説明

金属酸化物微粒子の製造方法

【課題】安価かつ簡便に粒径分布が小さく、ネッキングおよび固結の少ない金属酸化物微粒子の製造方法を提供する。
【解決手段】周期表上の4族、5族および6族金属からなる群より選択される1または複数の金属を含む水溶性の金属化合物と、アンモニアまたはアンモニウムイオンと、ヒドロキシル基およびカルボキシル基からなる群より選択され、金属に配位可能な2以上の官能基を有する炭素数2〜10の水溶性有機化合物とを含む錯体水溶液を乾燥させて得られる固体を熱処理して、タングステンブロンズ構造を有するオキソ金属酸アンモニウムと、水溶性有機化合物または該化合物の熱分解物とを含む中間体を生成させる工程と、中間体を熱分解して金属酸化物微粒子を生成させる工程とを有する金属酸化物微粒子の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、周期表の4族、5族および6族金属の酸化物微粒子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微粒子、特に粒径がサブミクロンオーダー以下のナノ粒子は、バルク材料とは異なるユニークな性質を有することから、各種機能材料の原料として広く用いられるようになっている。しかしながら、金属酸化物微粒子は量産化が困難であると共に、粒径の制御およびネッキングの抑制および製造コストの低減等の課題が存在する。金属酸化物微粒子の中でも酸化チタンや酸化タングステン等の有する光触媒活性等が近年注目を集めている。光触媒用途では、比表面積の増加による触媒性能向上と塗布後の透明性確保のため、粒径は100nm以下であることが好ましいとされている。WO粉末は、安価なパラタングステン酸アンモニウム(APT、(5(NHO・12WO・5HO)を熱分解することにより工業生産されているが、100nm以下のナノ粒子だけを得ることは困難である。
【0003】
金属酸化物微粒子の製造方法は、固相法、液相法および気相法に大別される。このうち、固相法で製造可能な金属酸化物微粒子の粒径の下限は数百nm程度であり、それよりも粒径が小さな金属酸化物微粒子は、液相法または気相法で製造されている。気相法の一例として、例えば、特許文献1には、酸化タングステン等の粉末をアルゴンガスと共に高周波プラズマに噴霧し、昇華させた状態で酸素を流して反応させ、微粒の酸化タングステンを作製する方法が開示されている。しかし、気相法による金属酸化物微粒子の製造には高価なバッチ式の真空加熱設備が必要であり、量産化が困難であったり、製造コストが高くなる等の問題があるため、製造コストが低く、量産に適した液相法を用いた金属酸化物微粒子の製造方法の開発が望まれている。
【0004】
湿式法で酸化タングステンを製造する方法として、例えば、特許文献2には、シュウ酸、クエン酸、酒石酸、フタル酸、マレイン酸およびリンゴ酸より選ばれる少なくとも1
種の有機カルボン酸とともに、タングステン酸アンモニウム水溶液をZSM5に含浸担持させた後に、酸化雰囲気で熱処理して製造されるWO(2.5≦X<3.0)の結晶ピークが検出される酸化タングステンからなる可視光応答型光触媒が開示されている。ただし、同方法で製造される酸化タングステンはWOではなく、得られる酸化タングステンは必ずしも微粒子状ではなく、粒径や形状の制御については何ら記載がない。
【0005】
上述のとおり、酸化タングステンは、工業的には、パラタングステン酸アンモニウムの熱分解により製造されている。非特許文献1には、パラタングステン酸アンモニウムの窒素およびアンモニア雰囲気での熱分解において、昇温速度や充填率を高くすると、中間体である六方晶タングステンアンモニウムブロンズの生成率が高くなり、それに伴い粒径の小さな酸化タングステン微細粒子が得られることが記載されている。
【0006】
また、非特許文献2には、塩化タングステンをベンジルアルコール中、マイクロ波加熱等により210℃でソルボサーマル処理し、次いでアニーリングすることにより粒径5〜30nmの酸化タングステンナノ粒子を合成する方法が開示されている。
さらに、非特許文献3には、タングステン酸に錯形成剤としてシュウ酸およびクエン酸を添加後、カチオン性界面活性剤を添加してゲル化させ、これを熱処理することにより酸化タングステンナノ粒子を合成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−6428号公報
【特許文献2】特開2007−98293号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】山本良治他著、「パラタングステン酸アンモニウムの熱分解における超微粒タングステン酸化物の生成機構」、「粉体および粉末冶金」、1994年、第40巻、第8号、p.784−788
【非特許文献2】N. Le Houx他著、「WO3Nanoparticles in the 5-30 nm Range by Solvothermal Synthesis under Microwave orResistive Heating」、Journal of Physical Chemistry、アメリカ化学会、2009年11月24日、第114巻、p.155−161、 DOI:10.1021/jp908669u
【非特許文献3】Yuxian HAN他著、「Preparationof Ultrafine Tungsten Powder by Sol-Gel Method」、Journalof Materials Sciences and Technology、2008年、第24巻、第5号、p.816−818
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1記載の方法で得られる酸化タングステンは、粒径が0.2μm程度と大きくなると共に、市販されている単斜晶のパラタングステン酸アンモニウムを原料として用いた場合、アンモニアの脱離が起こりやすいため、六方晶タングステンアンモニウムブロンズ中間体の生成率が低下し、微細な酸化タングステン微粒子が生成しにくい傾向が認められるという課題を有している。非特許文献2記載の方法は、粒径の小さい酸化タングステン微粒子が得られる反面、高価な塩化タングステンを原料として用いるため製造コストが高くなるという課題を有している。非特許文献3記載の方法では、タングステン酸の固体を生成させた後、これをクエン酸およびシュウ酸を含む水中に溶解させ、次いでカチオン性界面活性剤を添加してゲルを生成させた後、これを回収して熱処理するという煩雑な手順を経る必要があるという課題を有している。
【0010】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、安価かつ簡便に粒径分布が小さく、ネッキングおよび固結の少ない金属酸化物微粒子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するために、下記の[1]〜[8]のいずれかに記載の金属酸化物微粒子の製造方法を提供するものである。
[1] 周期表上の4族、5族および6族金属からなる群より選択される1または複数の金属を含む水溶性の金属化合物と、アンモニアまたはアンモニウムイオンと、ヒドロキシル基およびカルボキシル基からなる群より選択され、前記金属に配位可能な2以上の官能基を有する炭素数2〜10の水溶性有機化合物とを含む錯体水溶液を乾燥させて得られる固体を熱処理して、タングステンブロンズ構造を有するオキソ金属酸アンモニウムと、前記水溶性有機化合物または該化合物の熱分解物とを含む中間体を生成させる工程と、
前記中間体を熱分解して金属酸化物微粒子を生成させる工程とを有する金属酸化物微粒子の製造方法。
[2] 周期表上の4族、5族および6族金属からなる群より選択される1または複数の金属を含む水溶性の金属化合物と、アンモニアまたはアンモニウムイオンと、ヒドロキシル基およびカルボキシル基からなる群より選択され、前記金属に配位可能な2以上の官能基を有する炭素数2〜10の水溶性有機化合物とを含む錯体水溶液を、700〜1300℃の不活性雰囲気中に噴霧し熱分解させる工程を有することを特徴とする金属酸化物微粒子の製造方法。
[3] 前記金属化合物がポリ酸塩またはヘテロポリ酸塩であり、前記錯体水溶液の調製にアンモニア水溶液を用いる上記[1]または[2]記載の金属酸化物微粒子の製造方法。
[4] 前記金属が、タングステン、クロムおよびバナジウムからなる群より選択される1または複数の金属である上記[1]から[3]のいずれか1項記載の金属酸化物微粒子の製造方法。
[5] 前記金属が、タングステンである上記[4]記載の金属酸化物微粒子の製造方法。
[6] 前記水溶性の金属化合物がパラタングステン酸アンモニウムである上記[5]記載の金属酸化物微粒子の製造方法。
[7] 前記水溶性有機化合物の前記金属化合物に対するモル比が0.3以上1.3以下である上記[1]から[6]のいずれか1項記載の金属酸化物微粒子の製造方法。
[8] 前記水溶性有機化合物が、クエン酸、シュウ酸、グルタミン酸、マロン酸、セリン、マレイン酸、アジピン酸、イソクエン酸、酒石酸、リンゴ酸、グリコール酸、乳酸、3−ヒドロキシプロピオン酸および3−ヒドロキシ酪酸からなる群より選択される1または複数のポリカルボン酸またはヒドロキシカルボン酸である上記[1]から[7]のいずれか1項記載の金属酸化物微粒子の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
ヒドロキシル基およびカルボキシル基からなる群より選択され、金属に配位可能な2以上の官能基を有する炭素数2〜10の水溶性有機化合物およびアンモニアまたはアンモニウムイオンを水溶液中で金属化合物と共存させた状態で乾燥させることにより、得られる固体は、水溶性有機化合物と金属イオンとが形成した錯体を含んでいる。このような固体を熱処理すると、詳細な理由は明らかではないが、水溶性有機化合物を含まない場合に比べアンモニアの脱離が抑制され、タングステンブロンズ構造を有するオキソ金属酸アンモニウムの生成率が向上する。このようにして得られるタングステンブロンズ構造を有するオキソ金属酸アンモニウムを熱処理すると、タングステンアンモニウムブロンズの場合と同様、他の金属についても微細な金属酸化物微粒子が得られる。そのため、本発明の方法によると、4族、5族および6族金属に広く適用可能な金属酸化物微粒子の製造方法が提供される。さらに、水溶性有機化合物またはその熱分解物がオキソ金属酸アンモニウムの周囲を取り囲んだ状態で存在することにより、オキソ金属酸アンモニウムの粒成長を抑制された状態で金属酸化物が生成することで、ネッキングおよび固結が抑制され、粒径および粒度分布が小さな金属酸化物微粒子が得られる。
【0013】
さらに、本発明では、安価なポリ酸やヘテロポリ酸を原料として用いることができると共に、操作が簡便であり、解砕等の後処理も容易であるため、製造コストを低減させることができ、後処理に伴う不純物の混入を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例7において製造された酸化タングステン微粒子の走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】実施例15において製造された酸化タングステン微粒子の走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一実施の形態に係る金属酸化物微粒子の製造方法は、周期表上の4族、5族および6族金属からなる群より選択される1または複数の金属を含む水溶性の金属化合物と、アンモニアまたはアンモニウムイオンと、ヒドロキシル基およびカルボキシル基からなる群より選択され、前記金属に配位可能な2以上の官能基を有する炭素数2〜10の水溶性有機化合物とを含む錯体水溶液を乾燥させて得られる固体を熱処理して、タングステンブロンズ構造を有するオキソ金属酸アンモニウムと、水溶性有機化合物または該化合物の熱分解物とを含む中間体を生成させる工程と、中間体を熱分解して金属酸化物微粒子を生成させる工程とを有する。
【0016】
金属の具体例としては、周期表の4族、5族および6族金属、すなわちチタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、およびタングステン(W)が挙げられ、特にタングステン(W)、クロム(Cr)、バナジウム(V)およびモリブデン(Mo)が挙げられる。これらの金属を原料として用いる場合には、鉱石から金属または金属酸化物を精製する工程の中間生成物であるために安価であると共に、水溶性が高いという利点を有する、これらの金属のポリ酸もしくはヘテロポリ酸またはそれらのアンモニウム塩が好ましく用いられる。金属化合物として金属の精製工程で作られる中間体であるポリ酸もしくはヘテロポリ酸またはそれらのアンモニウム塩は安価であり、金属酸化物微粒子の製造コストが低減されるため好ましい。例えば、酸化タングステン微粒子の製造の場合、タングステンの精製工程で作られる中間体であるタングステン酸やパラタングステン酸アンモニウムやメタタングステン酸アンモニウム等を原料として用いると、コストが抑えられるため好ましい。また、バナジン酸アンモニウムやクロム酸アンモニウムは水に対する溶解度が高く、安価であるため好ましい。
【0017】
金属化合物としては、十分な水溶性を有する任意のものを用いることができるが、具体例としては、硝酸塩等の無機酸塩、塩化物等のハロゲン化物、酢酸塩等の有機酸塩、金属のヒドロキソ錯体、ポリ酸またはヘテロポリ酸の遊離の酸またはアンモニウム塩が挙げられる。ここで、「ヒドロキソ錯体」とは、水酸化物イオン(OH)が配位した金属錯体であり、「ポリ酸」とは、W6+、V5+、Nb5+等の遷移金属イオンに酸化物イオンが4〜6配位してできる四面体、四角錐、八面体等の多面体が基本単位として稜や頂点を共有して多数縮合してできた多核錯体(縮合酸)であり、「ヘテロポリ酸」とは、ポリ酸のうち酸素および2種類以上の(金属)元素を含むものである。
【0018】
水溶性有機化合物は、金属イオンに対する配位能を有する酸素原子を含む官能基であるヒドロキシル基およびカルボキシル基の一方または双方を有する。水溶性有機化合物としては、1または複数のカルボキシル基(−COOH)を有し、安価で水溶性が高く、水中で金属化合物と混合することにより容易に錯体を形成し、金属化合物の溶解性を向上させることができる有機酸が好ましい。キレート効果により安定な金属錯体を形成するために、水溶性有機化合物は、2以上のカルボキシル基、或いはヒドロキシル基(OH)からなる群より選択される1または複数の官能基を更に有していることが好ましい。
【0019】
水溶性有機化合物の具体例としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸等の一塩基酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、マレイン酸等の二塩基酸、クエン酸、イソクエン酸、酒石酸、リンゴ酸、グリコール酸、乳酸、3−ヒドロキシプロピオン酸、3−ヒドロキシ酪酸、メバロン酸およびグリコール酸等のヒドロキシカルボン酸(多価カルボン酸でもある)、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、セリン、スレオニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、グルタミン、リジン、ヒスチジン、アルギニン、トリプトファン、フェニルアラニン、チロシン等のアミノ酸(含硫黄アミノ酸であるシステインおよびメチオニンを除く天然のアミノ酸)等が挙げられる。これらの中でも、ポリカルボン酸およびヒドロキシカルボン酸は、金属と錯体を形成する能力が高く、錯体水溶液を乾燥する段階において析出することなく、均一な金属錯体の固体が容易に得られるため、中間体における偏在がなく、中間体の熱処理時における金属酸化物微粒子の過度の粒成長の抑制に効果的である。
【0020】
ヒドロキシカルボン酸のうち特に好ましいのは、炭素数2〜10のヒドロキシモノカルボン酸、ヒドロキシジカルボン酸およびヒドロキシトリカルボン酸であり、その具体例としては、クエン酸、シュウ酸、グルタミン酸、マロン酸、セリン、マレイン酸、アジピン酸等が挙げられる。
【0021】
錯体水溶液における水溶性有機化合物に対する金属化合物のモル比は、水溶性有機化合物としてシュウ酸またはクエン酸を用いる場合、0.3〜1.3であることが好ましく、0.5〜1.0であることがより好ましい。なお、ポリ酸およびヘテロポリ酸のような多核錯体の場合、金属化合物のモル数としては、ポリ酸またはヘテロポリ酸のイオン数の代わりに金属イオンの数を用いるものとする。モル比が0.3を下回る場合、タングステンブロンズ構造を有するオキソ金属酸アンモニウムの生成率の低下や、中間体の熱処理時の金属酸化物の過度の粒成長が起こり、モル比が1.3を上回ると、炭素量が過剰であるため遊離炭素が生成し、金属酸化物微粒子の純度の低下を招く。
【0022】
錯体水溶液の調製は、例えば、以下のような手順で行われる。
パラタングステン酸アンモニウム(APT)を原料として用いる場合、蒸留水にクエン酸一水和物を添加しスターラー等を用いて撹拌します。クエン酸が溶解し、水溶液が透明になった後に、APTを添加し撹拌を続け、撹拌を止めてもAPTがほとんど沈降しなくなるまで撹拌を続ける。さらに、必要に応じてアンモニア水を添加し、30分ほど撹拌を続ける。
【0023】
錯体水溶液を乾燥させる方法としては,スプレードライヤーによる乾燥法、エバポレーターで濃縮後、乾燥機で乾燥させる方法等が挙げられる。乾燥機で乾燥させる場合の乾燥温度は特に制限されないが、例えば140〜150℃である。乾燥機で乾燥させた場合、得られる固体はシート状となるが、その後の熱処理でガスを抜けやすくするため、粉砕処理を行い粉末状とすることが好ましい。なお、スプレードライヤーを用いて乾燥した場合、造粒粉末が得られるので、粉砕処理は不要である。
【0024】
このようにして得られた固体を熱処理して、タングステンブロンズ構造を有するオキソ金属酸アンモニウムと、水溶性有機化合物または該化合物の熱分解物とを含む中間体を経て、金属酸化物微粒子を生成させる。例えば、酸化タングステン微粒子を製造する場合、電気炉中で、粉末を450〜700℃で熱処理することにより、WOが得られる。熱処理はガスを流さずに行っても良いが酸素または空気を流すことで有機物の残差が残こりにくくなるので、流すことが好ましい。電気炉中で昇温は、10℃/min以上で行うことが好ましい。昇温速度が小さすぎると、タングステンブロンズ構造を有するオキソ金属酸アンモニウムの生成に先立ってアンモニアの脱離が起こるため、オキソ金属酸アンモニウムを経由せずに直接金属酸化物が生成する割合が高くなる。そのため、得られる金属酸化物微粒子の粒径が大きくなるおそれがある。熱処理温度が450℃より低いとWOを得るために長時間を要するため生産性が低下し,700℃以上では粒径の粗大化が急激に進行する。
【0025】
ここで、タングステンブロンズ構造は、一般的には、AxWO3(A=H、Li、Na、K、Rb、Cs、Ca、Sr、Ba、In、Tl、Ge、Sn、Pb、Cu、Agなどのカチオン性元素、x≧0)がよく知られ、酸素八面体(WO6)の単位ブロックが頂点、稜を共有して連なった構造であり、A元素の存在および/または稜共有の効果により、Wが部分的に還元された不定比酸化物構造である(結晶構造ハンドブック(共立出版)p832、第4版実験化学講座16無機化合物(丸善)p448、Lars Kihlborg, Renu Sharma,J. Microsc.
Spectrosc. Electron., 7, 387(1982)など参照)。その頂点、稜の共有の仕方によって極めて多様な構造をとり得うるが、例として、ペロブスカイト型ブロンズ構造、五員環、六員環、七員環等のトンネル構造を有するブロンズ構造(トンネルには金属元素が存在していても空であってもよい)、インターグロースブロンズ構造などが知られている。なお、本明細書中ではタングステンブロンズ構造という表現を構造名称として用いているが、化合物骨格がタングステンおよび酸素から形成されることを意味するものではなく、タングステンブロンズ型構造を有するものとして知られているすべての構造を指す。
【0026】
このようにして得られる金属酸化物微粒子の粒径および結晶性は、錯体水溶液調製時の金属化合物と水溶性有機化合物のモル比や、熱処理条件(昇温速度、温度)等によりある程度制御することができ、用途に応じて、30〜200nm程度の所望の粒径を有する金属酸化物微粒子を得ることができる。例えば、光触媒用の酸化タングステン微粒子の場合には、粒径60nm程度のものが好ましく用いられる。
【0027】
本発明の第2の実施の形態に係る金属酸化物微粒子の製造方法は、周期表上の4族、5族および6族金属からなる群より選択される1または複数の金属を含む水溶性の金属化合物と、アンモニアまたはアンモニウムイオンと、ヒドロキシル基およびカルボキシル基からなる群より選択され、前記金属に配位可能な2以上の官能基を有する炭素数2〜10の水溶性有機化合物とを含む錯体水溶液を、700〜1300℃の不活性雰囲気中に噴霧し熱分解させる工程を有する。
【0028】
金属錯体を形成させた後、高温の不活性雰囲気中に錯体水溶液を噴霧し、金属錯体を熱分解させることにより、原料となる金属化合物を直接熱分解させる場合に比べ、特定の結晶面での成長が起き、配向面を制御することができる。そのため、金属酸化物微粒子の結晶型や粒径を容易に制御できると共に、金属化合物を直接熱分解させることによっては得られない構造を有する金属酸化物微粒子が得られる。
【0029】
錯体水溶液の調製については、本発明の第一の実施の形態に係る金属酸化物微粒子の製造方法と同様であるため、詳細な説明を省略する。高温の不活性雰囲気中への錯体水溶液の噴霧は、管状炉等の任意の公知の加熱装置中に、窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガスを通して加熱させ、その中にスプレーノズル等を介して錯体水溶液を霧状に噴射することにより行われる。不活性ガスの加熱温度は、700〜1300℃、好ましくは900〜1200℃である。加熱温度が700℃より低いと、有機物の分解が不十分で、炭素が残留する。一方、加熱温度が1300℃以上だと、粒径が著しく大きくなる。
【実施例】
【0030】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
金属酸化物微粒子の形状観察は、走査型電子顕微鏡(SEM)により行い、画像解析により平均粒径を求めた。結晶構造は、粉末X線回折測定(XRD)により決定した。
【0031】
酸化タングステンの製造(1)
代表例として、金属化合物としてパラタングステン酸アンモニウム(APT)、水溶性有機化合物としてクエン酸を使用し、APT:クエン酸=1:0.7(モル比)、APT:アンモニア(モル比)=1:1である場合(実施例7:後述する表1参照)について説明する。
蒸留水400mLにクエン酸一水和物を14.7g添加した。クエン酸一水和物が溶解した後、APTを26.1g添加し、次いでアンモニア水を1.1mL添加して錯体溶液が形成されるまで撹拌を行った。前記の工程は全て撹拌下で行った。次に、錯体水溶液を乾燥させ、めのう乳鉢で粉砕し、磁製るつぼに入れて酸素を100mL/minで流しながら電気炉で熱処理を行った。
【0032】
水溶性有機化合物とタングステン化合物のモル比、アンモニアとタングステン化合物のモル比および焼成温度は、下記の表1に示すとおりである。
【0033】
【表1】

【0034】
水溶性有機化合物を使用しない場合(比較例1、2)や、カルボキシル基を有しない水溶性有機化合物であるグルコースを用いた場合(比較例3)と比較すると、水溶性有機化合物としてポリカルボン酸またはヒドロキシカルボン酸を使用した場合、平均粒径が小さい上にバラツキが小さく、かつ固結やネッキングの少ない酸化タングステン微粒子が得られた(図1参照)。特に好ましい水溶性化合物はシュウ酸およびクエン酸であった。実施例7〜14および比較例4、5において、タングステン化合物の種類、タングステン化合物に対する水溶性有機化合物およびアンモニアのモル比、ならびに熱処理温度の影響を検討した。タングステン化合物としては、APT以外にタングステン酸も好適に用いることができることがわかった(実施例10、13)。APTまたはタングステン酸に対するクエン酸のモル比は、0.3〜1.3が好ましいことがわかった(実施例7〜9、11、13、14、比較例4、5)。熱処理温度が450℃および520℃の場合には平均粒径が30〜50nmの酸化タングステン微粒子が得られるが、熱処理温度が700℃の場合、粒成長が促進されるためか、得られる酸化タングステン微粒子の平均粒径が180nmと大きくなることが確認された(実施例1、13、14)。
【0035】
酸化タングステンの製造(2):実施例15
代表例として、金属化合物としてパラタングステン酸アンモニウム(APT)、水溶性有機化合物としてクエン酸を使用し、APT:クエン酸=1:0.7(モル比)、APT:アンモニア(モル比)=1:1である場合(実施例15)について説明する。
蒸留水400mLにクエン酸一水和物を14.7g添加した。クエン酸一水和物が溶解した後、APTを26.1g添加し、次いでアンモニア水を1.1mL添加して錯体溶液が形成されるまで撹拌を行った。前記の工程は全て撹拌下で行った。Arガスを流し、1150℃に加熱した管状炉に、このようにして得られた錯体水溶液を噴霧し、酸化タングステン微粒子を得た。
【0036】
このようにして得られた酸化タングステン微粒子の走査型電子顕微鏡写真を図2に示す。平均粒径約0.5μmで、粒径のバラツキの小さい立方体状の酸化タングステン微粒子が生成していることがわかる。このような形状の酸化タングステン微粒子は、APTの直接熱分解や、実施例1〜14記載の方法では得ることができず、本実施例に特有な構造を有するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
周期表上の4族、5族および6族金属からなる群より選択される1または複数の金属を含む水溶性の金属化合物と、アンモニアまたはアンモニウムイオンと、ヒドロキシル基およびカルボキシル基からなる群より選択され、前記金属に配位可能な2以上の官能基を有する炭素数2〜10の水溶性有機化合物とを含む錯体水溶液を乾燥させて得られる固体を熱処理して、タングステンブロンズ構造を有するオキソ金属酸アンモニウムと、前記水溶性有機化合物または該化合物の熱分解物とを含む中間体を生成させる工程と、
前記中間体を熱分解して金属酸化物微粒子を生成させる工程とを有することを特徴とする金属酸化物微粒子の製造方法。
【請求項2】
周期表上の4族、5族および6族金属からなる群より選択される1または複数の金属を含む水溶性の金属化合物と、アンモニアまたはアンモニウムイオンと、ヒドロキシル基およびカルボキシル基からなる群より選択され、前記金属に配位可能な2以上の官能基を有する炭素数2〜10の水溶性有機化合物とを含む錯体水溶液を、700〜1300℃の不活性雰囲気中に噴霧し熱分解させる工程を有することを特徴とする金属酸化物微粒子の製造方法。
【請求項3】
前記金属化合物がポリ酸塩またはヘテロポリ酸塩であり、前記錯体水溶液の調製にアンモニア水溶液を用いることを特徴とする請求項1または2記載の金属酸化物微粒子の製造方法。
【請求項4】
前記金属が、タングステン、クロムおよびバナジウムからなる群より選択される1または複数の金属であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の金属酸化物微粒子の製造方法。
【請求項5】
前記金属が、タングステンであることを特徴とする請求項4記載の金属酸化物微粒子の製造方法。
【請求項6】
前記水溶性の金属化合物がパラタングステン酸アンモニウムであることを特徴とする請求項5記載の金属酸化物微粒子の製造方法。
【請求項7】
前記水溶性有機化合物の前記金属化合物に対するモル比が0.3以上1.3以下であることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項記載の金属酸化物微粒子の製造方法。
【請求項8】
前記水溶性有機化合物が、クエン酸、シュウ酸、グルタミン酸、マロン酸、セリン、マレイン酸、アジピン酸、イソクエン酸、酒石酸、リンゴ酸、グリコール酸、乳酸、3−ヒドロキシプロピオン酸および3−ヒドロキシ酪酸からなる群より選択される1または複数のポリカルボン酸またはヒドロキシカルボン酸であることを特徴とする請求項1から7のいずれか1項記載の金属酸化物微粒子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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