説明

金属複合体の製造方法

【課題】金属微粒子と標的化合物とを反応させてなる、金属と標的化合物とを含む金属複合体を簡易に得るための、金属複合体の製造方法を提供する。
【解決手段】金属微粒子と標的化合物とを反応させてなる、金属と標的化合物とを含む金属複合体の製造方法であって、金属微粒子と、標的化合物と、を含む反応液に、レーザを照射することにより、金属複合体を製造する金属複合体の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属微粒子と標的化合物とを反応させてなる、金属と標的化合物とを含む金属複合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属の配位化合物、例えば、金あるいは白金のd配位化合物は、抗癌剤などの薬剤として注目されている。この金あるいは白金のd配位化合物が抗癌作用を発現する理由は、金または白金の配位化合物がDNAの塩基部分と配位複合体を形成することにより、DNA依存性酵素の活性を抑制するためであると考えられている。すなわち、金あるいは白金等の金属イオンがDNAの塩基部分と結合すると、DNAの化学構造の他にDNAの2次構造や3次構造を変化させ、ポリメラーゼ、ヌクレアーゼ、エステラーゼ、カイネース、その他のヌクレオチドまたはポリヌクレオチド依存性酵素の活性に影響する。この結果、金属の配位化合物は、抗癌剤や、その他にも細胞毒性、抗リューマチ剤等として利用することができる。
【0003】
金属の配位化合物を抗癌剤等として機能させるためには、例えば、予め金塩化物または白金塩化物のアミン誘導体などを有機化学的に合成し、これを細胞に供与する。するとこの誘導体がDNAと反応して、その塩基部分と金属塩化物との複合体が生じる。その結果として上記の酵素活性に影響する。
【0004】
そのような金属複合体を得る方法として、例えば、特許文献1には、核酸特異的な金属配位化合物を核酸と反応させて金属配位化合物と核酸との金属複合体を作製し、核酸と複合体を形成していない金属配位化合物及び/又は副生成物を除去し、金属配位化合物と核酸との金属複合体に還元剤を作用させて金属微粒子と核酸との金属複合体を作製する核酸金属化方法が記載されている。
【0005】
その他にも、金属複合体を得る方法として、例えば、特許文献2には、荷電粒子を利用し、水中で塩溶液と接触させて、オリゴヌクレオチドを付着させたナノ粒子を製造する方法が記載されている。この方法では、金属粒子をクエン酸で還元して金コロイドを調整し、その後オリゴヌクレオチドを付着させる。
【0006】
【特許文献1】特開2002−371094号公報
【特許文献2】特表2004−501340号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来のように金属配位化合物を抗癌剤等として使用するためには、上記金塩化物または白金塩化物のアミン誘導体などを有機化学的に合成する必要があり、手間がかかった。また、生体内へこの誘導体を投与する必要があり、反応の時間空間の制御が困難であった。
【0008】
特許文献1及び2の方法でも、金属複合体を得るために複数の工程を経ており、例えば、生体内で金属複合体の生成を行うことは困難である。したがって、簡易に金属複合体を製造する方法の開発が望まれている。
【0009】
本発明は、金属微粒子と標的化合物とを反応させてなる、金属と標的化合物とを含む金属複合体を簡易に得るための、金属複合体の製造方法である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、金属微粒子と標的化合物とを反応させてなる、金属と標的化合物とを含む金属複合体の製造方法であって、前記金属微粒子と、前記標的化合物と、を含む反応液に、レーザを照射することにより、前記金属複合体を製造する。
【0011】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記反応液は、さらに、アミン化合物と、反応促進剤とを含むことが好ましい。
【0012】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記標的化合物は、生体高分子であることが好ましい。
【0013】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記生体高分子は、核酸であることが好ましい。
【0014】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記生体高分子は、タンパク質であることが好ましい。
【0015】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記金属微粒子は、Au、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt、Cu、Hg、Re、Fe、Ni、Co、Cr、Mn、Mo、W、Ta及びNbから選択される少なくとも1つの金属を含むことが好ましい。
【0016】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記アミン化合物は、Au、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt、Cu、Hg、Re、Fe、Ni、Co、Cr、Mn、Mo、W、Ta及びNbから選択される少なくとも1つの金属と配位結合を形成しやすいアミン化合物を含むことが好ましい。
【0017】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記アミン化合物は、プロリン、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)、ヒスチジン、2−〔4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジニル〕エタンスルホン酸(HEPES)、酢酸トリエチルアミン、尿素、アスパラギン、アルギニン、トリプトファン及びスペルミジンから選択される少なくとも1つのアミン化合物を含むことが好ましい。
【0018】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記反応促進剤は、陽イオンであることが好ましい。
【0019】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記陽イオンは、2価以上の多価陽イオンであることが好ましい。
【0020】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記金属複合体は、金属の配位化合物であることが好ましい。
【0021】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記レーザは、パルスレーザであることが好ましい。
【0022】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記レーザの波長は、前記金属微粒子の表面プラズモン共鳴波長付近の波長であることが好ましい。
【0023】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記レーザの波長は、前記金属微粒子が大きな吸収係数を有する波長であることが好ましい。
【0024】
また、前記金属複合体の製造方法において、前記レーザの波長は、前記金属微粒子のバンド間遷移付近の波長であることが好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0026】
本発明の実施形態に係る金属複合体の製造方法において、金属微粒子と、標的化合物とを含む反応液に、好ましくは、金属微粒子と、標的化合物と、アミン化合物と、反応促進剤とを含む反応液に、レーザを照射することにより、金属と標的化合物とを含む金属複合体を製造する。金属複合体は、例えば、金属と標的化合物との配位化合物である。
【0027】
本実施形態に係る金属複合体の製造方法は、例えば、図1に示す金属複合体製造装置を使用して行われる。金属複合体製造装置1は、レーザ発生装置10、レンズ12等の集光手段、セル14、撹拌子16等の撹拌手段等を含んで構成される。本実施形態に係る金属複合体の製造方法は、具体的には、以下の手順で行われる。
【0028】
まず、金属微粒子と、標的化合物と、アミン化合物と、反応促進剤と、を含む反応液を準備する。このとき、金属微粒子は、溶液に分散した状態であるが、標的化合物、アミン化合物及び反応促進剤は反応液中に溶解されている状態であることが、反応効率の向上を図れる等の点から好ましい。
【0029】
本実施形態において使用される金属微粒子の金属としては、典型金属、遷移金属であれば特に制限はないが、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Hg、Re、Y、Zr、Nb、Mo、W、Ta、Nb、Ru、La、Ce、Pr、Nd、Au、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt等の遷移金属であることが好ましい。遷移金属の中では、Au、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt、Cu、Hg、Re、Fe、Ni、Co、Cr、Mn、Mo、W、Ta及びNbであることがより好ましく、Au、Ag及び白金族(Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt)等の貴金属であることが酸化されにくいこと等の点からさらに好ましく、Au,Ptが特に好ましい。
【0030】
金属微粒子の粒径としては、金属の溶液中での高い分散性が望ましい等の点から、1μm以下であることが好ましく、1nm〜100nmの範囲であることがより好ましく、5nm〜20nmであることがさらに好ましい。金属微粒子の粒径が1nmより小さいと、照射レーザの波長が短波長になる傾向があり、操作が煩雑になる可能性がある。
【0031】
金属微粒子の製造方法としては、水等の液体中で金属プレート表面をレーザ照射またはマイクロ波照射によりアブレーションするSF−LAS法(Surfactant-free laser ablation in solution)、界面活性剤を添加した水等の液体中で金属プレート表面をレーザ照射またはマイクロ波照射によりアブレーションするSC−LAS法(Surfactant-controlled laser ablation in solution)、化学的に還元する方法、溶液中で放電する方法等が挙げられ、特に制限はない。金属微粒子に界面活性剤を添加することにより、金属微粒子を安定化させることができ、製造において操作が容易となる等のため、好ましい。
【0032】
界面活性剤としては、アニオン系、カチオン系、ノニオン系、両性の界面活性剤を使用することができる。通常は、界面活性剤の溶解度、溶媒中の金属微粒子の安定化力等の点からドデシル硫酸ナトリウム(SDS)が使用される。
【0033】
本実施形態において金属微粒子と金属複合体を形成する標的化合物としては、上記金属微粒子と金属複合体を形成する化合物であれば特に制限はないが、生体高分子;電荷移動性を有する高分子等の機能性高分子;等が挙げられ、この中でも金属と配位しやすい等の点から生体高分子であることが好ましい。ここで、生体高分子とは、生体内で合成される高分子化合物であり、例えば、タンパク質;DNA,RNA等の核酸;多糖等である。このうち、タンパク質または核酸であることが好ましく、DNA,RNA等の核酸であることが、窒素含有化合物であり、非常に金属と配位しやすい等の点からより好ましい。また、DNA、RNAとしては、1本鎖であっても2本鎖であってもよい。
【0034】
本実施形態において、金属と標的化合物とを含む金属複合体が形成されるためには、アミン化合物の存在が必要である。アミン化合物としては、1級アミン、2級アミン、3級アミン、4級アミンを含む化合物、例えば、脂肪族アミン類、芳香族アミン類であれば特に制限はないが、例えば、プロリン(Proline)、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)、ヒスチジン(Histidine)、HEPES、酢酸トリエチルアミン、尿素、アスパラギン(Aspargine)、アルギニン(Arginine)、トリプトファン(Tryptophan)、スペルミジン(Spermidine)等が挙げられる。アミン化合物としては、金属イオン、例えば、Au、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt、Cu、Hg、Re、Fe、Ni、Co、Cr、Mn、Mo、W、Ta及びNbから選択される少なくとも1つの金属、と配位結合を形成しやすい化合物であることが好ましい。このような化合物としては、例えば、イオン化エネルギが低い化合物が挙げられる。これは、イオン化エネルギが低い方が電子を金属イオンに受け渡し易く、金属がアミン化合物に配位し易いためと考えられる。傾向としては、イオン化エネルギは8eV以下であることが好ましい。
【0035】
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

【化8】

【化9】

【化10】

【0036】
本実施形態において、金属と標的化合物とを含む金属複合体が形成されるためには、アミン化合物の他に反応促進剤が必要である。ここで、反応促進剤としては、例えば、陽イオン、ポリアミン化合物等が挙げられる。陽イオンとしては、特に制限はないが、例えば、Na、K、等の周期律表1A族の金属イオン;Mg2+、Ca2+等の周期律表2A族の金属イオン;その他Mn2+、Fe2+、Co2+、Ni2+、Cu2+、Zn2+、Fe3+、Co3+、Al3+、Sn4+、等の周期律表3A族〜7A族、8族、1B族〜4B族の金属イオン;等が挙げられる。これらの中でも、金属と標的化合物とを含む金属複合体を形成する反応効率を高めるためには、Mg2+、Ca2+等の2価以上の多価金属イオンであることが好ましく、価数が多いほどより好ましい。これらの陽イオンを発生する塩としては、特に制限はなく、例えば、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン塩;硫酸塩;炭酸塩;硝酸塩;アンモニウム塩;等を通常用いることができる。
【0037】
ポリアミン化合物としては、例えば、プトレッシン、スペルミジン、スペルミン等が挙げられる。
【0038】
反応液に使用される溶媒としては、水や一般的な有機溶媒を使用することができる。水としては、特に制限はなく、例えば、水道水、地下水、イオン交換水、純水、超純水等が挙げられるが、反応効率を向上させるためには不純物が少ない方がよく、通常はイオン交換水、純水、超純水が用いられる。有機溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール系溶媒;ベンゼン、トルエン等の芳香族系溶媒;塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素等のハロゲン系溶媒;n−ヘキサン、n−ヘプタン等の直鎖飽和炭化水素系溶媒;シクロヘキサン等の環状飽和炭化水素系溶媒;アセトニトリル等を用いることができる。この中で、適用範囲が広いことから水、アルコール系溶媒が好ましく、水がより好ましい。
【0039】
反応液中の金属微粒子の濃度は、金属微粒子を懸濁できる程度の濃度であれば特に制限はないが、通常、0.1μg/mL〜1000μg/mLの範囲である。反応液中の標的化合物の量は、通常、金属微粒子の量に対して、10モル%〜10モル%の範囲である。また、反応液中のアミン化合物の濃度は、通常、0.001M〜5Mの範囲である。反応液中の反応促進剤の濃度としては、0.001M〜10Mの範囲であることが好ましい。陽イオンの濃度が0.1Mより少ないと、金属複合物の生成が十分に進行しない場合があり、陽イオン濃度が10Mを超えると金属複合物の生成が飽和状態になる場合があるので必要以上に添加する必要はない。
【0040】
この金属微粒子と、標的化合物と、アミン化合物と、反応促進剤と、を含む反応液は、セル14に入れられる。セル14は、通常、石英、ガラス等の材質のものが使用される。
【0041】
セル14に入れられた反応液に、レーザ発生装置10から発せられるレーザが照射される。レーザが所定の強度、所定の時間、反応液に照射されると、金属微粒子から生成する金属原子または金属イオンあるいは金属クラスターまたは金属クラスターイオンと、標的化合物との反応が起こり、金属複合体が得られる。反応液にレーザを照射するときに、レーザはレンズ12等の集光手段により、反応液中で集光させることが好ましい。反応液中でのレーザの集光領域は、(1μm)〜(1mm)の範囲であることが好ましい。装置上の制約から集光領域は(1μm)より小さく絞ることは困難であり、集光領域が(1mm)より大きい範囲であると、反応効率が低下する場合がある。また、レーザはパルスレーザであることが好ましい。
【0042】
反応液に照射されるレーザの強度は、金属微粒子が効率よくアブレーションされる強度であれば特に制限はないが、100μJ/パルス〜100mJ/パルスの範囲であることが好ましく、5mJ/パルス〜20mJ/パルスの範囲であることがより好ましい。レーザの照射強度が100μJ/パルスより低いと、反応が進行しない場合があり、100mJ/パルスより大きいと、標的化合物や反応生成物が分解してしまう場合がある。
【0043】
反応液にレーザを照射する時間は、使用する金属微粒子と標的化合物との反応性等に応じて決めればよく、特に制限はないが、通常1分〜1時間の範囲、好ましくは、5分〜10分の範囲である。
【0044】
反応液に照射されるレーザの波長としては、金属微粒子が効率よくアブレーションされる波長を選択すればよく、特に制限はないが、金属微粒子の表面プラズモン共鳴波長付近の波長であること、または、金属微粒子が大きな吸収係数を有する波長であること、または、金属微粒子のバンド間遷移付近の波長であることが好ましい。ここで、大きな吸収係数とは、100M−1cm−1以上の強度の吸収であることが好ましい。例えば、金微粒子の場合はその表面プラズモン共鳴波長付近の532nmの波長を用いることが好ましい。白金微粒子の場合のように、可視領域に特に強い吸収を有さない場合は、どの波長のレーザを用いてもよい。
【0045】
使用されるレーザの種類としては、照射するレーザの波長に応じて選択すればよく特に制限はないが、例えば、半導体レーザ、固体レーザ、気体レーザ、色素レーザ、エキシマレーザ等を使用することができる。
【0046】
なお、反応液に照射されるレーザは、セル14の開放部を通して照射されることが好ましい。セル14を通して照射されると、レーザの強度によっては、セル14自体がレーザによりスパッタされ損傷を受けてしまう可能性がある。また、このため、セル14は透明な材質であることが好ましい。レーザの照射は、例えば図1に示すように、セル14の上面開口部から照射される。
【0047】
反応液の温度は、使用する生体高分子等の標的化合物が分解されない温度であれば特に制限はないが、0℃〜100℃の範囲、通常は10℃〜30℃の室温である。
【0048】
セル14に入れられた反応液は、撹拌子16や撹拌羽根等の撹拌手段により撹拌されることが好ましい。撹拌することによりレーザを反応液全体に均一に照射することができる。撹拌子16等の撹拌手段を使用しない場合には、レーザを反応液全体に照射するようにスキャンしてもよい。
【0049】
金属微粒子と標的化合物との反応による金属複合体の生成は、例えば、レーザ照射後の反応液を吸収スペクトル測定用のセルに移し、紫外可視分光器を用いて紫外可視吸収スペクトルを測定することにより確認される。SF−LAS法により作製した金微粒子と、λDNAと、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)と、Ca2+(塩化カルシウム)とを水に分散、溶解させた反応液をガラスセル中で、Nd:YAGレーザの2倍波532nmを、溶液を撹拌子ながら照射した反応液についての紫外可視吸収スペクトルの測定結果を図2に示す(詳細な実験条件は実施例1を参照)。図2において、点線は金微粒子分散溶液の吸収スペクトルを、太い実線は金微粒子、λDNA、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)、CaClを添加後、レーザ照射した反応液の吸収スペクトルを示す。また、360nm付近のピーク強度は360nmピークの斜線部分の積分値とする。金微粒子由来の517nmの吸収ピークとDNA塩基由来の260nmの吸収ピークの強度は、レーザ照射前と比較して減少しており、新たに360nmの吸収ピークが観測された。この360nmのピークはDNAの塩基部分と金イオンとの化学結合によって生じた新しい化合物の吸収ピークであると考えられる。
【0050】
この360nmの吸収ピークはDNAの塩基部分、またはアミンの窒素原子上の孤立電子から金イオンのd軌道へ電子が移動することによる電荷移動吸収によるものと考えられる。(金または白金にアミン類が4つ配位した化合物では360nm付近に電荷移動吸収帯をもつものが多い。)
【0051】
また、溶液中で生成した金イオンはアミンと複合体を形成し安定化すると同時に、DNAの塩基部分とも複合体を形成すると考えられる。
【0052】
以上のことから図3に示すように反応機構を推定した。まず、金微粒子がレーザ照射によりアブレーションされると、金イオンが放出される。このイオンは添加したアミン化合物の窒素原子と反応し、反応性分子中間体が生成されると考えられる。さらにこの中間体によりDNA塩基部分の窒素の部分と金−アミンとの複合体が生成されると考えられる。可視紫外吸収スペクトル中の360nmのピークは、この化合物の電荷移動吸収帯に由来すると考えられる。さらに金イオンと同時に金微粒子から放出された溶媒和電子が配位複合体中の金イオンと再結合して金原子に還元され、金微粒子に取り込まれると考えられる。
【0053】
本実施形態において、金属微粒子と、生体高分子等の標的化合物と、アミン化合物と、反応促進剤とを含む反応液に、レーザを照射することにより、反応液中の金属微粒子を標的化合物と反応させて、金属と標的化合物とを含む金属複合体を簡易に得ることができる。本実施形態に係る金属複合体の製造方法の特徴としては、例えば、
(a)レーザによる反応の時間、空間、反応量の制御
(b)核酸結合因子の立体障害による核酸−金または核酸−白金塩化物複合体形成反応の阻害効果の利用
等を挙げることができる。これらの特徴を利用した、本実施形態に係る金属複合体の製造方法の応用例として以下の例を挙げることができる。
【0054】
(1)抗癌剤(DNA反応物の失活を利用)
金属イオンが塩基部分と結合するとDNAの2次構造や3次構造を変化させ、ポリメラーゼ、ヌクレアーゼ、エステラーゼ、カイネース、その他のヌクレオチドまたはポリヌクレオチド依存性酵素の活性に影響する。この結果、細胞毒性、抗がん剤、抗リューマチ剤等として利用することができる。従来は、予め金塩化物または白金塩化物のアミン誘導体などを有機化学的に合成し、これを細胞に供与すると、この誘導体がDNAと反応して、その塩基部分と金属塩化物の複合体が生じる。その結果として上記の酵素活性に影響し、細胞毒性の作用を発揮する。本実施形態に係る金属複合体の製造方法では、誘導体を合成する必要はなく、反応必須因子の存在下でレーザを照射するだけでよい。また、レーザを照射した部位にだけ反応が惹起されるので、反応の時間空間の制御が誘導体投与の場合よりはるかに優れている。
【0055】
具体的には、従来法においては、例えば、AuCl(Hpm)、AuCl(pm)、AuCl(Ph)、EtAsAuCl、Ph(PhChPAuCl、等の金の複合体(錯体)や、cisplatin、cis−EE等の白金の錯体等を予め有機化学的に合成し、皮下膜下で20日ほど培養した癌細胞に対し腹膜注射する。その10日後、腹膜を開裂し、癌細胞の重さを測定する。このような方法でこれらの物質の抗癌剤としての機能が調べられた。
【0056】
【化11】

【化12】

【化13】

【化14】

【化15】

【0057】
抗癌剤としてこれらの物質が作用する要因は、これらの錯体化合物がDNAと反応し、DNAの塩基部分と金または白金の複合体を形成し、DNA上で働く種々の酵素の活性が抑制され、細胞が死滅するためと考えられている。
【0058】
しかし、従来法においては、これらの化合物を癌細胞に的確に供与し、その他の健康な細胞に作用が及ばないようにすることには種々の困難があり、ドラッグデリバリの問題があった。また抗癌剤としてもっとも適した時間、空間での作用制御は難しかった。しかし、本実施形態に係る金属複合体の製造方法では、レーザ照射した部分だけDNAと金または白金が複合体を形成するため、レーザ照射による時間、空間の制御が容易であるという利点を有する。
【0059】
(2)生化学的分析法
核酸結合因子の立体障害による核酸−金または白金塩化物複合体形成反応の阻害効果、すなわち、核酸と核酸結合因子が相互作用している場合、レーザ照射された金属微粒子から生成した金属化合物が核酸に接近できないため核酸の塩基部分での反応が起こらない。この後、核酸−金塩化物複合体形成反応の起こらなかった部位を同定するため、例えば、DNase Iフットプリント法におけるDNase I部分消化法を用いる。複合体形成反応が起こった箇所ではDNase Iの活性阻害が起こり、起こらなかった箇所では、DNase Iによる部分消化が起こる。電気泳動などの分析手段を用いてDNase Iの活性阻害が起こった部位を特定すると、核酸と核酸結合因子が相互作用したDNA部分を同定することができる。
【0060】
従来法においては、DNase Iフットプリント法が使用されていた(従来法1とする)。DNase Iフットプリント法は、特異的塩基配列を認識し結合する因子の同定およびその特異塩基配列の領域を決定するために行う。片側末端のみを標識したDNA断片と、DNA結合性因子とを反応させた後、DNase IでDNA分子あたり約1箇所切断する条件でDNA断片を部分消化する。このDNA断片を塩基配列決定用の尿素ポリアクリルアミドゲルで電気泳動し、オートラジオグラフィを行う。得られるバンドは、1塩基ごとのはしご状になるが、DNA結合因子の結合していた領域はDNase Iの消化から保護されるため、対応するバンドは薄くなる。そのため結合領域の決定が可能となる。
【0061】
従来法1においては、時間、空間を制御した測定が行われていた。DNA結合因子が複合体の場合の複合体形成の過程や、DNA結合因子がDNA特異的結合配列を探索する過程を時間分解して追跡するような場合、時間分解してDNase Iフットプリント法を行う必要がある。しかし従来法1では、DNase Iの消化時間が時間分解能の上限を決定してしまう。DNase Iの場合、数分である。
【0062】
本実施形態に係る金属複合体の製造方法では、レーザ照射時間が反応時間であるため、数マイクロ秒の時間分解能を有するという利点を有する。
【0063】
さらに、従来法2として、メチル化干渉法が知られていた。部分的にグアニンヌクレオチドをメチル化したDNA断片をDNA結合性因子と反応させた場合、メチル化は因子のDNA結合能を阻害する。その結果、結合グアニンヌクレオチドが同定される。具体的には部分的にグアニンヌクレオチドをメチル化したDNAプローブとDNA結合因子を反応させゲルシフト法を行い、そのゲルより結合および非結合DNAプローブを抽出する。塩基配列決定用ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行い、結合グアニンヌクレオチドの同定を行う。
【0064】
しかし、従来法2においては、時間分解能の上限は、ゲルシフト法により結合および非結合DNAプローブを抽出する時間の数十分以上である。また、結合/非結合を決定する塩基がグアニンヌクレオチドに限定されるという問題点があった。
【0065】
本実施形態に係る金属複合体の製造方法では、レーザ照射時間が反応時間であるため、数マイクロ秒の時間分解能を有する。また、本実施形態に係る金属複合体の製造方法で示した反応は塩基の種類によらないという利点を有する。
【0066】
(3)結合活性(結合解離定数の迅速な測定)
これも上記と同様に核酸結合因子の立体障害による核酸−金属塩化物複合体形成反応の阻害効果を利用する。具体的には、核酸と核酸結合因子を混合し、これに反応に必要な因子を混合してレーザを10分間程度照射し、可視紫外スペクトルを測定するだけで結合活性が測定可能である。
【0067】
従来法では、DNA結合因子の量を変えながら、DNAとDNA結合因子の結合量をゲルシフト法やメンブレン固定化法などを用いて測定する。
【0068】
しかし、従来法においては、ゲルシフト法やメンブレン固定化などの操作が煩雑であるという問題点があった。
【0069】
本実施形態に係る金属複合体の製造方法では、可視紫外スペクトルを測定するだけで結合活性が測定可能であり、非常に簡便であるという利点がある。
【0070】
(4)核酸の高次構造、1本鎖と2本鎖の反応性の相違
上記の原理と同様に核酸の高次構造または核酸が1本鎖か2本鎖かによって、レーザ照射された金属微粒子から生成した反応性分子中間体の核酸への接近の容易さによって核酸の塩基部分での反応に差が生じる。この差を可視紫外スペクトルの吸収強度により検出し、核酸の形態に関する知見を得ることができる。
【0071】
従来法として、核酸が高次構造の検出には多くの方法がある。例えば、光散乱や電気泳動によるDNAの形態検出である。また、核酸が1本鎖か2本鎖かの検出には塩基の紫外吸収断面積の差を利用する方法などがある。
【0072】
しかし、従来法においては、DNAの構造の時間分解測定が困難であるという問題点があった。
【0073】
本実施形態に係る金属複合体の製造方法を用いると、レーザ照射時の数マイクロ秒の時間分解能をもったDNA高次構造測定が可能である。すなわちレーザ照射時のDNAの構造を固定化することができるという利点を有する。
【0074】
このように、本実施形態に係る金属複合体の製造方法は、上記特徴を有することにより、抗癌剤としての利用、生化学的分析としての利用等において従来法に比べて有利な点を有し、様々な応用が可能である。
【実施例】
【0075】
以下、実施例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0076】
<金微粒子とλDNAとの金属複合体の形成>
(実施例1)
界面活性剤の入っていない金微粒子をSF−LAS(surfactant-free laser ablation in solution)法(例えば、特開2003−286509号公報、及び、F. Mafune, J. Kohno, Y. Takeda, T. Kondow and H. Sawabe:J.Phys.Chem.B, 105, (2001), 5114-5120等を参照)により作製した。3mMの濃度のλDNA(TOYOBO製)水溶液100mLと、0.5Mの濃度の塩化カルシウム水溶液100mLと、上記界面活性剤の入っていない金微粒子1.2mgを分散させた溶液100mLとを混合し、反応液を作製した。この反応液のうち0.3mLを、底面が1cm×1cmのガラスセルに入れた。本実施例では、λDNAは10mMのTris−HCl(pH8.0)と1mMのEDTAが添加されているものをそのまま用いた。これにNd:YAGレーザの2倍波532nm、17mJ/パルスのパルスレーザをセルの開口部から10分間照射した。レーザ光はレンズを用いて、(0.1mm)程度になるように反応液中に集光した。この間、セルの底に長さ10mm、幅1mmの攪拌子を入れて、マグネティックスターラにより溶液を攪拌した。その後、溶液を吸収スペクトル測定用の石英セルに移し、紫外可視分光器(株式会社島津製作所製、UV−1200 SPECTROPHOTOMETER)を用いて紫外可視吸収スペクトルを測定した。その結果を図2に示す。図2において、点線は金微粒子分散溶液の吸収スペクトルを、太い実線は金微粒子、λDNA、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)、CaClを添加後、レーザ照射した反応液の吸収スペクトルを示す。金微粒子由来の517nmの吸収ピークとDNA塩基由来の260nmの吸収ピークの強度はレーザ照射前と比較して減少しており、新たに360nmの吸収ピークが観測された。この360nmのピークはDNAの塩基部分と金塩化物との化学結合によって生じた新しい化合物の吸収ピークであることがわかった。なお、360nm付近のピーク強度は、図2において360nmピークの斜線部分の積分を示す。
【0077】
次に、金微粒子へのレーザ照射による標的化合物と金の複合体形成に必要な因子を探索した。
【0078】
<複合体形成に必要な因子の探索>
(比較例1)
実施例1の反応液を使用して、レーザ照射をせずに反応液を10分間混合した。10分間撹拌後、反応液の紫外可視吸収スペクトルを測定したが、360nm付近の吸収ピークは観測されず、反応はほとんど起こらなかった。これより、360nmの吸収ピーク出現には、532nmのレーザ照射が必要であることを確認した。
【0079】
(比較例2)
実施例1において、反応液にλDNAを添加しない以外は実施例1と同様にしてレーザ照射を行い、可視紫外吸収スペクトルを測定した。360nm付近の吸収ピークは観測されず、反応はほとんど起こらなかった。これより、360nmの吸収ピーク出現には、DNAが必要であることを確認した。
【0080】
(比較例3)
実施例1において、反応液に金微粒子を添加しない以外は実施例1と同様にしてレーザ照射を行い、可視紫外吸収スペクトルを測定した。360nm付近の吸収ピークは観測されず、反応はほとんど起こらなかった。これにより、360nmの吸収ピーク出現には、金微粒子が必要であることを確認した。
【0081】
(比較例4)
実施例1において、反応液に多価陽イオン(Ca2+)を添加しない以外は実施例1と同様にしてレーザ照射を行い、可視紫外吸収スペクトルを測定した。360nm付近の吸収ピークは観測されず、反応はほとんど起こらなかった。これにより、360nmの吸収ピーク出現には、陽イオンが必要であることを確認した。
【0082】
(比較例5)
実施例1において、金微粒子の代わりに金(Au)プレート(大きさ10mm×10mm×厚さ3mm)を反応液の底部に設置し、Nd:YAGレーザの基本波1064nm、及び2倍波532nmの100mJ/パルスのパルスレーザを金プレートの表面に焦点を合わせてそれぞれ10分間照射した以外は実施例1と同様にしてレーザ照射を行い、可視紫外吸収スペクトルを測定した。360nm付近の吸収ピークは観測されず、反応はほとんど起こらなかった。これにより、360nmの吸収ピーク出現には、溶液内に金微粒子が分散していることが必要であることを確認した。
【0083】
(比較例6)
実施例1において、λDNAは添加せずに、金微粒子と、陽イオンとを混合して反応液とし、実施例1と同様にしてNd:YAGレーザの2倍波532nm、17mJ/パルスのパルスレーザを10分間照射した。その直後に、λDNA(TOYOBO製)を透析してバッファを除去したものを添加し、可視紫外吸収スペクトルを測定したところ、360nm付近の吸収ピークは観測されなかった。これより、レーザ照射時に金微粒子と陽イオンとアミン化合物とDNAとが同時に共存して反応が進行することを示している。
【0084】
(比較例7)
実施例1においてλDNAとして、10mMのTris−HCl(pH8.0)と1mMのEDTAが添加されているλDNA(TOYOBO製)をそのまま用いたが、本比較例では、反応液に、λDNA(TOYOBO製)の代わりに、λDNA(TOYOBO製)を透析してバッファを除去したものを使用した以外は実施例1と同様にしてレーザ照射を行い、可視紫外吸収スペクトルを測定した。360nm付近の吸収ピークは観測されず、反応はほとんど起こらなかった。これにより、360nmの吸収ピーク出現には、DNA、金微粒子、多価陽イオンの他に反応必須因子のあることが判明した。
【0085】
<反応必須因子の探索>
(実施例2)
反応必須因子を明らかにするために、比較例6において、λDNA(TOYOBO製)を透析してバッファを除去したものに、さらに、プロリン(Proline)、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)、ヒスチジン(Histidine)、2−〔4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジニル〕エタンスルホン酸(2-[4-(2-Hydroxyethyl)-1-piperazinyl]ethanesulfonic acid:HEPES)、酢酸トリエチルアミン、尿素、アスパラギン(Aspargine)、アルギニン(Arginine)、トリプトファン(Tryptophan)、スペルミジン(Spermidine)、エチレンジアミン、ホルムアミド、ヒドラジン、アニリン、ニコチン酸、リゾチーム(Lysozyme)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、アセトニトリル、EDTA、グリシン(Glycine)、リシン(Lysine)、硝酸アンモニウム、dATP、dAMP、アデニン(Adenine)、チミン(Thymine)、グアニン(Guanine)、シトシン(Cytosine)を1Mの濃度でそれぞれ添加して、比較例5と同様にしてレーザ照射を行い、可視紫外吸収スペクトルを測定した。プロリン、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)、ヒスチジン、HEPES、酢酸トリエチルアミン、尿素、アスパラギン、アルギニン、トリプトファン、スペルミジン、をそれぞれ添加した溶液では360nm付近の吸収ピークは観測された。一方、エチレンジアミン、ホルムアミド、ヒドラジン、アニリン、ニコチン酸、Lysozyme、DMSO、アセトニトリル、EDTA、グリシン、リシン、硝酸アンモニウム、dATP、dAMP、アデニン、チミン、グアニン、シトシンをそれぞれ添加した溶液では360nm付近の吸収ピークはわずかしか観測されなかった。これらの結果より、反応にはある種のアミン化合物類が必要であることが判明した。
【0086】
【化16】

【化17】

【化18】

【化19】

【化20】

【化21】

【化22】

【化23】

【化24】

【化25】

【化26】

【化27】

【化28】

【化29】

【化30】

【化31】

【0087】
<レーザ波長の影響>
(実施例3)
実施例1において、Nd:YAGレーザの2倍波532nm、17mJ/パルスのパルスレーザの代わりに、Nd:YAGレーザの基本波1064nmの17mJ/パルスのパルスレーザを10分間照射した以外は実施例1と同様にしてレーザ照射を行い、可視紫外吸収スペクトルを測定した。360nm付近の吸収ピークはわずかしか観測されなかった。これにより、360nmの吸収ピーク出現には、金微粒子の表面プラズモン共鳴の波長を照射することが効果的であることを確認した。
【0088】
<陽イオン濃度依存性>
(実施例4)
実施例1において、添加する塩化カルシウム(Ca2+イオン)の濃度を変化させた以外は、実施例1と同様にして、レーザ照射を行い、可視紫外吸収スペクトルを測定した。濃度360nmの吸収ピーク強度のCa2+イオン濃度依存性を図4に示す。横軸にCa2+の濃度を、縦軸に360nm付近の吸収の強度を示す。Ca2+イオン濃度が0.001Mより低いところでは反応がほとんど起こらず、0.1Mより高いところでは反応量は一定の値に飽和している。さらにCa2+イオン濃度が0.005M付近で急激な反応量の増加がみられる。Ca2+イオンをはじめとする陽イオンはDNA分子のリン酸部分と結合して、DNAの負電荷を中和し溶液中のDNAを中和する働きを持っている。中和されたDNAは金微粒子の表面に吸着し、レーザ照射により生成した金イオンとの反応確率が高まると考えられる。図4よりDNA分子とCa2+イオン結合反応において、平衡定数7.6×10−3Mをもった平衡反応であることを示している。ここで求められた平衡定数7.6×10−3Mは、DNA分子とCa2+イオンの解離定数3.3×10−5Mや溶液中のDNAリン酸基濃度4.0×10−4Mのいずれよりも大きい。巨大な負電荷が高密度に存在するλDNAを中性化するためにより高濃度のCa2+イオンが必要であると考えられる。
【0089】
<金微粒子とポリヌクレオチドとの金属複合体の形成>
(実施例5)
以上の実施例及び比較例で用いたλDNAは48502塩基対をもつ2本鎖DNAである。そこで、塩基対数の少ないDNAや一本鎖DNAについて、実施例1と同様に反応を行った。実施したDNAの長さは2mer(一本鎖DNAを以下ssDNAと記す)、4mer(ssDNA)、56mer(ssDNA)、18mer(ssDNA)のいずれも360nm付近のピークを生じ、反応が起こったことが確認された。さらに、モノマdATP、dAMP、アデニン、チミン、グアニン、シトシンについて同様な反応をおこなったが、反応は起こらなかった。以上より2mer以上のポリヌクレオチドで反応が起こることから、金イオンは二つの塩基部分にまたがって反応していると考えられる。
【0090】
(実施例6)
<生成物の加水分解>
金属複合体生成後に、生成物が時間経過とともに分解を起こすかどうかを確認した。レーザ照射後、一定時間をおいて可視紫外吸収スペクトルを測定した。分解の主な原因は溶液中に金イオンと同時に金微粒子から放出された溶媒和電子が配位複合体中の金イオンと再結合し、金原子に還元するためと考えられる。実際、レーザ照射により現れた360nm付近のピークはレーザ照射後に時間とともに減衰した。半減期は25℃で36分であった。図5に結果を示す。測定値を指数関数で当てはめた結果を実線で示した。
【0091】
(実施例7)
<DNAとDNA結合因子の相互作用の検出>
DNA結合因子の立体障害によるDNAへの複合体形成反応の阻害効果について検討した。すなわち、DNAとDNA結合因子が相互作用している場合、レーザ照射された金微粒子から生成した反応性分子中間体がDNAに接近できないためDNAの塩基部分での反応が起こらないと考えられる。具体的には、ssDNA(Seq:ggatcctaatgaccaagg)とT4 phage 32 protein(以下p32タンパク質と記す)との相互作用を検出した。p32タンパク質はT4ファージにコードされているタンパク質でDNAの複製時に配列非特異的にssDNAに結合して、ssDNAの安定化に寄与するタンパク質である。反応は、1.0μMの濃度のssDNA水溶液と、10mMの濃度のTris水溶液と1Mの濃度のCaCl水溶液と、A:0M,B:0.3×10−6M,C:1.0×10−6Mの3種の濃度のp32タンパク質水溶液を含む反応液に対して、532nmのレーザ光を実施例1と同様に照射した。その後、可視紫外吸収スペクトルを測定し、360nmの吸収ピーク強度を測定した。p32タンパク質の濃度が高いときは360nmの吸収ピーク面積は減少した。p32タンパク質の濃度と360nmの吸収ピークの関係を図6に示す。矢印は360nmのピークの位置を示す。これよりp32タンパク質の解離定数は10−6以下であることが分かる。文献値によると、p32タンパク質のssDNAに対する解離定数は10−8Mである。
【0092】
<SC−LAS法で作製した金微粒子とλDNAとの金属複合体の形成>
(実施例8)
SC−LAS(surfactant-controlled laser ablation in solution)法(SDSを添加した液体中で金微粒子を作製する方法。SDSの濃度を変えることにより生成する金微粒子の大きさを制御することが可能。例えば、特開2003−286509号公報、及び、F.Mafune, J.Kohno, Y.Takeda, T.Kondow and H.Sawabe:J.Phys.Chem.B, 105, (2001), 5114-5120等を参照)により作製した金微粒子を用いて、実施例1と同様にして反応を行った。これはSC−LAS法で作製した金微粒子の方がSF−LAS(surfactant-free laser ablation in solution)法で作製した金微粒子より溶液中で安定なので、実験の操作が容易となる利点がある。SDSが0.01M以上含まれると沈殿物が生じてしまい、吸収スペクトルの測定が困難であった。しかし0.001以下のSDSでは吸収スペクトルの測定が可能であり、360nmのピークが生成し、反応がSDS存在下でも反応が進行することを確認した。
【0093】
(実施例9)
界面活性剤の入っていない白金微粒子をSF−LAS法で作製した。これに実施例1と同様にして、λDNA(TOYOBO製)と塩化カルシウムと界面活性剤の入っていない白金微粒子とを分散、溶解させた反応液を底面が1cm×1cmのガラスセルに入れた。これにNd:YAGレーザの2倍波532nm、17mJ/パルスのパルスレーザをセルの開口部から10分間照射し、紫外可視吸収スペクトルを測定した。その結果を図7に示す。DNA塩基由来の260nm吸収ピークの他に、新たに360nmの吸収ピークが観測された。この360nmのピークはDNAの塩基部分と白金化合物との反応によって生じた新しい化合物の吸収ピークである。また塩化カルシウムとトリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)が反応に必要であること、またモノマのATPでは反応が起こらないこと、またssDNAでも反応が起こることなどは金微粒子の場合と同じ傾向を示した。なお、図7において、A:白金微粒子分散液にλDNAと塩化カルシウムを添加して反応した時の紫外可視吸収スペクトル,B:Aから塩化カルシウムを除いた反応液を使用して反応した時の紫外可視吸収スペクトル,C:AのλDNAをATPに換え、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)を加えた反応液を使用して反応した時の紫外可視吸収スペクトル,D:AのλDNAを4merのDNAに換え、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)を加えた反応液を使用して反応した時の紫外可視吸収スペクトル,E:Dのトリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)を除いた反応液を使用して反応した時の紫外可視吸収スペクトル,を示す。矢印は360nmのピークの位置を示す。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】本発明の実施形態に係る金属複合体製造装置の構成の一例を示す図である。
【図2】本発明の実施形態に係る金属複合体の製造方法において、反応前後の反応液の可視吸収スペクトルの測定結果を示す図である。
【図3】本発明の実施形態に係る金属複合体の製造方法において推定される、金属複合体が生成する反応機構を示す図である。
【図4】本発明の実施形態に係る金属複合体の製造方法において、反応後の反応液における濃度360nmの吸収ピーク強度のCa2+イオン濃度依存性を示す図である。
【図5】本発明の実施形態に係る金属複合体の製造方法において、レーザ照射直後の反応液の360nmの吸収ピーク強度の時間経過に伴う変化を示す図である。
【図6】本発明の実施形態に係る金属複合体の製造方法において、p32タンパク質の濃度と360nmの吸収ピークの関係を示す図である。
【図7】本発明の実施形態に係る金属複合体の製造方法において、白金微粒子を使用して反応させたときの、反応後の反応液の可視吸収スペクトルの測定結果を示す図である。
【符号の説明】
【0095】
1 金属複合体製造装置、10 レーザ発生装置、12 レンズ、14 セル、16 撹拌子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属微粒子と標的化合物とを反応させてなる、金属と標的化合物とを含む金属複合体の製造方法であって、
前記金属微粒子と、前記標的化合物と、を含む反応液に、レーザを照射することにより、前記金属複合体を製造することを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記反応液は、さらに、アミン化合物と、反応促進剤とを含むことを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記標的化合物は、生体高分子であることを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記生体高分子は、核酸であることを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項5】
請求項3に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記生体高分子は、タンパク質であることを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記金属微粒子は、Au、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt、Cu、Hg、Re、Fe、Ni、Co、Cr、Mn、Mo、W、Ta及びNbから選択される少なくとも1つの金属を含むことを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記アミン化合物は、Au、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt、Cu、Hg、Re、Fe、Ni、Co、Cr、Mn、Mo、W、Ta及びNbから選択される少なくとも1つの金属と配位結合を形成しやすいアミン化合物を含むことを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記アミン化合物は、プロリン、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)、ヒスチジン、2−〔4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジニル〕エタンスルホン酸(HEPES)、酢酸トリエチルアミン、尿素、アスパラギン、アルギニン、トリプトファン及びスペルミジンから選択される少なくとも1つのアミン化合物を含むことを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記反応促進剤は、陽イオンであることを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記陽イオンは、2価以上の多価陽イオンであることを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記金属複合体は、金属の配位化合物であることを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記レーザは、パルスレーザであることを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記レーザの波長は、前記金属微粒子の表面プラズモン共鳴波長付近の波長であることを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項14】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記レーザの波長は、前記金属微粒子が大きな吸収係数を有する波長であることを特徴とする金属複合体の製造方法。
【請求項15】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の金属複合体の製造方法であって、
前記レーザの波長は、前記金属微粒子のバンド間遷移付近の波長であることを特徴とする金属複合体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−69976(P2006−69976A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−256550(P2004−256550)
【出願日】平成16年9月3日(2004.9.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 分子構造総合討論会、「分子構造総合討論会2004講演要旨集」、2004年9月1日発行
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(598014814)株式会社コンポン研究所 (24)
【Fターム(参考)】