説明

鉄系材料の製造方法

【課題】必ずしも鋼中に高濃度のCおよび合金元素を含有させることなく、冷間加工性および最終部品強度を兼備し、さらには高温使用環境における強度にも優れた部品が得られる機械構造用鉄系材料を製造するための方法について提案する。
【解決手段】鉄系素材の少なくとも一部に700℃以上の温度にて窒化処理を施し、該窒化処理部分にN:3at%以上8at%未満を含有させた後、500℃以下Ms点以上の温度域まで1℃/s以上の速度で冷却し、その後Ms点以上500℃以下の温度域に10min以上保持してHV650以上の硬質相を、前記窒化処理部分に形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、産業機械や自動車等の機械部品に用いられて好適な鉄系材料に関し、特に一部あるいは全部に硬化層を有して高強度を示す鉄系材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
産業機械や自動車等に用いられる機械部品は一般的に、鋼材を切削または塑性加工、あるいはそれらの併用により所定の形状に加工した後、焼入れ焼戻し処理を施すことにより所望の特性を確保するという方法により製造される。
このような機械部品に用いられる鋼材は、機械部品として必要な強度を確保するために、0.3〜0.6mass%程度のCを含有する。しかしながら、鋼材中に含有されるCは鋼材の硬度上昇にも寄与するため、切削や鍛造などの冷間加工における加工性を著しく困難にする。
【0003】
また、C含有鋼の焼入れ焼もどしにより得られる焼もどしマルテンサイトは、常温では優れた強度を有するものの、150℃を超える程度の高温に長時間曝されると強度が低下するため、使用環境がこの様な温度に達する用途には必ずしも適合しない。
機械部品を所定の形状に加工する際の冷間加工性と、機械部品に要求される強度という相反する特性をともに満足させる方法として、低C鋼素材に冷間加工を施して所望の形状とした後、浸炭焼入れする方法が、従前行われている。しかしながら、上記方法は、浸炭でC濃度を上昇させるといえども、やはり焼もどしマルテンサイトの強度を利用するため、依然として高温環境下での強度低下に関する上記問題は未解決のままであった。
【0004】
また、上記浸炭焼入れに代えて、窒化処理により表面硬化層を形成する方法も知られている。窒化処理は、処理温度が比較的低温である上、焼入れ工程を必要としないため、発生する熱処理歪みも小さい。そのため、寸法精度が要求される機械部品の強度を確保する方法としては有効である。
【0005】
しかしながら、多量の合金添加を行わない鉄系材料に従前の窒化処理を施した、機械部品では、表面硬化層の硬度が不十分であった。例えば、特許文献1〜4には、鋼板を所望の形状に加工した後、窒化処理を施して表面硬化層を形成した機械部品について開示されているが、何れの文献に開示された機械部品においても、その表面硬化層の硬度は最大でもHV400程度である。
【0006】
一方、特許文献5には、硬度がHV803の表面硬化層を得る製法が記載されているが、硬化層の厚さが3〜15μmと薄く、面圧の高い部品への適用に課題が残るものであった。
【0007】
ここに、鋼表層部にHV650を超える高い硬度を付与する為に、窒化時に鋼表層中にAlやTi等の硬質窒化物を形成させる方法が、従前行われているが、鋼中にAlやTiなどの窒化物形成元素を多量に含有させる必要があり、鋼素材の製造コストを上昇させる等の問題を残していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−279686号公報
【特許文献2】特開2002−20853号公報
【特許文献3】特開2004−183006号公報
【特許文献4】特開2005−336581号公報
【特許文献5】特開2009−52745号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の現状を鑑みなされたものであり、必ずしも鋼中に高濃度のCおよび合金元素を含有させることなく、冷間加工性および最終部品強度を兼備し、さらには高温使用環境における強度にも優れた部品が得られる機械構造用鉄系材料を製造するための方法について提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成すべく、本発明者らは、冷間加工性に加え、最終的に高強度を有する機械部品が製造可能である、機械構造用材料を得るための方途について鋭意検討を進めた。その結果、鉄系材料に窒化処理を施すことにより、鉄系材料の少なくとも表層部にオーステナイト形成元素であるNを高濃度に含有させ、N高濃度領域をオーステナイト組織とし、窒化処理後に急冷して窒化処理時に形成された上記オーステナイト組織を500℃以下Ms点以上の温度域まで冷却し、これをMs点以上500℃以下の温度域に加熱保持して、上記オーステナイト組織をα(フェライト)とγ´(Fe4N)との微細組織にすることにより、HV650以上の高い硬度が得られ、なおかつ高温に長時間曝された後も高い硬度を維持し得ることを知見した。
【0011】
本発明は上記の知見に基づきなされたものであり、その要旨構成は次の通りである。
(1)鉄系素材の少なくとも一部に700℃以上の温度にて窒化処理を施し、該窒化処理部分にN:3at%以上8at%未満を含有させた後、500℃以下Ms点以上の温度域まで1℃/s以上の速度で冷却し、その後Ms点以上500℃以下の温度域に10min以上保持してHV650以上の硬質相を、前記窒化処理部分に形成することを特徴とする鉄系材料の製造方法。
【0012】
(2)前記(1)において、前記鉄系素材は、C:0.1mass%未満を含み、残部がFeおよび不可避不純物の組成になることを特徴とする鉄系材料の製造方法。
【0013】
(3)前記(2)において、前記鉄系素材は、さらに
Cr:0.05mass%以上3.0mass%以下、
Al:0.005 mass%以上3.0 mass%以下、
Ti:0.0005 mass%以上0.5 mass%以下、
Nb:0.005 mass%以上0.1 mass%以下、
V:0.02 mass%以上1.0 mass%以下、
Mo:0.02 mass%以上1.0mass%以下、
Mn:0.02 mass%以上2.0 mass%以下、
Si:0.02 mass%以上3.0 mass%以下、
Ni:0.02 mass%以上2.0mass%以下、
Cu:0.02 mass%以上2.0 mass%以下および
Co:0.02 mass%以上2.0 mass%以下
の中から選択される少なくとも1種以上を含有することを特徴とする鉄系材料の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、産業機械や自動車等の機械部品に好適に用いられる機械構造用鉄系材料であって、優れた冷間加工性を有し、寸法精度の高い機械部品が得られる上、HV650以上という、従来にない硬質相を有する鉄系材料が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の方法では、まず、鉄系素材の少なくとも一部に窒化処理を施して、該窒化処理部分にN:3at%以上8at%未満を含有させる。そこで、この窒化処理部分におけるN含有量について説明する。
N:3at%以上8at%未満
Nは、本発明において硬質相を形成する上で必須の元素である。先述の通り、本発明においては、鉄系素材に窒化処理を施してその少なくとも一部をオーステナイト組織とし、これを急冷して窒化処理時に形成された上記オーステナイト組織を、α(フェライト)とγ´(Fe4N)との微細分散組織にすることにより、窒化処理部分に硬質相を形成する。そのため、本発明の鉄系材料においては、硬質相を形成すべき部分に、オーステナイト形成元素であり、且つγ´(Fe4N)の構成元素であるNを所要量含有させる必要がある。すなわち、窒化処理部分のN含有量が3at%未満では、窒化処理温度域でオーステナイト組織を得ることが出来ず、また硬化相形成を目的とした保持処理時に十分なα-Fe+γ´(Fe4N)微細組織が得られないため、HV650以上の硬化層を形成することができない。一方、N含有量が8at%以上になると、窒化処理に必要な時間が長時間となるため、製造コストが増加する問題がある。以上の理由から、N含有量を3at%以上8at%未満に規定する。
【0016】
なお、本発明においては必ずしも鉄系材料の全体が上記規定を満足する必要はなく、高い硬度が必要とされる部分についてのみ上記規定を満足させることも可能である。すなわち、鉄系素材の少なくとも一部に窒化処理を施せばよい。ここで、鉄系素材の少なくとも一部とは、高い硬度が必要とされる部分であり、例えば機械構造部品として高い硬度が要求される部位に対応する領域であり、当該部分の少なくとも表層域、具体的には、少なくとも鉄系素材の表面から深さ20μm〜200μmの範囲にわたって窒化処理を施すことが好ましい。
【0017】
また、前記鉄系素材は、C:0.1mass%未満を含み、残部がFeおよび不可避不純物の組成になることが、好ましい。
C:0.1mass%未満
本発明において、Cは必須の成分ではない。しかしながら、特に本発明においてHV650以上の硬質相を鉄系材料の表層のみに形成する場合、Cは鉄系材料の強度を確保する上で有効な元素であるので、必要に応じて含有する。ただし、その含有量が0.1mass%以上となると、機械部品の寸法精度や冷間加工性に悪影響を及ぼすため、C含有量を0.1mass%未満とする。
なお、残部は、次に示す添加元素を添加しない場合、Feおよび不可避不純物である。不可避不純物としては、Si、Mn、P、S、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Nb、Ti、Al、N、OおよびBが挙げられる。
【0018】
さらに、必要に応じて、Cr:0.05mass%以上3.0mass%以下、Al:0.005 mass%以上3.0 mass%以下、Ti:0.0005 mass%以上0.5 mass%以下、Nb:0.005 mass%以上0.1 mass%以下、V:0.02 mass%以上1.0 mass%以下、Mo:0.02 mass%以上1.0mass%以下、Mn:0.02 mass%以上2.0 mass%以下、Si:0.02 mass%以上3.0 mass%以下、Ni:0.02 mass%以上2.0mass%以下、Cu:0.02 mass%以上2.0 mass%以下およびCo:0.02 mass%以上2.0 mass%以下の中から選択される少なくとも一種以上を添加することが出来る。
【0019】
すなわち、Cr,Al,Ti,Nb,VおよびMoは、いずれも鉄系材料中の窒素と結合して硬質な窒化物を形成し、主に表層において耐摩耗性を向上する作用を有するため、必要に応じて含有させる。含有量が各成分毎の下限に満たない場合は効果が不十分である。一方、各々の上限値を超えて含有してもその効果が飽和するとともに、過剰な窒化物が析出して体積変化をもたらし、寸法精度に悪影響を及ぼす。また、体積変化が生じることにより空隙を含むミクロ組織が形成されるため、鉄系材料の強度が劣化する。
【0020】
次に、Mn、Si、Ni、CuおよびCoは、本発明の鉄系材料を製造する上で必要となる、低温でのオーステナイト組織の形成に効果的に作用するため、必要に応じて含有する。含有量が各々の下限値に満たない場合にはその効果が不十分であり、一方、各々の上限値を超えて含有すると、最終的な所望の組織、すなわちαおよびγ´の微細分散組織の形成に悪影響を及ぼす。
【0021】
本発明の鉄系材料は、上記した組成を有する鉄系素材に、700℃以上の温度で窒化処理を施して該鉄系素材の一部または全体にN:3at%以上8at%未満を含有させた後、500℃以下Ms点以上の温度域まで1℃/s以上の速度で冷却し、その後Ms点以上500℃以下の温度域に10min以上保持することによりHV650以上の硬質相を形成する方法により、好適に製造することができる。
【0022】
次に、各製造条件について詳述する。
(窒化処理条件)
窒化温度を700℃以上とすることによって、鉄系素材中への十分な窒素の拡散速度を得ることが可能となるとともに、窒化中に安定なオーステナイト相を得ることが可能となる。ただし、極度の高温域での処理は、処理中の窒化進行速度の制御が困難になるとともに、処理中にオーステナイト粒の粗大化を引き起こし、処理後の材料の延性および靭性に悪影響を及ぼす。そのため、窒化処理温度は1000℃以下とすることが好ましい。
【0023】
なお、上記窒化処理としては、ガス窒化法、ガス軟窒化法、プラズマ窒化法、塩浴窒化法など、公知の方法を適用することができるが、本発明の鉄系材料を製造する上では特に窒化ポテンシャルの制御が比較的容易でかつ処理コストの低廉な、ガス窒化法を適用することが好ましい。また、鉄系材料中の窒素濃度制御の観点から、窒化処理時間は60〜10000minとすることが好ましい。
【0024】
(冷却条件)
上記の条件に従う窒化処理にて鉄系素材の少なくとも一部には、N:3at%以上8at%未満を含有するオーステナイト組織が形成される。本発明においては、これを1℃/s以上の冷却速度で500℃以下Ms点以上の温度まで冷却することにより、上記オーステナイト組織を当該温度まで存在させることを可能にする。すなわち、冷却速度が1℃/s未満である場合には、冷却中の組織中にフェライト相が形成してしまい、冷却終了後のオーステナイト含有量が減少するため、その後の熱処理により所望の硬度を有する硬質相が得られない。なお、冷却速度の上限値は特に限定しないが、簡易な冷却方法にて達成するためには、50℃/s以下とすることが好ましい。
一方、冷却停止温度が500℃を超えると、冷却停止後の放冷時に組織中に粗大なフェライト相が形成してしまい、冷却後のオーステナイト含有量が減少する。そのため、500℃以下とする。
【0025】
また、Ms点未満の温度まで冷却した場合には、該オーステナイトの少なくとも一部にマルテンサイト変態を生じ得る。マルテンサイトそれ自体は硬質な組織であるが、その後の硬質化処理時、および高温使用環境に曝された場合、焼もどしの進行により硬度が低下して所望の強度を得ることが困難となるため、それ以上の冷却完了温度であることが必要である。なお、500℃以下Ms点以上の温度まで1℃/s以上で冷却した後の冷却速度は任意である。
【0026】
(硬質相形成処理条件)
上記冷却工程を経た鉄系材料は、少なくとも一部に軟質なオーステナイト組織を有する。しかし、この鉄系材料をMs点以上500℃以下の温度域に保持することにより、上記オーステナイト組織がαとγ´との微細分散組織に変化し、HV650以上の硬質相が形成される。
すなわち、加熱保持温度がMs点未満では、窒化処理により形成したオーステナイトの少なくとも一部にマルテンサイト変態を生じ、所望の硬度を有する硬質相が得られない。一方、該加熱保持温度が500℃を超えると、形成される組織の粗大化を生じるとともに、表層部で脱窒が発生し、やはり硬質相の硬度が不十分となる。
なお、上記温度における保持時間を10min未満とすると上記した組織変化が不十分になることから、鉄系材料を所望の組織とするために10min以上の保持を必要とする。一方、60000minを超えて保持しても、それ以上の硬度の上昇は望めないため、保持時間は60000min以下とすることが望ましい。
【0027】
上記方法においては、フェライトと、γ´(Fe4N)すなわち熱的に安定な相により硬質な相が形成されるため、硬質相形成のための上記保持温度域にて長時間使用された後にも、十分な強度を有する材料となる。従って、比較的高温に曝される環境で長時間使用した後にも、十分な強度を有する部品を得ることが可能となる。なお、本発明に係る鉄系材料を用いて機械部品を製造する際は、窒化処理前の鉄系素材が比較的軟質であり、冷間加工を施す場合であっても容易に所望の形状に成形することができることから、この段階で成形を行うことが有利である。また、一部に硬化層を形成する鉄系材料につき、硬化層以外の部分に冷間加工を施す場合は、硬化層形成後に冷間加工を施すことも可能である。
【実施例】
【0028】
表1に示す化学組成の鋼を転炉にて溶製し、連続鋳造によりブルームとした。次いで、ビレット圧延、さらに棒鋼圧延を施して、35mmφの棒鋼とした。こうして得た棒鋼について、素材のビッカース硬さを測定するとともに、以下に示す種々の熱処理に供して特性を調査した。
【0029】
すなわち、表2に示す条件に従って、窒化処理、冷却、その後の硬化熱処理(硬質相形成処理)を行った。その際、まず窒化処理後の鉄系材料について、EPMAを用いて、表面から深さ20μm近傍の窒素濃度(at%)を測定した。また、表面からの深さ20μm部を光学顕微鏡により観察し、構成ミクロ組織の判定を行った。ここで、窒化処理後の冷却完了温度が室温より高いサンプルについては、冷却完了温度から室温まで急冷(水冷)にて組織凍結処理を施した後、EPMAおよびミクロ組織判定を行った。ミクロ組織判定に際しては、凍結組織から凍結前の冷却完了時組織を推定した。次に、硬化熱処理後の鉄系材料については、EPMAを用いて、表面から深さ20μm近傍の窒素濃度(at%)を測定した。また、表面からの深さ20μm部を光学顕微鏡により観察し、構成ミクロ組織の判定を行うとともに、その部分のビッカース硬さを測定した。さらに、20μm間隔で深さ方向にビッカース硬さ測定を行い、硬さがHV650を超える領域の厚さを測定した。
なお、ビッカース硬さの測定はいずれも、荷重25gf(0.245N)、荷重保持時間15sの条件にて行った。
【0030】
また、薄膜TEM観察により、硬化処理後の鉄系材料中に生成したγ´のサイズおよび面積率の測定を行った。サイズ測定は、各実施例について30個以上のγ´を測定し、サイズが300nm以下であったγ´の個数の、全γ´に対する個数比を、微細γ´率として求めた。
【0031】
なお、表1中の材料Hは、代表的な機械構造用鋼である、JIS−S53Cに相当する。当該鋼は、本発明との比較を目的として特性を調査したものであり、素材としての比較には、上記のとおり、35mmφの棒鋼とした後に焼なましを行ったものを用いた。さらに、表2に示すように、焼入れ焼もどしを行った材料について、表面から20μm部のビッカース硬さ、構成ミクロ組織、硬さがHV650以上の領域の厚さを、上記と同様に測定した。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
<調査特性>
本発明に従って製造した鉄系材料(実施例No.1,No.10〜17)は何れも、代表的な機械構造用鋼であるJIS−S53C(No.18)の球状化材よりも低い素材硬さを有しており、冷間加工性に優れている。一方で、窒化→硬化熱処理後には、S53Cの焼入れ焼もどし材よりも優れた表層部の硬さを有している。
一方、窒化あるいはその後の冷却の条件が適切でない場合(No.2〜6)には、窒化冷却後における表面から20μm部におけるオーステナイト組織の形成が成されず、その後の硬化処理において十分な硬さが得られなかった。
【0035】
窒化温度が低い場合(No.2)は、窒化時のオーステナイト(γ)相の生成が不十分になり、フェライト(α)相が残存した。窒化時間が短い場合(No.3)は、窒化の進行が不十分であり、十分な窒素濃度が得られなかった。このため、いずれも硬化処理後に十分な硬さが得られなかった。
窒化時間が長い場合(No.4)は、過剰な窒化の進行に伴い、窒素濃度が本発明範囲を超えて、不適な窒化物(ε相)が窒化処理段階で生成し、硬化処理後もこれが残留して硬さに悪影響を及ぼした。
窒化後の冷却速度が遅い場合(No.5)は、冷却途中にフェライト相が生じ、硬化熱処理後は微細γ´の形成が成されず、十分な硬さが得られなかった。
窒化後の冷却完了温度が低い場合(No.6)は、冷却完了後にマルテンサイト(α´)が生じ、硬化熱処理後は焼もどしマルテンサイトとなり、十分な硬さが得られなかった。
【0036】
また、窒化冷却により所望のオーステナイト組織が得られても、硬化熱処理条件が本発明の範囲外である場合(No.7〜9)は、いずれも十分な表層硬さを得ることができなかった。
すなわち、硬化熱処理温度が低い場合(No.7)は、窒化冷却処理で得られたオーステナイトからマルテンサイト(α´)相が生じ、十分な硬さが得られなかった。
硬化熱処理温度が高い場合(No.8)は、オーステナイト相からの組織変化によって形成されたフェライト(α)相およびγ´(Fe4N)相が粗大化し、十分な硬さが得られなかった。
硬化熱処理時間が短い(No.9)場合は、窒化冷却処理で得られたオーステナイトからの組織変化が十分に進行せず、結果として硬化熱処理後、室温での構成ミクロ組織がマルテンサイトとなり、十分な硬さを得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0037】
産業機械や自動車等の機械部品に好適に用いられる機械構造用鉄系材料を提供する。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄系素材の少なくとも一部に700℃以上の温度にて窒化処理を施し、該窒化処理部分にN:3at%以上8at%未満を含有させた後、500℃以下Ms点以上の温度域まで1℃/s以上の速度で冷却し、その後Ms点以上500℃以下の温度域に10min以上保持してHV650以上の硬質相を、前記窒化処理部分に形成することを特徴とする鉄系材料の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記鉄系素材は、C:0.1mass%未満を含み、残部がFeおよび不可避不純物の組成になることを特徴とする鉄系材料の製造方法。
【請求項3】
請求項2において、前記鉄系素材は、さらに
Cr:0.05mass%以上3.0mass%以下、
Al:0.005 mass%以上3.0 mass%以下、
Ti:0.0005 mass%以上0.5 mass%以下、
Nb:0.005 mass%以上0.1 mass%以下、
V:0.02 mass%以上1.0 mass%以下、
Mo:0.02 mass%以上1.0mass%以下、
Mn:0.02 mass%以上2.0 mass%以下、
Si:0.02 mass%以上3.0 mass%以下、
Ni:0.02 mass%以上2.0mass%以下、
Cu:0.02 mass%以上2.0 mass%以下および
Co:0.02 mass%以上2.0 mass%以下
の中から選択される少なくとも1種以上を含有することを特徴とする鉄系材料の製造方法。

【公開番号】特開2013−44036(P2013−44036A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−184110(P2011−184110)
【出願日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】