説明

鉄吸着性高分子物質及び鉄含有高分子物質ならびにこれらの製造方法

【課題】 鉄補強剤あるいは鉄吸収促進効果を有する物質及びその製造法の提供。
【解決手段】 大豆を原料とし、麹菌などの微生物あるいは酵素を利用した発酵分解物より、鉄吸着性を有する物質及び鉄含有高分子物質を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄の吸収を促進し、鉄不足状態を改善する鉄吸収促進剤及び鉄分補強剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄は、生命を維持する上で不可欠である必須微量栄養素の一つであって、酸素を運搬する赤血球中のヘモグロビンの主要成分であるとともに、筋肉中のミオグロビン及び体内の酸化還元に関与する酵素の成分として重要であり、生体内における増血作用に欠かせない因子である。
近年の国民栄養調査によれば、国の定めた標準値としての鉄分の摂取量は男女平均ではほぼ満たされているにも関わらず、有経女性の半数が鉄欠乏であるといわれており、また成長期の子供が鉄欠乏となる傾向が増加しているという指摘もあり、鉄欠乏によって生じる貧血等の諸症状の予防改善が必要とされている。また、献血や手術後、産後には血清鉄、ヘモグロビン含量等が減少するが、これが元の正常値に戻るまでに長期を必要としており、この回復期間をできる限り短縮することが望まれてもいる。
【0003】
有経女性は成人男性の2倍近い鉄が必要と考えられているが、摂取鉄量は摂取カロリー量にほぼ比例していることから、男性に比較して摂取カロリーの少ない女性の摂取鉄量は必要量を下回ると考えられている。また、女性の嗜好性、ダイエット志向からも吸収率のよいヘム鉄を含む肉、レバーなどの摂取量が男性に比較して少ないことも問題であった。
鉄の欠乏は、出血、尿管内出血、妊娠、鉄欠乏食の摂取、腸からの鉄吸収異常等によって生じ、これが持続すると、鉄欠乏性貧血症に至る。従来、鉄の欠乏に際しては、クエン酸鉄、乳酸鉄、塩化第二鉄、硫酸鉄などの非ヘム鉄及び肉、レバー等に含まれるヘム鉄を摂取することやビタミンC、システインなど鉄の吸収を促進させる成分の多い食品を摂取することが勧められ、鉄の吸収を低下させるフィチン酸、リン酸、タンニン酸などを多く含む食品の摂取を避けることが望ましいとされている。
【0004】
これまでに、鉄吸収促進活性を有するものとしては、食酢(例えば、特許文献1参照)、トリテルペン配糖体(例えば、特許文献2参照)、カルノシン、アンセリン、バレニン、及びπ−メチルヒスチジンの群から選ばれた1種以上のイミダゾール化合物(例えば、特許文献3参照)、グアーガム酵素分解物(例えば、特許文献4参照)、魚肉のタンパク分解酵素液から得られたペプチド(例えば、特許文献5参照)等が見出されているが、作用・効果が不十分な点や活性を保ったまま製剤に安定に配合することが困難であるという問題点が残されていた。
【0005】
さらに世界に目を向けてみると、特に開発途上国において鉄欠乏貧血症は最も対策の遅れている健康問題の一つであり、WHOやユニセフなどの国際機関により経済的かつ効果的な鉄添加プログラムが実施されてきた(例えば、非特許文献1参照)。鉄を添加する食物は日常的に摂取する必要があり、小麦粉、米などの穀類や塩、砂糖、醤油などの調味料が鉄付加されてきた。アジア地域、特にベトナムや中国では、穀類より鉄吸収の効率が高い食品として鉄強化醤油を選択し、ヒト介入試験によりヘモグロビン値の上昇が確認されている(例えば、非特許文献2参照)。従って、これまでの研究では鉄を付加する媒体として醤油が有効であることは明らかにされているが、鉄吸収促進に関与する醤油成分については全く解明されていなかった。
【特許文献1】特開2003-146873号公報
【特許文献2】特開2000-109498号公報
【特許文献3】特開平07-097323号公報
【特許文献4】特開平06-247860号公報
【特許文献5】特開平05-229959号公報
【非特許文献1】国際協力研究, 19(1), 39-48, 2003
【非特許文献2】Eur. J. Clin. Nutr., 44, 419-424, 1990
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
鉄は、血中に吸収されにくい微量元素とされ、腸管から吸収される鉄は10%程度であることが知られている。それゆえ、鉄を大量に経口摂取しても、摂取した鉄の大部分はそのまま体外に排出されてしまうため、腸管からの鉄の吸収が促進される素材が望まれている。
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであって、経済的、安全性に優れた鉄補強剤あるいは鉄吸収促進効果を有する物質及びその製造法を提供することを目的とする。
さらに本発明は、このような物質を添加した鉄吸収促進効果の生理活性を有する食品、飲料品、医薬品及び飼料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鉄分補強効果や吸収促進効果を有する物質について検討を行った結果、醤油に含まれる高分子物質が高濃度に鉄を含有していること、この物質がさらに鉄イオンを吸着できること、また、鉄分補強剤として有効であることを発見し、本発明をなすに至った。さらに、醤油の主原料である大豆の発酵物にも同様の効果があることを見出し、本発明をなすに至った。
本発明の鉄吸着性を有する物質及び鉄含有高分子物質は、大豆を原料とし、麹菌などの微生物あるいは酵素を利用した発酵分解物から得ることができる。これら高分子物質は発酵分解物中に発現し、発酵分解物中の鉄イオンの存在量により、鉄吸着性高分子物質及び/又は鉄含有高分子物質として得られる。発酵分解物として醤油や醤油麹を代表例としてあげることができる。また、本発明の物質は、希アルコール可溶性、濃アルコール不溶性及び水可溶性であり、鉄吸着性高分子物質は分子量6,000以上、また、鉄含有高分子物質は鉄分200ppm程度以上を含有する。
【0008】
すなわち本発明は、次の(1)〜(12)の鉄分補強剤及び鉄吸収促進剤に関する。
1.大豆を含む原料の発酵分解物から得られる、次の性質を有する鉄吸着性高分子物質。
(1)分画分子量6,000の透析膜で透析したとき、透析内液に残存する。
(2)水に可溶、アルコール等有機溶媒に不溶である。
(3)鉄をキレートする能力を有する。
2.大豆を含む原料の発酵分解物から得られる、次の性質を有する鉄含有高分子物質。
(1)分画分子量6,000の透析膜で透析したとき、透析内液に残存する。
(2)水に可溶、アルコール等有機溶媒に不溶である。
(3)鉄を200ppm以上含有する。
3.大豆を含む原料の発酵分解物、もしくは、その水抽出物、食塩水抽出物又は希アルコール抽出物を透析、限外ろ過及び/又はアルコール沈殿して得られる、請求項1又は2記載の鉄吸着性高分子物質又は鉄含有高分子物質。
4.請求項1又は3に記載の鉄吸着性高分子物質の溶液に鉄イオンを添加することにより得られる、鉄含有高分子物質。
5.大豆を含む発酵分解物が、醤油又は大豆を含む原料を用いた麹であることを特徴とする請求項 1から3のいずれかに記載の鉄吸着性高分子物質又は鉄含有高分子物質。
6.大豆を含む原料の発酵分解物、もしくはその水抽出物、食塩抽出物又は希アルコール抽出物を透析、限外ろ過及び/又はアルコール沈殿して高分子物質を採取することを特徴とする鉄吸着性高分子物質又は鉄含有高分子物質の製造法。
7.大豆を含む原料の発酵分解物、もしくはその水、食塩水あるいは希アルコール抽出物を得るにあたり、予め鉄イオンを添加しておくか、もしくは、得られた発酵分解物あるいはその抽出物に鉄イオンを添加し、その後、透析、限外ろ過及び/又はアルコール沈殿して高分子物質を採取することを特徴とする鉄含有高分子物質の製造法。
8.請求項2から5のいずれかに記載の鉄含有高分子物質を有効成分とし、他の鉄化合物を配合するか配合しない鉄分補強剤。
9.請求項1、3及び5のいずれかに記載の鉄吸着性高分子物質を有効成分とする鉄吸収促進剤。
10.請求項1から5のいずれかに記載の鉄吸着性高分子物質及び/又は鉄含有高分子物質を添加することを特徴とする食品。
11.請求項1から5のいずれかに記載の鉄吸吸着性高分子物質及び/又は鉄含有高分子物質を添加することを特徴とする飼料。
12.請求項1から5のいずれかに記載の鉄吸吸着性高分子物質及び/又は鉄含有高分子物質を添加することを特徴とする医薬品。
なお、本発明の医薬には、医薬部外品を含むものとする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の大豆を原料とした発酵分解物から得られる高分子物質は、鉄吸着性作用及び/又は鉄を200ppm程度以上含有しており鉄吸収促進作用を有するので、鉄吸収、鉄強化のために飲食品あるいは医薬品として利用することができる。そして、安全性が高く、継続的な摂取も可能であり、かつ大量に供給することもでき、食品等への添加が容易であり、ヒト等の健康増進などに貢献するところが大である。さらに本発明の鉄吸着性高分子物質及び鉄含有高分子物質は、鉄の利用が不十分であるために起こる症状、例えば、貧血、頭痛、耳鳴り、息切れ、眩暈、運動障害、倦怠感等や献血後、手術後、産後の鉄欠乏状態への適用が期待される。
また、本発明の方法によると、このような効果のある高分子物質を容易に大量に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
大豆を蒸煮あるいは焙煎するなどの加熱処理を施し、これに、麹菌などの糸状菌を生育させることによって本発明に関わる活性成分を生成させる。糸状菌の生育を促進させるために、各種栄養源を補給することもできる。このようにして生成した本発明に関わる鉄吸着性の高分子物質は、水、食塩水あるいは30%(v/v)程度未満の希エタノール中で長期間発酵させても残存するものである。これらの一例として醤油の麹あるいは醤油を例示することができる。
【0011】
本発明における鉄吸着性高分子物質又は鉄含有高分子物質は、発酵分解物中に発現し、これをそのまま利用することも可能である。さらに利用しやすくするために、以下に示すような手段で、抽出し、あるいはその高分子画分を濃縮することもできる。
発酵分解物が固体の場合、本発明の高分子物質を採取するためには、1から10重量部程度の水、食塩水、あるいは30%(v/v)程度未満の希エタノールを用いて本発明の生理活性成分を溶解することのできる条件で、1時間〜数日抽出し、そのろ液を使用する。
上記分解物の抽出ろ液を透析して透析内液を濃縮する方法、濃エタノールを添加して生成する不溶性物質をろ過あるいは遠心分離で集める方法、あるいは、これら液体を限外ろ過膜に通すことによって高分子物質を含有する画分である非透過液を集める方法、あるいはこの非透過液に濃エタノールを加えて不溶物を生成させ、それを回収する方法等が利用できる。
【0012】
本発明に関わる高分子物質を採取するために加えるエタノールの量は、高分子物質が不溶性となる濃度であればよく、最終エタノール濃度が30%(v/v)以上、望ましくは50%(v/v)以上になればよい。エタノールに代えてメタノールや2-プロパノール等のアルコールによっても本発明の高分子物質は回収できるが、安全性の面でエタノールが好ましい。本発明の高分子画分を採取した残りの液は、新たな原料から高分子物質を回収するために利用することも可能である。この液は添加したエタノールあるいはその他のアルコールとともにアミノ酸や低分子の糖質を含有するものであり、蒸留などの操作によってエタノールと分離する。エタノール等のアルコールは本発明において再利用でき、また、不揮発成分は調味料や食品として利用することもできる。
【0013】
また、本発明の高分子物質は醤油を原料として製造した場合、高分子物質中には約0.1%の鉄が含有された鉄含有高分子物質であり、鉄分補強剤としての利用が可能である。また、麹の水抽出物から得られる高分子物質中の鉄含量は、醤油から得られるものより低いが、200ppm程度以上の鉄を含有した鉄含有高分子物質は、特に鉄を追加しなくとも鉄補強剤として利用することができる。
さらに、本発明に関わる鉄含有高分子物質は、硫酸第一鉄などの鉄イオンを含む溶液に上記鉄吸着性高分子物質を添加して溶解することにより製造することができる。また、醤油、あるいは麹を水、食塩水、希エタノールで抽出した抽出液に硫酸第一鉄などの鉄イオンを添加することによって製造することもできる。これらの溶液を透析して透析内液を採取する、限外ろ過により非透過液を採取する、あるいはエタノールを加えて沈殿させる等、あるいはこれらを適宜組み合わせる等の方法によって、鉄分が強化された本発明に関わる高分子物質が得られる。
得られた高分子物質は、水などに溶解した形態、粉末化した形態、あるいはそのまま利用することが可能であり、製剤としてもよく、また飲食品、飼料、医薬品(医薬部外品も含む)などに適宜配合することができる。
【0014】
本発明の鉄吸着性高分子物質及び鉄含有高分子物質は、上記の方法により得られた抽出物をそのまま直接使用してもよく、スプレードライや凍結乾燥などの常法によって乾燥して用いることもできる。
一般的には適当な液体担体に溶解するかもしくは分散させ、又は、適当な粉末担体と混合するかもしくはこれに吸着させ、場合によっては、さらにこれらに乳化剤、分散剤、懸濁剤、展着剤、浸透剤、湿潤剤、安定剤等を添加し、乳剤、油剤、水和剤、散剤、錠剤、カプセル剤、液剤等の製剤として使用する。使用量は鉄分補強剤として用いるときは、1日あたり食品の場合5〜10mg程度、また、医薬品の場合10〜100mgの鉄が摂取できるようにすることが好ましい。
【0015】
鉄強化飲食物を得るに当たって、その本発明の高分子物質を飲食物に添加する方法としては、通常一般的に行われている方法でよい。
これらの飲食物としては、チューインガム,キャンディ,錠菓,グミ、ゼリー,チョコレート,ビスケット又はスナック等の菓子、アイスクリーム,シャーベット又は氷菓等の冷菓、飲料、プリン、ジャム、乳製品等が挙げられ、これらの飲食物を日常的に摂取することにより鉄吸収を強化することが可能となる。
【0016】
本発明の高分子物質は、医薬品として鉄分補給の必要な女性や幼児に鉄分を高めるためにも用いることができる。剤形は得に限定されるものではなく、製剤学的に許容することのできる担体との併用も可能である。投与形態としては、特に限定がなく、例えば、散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、懸濁液、エマルジョン剤、シロップ剤、エキス剤、もしくは丸剤などの経口剤を挙げることができる。経口剤は、賦形剤、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、潤沢剤、流動性促進剤、希釈剤、保存剤、着色剤、香料、安定化剤、保湿剤、防腐剤、又は酸化防止剤等を用いて、常法に従って製造することができる。
【0017】
さらに本発明の高分子物質を鉄吸収強化の目的で使用する場合、適宜、ビタミンCその他の鉄吸収代謝促進剤、鉄化合物などを混合することはさらに効果を高める上で有効である。また、本願発明の効果を妨げない範囲で、例えば、栄養剤、微量元素などの各種物質を混合することもできる。鉄化合物としては、特に限定されることなく、塩化鉄 、硫酸第一鉄 、クエン酸第一鉄 、クエン酸鉄 アンモニウム、クエン酸鉄ナトリウム、乳酸鉄 、ピロリン酸鉄 その他無機ないし有機の鉄化合物が適宜使用できるし、配合量も市販鉄剤と同様にすればよい。本発明においては、高い鉄の吸収効果が期待できるので、少量の鉄分を配合してもこれを有効に利用することができる。
【0018】
本発明の高分子物質を得る手段の一例を以下に示す。しかし、本発明はこのような方法に特に限定されるものではない。
【実施例1】
【0019】
醤油から得られた高分子物質の鉄補強及び吸収促進作用
(醤油から得られた高分子物質)
脱脂加工大豆、丸大豆及び小麦を主原料とした醤油10 Lを、食塩濃度約3%まで脱塩した後エタノール20Lを加えて混合し、遠心分離によって沈殿物を採取し、これを凍結乾燥し約100gの乾燥物を得て、これを粉砕して高分子物質とした。この乾燥高分子物質には鉄が1000ppm含有されており、さらに鉄キレート能を有していた。この鉄含量は、原料として用いた醤油に含まれる大部分の鉄が高分子成分に吸着されていることを示唆する。
この高分子物質は、分画分子量6,000の透析膜で透析したとき、透析内液に残存し、水、食塩水、希アルコールに可溶、濃アルコール、エチルエーテル等の有機溶媒に不溶である。
この、高分子物質を用いてヒト摂取評価試験を行った。すなわち、試験食品は1カプセルあたり高分子物質150mg(鉄分として0.15mg)と、結晶セルロース、微量のショ糖脂肪酸エステル及び二酸化珪素を混合した粉末をカプセルに充填したものである。また、対照食品は高分子物質を添加せずに上記と同配合で調製した粉末をカプセルに充填したものである。
(被験者)
被験者は有経女性45名で、本試験の目的、方法などを十分に説明し、ヘルシンキ宣言の主旨に従い本人の文書による同意を得て評価試験を実施した。
【0020】
(ヒト摂取評価試験)
表1のように、被験者を高分子物質摂取群(試験食品、鉄含有量0.15mg/1カプセル)とプラセボ摂取群(対照食品、鉄含有量0.0mg/1カプセル)の二群に割り付けた。被験者の所属する群が誰にもわからない状態でその効果を調べる二重盲検比較試験を行った。試験食品群(22名)は、高分子物質を含む試験食品を朝夕2回に分けて2カプセルずつ、1日あたり合計4カプセル(鉄分として0.6mg)を摂取するように指導した。一方、対照食品群(23名)は、高分子物質を含まない対照食品を朝夕2回に分けて2カプセルずつ、1日あたり合計4カプセルを摂取するように指導した。また、日常の食生活や活動に一切の制限を設けてはいない。摂取前、摂取4週後に採血を行い、赤血球数、血清鉄、ヘマトクリット、血色素量を検査した。血液検査結果を表2に示す。二群間の比較は、student-t検定を行い、危険率5%未満を有意差ありと判定し、表中の*は危険率5%未満、**は危険率1%未満であること及びNSは有意差なしであることを示す。表からわかるように、血清鉄、ヘマトクリット、血色素量が対照区に較べて統計的有意に改善され、また赤血球数は危険率10%未満であり改善傾向であることが明確である。
一般成人の1日当たりの鉄平均摂取量は、厚生労働省『国民栄養の現状』2002年版によるとで約11mgであり、また、保健機能食品(栄養機能食品)においては1日に5〜10mg摂取できる食品にするよう定められている。本試験における試験食品から来る摂取量は僅か0.6mgであるが、表2に示したように対照食品に比して、試験食品では鉄吸収が効率的に行われていることが明確に示されている。この結果から、本発明に関わる鉄含有高分子は鉄補強剤として有用であるとともに、試験食品から供給される鉄以外の、通常食品に存在する鉄の吸収を促進している可能性が示唆された。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【実施例2】
【0023】
実施例1の醤油から得られた高分子物質の粉末1gを水100mlに溶解し、20mgの硫酸第一鉄を少量の水に溶解して添加し、撹拌後、分画分子量6,000の透析チューブに詰めて流水中で1夜透析して、未吸着の硫酸第一鉄を除去した。その後、透析内液を凍結乾燥して得られた粉末は、鉄を1300ppm含有しており、醤油から得られた鉄含有高分子物質がさらに鉄吸着性を持つことが明らかであった。
【実施例3】
【0024】
麹からの製造方法
(高分子物質の製造)
3L容三角フラスコに大豆100gをいれ、熱水120mlを加えた後30分間放置した。続いて、焙煎割砕小麦90gを加えよく撹拌後、121℃で45分間オートクレーブ処理を行った。放冷後、醤油麹菌の胞子(Aspergillus oryzae)1gを植菌しよく撹拌した。その後、30℃に保持したウォーターバスで48時間静置培養を行った。その間、撹拌のため2回手入れ(20時間後及び30時間後)を行った。
培養した麹の一部(90g)に純水150mlを加え、10,000rpmで15分間ホモジネートを行った。ホモジネート液を7,000rpmで30分間遠心分離を行い、上清を回収して各麹の水抽出液とした。
水抽出物は分画分子量6,000の透析チューブに詰めて流水中で1夜透析後、透析内液にエタノールを60%になるように添加して得られた沈殿物を遠心分離して採取した。この沈殿物を、50℃減圧下で乾燥して本発明の鉄吸着性を有する鉄含有高分子物質を得た。この乾燥物は鉄キレート力があり、また鉄が500ppm含有されていた。
さらに、硫酸第一鉄2mgを溶解した水20mlに上記高分子物質0.1gを添加して撹拌溶解後、分画分子量6,000の透析チューブに詰めて1夜流水中で透析し未吸着の硫酸第一鉄を除去後、透析内液を凍結乾燥した。この乾燥物には、1500ppmの鉄が含有されていた。
2つの乾燥物は、水、食塩水、希アルコールに可溶、濃アルコール、エチルエーテル等の有機溶媒に不溶であった。
【実施例4】
【0025】
(酵素による製造方法)
3L容三角フラスコにフスマ50gをいれ、水120mlを加えた後よく撹拌混合し、その後オートクレーブにて121℃30分殺菌した。冷却後、Asp.orizaeの胞子0.05gを添加しよく撹拌後、30℃の水浴中で96時間培養した。培養中、20時間、40時間後に撹拌した。この培養物に水300mlを加えホモジナイズした後、遠心分離して200mlの抽出物を得た。この抽出物を0.45μmのフィルターでろ過し、無菌の酵素液とした。
一方、200mlの三角フラスコに大豆20gをいれ、熱水30mlを加え撹拌後30分放置し、その後121℃でオートクレーブして殺菌、冷却した。これに無菌的に上記フスマ麹から得た無菌の酵素液100mlを加え、30℃の水浴中で96時間振とうした後、遠心分離して80mlの発酵分解液を得た。この発酵分解液30mlを分画分子量6,000の透析チューブに詰めて1夜流水中で透析して透析内液を凍結乾燥して乾燥物を得た。この乾燥物は鉄キレート力を示し、200ppmの鉄を含有していた。2つの乾燥物は水に可溶、濃アルコール、エチルエーテル等の有機溶媒に不溶であった。
また、残りの発酵分解液50mlに少量の水に溶解した5mgの硫酸第一鉄を添加して撹拌後、流水中で1晩透析し、透析内液を凍結乾燥したところ、1200ppmの鉄を含有した高分子粉末が得られた。
【実施例5】
【0026】
大豆麹10kgに鉄イオンとして10mg/L の硫酸第一鉄を含む15%のエタノールを30L添加して1週間冷蔵保管し、その後ろ過して抽出液20Lを得た。これを、分画分子量6,000の限外ろ過膜を付した限外ろ過機にかけ、非透過液2Lを得た。これに4Lのエタノールを加えて撹拌後1日静置した。生成した沈殿物をデカンテーションによって集め、これを50℃で減圧して乾燥粉末300gを得た。この粉末は、鉄1100ppmを含有しており、水に溶解して透析しても減少することがなく、鉄は高分子物質に取り込まれていると推測できた。この粉末は、水、食塩水、希アルコールに可溶、濃アルコール、エチルエーテル等の有機溶媒に不溶であった。
【実施例6】
【0027】
(鉄強化醤油)
実施例1と同様にして得られた鉄吸着性高分子物質50gとクエン酸鉄2.4gを市販醤油1,000mlに添加し、混合溶解して鉄強化醤油を作成した。この醤油は10ml中に鉄約5mgを含有する。
また、通常醤油にクエン酸第鉄を添加して保存すると褐変速度が非常に大きくなり保存性が劣るが、本発明の鉄吸着性高分子物質を添加した醤油の褐変速度はクエン酸第鉄のみを添加した醤油に較べて明らかに小さく、褐変抑制効果が示唆された。
【実施例7】
【0028】
(粉末食品の処方)
実施例2と同様にして得られた凍結乾燥粉末10%、馬鈴薯澱粉20%、乳糖70%を混合して粉末食品を得た。
この粉末10gには鉄が約1mg含まれている。
【実施例8】
【0029】
(飲料の処方)
実施例2と同様にして得られた凍結乾燥粉末2.5%、オレンジ果汁5%、異性化糖15%、アスコルビン酸0.1%、香料0.1%及び水74.8%を混合してオレンジ果汁飲料を得た。この飲料200mlには鉄が約5mg含有されている。
【実施例9】
【0030】
(医薬品)
実施例2と同様にして得られた乾燥粉末50%、デキストリン35%+フマル酸鉄15%を混合し、0.2gをゼラチンカプセルに充填する。この1カプセルには約10mgの鉄を含有する。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明によって得られる高分子物質は鉄吸収促進作用を有し、鉄吸収促進剤、鉄吸収促進飲食品、飼料等として利用することができ、鉄の利用が不十分であるために起こる症状、例えば、貧血、頭痛、耳鳴り、息切れ、眩暈、運動障害、倦怠感等や献血後、手術後、産後の鉄欠乏状態への適用が期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大豆を含む原料の発酵分解物から得られる、次の性質を有する鉄吸着性高分子物質。
(1)分画分子量6,000の透析膜で透析したとき、透析内液に残存する。
(2)水に可溶、アルコール等有機溶媒に不溶である。
(3)鉄をキレートする能力を有する。
【請求項2】
大豆を含む原料の発酵分解物から得られる、次の性質を有する鉄含有高分子物質。
(1)分画分子量6,000の透析膜で透析したとき、透析内液に残存する。
(2)水に可溶、アルコール等有機溶媒に不溶である。
(3)鉄を200ppm以上含有する。
【請求項3】
大豆を含む原料の発酵分解物、もしくは、その水抽出物、食塩水抽出物又は希アルコール抽出物を透析、限外ろ過及び/又はアルコール沈殿して得られる、請求項1又は2記載の鉄吸着性高分子物質又は鉄含有高分子物質。
【請求項4】
請求項1又は3に記載の鉄吸着性高分子物質の溶液に鉄イオンを添加することにより得られる、鉄含有高分子物質。
【請求項5】
大豆を含む原料の発酵分解物が、醤油又は大豆を含む原料を用いた麹であることを特徴とする請求項 1から3のいずれかに記載の鉄吸着性高分子物質又は鉄含有高分子物質。
【請求項6】
大豆を含む原料の発酵分解物、もしくはその水抽出物、食塩抽出物又は希アルコール抽出物を透析、限外ろ過及び/又はアルコール沈殿して高分子物質を採取することを特徴とする鉄吸着性高分子物質又は鉄含有高分子物質の製造法。
【請求項7】
大豆を含む原料の発酵分解物、もしくはその水、食塩水あるいは希アルコール抽出物を得るにあたり、予め鉄イオンを添加しておくか、もしくは、得られた発酵分解物あるいはその抽出物に鉄イオンを添加し、その後、透析、限外ろ過及び/又はアルコール沈殿して高分子物質を採取することを特徴とする鉄含有高分子物質の製造法。
【請求項8】
請求項2から5のいずれかに記載の鉄含有高分子物質を有効成分とし、他の鉄化合物を配合するか配合しない鉄分補強剤。
【請求項9】
請求項1、3及び5のいずれかに記載の鉄吸着性高分子物質を有効成分とする鉄吸収促進剤。
【請求項10】
請求項1から5のいずれかに記載の鉄吸収性高分子物質及び/又は鉄含有高分子物質を添加することを特徴とする食品。
【請求項11】
請求項1から5のいずれかに記載の鉄吸収性高分子物質及び/又は鉄含有高分子物質を添加することを特徴とする飼料。
【請求項12】
請求項1から5のいずれかに記載の鉄吸収性高分子物質及び/又は鉄含有高分子物質を添加することを特徴とする医薬品。

【公開番号】特開2006−199641(P2006−199641A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−14125(P2005−14125)
【出願日】平成17年1月21日(2005.1.21)
【出願人】(000112048)ヒガシマル醤油株式会社 (10)
【Fターム(参考)】