金属部材のプレス加工方法およびプレス加工用金型
【課題】チタン部材やマグネシウム合金部材といった加工の難しい金属部材をプレス加工するのに好適な金属部材のプレス加工方法およびそのプレス加工用金型を提供する。
【解決手段】プレス加工用金型は金属部材と接する部分の少なくとも一部分に形成された最大表面粗さが3μm以上25μm以下の微細な凹凸を備えた微細凹凸部と、微細凹凸部に含まれる複数の頂上部の一部だけが露出するように微細凹凸部に形成されたフッ素樹脂膜とを有し、フッ素樹脂膜が微細凹凸部の表面に密着している。
【解決手段】プレス加工用金型は金属部材と接する部分の少なくとも一部分に形成された最大表面粗さが3μm以上25μm以下の微細な凹凸を備えた微細凹凸部と、微細凹凸部に含まれる複数の頂上部の一部だけが露出するように微細凹凸部に形成されたフッ素樹脂膜とを有し、フッ素樹脂膜が微細凹凸部の表面に密着している。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絞り加工、曲げ加工、鍛造加工等の金属部材のプレス加工方法およびそのプレス加工に用いるプレス加工用金型に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、チタン、マグネシウム、アルミニウムといった金属からなる部材(以下「金属部材」という)のプレス加工や、樹脂製品、ゴム製品等の成形加工に金型が用いられている。金型を用いてプレス加工や成形加工を行うときは、金型と金属部材や樹脂製品等との潤滑性や離型性(剥がれやすさ)が求められ、金型が金属部材や樹脂製品等から剥がれやすいことが望ましい。
【0003】
従来、金型を金属部材や樹脂製品等から剥がれやすくすることに関して、例えば、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)等の超硬質膜を金型に形成する技術(例えば、特許文献1参照)や、フッ素樹脂塗料を塗布するなどして金型にフッ素樹脂膜を形成する技術(例えば、特許文献2,3,4参照)が知られていた。フッ素樹脂膜は柔軟であり、金型を繰り返し使用することによって剥離や損傷が起こりやすいため、特許文献2〜4に記載されている技術では、フッ素樹脂膜の耐久性を高めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−154418号公報
【特許文献2】特開2004−74646号公報
【特許文献3】特開平9−193164号公報
【特許文献4】特開平5−245848号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献2〜4に記載されている各従来技術によれば、フッ素樹脂膜そのもの自体の強度を高めることができる。
【0006】
しかし、これらの従来技術は、樹脂製品、ゴム製品等の成形加工に用いる金型を対象にした技術であり、絞り加工、曲げ加工、鍛造加工といった金属部材のプレス加工に用いる金型には適用することが困難であった。樹脂製品、ゴム製品等の成形加工に用いる金型は金型によって形成される空間(隙間)に樹脂等を流し込み所望の形を形成するためのいわば型枠として用いられている。
【0007】
例えば図19に示すような金型100,101があったとすると、これらの金型100,101では、樹脂等に接触する内側部分の表面にフッ素樹脂膜102が形成される。そうすると、そのフッ素樹脂膜102は、樹脂103から金型100,101の内側表面と交差する方向の圧力f1を受けることになる。
【0008】
一方、金属部材のプレス加工に用いる金型として、図20に示すような金型200,201,202があったとする。これらの金型200,201,202を用いて金属部材203の曲げ加工を行うときは、金型202が矢印Pの方向に動くが、その際、金型200,201,202は金属部材203の表面に強力に押しつけられたり、こすりつけられたりしている。そのため、金型200,201,202は金属部材203から、金型の表面と交差する方向の圧力f2だけでなく、表面に沿った方向の圧力f3も受けている。
【0009】
表面と交差する方向の圧力f2はフッ素樹脂膜に対して、金型の表面に押しつけるように作用するが、表面に沿った方向の圧力f3はフッ素樹脂膜に対して、金型の表面に沿って削り取るようにして作用する。したがって、従来技術のようにして強度を高めたフッ素樹脂膜を金型200,201,202の表面に形成したとしても、圧力f3のような表面に沿った方向の強力な圧力がかかることによって、フッ素樹脂膜が金型の表面に沿った方向に削り取られやすくフッ素樹脂膜が金型の表面からすぐに剥がれてしまう。そのため、フッ素樹脂膜を金型と金属部材との潤滑性や離型性を良くするために皮膜(潤滑皮膜)にしている金型では、プレス加工を繰り返し行えないという課題があった。
【0010】
一方、金属部材の中でも、純チタンやチタン合金からなる金属部材(以下「チタン部材」という)、マグネシウム合金からなる金属部材(以下「マグネシウム合金部材」という)は金型との溶着を起こしやすいため、従来、潤滑油等の潤滑剤を用いてプレス加工が行われており、潤滑剤を用いないドライ環境下で加工することが極めて困難であった。
【0011】
チタン部材やマグネシウム合金部材について、潤滑剤を用いることなくドライ環境下でプレス加工を行うためには、フッ素樹脂膜を潤滑皮膜として金型に形成することが望ましい。
【0012】
しかしながら、前述のとおりフッ素樹脂膜は耐久性に乏しくフッ素樹脂膜を形成している金型では、プレス加工を繰り返し行えなかったため、従来はテフロンシート(テフロンは登録商標)等のシート状部材を用いることによってドライ環境下での加工が行われていた。このようなドライ環境下での加工では、例えば絞り加工の場合に絞りを繰り返し行えない、複雑な形状の加工ができない等の加工に制約を伴うしコスト高になるといった課題があった。
【0013】
そこで、本発明は上記課題を解決するためになされたもので、金属部材のプレス加工方法およびそのプレス加工に用いるプレス加工用金型において、フッ素樹脂膜を潤滑皮膜としていても、プレス加工が繰り返し行えるように金型の耐久性を高めるとともに、チタン部材やマグネシウム合金部材といった加工の難しい金属部材(難加工金属部材)について、テフロンシート等のシート状部材を用いなくてもドライ環境下での加工が行えるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するため、本発明は、金型を用いた金属部材のプレス加工方法であって、最大表面粗さが3μm以上25μm以下の微細な凹凸を備えた微細凹凸部を金型の表面における金属部材と接する部分の少なくとも一部分に形成し、最大表面粗さを越える厚さのフッ素樹脂膜を微細凹凸部に形成してプレス加工用金型を製造し、フッ素樹脂膜が金属部材と直に接触するようにプレス加工用金型を用いてプレス加工を行う金属部材のプレス加工方法を特徴とする。
【0015】
このプレス加工方法では、プレス加工用金型の表面に微細凹凸部が形成されているので、金型の表面積が拡大され、その微細凹凸部の表面にフッ素樹脂膜が形成されているので、フッ素樹脂膜が微細凹凸部の凹凸にひっかかり、表面に沿ってずれないように微細凹凸部がフッ素樹脂膜をつなぎ止めている。また、フッ素樹脂膜が金属部材の広範囲にわたって直に接し、摩擦係数を低く抑える。フッ素樹脂膜が微細凹凸部の凹部に入り込んでいてそのフッ素樹脂膜がプレス加工の際、潤滑剤となる。そのため、フッ素樹脂膜が金属部材と直に接触するようにプレス加工用金型を用いてプレス加工を行うことで、潤滑剤やテフロンシート等のシート状部材がなくても難加工金属部材のプレス加工が行える。
【0016】
また、上記プレス加工方法では、金型が超硬合金鋼からなるときは最大表面粗さが3μm以上10μm以下になるようにして微細凹凸部を形成し、金型が超硬合金鋼以外の鋼からなるときは最大表面粗さが10μm以上25μm以下になるようにして微細凹凸部を形成することが好ましい。
【0017】
最大表面粗さを上記の範囲にすることで摩擦係数を低い値に抑えつつ微細凹凸部によるフッ素樹脂膜のつなぎ止め効果が得られる。
【0018】
さらにまた、上記プレス加工方法では、プレス加工を繰り返し行うときに微細凹凸部にフッ素樹脂を塗布することが好ましい。
【0019】
このようにすると、プレス加工で失われたフッ素樹脂膜が塗布したフッ素樹脂によって微細凹凸部に補給される。
【0020】
上記プレス加工方法では、温度範囲が10℃からフッ素樹脂の連続使用最高温度の範囲に設定された常温から温間域でプレス加工を行うことが好ましい。この温度範囲では、特にチタン部材やマグネシウム部材の展延性が高まり、成形が容易になる。
【0021】
そして、本発明は、金属部材のプレス加工に用いるプレス加工用金型であって、金属部材と接する部分の少なくとも一部分に形成された最大表面粗さが3μm以上25μm以下の微細な凹凸を備えた微細凹凸部と、微細凹凸部に形成されたフッ素樹脂膜とを有し、フッ素樹脂膜が微細凹凸部の表面に密着していることを特徴とするプレス加工用金型を提供する。
【0022】
この金型では、表面に微細凹凸部が形成されているので、金型の表面積が拡大され、その微細凹凸部の表面にフッ素樹脂膜が形成されているので、フッ素樹脂膜が微細凹凸部の凹凸にひっかかり、表面に沿ってずれないように微細凹凸部がフッ素樹脂膜をつなぎ止めている。また、フッ素樹脂膜が金属部材の広範囲にわたって直に接し、摩擦係数を低く抑える。フッ素樹脂膜が微細凹凸部の凹部に入り込んでいてそのフッ素樹脂膜がプレス加工の際、潤滑剤となる。
【0023】
このプレス加工用金型の場合、微細凹凸部は、金型が超硬合金鋼からなるときは最大表面粗さが3μm以上10μm以下に形成され、金型が超硬合金鋼以外の鋼からなるときは最大表面粗さが10μm以上25μm以下に形成されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0024】
以上詳述したように、本発明によれば、金属部材のプレス加工方法およびそのプレス加工に用いるプレス加工用金型において、フッ素樹脂膜を潤滑皮膜としていても、プレス加工が繰り返し行えるように金型の耐久性を高めるとともに、チタン部材やマグネシウム合金部材といった難加工金属部材について、ドライ加工を行えるようにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施の形態に係るプレス加工装置の概略構成を示す図である。
【図2】ブランクホルダの微細凹凸部およびフッ素樹脂膜を含む表面を模式的に示す断面図で図3の2−2線断面図である。
【図3】ブランクホルダの表面を模式的に示す平面図である。
【図4】ブランクホルダの微細凹凸部およびフッ素樹脂膜と、金属板との接している部分を模式的に示す断面図である。
【図5】プレス加工の際、フッ素樹脂膜が変形する様子を模式的に示す断面図である。
【図6】プレス加工後の微細凹凸部およびフッ素樹脂膜を模式的に示す断面図である。
【図7】別のフッ素樹脂膜と微細凹凸部を模式的に示す断面図である。
【図8】プレス加工用金型の製造工程を模式的に示す側面図で、(A)は製造前の金型、(B)は表面に微細凹凸部を形成した後の金型、(C)は微細凹凸部の表面にフッ素樹脂膜を形成した後の金型を示している。
【図9】絞り加工で製造した成型品の一例を示した写真である。
【図10】最大表面粗さが0.5μmの場合の摩擦係数の変化を調べる実験結果を示し、(A)は基材表面を顕微鏡で撮影した写真を示し、(B)は摩擦係数の変化を調べるグラフである。
【図11】最大表面粗さが5μmの場合の摩擦係数の変化を調べる実験結果を示し、(A)は基材表面を顕微鏡で撮影した写真を示し、(B)は摩擦係数の変化を調べるグラフである。
【図12】最大表面粗さが14.8μmの場合の摩擦係数の変化を調べる実験結果を示し、(A)は基材表面を顕微鏡で撮影した写真を示し、(B)は摩擦係数の変化を調べるグラフである。
【図13】最大表面粗さが33μmの場合の摩擦係数の変化を調べる実験結果を示し、(A)は基材表面を顕微鏡で撮影した写真を示し、(B)は摩擦係数の変化を調べるグラフである。
【図14】耐久性が向上することを確認するための実験結果を示し、(A)はプライマーを用いないフッ素樹脂コート技術でフッ素樹脂膜を形成した場合、(B)はPTFEからなるフッ素樹脂膜を形成した場合、(C)はワンコートでフッ素樹脂膜を形成した場合を示している。
【図15】試験片(TF50)の摩擦係数が上昇する前のもともとの摩擦係数の変化を示すグラフである。
【図16】(A)は、試験片(TF50)の摩擦係数が上昇した後、200N(5分)で摩擦試験を行ったときの摩擦係数の変化を示すグラフ、(B)は、再塗装後の摩擦係数の変化を示すグラフである。
【図17】(A)は、再塗装前の別の試験片(TF50)の摩擦係数の変化を示すグラフ、(B)は、再塗装をした後の摩擦係数の変化を示すグラフである。
【図18】(A)は、一部の頂上部だけがフッ素樹脂膜で覆われることなく露出しているときの金型表面の写真、(B)は、より多くの頂上部がフッ素樹脂膜で覆われることなく露出しているときの金型表面の写真である。
【図19】従来の樹脂成型用の金型と樹脂の一例を示す断面図である。
【図20】従来のプレス加工用の金型と金属部材の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、同一要素には同一符号を用い、重複する説明は省略する。
【0027】
(プレス加工装置の構造)
まず、図1を参照してプレス加工装置10について説明する。図1は、本発明の実施の形態に係るプレス加工装置の概略構成を示す図である。プレス加工装置10は、本発明の実施の形態に係るプレス加工方法を実施するための装置であって、ドライプレスによって金属部材のプレス加工を行う装置である。なお、本実施の形態において、プレス加工とは、機械により、金型等の工具を用いて金属部材を変形加工することを意味し、剪断、絞り、曲げ、張出し、鍛造、押出し、圧印といった塑性加工全般を意味するものとしている。また、ドライプレスとは、潤滑剤およびテフロンシート等のシート状部材を一切用いないドライ環境下でのプレス加工を意味している。
【0028】
プレス加工装置10は図1に示すように、本発明にかかるプレス加工用金型としてのダイス1およびブランクホルダ2と、パンチ3とを有している。プレス加工装置10はダイス1とブランクホルダ2との間に挟み込んだ板状の金属部材である金属板11について、プレス加工を行い所望の成形品に加工する装置である。
【0029】
ダイス1とブランクホルダ2とは、それぞれ微細凹凸部1a、2aと、フッ素樹脂膜5とを有し、そのフッ素樹脂膜5が潤滑皮膜として形成されている。図1においてダイス1とブランクホルダ2のドットを付した部分に微細凹凸部1a、2aが形成され、その表面にフッ素樹脂膜5が形成されている。プレス加工装置10では、ドライプレスを行い、プレス加工の際、潤滑剤およびテフロンシート等のシート状部材を一切用いないので、ダイス1やブランクホルダ2が金属板11と直に接している。
【0030】
プレス加工装置10では、プレス加工に用いる金型のうち、金属板11と接する部分の主たる構成はダイス1、ブランクホルダ2およびパンチ3に分けられる。そのうち、ダイス1と、ブランク抑え力が必要なブランクホルダ2とについてはフッ素樹脂膜5が必須である。パンチ3は摩擦保持力が必要なため、フッ素樹脂膜5を必要としない。
【0031】
このようなことから、ダイス1は、図1に示すように、プレス加工開始時点で金属板11と接する部分およびその周囲に微細凹凸部1aとフッ素樹脂膜5が形成され、ブランクホルダ2は、プレス加工開始時点で金属板11と接する部分に微細凹凸部2aとフッ素樹脂膜5が形成されている。
【0032】
前述のとおり、微細凹凸部1a、2aはダイス1とブランクホルダ2のそれぞれの表面の一部分に形成されている。ダイス1とブランクホルダ2は、プレス加工を行う際それぞれの表面全体のうちの一部分が金属板11に接するが、その金属板11と接する部分の中でプレス加工中、金属板11から強力な圧力を受け得る部分に微細凹凸部1a、2aが形成されている。
【0033】
微細凹凸部1a、2aは肉眼ではその形状や大きさが明確に認識できないほど微細で、すなわちとても細かく、かつ不規則で複雑に入り組んだ凹凸を有している。図2に示すように、微細凹凸部2a(1aも同様)の凹凸とは、大きさ、間隔がばらばらで規則性のない表面のでこぼこを意味し、後述する頂上部、底部および凹部が多数含まれている。ここで、図2はブランクホルダ2の微細凹凸部2aおよびフッ素樹脂膜5を含む表面を模式的に示す断面図で図3の2−2線断面図、図3はブランクホルダ2の表面を模式的に示す平面図である。なお、図2、図3では、ブランクホルダ2の微細凹凸部2aを示しているが、ダイス1の微細凹凸部1aも、図示はしないが微細凹凸部2aと同様の構造を有している。
【0034】
微細凹凸部2aは複数の頂上部P1、P3、P5、P7、P9、P11を含む多数の頂上部と、複数の底部P2、P4、P6、P8、P10を含む多数の底部とを有している。この微細凹凸部2a(微細凹凸部1aも同様)は、ブランクホルダ2(ダイス1)の表面について、ブラスト処理等の表面処理を施して最大表面粗さ(本実施の形態では、最大高さ粗さRzともいい、詳しくは後述する)が3μm以上25μm以下になるようにして形成されている。なお、微細凹凸部2aにおいて、頂上部とは、微細凹凸部2aの高さの基準となる基準ラインLよりも外側に突出している部分の先端およびその周囲、底部とは、基準ラインLよりも内側に凹んでいる部分の先端およびその周囲を意味し、凹部とは、頂上部以外の部分を意味している。
【0035】
最大表面粗さとは、例えば図2に示した微細凹凸部2aでは、複数の頂上部の中で最も外側に突出している頂上部(図2では、頂上部P5)と、複数の底部の中で最も凹んでいる底部(図2では、底部P4)との高さの差h1を用いて評価される表面粗さである。すなわち、最大表面粗さ(最大高さ粗さRz)が3.0μmであるとは、h1が3.0μmであることを意味している。表面粗さとして、複数の底部または頂上部P1〜P11の高さの差の平均をとって評価する手法もあるが、本実施の形態では、最大高さ粗さRzを採用している。
【0036】
ダイス1とブランクホルダ2は、鋼等の金属を用いて形成されているが、凹部がある程度の大きさになるようにするには、最大表面粗さをある程度の大きさにする必要がある。ダイス1とブランクホルダ2の表面に微細凹凸部1a、2aを形成することによって、図2に示すように、ダイス1とブランクホルダ2の表面に大きさや形状が不規則な凹部が多数現れ、その凹部すべてを塞ぐようにしてフッ素樹脂膜5の一部が凹部の中に入り込んでいる。
【0037】
凹部に入り込んでいるフッ素樹脂膜5の体積をある程度の大きさにするとともに、微細凹凸部2aの凹凸を複雑に入り組んだ構造にするには、少なくとも最大表面粗さを3μm以上にすることが好ましい。一方、最大表面粗さを大きくすれば凹部に入り込むフッ素樹脂膜5の体積も増加するが、微細凹凸部2aはプレス加工中に金属板11から強力な圧力を受け得るので、最大表面粗さが25μmを越えるまでに大きくなると基準ラインLから突出している部分がプレス加工中に折れたり砕けたりしやすく好ましくない。また、ダイス1やブランクホルダ2の摩擦係数が高くなりすぎるおそれもある。
【0038】
したがって、微細凹凸部1a,2aの最大表面粗さは3μm以上25μm以下にすることが好ましい。例えば、ダイス1とブランクホルダ2を超硬合金鋼以外の鋼を用いて製造するときは、最大表面粗さをやや大きめの10μm以上25μm以下とすることが好ましく、特に後述する実施例からみて、最大表面粗さを14.8μm〜15μm程度にすることがいっそう好ましい。また、超硬合金鋼は超硬合金鋼以外の鋼よりも硬くて丈夫なので、ダイス1とブランクホルダ2を超硬合金鋼を用いて製造するときは、最大表面粗さをやや小さめの3μm以上10μm以下とすることが好ましい。
【0039】
次に、フッ素樹脂膜5は微細凹凸部1a、2aのそれぞれの表面に形成されている。フッ素樹脂膜5は微細凹凸部1a、2aに含まれる多数の頂上部のうちの一部だけがフッ素樹脂膜5によって覆われることなく露出するような厚さを有している。微細凹凸部2aの場合、フッ素樹脂膜5は図3に示すように複数の頂上部P1、P3、P5、P7、P9、P11のうち、最も突出している頂上部P5だけが露出し、他の頂上部はすべて覆われるような厚さを有している。そのため、フッ素樹脂膜5は、微細凹凸部1a、2aのそれぞれの最大表面粗さよりやや小さい厚さを有している。
【0040】
フッ素樹脂膜5は、微細凹凸部1a、2aの表面に密着するとともに、すべての凹部を塞ぐようにして凹部に入り込んで形成されている。
フッ素樹脂膜5は、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、パーフルオロエチレンプロペンコポリマー(FEP)、パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)等のフッ素樹脂をコーティングすることによって形成することができる。本実施の形態では、フッ素樹脂の直接コーティングとフッ素樹脂が剥離しやすいこととを考慮して、プライマーを混合した混合フッ素樹脂を微細凹凸部1a、2aの表面にコーティングすることによって、フッ素樹脂膜5を形成している(詳しくは後述する)。
【0041】
(プレス加工装置の動作内容)
続いて、以上の構成を有するプレス加工装置10の動作内容を図1とともに図4〜図7を参照して説明する。図4はブランクホルダ2の微細凹凸部2aおよびフッ素樹脂膜5と、金属板11との接している部分を模式的に示す断面図、図5はプレス加工の際、フッ素樹脂膜5が変形する様子を模式的に示す断面図である。また、図6はプレス加工後の微細凹凸部2aおよびフッ素樹脂膜5を模式的に示す断面図、図7は別のフッ素樹脂膜と微細凹凸部2aを模式的に示す断面図である。
【0042】
プレス加工装置10では、例えば円形状の金属板11をダイス1とブランクホルダ2とに直に接するようにして挟みこみ、その片側から図示しない油圧装置でパンチ3を金属板11に押し付けることによってプレス加工を行う。
【0043】
パンチ3の進入に伴い金属板11が押されて変形する。その際、金属板11がダイス1とブランクホルダ2とに対して強力に押し付けられながら、パンチ3の進入方向に動きつつ変形する。
【0044】
すると、フッ素樹脂膜5は、最も突出している頂上部P5だけが露出する厚さに形成されており、他の頂上部はすべてフッ素樹脂膜5によって被覆されている。そのため、フッ素樹脂膜5が金属板11の広範囲にわたって直に接することになってダイス1およびブランクホルダ2と、金属板11との間の摩擦係数を低く抑え、滑りを良くする潤滑剤として作用する。
【0045】
しかも、フッ素樹脂膜5は、微細凹凸部1a、2aの表面に密着している。ダイス1とブランクホルダ2は、表面に微細凹凸部1a、2aが形成されていることによって表面積が拡大されている。また、形状や大きさが不規則で複雑に入り組んだ凹凸が形成され、形状や大きさが不規則な多数の凹部にフッ素樹脂膜5が入り込んでいることによって、フッ素樹脂膜5が微細凹凸部1a、2aの凹凸にしっかりとひっかかっている。そのため、表面に沿ってずれないように微細凹凸部1a、2aがフッ素樹脂膜5をしっかりとつなぎ止める作用を発揮する。
【0046】
一方、複数の頂上部のうち、頂上部P5だけはフッ素樹脂膜5で覆われることなく露出しているので、フッ素樹脂膜5の厚さ方向全体が頂上部P5を含むいずれかの頂上部によって受け止められるようになっている。
【0047】
プレス加工の際、フッ素樹脂膜5に対し、ブランクホルダ2の表面に沿った方向の圧力(図4の圧力F2)が金属板11から作用する。その圧力F2は、フッ素樹脂膜5をダイス1やブランクホルダ2の表面に沿った方向に削り取るように作用するが、凹部および頂上部が圧力F2の方向と交差する方向に形成されているので、凹部および頂上部が圧力F2によるフッ素樹脂膜5の動きを邪魔し、フッ素樹脂膜5の剥離を阻止しようとする。
【0048】
そのうえ、微細凹凸部1a、2aの凹凸は大きさや形状が不規則で複雑に入り組んだ構造になっていて、図2に示したようにひとつひとつの凹部の表面にも細かな凹凸が形成されている。そのため、フッ素樹脂膜5が微細凹凸部1a、2aに密着する度合いは規則的な凹凸が形成されている場合よりも高くなっている。
【0049】
したがって、プレス加工の際、ダイス1とブランクホルダ2の表面にフッ素樹脂膜5が留まりやすく、その結果、フッ素樹脂膜5が金属板11との間に発生する摩擦係数を抑える潤滑剤としての機能を効果的に発揮する。よって、ダイス1とブランクホルダ2は、フッ素樹脂膜5が軟質な潤滑皮膜となっていても、プレス加工が繰り返し行えるように耐久性が高いものとなっている。
【0050】
ここで、図7に示すように、頂上部P5を含むすべての頂上部が覆われるほどの厚さ(すなわち、最大表面粗さよりも大きい厚さ)を備えたフッ素樹脂膜105が金型の表面に形成されていた場合を考える。この金型の場合、フッ素樹脂膜105のうち、一部が凹部に入り込まずにその外側に出た表層部106(図7のドットを付した部分)となってしまう。表層部106は表面に沿った方向に頂上部が一切存在していないため、頂上部によるつなぎ止めを何ら受けることができない。そのため、プレス加工の際に表面に沿った方向の圧力を受けると簡単に剥がれてしまう。
【0051】
ダイス1とブランクホルダ2の表面に微細凹凸部1a、2aを形成すれば、フッ素樹脂膜5に対するつなぎ止め効果は期待できるものの、形成するフッ素樹脂膜の厚さを、頂上部の一部だけが露出するような厚さにしないと、フッ素樹脂膜に潤滑剤としての機能を発揮しにくい無駄が生じやすく好ましくない。
【0052】
一方、プレス加工の際、図4に示すように、微細凹凸部1a,2aおよびフッ素樹脂膜5が金属板11から、微細凹凸部1a,2aの表面に交差する方向の圧力F1とともに、表面に沿った方向の圧力F2を受ける。フッ素樹脂膜5は柔軟なため、圧力F1、F2によって例えば図5に示すように変形するが、凹部に入り込んでいる部分のうち、上側の部分は下側の部分よりも相対的に凹部によって受け止められ難い。
【0053】
例えば図2に示したように、凹部2bに入り込んでいる部分のフッ素樹脂膜5は、上側の部分ほど頂上部P1、P3および底部P2との間隔が広がって微細凹凸部1a,2aの表面への密着の度合いが低くなるし、金属板11からは圧力F1、F2をより受けやすくなる。そのため、プレス加工によって、フッ素樹脂膜5の一部が微細凹凸部1a,2aの表面に沿った方向に剥離することもある。
【0054】
その結果、図6に示すように、フッ素樹脂膜5の厚さが少し薄くなり、頂上部P5のほか、頂上部P5の次に突出している頂上部P3、P7が露出することもある。しかしながら、それでも、隣接する2つの頂上部の間において、フッ素樹脂膜5が微細凹凸部1a,2aの表面に密着しながら凹部に入り込んで残っている。この凹部の中に残留しているフッ素樹脂膜5がプレス加工中に圧力F1によって変形して微細凹凸部1a,2aの表面と金属板11との間に入り、双方の摩擦係数を低下させて滑りを良くする潤滑剤として作用する。そのため、ダイス1とブランクホルダ2を用いることによって、潤滑性が高いまま繰り返し金属板11のプレス加工を行うことができる。
【0055】
このように、プレス加工装置10は、フッ素樹脂膜5による潤滑性の良さを十分に活用しながらドライプレスを行えるので、チタン部材やマグネシウム合金部材といった金型との溶着を起こしやすい金属部材のプレス加工に極めて良好なものとなっている。
【0056】
一方、プレス加工装置10によって金属板11のプレス加工を繰り返し行うと、次第に凹部に入り込んでいるフッ素樹脂膜5が喪失していく。すると、次第に潤滑剤が減っていくことになるため、ダイス1とブランクホルダ2と、金属板11との間の摩擦係数が上昇していき、特にチタン部材やマグネシウム合金部材といった金型との溶着を起こしやすい金属部材のプレス加工には好ましくない事態が起こりえる。
【0057】
このようなプレス加工を繰り返し行うときは、好ましくは摩擦係数がある決められた規定値を越えたときは、液状のフッ素樹脂をスプレーで噴霧するなどしてダイス1とブランクホルダ2の少なくとも微細凹凸部1a,2aの表面にフッ素樹脂を塗布することが好ましい。こうすると、繰り返しのプレス加工で失われたフッ素樹脂膜5が噴霧したフッ素樹脂によって微細凹凸部1a,2aに補給されるのでフッ素樹脂膜5による潤滑性を蘇らせることができる。こうすることで、プレス加工装置10では、金属部材のプレス加工がさらに繰り返し行えるようになる。なお、この場合の規定値は、後述する実施例からみて、0.2程度とすることができる。
【0058】
特に、プレス加工装置10によって、チタン部材やマグネシウム部材のプレス加工をするときは、温度範囲が10℃からフッ素樹脂の連続使用最高温度(288℃)の範囲に設定された常温温間から温間域でプレス加工を行うことが好ましい。この温度範囲では、特にチタン部材やマグネシウム部材の展延性が高まり、成形が容易になるからである。
【0059】
(プレス加工用金型の製造方法)
次に、プレス加工用金型の製造方法として、前述のブランクホルダ2の製造方法を例にとって図8を参照して説明する。図8はプレス加工用金型の製造工程を模式的に示す側面図で、(A)は製造前の金型、(B)は表面に微細凹凸部を形成した後の金型、(C)は微細凹凸部の表面にフッ素樹脂膜を形成した後の金型を示している。
【0060】
図8(A)に示すように、ダイス1およびブランクホルダ2を製造するときは、まず鋼等の金属を用いて所望の形状の金型22を形成する。次に、図8(B)に示すように、金型22の表面における金属板11と接する部分の少なくとも一部分にブラスト処理を施して表面を粗し、微細凹凸部2aを形成する。このとき、金型が超硬合金鋼以外の鋼からなるときは最大表面粗さが10μm以上25μm以下になるようにする。また、金型が超硬合金鋼からなるときは最大表面粗さが3μm以上10μm以下になるようにする。
【0061】
続いて、下塗り塗装を行って乾燥・焼成を行う。その後、金型22に対して、ディスパージョン塗装、静電粉体塗装、流動浸漬塗装、スプレー塗装等を含むフッ素樹塗装を行ってから焼成・冷却を行う工程を繰り返してフッ素樹脂の重ね塗りを行う。こうして、図8(C)に示すように、微細凹凸部2aの表面に最大表面粗さよりも厚さの厚いフッ素樹脂膜15を形成する。この場合、プライマーとフッ素樹脂の混合塗料を塗布することができるが、プライマーを塗布した後、フッ素樹脂を塗布してもよい。
【0062】
それから、プレス加工装置10により、フッ素樹脂膜15付きの金型22をダイス1およびブランクホルダ2として用いることによって予めプレス加工を行い、あるいはその他の手段でフッ素樹脂膜15を表面に沿って除去することによって前述したフッ素樹脂膜5を形成する。このとき、微細凹凸部2aに含まれる複数の頂上部のうち、最も高さの高い頂上部を含む一部の頂上部だけがフッ素樹脂膜5で覆われないように露出するようにする。ここまでの工程を実行することによって、フッ素樹脂膜5を備えたプレス加工用金型としてのブランクホルダ2を製造することができる。
【0063】
プレス加工の進行に伴って金型の表面は、例えば図18(A)に示すようになっていて、ほとんどの頂上部はフッ素樹脂膜5で覆われているものの、一部の頂上部だけはフッ素樹脂膜5で覆われることなく露出する。さらにプレス加工を行うと、フッ素樹脂膜5がその表面に沿って一部剥離されることで、より多くの頂上部が露出することになる。この場合におけるプレス加工用金型の表面は例えば図18(B)に示すようになる。
【実施例1】
【0064】
次に、プレス加工装置10に関する実施例について説明する。この実施例では、金属板11として、純チタンからなる厚さ0.8mmの板材を用い、これを深絞り加工によってカップ状に成形した。純チタンは常温でも十分な延性を発揮し、特性からみるとプレス加工に適した金属材料である。
【0065】
しかしながら、純チタンは活性な金属であるため、ダイス1とブランクホルダ2に微細凹凸部1a,2aおよびフッ素樹脂膜5を形成せずにプレス加工を行うと、金属板11とダイス1との焼き付きが発生してしまい、カップ状に成形することが困難である。プレス加工装置10では、ダイス1とブランクホルダ2に微細凹凸部1a,2aおよびフッ素樹脂膜5が形成されているため、フッ素樹脂膜5が潤滑剤として作用し、その結果、金属板11を図9に示すようなカップ状に成形することができた。
【0066】
一方、純チタンからなる金属板11をプレス加工する場合、金属板11の表面に酸化皮膜を形成し、さらに焼き付き防止効果が高いとされる二酸化モリブデン固体潤滑剤を用いることによって、微細凹凸部1a,2aおよびフッ素樹脂膜5を形成していないダイス1とブランクホルダ2でもカップ状に成形することができる。しかし、酸化皮膜を形成すれば、金属板11が傷むし酸化皮膜を形成するのにコストもかかる、製品によっては酸化皮膜をプレス加工後に剥離しなければならないといった課題が未解決のまま残ってしまう。また、固体潤滑剤をオイルやグリース中に分散させて用いているときは洗浄を要することもある。このような課題はプレス加工装置10を用いることによって未解決のまま残ることなくすべて解決することができる。
【実施例2】
【0067】
続いて、最大表面粗さの大きさが異なる複数の基材を用意して摩擦係数の変化を調べる実験を行った。基材は、超硬合金鋼以外の鋼からなる板状のものを4つ用意し、そのそれぞれに最大表面粗さが0.5μm、5μm、14.8μm、33μmの4通りの異なった値の微細凹凸部を形成して、そのそれぞれの表面に同じフッ素樹脂膜5を形成した。実験は図示しないボールオンディスク型摩擦試験機を用い、5分毎に100N,200,400,600,800,1000Nと順次荷重を大きくして行った。この実験の結果は、図10〜図13に示すとおりである。各図において、(A)は基材表面を顕微鏡で撮影した写真を示し、(B)は摩擦係数の変化を調べるグラフ(縦軸は摩擦係数、横軸は摩擦距離(m))である。
【0068】
図10に示すように、最大表面粗さが0.5μmでは、摩擦距離が数mになっただけで摩擦係数が0.2を越えてしまっている。また、図11に示すように、最大表面粗さが5μmでは、摩擦距離が50数mあたりで摩擦係数が0.2を越えているものの、40m程度までは摩擦係数が0.1程度に収まっている。さらに、図12に示すように、最大表面粗さが14.8μmでは、摩擦距離が60m程度になるまで摩擦係数が一貫して0.1程度に収まっている。そして、図13に示すように、最大表面粗さが33μmでは、摩擦距離が数mになっただけで摩擦係数が0.2を越えてしまっている。
【0069】
以上の結果、摩擦係数が一貫して0.1程度に収まっているという点からみて、4種類の最大表面粗さの中では、最大表面粗さを14.8μmにするのが最も好ましく、次いで5μmが好ましいことが確認できた。また、最大表面粗さが0.5μmおよび33μmの場合はいずれも摩擦係数が0.1程度に収まらず好ましくないことが確認できた。
【実施例3】
【0070】
さらに、微細凹凸部に様々なフッ素樹脂膜5を形成したことによって、耐久性が向上することを確認するための実験を行った。実験は実施例2と同様の試験機を用い同じ要領で行った。実験の結果は図14に示すとおりである。(A)はプライマーを用いないフッ素樹脂コート技術(ハイパーコート)でフッ素樹脂膜を形成した場合、(B)はPTFEからなるフッ素樹脂膜を形成した場合、(C)はワンコートでフッ素樹脂膜を形成した場合を示している。いずれの場合も、摩擦距離が60m程度になるまで摩擦係数が一貫して0.1程度に収まっているため、耐久性が向上していることが確認できた。
【実施例4】
【0071】
次に、液状のフッ素樹脂を塗布したことにより、微細凹凸部における耐久性が再生されることを確認するための実験を行った。実験では、実施例3の実験でフッ素樹脂膜が一部剥離し、摩擦係数が上昇した試験片(TF50)に液状のフッ素樹脂をスプレーで塗布(スプレー塗装ともいう)して、実施例3と同じ試験機を用いて同様の実験を行った。実験に先立ち、試験片に対して200N(5分)で摩擦試験を行って再塗装前の摩擦係数を確認したあと、スプレー塗装を行い、ハンドドライヤーで乾燥させた。実験は、スプレーによる再塗装をした試料で200N(15分)、400N(10分)、600N(5分)、800N(5分)の摩擦耐久試験を行った。
【0072】
ここで、図15は、試験片(TF50)の摩擦係数が上昇する前のもともとの摩擦係数の変化を示すグラフである。図16(A)は、試験片(TF50)の摩擦係数が上昇した後、200N(5分)で摩擦試験を行ったときの摩擦係数の変化を示すグラフ、図16(B)は、再塗装後の摩擦係数の変化を示すグラフである。図15、図16から明らかなとおり、再塗装によって元々の値よりも低い値の良好な摩擦係数を示すことおよび耐久性が向上することが確認できた。また、図17(A)は、再塗装前の別の試験片(TF50)の摩擦係数の変化を示すグラフ、図17(B)は、再塗装をした後の摩擦係数の変化を示すグラフである。図17から明らかなとおり、再塗装によって別の試験片でも良好な摩擦係数を示すことが確認できた。また、図16(B)からみて再塗装をするときの摩擦係数の規定値は0.15〜0.18程度が好ましいと考えられる。
【0073】
以上の説明は、本発明の実施の形態についての説明であって、この発明の装置及び方法を限定するものではなく、様々な変形例を容易に実施することができる。又、各実施形態における構成要素、機能、特徴あるいは方法ステップを適宜組み合わせて構成される装置又は方法も本発明に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明を適用することによって、フッ素樹脂膜を潤滑皮膜として、プレス加工が繰り返し行えるように金型の耐久性を高めるとともに、チタン部材やマグネシウム合金部材といった難加工金属部材について、ドライ加工を行えるようになる。
【符号の説明】
【0075】
1…ダイス、2…ブランクホルダ、3…パンチ、5…フッ素樹脂膜、10…プレス加工装置、11…金属板、1a,2a…微細凹凸部、P1、P3、P5、P7、P9、P11…頂上部、P2、P4、P6、P8、P10…底部。
【技術分野】
【0001】
本発明は、絞り加工、曲げ加工、鍛造加工等の金属部材のプレス加工方法およびそのプレス加工に用いるプレス加工用金型に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、チタン、マグネシウム、アルミニウムといった金属からなる部材(以下「金属部材」という)のプレス加工や、樹脂製品、ゴム製品等の成形加工に金型が用いられている。金型を用いてプレス加工や成形加工を行うときは、金型と金属部材や樹脂製品等との潤滑性や離型性(剥がれやすさ)が求められ、金型が金属部材や樹脂製品等から剥がれやすいことが望ましい。
【0003】
従来、金型を金属部材や樹脂製品等から剥がれやすくすることに関して、例えば、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)等の超硬質膜を金型に形成する技術(例えば、特許文献1参照)や、フッ素樹脂塗料を塗布するなどして金型にフッ素樹脂膜を形成する技術(例えば、特許文献2,3,4参照)が知られていた。フッ素樹脂膜は柔軟であり、金型を繰り返し使用することによって剥離や損傷が起こりやすいため、特許文献2〜4に記載されている技術では、フッ素樹脂膜の耐久性を高めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−154418号公報
【特許文献2】特開2004−74646号公報
【特許文献3】特開平9−193164号公報
【特許文献4】特開平5−245848号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献2〜4に記載されている各従来技術によれば、フッ素樹脂膜そのもの自体の強度を高めることができる。
【0006】
しかし、これらの従来技術は、樹脂製品、ゴム製品等の成形加工に用いる金型を対象にした技術であり、絞り加工、曲げ加工、鍛造加工といった金属部材のプレス加工に用いる金型には適用することが困難であった。樹脂製品、ゴム製品等の成形加工に用いる金型は金型によって形成される空間(隙間)に樹脂等を流し込み所望の形を形成するためのいわば型枠として用いられている。
【0007】
例えば図19に示すような金型100,101があったとすると、これらの金型100,101では、樹脂等に接触する内側部分の表面にフッ素樹脂膜102が形成される。そうすると、そのフッ素樹脂膜102は、樹脂103から金型100,101の内側表面と交差する方向の圧力f1を受けることになる。
【0008】
一方、金属部材のプレス加工に用いる金型として、図20に示すような金型200,201,202があったとする。これらの金型200,201,202を用いて金属部材203の曲げ加工を行うときは、金型202が矢印Pの方向に動くが、その際、金型200,201,202は金属部材203の表面に強力に押しつけられたり、こすりつけられたりしている。そのため、金型200,201,202は金属部材203から、金型の表面と交差する方向の圧力f2だけでなく、表面に沿った方向の圧力f3も受けている。
【0009】
表面と交差する方向の圧力f2はフッ素樹脂膜に対して、金型の表面に押しつけるように作用するが、表面に沿った方向の圧力f3はフッ素樹脂膜に対して、金型の表面に沿って削り取るようにして作用する。したがって、従来技術のようにして強度を高めたフッ素樹脂膜を金型200,201,202の表面に形成したとしても、圧力f3のような表面に沿った方向の強力な圧力がかかることによって、フッ素樹脂膜が金型の表面に沿った方向に削り取られやすくフッ素樹脂膜が金型の表面からすぐに剥がれてしまう。そのため、フッ素樹脂膜を金型と金属部材との潤滑性や離型性を良くするために皮膜(潤滑皮膜)にしている金型では、プレス加工を繰り返し行えないという課題があった。
【0010】
一方、金属部材の中でも、純チタンやチタン合金からなる金属部材(以下「チタン部材」という)、マグネシウム合金からなる金属部材(以下「マグネシウム合金部材」という)は金型との溶着を起こしやすいため、従来、潤滑油等の潤滑剤を用いてプレス加工が行われており、潤滑剤を用いないドライ環境下で加工することが極めて困難であった。
【0011】
チタン部材やマグネシウム合金部材について、潤滑剤を用いることなくドライ環境下でプレス加工を行うためには、フッ素樹脂膜を潤滑皮膜として金型に形成することが望ましい。
【0012】
しかしながら、前述のとおりフッ素樹脂膜は耐久性に乏しくフッ素樹脂膜を形成している金型では、プレス加工を繰り返し行えなかったため、従来はテフロンシート(テフロンは登録商標)等のシート状部材を用いることによってドライ環境下での加工が行われていた。このようなドライ環境下での加工では、例えば絞り加工の場合に絞りを繰り返し行えない、複雑な形状の加工ができない等の加工に制約を伴うしコスト高になるといった課題があった。
【0013】
そこで、本発明は上記課題を解決するためになされたもので、金属部材のプレス加工方法およびそのプレス加工に用いるプレス加工用金型において、フッ素樹脂膜を潤滑皮膜としていても、プレス加工が繰り返し行えるように金型の耐久性を高めるとともに、チタン部材やマグネシウム合金部材といった加工の難しい金属部材(難加工金属部材)について、テフロンシート等のシート状部材を用いなくてもドライ環境下での加工が行えるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するため、本発明は、金型を用いた金属部材のプレス加工方法であって、最大表面粗さが3μm以上25μm以下の微細な凹凸を備えた微細凹凸部を金型の表面における金属部材と接する部分の少なくとも一部分に形成し、最大表面粗さを越える厚さのフッ素樹脂膜を微細凹凸部に形成してプレス加工用金型を製造し、フッ素樹脂膜が金属部材と直に接触するようにプレス加工用金型を用いてプレス加工を行う金属部材のプレス加工方法を特徴とする。
【0015】
このプレス加工方法では、プレス加工用金型の表面に微細凹凸部が形成されているので、金型の表面積が拡大され、その微細凹凸部の表面にフッ素樹脂膜が形成されているので、フッ素樹脂膜が微細凹凸部の凹凸にひっかかり、表面に沿ってずれないように微細凹凸部がフッ素樹脂膜をつなぎ止めている。また、フッ素樹脂膜が金属部材の広範囲にわたって直に接し、摩擦係数を低く抑える。フッ素樹脂膜が微細凹凸部の凹部に入り込んでいてそのフッ素樹脂膜がプレス加工の際、潤滑剤となる。そのため、フッ素樹脂膜が金属部材と直に接触するようにプレス加工用金型を用いてプレス加工を行うことで、潤滑剤やテフロンシート等のシート状部材がなくても難加工金属部材のプレス加工が行える。
【0016】
また、上記プレス加工方法では、金型が超硬合金鋼からなるときは最大表面粗さが3μm以上10μm以下になるようにして微細凹凸部を形成し、金型が超硬合金鋼以外の鋼からなるときは最大表面粗さが10μm以上25μm以下になるようにして微細凹凸部を形成することが好ましい。
【0017】
最大表面粗さを上記の範囲にすることで摩擦係数を低い値に抑えつつ微細凹凸部によるフッ素樹脂膜のつなぎ止め効果が得られる。
【0018】
さらにまた、上記プレス加工方法では、プレス加工を繰り返し行うときに微細凹凸部にフッ素樹脂を塗布することが好ましい。
【0019】
このようにすると、プレス加工で失われたフッ素樹脂膜が塗布したフッ素樹脂によって微細凹凸部に補給される。
【0020】
上記プレス加工方法では、温度範囲が10℃からフッ素樹脂の連続使用最高温度の範囲に設定された常温から温間域でプレス加工を行うことが好ましい。この温度範囲では、特にチタン部材やマグネシウム部材の展延性が高まり、成形が容易になる。
【0021】
そして、本発明は、金属部材のプレス加工に用いるプレス加工用金型であって、金属部材と接する部分の少なくとも一部分に形成された最大表面粗さが3μm以上25μm以下の微細な凹凸を備えた微細凹凸部と、微細凹凸部に形成されたフッ素樹脂膜とを有し、フッ素樹脂膜が微細凹凸部の表面に密着していることを特徴とするプレス加工用金型を提供する。
【0022】
この金型では、表面に微細凹凸部が形成されているので、金型の表面積が拡大され、その微細凹凸部の表面にフッ素樹脂膜が形成されているので、フッ素樹脂膜が微細凹凸部の凹凸にひっかかり、表面に沿ってずれないように微細凹凸部がフッ素樹脂膜をつなぎ止めている。また、フッ素樹脂膜が金属部材の広範囲にわたって直に接し、摩擦係数を低く抑える。フッ素樹脂膜が微細凹凸部の凹部に入り込んでいてそのフッ素樹脂膜がプレス加工の際、潤滑剤となる。
【0023】
このプレス加工用金型の場合、微細凹凸部は、金型が超硬合金鋼からなるときは最大表面粗さが3μm以上10μm以下に形成され、金型が超硬合金鋼以外の鋼からなるときは最大表面粗さが10μm以上25μm以下に形成されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0024】
以上詳述したように、本発明によれば、金属部材のプレス加工方法およびそのプレス加工に用いるプレス加工用金型において、フッ素樹脂膜を潤滑皮膜としていても、プレス加工が繰り返し行えるように金型の耐久性を高めるとともに、チタン部材やマグネシウム合金部材といった難加工金属部材について、ドライ加工を行えるようにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施の形態に係るプレス加工装置の概略構成を示す図である。
【図2】ブランクホルダの微細凹凸部およびフッ素樹脂膜を含む表面を模式的に示す断面図で図3の2−2線断面図である。
【図3】ブランクホルダの表面を模式的に示す平面図である。
【図4】ブランクホルダの微細凹凸部およびフッ素樹脂膜と、金属板との接している部分を模式的に示す断面図である。
【図5】プレス加工の際、フッ素樹脂膜が変形する様子を模式的に示す断面図である。
【図6】プレス加工後の微細凹凸部およびフッ素樹脂膜を模式的に示す断面図である。
【図7】別のフッ素樹脂膜と微細凹凸部を模式的に示す断面図である。
【図8】プレス加工用金型の製造工程を模式的に示す側面図で、(A)は製造前の金型、(B)は表面に微細凹凸部を形成した後の金型、(C)は微細凹凸部の表面にフッ素樹脂膜を形成した後の金型を示している。
【図9】絞り加工で製造した成型品の一例を示した写真である。
【図10】最大表面粗さが0.5μmの場合の摩擦係数の変化を調べる実験結果を示し、(A)は基材表面を顕微鏡で撮影した写真を示し、(B)は摩擦係数の変化を調べるグラフである。
【図11】最大表面粗さが5μmの場合の摩擦係数の変化を調べる実験結果を示し、(A)は基材表面を顕微鏡で撮影した写真を示し、(B)は摩擦係数の変化を調べるグラフである。
【図12】最大表面粗さが14.8μmの場合の摩擦係数の変化を調べる実験結果を示し、(A)は基材表面を顕微鏡で撮影した写真を示し、(B)は摩擦係数の変化を調べるグラフである。
【図13】最大表面粗さが33μmの場合の摩擦係数の変化を調べる実験結果を示し、(A)は基材表面を顕微鏡で撮影した写真を示し、(B)は摩擦係数の変化を調べるグラフである。
【図14】耐久性が向上することを確認するための実験結果を示し、(A)はプライマーを用いないフッ素樹脂コート技術でフッ素樹脂膜を形成した場合、(B)はPTFEからなるフッ素樹脂膜を形成した場合、(C)はワンコートでフッ素樹脂膜を形成した場合を示している。
【図15】試験片(TF50)の摩擦係数が上昇する前のもともとの摩擦係数の変化を示すグラフである。
【図16】(A)は、試験片(TF50)の摩擦係数が上昇した後、200N(5分)で摩擦試験を行ったときの摩擦係数の変化を示すグラフ、(B)は、再塗装後の摩擦係数の変化を示すグラフである。
【図17】(A)は、再塗装前の別の試験片(TF50)の摩擦係数の変化を示すグラフ、(B)は、再塗装をした後の摩擦係数の変化を示すグラフである。
【図18】(A)は、一部の頂上部だけがフッ素樹脂膜で覆われることなく露出しているときの金型表面の写真、(B)は、より多くの頂上部がフッ素樹脂膜で覆われることなく露出しているときの金型表面の写真である。
【図19】従来の樹脂成型用の金型と樹脂の一例を示す断面図である。
【図20】従来のプレス加工用の金型と金属部材の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、同一要素には同一符号を用い、重複する説明は省略する。
【0027】
(プレス加工装置の構造)
まず、図1を参照してプレス加工装置10について説明する。図1は、本発明の実施の形態に係るプレス加工装置の概略構成を示す図である。プレス加工装置10は、本発明の実施の形態に係るプレス加工方法を実施するための装置であって、ドライプレスによって金属部材のプレス加工を行う装置である。なお、本実施の形態において、プレス加工とは、機械により、金型等の工具を用いて金属部材を変形加工することを意味し、剪断、絞り、曲げ、張出し、鍛造、押出し、圧印といった塑性加工全般を意味するものとしている。また、ドライプレスとは、潤滑剤およびテフロンシート等のシート状部材を一切用いないドライ環境下でのプレス加工を意味している。
【0028】
プレス加工装置10は図1に示すように、本発明にかかるプレス加工用金型としてのダイス1およびブランクホルダ2と、パンチ3とを有している。プレス加工装置10はダイス1とブランクホルダ2との間に挟み込んだ板状の金属部材である金属板11について、プレス加工を行い所望の成形品に加工する装置である。
【0029】
ダイス1とブランクホルダ2とは、それぞれ微細凹凸部1a、2aと、フッ素樹脂膜5とを有し、そのフッ素樹脂膜5が潤滑皮膜として形成されている。図1においてダイス1とブランクホルダ2のドットを付した部分に微細凹凸部1a、2aが形成され、その表面にフッ素樹脂膜5が形成されている。プレス加工装置10では、ドライプレスを行い、プレス加工の際、潤滑剤およびテフロンシート等のシート状部材を一切用いないので、ダイス1やブランクホルダ2が金属板11と直に接している。
【0030】
プレス加工装置10では、プレス加工に用いる金型のうち、金属板11と接する部分の主たる構成はダイス1、ブランクホルダ2およびパンチ3に分けられる。そのうち、ダイス1と、ブランク抑え力が必要なブランクホルダ2とについてはフッ素樹脂膜5が必須である。パンチ3は摩擦保持力が必要なため、フッ素樹脂膜5を必要としない。
【0031】
このようなことから、ダイス1は、図1に示すように、プレス加工開始時点で金属板11と接する部分およびその周囲に微細凹凸部1aとフッ素樹脂膜5が形成され、ブランクホルダ2は、プレス加工開始時点で金属板11と接する部分に微細凹凸部2aとフッ素樹脂膜5が形成されている。
【0032】
前述のとおり、微細凹凸部1a、2aはダイス1とブランクホルダ2のそれぞれの表面の一部分に形成されている。ダイス1とブランクホルダ2は、プレス加工を行う際それぞれの表面全体のうちの一部分が金属板11に接するが、その金属板11と接する部分の中でプレス加工中、金属板11から強力な圧力を受け得る部分に微細凹凸部1a、2aが形成されている。
【0033】
微細凹凸部1a、2aは肉眼ではその形状や大きさが明確に認識できないほど微細で、すなわちとても細かく、かつ不規則で複雑に入り組んだ凹凸を有している。図2に示すように、微細凹凸部2a(1aも同様)の凹凸とは、大きさ、間隔がばらばらで規則性のない表面のでこぼこを意味し、後述する頂上部、底部および凹部が多数含まれている。ここで、図2はブランクホルダ2の微細凹凸部2aおよびフッ素樹脂膜5を含む表面を模式的に示す断面図で図3の2−2線断面図、図3はブランクホルダ2の表面を模式的に示す平面図である。なお、図2、図3では、ブランクホルダ2の微細凹凸部2aを示しているが、ダイス1の微細凹凸部1aも、図示はしないが微細凹凸部2aと同様の構造を有している。
【0034】
微細凹凸部2aは複数の頂上部P1、P3、P5、P7、P9、P11を含む多数の頂上部と、複数の底部P2、P4、P6、P8、P10を含む多数の底部とを有している。この微細凹凸部2a(微細凹凸部1aも同様)は、ブランクホルダ2(ダイス1)の表面について、ブラスト処理等の表面処理を施して最大表面粗さ(本実施の形態では、最大高さ粗さRzともいい、詳しくは後述する)が3μm以上25μm以下になるようにして形成されている。なお、微細凹凸部2aにおいて、頂上部とは、微細凹凸部2aの高さの基準となる基準ラインLよりも外側に突出している部分の先端およびその周囲、底部とは、基準ラインLよりも内側に凹んでいる部分の先端およびその周囲を意味し、凹部とは、頂上部以外の部分を意味している。
【0035】
最大表面粗さとは、例えば図2に示した微細凹凸部2aでは、複数の頂上部の中で最も外側に突出している頂上部(図2では、頂上部P5)と、複数の底部の中で最も凹んでいる底部(図2では、底部P4)との高さの差h1を用いて評価される表面粗さである。すなわち、最大表面粗さ(最大高さ粗さRz)が3.0μmであるとは、h1が3.0μmであることを意味している。表面粗さとして、複数の底部または頂上部P1〜P11の高さの差の平均をとって評価する手法もあるが、本実施の形態では、最大高さ粗さRzを採用している。
【0036】
ダイス1とブランクホルダ2は、鋼等の金属を用いて形成されているが、凹部がある程度の大きさになるようにするには、最大表面粗さをある程度の大きさにする必要がある。ダイス1とブランクホルダ2の表面に微細凹凸部1a、2aを形成することによって、図2に示すように、ダイス1とブランクホルダ2の表面に大きさや形状が不規則な凹部が多数現れ、その凹部すべてを塞ぐようにしてフッ素樹脂膜5の一部が凹部の中に入り込んでいる。
【0037】
凹部に入り込んでいるフッ素樹脂膜5の体積をある程度の大きさにするとともに、微細凹凸部2aの凹凸を複雑に入り組んだ構造にするには、少なくとも最大表面粗さを3μm以上にすることが好ましい。一方、最大表面粗さを大きくすれば凹部に入り込むフッ素樹脂膜5の体積も増加するが、微細凹凸部2aはプレス加工中に金属板11から強力な圧力を受け得るので、最大表面粗さが25μmを越えるまでに大きくなると基準ラインLから突出している部分がプレス加工中に折れたり砕けたりしやすく好ましくない。また、ダイス1やブランクホルダ2の摩擦係数が高くなりすぎるおそれもある。
【0038】
したがって、微細凹凸部1a,2aの最大表面粗さは3μm以上25μm以下にすることが好ましい。例えば、ダイス1とブランクホルダ2を超硬合金鋼以外の鋼を用いて製造するときは、最大表面粗さをやや大きめの10μm以上25μm以下とすることが好ましく、特に後述する実施例からみて、最大表面粗さを14.8μm〜15μm程度にすることがいっそう好ましい。また、超硬合金鋼は超硬合金鋼以外の鋼よりも硬くて丈夫なので、ダイス1とブランクホルダ2を超硬合金鋼を用いて製造するときは、最大表面粗さをやや小さめの3μm以上10μm以下とすることが好ましい。
【0039】
次に、フッ素樹脂膜5は微細凹凸部1a、2aのそれぞれの表面に形成されている。フッ素樹脂膜5は微細凹凸部1a、2aに含まれる多数の頂上部のうちの一部だけがフッ素樹脂膜5によって覆われることなく露出するような厚さを有している。微細凹凸部2aの場合、フッ素樹脂膜5は図3に示すように複数の頂上部P1、P3、P5、P7、P9、P11のうち、最も突出している頂上部P5だけが露出し、他の頂上部はすべて覆われるような厚さを有している。そのため、フッ素樹脂膜5は、微細凹凸部1a、2aのそれぞれの最大表面粗さよりやや小さい厚さを有している。
【0040】
フッ素樹脂膜5は、微細凹凸部1a、2aの表面に密着するとともに、すべての凹部を塞ぐようにして凹部に入り込んで形成されている。
フッ素樹脂膜5は、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、パーフルオロエチレンプロペンコポリマー(FEP)、パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)等のフッ素樹脂をコーティングすることによって形成することができる。本実施の形態では、フッ素樹脂の直接コーティングとフッ素樹脂が剥離しやすいこととを考慮して、プライマーを混合した混合フッ素樹脂を微細凹凸部1a、2aの表面にコーティングすることによって、フッ素樹脂膜5を形成している(詳しくは後述する)。
【0041】
(プレス加工装置の動作内容)
続いて、以上の構成を有するプレス加工装置10の動作内容を図1とともに図4〜図7を参照して説明する。図4はブランクホルダ2の微細凹凸部2aおよびフッ素樹脂膜5と、金属板11との接している部分を模式的に示す断面図、図5はプレス加工の際、フッ素樹脂膜5が変形する様子を模式的に示す断面図である。また、図6はプレス加工後の微細凹凸部2aおよびフッ素樹脂膜5を模式的に示す断面図、図7は別のフッ素樹脂膜と微細凹凸部2aを模式的に示す断面図である。
【0042】
プレス加工装置10では、例えば円形状の金属板11をダイス1とブランクホルダ2とに直に接するようにして挟みこみ、その片側から図示しない油圧装置でパンチ3を金属板11に押し付けることによってプレス加工を行う。
【0043】
パンチ3の進入に伴い金属板11が押されて変形する。その際、金属板11がダイス1とブランクホルダ2とに対して強力に押し付けられながら、パンチ3の進入方向に動きつつ変形する。
【0044】
すると、フッ素樹脂膜5は、最も突出している頂上部P5だけが露出する厚さに形成されており、他の頂上部はすべてフッ素樹脂膜5によって被覆されている。そのため、フッ素樹脂膜5が金属板11の広範囲にわたって直に接することになってダイス1およびブランクホルダ2と、金属板11との間の摩擦係数を低く抑え、滑りを良くする潤滑剤として作用する。
【0045】
しかも、フッ素樹脂膜5は、微細凹凸部1a、2aの表面に密着している。ダイス1とブランクホルダ2は、表面に微細凹凸部1a、2aが形成されていることによって表面積が拡大されている。また、形状や大きさが不規則で複雑に入り組んだ凹凸が形成され、形状や大きさが不規則な多数の凹部にフッ素樹脂膜5が入り込んでいることによって、フッ素樹脂膜5が微細凹凸部1a、2aの凹凸にしっかりとひっかかっている。そのため、表面に沿ってずれないように微細凹凸部1a、2aがフッ素樹脂膜5をしっかりとつなぎ止める作用を発揮する。
【0046】
一方、複数の頂上部のうち、頂上部P5だけはフッ素樹脂膜5で覆われることなく露出しているので、フッ素樹脂膜5の厚さ方向全体が頂上部P5を含むいずれかの頂上部によって受け止められるようになっている。
【0047】
プレス加工の際、フッ素樹脂膜5に対し、ブランクホルダ2の表面に沿った方向の圧力(図4の圧力F2)が金属板11から作用する。その圧力F2は、フッ素樹脂膜5をダイス1やブランクホルダ2の表面に沿った方向に削り取るように作用するが、凹部および頂上部が圧力F2の方向と交差する方向に形成されているので、凹部および頂上部が圧力F2によるフッ素樹脂膜5の動きを邪魔し、フッ素樹脂膜5の剥離を阻止しようとする。
【0048】
そのうえ、微細凹凸部1a、2aの凹凸は大きさや形状が不規則で複雑に入り組んだ構造になっていて、図2に示したようにひとつひとつの凹部の表面にも細かな凹凸が形成されている。そのため、フッ素樹脂膜5が微細凹凸部1a、2aに密着する度合いは規則的な凹凸が形成されている場合よりも高くなっている。
【0049】
したがって、プレス加工の際、ダイス1とブランクホルダ2の表面にフッ素樹脂膜5が留まりやすく、その結果、フッ素樹脂膜5が金属板11との間に発生する摩擦係数を抑える潤滑剤としての機能を効果的に発揮する。よって、ダイス1とブランクホルダ2は、フッ素樹脂膜5が軟質な潤滑皮膜となっていても、プレス加工が繰り返し行えるように耐久性が高いものとなっている。
【0050】
ここで、図7に示すように、頂上部P5を含むすべての頂上部が覆われるほどの厚さ(すなわち、最大表面粗さよりも大きい厚さ)を備えたフッ素樹脂膜105が金型の表面に形成されていた場合を考える。この金型の場合、フッ素樹脂膜105のうち、一部が凹部に入り込まずにその外側に出た表層部106(図7のドットを付した部分)となってしまう。表層部106は表面に沿った方向に頂上部が一切存在していないため、頂上部によるつなぎ止めを何ら受けることができない。そのため、プレス加工の際に表面に沿った方向の圧力を受けると簡単に剥がれてしまう。
【0051】
ダイス1とブランクホルダ2の表面に微細凹凸部1a、2aを形成すれば、フッ素樹脂膜5に対するつなぎ止め効果は期待できるものの、形成するフッ素樹脂膜の厚さを、頂上部の一部だけが露出するような厚さにしないと、フッ素樹脂膜に潤滑剤としての機能を発揮しにくい無駄が生じやすく好ましくない。
【0052】
一方、プレス加工の際、図4に示すように、微細凹凸部1a,2aおよびフッ素樹脂膜5が金属板11から、微細凹凸部1a,2aの表面に交差する方向の圧力F1とともに、表面に沿った方向の圧力F2を受ける。フッ素樹脂膜5は柔軟なため、圧力F1、F2によって例えば図5に示すように変形するが、凹部に入り込んでいる部分のうち、上側の部分は下側の部分よりも相対的に凹部によって受け止められ難い。
【0053】
例えば図2に示したように、凹部2bに入り込んでいる部分のフッ素樹脂膜5は、上側の部分ほど頂上部P1、P3および底部P2との間隔が広がって微細凹凸部1a,2aの表面への密着の度合いが低くなるし、金属板11からは圧力F1、F2をより受けやすくなる。そのため、プレス加工によって、フッ素樹脂膜5の一部が微細凹凸部1a,2aの表面に沿った方向に剥離することもある。
【0054】
その結果、図6に示すように、フッ素樹脂膜5の厚さが少し薄くなり、頂上部P5のほか、頂上部P5の次に突出している頂上部P3、P7が露出することもある。しかしながら、それでも、隣接する2つの頂上部の間において、フッ素樹脂膜5が微細凹凸部1a,2aの表面に密着しながら凹部に入り込んで残っている。この凹部の中に残留しているフッ素樹脂膜5がプレス加工中に圧力F1によって変形して微細凹凸部1a,2aの表面と金属板11との間に入り、双方の摩擦係数を低下させて滑りを良くする潤滑剤として作用する。そのため、ダイス1とブランクホルダ2を用いることによって、潤滑性が高いまま繰り返し金属板11のプレス加工を行うことができる。
【0055】
このように、プレス加工装置10は、フッ素樹脂膜5による潤滑性の良さを十分に活用しながらドライプレスを行えるので、チタン部材やマグネシウム合金部材といった金型との溶着を起こしやすい金属部材のプレス加工に極めて良好なものとなっている。
【0056】
一方、プレス加工装置10によって金属板11のプレス加工を繰り返し行うと、次第に凹部に入り込んでいるフッ素樹脂膜5が喪失していく。すると、次第に潤滑剤が減っていくことになるため、ダイス1とブランクホルダ2と、金属板11との間の摩擦係数が上昇していき、特にチタン部材やマグネシウム合金部材といった金型との溶着を起こしやすい金属部材のプレス加工には好ましくない事態が起こりえる。
【0057】
このようなプレス加工を繰り返し行うときは、好ましくは摩擦係数がある決められた規定値を越えたときは、液状のフッ素樹脂をスプレーで噴霧するなどしてダイス1とブランクホルダ2の少なくとも微細凹凸部1a,2aの表面にフッ素樹脂を塗布することが好ましい。こうすると、繰り返しのプレス加工で失われたフッ素樹脂膜5が噴霧したフッ素樹脂によって微細凹凸部1a,2aに補給されるのでフッ素樹脂膜5による潤滑性を蘇らせることができる。こうすることで、プレス加工装置10では、金属部材のプレス加工がさらに繰り返し行えるようになる。なお、この場合の規定値は、後述する実施例からみて、0.2程度とすることができる。
【0058】
特に、プレス加工装置10によって、チタン部材やマグネシウム部材のプレス加工をするときは、温度範囲が10℃からフッ素樹脂の連続使用最高温度(288℃)の範囲に設定された常温温間から温間域でプレス加工を行うことが好ましい。この温度範囲では、特にチタン部材やマグネシウム部材の展延性が高まり、成形が容易になるからである。
【0059】
(プレス加工用金型の製造方法)
次に、プレス加工用金型の製造方法として、前述のブランクホルダ2の製造方法を例にとって図8を参照して説明する。図8はプレス加工用金型の製造工程を模式的に示す側面図で、(A)は製造前の金型、(B)は表面に微細凹凸部を形成した後の金型、(C)は微細凹凸部の表面にフッ素樹脂膜を形成した後の金型を示している。
【0060】
図8(A)に示すように、ダイス1およびブランクホルダ2を製造するときは、まず鋼等の金属を用いて所望の形状の金型22を形成する。次に、図8(B)に示すように、金型22の表面における金属板11と接する部分の少なくとも一部分にブラスト処理を施して表面を粗し、微細凹凸部2aを形成する。このとき、金型が超硬合金鋼以外の鋼からなるときは最大表面粗さが10μm以上25μm以下になるようにする。また、金型が超硬合金鋼からなるときは最大表面粗さが3μm以上10μm以下になるようにする。
【0061】
続いて、下塗り塗装を行って乾燥・焼成を行う。その後、金型22に対して、ディスパージョン塗装、静電粉体塗装、流動浸漬塗装、スプレー塗装等を含むフッ素樹塗装を行ってから焼成・冷却を行う工程を繰り返してフッ素樹脂の重ね塗りを行う。こうして、図8(C)に示すように、微細凹凸部2aの表面に最大表面粗さよりも厚さの厚いフッ素樹脂膜15を形成する。この場合、プライマーとフッ素樹脂の混合塗料を塗布することができるが、プライマーを塗布した後、フッ素樹脂を塗布してもよい。
【0062】
それから、プレス加工装置10により、フッ素樹脂膜15付きの金型22をダイス1およびブランクホルダ2として用いることによって予めプレス加工を行い、あるいはその他の手段でフッ素樹脂膜15を表面に沿って除去することによって前述したフッ素樹脂膜5を形成する。このとき、微細凹凸部2aに含まれる複数の頂上部のうち、最も高さの高い頂上部を含む一部の頂上部だけがフッ素樹脂膜5で覆われないように露出するようにする。ここまでの工程を実行することによって、フッ素樹脂膜5を備えたプレス加工用金型としてのブランクホルダ2を製造することができる。
【0063】
プレス加工の進行に伴って金型の表面は、例えば図18(A)に示すようになっていて、ほとんどの頂上部はフッ素樹脂膜5で覆われているものの、一部の頂上部だけはフッ素樹脂膜5で覆われることなく露出する。さらにプレス加工を行うと、フッ素樹脂膜5がその表面に沿って一部剥離されることで、より多くの頂上部が露出することになる。この場合におけるプレス加工用金型の表面は例えば図18(B)に示すようになる。
【実施例1】
【0064】
次に、プレス加工装置10に関する実施例について説明する。この実施例では、金属板11として、純チタンからなる厚さ0.8mmの板材を用い、これを深絞り加工によってカップ状に成形した。純チタンは常温でも十分な延性を発揮し、特性からみるとプレス加工に適した金属材料である。
【0065】
しかしながら、純チタンは活性な金属であるため、ダイス1とブランクホルダ2に微細凹凸部1a,2aおよびフッ素樹脂膜5を形成せずにプレス加工を行うと、金属板11とダイス1との焼き付きが発生してしまい、カップ状に成形することが困難である。プレス加工装置10では、ダイス1とブランクホルダ2に微細凹凸部1a,2aおよびフッ素樹脂膜5が形成されているため、フッ素樹脂膜5が潤滑剤として作用し、その結果、金属板11を図9に示すようなカップ状に成形することができた。
【0066】
一方、純チタンからなる金属板11をプレス加工する場合、金属板11の表面に酸化皮膜を形成し、さらに焼き付き防止効果が高いとされる二酸化モリブデン固体潤滑剤を用いることによって、微細凹凸部1a,2aおよびフッ素樹脂膜5を形成していないダイス1とブランクホルダ2でもカップ状に成形することができる。しかし、酸化皮膜を形成すれば、金属板11が傷むし酸化皮膜を形成するのにコストもかかる、製品によっては酸化皮膜をプレス加工後に剥離しなければならないといった課題が未解決のまま残ってしまう。また、固体潤滑剤をオイルやグリース中に分散させて用いているときは洗浄を要することもある。このような課題はプレス加工装置10を用いることによって未解決のまま残ることなくすべて解決することができる。
【実施例2】
【0067】
続いて、最大表面粗さの大きさが異なる複数の基材を用意して摩擦係数の変化を調べる実験を行った。基材は、超硬合金鋼以外の鋼からなる板状のものを4つ用意し、そのそれぞれに最大表面粗さが0.5μm、5μm、14.8μm、33μmの4通りの異なった値の微細凹凸部を形成して、そのそれぞれの表面に同じフッ素樹脂膜5を形成した。実験は図示しないボールオンディスク型摩擦試験機を用い、5分毎に100N,200,400,600,800,1000Nと順次荷重を大きくして行った。この実験の結果は、図10〜図13に示すとおりである。各図において、(A)は基材表面を顕微鏡で撮影した写真を示し、(B)は摩擦係数の変化を調べるグラフ(縦軸は摩擦係数、横軸は摩擦距離(m))である。
【0068】
図10に示すように、最大表面粗さが0.5μmでは、摩擦距離が数mになっただけで摩擦係数が0.2を越えてしまっている。また、図11に示すように、最大表面粗さが5μmでは、摩擦距離が50数mあたりで摩擦係数が0.2を越えているものの、40m程度までは摩擦係数が0.1程度に収まっている。さらに、図12に示すように、最大表面粗さが14.8μmでは、摩擦距離が60m程度になるまで摩擦係数が一貫して0.1程度に収まっている。そして、図13に示すように、最大表面粗さが33μmでは、摩擦距離が数mになっただけで摩擦係数が0.2を越えてしまっている。
【0069】
以上の結果、摩擦係数が一貫して0.1程度に収まっているという点からみて、4種類の最大表面粗さの中では、最大表面粗さを14.8μmにするのが最も好ましく、次いで5μmが好ましいことが確認できた。また、最大表面粗さが0.5μmおよび33μmの場合はいずれも摩擦係数が0.1程度に収まらず好ましくないことが確認できた。
【実施例3】
【0070】
さらに、微細凹凸部に様々なフッ素樹脂膜5を形成したことによって、耐久性が向上することを確認するための実験を行った。実験は実施例2と同様の試験機を用い同じ要領で行った。実験の結果は図14に示すとおりである。(A)はプライマーを用いないフッ素樹脂コート技術(ハイパーコート)でフッ素樹脂膜を形成した場合、(B)はPTFEからなるフッ素樹脂膜を形成した場合、(C)はワンコートでフッ素樹脂膜を形成した場合を示している。いずれの場合も、摩擦距離が60m程度になるまで摩擦係数が一貫して0.1程度に収まっているため、耐久性が向上していることが確認できた。
【実施例4】
【0071】
次に、液状のフッ素樹脂を塗布したことにより、微細凹凸部における耐久性が再生されることを確認するための実験を行った。実験では、実施例3の実験でフッ素樹脂膜が一部剥離し、摩擦係数が上昇した試験片(TF50)に液状のフッ素樹脂をスプレーで塗布(スプレー塗装ともいう)して、実施例3と同じ試験機を用いて同様の実験を行った。実験に先立ち、試験片に対して200N(5分)で摩擦試験を行って再塗装前の摩擦係数を確認したあと、スプレー塗装を行い、ハンドドライヤーで乾燥させた。実験は、スプレーによる再塗装をした試料で200N(15分)、400N(10分)、600N(5分)、800N(5分)の摩擦耐久試験を行った。
【0072】
ここで、図15は、試験片(TF50)の摩擦係数が上昇する前のもともとの摩擦係数の変化を示すグラフである。図16(A)は、試験片(TF50)の摩擦係数が上昇した後、200N(5分)で摩擦試験を行ったときの摩擦係数の変化を示すグラフ、図16(B)は、再塗装後の摩擦係数の変化を示すグラフである。図15、図16から明らかなとおり、再塗装によって元々の値よりも低い値の良好な摩擦係数を示すことおよび耐久性が向上することが確認できた。また、図17(A)は、再塗装前の別の試験片(TF50)の摩擦係数の変化を示すグラフ、図17(B)は、再塗装をした後の摩擦係数の変化を示すグラフである。図17から明らかなとおり、再塗装によって別の試験片でも良好な摩擦係数を示すことが確認できた。また、図16(B)からみて再塗装をするときの摩擦係数の規定値は0.15〜0.18程度が好ましいと考えられる。
【0073】
以上の説明は、本発明の実施の形態についての説明であって、この発明の装置及び方法を限定するものではなく、様々な変形例を容易に実施することができる。又、各実施形態における構成要素、機能、特徴あるいは方法ステップを適宜組み合わせて構成される装置又は方法も本発明に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明を適用することによって、フッ素樹脂膜を潤滑皮膜として、プレス加工が繰り返し行えるように金型の耐久性を高めるとともに、チタン部材やマグネシウム合金部材といった難加工金属部材について、ドライ加工を行えるようになる。
【符号の説明】
【0075】
1…ダイス、2…ブランクホルダ、3…パンチ、5…フッ素樹脂膜、10…プレス加工装置、11…金属板、1a,2a…微細凹凸部、P1、P3、P5、P7、P9、P11…頂上部、P2、P4、P6、P8、P10…底部。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金型を用いた金属部材のプレス加工方法であって、
最大表面粗さが3μm以上25μm以下の微細な凹凸を備えた微細凹凸部を前記金型の表面における前記金属部材と接する部分の少なくとも一部分に形成し、
前記最大表面粗さを越える厚さのフッ素樹脂膜を前記微細凹凸部に形成してプレス加工用金型を製造し、
前記フッ素樹脂膜が前記金属部材と直に接触するように前記プレス加工用金型を用いてプレス加工を行うことを特徴とする金属部材のプレス加工方法。
【請求項2】
前記金型が超硬合金鋼からなるときは最大表面粗さが3μm以上10μm以下になるようにして前記微細凹凸部を形成し、前記金型が前記超硬合金鋼以外の鋼からなるときは最大表面粗さが10μm以上25μm以下になるようにして前記微細凹凸部を形成することを特徴とする請求項1記載の金属部材のプレス加工方法。
【請求項3】
前記プレス加工を繰り返し行うときに前記微細凹凸部にフッ素樹脂を塗布することを特徴とする請求項1または2記載の金属部材のプレス加工方法。
【請求項4】
温度範囲が10℃からフッ素樹脂の連続使用最高温度の範囲に設定された常温から温間域で前記プレス加工を行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の金属部材のプレス加工方法。
【請求項5】
金属部材のプレス加工に用いるプレス加工用金型であって、
前記金属部材と接する部分の少なくとも一部分に形成された最大表面粗さが3μm以上25μm以下の微細な凹凸を備えた微細凹凸部と、
前記微細凹凸部に形成されたフッ素樹脂膜とを有し、
前記フッ素樹脂膜が前記微細凹凸部の表面に密着していることを特徴とするプレス加工用金型。
【請求項6】
前記微細凹凸部は、前記金型が超硬合金鋼からなるときは最大表面粗さが3μm以上10μm以下に形成され、前記金型が前記超硬合金鋼以外の鋼からなるときは最大表面粗さが10μm以上25μm以下に形成されていることを特徴とする請求項5記載のプレス加工用金型。
【請求項1】
金型を用いた金属部材のプレス加工方法であって、
最大表面粗さが3μm以上25μm以下の微細な凹凸を備えた微細凹凸部を前記金型の表面における前記金属部材と接する部分の少なくとも一部分に形成し、
前記最大表面粗さを越える厚さのフッ素樹脂膜を前記微細凹凸部に形成してプレス加工用金型を製造し、
前記フッ素樹脂膜が前記金属部材と直に接触するように前記プレス加工用金型を用いてプレス加工を行うことを特徴とする金属部材のプレス加工方法。
【請求項2】
前記金型が超硬合金鋼からなるときは最大表面粗さが3μm以上10μm以下になるようにして前記微細凹凸部を形成し、前記金型が前記超硬合金鋼以外の鋼からなるときは最大表面粗さが10μm以上25μm以下になるようにして前記微細凹凸部を形成することを特徴とする請求項1記載の金属部材のプレス加工方法。
【請求項3】
前記プレス加工を繰り返し行うときに前記微細凹凸部にフッ素樹脂を塗布することを特徴とする請求項1または2記載の金属部材のプレス加工方法。
【請求項4】
温度範囲が10℃からフッ素樹脂の連続使用最高温度の範囲に設定された常温から温間域で前記プレス加工を行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の金属部材のプレス加工方法。
【請求項5】
金属部材のプレス加工に用いるプレス加工用金型であって、
前記金属部材と接する部分の少なくとも一部分に形成された最大表面粗さが3μm以上25μm以下の微細な凹凸を備えた微細凹凸部と、
前記微細凹凸部に形成されたフッ素樹脂膜とを有し、
前記フッ素樹脂膜が前記微細凹凸部の表面に密着していることを特徴とするプレス加工用金型。
【請求項6】
前記微細凹凸部は、前記金型が超硬合金鋼からなるときは最大表面粗さが3μm以上10μm以下に形成され、前記金型が前記超硬合金鋼以外の鋼からなるときは最大表面粗さが10μm以上25μm以下に形成されていることを特徴とする請求項5記載のプレス加工用金型。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【公開番号】特開2011−200912(P2011−200912A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70763(P2010−70763)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【出願人】(592243003)日建塗装工業株式会社 (6)
【出願人】(510082455)
【出願人】(510083717)
【出願人】(510083706)
【出願人】(000191009)新東工業株式会社 (474)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【出願人】(592243003)日建塗装工業株式会社 (6)
【出願人】(510082455)
【出願人】(510083717)
【出願人】(510083706)
【出願人】(000191009)新東工業株式会社 (474)
【Fターム(参考)】
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