説明

鉄イオン供給材

【課題】水中生物の生育に必要な鉄分を、水中の酸素により酸化されて水酸化鉄にならないように、鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の状態のまま、水中に安定して供給することができる鉄イオン供給材を提供することを課題とする。
【解決手段】水中に浸漬させることで、溶解した鉄イオンを水中に供給する鉄イオン供給材であって、鉄分含有物と、キレート剤として果実酸および/または果実酸化合物を含有することにより構成される。また、鉄分含有物と、果実酸および/または果実酸化合物と、結合材が共に混合され、塊状に成形されていても良い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水中に浸漬させることで生物の生育に必要な鉄分を鉄イオンとして安定的に水中に補給することができ、沿岸部の海域での海藻類等の植物育成に用いることができる鉄イオン供給材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、沿岸部の海域では、岩場の海藻類がなんらかの原因で枯れてしまい、岩場の岩面等が石灰藻類などに覆われ、黄褐色または白色化する磯焼けといわれる現象等、海域環境の悪化が増加している傾向にある。磯焼けが一度発生してしまうと、その磯焼けが発生した岩面等は数年から十数年は元の状態に戻らないことが多く、コンブ、ワカメ、テングサなどの有用な海藻類や、ウニ、アワビ、サザエ、イセエビ、磯魚など磯を生活の場としている魚介類が減少することで、取れなくなり、漁業上大きな問題となっている。
【0003】
この磯焼けの発生の原因としては、河川水の異常流入による塩分の低下や、海流の異変による環境変化、石灰藻類の異常繁殖、海岸の環境汚染、また海水の濁りによる海藻類の光合成に必要な光不足など様々な原因が考えられるが、それら様々な原因の中でも、海藻類等の生育に必要な鉄分が不足していることが、大きな原因の一つとなっていると考えられる。具体的には、従来は森林の腐植土中で生成され、河川より沿岸部の海域に供給されていた海藻類等の生育に必要な鉄分が、都市開発等により森林が激減することで、必要量供給されなくなったことである。
【0004】
この問題の発生を解決するためには、人工的に沿岸部の海域に鉄分を供給することが解決策になると考えられるが、海域に鉄分を供給するためには、鉄分は鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の状態で供給する必要がある。しかしながら、この鉄イオン(Fe2+、Fe3+)は不安定なイオンであり、水中の酸素により酸化されて水酸化鉄になってしまい、水中で沈殿してしまうという問題があった。
【0005】
この問題に対処するためには、鉄イオン(Fe2+、Fe3+)を安定した状態で沿岸部の海域に供給することが必要となるが、海中等への鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の供給に関連する技術に関する提案としては、以下に示すような提案がある。
【0006】
特許文献1には、透水性を有する袋材に、二価鉄含有物質と腐食物質含有物質を詰め込むか、又は透水性を有する袋材に、二価鉄含有物質及び発酵後に腐食物質を含有する物質を詰め込むか、若しくはこれらに加えて更に発酵促進材料を詰め込んで、水域環境保全材料とする技術が記載されており、また、二価鉄含有物質から溶出した二価鉄イオン(Fe2+)に、腐食物質から溶出したフルボ酸をキレート剤として結合させることで、フルボ酸鉄として安定化させる内容が記載されている。
【0007】
しかしながら、この特許文献1の場合、フルボ酸は、伐採木、抜根、剪定枝、建築廃材、除草発生材、ダムなどの流木などの粉砕チップが使用され人工的に発酵分解して生成されると記載されているが、これらの材料に含有されているフルボ酸の含有量は限られている。従って、そのキレート効果は決して高くはなく、また、フルボ酸鉄の生成には長期間を要するという欠点があると考えられる。
【0008】
また、特許文献2には、鉄と炭を水溶性バインダーと共に混合して固めた多数の小塊を、非水溶性バインダーで固めて所定の形状とした鉄イオン供給体に関する技術が記載されており、その鉄イオン供給体を水中に没する状態にすることにより水中に鉄イオン(Fe2+、Fe3+)を溶出させることが記載されてはいるものの、鉄イオンが酸化により水酸化鉄となってしまうことを阻止する技術は提案されていない。
【0009】
特許文献3には、セメントに酸化鉄と発泡基材とが混入されて連続した空隙を有するように形成された気泡コンクリート製ブロックを備え、その気泡コンクリート製ブロックに中空部が形成されると共に、その中空部が気泡コンクリート製ブロックの表面に開口する開口部が形成されている海域浄化式漁礁構造物に関する技術が記載されており、また、その中空部に鉄と鉄に比べて電位の高い金属との混合物が充填され、この海域浄化式漁礁構造物を3個並べ、中央に位置する海域浄化式漁礁構造物とその左右に位置する海域浄化式漁礁構造物の電気極性を一定周期毎に変更すべく、直流電源を接続するという技術内容が記載されている。
【0010】
特許文献3には、このように構成することにより、二価鉄イオン(Fe2+)を水中に溶出させることが記載されているものの、鉄イオンが酸化により水酸化鉄となってしまうことを阻止する技術は提案されていない。
【0011】
特許文献4には、二価の鉄化合物の粉末に安定化剤として、L−アスコルピン酸化合物、エリソルビン酸化合物、オキシカルボン酸化合物及びオキソカルボン酸化合物から選択された少なくとも一種の化合物を配合して成る鉄化合物含有粉体組成物に関する技術が開示されており、この鉄化合物含有粉体組成物は、確かに二価鉄の酸化防止に効果がある。しかしながら、これら配合する化合物は水溶性の化合物であり、水中で使用した場合は消失が早く、水中で長期間に亘り使用することはできないものであると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2006−212036号公報
【特許文献2】特開2007−268511号公報
【特許文献3】特開平6−206804号公報
【特許文献4】特開昭62−123026号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたもので、水中生物の生育に必要な鉄分を、水中の酸素により酸化されて水酸化鉄にならないように、鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の状態のまま、水中に安定して供給することができる鉄イオン供給材を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
請求項1記載の発明は、水中に浸漬させることで、溶解した鉄イオンを水中に供給する鉄イオン供給材であって、鉄分含有物と、キレート剤として果実酸および/または果実酸化合物を含有することにより構成されることを特徴とする鉄イオン供給材である。
【0015】
請求項2記載の発明は、前記鉄分含有物と、前記果実酸および/または果実酸化合物と、結合材が共に混合され、塊状に成形されていることを特徴とする請求項1記載の鉄イオン供給材である。
【0016】
請求項3記載の発明は、前記鉄分含有物は、鉄粉、粒鉄、鉄鋼スラグの何れか一つ以上であることを特徴とする請求項1または2記載の鉄イオン供給材である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の鉄イオン供給材によると、水中生物の生育に必要な鉄分を、水中の酸素により酸化されて水酸化鉄にならないように、鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の状態のまま、水中に安定して供給することができる。しかも、キレート剤として、果実酸および/または果実酸化合物を用いるため、水中を汚染することがなく、また、その入手も容易にできる。
【0018】
また、鉄イオン供給材を塊状に成形することで、キレート剤である果実酸および/または果実酸化合物が、水中で早期に拡散してしまうことがなく、また、取り扱いも容易であるという効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、近年、沿岸部の海域環境が悪化しているという問題に着目した。この問題の発生の一つの大きな原因は、海藻類等の生育に必要な鉄分が不足していることと捉え、製鉄所で発生する予備処理スラグ、転炉スラグ、電気炉スラグ、鋳造スラグ等の製鋼スラグ、或いは鉄粉、粒鉄等の鉄分含有物を用いることで、水中に海藻類等の生育に必要な鉄分を供給することができるのではと考え、有効に水中に鉄分を効率的に供給する方法を開発するために鋭意研究を重ねた。
【0020】
しかしながら、これら鉄分含有物を海底にそのまま置いただけでは、鉄分含有物から溶け出して水中に供給された鉄イオン(Fe2+、Fe3+)は、水中の酸素により酸化されて水酸化鉄になってしまい、水中で沈殿してしまうことになる。そこで、更に鋭意研究を重ね、これら鉄分含有物に加え、キレート剤として果実酸および/または果実酸化合物を用いて有効な鉄イオン供給材とすることで、その鉄イオン供給材から鉄分を鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の状態のまま、水中に安定して供給することができることを見出し、本発明の完成に至った。
【0021】
また、これら鉄分含有物、果実酸および/または果実酸化合物に加え、場合によっては結合材を用いて成形物とすることで、水中に溶け出して早期に散逸してしまうおそれが懸念される水溶性の果実酸および/または果実酸化合物を、成形物内に閉じ込めることができ、長期に亘り安定して水中に、鉄イオン(Fe2+、Fe3+)を供給することができることも確認した。
【0022】
以下、本発明を、実施形態に基づいて更に詳細に説明する。
【0023】
本発明の鉄イオン供給材は、鉄分含有物を主成分とし、キレート剤として果実酸および/または果実酸化合物を含有することにより構成され、これら鉄分含有物と、果実酸および/または果実酸化合物に加え、場合によっては結合材が共に混練され、塊状に成形されていることが推奨される。
【0024】
本発明の鉄イオン供給材の主材料である、鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の供給源として用いる鉄分含有物は、製鉄所で発生する予備処理スラグ、転炉スラグ、電気炉スラグ、鋳造スラグ等の鉄鋼スラグ、或いは鉄粉、粒鉄等であり、この鉄分含有物は、10質量%以上のFeを含有する鉄分含有物であることが望ましい。例えば、転炉スラグは、二価鉄を20質量%程度含有するため、鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の供給源として好ましい材料である。
【0025】
前記果実酸、果実酸化合物としては、以下のような材料である。果実酸とは果実に多く含まれるヒドロキシ酸を意味しており、代表的には、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸、フマル酸、酒石酸、酢酸、グルコン酸、フィチン酸等を挙げることができ、本発明では乳酸も果実酸に含める。また、果実酸化合物とは前記果実酸の塩を意味しており、代表的には、クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、クエン酸カルシウム、DL−リンゴ酸ナトリウム、コハク酸二ナトリウム、フマル酸一ナトリウム、L−酒石酸水素カリウム、L−酒石酸ナトリウム、グルコン酸カルシウム、グルコン酸ナトリウム、グルコン酸亜鉛、グルコン酸カリウム、グルコン酸銅、グルコノラクトン、グルコノデルタラクトン、乳酸カルシウム、乳酸ナトリウム等を挙げることができる。
【0026】
これら鉄分含有物に、キレート剤として果実酸および/または果実酸化合物を混合させることにより、粉状の鉄イオン供給材を作製することができる。この鉄分含有物とキレート剤、および結合材(セメント)の配合割合は、使用する材料により多少は異なるが、質量%で、鉄分含有物70〜99%、キレート剤1〜20%、結合材0〜10%の範囲が好ましい。尚、鉄イオン(Fe2+、Fe3+)を供給するためにはキレート剤の配合割合が多いほど有効であるものの、塊状に成形する方法によって良好な強度を有する成形物を得るためには、キレート剤の配合割合を多くできない場合がある。
【0027】
更に、これら鉄分含有物と、果実酸および/または果実酸化合物に加え、場合によっては結合材を共に混合し、適宜形状に成形することで、鉄イオン供給材を例えば粒状等の成形体とすることができる。尚、結合材としては、普通セメントのほか、ケイメント(高炉スラグ微粉末:神鋼スラグ製品株式会社製)等を用いることができる。このように成形体とすることで、水溶性である果実酸および/または果実酸化合物の海流等による散逸を防止することができる。
【0028】
この鉄イオン供給材の成形体は、鉄分含有物と、果実酸および/または果実酸化合物と、場合によっては結合材に、水を加え共に混合し、養生させた後に、破砕すること等で製造することができる。
【0029】
その細かな製造方法は、使用する材料等により異なるが、例えば、セメント固化法で、鉄分含有物として転炉スラグ(粒径30mm以下)と粒鉄、キレート剤(果実酸化合物)としてクエン酸3ナトリウム2水和物、結合材として普通セメントとケイメントを用いて成形体を製造する場合には、まず、転炉スラグと粒鉄、および普通セメントとケイメントに、水を混合し、例えば60秒間攪拌した後に、クエン酸3ナトリウム2水和物を添加し、再度10秒攪拌し、ビニール袋に詰めて気中養生後、温水養生(80℃×24時間)し、最後に適宜大きさに破砕することで製造することができる。
【0030】
尚、ここで、クエン酸3ナトリウム2水和物の添加を後にしたのは、他の材料と同時に添加混合すると、コンクリートの流動性に変化が生じ、偽凝結と呼ばれるこわばりが発生することがあるためである。このように、キレート剤の種類等によっては、添加を後にする必要がある。また、キレート剤の配合割合を1質量%以下にする場合がある。
【0031】
製造方法としては、先に示したセメント固化法以外に、転動造粒、攪拌造粒、圧縮造粒、押出造粒等の造粒法を用いることができる。
【0032】
例えば、転動造粒法で、鉄分含有物として転炉スラグ(粒径2mm以下)、キレート剤(果実酸化合物)としてクエン酸3ナトリウム2水和物を用いて成形体を製造する場合には、まず、転炉スラグとクエン酸3ナトリウム2水和物を混合し、造粒機(パンペレタイザー)で転動運動をさせながら水分を添加することで造粒物を得た後、その造粒物を回収し、1週間以上、気中養生することで製造することができる。
【0033】
このように、造粒法を適用すると、キレート剤の配合割合を15質量%まで高めることができる。その理由は、セメント固化法では水を多量に加えて流動性がある状態で材料が混合されるため、水溶性のクエン酸3ナトリウム2水和物が溶解してしまい、コンクリートの流動性や固化性に悪影響を及ぼすが、造粒法では、少量の水分の添加で、固形状態で粒子成長が生じるため、クエン酸3ナトリウム2水和物の溶解が抑制されるためである。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0035】
(実施例1)
実施例1では、鉄分含有物単体の鉄イオン供給材(比較例)と、鉄分含有物にキレート剤(果実酸または果実酸化合物)を添加させた鉄イオン鉄供給材(発明例)を夫々準備し、人工海水中に浸漬することで、人工海水中で鉄分含有物から溶け出して鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の状態のまま残留している鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の人工海水中での濃度を測定すると共に、併せてその人工海水のpHを測定した。尚、人工海水は、大阪薬研製のマリンアートSF−1を用いた。
【0036】
尚、鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の濃度は、島津製作所製の分光計:UV−240を用い、オルトフェナントロリン吸光光度法で測定した。この測定法により測定できた濃度の下限は500ppbであった。また、pHの測定は、堀場製作所製のpHメーター:D−51Sを用い、ガラス電極法により測定した。それらの測定結果を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
No.1とNo.2は、鉄分含有物単体でなる鉄イオン供給材を用いた比較例であり、No.1は転炉スラグを、No.2は粒鉄を、夫々鉄イオン供給材として用いた。No.1の転炉スラグとNo.2の粒鉄の仕込み量が異なるのは、それらの鉄分含有量を同等の量に調整したためである。
【0039】
鉄イオン供給材を転炉スラグ単体、或いは粒鉄単体とした比較例のNo.1とNo.2では、測定された鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の濃度は、測定できる最低限度の500ppbより低い値であった。この測定結果は、鉄分含有物から溶け出した鉄イオン(Fe2+、Fe3+)が、人工海水中の酸素により酸化されて水酸化鉄になり沈殿してしまった結果であると考えられる。
【0040】
No.3〜6は、鉄分含有物にキレート剤(果実酸または果実酸化合物)を添加した鉄イオン供給材である。これら発明例で測定された鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の濃度は、860〜46000ppbであり、特に粒鉄を鉄イオン供給材の材料として用いたNo.4〜6では、28000ppb以上の濃度であった。この測定結果は、鉄分含有物にキレート剤(果実酸または果実酸化合物)を添加させることで、鉄分含有物から溶け出した鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の一定量を安定した状態で人工海水中に残留させることができることを示す結果であるといえる。
【0041】
No.4の粒鉄を鉄分含有物として用いた発明例が、た鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の濃度が46000ppbと最も高くなったが、一方で人工海水のpHが4.2と低くなってしまった。これはキレート剤として用いたクエン酸の影響であると考えることができる。
【0042】
No.5とNo.6では、キレート剤として果実酸化合物のクエン酸3ナトリウム2水和物とクエン酸3カリウム1水和物を用いた。その結果、鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の濃度はある程度減少したが、人工海水のpHの低下は少なかった。この結果によると、キレート剤として果実酸より果実酸化合物を用いた方が、水質に与える影響が小さいということができる。
【0043】
(実施例2)
実施例2では、鉄分含有物として鉄粉或いは混合スラグを用い、キレート剤として果実酸化合物であるクエン酸3ナトリウム2水和物を用いた発明例(No.3〜5、7、9)と、キレート剤として発明例のクエン酸3ナトリウム2水和物に変えてニトロフミン酸を主成分として含むアズミン(電気化学工業株式会社製)を用いた比較例(No.6、8、10)について、試料を夫々人工海水中に浸漬し、人工海水中で鉄分含有物から溶け出して鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の状態のまま残留している鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の人工海水中での濃度を測定すると共に、併せて人工海水のpHを測定した。pHの測定は実施例1と同様に、島津製作所製の分光計:UV−240を用い、オルトフェナントロリン吸光光度法で測定した。但し、実施例1のNo.1,2よりも光路長を長くすることにより、オルトフェナントロリン吸光光度法の検出下限を10ppbとした。その測定結果を表2および表3に示す。
【0044】
また、鉄イオン供給材を鉄粉単体、或いは混合スラグ単体とした比較例(No.1とNo.2)についてもその測定結果を表2に併せて示す。
【0045】
尚、No.3〜6は、鉄分含有物にキレート剤を単に添加させた粉状のものであるのに対し、No.7〜10は、鉄分含有物(鉄粉)とキレート剤と結合材でなる塊状の芯材の周囲に、更に鉄分含有物(混合スラグ)をコーティングした粒状の成形体である。また、No.7とNo.8が造粒ペレットであるのに対し、No.9とNo.10は、造粒ペレットを破砕することで適正な大きさの材としたものである。
【0046】
【表2】

【0047】
【表3】

【0048】
鉄イオン供給材を鉄粉単体、或いは混合スラグ単体とした比較例のNo.1とNo.2では、測定された鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の濃度は、鉄粉を用いたNo.1で100ppb、混合スラグを用いたNo.2で10ppbであった。この測定結果は、鉄イオン供給材として混合スラグより鉄粉を用いた方が、鉄イオン(Fe2+、Fe3+)を海水中に多く供給できることを示す結果である。尚、鉄粉でも単体では、鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の濃度は100ppbに過ぎず、この結果は、鉄分含有物から溶け出した鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の多くが、人工海水中の酸素により酸化されて水酸化鉄になってしまった結果であると考えられる。
【0049】
鉄粉にクエン酸3ナトリウム2水和物(果実酸化合物)を添加したNo.3、混合スラグにクエン酸3ナトリウム2水和物(果実酸化合物)を添加したNo.4、鉄粉と混合スラグの混合粉にクエン酸3ナトリウム2水和物(果実酸化合物)を添加したNo.5は、全て発明例であるが、測定結果は、No.3で270000ppb、No.4で800ppb、No.5で1100ppbであった。この測定結果は、単独では鉄イオン(Fe2+、Fe3+)を海水中に供給することが殆どできない混合スラグあっても、キレート剤としてクエン酸3ナトリウム2水和物(果実酸化合物)を添加することで、鉄粉単体のNo.1より多くの安定した鉄イオン(Fe2+、Fe3+)を人工海水中に供給できることを示している。
【0050】
これに対し、鉄粉と混合スラグの混合粉にアズミン(電気化学工業株式会社製)を添加したNo.6では、測定された鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の濃度は、40ppbに過ぎず、この結果は、ニトロフミン酸を主成分とするキレート剤を用いても、人工海水中の酸素による鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の酸化を抑制することが十分にできないことを示している。
【0051】
また、鉄粉とクエン酸3ナトリウム2水和物(果実酸化合物)でなる芯材の表面に、難溶性の混合スラグをコーティングしたNo.7(造粒ペレット)とNo.9(破砕芯材)では、測定された鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の濃度は、No.7で300ppb、No.9で900ppbであり、何れもが多くの安定した鉄イオン(Fe2+、Fe3+)を人工海水中に供給できることを示している。
【0052】
これに対し、鉄粉とアズミン(電気化学工業株式会社製)でなる芯材の表面に、難溶性の混合スラグをコーティングしたNo.8(造粒ペレット)とNo.10(破砕材)では、測定された鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の濃度は、No.8で30ppb、No.10で20ppbであった。この結果も、ニトロフミン酸を主成分するキレート剤を用いても、人工海水中の酸素による鉄イオン(Fe2+、Fe3+)の酸化を抑制することができないことを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水中に浸漬させることで、溶解した鉄イオンを水中に供給する鉄イオン供給材であって、鉄分含有物と、キレート剤として果実酸および/または果実酸化合物を含有することにより構成されることを特徴とする鉄イオン供給材。
【請求項2】
前記鉄分含有物と、前記果実酸および/または果実酸化合物と、結合材が共に混合され、塊状に成形されていることを特徴とする請求項1記載の鉄イオン供給材。
【請求項3】
前記鉄分含有物は、鉄粉、粒鉄、鉄鋼スラグの何れか一つ以上であることを特徴とする請求項1または2記載の鉄イオン供給材。

【公開番号】特開2012−75398(P2012−75398A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−224607(P2010−224607)
【出願日】平成22年10月4日(2010.10.4)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】