説明

鉄−炭素合金電気めっき浴

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、鉄−炭素合金電気めっき浴に関する。
【0002】
【従来の技術及びその課題】現在、鉄めっきは、ガラスモールド、レコ−ドスタンプ、印刷版等の耐摩耗用部品の電鋳や鉄鋼部品の補修などに用いられており、めっき浴としては、工業的には、硫酸浴、塩化物浴、ホウフッ化物浴等が使用されている。これらのめっき浴から得られる鉄めっき皮膜の硬度は、Hv150〜500程度であり、耐摩耗用皮膜として広く用いられているクロムめっきやニッケル−リン合金めっきに比べると低硬度である。このため、電析鉄膜の硬度を増加させる目的で膜中への鉄の水酸化物の共析や炭素共析による鉄−炭素合金化等が検討されてきた。
【0003】水溶液からの鉄−炭素合金膜の電析については、ゴーギッシュ−クルーシンらが、塩化ナトリウムとクエン酸を添加した硫酸第一鉄水溶液、又はグリセロールと砂糖を添加した塩化第一鉄水溶液から炭素を0.6〜0.7重量%含有する鉄−炭素合金膜が得られ、この合金膜はHv1000の硬度を示すことを報告している。しかしながら、このめっき浴は、電流効率が0.8%と非常に低いために実用的ではなく、工業的な応用には不適当である。
【0004】また、伊崎らは、少量のクエン酸とL−アスコルビン酸を添加した硫酸第一鉄水溶液から約70%の電流効率でHv約800以上の鉄−炭素合金膜が得られることを報告している(表面技術、Vol.40,No.11,1989,1304-1305 )。このめっき浴は、形成される鉄−炭素合金膜の炭素含有量が約1%程度と一定であるために使用範囲が限定され、また、高電流密度部分でヤケを生じやすいという欠点がある。
【0005】鉄−炭素合金膜を幅広い用途に適用可能とするためには、各種の炭素含有量の皮膜を形成することが必要であり、このため、広い範囲の炭素含有量の皮膜を形成でき、しかも幅広い電流密度範囲で高電流効率で良好なめっき皮膜を形成し得る鉄−炭素合金電気めっき浴が望まれているのが現状である。
【0006】本発明者は、上記した如き従来技術の課題に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、鉄塩とともに、コハク酸、マレイン酸及びフマル酸から選ばれた少なくとも一種の化合物を含有し、更に、これにL−アスコルビン酸を添加しためっき浴を使用することにより、平滑で高硬度の鉄−炭素合金膜が、幅広い電流密度範囲において高電流効率で得られ、更に、めっき皮膜の外観が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】即ち、本発明は、(i)(a)鉄塩、(b)コハク酸、マレイン酸及びフマル酸から選ばれた少なくとも一種の化合物、並びに(c)L−アスコルビン酸を含有する水溶液からなることを特徴とする鉄−炭素合金電気めっき浴を提供するものである。
【0008】本発明のめっき浴に配合する鉄塩は、特に限定的ではなく、通常の水溶性の二価の鉄塩であればよい。この様な鉄塩の具体例としては、硫酸第一鉄、塩化第一鉄、スルファミン酸第一鉄等を挙げることができる。配合量は、鉄分換算で、5〜70g/l程度とすればよい。
【0009】本発明のめっき浴では、添加剤として、ハク酸、マレイン酸及びフマル酸から選ばれた少なくとも一種の化合物を配合する。これらの化合物を配合することにより、広範囲の電流密度で、良好な外観を有する平滑なHv700以上の高硬度の鉄−炭素合金膜を得ることが可能となる。配合量は、1.5〜30g/l程度とすれば良い。
【0010】上記したコハク酸、マレイン酸及びフマルから選ばれた少なくとも一種の化合物に代えて、炭素数1の脂肪族モノカルボン酸であるギ酸、又は水酸基を含む脂肪族モノカルボン酸であるグリコール酸、乳酸等を添加する場合には、電析膜中にほとんど炭素が共析しない。また、複数の水酸基を含む脂肪族ジカルボン酸である酒石酸を添加する場合には、約1A/dm2 付近の電流密度で、析出皮膜にヤケを生じ、使用できる電流密度が非常に狭い範囲に限定される。
【0011】本発明のめっき浴では、上記した成分に加えて、更に、L−アスコルビン酸を添加する。本発明めっき浴では、L−アスコルビン酸は、Fe3+イオンの生成を抑えて安定した連続作業を行うために有用であり、特に、コハク酸、マレイン酸及びフマル酸から選ばれた少なくとも一種の化合物を配合しためっき浴では、めっき皮膜の外観を向上させる働きもする。また、−アスコルビン酸を用いることによって、皮膜中の炭素含有量を増加させることができる。L−アスコルビン酸の添加量は0.1〜15g/l程度とすれば良い。
【0012】本発明のめっき浴を用いて、鉄−炭素合金めっきを行なうには、通常の電気めっき法がいずれも採用でき、例えば、浴温25〜80℃程度、陰極電流密度0.1〜10A/dm2 程度の条件下で、無撹拌又は機械撹拌下に電気めっきを行なえばよい。この際の陽極としては、通常の鉄電気めっきに用いられるものをいずれも使用でき、例えば、陽極として鉄鋼を用いた場合には、溶解が均一で、めっき液の組成がほぼ安定に保たれる。また、カーボン、白金めっきチタン等の不溶性陽極を使用した場合には、鉄塩および消費されたカルボン酸を補給することによって連続作業が可能となる。
【0013】本発明では、被めっき物としては特に限定されず、通常電気めっきが可能なものであれば、いずれも使用できる。
【0014】被めっき物には、上記電気めっきを行なう前に常法に従って、バフ研磨、脱脂、希酸浸漬等の通常の前処理を施してもよい。また、めっき後には水洗、湯洗、乾燥等の通常行われている操作を行なってもよい。
【0015】
【発明の効果】本発明の鉄−炭素合金電気めっき浴によれば、良好な外観で平滑な高硬度鉄−炭素合金めっき皮膜を、幅広い電流密度範囲において充分な電流効率で得ることができる。
【0016】
【実施例】以下に実施例及び比較例を挙げて、本発明の特徴をより一層明らかにする。
【0017】実施例1〜及び比較例1〜6下記表1に記載のめっき浴(各成分の添加量はすべてg/l)を調製した。鉄塩の項で括弧内に示した数値は、鉄分換算値である。
【0018】
表1 実施例 1 2 硫酸第一鉄 200(36) 200(36)) コハク酸 6.7 マレイン酸 - 6.6 L−アスコルビン酸 3.0 3.0 比較例 1 2 3 4 5 6 硫酸第一鉄 200(36) 200(36) 278(50) 40(7.2) 40(7.2) 40(7.2) ギ 酸 2.6 - - 0.26 - - 酒石酸 - 8.6 - - 0.86 - クエン酸 - - 100 - - - 塩化ナトリウム - - 50 - - -これらのめっき浴を用いて、陰極に銅板、陽極に鉄板を使用し、陰極電流密度1.0A/dm2 、浴温度50℃、無攪拌の条件でめっきを行なった。得られためっき皮膜の電流効率、炭素含有量、硬度及び外観を表2に示す。
【0019】
表2 実施例 1 2 電流効率(%) 63 59 炭素含有率(%) 0.8 0.8 硬度(VHN) 770 790 外 観 光沢 光沢 比較例 1 2 3 4 5 6 電流効率(%) 71 23 1 86 108 85 炭素含有率(%) 0.0 3.5 0.2 0.0 2.7 0.0 硬度(VHN) 380 − 450 370 − 370 外 観 無光沢 ヤケ 光沢 無光沢 ヤケ 無光沢また、同一組成、同一条件でのハルセル試験で得られた光沢皮膜の電流密度範囲を表3に示す。
【0020】
表3 光沢皮膜が得られる電流密度範囲(A/dm2
実施例 1 0.1〜8 2 0.1〜8 比較例 1 なし(無光沢)
2 0.1〜1.0 3 0.1〜10 4 なし(無光沢)
5 0.1〜0.5 6 なし(無光沢)
以上の結果より、本発明のめっき浴によれば、平滑で高硬度の鉄−炭素合金膜が、幅広い電流密度で得られることが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】(a)鉄塩、(b)コハク酸、マレイン酸及びフマル酸から選ばれた少なくとも一種の化合物、並びに(c)L−アスコルビン酸を含有する水溶液からなることを特徴とする鉄−炭素合金電気めっき浴。

【特許番号】第2935081号
【登録日】平成11年(1999)6月4日
【発行日】平成11年(1999)8月16日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−209025
【出願日】平成4年(1992)8月5日
【公開番号】特開平6−49680
【公開日】平成6年(1994)2月22日
【審査請求日】平成6年(1994)3月14日
【審判番号】平9−4213
【審判請求日】平成9年(1997)3月21日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成4年3月27日芝浦工業大学において開催された社団法人表面技術協会第85回講演大会において発表
【出願人】(000238164)扶桑化学工業株式会社 (15)
【合議体】
【参考文献】
【文献】特開 昭53−103935(JP,A)
【文献】表面技術、Vol.40,No.11,1989,p1304−1305