説明

金属酸化物被覆構造物の製造方法及び金属酸化物被覆構造物

【課題】 金属酸化物がナノメートルオーダーのファイバー、粒子又はリボン形状を有し、これらを基本ユニットとして集合してなるナノ構造体で固体基材が被覆されている構造物とその簡便且つ効率的な製造方法を提供すること。
【解決手段】 ポリエチレンイミン骨格を有するポリマーを含有する溶液中に固体基材を浸漬させた後取り出し、該固体基材の表面にポリマー層を形成させる工程(I)と、前記工程(I)で得られたポリマー層を有する固体基材と、金属酸化物のソース液とを接触して、固体基材表面のポリマー層中に金属酸化物を析出させナノ構造複合体被覆型構造物を得る工程と、前記工程(II)で得られたナノ構造複合体被覆型構造物を焼成する工程(III)と、を有することを特徴とする金属酸化物を主構成成分とするナノ構造体で被覆された金属酸化物被覆構造物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、任意形状の固体基材表面が金属酸化物を主構成成分とするナノ構造体で緻密に被覆されていることを特徴とする金属酸化物被覆構造物と該構造物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体材料表面にシリカ皮膜を形成させる方法としては、珪藻類等の生態系バイオシリカを模倣する検討が行なわれている。基本方法は、触媒として機能するポリアミン類を基材表面に吸着または化学結合で固定させ、その上でシリカを析出させる方法である。例えば、金の表面にラジカル重合開始能を有する分子残基を固定し、これにアミノ基を有するラジカル重合性モノマー(例えば、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート)をラジカル重合させ、多数のポリ(N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート)を金表面にブラシ状に形成させた後、該アミンポリマーブラシ上でアルコキシシランの加水分解縮合反応を進行させることによりシリカとポリマーとの複合体から成る皮膜が得られることが報告されている(例えば、非特許文献1参照。)。これにより得られる複合膜表面はフラットな構造ではなく、シリカ粒子が無秩序に集合して形成される凹凸構造であり、精巧にパターン形成されたものではない。また、例えば、ポリアミンとして、ポリ(L−リシン)を用い、銅板を陽極、平面状インジウムティンオキサイド(ITO)を陰極にし、その両極間にポリ(L−リシン)水溶液を加え、電極から電場印加することで、ポリ(L−リシン)を陰極のITOに吸着させた後、そのITOをケイ酸溶液に浸漬し、ITO表面にシリカを析出させることが報告されている(例えば、非特許文献2参照。)。この方法で得られたITO表面のシリカは基本的に鱗片状構造を示すが、均一な膜は得られず、従って、わずかの特定場所だけは緻密な鱗片構造であり、全体的にはただ鱗片状シリカがバラバラと存在する状態であった。その他、ポリ(L−リシン)、ポリ(L−リシン−チロシン)、ポリ(アリールアミン)塩酸塩など塩基性ポリマー溶液にガラス棒を浸漬し、表面に吸着させた後、そのガラス棒をケイ酸水溶液に浸漬し、ガラス棒表面にシリカを析出させることが報告されている(例えば、非特許文献3参照。)。この方法で得たガラス棒表面には、粗いシリカ皮膜ができるものの、ナノ構造複合体を形成していることを示す特徴は全くなく、シリカが塗られた程度のレベルであった。従ってこれらのシリカ皮膜を基材ごと焼成したとしても、基材からの脱落が起こりやすく、シリカからなる連続皮膜を固体基材上に形成させることはできなかった。
【0003】
金属酸化物としてのチタニアに注目すると、溶液中の酸化チタンソースを固体表面で析出させ、簡便に酸化チタン皮膜を形成させる技術が開発されている(例えば、非特許文献4〜6参照。)。これは、通常基材表面にいわゆる自己組織化単分子膜(SAMs)を形成させ、その基材をチタンソース液中にディッピングすることで、酸化チタン結晶がそのSAMsに吸着する過程を経て、酸化チタン皮膜を形成させる方法である。この技術では固体基材としてプラスチックまたはシリコンウェハなどを用いることができるが、いずれの場合でも、当該固体基材表面に化学官能基、例えば−SOH、−COOH、−OH、−NHなどを密に植え付けることが必要である。これらの官能基がナノサイズの酸化チタンの核として結晶成長を促進させ、結果的に酸化チタンのナノ結晶の連続膜を形成させるものであるため、例えば、任意形状の固体基材上の特定部位にのみに酸化チタンの結晶膜を形成させることは非常に困難であり、又、金属からなる固体基材上への皮膜作成は不可能である。
【0004】
更に、これらの手法で形成される酸化チタン皮膜は、あくまでも酸化チタン結晶そのものの連続膜であって、ナノメートルオーダーの複雑な構造を有する皮膜ではなく、その比表面積は限られており、他の付加機能を発揮することはない。
【0005】
上記のように、ポリアミン類等を基材表面に固定し、その上にシリカやチタニアを析出させることはできても、構造が制御されたナノ構造体からなる金属酸化物で均一に被覆することは未だにできてないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Don Jin Kim et al.,Langmure,2004年,第20巻,7904−7906頁
【非特許文献2】D.D. Glawe et al., Langmure,2005年,第21巻,717−720頁
【非特許文献3】S. D. Pogula et al.,Langmure,2007年,第23巻,6677−6683頁
【非特許文献4】Anke Dutschke et al.,J.Mater.Chem.,2003,13,1058−1063
【非特許文献5】Takashi Sakai et al.,JSME International Journal Series A.,2005,48,451−457
【非特許文献6】B.C.Bunker et al.,Science,1994,264,48−55.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、任意形状の固体基材表面が金属酸化物で被覆されている構造物、詳しくは、金属酸化物がナノメートルオーダーのファイバー、粒子又はリボン形状を有し、これらを基本ユニットとして集合してなるナノ構造体で固体基材が被覆されている構造物とその簡便且つ効率的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは既に、溶液中でポリエチレンイミン骨格含有ポリマーの結晶性会合体を自発的に生長させ、結晶性会合体ができたら、後は該結晶性会合体の分散液中に金属酸化物のソース液を混合することによって、結晶性会合体表面上だけでのゾルゲル反応により、金属酸化物の析出を行なうことを提案している(例えば、特開2005−264421号等。)。溶液中でのポリエチレンイミン骨格含有ポリマーの結晶性会合体の生長を、任意形状の固体基材の表面にて進行させ、基材上にポリマーの結晶性会合体の層が形成できれば、その固体基材上に金属酸化物とポリマーとが複合化された新しい界面を有する構造物を構築することができ、これを固体基材ごと焼成して有機成分を除去することができれば、固体基材を金属酸化物からなるナノ構造体で被覆できると考えられる。この作業モデルをさらに拡張すれば、固体基材上に形成させる層がポリマーの結晶性会合体ではなく、ポリエチレンイミン骨格含有ポリマーの非結晶性の分子会合体からなる安定な層であっても、同様に目的の金属酸化物とポリマーとが複合化された新しいナノ界面を構築し、この形状を焼成時において維持できれば、金属酸化物被覆構造物とすることができると考えられる。
【0009】
従って、上記課題解決の根本的な問題は、如何に固体基材の表面にポリエチレンイミン骨格含有ポリマーの自己組織化会合体の安定な層(皮膜)を形成させるかだけになる。ポリエチレンイミン骨格含有ポリマーの重要な特徴は、塩基性であること、そして極めて高い極性を有することである。従って、ポリエチレンイミン骨格含有ポリマーは金属基材、ガラス基材、無機金属酸化物基材、極性表面を有するプラスチック基材、セルロース基材など多くの電子受容体基材類や、ルイス酸性基材類、酸性基材類、極性基材類、水素結合性基材類等の様々な表面と強い相互作用力(吸着力)を有する。本発明者らは、ポリエチレンイミン骨格含有ポリマーのこの特徴を生かし、任意形状の固体基材表面と一定濃度、一定温度のポリエチレンイミン骨格含有ポリマーとの分子溶液と接触(浸漬)させることにより、溶液中の該ポリマーが固体基材表面に吸引され、結果的には該ポリマーの分子会合体からなる層が、固体基材表面の接触させた部分の全面に渡り容易に形成できることを見出した。更にこのようにして得られたポリマー層で被覆された固体基材を金属酸化物ソース液中に浸漬させることで、固体基材を複雑なナノ構造複合体で被覆させることができる事を見出した。
【0010】
更に、上記によって得られるナノ構造複合体被覆型構造物中の当該ポリエチレンイミン骨格含有ポリマーは、焼成によって容易に除去できるが、金属酸化物はその形状を維持したまま固体基材上で固定され、容易に脱落しない事を見出した。
【0011】
すなわち本発明は、任意形状の固体基材表面が金属酸化物で被覆されている構造物、詳しくは、金属酸化物がナノメートルオーダーのファイバー、粒子又はリボン形状を有し、これらを基本ユニットとして集合してなるナノ構造体で固体基材が被覆されている構造物とその簡便且つ効率的な製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の金属酸化物被覆構造物は、任意形状の金属、ガラス、無機金属酸化物などの耐熱性固体基材表面に、シリカやチタニア等の金属酸化物を主構成成分とするナノ構造体が形成されているものであり、該構造物自体は、複雑な平面、曲面、棒状、管状等のいずれの形態であってもよく、また、管内、管外、容器内、容器外のいずれにも限定的または包括的に被覆させることができる。また、被覆するナノ構造体は、ポリエチレンイミン骨格を有するポリマー溶液と固体基材との接触によって該基材上に形成されるポリマー層をテンプレートとすることから、固体基材表面の一部のみを選択して被覆することも容易である。構造物の大小にかかわらず、その表面にはナノ構造体が形成されていることから、単位面積あたりの表面積(比表面積)は極めて大きくなる。また、固体基材表面のナノ構造体は金属酸化物からなる最表面を有し、金属酸化物に関連する応用技術分野、具体的には太陽電池、燃料電池構成における半導体薄膜、化学反応用触媒界面、光応答性センサー基板、マイクロ流路、分析・分離装置、防菌・殺菌薄膜、IJインキヘッド表面処理剤等として用いることができ、また、固体基材の耐摩耗性及び耐溶剤性改良技術への応用や、基材表面の屈折率調整技術などの、産業上幅広い分野への応用展開が可能である。
【0013】
更に金属酸化物からなる被膜中には、金属種として複数含有させることも可能であり、また耐久性にも優れている。特に金属種としてチタンを含有する場合には、その結晶構造を焼成条件で制御することも可能であり、その比表面積が大きいことから酸化チタンが本来有する光触媒機能を効率的に発現させることもできる。また、その製造方法としては、ディッピング等の簡便な手法を基本とするものであり、複雑な後処理等も必要ではない点からも、有用性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1におけるシリカ被膜のSEM写真である。
【図2】実施例1におけるシリカ被膜のFT−IRスペクトルである。
【図3】実施例2における銅板表面で形成したシリカ被膜のSEM写真である。
【図4】実施例3における500℃焼成後ガラス板表面に形成したチタニア被膜のSEM写真である。下図:低倍率写真;上図:高倍率写真。
【図5】実施例3におけるチタニア被膜のXRD回折パターンである。
【図6】実施例4におけるチタニア被膜のXRD回折パターンである。
【図7】実施例5で得た構造物の走査型電子顕微鏡写真である。a:シリカ析出後 b:チタニア析出後 c:焼成後。
【図8】実施例5の焼成後の構造物の表面のラマンスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の構造物は、固体基材(X)の表面が金属酸化物(B)を主構成成分とするナノ構造体(Y)によって被覆されたものである。なお、本発明において、ナノ構造体(Y)は、意図的にその他の耐熱性原料を用いない限り、また焼成条件等をコントロールしてポリマー(A)由来の成分を残さない限りにおいて金属酸化物(B)からなるものである。また、その形状は、ファイバー状・粒子状・リボン状の一定の形状を有する基本ユニットの集合体である。以下、本発明を詳細に述べる。
【0016】
[固体基材]
本発明において使用する固体基材(X)としては、後述するポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)が吸着でき、かつ当該ポリマー(A)を除去するために行なう焼成工程において形状が維持できるものであれば特に限定されず、例えば、250℃以上の耐熱性を有するガラス、金属、無機酸化物などの無機材料系基材や、これらの表面をエッチング処理した基材などを使用できる。
【0017】
ガラス基材としては、特に限定することではないが、例えば、耐熱ガラス(ホウケイ酸ガラス)、ソーダライムガラス、クリスタルガラス、鉛や砒素を含まない光学ガラスなどのガラスを好適に用いることができる。ガラス基材の使用においては、必要に応じ、表面を水酸化ナトリウムなどのアルカリ溶液でエッチングして用いることができる。
【0018】
金属基材としては特に限定されないが、例えば、鉄、銅、アルミ、ステンレス、亜鉛、銀、金、白金、またはこれらの合金などからなる基材を好適に用いることができる。
【0019】
無機酸化物基材としては、特に限定することではないが、例えば、ITO(インジウムティンオキシド)、酸化スズ、酸化銅、酸化チタン、酸化亜鉛、アルミナなどを好適に用いることができる。
【0020】
固体基材(X)の形状については、特に限定されるものではなく、平面状若しくは曲面状板、またはフィルムでも良い。特に、複雑形状加工品の管状チューブ、管状チューブのらせん体、マイクロチューブ;また、任意形状の(例えば、球形、四角形、三角形、円柱形等)容器;また、任意形状の(例えば、円柱形、四角形、三角形等)棒または繊維状態の固体基材でも好適に用いることができる。
【0021】
[ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)]
本発明において、固体基材(X)上に形成するポリマー層には、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)を用いることを必須とする。該ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)としては、線状、星状、櫛状構造の単独重合体であっても、他の繰り返し単位を有する共重合体であっても良い。共重合体の場合には、該ポリマー(A)中のポリエチレンイミン骨格(a)のモル比が20%以上であることが、安定なポリマー層を形成できる点から好ましく、該ポリエチレンイミン骨格(a)の繰り返し単位数が10以上である、ブロック共重合体であることがより好ましい。このときその他の繰り返し単位を有するブロックとしては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピオニルエチレンイミン、ポリアクリルアミド、ポリスチレン、ポリフェニルオキサゾリン、ポリオクチルオキサゾリン、ポリドデシルオキサゾリン、ポリメチルメタクリレート、ポリブチルメタクリレート等からなるブロックが挙げられる。
【0022】
前記ポリエチレンイミン骨格(a)としては、分岐状または直鎖状のいずれでも良いが、結晶性会合体の形成能が高い直鎖状ポリエチレンイミン骨格であることがより好ましい。また単独重合体であっても共重合体であっても、ポリエチレンイミン骨格部分に相当する分子量が500〜1,000,000の範囲であると、安定なポリマー層を基材(X)上に形成することができる点から好ましい。これらポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)は市販品または本発明者らがすでに前記特許公開公報等で開示した合成法により得ることができる。
【0023】
後述するように、前記ポリマー(A)は様々な溶液に溶解して用いることができるが、この時、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)以外に、該ポリマー(A)と相溶するその他のポリマーと混合して用いることができる。その他のポリマーとしては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミド、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリメチルオキサゾリン、ポリエチルオキサゾリン、ポリプロピレンイミンなどを挙げることができる。これらのその他のポリマーを用いることにより、得られる構造物中の表面にあるナノ構造複合体層の厚み等を容易に調整することが可能となる。
【0024】
[金属酸化物(B)]
本発明で得られる構造物の基材表面は、金属酸化物(B)を主構成成分とするナノ構造体であること、具体的には、前述のように意図的に第三成分を混在させない限りにおいて金属酸化物からなるナノ構造体であることを特徴とする。金属酸化物(B)としては、いわゆるゾルゲル反応によって形成されるものであれば特に限定されるものではなく、金属種として、ケイ素、チタン、ジルコニウム、アルミニウム等が挙げられ、工業的な原料の入手容易性の観点と、得られる構造物の応用分野が広い点から、ケイ素又はチタンであることが好ましい。
【0025】
金属酸化物(B)がシリカの場合、シリカソースとしては、例えば、アルコキシシラン類、水ガラス、ヘキサフルオロシリコンアンモニウム等を用いることができる。
【0026】
アルコキシシラン類としては、テトラメトキシシラン、メトキシシラン縮合体のオリゴマー、テトラエトキシシラン、エトキシシラン縮合体のオリゴマーを好適に用いることができる。さらに、アルキル置換アルコキシシラン類の、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、n−プロピルトリメトキシシラン、n−プロピルトリエトキシシラン、iso−プロピルトリメトキシシラン、iso−プロピルトリエトキシシラン等、更に、3−クロロプロピルトリメトキシシラン、3−クロロプロピルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、3−メルカプトトリエトキシシラン、3,3,3−トリフルオロプロピルトリメトキシシラン、3,3,3−トリフルオロプロピルトリエトキシシラン、3−メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン、3−メタクリルオキシプロピルトリエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、p−クロロメチルフェニルトリメトキシシラン、p−クロロメチルフェニルトリエトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、ジエチルジメトキシシラン、ジエチルジエトキシシラン等を、単一で、又は混合して用いることができる。
【0027】
金属酸化物(B)がチタニアの場合、チタンソースとしては、水中で安定な水溶性チタン化合物を好ましく用いることができる。
【0028】
水溶性チタン化合物として、例えば、チタニウムビス(アンモニウムラクテート)ジヒドロキシド水溶液、チタニウムビス(ラクテート)の水溶液、チタニウムビス(ラクテート)のプロパノール/水混合液、チタニウム(エチルアセトアセテート)ジイソプロポオキシド、硫酸チタンなどが挙げられる。
【0029】
金属酸化物(B)がジルコニアである場合には、例えば、ジルコニウムテトラエトキシド、ジルコニウムテトラ−n−プロポキシド、ジルコニウムテトラ−iso−プロポキシド、ジルコニウムテトラ−n−ブトキシド、ジルコニウムテトラ−sec−ブトキシド、ジルコニウムテトラ−tert−ブトキシドなどのジルコニウムテトラアルコキシド類をソースとして用いることができる。
【0030】
更に、金属酸化物(B)がアルミナである場合には、アルミニウムトリエトキシド、アルミニウムトリ−n−プロポキシド、アルミニウムトリ−iso−プロポキシド、アルミニウムトリ−n−ブトキシド、アルミニウムトリ−sec−ブトキシド、アルミニウムトリ−tert−ブトキシドなどのアルミニウムトリアルコキシド類が挙げられる。
【0031】
また、金属酸化物(B)が酸化亜鉛の場合には、そのソースとして、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硝酸亜鉛、硫酸亜鉛類を用いることができ、酸化タングステンの場合は、その原料として、塩化タングステン、アンモニウムタングステム酸などを好適に用いることができる。
【0032】
これらの金属酸化物(B)のソース液(B’)となる化合物は、単独もしくは二種以上組み合わせて同時に用いることができるし、先に一種類その次に他種類を段階的に用いることもできる。また、これらの化合物の単独部分縮合物あるいは共部分縮合物を本発明に用いることもできる。
【0033】
本発明の構造体は、前述のポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)と金属酸化物(B)とからなるナノ構造複合体(Y’)で被覆されたナノ構造複合体被覆型構造物を焼成したものである。このナノ構造複合体(Y’)は、ポリエチレンイミン骨格(a)の作用により、金属イオンを安定に取り込むことができ、金属イオンを含むナノ構造複合体被覆型構造物とすることができる。
【0034】
前記ポリマー(A)中のポリエチレンイミン骨格(a)は金属イオンに対して強い配位能力を有するため、金属イオンは該骨格中のエチレンイミン単位と配位結合して金属イオン錯体を形成する。該金属イオン錯体は金属イオンがエチレンイミン単位に配位されることにより得られるものであり、イオン結合等の過程と異なり、該金属イオンがカチオンでも、またはアニオンでも、エチレンイミン単位への配位により錯体を形成することができる。従って、金属イオン金属種は、ポリマー(A)中のエチレンイミン単位と配位結合できるものであれば制限されず、アルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移金属、半金属、ランタン系金属、ポリオキソメタレート類の金属化合物等のいずれでも良く、単独種であっても複数種が混合されていても良い。
【0035】
上記アルカリ金属としては、Li,Na,K,Cs等が挙げられ、該アルカリ金属のイオンの対アニオンとしては、Cl,Br,I,NO,SO,PO,ClO,PF,BF,FCSOなどが挙げられる。
【0036】
アルカリ土類金属としては、Mg,Ba,Ca等が挙げられる。
【0037】
遷移金属系の金属イオンとしては、それが遷移金属カチオン(Mn+)であっても、または遷移金属が酸素との結合からなる酸根アニオン(MOn−)、またはハロゲン類結合からなるアニオン(MLn−)であっても、好適に用いることができる。なお、本明細書において遷移金属とは、周期表第3族のSc,Y、及び、第4〜12族で第4〜6周期にある遷移金属元素を指す。
【0038】
遷移金属カチオンとしては、各種の遷移金属のカチオン(Mn+)、例えば、Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Y,Zr,Mo,Ru,Rh,Pd,Ag,Cd,W,Os,Ir,Pt,Au,Hgの一価、二価、三価または四価のカチオンなどが挙げられる。これら金属カチオンの対アニオンは、Cl,NO,SO、またはポリオキソメタレート類アニオン、あるいはカルボン酸類の有機アニオンのいずれであってもよい。ただし、Ag,Au,Ptなど、エチレンイミン骨格により還元されやすいものは、pHを酸性条件にする等、還元反応を抑制してイオン錯体を調製することが好ましい。
【0039】
また遷移金属アニオンとしては、各種の遷移金属アニオン(MOn−)、例えば、MnO,MoO,ReO,WO,RuO,CoO,CrO,VO,NiO,UOのアニオン等が挙げられる。
【0040】
更に金属イオンとしては、前記遷移金属アニオンが、ポリマー(A)中のエチレンイミン単位に配位した金属カチオンを介して金属酸化物(B)中に固定された、ポリオキソメタレート類の金属化合物の形態であってもよい。該ポリオキソメタレート類の具体例としては、遷移金属カチオンと組み合わせられたモリブデン酸塩、タングステン酸塩、バナジン酸塩類等をあげることができる。
【0041】
さらに、各種の金属が含まれたアニオン(MLn−)、例えば、AuCl,PtCl,RhCl,ReF,NiF,CuF,RuCl,InCl等、金属がハロゲンに配位されたアニオンもイオン錯体形成に好適に用いることができる。
【0042】
また、半金属系イオンとしては、Al,Ga,In,Tl,Ge,Sn,Pb,Sb,Biのイオンが挙げられ、なかでもAl,Ga,In,Sn,Pb,Tlのイオンが好ましい。
【0043】
ランタン系金属イオンとしては、例えば、La,Eu,Gd,Yb,Euなどの3価のカチオンが挙げられる。
【0044】
ナノ構造複合体(Y’)に取り込まれた金属イオンは、後の焼成過程においても消失することがないため、金属酸化物(B)中に金属イオンのままの状態、又は焼成過程においてゼロ価の金属となって残存することになる。この場合においては、ナノ構造体(Y)は金属イオン又は金属と、金属酸化物とからなる複合体である。
【0045】
特に還元反応により還元されやすい金属イオンは、ポリエチレンイミン骨格(a)の還元作用、或いはその他の還元剤と接触させる工程を経ることによって、ナノ構造複合体(Y’)中で金属ナノ粒子に変換させることができ、焼成工程でこれが一部融着したような状態で金属酸化物(B)と複合化させることも可能である。
【0046】
前述の還元されやすい金属種としては、例えば、銅、銀、金、白金、パラジウム、マンガン、ニッケル、ロジウム、コバルト、ルテニウム、レニウム、モリブデン、鉄等が挙げられる。これら金属種の中でも、特に、銀、金、白金は、その金属イオンがエチレンイミン単位に配位された後、室温または加熱状態で自発的に還元されるため特に好ましい。
【0047】
[金属酸化物(B)を主構成成分とするナノ構造体(Y)]
金属酸化物(B)を主構成成分とするナノ構造体(Y)は、基本的にはポリマー(A)と金属酸化物(B)との複合ナノファイバー、複合ナノ粒子、複合ナノリボンの集合体からなるナノ構造複合体(Y’)の焼成物であり、焼成工程においては金属酸化物(B)の形状が維持されたまま、ポリマー(A)のみが除去されるため、ナノ構造体(Y)もナノファイバー、ナノ粒子或いはナノリボンの集合体である。その集合体は、基材表面全体を覆った状態を構成しながら、様々なパターンまたはモルフォロジーを形成する。例えば、金属酸化物(B)がシリカの場合には、ナノファバーが固体基材上の全面に該ファイバーの長軸が略垂直方向を向いて生えているような芝状(ナノ芝)またはファイバーの長軸が比較的長く、そのため若干垂直方向よりも倒れる傾向を有する田んぼ状(ナノ田んぼ)、ナノファイバーが基材上全面で横倒れているような畳状(ナノ畳)が構成され、金属酸化物(B)がシリカ又はチタニアの場合には、ナノファイバー又はナノ粒子が基材上の全面でネットワークを形成しているスポンジ状(ナノスポンジ)などが構成され、金属酸化物がチタニアの場合には、複合ナノリボンが固体基材表面に沿って、ナノ薄膜を形成すると同時に、リボンがそのナノ薄膜上の全面で、囲み型塀が立ち並ぶ状態で迷路を形成している(ナノ迷路)など、多様多種の階層構造を構成することができる。
【0048】
上記ナノ芝状の高次構造における、基本ユニットのナノファイバーの太さは10〜100nmの範囲である。ナノ芝状おける複合ナノファイバーの長さ(長軸方向)は50nm〜10μm範囲に制御することができる。
【0049】
また、固体基材上でネットワークを形成する場合、即ち、被覆層全体にわたって三次元の網目構造を構築している場合には、基本構造が前記ナノファイバーのみからなるものであっても、ナノ粒子のみからなるものであっても、あるいは両者が組み合わさって形成されていても良い。この時、ナノ粒子の平均粒子径としては20nm以下に制御することが好ましい。
【0050】
上記ナノ迷路状高次構造における、基本ユニットのナノリボンの厚みは30〜500nmの範囲である。ナノ迷路形成の囲み型塀の高さは100〜2000nm範囲に制御できる。また、囲み型塀と塀の間隔は200nm〜5μm範囲に制御できる。
【0051】
固体基材上を被覆する際の基板からの厚みは、ナノファイバー、ナノ粒子、ナノリボンの集合体構造とも関連するが、概ね50nm〜20μm範囲で変化させることができる。ナノ芝状では、ナノファイバーが真っすぐ立ち伸びる傾向が強く、ファイバーの長さが基本的に厚みを構成し、一本一本のファイバーの長さはかなり揃った状態であることが特徴である。ナノ田んぼ状では、ナノファイバーが斜めに伸びる傾向が強く、被覆層の厚みはファイバーの長さよりは小さい。また、ナノ田んぼ状の層の厚さは、ナノファイバーの横倒れの重なり状態で決定されることが特徴である。ナノスポンジ状の層の厚さはナノファイバーが規則性を有する複雑な絡みで盛り上がる度合いにより決まることが特徴である。ネットワークを形成している場合には、その重なり状態、ナノファイバーとナノ粒子との存在割合等によって厚みが決定される。
【0052】
また、前記のように金属イオンを取り込む際には、該金属イオン取り込み量としては、ポリマー(A)中のエチレンイミン単位1当量に対し、1/4〜1/200当量の範囲で調製することが好ましく、この比率を変えることによって、被覆層の厚みを変化させることができる。また、この時の被覆層は金属種に応じた発色をすることもある。
【0053】
[金属酸化物被覆構造物の製造方法]
本発明の構造物の製造方法は、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)の溶液、或いは、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)と金属イオンとの混合溶液を、前記250℃以上の耐熱性を有する固体基材(X)の表面に接触させた後、該基材(X)を取り出し、基材(X)の表面にポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)と、併用された金属イオンとからなるポリマー層が吸着した基材を得る工程と、前記ポリマー層が吸着した基材と金属酸化物のソース液(B’)とを接触させて、基材表面に吸着したポリマー層中のポリエチレンイミン骨格(a)が有する触媒機能により、金属酸化物(B)がその上に析出して、ナノ構造複合体(Y’)を形成すると共に基材を被覆する工程と、これを固体基材ごと焼成する工程と、を有する製造方法である。この手法により固体基材(X)の表面に金属酸化物(B)を主構成成分とするナノ界面の被覆層を容易に形成することができる。
【0054】
前記ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)は前述のポリマーを使用できる。また、該ポリマー(A)の溶液を得る際に使用可能な溶媒としては、該ポリマー(A)が溶解するものであれば特に制限されず、例えば、水、メタノールやエタノールなどの有機溶剤、あるいはこれらの混合溶媒などを適宜使用できる。
【0055】
溶液中における該ポリマー(A)の濃度としては、固体基材(X)上にポリマー層を形成できる濃度であれば良いが、所望のパターン形成や、基材表面へ吸着するポリマー密度を高くする場合には、0.5質量%〜50質量%の範囲であることが好ましく、5質量%〜50質量%の範囲であるとより好ましい。
【0056】
ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)の溶液中には、該溶剤に可溶でポリマー(A)と相溶可能な前述のその他のポリマーを混合することもできる。その他のポリマーの混合量としては、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)の濃度より高くても低くても良い。
【0057】
金属イオンを含有するナノ構造複合体(Y’)からなる被覆層を形成させる場合には、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)の溶液中に、当該金属イオンを混合する。該金属イオンの濃度はポリエチレンイミン骨格(a)中のエチレンイミン単位の1/4当量以下で調整することが好ましい。
【0058】
また、固体基材(X)上にポリマー層を作製するには、固体基材(X)をポリマー(A)の溶液と接触させる。接触法としては、所望の固体基材(X)をポリマー(A)の溶液に浸漬することが好適である。
【0059】
浸漬法では、基材状態により、基材(非容器状)を溶液中に入れる、または溶液を基材(容器状)中に入れる方式で、基材と溶液を接触させることができる。浸漬の際、ポリマー(A)の溶液の温度は加熱状態であることが好ましく、概ね50〜90℃の温度であれば好適である。固体基材(X)をポリマー(A)の溶液と接触させる時間は特に制限されず、基材(X)の材質に合わせて、数秒から1時間で選択することが好ましい。基材の材質がポリエチレンイミンと強い結合能力を有する場合、例えば、ガラス、金属などでは数秒〜数分でよく、基材の材質がポリエチレンイミンと結合能力が弱い場合は数十分から1時間でも良い。
【0060】
固体基材(X)とポリマー(A)の溶液を接触した後、該基材をポリマー(A)の溶液から取り出し、室温(25℃前後)に放置すると、自発的にポリマー(A)の集合体層が該基材(X)の表面に形成される。あるいは、該基材(X)をポリマー(A)の溶液から取り出してから、ただちに4〜30℃の蒸留水中、または室温〜氷点下温度のアンモニア水溶液中に入れることにより、自発的なポリマー(A)の集合体層を形成させても良い。
【0061】
固体基材(X)の表面とポリマー(A)の溶液との接触方法では、例えば、スピンコータ、バーコータ、アプリケータなどによる塗布の他、ジェットプリンタによるプリントや印刷などの方法も使用できる。特に、微細なパターン状に接触させる場合には、ジェットプリンタによる方法が好適である。
【0062】
引き続き、前記で得られた固体基材(X)上に形成したポリマー層と金属酸化物のソース液(B’)とを接触させ、ポリマー層表面に金属酸化物(B)を析出させて、ポリマー(A)と金属酸化物(B)とのナノ構造複合体(Y’)を形成させる。ポリマー層に金属イオンが含まれる場合でも、同様な方法で金属酸化物(B)を析出させてナノ構造複合体(Y’)を形成させることができる。
【0063】
この時用いる、金属酸化物のソース液(B’)としては、前述した各種の金属酸化物のソースとなる化合物の水溶液や、アルコール類溶剤、例えば、メタノール、エタノール、プロパノールなどの水性有機溶剤溶液、またはこれらと水との混合溶剤溶液を用いることができる。また、pH値が9〜11の範囲に調整した水ガラス水溶液も用いることができる。用いる金属酸化物のソース液(B’)には、金属種が異なるものを2種以上混合しても良く、又、金属種の異なる2種以上の金属酸化物のソース液(B’)に順次接触させる工程でも良い。この様な手法により、金属酸化物(B)の金属種が2種以上のものを得ることができる。
【0064】
また、シリカソースとしてのアルコキシシラン類化合物は、無溶剤のバルク液のままでも使用可能である。
【0065】
ポリマー層が吸着した固体基材を金属酸化物のソース液(B’)と接触させる方法としては、浸漬法を好ましく用いることができる。浸漬する時間は5〜60分であれば十分であるが、必要に応じ時間を更に長くすることもできる。金属酸化物のソース液(B’)の温度は室温でもよく、加熱状態でも良い。加熱の場合、金属酸化物(B)を固体基材(X)の表面にて規則的に析出させるため、温度を70℃以下に設定することが望ましい。
【0066】
ソース液(B’)の種類、濃度などの選定により、析出される金属酸化物(B)とポリマー(A)とのナノ構造複合体(Y’)の構造を調整することができ、目的に応じて、ソース液(B’)の種類や濃度を適宜に選定することが好ましい。
【0067】
ポリエチレンイミンは貴金属イオン、例えば、金、白金、銀などを金属ナノ粒子に還元することができる。従って、上記工程で得られた、ナノ構造複合体(Y’)によって被覆された構造物を、当該貴金属イオンの水溶液と接触させる工程を経ることにより、該貴金属イオンをナノ構造複合体(Y’)中で金属ナノ粒子に変換させることができる。
【0068】
前記工程において貴金属イオンの水溶液と接触させる方法は浸漬法を好ましく用いることができる。貴金属イオンの水溶液としては、塩化金酸、塩化金酸ナトリウム、塩化白金酸、塩化白金酸ナトリウム、硝酸銀等の水溶液を好適に用いることができ、貴金属イオンの水溶液濃度としては0.1〜5モル%であることが好ましい。
【0069】
貴金属イオンの水溶液の温度は特に限定されず、室温〜90℃の範囲であれば良いが、還元反応を促進するためであれば、50〜90℃の加熱された水溶液を用いることが好ましい。また、構造物を金属イオンの水溶液中に浸漬する時間は0.5〜3時間であればよく、加熱された水溶液に浸漬する場合は30分程度で十分である。
【0070】
ポリエチレンイミン単独では還元されにくい金属イオンの場合には、前記で得られた金属イオンを有する構造物中の当該金属イオンを、還元剤、特に低分子量の還元剤溶液または水素ガスと接触させる工程を併用して、該金属イオンを還元することにより、当該金属ナノ粒子を含有するナノ構造複合体被覆型構造物を得ることができる。
【0071】
この時使用できる還元剤としては、例えば、アスコルビン酸、アルデヒド、ヒドラジン、水素化硼素ナトリウム、水素化硼素アンモニウム、水素などが例として挙げられる。還元剤を用いて金属イオンを還元する際には、その反応は水性媒体中で行うことができ、金属イオンが含まれた構造物を還元剤溶液中に浸漬する方法、または水素ガス雰囲気中放置させる方法を用いることができる。この時、還元剤水溶液の温度は室温〜90℃以下の範囲であればよく、また還元剤の濃度としては1〜5モル%であることが好ましい。
【0072】
還元反応を行う工程に適応できる金属イオンの金属種としては、特に限定されないが、還元反応が速やかに進行する点から、銅、マンガン、クロム、ニッケル、錫、バナジウム、パラジウムであることが好ましい。
【0073】
被覆型構造物を還元剤水溶液に浸漬する際、還元剤水溶液温度は室温または90℃以下の加熱状態でも好適であり、還元剤の濃度は1〜5%程度で十分である。
【0074】
前述の方法で得られた様々な構造物は、室温(25℃)〜60℃程度に放置することにより、溶剤や水を除去することができる。
【0075】
〔ナノ構造複合体被覆型構造物の焼成〕
前述で得られた本発明のナノ構造複合体被覆型構造物は、これを焼成することにより、固体基材(X)を被覆しているナノ構造複合体(Y)中のポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)を除去することができる。このとき、該ナノ構造複合体(Y)を形成している金属酸化物(B)の形状は保持されているため、焼成によって得られる構造物は、金属酸化物(B)を主構成成分とする前述の形状を有するナノ構造体で被覆された構造物となる。このとき金属酸化物(B)としては単独の金属種からなるものであっても、2種以上の金属種からなるものであってもよい。即ち、焼成を行なう前のナノ構造複合体被覆型構造物に含まれる金属酸化物と同じものからなり、形状も保持された焼成物が得られることになる。
【0076】
焼成温度は300〜1200℃に設定することができるが、金属種としてケイ素を含有する場合には650℃以下、好ましくは600℃以下で焼成することが、焼成前のナノ構造複合体の形状を維持しやすい。金属種として、チタンを含有する場合、焼成温度は700℃以下、または800℃以上などに設定して焼成を行なうことができる。アナターゼ型酸化チタンを得るためには、焼成温度を700℃以下にすることが望ましく、ルチル型酸化チタン被覆構造物を得るためには、焼成温度を800℃以上にすることが望ましい。また、焼成温度を650〜800℃間にし、その焼成時間を調整することで、アナターゼとルチルが混在する構造物を得ることもできる。
【0077】
加熱焼成時間としては1〜7時間の範囲であることが望ましいが、温度が高い時は短時間焼成でよく、温度が低い時は、時間を長くすること等、適宜調整することが好ましい。又、有機化合物であるポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)を除去しやすいことから、酸素雰囲気下で焼成を行うことが好ましい。
【0078】
この様な、金属酸化物(B)を主構成成分とするナノ構造体で被覆された、任意形状の構造物は、焼成工程を経ていることから特に耐久性(形状保持性)に優れている。又その比表面積が格段に大きいことから、金属酸化物が本来有する機能、例えば、光触媒機能等を効果的に発現させることが可能である。
【実施例】
【0079】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明する。なお、特に断わりがない限り、「%」は「質量%」を表わす。
【0080】
[走査電子顕微鏡によるナノ構造体の形状分析]
単離乾燥したナノ構造体を両面テープにてサンプル支持台に固定し、それをキーエンス製表面観察装置VE−9800にて観察した。
【0081】
[X線回折法(XRD)による酸化チタンの分析]
酸化チタンを測定試料用ホルダーにのせ、それを株式会社リガク製広角X線回折装置「Rint−ultma」にセットし、Cu/Kα線、40kV/30mA、スキャンスピード1.0°/分、走査範囲20〜40°の条件で行った。特に、被覆膜の内部構造詳細の分析では、その測定条件を以下のように設定した。X線:Cu/Kα線、50kV/300mA、走査スピード:0.12°/min;走査軸:2θ(入射角0.2〜0.5°、1.0°)。
【0082】
合成例1
<直鎖状のポリエチレンイミン(L−PEI)の合成>
市販のポリエチルオキサゾリン(数平均分子量50,000,平均重合度5,000,Aldrich社製)3gを、5モル/Lの塩酸15mLに溶解させた。その溶液をオイルバスにて90℃に加熱し、その温度で10時間攪拌した。反応液にアセトン50mLを加え、ポリマーを完全に沈殿させ、それを濾過し、メタノールで3回洗浄し、白色のポリエチレンイミンの粉末を得た。得られた粉末をH−NMR(重水、日本電子株式会社製、AL300、300MHz)にて同定したところ、ポリエチルオキサゾリンの側鎖エチル基に由来したピーク1.2ppm(CH)と2.3ppm(CH)が完全に消失していることが確認された。即ち、ポリエチルオキサゾリンが完全に加水分解され、ポリエチレンイミンに変換されたことが示された。
【0083】
その粉末を5mLの蒸留水に溶解し、攪拌しながら、その溶液に15%のアンモニア水50mLを滴下した。その混合液を一晩放置した後、沈殿したポリマー会合体粉末を濾過し、そのポリマー会合体粉末を冷水で3回洗浄した。洗浄後の結晶粉末をデシケータ中で室温乾燥し、線状のポリエチレンイミン(L−PEI)を得た。収量は2.2g(結晶水含有)であった。ポリオキサゾリンの加水分解により得られるポリエチレンイミンは、側鎖だけが反応し、主鎖には変化がない。従って、L−PEIの重合度は加水分解前の5,000と同様である。
【0084】
実施例1[ガラス管内壁がシリカのナノ構造体で被覆された構造物]
上記合成例1で得たポリマーL−PEIを蒸留水中に加え、90℃まで加熱し、4%の水溶液を調製した。ソーダライム材質のガラス管(内径6mm、長さ5cm)とシリンジをゴム管で連結し、該ガラス管中に一定目安のところまで前記加温したポリマー水溶液を吸い取ってから、30秒間静置した後、該ポリマー水溶液をシリンジの押し力で排出した。この操作でガラス管内壁にL−PEIポリマー層が形成された。該ガラス管を室温にて5分間静置したのち、ガラス管を10mLのMS51と蒸留水の混合液〔体積比1/1、MS51:テトラメトキシシランの4量体(コルコート社製)〕中に30分間浸けた。ガラス管を取り出し、ガラス管内壁をエタノールで洗浄した後、それを室温で乾燥した。この作業後、ガラス管に薄青色の反射色が見えた。このガラス管を空気雰囲気下、500℃にて2時間焼成した。
【0085】
上記過程を経て得られたガラス管末端を少々潰し、その破片をSEMにて観察した。ガラス管内壁はナノ芝状構造で覆われていた(図1)。この芝を掻き落とした粉をFT−IRにて測定した。図2に示されたように、焼成前の1460−1480cm−1間にL−PEI中のN−HとCH由来の振動シグナルが焼成後は消失し、Si−O−Si振動由来の1100cm−1シグナルとSi−OH由来の3500cm−1シグナルが顕著に現れた。これらのことから、500℃焼成後、ナノ芝状のシリカがガラス管内壁を被覆していることが示唆された。
【0086】
実施例2[銅板表面がシリカナノ構造体で被覆された構造物]
1×1cmサイズの銅板を4%のL−PEIの水溶液(80℃液)に浸け、30秒間静置した。板を取り出し、室温にて5分間静置させた後、シリカソースの混合液(MS51/水/イソプロパノール=0.5/3/3)につけた後、室温で20分静置した。板を液中から取り出し、エタノールで表面を洗浄し、室温にて乾燥させた後、500℃にて2時間焼成し、板状の構造物を得た。得られた板の表面をSEMで観察した。図3には銅板表面がナノファイバーを基本ユニットとするナノ構造体で覆われていることが確認された。
【0087】
実施例3[ガラス板表面がチタニアのナノ構造体で被覆された構造物]
上記合成例1で得たポリマーL−PEIを蒸留水中に加え、90℃まで加熱し、3%の水溶液を調製した。ソーダライム材質のガラス板(2×2cm)を前記加温したポリマー水溶液中に30秒間浸漬した。この操作でガラス板表面にL−PEIポリマー層が形成された。該ガラス板を室温にて5分間静置したのち、TC315[チタンラクテートの44%の水溶液(マツモトファインケミカル社製)]と1.0mol/Lのアンモニア水の混合液(体積比1/100)中に30分間浸けた。ガラス板を取り出し、エタノールで洗浄した後、それを室温で乾燥した。このガラス板を500℃にて2時間焼成した。
【0088】
上記過程を経て得られたガラス板表面をSEMにて観察した。図4には低倍率と高倍率のSEM写真を示した。板表面はナノリボンが塀の様に立ち並ぶナノ迷路構造の被膜が形成した。このナノ迷路構造の被膜をXRDにて測定した(図5)。図5の結果から、ナノ迷路構造の被膜はアナターゼ型チタニアであることがわかった。
【0089】
実施例4[アルミナ板表面がチタニアのナノ構造体で被覆された構造物]
上記合成例1で得たポリマーL−PEIを蒸留水中に加え、90℃まで加熱し、3%の水溶液を調製した。アルミナ板(2×2cm)を前記加温したポリマー水溶液中に30秒間浸漬した。この操作でアルミナ板にL−PEIポリマー層が形成された。該アルミナ板を室温にて5分間静置したのち、TC315[チタンラクテートの44%の水溶液(マツモトファインケミカル社製)]と1.0mol/Lのアンモニア水の混合液(体積比1/100)中に30分間浸けた。アルミナ板を取り出し、エタノールで洗浄した後、それを室温で乾燥した。このアルミナ板を800℃にて2時間焼成した。
【0090】
上記過程を経て得られたガラス板表面をSEMにて観察した。板表面はナノリボンが塀の様に立ち並ぶナノ迷路構造の被膜が形成した。このナノ迷路構造の被膜をXRDにて測定した(図6)。図6の結果から、ナノ迷路構造の被膜はルチル型チタニアであることがわかった。
【0091】
実施例5[シリカを含有するナノ芝表面にチタニアが析出されたシリカ・チタニア複合ナノ芝]
3×2cmのソーダライムガラス板を上記で得られた4%のL−PEIの水溶液(80℃)に浸け、30秒間静置した。ガラス板を取り出し、室温(25℃)にて5分間静置させた後、シリカソースの混合液(MS51/蒸留水/IPA =0.5/3/3体積比)中に、室温で20分浸けた。ガラス板を液中から取り出し、エタノールで表面を洗浄し、室温にて乾燥させた。得られた板の表面をSEMで観察したところ、板表面全体はナノファイバーを基本ユニットとするナノ芝で被覆されていることを確認した(図7a)。
【0092】
上記で得たシリカを構成成分とするナノ芝を10mlのチタンソース液(TC315/1.0Mアンモニア溶液 体積比=1/120)に60分間浸漬けした。得られた板の表面をSEMで観察したところ、ナノ芝で被覆されていることを確認した(図7b)。
【0093】
更に、得られたシリカとチタニアを含有する複合体で被覆されたガラス板を500℃で3時間焼成し、構造物を得た。表面をSEMで観察したところ、ナノ構造体の形状が維持されていることを確認した(図7c)。これのラマンスペクトル(Remishaw社 inVia Reflex Ramascope)から、アナターゼ型酸化チタンの存在を確認した(図8)。蛍光X線分析(Rigaku社 ZSX100e)の結果、この構造体中のシリカとチタニアの組成比(質量比)は95/5であった。
【0094】
実施例6 [シリカを含有するナノ芝表面に酸化タングステンが析出されたシリカ・酸化タングステン複合ナノ芝]
実施例5で得られたシリカを含有するナノ芝表面を有する構造体を10mlの塩化タングステンエタノール溶液(0.01Mol/L)に60分間浸漬けした。ガラス板を取り出し、それをエタノールで3回洗浄、乾燥後、500℃で3時間焼成した。蛍光X線分析の結果、この構造体中のシリカと酸化タングステンの組成比は85/15であった。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明の金属酸化物被覆構造物は、任意形状の金属、ガラス、無機金属酸化物などの固体基材表面に、シリカやチタニア等の金属酸化物を主構成成分とするナノ構造体が形成されているものである。被覆するナノ構造体は、ポリエチレンイミン骨格を有するポリマー溶液と固体基材との接触によって該基材上に形成されるポリマー層をテンプレートとすることから、固体基材表面の一部のみを選択して被覆することも容易である。構造物の大小にかかわらず、その表面にはナノ構造体が形成されていることから、単位面積あたりの表面積(比表面積)は極めて大きくなる。また、固体基材表面のナノ構造体は金属酸化物からなる最表面を有し、焼成工程を経ているため、その耐久性にも優れ、金属酸化物に関連する応用技術分野で好適に用いることが可能である。更には、該構造体中に、金属イオン又は金属を組み込むことも容易であるから、それらの機能を発現させて利用する様々なデバイスへ利用することができる。具体的には、太陽電池、燃料電池構成における半導体薄膜、化学反応用触媒界面、光応答性センサー基板、マイクロ流路、分析・分離装置、防菌・殺菌薄膜、IJインキヘッド表面処理剤等として用いることができ、また、基材表面の耐摩耗性及び耐溶剤性改良技術への応用や、基材表面の屈折率調整技術などの、産業上幅広い分野への応用展開が可能である。特に金属種としてチタンを含有する場合には、その比表面積が大きいことから酸化チタンが本来有する光触媒機能を効率的に発現させうるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)を含有する溶液中に250℃以上の耐熱性を有する固体基材(X)を浸漬させた後取り出し、該固体基材(X)の表面にポリマー層を形成させる工程(I)と、
前記工程(I)で得られたポリマー層を有する固体基材(X)と、金属酸化物のソース液(B’)とを接触して、固体基材(X)表面のポリマー層中に金属酸化物(B)を析出させ、ナノファイバー、ナノ粒子又はナノリボンを基本ユニットとする集合体からなるナノ構造複合体(Y’)を形成させてナノ構造複合体被覆型構造物を得る工程(II)と、
前記工程(II)で得られたナノ構造複合体被覆型構造物を焼成する工程(III)と、
を有することを特徴とする金属酸化物(B)を主構成成分とするナノファイバー、ナノ粒子又はナノリボンを基本ユニットとする集合体からなるナノ構造体(Y)で被覆された金属酸化物被覆構造物の製造方法。
【請求項2】
前記金属酸化物のソース液(B’)における金属種がケイ素又はチタンを含有するものである請求項1記載の金属酸化物被覆構造物の製造方法。
【請求項3】
前記工程(II)において、金属種の異なる2種以上の金属酸化物のソース液(B’)に順次接触させる工程を行なうことによって、ナノ構造体(Y)を形成する金属酸化物(B)の金属種が2種以上である構造物とする請求項1又は2記載の金属酸化物被覆構造物の製造方法。
【請求項4】
前記金属酸化物のソース液(B’)中の金属種がチタンを含有するものであり、且つ前記工程(III)における焼成温度を300〜700℃とすることにより、アナターゼ型酸化チタンを含有するナノ構造体(Y)とする請求項1〜3の何れか1項記載の金属酸化物被覆構造物の製造方法。
【請求項5】
前記金属酸化物のソース液(B’)中の金属種がチタンを含有するものであり、且つ前記工程(III)における焼成温度を800〜1200℃とすることにより、ルチル型酸化チタンを含有するナノ構造体(Y)とする請求項1〜3の何れか1項記載の金属酸化物被覆構造物の製造方法。
【請求項6】
前記250℃以上の耐熱性を有する固体基材(X)がガラス、金属又は無機酸化物である請求項1〜5の何れか1項記載の金属酸化物被覆構造物の製造方法。
【請求項7】
250℃以上の耐熱性を有する固体基材(X)が金属酸化物(B)を主構成成分とする被覆層で被覆されてなる金属酸化物被覆構造物であって、
該金属酸化物(B)がナノファイバー、ナノ粒子又はナノリボンを基本ユニットとする集合体からなるナノ構造体(Y)であることを特徴とする金属酸化物被覆構造物。
【請求項8】
前記金属酸化物(B)中の金属種が2種以上である請求項7記載の金属酸化物被覆構造物。
【請求項9】
前記金属酸化物(B)中の金属種がケイ素又はチタンを含有するものである請求項8記載の金属酸化物被覆構造物。
【請求項10】
前記金属酸化物(B)がアナターゼ型酸化チタンまたはルチル型酸化チタンを含有する請求項9記載の金属酸化物被覆構造物。
【請求項11】
前記250℃以上の耐熱性を有する固体基材(X)がガラス、金属又は無機酸化物である請求項7〜10の何れか1項記載の金属酸化物被覆構造物。

【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−196097(P2010−196097A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−40570(P2009−40570)
【出願日】平成21年2月24日(2009.2.24)
【出願人】(000173751)財団法人川村理化学研究所 (206)
【Fターム(参考)】