説明

鉄添加ホエータンパク質濃縮物およびその製造法

【課題】 チーズやカゼインの副産物として生じるホエーを有効利用し、鉄の吸収性・貧血改善効果に優れた鉄添加WPCおよびその製造法を提供する。
【解決手段】 ホエータンパク質1重量部当たり、0.001〜0.05重量部の鉄を含有し、鉄の収斂味を有さないことを特徴とする鉄添加ホエータンパク質濃縮物を提供する。該濃縮物は、ホエーと、鉄イオンを含む水溶液を混合して限外濾過するか、限外濾過したホエーと、鉄イオンを混合することにより製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鉄添加ホエー蛋白質濃縮物(以下、WPCと略記する場合がある)、さらに詳しくは、鉄欠乏性貧血の予防および改善、鉄強化を目的とした食品、医薬品等の原料として有用な鉄添加WPCおよびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、鉄摂取不足により貧血症状を起こす女性が数多く見られる。この傾向は、思春期の女子や若い女性において特に顕著である。鉄欠乏性貧血の原因としては、食生活に由来する点が最も大きいが、女性の場合は月経による出血、妊娠による需要の増加、および過度なダイエットによる鉄摂取不足等により鉄欠乏の状態に陥り、貧血になりやすい環境下にある。
一般に約50%の女性は何らかの形で鉄欠乏の状態にあると言われている。この鉄欠乏を解消するために貧血傾向の人や、妊産婦を対象とした鉄強化食品が販売されるようになってきており、牛乳、清涼飲料水に鉄分を強化した商品も多数販売され始めている。例えば清涼飲料水に添加する鉄添加剤としては、乳酸鉄、クエン酸第一鉄ナトリウム、クエン酸コハク酸鉄ナトリウム等の水溶性の有機酸鉄塩が使用されているが、これらは鉄味が強く、嗜好性の問題で、一度にあまり多くの量を使用できないという問題がある。また、有機鉄のヘム鉄も鉄味や血液由来の血生臭さといった風味上の問題があり、飲食品等への添加には制約がある。ピロリン酸第2鉄などの水不溶性および難溶性鉄塩を用いた場合、鉄味は改善されるものの、比重が2.75以上と高く、清涼飲料水等に分散させた場合、液中で短時間に沈殿し、懸濁安定性に問題がある。さらに、鉄の吸収を促進する目的で、炭酸イオン存在下で鉄とラクトフェリンの複合体を調製し食品に添加している(特許文献1および2参照)。しかし、ラクトフェリンは食品素材として高価でありコストの面で問題がある。
一方、ホエーはチーズやカゼインを製造の副産物で、タンパク質、ミネラル、乳糖などが豊富に含まれている。チーズホエーからホエータンパク質を濃縮したWPCや、イオン交換樹脂吸着法を行ったのちに濃縮、乾燥させた単離ホエータンパク質(WPI)はカゼインと比べてアミノ酸組成に優れており、栄養価値が高くしかも安価な食品素材として幅広く利用されている。しかし、近年、チーズの消費量増加に伴いホエーの生産量も増加しており、環境保護や資源の有効利用の面からも更なる利用方法の開発が必要とされている。
ホエーを利用した鉄剤として、ホエータンパク質をタンパク加水分解酵素で加水分解したホエータンパク質加水分解物と鉄の複合体が提案されている(特許文献3参照)。
【特許文献1】特公平6−21077号公報
【特許文献2】特開平7−304798号公報
【特許文献3】特開2000−50812号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、チーズやカゼインの副産物として生じるホエーを有効利用し、鉄の吸収性・貧血改善効果に優れた鉄添加WPCおよびその製造法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らはチーズやカゼインを製造する際に生じるホエーの新しい利用技術について検討を進めていたところ、タンパク加水分解酵素による処理をしなくても、鉄添加ホエータンパク質濃縮物(WPC)が、鉄の吸収性・貧血改善効果に優れた鉄剤となること、また、鉄添加WPCは鉄を高い比率で含有するにもかかわらず、鉄の収斂味を有していないことを見いだし、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、
(1)ホエータンパク質1重量部当たり、0.001〜0.05重量部の鉄を含有し、鉄の収斂味を有さないことを特徴とする鉄添加ホエータンパク質濃縮物、
(2)pHが5.5以上の液状またはその乾燥物である上記(1)記載の濃縮物、
(3)鉄の吸収性、貧血改善効果用である上記(1)記載の濃縮物、
(4)ホエーと、鉄イオンを含む水溶液を混合して限外濾過するか、限外濾過したホエーと、鉄イオンを混合することを特徴とする上記(1)記載の鉄添加ホエータンパク質濃縮物の製造法、
(5)鉄イオンの重量がホエー中のタンパク質の1/20以下、得られるホエーと鉄イオンの液状混合物のpHが5.5以上である上記(4)記載の製造法等を提供するものである。
【発明の効果】
【0005】
本発明の鉄添加WPCは、ホエーと鉄を混合するという簡単な方法で製造でき、得られた鉄添加WPCは、鉄−ホエータンパク質複合体を形成し、溶解性に優れ、鉄独特の収斂味がないので、鉄欠乏性貧血の予防あるいは改善、鉄強化を目的とした食品、医薬品、飼料等の原料として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明の鉄添加WPCは、ホエータンパク質1重量部当たり、0.001〜0.05重量部、好ましくは0.005〜0.03重量部の鉄を含有する。このような鉄添加WPCは鉄独特の収斂味がなく、鉄の吸収性・貧血改善効果に優れていることが判明した。
用いるホエーは特に限定するものではなく、チーズおよびカゼイン製造の際に生じたホエーはもとより、乾燥したホエーを再度水に溶解して復元したものでもよい。
鉄源としては、通常、塩化第二鉄、硝酸第二鉄、硫酸第二鉄等の鉄化合物が使用でき、例えば、これらは水溶液の形態で使用される。
【0007】
本発明の鉄添加WPCは、ホエーと、鉄イオンすなわち鉄源を含む溶液を混合し、常法より限外濾過して濃縮することによって製造できる。また、予めホエーを限外濾過で濃縮後に鉄イオンすなわち鉄源と混合してもよい。
このとき、混合する鉄イオンの重量はホエーに含まれるタンパク質の1/20以下、好ましくは1/250以下である。
鉄イオンを含む溶液、ホエーおよび/または鉄イオンと混合した後のホエー、すなわち、液状の鉄添加WPCは、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、塩酸、クエン酸、酢酸等を使用してpH調整することができ、通常、得られる液状の鉄添加WCPが、pH2〜9、好ましくは5.5以上となるように調整する。得られた液状の鉄添加WPCはそのままの状態で用いてもよく、また、常法に従って、凍結乾燥、噴霧乾燥等により乾燥し、粉末化して用いてもよい。
得られた鉄添加WPCは鉄独特の収斂味を有さず、鉄の吸収性、貧血改善効果に優れているという特徴を有するので、貧血の予防、改善、鉄強化を目的とした食品、医薬品、飼料等に添加する鉄強化用の鉄剤として有用である。
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0008】
ホエーとして、モッツァレラチーズホエーを使用した。このレンネットホエーをGP81PP膜(DOW DANMARK A/S社製、カットオフ10kDa)で限外濾過し、1/5に濃縮してホエータンパク質濃縮物(WPC)とした。これを2500×gで15分間遠心分離し、脂肪分を取り除いた。これに鉄が10mg/100mLとなるようにFeCl・6HOを添加した。得られた液状の混合物のpHは5.73であった。この混合物を凍結乾燥して鉄添加WCPを得た。
得られたサンプルを水に溶解し、カットオフ10kDaで限外濾過を行い、濾液中の鉄を測定した。原液中の鉄含量から濾液中の鉄含量を差し引いた値をタンパク質鉄含量とした。添加した鉄の90%が結合していた。鉄添加WPC中のタンパク質と鉄の関係を明らかにするため、Sephadex G−50を用いたゲル濾過により鉄添加WPCの溶出パターンを調べ、さらに各溶出画分の鉄の定量およびタンパク質の同定をそれぞれ原子吸光分光分析、SDS−PAGEにより行った。ゲル濾過により溶出するタンパク質を280nmの吸光度でスキャンしたものと、その溶出液中の鉄含量を測定した結果を図1に示した。SDS−PAGEの結果と溶出パターンを比較し、ピーク1を牛血清アルブミン(BSA)とラクトフェリン(Lf)、ピーク2をβ−ラクトグロブリン(β−Lg)、ピーク3をα−ラクトアルブミン(α−Lg)と同定した。この結果と鉄の溶出パターンとを比べると、鉄はβ−Lg、α−Laに多く結合していることがわかった。
【実施例2】
【0009】
貧血モデルラットを用いて実施例1で調製した鉄添加WPCの鉄欠乏状態改善効果について、その他の鉄強化剤(FeSO)と比較検討した。3週齢のウィスター系雄ラットに3週間鉄欠飼料を与え、貧血状態にさせた。その後、鉄源がそれぞれ鉄添加WPC、FeSOから成る飼料を3週間与え、貧血改善効果を比較した。対照区として鉄欠乏食を与えず市販の固形食を与えた非貧血群、試験食投与期間も鉄欠乏食を与えた鉄欠食群を用いた。図2に試験食投与後の血清鉄濃度を、図3に試験食投与後の肝臓鉄含量を示した。
図中、a,bは1%レベルでの有意差を示す。
試験食投与後の血清鉄濃度は鉄添加WPC食群の方がFeSO食群よりも高い傾向にあった。試験食投与後の肝臓鉄含量は鉄添加WPC食群の方がFeSO食群よりも有意に高い結果となった。これらのことから、鉄添加WPIの方がFeSO4に比べラットの体内に蓄積される鉄含量が高いと言える。よって、鉄添加WPCは貧血改善のための食品素材として有用である。
【実施例3】
【0010】
実施例1で調製した鉄添加WPCの吸収性を評価するためにCaco−2細胞を用いたin vivo試験を行った。6−ウエル・プレートにCaco−2細胞を50,000個/cmの濃度で播種し、10%FCSを含むDMEMで14日間培養したものを吸収性試験に用いた。鉄吸収試験はMEM無血清培地を用いて行った。ペプシンおよびパンクレアチンで人工消化した鉄添加WPCを鉄濃度が50μMおよび100μMとなるようMEM無血清培地に添加し、24時間培養後、PBSで2回洗浄し、ラバーポリスマンで細胞を剥離した。回収した細胞を超音波で破砕し、フェリチン(ferritin)含量を測定した。WPCに含まれるラクトフェリン(LF)には細胞増殖促進作用があることが知られているのでタンパク質含量を測定した。フェリチン含量をタンパク質含量で補正した結果を図4に示した。
図中、Blankは鉄欠乏区、FeSO4は、硫酸第一鉄添加区、Whey Feは鉄添加WPC添加区、**は1%レベルでの有意差を示す。
Caco−2細胞のフェリチン含量はいずれの鉄濃度でも鉄添加WPCの方がFeSOに比べ有意に高い値を示した。このことから、鉄添加WPC中の鉄はFeSOに比べて吸収性に優れていると考えられる。動物実験で見られた鉄添加WPCの貧血改善はこの易吸収性を反映した結果であると考えられる。
【実施例4】
【0011】
実施例1で調製した鉄添加WPCを鉄濃度が10mg%となるように水に溶解したものの官能試験を行った。男5名女3名のパネラーに鉄の収斂味を感じるか否かを判定させた。なお、鉄の収斂味を感じる試料として、鉄濃度が10mg%の硫酸第一鉄水溶液についても同様に官能試験を行った。その結果、パネラー全員が硫酸第一鉄水溶液は鉄の収斂味を感じると判定したのに対して、鉄添加WPCはパネラー全員が鉄の収斂味を感じないと判定した。
【産業上の利用可能性】
【0012】
本発明によれば、飲食品、飼料等に添加する水不溶性もしくは難溶性ミネラルである鉄の使用にあたって、極めて水に溶けやすい性質を有しており、鉄独特の収斂味を示さず、吸収性・貧血改善効果に優れた、鉄強化、貧血の予防または治療を目的とした食品、医薬品、飼料等の原料として有用な鉄強化素材用の鉄剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1で調製した鉄添加WPCのゲル濾過溶出パターンとその溶出液中の鉄濃度を示すグラフである。
【図2】実施例1で調製した鉄添加WPCを貧血モデルラットに投与した後の血清鉄濃度を示すグラフである。
【図3】実施例1で調製した鉄添加WPCを貧血モデルラットに投与した後の肝臓鉄濃度を示すグラフである。
【図4】Caco−2細胞のフェリチン含量に及ぼす鉄添加WPCの影響を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホエータンパク質1重量部当たり、0.001〜0.05重量部の鉄を含有し、鉄の収斂味を有さないことを特徴とする鉄添加ホエータンパク質濃縮物。
【請求項2】
pHが5.5以上の液状またはその乾燥物である請求項1記載の濃縮物。
【請求項3】
鉄の吸収性、貧血改善効果用である請求項1記載の濃縮物。
【請求項4】
ホエーと、鉄イオンを含む水溶液を混合して限外濾過するか、限外濾過したホエーと、鉄イオンを混合することを特徴とする請求項1記載の鉄添加ホエータンパク質濃縮物の製造法。
【請求項5】
鉄イオンの重量がホエー中のタンパク質の1/20以下、得られるホエーと鉄イオンの液状混合物のpHが5.5以上である請求項4記載の製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−94(P2007−94A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−185338(P2005−185338)
【出願日】平成17年6月24日(2005.6.24)
【出願人】(593050116)南日本酪農協同株式会社 (5)
【Fターム(参考)】