可能になる。
【0027】
第3の発明は、第1の発明において、隙間調整工程における屈曲用レーザー光の照射範囲は、溶接工程における溶接用レーザー光の照射範囲よりも狭いことを特徴とするものである。
【0028】
すなわち、例えば、屈曲用レーザー光をスポット的に照射することで、第1金属製板材は屈曲用レーザー光の照射部位だけでなく、その周辺も屈曲することになる。これにより、実際の屈曲用レーザー光の照射範囲よりも広い範囲に亘って板材間の隙間が調整されるので、消費エネルギーを低減できる。
【0029】
第4の発明は、第1から3のいずれか1つの発明において、隙間調整工程において屈曲用レーザー光の強さは、第1金属製板材を溶融しないように設定されていることを特徴とするものである。
【0030】
この構成によれば、第1金属製板材が隙間調整工程において溶融しないので、第1金属製板材の溶け落ちを未然に防ぐことが可能になる。
【0031】
第5の発明は、第1から4のいずれか1つの発明において、溶接工程における溶接用レーザー光の照射部位は、隙間調整工程における屈曲用レーザー光の照射部位からずれていることを特徴とするものである。
【0032】
例えば、第1金属製板材の屈曲部分の形状によっては、屈曲用レーザー光を照射した部分と第2金属製板材との間の隙間が狭すぎることが考えられる。この場合に、溶接用レーザー光の照射部位を屈曲用レーザー光の照射部位からずらすことにより、適正な隙間が形成された部分に溶接用レーザー光を照射することが可能になる。
【発明の効果】
【0033】
第1の発明によれば、屈曲用レーザー光を照射して第1金属製板材を第2金属製板材側へ向けて屈曲させ、両金属製板材間に隙間が無い場合には第2金属製板材を押して隙間を生じさせ、一方、両金属製板材間の隙間が広すぎる場合には第1金属製板材の屈強部分を第2金属製板材に接近させて隙間を調整し、その後、溶接用レーザー光を照射するようにしている。従って、特別な治具や製造装置を不要にして設備費を低減するとともに工程数の増加を回避しながら板材間の隙間が適正範囲に調整することができ、健全なレーザー溶接を低コストで行うことができる。
【0034】
第2の発明によれば、第1金属製板材の複数箇所に屈曲用レーザー光を照射するようにしたので、第1金属製板材の屈曲量や屈曲させる範囲を細かく調整できる。これにより、板材間の隙間を、溶接を行う部位や形状に応じて適正にすることができ、より一層健全なレーザー溶接を行うことができる。
【0035】
第3の発明によれば、屈曲用レーザー光の照射範囲を溶接用レーザー光の照射範囲よりも狭くしたので、消費エネルギーを低減しながら、健全なレーザー溶接を行うことができる。
【0036】
第4の発明によれば、隙間調整工程で第1金属製板材が溶融しないように屈曲用レーザー光を照射するようにしたので、第1金属製板材の溶け落ちを確実に防ぐことができ、健全なレーザー溶接を行うことができる。
【0037】
第5の発明によれば、溶接用レーザー光の照射部位を屈曲用レーザー光の照射部位からずらしているので、適正な隙間が形成された部分に溶接用レーザー光を照射することができる。これにより、健全なレーザー溶接を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明のレーザー溶接方法に使用されるレーザー溶接装置の概略構成図である。
【図2】2枚の亜鉛めっき鋼板を互いに厚み方向に間隔をあけて治具に固定した状態を示す斜視図である。
【図3】屈曲用レーザー光を照射した状態の図2相当図である。
【図4】溶接用レーザー光を照射した状態の図2相当図である。
【図5】2枚の亜鉛めっき鋼板を密着させて治具に固定した状態を示す斜視図である。
【図6】屈曲用レーザー光を照射した状態の図5相当図である。
【図7】治具の変形例を示す図5相当図である。
【図8】屈曲用レーザー光の照射方法の変形例1にかかる図3相当図である。
【図9】屈曲用レーザー光の照射方法の変形例2にかかる図3相当図である。
【図10】屈曲用レーザー光の照射方法の変形例3にかかる図3相当図である。
【図11】屈曲用レーザー光の照射方法の変形例4にかかる図3相当図である。
【図12】溶接用レーザー光の照射方法の変形例4にかかる図4相当図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0040】
図1は、本発明の実施形態にかかるレーザー溶接方法に使用されるレーザー溶接装置1を示すものである。このレーザー溶接装置1は、レーザー発振器2と、加工ヘッド3と、レーザー発振器2及び加工ヘッド3を制御する制御装置4とを備えている。
【0041】
レーザー発振器2は、制御装置4から出力された指示信号に基づいてレーザー光を出力するように構成されている。レーザー発振器2から出力されたレーザー光は伝送用のファイバー(図示せず)により加工ヘッド3に伝送される。
【0042】
加工ヘッド3はカルバノミラーや集光レンズ(共に図示せず)等を内蔵しており、制御装置4から出力された指示信号に基づいて焦点を調整するとともに、レーザー光を設定速度で、かつ、設定された方向に走査するように構成されている。
【0043】
上記レーザー溶接装置1を用いてレーザー溶接される金属製板材は、略矩形状に形成された第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12である。第1亜鉛めっき鋼板11の板厚は、1.0mmであり、亜鉛の目付量は55g/m2である。また、第2亜鉛めっき鋼板12は、第1亜鉛めっき鋼板11と同じものである。
【0044】
尚、上記した第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12の形状や板厚、亜鉛の目付量は、一例であり、本発明の適用範囲を限定するものではない。
【0045】
上記第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12をレーザー溶接する際には、図2に示す治具20に固定する。治具20は、金属製のブロック21と、留め具23,23,…とを備えている。ブロック21には、上方に開放する凹部21aが形成されている。亜鉛めっき鋼板11,12は、溶接部分が凹部21aに対応するように配置されて固定される。
【0046】
各留め具23は、具体的にはボルトであり、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12の隅部を貫通してブロック21にねじ込まれる。これによって第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12がブロック21に固定される。
【0047】
尚、治具20は、本実施形態の説明のために、便宜上、上記のように構成しただけであり、実際の溶接現場では、亜鉛めっき鋼板11、12が動かないように固定できればよいので、汎用の治具を用いることができる。
【0048】
次に、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12の溶接要領について説明する。
【0049】
まず、準備工程を行う。これは、実際の溶接現場において第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12を動かないように固定する工程のことである。本実施形態では、治具20を用いて行う。すなわち、図2に示すように、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11、12を、第1亜鉛めっき鋼板11が上となるように、ブロック21の上面に配置した後、両亜鉛めっき鋼板11、12の4つの隅部を留め具23,23,…でブロック21に締結する。
【0050】
図2では、第1亜鉛めっき鋼板11と第2亜鉛めっき鋼板12との間にテープ(図示せず)を挟んで約0.5mmの初期隙間Sを形成しており、両亜鉛めっき鋼板11,12の隙間が広すぎる場合を作り出している。尚、図2では、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の初期隙間Sを実際の隙間よりも広く描いている。
【0051】
このように、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の初期隙間Sが約0.5mmもある状態で仮にレーザー溶接した場合を想定すると、レーザー光照射側に位置する第1亜鉛めっき鋼板11が第2亜鉛めっき鋼板12の上面に溶け落ちることになり、溶接不良が発生する懸念がある。
【0052】
これに対し、本実施形態では、溶接前に、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の溶接部位の隙間を調整する隙間調整工程を行う。隙間調整工程では、図3に示すように、第1亜鉛めっき鋼板11の上面に、該第1亜鉛めっき鋼板11を下側(第2亜鉛めっき鋼板12側)へ向けて屈曲させるための屈曲用レーザー光L1を照射する。照射範囲を図3に仮想線Aで示す。
【0053】
この屈曲用レーザー光L1は、後述する溶接用レーザー光L2(図4に示す)に比べて、第1亜鉛めっき鋼板11におけるエネルギー密度が小さくなるように設定されている。具体的には、屈曲用レーザー光L1のエネルギー密度は、第1亜鉛めっき鋼板11が溶融しない程度である。
【0054】
第1亜鉛めっき鋼板11におけるエネルギー密度の調整方法としては、レーザー光の出力を調整する方法、フォーカス(焦点位置)を調整する方法、走査速度を調整する方法等があるが、本実施形態では、レーザー光の出力は隙間調整工程と溶接工程とで同じにし、フォーカス及び走査速度を変更してエネルギー密度を調整している。
【0055】
すなわち、隙間調整工程では、後述する溶接工程に比べて、走査速度を速くし、また、溶接工程では焦点位置を第1亜鉛めっき鋼板11の上面とする(ジャストフォーカス)のに対し、隙間調整工程では焦点位置を第1亜鉛めっき鋼板11の上面よりも上方に離れた位置に設定する。これにより、隙間調整工程では溶接工程に比べてレーザー光L1が広い範囲に照射されることになる。
【0056】
また、屈曲用レーザー光L1の照射範囲と溶接用レーザー光L2の照射範囲とは同じであってもよい。この場合、屈曲用レーザー光L1の走査速度を溶接用レーザー光L2の走査速度よりも速くしたり、レーザー出力を調整することでエネルギー密度を上記のように設定できる。また、屈曲用レーザー光L1の照射範囲を溶接用レーザー光L2の照射範囲よりも狭くしてもよい。
【0057】
尚、隙間調整工程と溶接工程とでレーザー光の出力を変更するようにしてもよい。また、隙間調整工程及び溶接工程において、レーザー光の出力や走査速度は、板材の種類や溶接条件等により変更される。
【0058】
上記屈曲用レーザー光L1が照射された第1亜鉛めっき鋼板11は、レーザー光L1の照射部分及びその周辺が熱膨張する。このとき、第1亜鉛めっき鋼板11は、幅方向(第1亜鉛めっき鋼板11の上面においてレーザー光走査方向と直交する方向)の両端が治具20によって拘束されているので、第1亜鉛めっき鋼板11には熱応力が発生し、屈曲用レーザー光L1が照射された部分が最も下に位置するように下側(第2亜鉛めっき鋼板11に接近する側)へ向けて屈曲する(図3に示す)。
【0059】
ここで、本発明者らが屈曲用レーザー光L1の第1亜鉛めっき鋼板11におけるエネルギー密度を様々に変更して行った実験によると、エネルギー密度によって第1亜鉛めっき鋼板11の屈曲方向が異なることが得られた。第1亜鉛めっき鋼板11におけるエネルギー密度が、第1亜鉛めっき鋼板11を全く溶融させない程度である場合、及び、第1亜鉛めっき鋼板11の上面側のみが溶融する場合には、第1亜鉛めっき鋼板11が下側に屈曲する。
【0060】
言い換えると、本工程においては、第1亜鉛めっき鋼板11に対し、下側に屈曲するようなエネルギー密度となるように、屈曲用レーザー光L1を照射する。このとき、第1亜鉛めっき鋼板11の上面部分が多少溶融してもよい。溶融範囲としては、例えば、第1亜鉛めっき鋼板11の上面から下面に向かって厚み寸法の1/10〜1/20程度が好ましい。
【0061】
尚、例えば、第1亜鉛めっき鋼板11の厚み方向の中央部まで、または中央部よりも下面に近い部分まで溶融させてしまうと、第1亜鉛めっき鋼板11が上側へ屈曲してしまい、第2亜鉛めっき鋼板12との間の隙間が逆に拡大してしまう結果となった。
【0062】
上記のように第1亜鉛めっき鋼板11を下側へ屈曲させると第2亜鉛めっき鋼板12との間の隙間が初期隙間Sよりも狭くなる。
【0063】
尚、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の隙間の適正範囲は、0.1mm以上0.3mm未満である。
【0064】
その後、溶接工程を行う。溶接工程では、図4に示すように、溶接用レーザー光L2を第1亜鉛めっき鋼板11の上面に照射する。溶接用レーザー光L2の照射部位は、屈曲用レーザー光L1の照射部位Aに対し第1亜鉛めっき鋼板11の幅方向に離れている。屈曲用レーザー光L1の照射部位Aと溶接用レーザー光L2の照射部位との離間寸法は、例えば数mm程度である。
【0065】
このように屈曲用レーザー光L1の照射部位Aと溶接用レーザー光L2の照射部位とを離す理由は次のとおりである。
【0066】
屈曲用レーザー光L1を照射して第1亜鉛めっき鋼板11を下側へ屈曲させると、屈曲用レーザー光L1の照射部位Aが最も下に位置し、この屈曲用レーザー光L1の照射部位が第2亜鉛めっき鋼板12に接するようになることがある。こうなると第1亜鉛めっき鋼板11の屈曲用レーザー光L1の照射部位Aと第2亜鉛めっき鋼板12との間に隙間が無い状態になるので、仮に、溶接用レーザー光L2を屈曲用レーザー光L1の照射部位Aに照射すると、亜鉛めっきが蒸発したときの蒸気によって鋼板11,12にピットやブローホールが発生することがある。
【0067】
一方、第1亜鉛めっき鋼板11において屈曲用レーザー光L1の照射部位Aから離れた部位は、第2亜鉛めっき鋼板12との間に確実に隙間が形成されている。しかも、その隙間は初期隙間Sよりも狭い。従って、屈曲用レーザー光L1の照射部位Aと溶接用レーザー光L2の照射部位とを離すことにより、溶接不良が起こりにくくなる。図4に溶接後のビードを符号Bで示す。
【0068】
次に、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間に隙間が無い場合について説明する。
【0069】
図5に示すように、準備工程では、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間にテープを挟まずに治具20に固定する。これにより、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間に隙間が無い状態となる。
【0070】
そして、隙間調整工程を行う。隙間調整工程では、上記した隙間が広い場合と同様なエネルギー密度となるように屈曲用レーザー光L1を第1亜鉛めっき鋼板11に照射する。すると、熱応力が発生した第1亜鉛めっき鋼板11は下側へ向けて屈曲し、第1亜鉛めっき鋼板1の屈曲部分が第2亜鉛めっき鋼板12を下方へ押す。これにより、第2亜鉛めっき鋼板12が下方へ曲がり、第1亜鉛めっき鋼板11と第2亜鉛めっき鋼板12との間に隙間が形成される。このとき、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12は治具20で拘束されているので、第1亜鉛めっき鋼板11と第2亜鉛めっき鋼板12との隙間が広すぎるようになることはない。
【0071】
また、第2亜鉛めっき鋼板12は第1亜鉛めっき鋼板11によって押されて変形しているだけなので、第1亜鉛めっき鋼板11の屈曲部分の形状と第2亜鉛めっき鋼板12の曲がった部分の形状とは異なり、両者の間に必ず隙間が形成されることになる。
【0072】
続く溶接工程では、上記した隙間が広い場合と同様に溶接用レーザー光L2を第1亜鉛めっき鋼板11の上面に照射する。溶接用レーザー光L2の照射部位は、屈曲用レーザー光L1の照射部位Aから離す。
【0073】
つまり、本実施形態では、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間の隙間が広すぎる場合と、隙間が無い場合の両方で第1亜鉛めっき鋼板11を下側へ向けて屈曲させて適正な隙間を形成することができ、このとき、特殊な治具や製造装置は不要である。
【0074】
上記のようにしてレーザー溶接された第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12と、従来の方法でレーザー溶接された亜鉛めっき鋼板との溶接部位の外観検査及びX線透視検査の結果を表1に示す。
【0075】
【表1】
【0076】
表1における初期隙間とは図2の符号Sで示す隙間であり、0mmは隙間が無い状態、0.5mmは隙間が広すぎる状態である。また、外観検査とは、肉眼又は拡大鏡を使用して表面を観察した結果である。また、X線透視検査とは、X線を照射して内部の溶接状態を検査した結果である。
【0077】
この結果からも明らかなように、本発明にかかるレーザー溶接方法によれば、初期隙間が無い場合、及び、初期隙間が広すぎる場合の両方で良好なレーザー溶接結果が得られた。
【0078】
以上説明したように、この実施形態によれば、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間の隙間が広すぎる場合と、隙間が無い場合の両方で第1亜鉛めっき鋼板11を下側へ向けて屈曲させて第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間に適正な隙間を形成することができる。
【0079】
これにより、特別な治具や製造装置を不要にして設備費を低減するとともに工程数の増加を回避しながら板材間の隙間が適正範囲に調整することができ、健全なレーザー溶接を低コストで行うことができる。
【0080】
また、溶接用レーザー光L2の照射部位を屈曲用レーザー光L1の照射部位Aからずらしているので、第1亜鉛めっき鋼板11の屈曲部分の形状にかかわらず、適正な隙間が形成された部分に溶接用レーザー光L2を照射することができる。
【0081】
第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間の初期隙間Sが広すぎる場合においては、隙間調整工程の後に、屈曲用レーザー光L1の照射部位Aと第2亜鉛めっき鋼板12との間に適正な隙間を形成できる場合があるので、この場合には、溶接用レーザー光L2を屈曲用レーザーL1の照射部位Aに照射するようにしてもよい。
【0082】
尚、治具20の構造としては、例えば、図7に示す変形例のように、棒状の留め具24を用いて第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12を固定するようにしてもよい。この変形例の留め具24はレーザー光の走査方向に延びており、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の幅方向両縁部の広い範囲を治具20に固定することができるようになっている。
【0083】
また、図8〜図10に示す変形例1〜3のように、1つの溶接部に対して屈曲用レーザー光L1を複数箇所に照射するようにしてもよい。
【0084】
図8の変形例1では、第1亜鉛めっき鋼板11の幅方向に離れた2箇所に屈曲用レーザー光L1をそれぞれ照射する。これにより、第1亜鉛めっき鋼板11の屈曲部分の形状を細かく調整することが可能になり、第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の隙間をより適正な範囲に調整できる。屈曲用レーザー光L1を断続照射する場合に、1つの照射長さは任意に設定することができ、互いに同じ長さにしてもよい。また、照射間隔も任意に設定することができ、等間隔に照射してもよいし、不等間隔に照射するようにしてもよい。
【0085】
図9の変形例2では、屈曲用レーザー光L1を走査方向に断続して照射する。屈曲用レーザー光L1が照射されると、その周囲にも熱が伝わるので周囲の部位にも熱応力が発生して下側へ向けて屈曲するようになる。これにより、屈曲用レーザー光L1を溶接部の全長に亘って照射しなくても第1及び第2亜鉛めっき鋼板11,12の間に適正な隙間を確保することが可能になるので、消費エネルギーを低減しながら、健全なレーザー溶接を行うことができる。
【0086】
図10の変形例3は、変形例1と2を組み合わせた形態であり、屈曲用レーザー光L1を、第1亜鉛めっき鋼板11の幅方向に離れた部位に、走査方向に断続して照射する。
【0087】
また、図11及び図12に示す変形例4のように、レーザー溶接する部分が例えばC字形状であれば、屈曲用レーザー光L1を対応させてC字形状に照射すればよい。また、
また、屈曲用レーザー光L1は、例えばL字形状に照射してもよいし、円を描くように照射してもよく、その形状は上記した形状に限られるものではなく、様々な形状であってよい。
【0088】
また、屈曲用レーザー光L1の走査長さを溶接用レーザー光L2よりも長くしてもよい。
【0089】
また、上記実施形態では、2枚の板材の両方が亜鉛めっき鋼板11,12である場合に本発明を適用した場合について説明したが、これに限らず、いずれか一方の板材にめっきが施されていない場合であっても本発明を適用することができ、同様な作用効果を奏することができる。
【0090】
また、図示しないが、めっきされていない金属製板材同士を本発明にかかる方法を用いて溶接することも可能である。この場合、板材間の隙間が広すぎる場合、隙間調整工程で隙間を狭めることができるので、健全な溶接を行うことができる。
【0091】
また、本発明にかかる方法は、第1及び第2めっき鋼板11,12の隙間が無いと予め分かっている場合、及び隙間が広すぎると予め分かっている場合の両方に対応可能である。
【0092】
また、屈曲用レーザー光L1は、同一部位に複数回照射するようにしてもよい。
【0093】
また、本発明は、例えば、自動車の車体製造現場、各種自動車部品の製造現場等の溶接ラインで使用することができ、また、例えば、電気製品の金属製板材をレーザー溶接する場合にも適用することができ、適用範囲は広いものである。
【0094】
また、本発明は、金属製板材は鋼板に限られるものではなく、各種の金属材料からなる板材をレーザー溶接する場合に適用できる。また、めっきの種類も亜鉛めっきに限られるものではなく、金属製板材よりも融点の低いめっき材でめっきされている場合に広く適用できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0095】
以上説明したように、本発明にかかるレーザー溶接方法は、例えば、自動車の車体を構成する亜鉛めっき鋼板を溶接する場合に適している。
【符号の説明】
【0096】
1 レーザー溶接装置
2 レーザー発振器
3 加工ヘッド
4 制御装置
11 第1亜鉛めっき鋼板(第1金属製板材)
12 第2亜鉛めっき鋼板(第2金属製板材)
20 治具
21 ブロック
21a 凹部
23,24 留め具
A 屈曲用レーザー光の照射部位
L1 屈曲用レーザー光
L2 溶接用レーザー光
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一方がめっきされた第1金属製板材と第2金属製板材とを重ね合わせた状態で、該第1金属製板材側からレーザー光を照射して両金属製板材を溶接するレーザー溶接方法において、
上記第1金属製板材及び上記第2金属製板材を重ね合わせて保持する準備工程と、
上記準備工程の後、上記第1金属製板材に、該第1金属製板材を上記第2金属製板材側へ向けて屈曲させるための屈曲用レーザー光を照射して、両金属製板材間に隙間が無い場合には上記第1金属製板材の屈曲変形によって上記第2金属製板材を押して両金属製板材間に隙間を生じさせ、一方、両金属製板材間の隙間が広すぎる場合には上記第1金属製板材の屈曲部分を上記第2金属製板材に接近させて両金属製板材間の隙間を調整する隙間調整工程と、
上記隙間調整工程の後、上記第1金属製板材と上記第2金属製板材とを溶接する溶接用レーザー光を照射して両金属製板材を溶接する溶接工程とを備えていることを特徴とする金属製板材のレーザー溶接方法。
【請求項2】
請求項1に記載の金属製板材のレーザー溶接方法において、
隙間調整工程では、第1金属製板材の複数箇所に屈曲用レーザー光を照射することを特徴とする金属製板材のレーザー溶接方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の金属製板材のレーザー溶接方法において、
隙間調整工程における屈曲用レーザー光の照射範囲は、溶接工程における溶接用レーザー光の照射範囲よりも狭いことを特徴とする金属製板材のレーザー溶接方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1つに記載の金属製板材のレーザー溶接方法において、
隙間調整工程において屈曲用レーザー光の強さは、第1金属製板材を溶融しないように設定されていることを特徴とする金属製板材のレーザー溶接方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1つに記載の金属製板材のレーザー溶接方法において、
溶接工程における溶接用レーザー光の照射部位は、隙間調整工程における屈曲用レーザー光の照射部位からずれていることを特徴とする金属製板材のレーザー溶接方法。
【請求項1】
少なくとも一方がめっきされた第1金属製板材と第2金属製板材とを重ね合わせた状態で、該第1金属製板材側からレーザー光を照射して両金属製板材を溶接するレーザー溶接方法において、
上記第1金属製板材及び上記第2金属製板材を重ね合わせて保持する準備工程と、
上記準備工程の後、上記第1金属製板材に、該第1金属製板材を上記第2金属製板材側へ向けて屈曲させるための屈曲用レーザー光を照射して、両金属製板材間に隙間が無い場合には上記第1金属製板材の屈曲変形によって上記第2金属製板材を押して両金属製板材間に隙間を生じさせ、一方、両金属製板材間の隙間が広すぎる場合には上記第1金属製板材の屈曲部分を上記第2金属製板材に接近させて両金属製板材間の隙間を調整する隙間調整工程と、
上記隙間調整工程の後、上記第1金属製板材と上記第2金属製板材とを溶接する溶接用レーザー光を照射して両金属製板材を溶接する溶接工程とを備えていることを特徴とする金属製板材のレーザー溶接方法。
【請求項2】
請求項1に記載の金属製板材のレーザー溶接方法において、
隙間調整工程では、第1金属製板材の複数箇所に屈曲用レーザー光を照射することを特徴とする金属製板材のレーザー溶接方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の金属製板材のレーザー溶接方法において、
隙間調整工程における屈曲用レーザー光の照射範囲は、溶接工程における溶接用レーザー光の照射範囲よりも狭いことを特徴とする金属製板材のレーザー溶接方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1つに記載の金属製板材のレーザー溶接方法において、
隙間調整工程において屈曲用レーザー光の強さは、第1金属製板材を溶融しないように設定されていることを特徴とする金属製板材のレーザー溶接方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1つに記載の金属製板材のレーザー溶接方法において、
溶接工程における溶接用レーザー光の照射部位は、隙間調整工程における屈曲用レーザー光の照射部位からずれていることを特徴とする金属製板材のレーザー溶接方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−35303(P2012−35303A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−177910(P2010−177910)
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【出願人】(591079487)広島県 (101)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【出願人】(591079487)広島県 (101)
【Fターム(参考)】
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