説明

金属酸化物を含むへテロ構造の作製法及び該金属酸化物の製造法

【課題】金属酸化物、特に、結晶性金属酸化物を用いるナノスケールのヘテロ構造を、欠陥の形成や結晶構造の損傷を抑制し、該金属酸化物の特性を引き出す物質とその製造法を得ること目的とする。
【解決手段】従来行われてきたエッチングによる作製法と異なり、ナノスケール物質の原子的引力を制御した接着によりヘテロ構造を作製する。即ち、ナノスケールの構造または形状賦与した、金属酸化物または別の物質からなる物体を作製して、該金属酸化物と該物体を接触させる。該金属酸化物は、表面を活性酸素により強酸化したものである。一方、該物体は、表面の酸化膜等の反応層や吸着層を除去して、表面が仕事関数が5.0eV以下の共有結合性物質であるものである。これにより、金属酸化物、特に、結晶性金属酸化物のナノスケールのヘテロ構造を、結晶構造の損傷と酸素欠陥の生成、及び相互拡散による特性劣化を抑制しつつ、生産性高く形成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属酸化物、特に、結晶構造に敏感な結晶性金属酸化物を用いる集積回路素子のための、微小へテロ構造の製造に関する。また、副次的に、これらの結晶性金属酸化物を利用する排気浄化装置や化学産業の触媒の高特性化に関する。
【背景技術】
【0002】
結晶性金属酸化物を用いる集積回路素子の高機能化や多機能化が望まれ、非特許文献1に解説されているように、その微小構造が形成されている。例えば、強誘電体は、自発分極と呼ばれる外部電場で反転可能な分極を有し、自発分極を用いる集積回路型の不揮発記憶素子が実用化されている。特に、強誘電体金属酸化物は、焦電性や圧電性や誘電性を合わせもち、この特性が高いため、焦電材料、圧電材料、誘電材料(キャパシタ材料)として広く用いられている。これらの応用では、電極と強誘電体の積層構造、半導体と強誘電体の積層構造のように、一般に、異なった物性を持つ異種物質からなる構造が必須であり、以下、この構造をヘテロ構造と呼ぶ。また、異種物質とは、化学式の異なる物質、例えば、チタン酸鉛(PbTiO)とチタン、酸化チタンとシリコン等を指す。
【0003】
結晶性金属酸化物の典型的な例は、強誘電体金属酸化物であり、その例は、PbTiO、PZTと略称されるPb(Ti,Zr)O、チタン酸バリウム(BaTiO)、ニオブ酸リチウム(LiNbO)等である。その結晶構造は、ぺロブスカイト型、イルメナイト型やパイクロア型結晶構造等である。このような結晶構造を持つ結晶性金属酸化物には、触媒活性、光触媒活性、磁性を示す物もあり、電子産業や化学工業、自動車の排気ガス浄化やエンジンの発火素子等に広く用いられている。しかし、強誘電体やこれらの結晶性金属酸化物の特性は、結晶構造に極めて敏感である。
【0004】
前記金属酸化物を用いて、さらに集積化し特性向上や多機能化をするには、非特許文献1に説明されているよう、材料開発や薄膜形成法の改良と、ナノスケールのへテロ構造の形成法の進展が必要である(ナノスケールとは10億分の1メーター(nm)を基本とする大きさ、典型的には、1nm−900nm程度の大きさを指す)。この課題の解決は、出願者の特許文献1の素子の集積度向上にも不可欠である。
【0005】
従来の微小構造形成法は、レジストとエッチングを組み合わせる方法が一般的である。エッチング法には、硝酸や塩酸などの液体状の酸を用いるウェットエッチングが知られているが、ナノスケールのヘテロ構造を形成することは極めて困難である。また、イオンビームやプラズマなどの高い運動エネルギーを持つ原子やイオンを利用する物理的エッチングが知られている。しかし、この方法は、出願者らの特許文献2や非特許文献2に示されているよう、金属酸化物のエッチング速度が遅く、レジストのエッチング速度が高いためにレジストを厚くせざるを得ず、微小構造を形成しにくい。その他の方法には、反応性プラズマエッチングがあり、特にシリコン半導体に対して有効である。シリコンに有効な理由は、このプラズマの成分とシリコンが反応してできる化合物の沸点が低いため、気体として飛散するためである。このような特別な反応性ガスを金属酸化物に対して見つけるのは一般には困難なため、反応性プラズマエッチングも、金属酸化物のナノスケール構造形成に十分な方法とはなっていない。レジストを用いない方法には、収束イオンビーム(FIB)を用いる直接加工法があるが、生産性が低く、上述のイオンビームエッチングと同様に金属酸化物のエッチング速度が低いという問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許5418389号
【特許文献2】特開平7−94493
【特許文献3】特開平9―153462号広報
【特許文献4】特開2009―179534号広報
【特許文献5】特開2003―163082号広報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】岡本、表面技術 56、863(2005)
【非特許文献2】渡部ら、Applied Surface Science 207,287(2003)
【非特許文献3】内橋ら,Physical Review B56,9834(1997)
【非特許文献4】塚田、“仕事関数”ISBN4―320−03204−7(共立出版)(1983)88頁89頁 表5−2
【非特許文献5】Ternes al.,Science 319,1066(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のように、結晶性金属酸化物は結晶構造や酸素欠陥に敏感であるため、従来の微細加工技術では、損傷による特性劣化が問題になる。これらの問題は、形成しようとする構造が小さくなる程重大になり、特に、ナノスケール構造では深刻である。また、この問題は、結晶性金属酸化物のへテロ構造の形成に用いる電極や半導体の微細加工でも問題になる。何故ならば、この工程による電極や半導体の特性の劣化が問題にならなくても、ナノスケールのヘテロ構造では、回り込みによる電極の下や半導体の下の結晶性金属酸化物の劣化が無視できないためである。この問題は、特に、強誘電体のように、結晶性金属酸化物が、複数の金属元素から構成される場合(結晶性複合金属酸化物)には深刻である。また、結晶性金属酸化物が強誘電体などの絶縁性が重要な物質の場合に、該金属酸化物を除去しない加工を行うと、電極周辺の該金属酸化物が損傷し絶縁性が低下し、リーク電流が生じることも問題である。
【0009】
また、ぺロブスカイト型金属酸化物等の結晶性複合金属酸化物は、近年、排気ガス処理と環境問題の解決や、環境に配慮した物質合成の手段の触媒として注目されている。触媒作用は、これらの金属酸化物の表面で起こり、その表面の原子から自由空間に広がる電子軌道が重要であるため、これらの電子軌道の活性、即ち、化学結合性を向上することが重要である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
〔本発明の原理〕出願者らは、金属酸化物の表面に活性酸素を照射し(以下強酸化と呼ぶ)、該金属酸化物上の酸素が表面に露出した状態を作った。酸素が表面に露出した状態は、化学的に活性になっていると考えられる。一方、共有結合性物質の表面の酸化膜等の反応層と吸着物を除去して、この共有結合性物質の構成元素が表面に露出する状態にした。このような表面は、一般に、表面の再構成が起り、ダングリングボンドと呼ばれる電子軌道が顕わにならない状態で存在していると考えられる。実施例に詳述するよう、この両者を接触させるだけで、両者間の引力が飛躍的に高くなって化学結合ができ(図1)、ナノスケール構造が形成されることを発見した(図2)。また、実施例(図1)に詳述するように、前記共有結合性物質の表面を酸化することで、この引力を制御できることを発見し、この化学結合性に選択性を持たせられることを解明した。さらに、このヘテロ構造の形成は、前記金属酸化物上の表面が原子レベルに揃った結晶性を保つことを見出した。加えて、本発明の処理を行った表面の結合性が、大気中でもある程度保持されることを見出し、本発明に至った。尚、本発明で用いる該共有結合性物質は、酸化されやすいことが必要であるので、以下では、共有結合性物質とは、“仕事関数の低い共有結合性物質”に限定する。さらに、以下では、表面とは、最表面の原子層と同じ意味であるとする。
【0011】
これらの発見により、従来行われてきたエッチングによる作製法と原理的に異なる、原子的接着によるヘテロ構造作製という新しい方法が可能になる。即ち、本発明の原理は、前記金属酸化物と前記共有結合性物質で形成されるナノスケールのへテロ構造を形成する際に、酸素結合を媒介とした化学結合性の引力を”糊”として制御し、原子レベルで接触させることである(図2)。これにより、簡単で損傷が起こらない工程で、ナノスケールの構造が形成できる。該金属酸化物の表面の化学結合性の増強は、不純物を排除した雰囲気中で、該金属酸化物の表面を強酸化することで達成する。一方、共有結合性物質の表面の吸着物と酸化膜等の反応層の除去には、不純物を排除した雰囲気が好適である。以下、前記のように限定された共有結合性物質から、吸着物と酸化膜等の表面反応層を除去した物質を、“清浄共有結合性物質”と呼ぶことにする。以上のようにして、該共有結合性物質表面の共有結合性原子と該金属酸化物表面の酸素を顕わにし、該共有結合原子と該酸素の化学結合で該共有結合性物質と該金属酸化物を結合させる。次いで、所望の場所にのみ、この両物質を原子レベルで接触させる、または、所望の場所のみ結合性を高めて、この両物質を原子スケールで接触させて、ヘテロ構造を形成する。即ち、上記の表面を調整することで、金属酸化物と共有結合性物質の結合と、堆積の選択性を制御できる。尚、該ヘテロ構造形成後に、加熱処理して結合を強化し安定化してもよい。
【0012】
より一般的には、前記金属酸化物は、表面が“清浄共有結合性物質”である物質とヘテロ構造を形成できる。即ち、金属酸化物と共にヘテロ構造を形成する物質は、その表面に酸化膜等の他物質との反応層が形成されておらず、該金属酸化物表面の酸素と安定な化学結合を形成しやすいことが重要である。このような表面を形成できる物質には、共有結合性物質としては、金属や半導体、化合物半導体等の中で、仕事関数が低い物質が含まれる。尚、半導体の仕事関数は、不純物純度により異なるため、以下では、半導体の仕事関数は、電子キャリヤ型(n型)にした場合の仕事関数と定義する。共有結合性物質(仕事関数が低く酸化されやすい)の例は、シリコン、ゲルマニウム等の半導体元素、チタン、ジルコニウム、鉄、マンガン、バナジウム等の酸化されやすい遷移金属元素、マグネシウム、ベリリウム、亜鉛等の金属元素とこれら元素からなる合金化合物である。また、ガリウム砒素、アルミニウム砒素などの三五族と呼ばれる化合物半導体、硫化亜鉛などの二六族と呼ばれる半導体も含まれる。このように酸化されやすい物質は、非特許文献4において仕事関数が5eV以下、好ましくは、4.5eV以下である。さらに、殆どの部分が酸化物であっても、表面近傍から酸素を除去して最表面の原子層が殆ど共有結合性物質と見なせる場合は、上記の共有結合性物質と同様に用いられる。例えば、表面から酸素を除去してチタンや亜鉛原子で覆われた表面を持つ酸化チタンや酸化亜鉛は、チタンまたは亜鉛と見なせる。同様に、化合物の表面原子層が、主に、仕事関数が低い元素から構成されている場合には、該元素から構成される共有結合性物質と看做すことができる。例えば、三五族や二六族の化合物半導体であって、表面原子層が、主に周期律表の三族または二族の金属元素から構成されていれば、この該化合物半導体は、酸素との反応性が高い三族または二族の共有結合性物質と同様に用いることができる。尚、仕事関数の値は実験により異なるが、本発明で用いる金属の仕事関数は、非特許文献4の値で定義されるとことする(半導体は上記の定義を用いる)。非特許文献4には、室温で固体でない元素の仕事関数値がない。これらは、共有結合性物質に含めない。
【0013】
このように、本発明のナノスケール構造形成法は、損傷を与える工程が極めて少ないため、金属酸化物、特に、結晶性複合金属酸化物等の結晶性金属酸化物の高い機能を維持したまま、任意の所望の場所にナノスケールのヘテロ構造を形成できる。特に、酸化されていない清浄で鋭利な先端が、自動的に繰り返しできることを発見したため、図2のような鋭利な先端のまま、同一の先端で堆積を繰り返して行える(実施例で説明)。また、本発明は、該金属酸化物の表面の結晶構造を劣化させずに、該表面の化学結合性を増強できるため(図1)、金属酸化物触媒の活性化にも利用できる。尚、非特許文献3では、シリコン同士を超高真空中で接触させると結合することが報告されているが、本発明と異なりナノスケール構造の形成が報告されておらず、またできるとしても、同種物質であるため産業上の有用性が少ない。また、非特許文献5では、非酸化物上の原子を探針で移動させることが報告されているが、本発明の原理や方法と異なる。
【0014】
本発明では、結晶性金属酸化物の酸素が表面に露出した状態を作る手段として、活性酸素を該金属酸化物の表面に照射する。ここで、酸素以外の気体が該金属酸化物の表面に吸着や反応することを阻止するため、酸素と不活性気体(希ガス)以外の気体元素を排除する雰囲気にする。この様な雰囲気としては、真空度が十分高くできる密閉型の容器を真空にしたり、酸素と不活性ガスで満たした容器等が例示できる。好ましい施工例としては、まず真空度が十分高くできる真空槽を一度高真空度に排気する。その後、同真空槽内に高純度の酸素を流し、該金属酸化物を搬入し、該金属酸化物の表面に対して、化学的に活性な酸素を照射する。この酸素の運動エネルギーは、該金属酸化物の表面がエッチングまたはスパッターされたり加熱されるエネルギーより十分低くする。尚、アルゴン、ネオン、ヘリウム等の希ガスは、該金属酸化物と化学結合しないため、混合しても問題ない。
【0015】
前記活性酸素とは、好ましくは、原子状の中性酸素(O)、オゾン(O)、次いで励起状態の中性酸素分子(O)である。原子状の酸素は、真空中で酸素をマイクロ波にさらすことで生成できる。この例は、磁場中の電子のサイクロトロン運動のマイクロ波共鳴吸収を利用するECRラジカル発生源であり、図3のように真空排気システムに組み込で使う。尚、オゾンを用いてもよいが、爆発を防止する措置が必要である。また、酸素分子イオンや酸素原子イオンは、電場で加速されるため、金属酸化物表面に損傷を与える可能性があるが、運動エネルギーを適切に制御すれば同様の効果が期待できる。エッチングやスパッターが起こらない程に低い運動エネルギーの目安は、約100eV、好ましくは50eV以下である。低運動エネルギーの利用により、表面加熱を抑制し低融点元素の欠損を回避できる。高運動エネルギー酸素イオンの効果を積極的に使う場合には、イオンを試料に対して斜めから入射させることも有効である。本処理の前に、大気圧近傍または大気圧以上の高純度酸素雰囲気中、高温で該金属酸化物を加熱処理して結晶性を高めることも有効である。へテロ構造形成後に行う加熱処理は、拡散を抑制するため、急速加熱が好ましく、相互拡散が問題にならない温度以下が好ましい。
【0016】
本発明は、金属酸化物一般に用いられる。典型的な例は、ABO(A:Ca,Sr,Ba,Pb、Bi,Li,K, B:Ti,Zr,Nb,Ta,Fe等の遷移金属)で表されるぺロブスカイト結晶構造やイルメナイト結晶構造の強誘電体や誘電体の結晶性複合金属酸化物である。より具体的には、代表的強誘電体であるBaTiO(チタン酸バリウム)と混晶(Ba,Sr)TiO、Pb(Ti,Zr)O(PZT)等で、Pb(Zn1/3Nb2/3)Oなどリラクサー強誘電体も含まれる。また、YBaCu,Bi(Sr,Ca)Cu2O等の超伝導体が例示できる。これらの形状は、薄膜、単結晶、焼結体、粉体でもよい。本発明の活性酸素の利用自体は、先行特許3〜5のように、炭化水素やレジスト残余物の除去に用いられているが、効果が異なる。即ち、本発明により初めて、活性酸素照射により、化学結合性引力が制御できることと接触させるだけでナノスケールのヘテロ構造が形成できることが発見された。
【0017】
本発明では、前記共有結合性物質と前記金属酸化物と結合させるには、該共有結合性物質の表面の構成元素が他の物質と結合してない状態にする必要がある。このため、該共有結合性物質の表面の酸化膜、窒化膜、酸化窒化膜等の反応層や吸着層の除去が必要である。これには、超高真空中の瞬間加熱処理(フラッシング加熱)やプラズマエッチング等を用いることができる。該共有結合性物質が金属や多結晶シリコン等、欠陥や構造に敏感でない場合には、上述の従来のエッチング方法で、反応層除去と微細加工を同時に行うことできる。即ち、上述の硝酸や塩酸フッ酸等の酸を用いるウェットエッチング、プラズマエッチング(酸素を含まないプラズマを用いる。窒素等共有結合性物質と反応して安定な化合物を形成するプラズマも好ましくない)、反応性プラズマエッチング、イオンビームエッチング(酸素や窒素を含まないイオンを用いる、例えばアルゴンイオンが好ましい例である)等の物理的化学的エッチングが利用できる。特に、フッ酸処理はシリコン酸化膜などの強固な反応層を除去できるため、反応性プラズマエッチングや物理的エッチングの前処理として一般的である。これらのエッチング処理では、不純物が混入しないように、高純度のガスや酸を用い、真空槽は十分真空度が高く排気できるものが好適である。
【0018】
前記原理による、前記清浄共有結合性物質と、前記酸素が表面に露出した金属酸化物を用いる、ヘテロ構造形成法は、以下のように分類にされる:1.該金属酸化物上の該共有結合性物質の形成、または、該共有結合性物質上の該金属酸化物の形成、2.板状物質からの堆積、または、ナノスケールの粒子の堆積。3.ナノスケール粒子の移動に、化学結合性を制御した探針を用いるか否か(該粒子が金属酸化物なら、酸化の度合い等で表面を制御した共有結合性物質の探針、該粒子が清浄共有結合性物質なら、表面が酸化や窒化された探針を用いる。これらの探針を故意に吸着物で汚して引力を低下させてもよい。また、引力を小さくするには、該探針の先端の曲率半径を小さくすることも有効である)。この結果、本発明のヘテロ構造形成には、以下の6通りの方法が例示される。図4は、共有結合性物質からなる探針で、金属酸化物のナノスケール粒子を移動し堆積する例である。まず、ナノスケール粒子に該探針を接触させ(工程4a、工程4b)、該探針を引き上げて(工程4c)、ヘテロ構造を形成する位置に該探針を下げて、該粒子を該位置の物質に接触させた後に、該探針を引き上げれば、ヘテロ構造が形成できる。この場合、該探針が該粒子を引き上げられる引力を持ちつつ、その引力が該位置の物質と該粒子の引力より十分弱いように、該探針の表面の反応層(酸化膜や窒化膜等)の状態や吸着層を調整する。図4の例では、該探針の表面を酸化させて化学結合性引力を調整している。尚、図4で該粒子を一時的に乗せる下地の表面は、該粒子と化学結合しにくいもの(例えば金や安定な窒化物)で覆われた面が好ましい。該粒子が前記金属酸化物である場合は、この表面は酸化物でもよい。また、以下の第1,4、5、6の方法では、共有結合性物質を微細加工して用いるが、共有結合性物質は金属酸化物に比べ微細加工し易い。さらに、上記の6つの方法は、金属酸化物の微細加工がなく、金属酸化物が堆積された状態での共有結合性物質の微細加工もないため、特に、該金属酸化物の劣化を回避できる。
【0019】
第1の方法は、巨視的な大きさの金属酸化物上を、ナノスケールに鋭利な先端を持つ清浄共有結合性物質で走査し、所望の位置で、接触させ離すことを繰り返す(図2)。例えば、Lの字型のナノスケールへテロ構造を形成する場合、該金属酸化物上で該清浄共有結合性物質をLの字に動かし、該金属酸化物への接触と隔離(工程2a〜工程2d)を繰り返す。尚、このナノスケールの先端部分は、繰り返し使うことができる。これは、実施例が示すよう、工程2cから2dで、この先端部分が原子スケールで延伸されながら隔離するために、高真空中では、清浄で酸化されていない鋭利な先端が形成されるためである。また、ナノスケールの探針を集積化すれば、生産性を高められる。例えば、図5の例では、42個の探針が集積されており、図2と同様の工程で42個のLの字のへテロ構造を一度に形成できる。さらに、材料の異なる清浄共有結合性物質で、ナノスケール探針を集積化すれば、場所毎に構成物質が異なるへテロ構造ができる。例えば、図6に示す2種類の集積化したナノスケール探針を逐次、前記金属酸化物に接触させて引き離せば、図7のように2種類の材料からなるへテロ構造が一度に形成できる。この第1の方法と逆に、巨視的な大きさの清浄共有結合性物質上を、鋭利な先端形状の金属酸化物で走査する方法もありえる。また、上記のナノスケールに鋭利な先端の条件は、該先端の曲率半径の2倍が、作製しようとするナノスケールの構造体の最短部分の長さ以下であることである。
【0020】
第2の方法は、酸素が表面に露出した金属酸化物を作る際に、該金属酸化物上のヘテロ構造を形成する場所のみ、強酸化する。例えば、所望の場所のみ活性酸素を照射する(図8、9)。具体的には、所望の位置のみ空けたマスク越しに活性酸素を照射する(工程8a)、または、収束したビーム状活性酸素を低運動エネルギーで照射する(工程9a)。このようにして、所望の場所のみ酸素が表面に露出した状態にし(工程8b、工程9b)一方、前記共有結合性物質の表面は一様に酸化膜等の反応層を除去し清浄化する(工程8c、工程9c)。このように処理した面を相互に接触させて(工程8d、工程9d)引き離せば、所望のパターンができる(工程8e、工程9e:裏返ったコの字がヘテロ構造)。本第2の方法は容易であるが、精度よくヘテロ構造を作るには、該共有結合性物質が、弱い力で変形したり引きちぎられやすい物質であることが好ましいという制限がある。
【0021】
第3の方法は、第2の方法の平板状の共有結合性物質(図8b)に代えて、粒子状の共有結合性物質を、金属酸化物上に散布し、その後、結合の弱い粒子を外力で除去する(図10)。即ち、マスク越しの活性酸素照射等により(工程10a、工程9a)、所望の場所のみに、酸素が表面に露出した状態を得る(工程10b)。次いで、ナノスケール粒子状の共有結合性物質の酸化膜等の表面から反応層を除去し清浄化し、該ナノスケール粒子を該金属酸化物上に一様に散布する(工程10c、工を程10d)。この後、結合の弱い粒子を外力で除去すると、所望の場所のみ該粒子が残り、ヘテロ構造が形成される(工程10e)。外力の例は、粒子に静電気を帯電させて利用する静電気力、ガス吹き付けの圧力がある。尚、該粒子が鉄、コバルト等の強磁性体またはフェリ磁性体の場合は、結合の弱い該粒子を磁場で除去できる。また、図4の方法で、探針(図4、5、6)を用いて、ヘテロ構造部分以外の粒子を除去してもよい。また、該ナノスケール粒子の直径は、作製しようとするナノスケールの構造体の最短部分の長さ以下であることである。
【0022】
第4の方法は、予め、共有結合性物質をヘテロ構造の形状に微細加工し、一方、金属酸化物の表面を一様に強酸化する。それ以降は、第2の方法と同様である(図11)。即ち、該金属酸化物に活性酸素を低運動エネルギーで照射する(工程11a)、(工程11b)。一方、レジストなどを用いたリソグラフィー(工程11c)で、該共有結合性物質の表面に、目的とする形状の鏡像対称の形状を形成し、その表面の酸化膜等の反応層を除去し清浄化する(工程11d)。図11の例では、工程11dのコの字型の部分も共有結合性物質である。これらの処理した面同士を接触させて(工程11e)、引き離せば、所望のパターンができる(工程11f)。ヘテロ構造の損傷を防ぎ形状精度を向上するには、該共有結合性物質の側面図(図12)のように、工程11dの構造が、細い接合部を持つ状態を作ることが有効である。即ち、図12では、ヘテロ構造の底の部分が細い。尚、第4の方法と類似の別法がある。即ち、工程11cに代えて、まず、共有結合性物質の表面を酸化し、工程11dに代えて、ヘテロ構造を形成する所望の場所のみ、酸化膜等の反応層を除去する。必要に応じて、この反応層除去部分を、プラズマやイオン照射で清浄化する。それ以外の工程は第4の方法(図4)と同様である。また、図6を用いて図7を得るのと同様に、第4の方法で材料の異なる清浄共有結合性物質を用いれば、複数の材料からなるヘテロ構造ができる。例えば、図13は2種類の清浄共有結合性物質を用いる例であり、図11において、工程11dを工程13d1と工程13d2に代え、工程11eを工程13e1と工程13e2に代えれば、所望のヘテロ構造(工程13f)ができる。
【0023】
第5の方法は、第3の方法での共有結合性物質と金属酸化物の役割を入れ替えるものである(図14)。即ち、共有結合性物質の表面全面を酸化し(工程14a)、ヘテロ構造を形成する所望の場所のみ、プラズマエッチング等により、酸化膜等の反応層を除去する(工程14b)。尚、必要に応じて、プラズマやイオン照射による清浄化を追加する。一方、金属酸化物のナノスケール粒子を合成し、その表面を、活性酸素照射により強酸化する。次いで、該ナノスケール粒子を該共有結合性物質に一様に散布する(工程14d)。この後、結合の弱い粒子を外力で除去すると、所望の場所のみ粒子が残り、ヘテロ構造が形成される(工程14e)。外力の例は、粒子に静電気を帯電させて利用する静電気力、ガス吹き付けの圧力がある。該粒子が強磁性体またはフェリ磁性体の場合は、結合の弱いナノスケール粒子を磁場で除去できる。また、図4の方法で、探針(図4、5、6等)を用いて、ヘテロ構造部分以外の粒子を除去してもよい。尚、共有結合性物質の形状は任意で、工程14aのように、集積回路の配線や基板の所望の部分を共有結合性物質で覆ったものでよい。
【0024】
第6の方法は、第3第5の方法でのナノスケール粒子の散布に代えて、図4の方法で、ナノスケール粒子を所望の位置に堆積する。以下では、金属酸化物のナノスケール粒子を共有結合性物質に堆積する場合を例示するが(図15)、逆に、共有結合性物質のナノスケール粒子を金属酸化物に堆積する場合も同様である。まず、共有結合性物質の表面の酸化膜等の反応層を除去し清浄化する(工程15a)。この反応層の除去と清浄化は、ヘテロ構造を形成する位置のみでもよい。一方、目的とするヘテロ構造の形状に対応する集積化ナノスケール探針を用意し(図16a)、その先端の化学結合性を表面酸化膜や吸着物で調整する(工程15b)。金属酸化物のナノスケール粒子を合成し、その表面を、活性酸素照射より強酸化する(工程15c)。この該粒子と該先端の間の化学結合性引力により、該粒子を該先端に吸着させる(工程15d、工程15e、図16b)。該粒子を該先端ごと、該共有結合性物質に接触させてから、該先端を引き離せば(工程15f)、所望のヘテロ構造が形成できる(工程15f)。該粒子と該先端間の化学結合性引力は、該粒子と該共有結合性物質表面の結合より十分弱く、且つ、該粒子がその移動中に該先端から離れない程度調整する必要がある。尚、共有結合性物質の形状は任意で、工程15aのように、集積回路の配線や基板の所望の部分を共有結合性物質で覆ったものでよい。また、図16aのような集積化ナノスケール探針に代えて、目的とする構造の集積構造(工程11d等)で該粒子を移動して、ヘテロ構造(工程15f)を形成してもよい。また、上記集積化ナノスケール探針の先端の曲率半径の2倍及びナノスケール粒子の直径は、作製しようとするナノスケールの構造体の最短部分の長さ以下であることが好ましい。
【0025】
上記の第1〜6の方法は2層のヘテロ構造の作製法であり、物質を代えてこの方法を繰り返したり組み合わせる、または、従来の微小構造形成法と組み合わせることで、3層以上で構成されるヘテロ構造が形成できる。例えば、前記金属酸化物は、電極用金属等(図17a)に形成した薄膜でもよい。これに、第1〜6の方法を用いれば、3層で構成されるテロ構造が形成できる。尚、図17aの3本の配線のように、予め所望の形状に微細加工したものでもよい。さらに、この上に従来の微細加工法で他の物質を形成してもよい(図17b、図17c)。図17bは、絶縁膜上に、共有結合性物質を形成し、第1、5、6の方法(図2、14、4、15)等で、前記金属酸化物を堆積し、層間絶縁膜を堆積し、該金属酸化物上の層間絶縁膜にコンタクトホールを空け、その上に配線用の導体を形成した例である。図17cは、基板上に、金属酸化物を堆積し、次いで、第3、4、6の方法(図10、11、4、15)等で、共有結合性物質を堆積し、層間絶縁膜を堆積して、該金属酸化物上の層間絶縁膜にコンタクトホールを空け、その上に配線用の導体を形成した例である。尚、層間絶縁膜は、絶縁性のフォトレジストでもよい。また、図17dのように、各層を第1〜6の方法で形成することも可能である。図17dでは、絶縁性酸化物の表面を強酸化し、清浄共有結合性物質を堆積し、強酸化した金属酸化物を堆積し、清浄共有結合性物質を堆積する。
【0026】
本発明の中心的原理である表面の化学結合性引力は、真空、好ましくは、超高真空で十分長期間保持される。このため、同一真空中で第1〜6の方法を行うことが好ましい。本発明に用いる装置構成の例は、真空槽、真空ポンプ、ECRラジカル発生源等の活性酸素発生源、これらの発生源に酸素の流量を制御しつつ供給するシステムと試料搬送移動機構からなる。本発明に用いる酸素ガスは、できるだけ純度が高いものが好ましく、市販の酸素から水分や一酸化炭素や二酸化炭素等の不純物を除くために、純化装置を用いてもよい。真空ポンプは、高真空対応の真空ポンプが好ましく、ターボポンプシステムが一般的である。その他、クライオポンプや油拡散ポンプ、イオンポンプ、ノーブルポンプ、ダイア不ラムポンプも用いてもよい。この真空槽は、真空度の到達が高い方がよく、酸素ガスを流さない状態(バックグラウンド真空)が百分の1パスカル以下であることが好ましい。また、ガスの流量も高くすることが好ましいが、ラジカル源が稼動する真空度にするためには、真空ポンプの排気能力が高いことが必要である。酸素の純化は、不純物ガスの融点より低い温度を用いて除去する方法が知られている。
【発明の効果】
【0027】
本発明は、従来行われてきたエッチングによる作製法と原理的に異なる、原子的引力を制御した接着によるヘテロ構造作製という新規な方法を提供する。本方法は、金属酸化物、特に、結晶性複合金属酸化物等の結晶性金属酸化物のナノスケールのヘテロ構造を、酸素欠陥等の欠陥の生成や結晶構造の損傷を最小限にし、隣接物質との相互拡散を抑制しつつ形成できる。また、結晶性金属酸化物の表面の結晶構造を劣化させずに、化学結合性を増強できるため(図1)、金属酸化物触媒の活性化にも利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の原理:金属酸化物と共有結合性物質の間の引力の表面酸化処理依存性
【図2】本発明でのヘテロ構造作製の原理
【図3】本発明に用いる装置例
【図4】本発明によるナノスケール粒子の移動操作とヘテロ構造作製の原理
【図5】図2の原理でのヘテロ構造作製の生産性を上げるための集積探針構造の例
【図6】図5の集積探針構造を、2種類のヘテロ構造を作製する場合に拡張するための集積探針構造の例
【図7】図6の集積探針構造用いて作製するヘテロ構造の例
【図8】図2の原理を利用した第2のヘテロ構造作製方法の例
【図9】図2の原理を利用した第2のヘテロ構造作製方法の例
【図10】図2の原理を利用した第3のヘテロ構造作製方法の例
【図11】図2の原理を利用した第4のヘテロ構造作製方法の例
【図12】清浄共有結合性物質の微細構造を作りやすくする方法の例(微細構造がとれ易いようにした)
【図13】第4のヘテロ構造作製で、2種類のヘテロ構造を作製する方法の例
【図14】図5の原理を利用した第6のヘテロ構造作製方法の例
【図15】図2、4の原理を利用した第6のヘテロ構造作製方法の例
【図16】図15の工程15a15eの拡大図
【図17】a:配線上に、金属酸化物の薄膜を形成した例,b:複数の層からなるヘテロ構造の例,c:複数の層からなるヘテロ構造の例,d:複数の層からなるヘテロ構造の例
【図18】実施例に用いた装置構成
【図19】探針の清浄性を示すシリコンの原子像(夫々の明るい点がシリコン原子)
【図20】活性元素の主体が酸素原子であることを示す分光測定
【図21】強酸化処理後の試料表面形状の断面解析
【図22a】実施例でのT字型配列の各点の形成順序
【図22b】本発明の方法で作製したT字型に配列したヘテロ構造の形状(600nm平方の領域を原子間力顕微鏡で測定)
【図22c】図22bと同じ領域の表面電位顕微鏡像
【図23a】強酸化処理後、超高真空中30日間保持した後のフォースディスタンス曲 線
【図23b】強酸化処理後に大気中に測定した30μm平方の領域の表面形状像
【図24】図1図2の原子間結合での説明。Mが金属元素、Oが酸素、Sが共有結合性元素
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0029】
〔実施例1〕図18のように、試料搬入真空槽、処理用真空槽、測定用真空槽の3つの真空槽が連結された装置(日本電子製超高真空原子間力顕微鏡システムJSPM4610)の処理用真空槽に、アリオス株式会社製ECRラジカル発生源を取りつけた。これらの装置間の試料と探針の移動は、真空を破ることなく(同一真空中)行い、試料を処理用真空槽を経由して測定用真空槽に搬入した。測定用真空槽は、一億分の一パスカルの真空度に保持して以下を行った。以下、測定用真空槽は、常に1億分の1パスカルの超高真空である。
【0030】
探針として、マイクロマッシュ社の原子間力顕微鏡用カンチレバーNSC11Bを用いた。処理用真空槽をターボ分子ポンプとイオンポンプで千万分の一パスカルまで排気し、該探針を該処理用真空槽に搬入した。該探針はシリコンでできており、先端がナノスケールに鋭利である。該探針を保持したまま、該処理用真空槽を150℃に6時間保持して、探針の先端の表面の自然酸化膜等の反応層の除去と清浄化を行った。この処理後の該探針の先端の表面原子層がシリコンであることを、原子間力顕微鏡(AFM)の非接触モード(ノンコンタクトモード)測定で確認した。即ち、超高真空中の高温加熱処理で酸化膜と吸着物を除去して、表面原子層をシリコン原子層にしたシリコン試料を、該探針を用いて測定し、原子が一個一個識別できた(図19の白丸が1個のシリコン原子)。また、該探針と該試料を接触させると強い引力が生じたので、シリコンとシリコン間の引力が、シリコンと酸素間の引力より強いことが示され、非特許文献3からシリコン原子とシリコン原子の引力が見えたと言える。即ち、該探針の表面原子層がシリコン原子層であることが証明される。また、このことは、探針の酸化や窒化により、探針と共有結合性表面の引力を低下でき、先に述べた共有結合性物質の微粒子の搬送に応用できることを示す。
【0031】
結晶性金属酸化物試料として、表面積約0.05平方cm厚み約1mmのBaTiO単結晶を用い、前処理として酸素分圧20%の大気圧中で1300℃まで加熱処理し、標準的な洗浄(純水、エタノール、アセトンを用いた超音波洗浄)を施した。この試料を上記測定用真空槽に搬入し、前記探針を用いて、フォースディスタンス曲線(試料表面と探針先端の間の力が両者の距離にどう依存するかを示す曲線)を測定し、図1の未処理の場合の特性を得た。この特性は、他の複数の場所で同様であった。超高真空中のフォースディスタンス曲線では、離れた位置ではファンでアワールス力の引力、1〜3ナノメーターでより強い引力、最近接では原子と原子が押し合うことによる斥力が検出される。図1は、最近接位置から遠くへ引き離す場合で、縦軸は引力が負、斥力が正である。
【0032】
この後、該試料を処理用真空槽に試料搬入し、強酸化処理を行った。処理用真空槽を千万分の一パスカルまでターボ分子ポンプとイオンポンプで排気後、ターボ分子ポンプで排気しながら、酸素ガスを2SCCM流したところ真空度は十分の1パスカルになった。ラジカル発生源の出射口から試料までの距離は約10cmである。この酸素ガスは、99.99995%の超高真空酸素ガスを、図18の装置で約マイナス200℃まで冷却することでさらに高純度化した。マイクロ波出力を160W反射波20Wにして、試料に活性酸素を3時間照射した。尚、マイクロ波出力は反射が小さい限り、大きい方が好ましい傾向があるが、反射を20W以下に押えるため上記の出力にした。ラジカル発生源出口の電位と、試料を配置した処理用真空槽の電位を、共に接地電位にした。アリオス株式会社の試験によれば、この場合、ラジカル発生源の電位はプラス1〜3Vと極めて小さなものになる。試料の近辺の分光結果(図20)から、この活性酸素は、中性酸素原子と中性酸素分子(基底状態または低い励起状態での中性酸素分子は存在しても分光に現れない)が主たる成分と考えられる。
【0033】
この処理後に、試料を測定用真空槽に移し、3μm四方の表面形状を原子間力顕微鏡(AFM)の非接触モードで測定すると、階段状の形状で試料全面が覆われていた。この階段の高さは断面解析(図21)に示すように、0.4nmで、結晶を構成する原子による1格子からなる。このことは、本処理で表面が損傷を受けず、原子レベルの結晶性を保っていることを示す。また、上記と同様に清浄化した探針で、フォースディスタンス曲線を測定すると、最大の引力が未処理の場合より一桁増えた(図1)。この特性は、他の複数の場所で同様であった。これは、試料表面と探針表面の間の化学結合性の向上であると考えられ、このことは以下のヘテロ構造で証明される。
【0034】
次いで、前記試料をそのままにして、前記探針のみを上記の処理用真空槽に移動し、前記BaTiO単結晶と同じ条件で、該探針に活性酸素を3時間照射して、表面を強酸化した。この結果、この探針の表面は酸化シリコンになっていると考えられる。この探針を、測定用真空槽に移し、フォースディスタンス曲線を測定すると、図1のように、探針と試料表面の間の最大の引力は、前記の清浄化した探針の場合の3分の1程度に小さくなった。この特性は、複数の異なる場所で同様であった。
【0035】
この原理を用いて、図2の方法(前記第1の方法)で、直径約40ナノメーターのシリコンがBaTiO上に形成されるヘテロ構造が、約400ナノメーターのTの字に並ぶ配列構造の形成を試みた。この作製は上記超高真空槽内で、図22aの数字の位置でその番号順に、探針を480ナノニュートン(nN)の斥力を検出するまでBaTiO表面に接触させることで行った。尚、T字ヘテロ構造が形成されていることは、原子間力顕微鏡の非接触モードでの表面形状測定と、表面電位顕微鏡(KFM)で確認した。BaTiOと探針の処理は、上記の3つのフォースディスタンス曲線測定の場合と全く同じである。
【0036】
まず、未処理のBaTiOでは、探針の酸化膜除去清浄化の有無にかかわらず、ヘテロ構造形成が全くできなかった。また、強酸化したBaTiOと強酸化した探針でもできなかった。一方、強酸化したBaTiOと酸化膜除去清浄化した探針では、図22bのようにT字に配列したヘテロ構造ができた。形成したTの字の配列は少なくとも1ヶ月以上安定に存在した。図22bでは、番号の小さい位置と大きな位置でヘテロ構造の大きさが系統的に変ることがないため、繰り返しへテロ構造を形成しても、探針の先端が清浄なまま鋭利な状態を保っていることがわかる。また、ヘテロ構造の形成後も、BaTiOの表面はすべて、図21と同様の原子レベルの段差で覆われており、本へテロ構造形成が原子レベルに揃った結晶性を保つことが示される。上記3条件での結果は、BaTiO表面の強酸化とシリコンの酸化膜除去清浄化により、これらの間の引力と化学結合性が少なくとも3段階に制御できることを示す。また、表面が酸化されたシリコンは、本発明で定義した清浄共有結合性物質でないため、ヘテロ構造が形成されないことになる。
【0037】
前記結果を別法で確認するため、表面電位顕微鏡で微弱な電位の分布を検出することで、上記のヘテロ構造の形成状態を調べ、表面形状測定と同様の結果を得た。即ち、探針の酸化膜除去清浄化の有無にかかわらず、未処理のBaTiOでは、全くヘテロ構造の形成ができていないことを確認した。強酸化したBaTiOと強酸化した探針でも、殆ど形成できていなかった。強酸化したBaTiOと酸化膜除去清浄化した探針の場合には、T字配列が形成できていることを明瞭に確認した(図23c)。
【0038】
上記のBaTiO単結晶を用いて、強酸化した表面の安定性を調べた。図23aは、図1のフォースディスタンス曲線を測定した後に、同一試料を超高真空中に30日間保持した後に、再度測定したフォースディスタンス曲線である。この特性は、殆ど変っておらず、化学結合性による引力が、超高真空中で1ヶ月程度保持されることを示す。このように超高真空中に30日間保持したBaTiO単結晶を大気中に取り出してから3時間後に以下の測定を行った。同日中に、大気中で、Topometrix社製原子間力顕微鏡 Explorer 2100に、探針としてTopometrix社製型番1650番のシリコン製カンチレバーを取り付け、この探針を約50nNで試料に押し付けながら走査した(コンタクトモード測定)。この場合、探針とBaTiOの引力が強すぎて、安定な走査はできなかった。この表面を、非接触モードで表面形状測定したところ、ナノスケールのシリコンがBaTiOに堆積し(図23b)、ヘテロ構造を形成していることがわかった。このように、本発明の化学結合性による引力をもつ金属酸化物表面は、大気中でもある程度保持される。この3日後に、再度探針を約50nNで試料に押し付けながら走査すると、大気中に保管した通常のBaTiO単結晶の表面より、摩擦が大きく、探針とBaTiO単結晶表面の間の引力が残っていることが分かった。この1日後、即ち、最初の大気中測定から4日後に、同様の測定をすると、大気中に保管した通常のBaTiO単結晶の表面とほぼ同様の走査ができた。このことから、本発明の化学結合性引力は、ほぼ3日程度持続すると考えられる。
【実施例2】
【0039】
BaTiO単結晶に代わる複合金属酸化物として、松浪ガラス工業株式会社製、厚み0.15mmのマイクロカバーガラスから0.2cm四方の試料を切り出し、前記標準的洗浄を施したものを用いた。活性酸素の条件等を、実施例1と同様にして処理し、実験した。T字に配列したヘテロ構造の形成の条件も、480nNの斥力を検出するまで押し付けることで同じにし、原子間力顕微鏡の非接触モードでの表面形状測定で以下を確認した。まず、未処理のガラスでは、実施例1と同様の探針の酸化膜除去清浄化をして、実施例1と同様のヘテロ構造の形成を試みたが全くできなかった。表面を強酸化した前記ガラスと酸化膜除去清浄化した探針では、フォースディスタンス曲線測定での最大引力が一桁増え、T字に配列したヘテロ構造を形成できた。強酸化した前記ガラスと強酸化した探針では、フォースディスタンス曲線測定での最大引力が、強酸化した場合の半分以下になり、上記と同様のヘテロ構造の形成を試みたが殆どできなかった。即ち、前記ガラスの表面の強酸化とシリコンの酸化膜除去清浄化により、これらの間の引力と化学結合性を制御できた。
【比較例】
【0040】
マイクロマッシュ社の原子間力顕微鏡用カンチレバー型番NSC35Ti/Pt,CSC37Cr/Auを用いて、実施例1、2と同様にヘテロ構造の形成を試みた。夫々は、シリコン製探針の先端部分の表面近傍と最表面が白金と金である。実施例1と同様に、両探針の酸化膜等の反応層除去と清浄化を行い、探針の表面原子層が主に白金または金になるようにした。実施例1と同様の条件で、活性酸素をBaTiO単結晶と前記と同じガラスに活性酸素を照射した。何れの探針でも、試料への活性酸素照射の有無に係らず、BaTiO単結晶とガラスの何れにも、ヘテロ構造の形成はできなかった。非特許文献4によれば、白金と金の仕事関数は夫々、5.65eV,5.1eVである。即ち、白金と金は、本発明でのヘテロ構造形成に必要な“仕事関数が低い”と言う条件を満たしていない。一方、両探針の白金の下はシリコン上のチタン膜であり、金の下は、シリコン上のクロム膜である。シリコン、チタン、クロムは、酸化されやすい元素で、本発明のヘテロ構造を形成する条件を満たす。しかし、本発明では、表面が、仕事関数が低い清浄共有結合性物質と看做せるか否かは、表面の物質(本実施例では白金と金)で決まるので、ヘテロ構造ができない。
【0041】
実施例1、2と比較例で、前記の活性酸素を照射した金属酸化物の表面に酸素が露出し、且つ、この酸素が金属酸化物の構成要素と結合した状態であることが証明できる。これを、BaTiO単結晶の場合に説明する。活性酸素を照射後の表面原子層は、吸着層、酸化バリウム、酸化チタン、酸素、バリウム、チタン、水素のいずれかである。上記のどの探針でも、吸着層で覆った表面の引力は小さく、且つ、ヘテロ構造を形成しないので、吸着層だとすると、実施例の活性酸素処理した状態の特性が説明できない。一般に金属結合は通常の化学結合程度に強いので、バリウム、チタン、水素が表面原子層だとすると、酸化したシリコンや金や白金の探針との引力が低く結合が弱かったことが説明できない。また、金属酸化物を構成していない酸素が最表面とすると酸素自体は探針に結合するが、その下の層は結合しないので、引力が高くヘテロ構造が形成されたことが説明できない。残るのは、酸化バリウムか酸化チタンが、表面原子層である場合である(図24、この例では、Mがチタンかバリウム、Sがシリコン)。この何れかは区別できないが、酸素原子の軌道が表面にでているので、酸化され易い元素であるシリコンと結合し、酸化され難い状態である、酸化シリコン、白金、金と結合しないことが説明できる。また、図1の活性酸素を照射したBaTiOと酸化膜等の反応層除去し清浄化したシリコンでみられる引力の大きさは化学結合性であることを示す。
【符号の説明】
【0042】
1 清浄共有結合性物質
01 清浄共有結合性物質上の表面の反応層(表面酸化膜等)
1a 清浄共有結合性物質のナノスケール粒子
1b 清浄共有結合性物質の集積構造
1c 符号1bと物質や構造が異なる、清浄共有結合性物質の集積構造
2 金属酸化物
2a 金属酸化物のナノスケール粒子
3 共有結合性物質のナノスケールへテロ構造
03 金属酸化物のナノスケールへテロ構造
3b 共有結合性物質のナノスケールへテロ構造
3c 符号3bとは物質や構造が異なる、共有結合性物質のナノスケールへテロ構造
31 共有結合性物質のナノスケールへテロ構造
32 ナノスケールの層間絶縁膜
4 マスク
5 フォトレジスト
6 共有結合性物質の表面酸化膜等の反応層を除いて清浄化した部分
7 基板
8 絶縁膜
E1 ECRラジカル発生装置
E2 マイクロ波発生装置
E3 処理用真空槽
E4 試料
E5 加速電源
E6 真空ポンプ
E7 導入用真空槽
E8 測定用超真空槽
E9 酸素純化槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属酸化物を構成要素として含むヘテロ構造の作製において、
表面に該金属酸化物を構成する酸素原子が露出した該金属酸化物と、表面が仕事関数5.0eV以下の共有結合性物質である物体を接触させて、該金属酸化物と該物体からなるヘテロ構造を作製することを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項2】
金属酸化物を構成要素として含むヘテロ構造の形成において、
該金属酸化物と、表面が仕事関数5.0eV以下の共有結合性物質である物体を、接触させると、一方の全部または一部が他方に堆積することで得られる構造をヘテロ構造として用いることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項3】
請求項1または2において、前記共有結合性物質の仕事関数が4.5eV以下であることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項4】
請求項1〜3において、前記共有結合性物質が、表面から酸化膜等の表面反応層と吸着物を除去して得られたものであることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項5】
請求項1〜4のヘテロ構造の形成を真空中で行うことを特徴とする金属酸化物を用いるヘテロ構造の製造法。
【請求項6】
請求項1〜5の金属酸化物が、該金属酸化物の表面へ活性酸素が照射されたものであることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項7】
請求項6の活性酸素の照射を真空中で行い、活性酸素の運動エネルギーが100eV以下であることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項8】
請求項6の活性酸素が、酸素原子、酸素原子イオン、酸素分子イオン、ラジカルなど励起状態の酸素原子及び励起状態の分子、または、オゾンのいずれかであることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項9】
請求項6の活性酸素の主成分が酸素原子あることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項10】
請求項6の活性酸素がマイクロ波による電子サイクロトロン共鳴により生成されることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項11】
請求項1〜4において、前記金属酸化物、または、前記表面が共有結合性物質である物体において、何れかの先端の曲率半径の2倍が、作製しようとする構造体の最短部分の長さ以下であることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項12】
請求項1〜4において、一部または全部の表面から酸化膜等の表面反応層と吸着物を除去されることで得られる、表面が共有結合性物質である物体であって、集積型に微細加工されたものであることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項13】
請求項1〜4において、表面が共有結合性物質である物体の形状、または、前記金属酸化物の形状が、微粒子であることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれかによって形成されるヘテロ構造の少なくとも一部が結晶性金属酸化物であることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項15】
請求項1〜13のいずれかによって形成されるヘテロ構造の少なくとも一部が結晶性複合金属酸化物であることを特徴とするヘテロ構造の製造法。
【請求項16】
金属酸化物の微粒子の搬送において、
該微粒子を構成する酸素原子が該金属酸化物の表面に露出し、表面が仕事関数5.0eV以下の共有結合性物質の表面反応層を制御した物体を用いて、該微粒子と該物体の引力を制御して該微粒子を吸着することを特徴とする微粒子の搬送法。
【請求項17】
請求項16において、請求項17の前記物体の先端の平均曲率半径が、搬送する微粒子の平均半径以下であることを特徴とする微粒子の搬送法。
【請求項18】
請求項16において、表面反応層が、前記表面の共有結合性物質の一部または全体を酸化して得た酸化膜、または、窒化して得た窒化膜であることを特徴とする微粒子の搬送法。
【請求項19】
活性酸素を照射された結晶性金属酸化物であって、大気中または真空中で、シリコン製探針と接触することにより、シリコンが該結晶性金属酸化物に堆積することを特徴とする結晶性金属酸化物。
【請求項20】
請求項19において、活性酸素が、酸素原子、酸素原子イオン、酸素分子イオン、ラジカルなど励起状態の酸素原子及び励起状態の分子、または、オゾンのいずれかであることを特徴とする結晶性金属酸化物。
【請求項21】
請求項19または20を用いる触媒。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22a】
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【図22b】
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【図22c】
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【図23a】
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【図23b】
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【図24】
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【公開番号】特開2011−198824(P2011−198824A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−61198(P2010−61198)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(310001665)
【Fターム(参考)】