説明

鉄系金属の脱硫剤

【課題】金属カルシウムを用いる脱硫剤で、水素爆発の原因となる空気中の水分との反応を防止でき、取扱いを容易とし、さらに簡単に製造でき、しかも低い温度で容易に且つ効率よく脱硫できる鉄系金属の脱硫剤を提供する。
【解決手段】金属カルシウムの表面に、有機物及び/又は無機物の皮膜又は層を表面に形成した脱硫剤として用いる。金属カルシウムの粒径0.5〜30ミリメートルの粒子であり、有機物が熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂であり、前無機物が金属、珪酸ソーダ、又は公知の脱硫剤である。有機物又は無機物は、これを溶液又は溶融した状態とし、この中に金属カルシウムを浸漬することにより、表面に有機物又は無機物の皮膜又は層を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、鉄系金属の脱硫剤に関するものであり、とくに溶銑、溶鋼から硫黄を除くために使用する脱硫剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に鉄が硫黄を含んでいると鉄の品質は低下する。溶鉱炉から得られた銑鉄は、鉄鉱石やコークスに由来する硫黄を含んでいる。そのため、銑鉄は硫黄を除くことが必要とされる。それには溶融した銑鉄に脱硫剤を加えて撹拌し、硫黄をスラグとして除去することが行われている。とくに高級な鋼を得るためには、硫黄含有量を極めて低い値に低下させることを必要とされるため、高い性能を持った脱硫剤が必要とされる。
【0003】
脱硫剤としては、これまで色々なものが用いられて来たが、最近では石灰、ソーダ灰、金属マグネシウムなどが用いられている。ところが、これらの脱硫剤は、以下に述べるように一長一短があって、何れも満足すべきものでない。
石灰は炭酸カルシウムCaCO3の形で脱硫剤として使用することができるが、炭酸カルシウムはか焼されて生石灰CaOの形となって初めて脱硫剤として働く。そのため、炭酸カルシウムの形で銑鉄に添加したのでは、生石灰になるまでに多くの熱量が必要とされ、また時間がかかるので有利でない。
【0004】
そのため、最近では炭酸カルシウムは、これを予めか焼して生石灰CaOの形にして脱硫剤として使用されている。しかし、生石灰は融点が高いために高温で脱硫を行わなければならない。高温での脱硫は有利でない。その上に、生石灰による脱硫では硫黄含有量をとくに低くすることが本質的に困難である。
【0005】
ソーダ灰は、化学的には無水の炭酸ナトリウムであって、生石灰より融点が低い。従って、ソーダ灰を用いると、比較的低い温度で脱硫を行うことができる。ところが、ソーダ灰は添加時に白煙を生じるので、溶融鉄の表面が観察しにくくなり、また白煙が装置を毀損させるという問題を惹起する。
【0006】
金属マグネシウムも低い温度で脱硫できるという利点がある。ところが金属マグネシウムは沸点が低いために、添加時に溶融鉄が激しく沸騰するので危険であり、また気化による損失が大きく、さらに生成した硫化マグネシウムは可逆的に硫黄に分解するので、速やかに除滓しなければならないなどの問題を孕んでいる。
【0007】
金属カルシウムが脱硫剤として有効なことは、古くから知られている。ところが金属カルシウムは空気中の水分と反応して水素を発生し、発生した水素が蓄積されると爆発の危険を生じる。そのため、金属カルシウムはシリコンとの合金として使用されているが、合金として使用することは高価となって有利でない。
また、金属カルシウムが水分と反応することを避けるために、金属カルシウムを粒子状にしてこれを鉄製パイプに詰めて密封して、これを脱硫用に使用することも行われた。しかし、鉄製パイプに詰めたのでは重量が大きくなり、取扱いが容易でない。
【0008】
そのほか、金属カルシウムを溶融金属中で生成させて、生成した金属カルシウムにより、溶融金属の精錬を行う試みも知られている。それは特開平6−322429号公報に記載されている。この試みは、生石灰とアルミニウムとの粉末混合物をブリケットに成形し、これを金属製容器に封じ込めて容器内を真空にしておき、この容器を取鍋中に入れて加熱し、その後取鍋内に溶融金属を注入してアルミニウムと石灰とを反応させて金属カルシウムを生成させることとしている。しかし、ブリケットを金属容器に封じ込めて真空にすることは煩瑣であって実施容易でない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平6−322429号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
この発明は、上述のような欠点を解消した新たな鉄系金属の脱硫剤を提供するものである。すなわち、簡単に製造でき、取扱いが容易でしかも低い温度で容易に且つ効率よく脱硫できる鉄系金属の脱硫剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明者は、さきに金属カルシウムを大気中で安定に保管する方法を発明し、これを特願2010−093883号として出願した。
その方法は、金属カルシウムの表面に有機物又は無機物の皮膜を形成することによって、金属カルシウムが大気中で水分と反応することを防ぐことを骨子としている。有機物としては合成樹脂などが使用でき、無機物としては珪酸ナトリウムなどが使用できる。
【0012】
この発明者は、上記発明を端緒としてさらに研究を進めた結果、金属カルシウムの表面に皮膜と云える程の連続したものでなくて、有機物又は無機物の粉末を緻密に並べた層を形成しただけでも、実用上は充分に金属カルシウムを保護することができることを見出した。
この発明者は、こうして表面を保護した金属カルシウムは、これを溶融金属中に投入すると、保護している皮膜又は層が簡単に破壊されて、金属カルシウムが露出し、露出した金属カルシウムが溶融金属中で強力な脱硫力を発揮することを見出した。この発明は、このような知見に基づいて完成されたものである。
【0013】
この発明は、金属カルシウムの表面に有機物及び/又は無機物からなる皮膜又は層を形成したことを特徴とする鉄系金属の脱硫剤を提供するものである。
また、この発明は、上記鉄系金属の脱硫剤を製造する方法を提供するものである。
さらに、この発明は、金属カルシウムの表面に有機物又は無機物からなる皮膜又は層を形成した脱硫剤を溶融鉄中に添加することを特徴とする、鉄系金属の脱硫方法をも提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
この発明によれば、金属カルシウムの表面に有機物及び/又は無機物からなる皮膜又は層を形成しただけで、鉄系金属の脱硫剤とすることができるから、脱硫剤の製造が極めて容易である。こうして作られた脱硫剤は金属カルシウムの表面が皮膜又は層によって保護されているため、大気中に放置しても金属カルシウムが水分と反応しないから安全に保管できる。
【0015】
また、この発明によれば、脱硫剤を溶融金属中に投入し撹拌するだけで溶融金属を脱硫することができる。それは、この脱硫剤を溶融金属中に投入すると、有機物は直ちに焼却され、無機物も分解又はバラバラにされるので、金属カルシウムが溶融金属中で露出することとなり、従って、溶融金属は金属カルシウムによって充分に脱硫される。それとともに、金属カルシウムの脱酸力によって脱酸される。従って、この発明によれば、鉄系金属を容易に精錬することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
この発明では、脱硫剤の実質的部分は金属カルシウムである。金属カルシウムは、Caの元素記号で表わされる原子番号20の元素であって、アルカリ土類金属の一つである。
金属カルシウムは銀白色の柔かい金属であって、鉛よりはやや硬く、延性と展性とに富み、容易に薄板、棒又は粒子の形に加工することができる。この発明では、金属カルシウムを薄板状又は棒状にして用いることもできるが、それよりは粒子状にして用いることが好ましい。粒子は直径が0.5〜30ミリメートルの範囲内のものを用いることができるが、とりわけ直径が約5ミリメートル以下の大きさにすることが好ましい。
【0017】
この発明では金属カルシウムの表面に有機物及び/又は無機物からなる皮膜又は層を形成して、これを鉄系金属の脱硫剤とする。
皮膜又は層を形成する有機物としては、各種の合成樹脂を使用することができる。合成樹脂としては、例えばフェノール樹脂のような熱硬化性樹脂の初期縮合物の水溶液、ポリ酢酸ビニル、ポリスチレンのような熱可塑性樹脂の溶融物又は有機溶剤溶液、ポリビニルアルコールの水溶液などを用いることができる。
【0018】
皮膜又は層を形成する無機物としては、水ガラス、すなわち珪酸ナトリウムの水溶液、生石灰の粉末、無水炭酸ナトリウムの粉末、金属マグネシウムの粉末、金属アルミニウムの粉末などを用いることができる。
皮膜を形成する有機物又は無機物を溶液の形態にすることができるときは、これを溶液にして金属カルシウムの表面に刷毛塗り、噴霧によって皮膜を形成することができるが、好ましいのは浸漬により皮膜を形成する方法である。浸漬は、とくに金属カルシウムが粒子状にされている場合に好適である。
【0019】
浸漬の際には、皮膜形成物質の溶液が金属カルシウムの表面に速やかに拡散して、適量が付着するように、溶液の粘度を予め調整しておくことが好ましい。そのために水又は有機溶剤の量を加減しておくことが好ましい。
浸漬は例えば次のようにして行う。金属カルシウムを予め粒径が数ミリメートルの粒子とし、これを金網状の容器に入れておく。他方、皮膜形成物質の溶液は予め適度の粘度に調整しておく。次いで金属カルシウムの粒子を容器に入れたまま皮膜形成物質の溶液に浸漬し、容器を溶液内で動揺させて溶液を粒子表面に隈なく浸透させる。その後、容器を溶液から引き上げて、粒子表面から溶剤を揮散させて粒子を乾燥させる。乾燥を早めるために、乾燥空気を吹き付け又は温度を上昇させる。こうして金属カルシウムの表面に皮膜を形成して、この発明に係る脱硫剤を得ることができる。
【0020】
皮膜形成物質として水ガラスを使用した場合には、水ガラスの皮膜が形成された金属カルシウムの粒子に、二酸化炭素のガスを吹き付けて、水を揮散させることが好ましい。とりわけ、金属カルシウムの粒子を下方から吹き上がる二酸化炭素ガス中に浮遊させ、粒子を流動層として粒子同士が互いに接着し合わないようにして水を揮散させることが好ましい。
【0021】
皮膜を形成する有機物又は無機物が固体である場合、その融点が金属カルシウムの融点839度Cより低いものであるときは、有機物又は無機物を加熱し、溶融しておいて、その中に金属カルシウムを浸漬して浸漬法によって皮膜を形成することが好ましい。この場合の浸漬法は上記の溶液中での浸漬と殆ど同じように行うことができる。但し、この場合には乾燥する必要がない。
なお、皮膜を形成する無機物がアルミニウムのような金属である場合には、金属を金属カルシウムの表面に蒸着させたり、溶射して皮膜を形成することができる。
【0022】
皮膜を形成する有機物又は無機物が固体であって、その融点が金属カルシウムの融点839度Cより高いか、又は加熱されると分解し易いものである場合には、有機物又は無機物を粉末とし、その粉末を金属カルシウムの粒子表面に付着させて、有機物又は無機物粉末の緻密な層を形成する。このとき、有機物又は無機物の粉末はその重量を金属カルシウムよりも遥かに多くしたり、また有機物又は無機物はその粒径を金属カルシウムよりも遥かに微細にしたりして、金属カルシウム粒子の表面をできるだけ有機物又は無機物粉末が覆うようにする。こうして形成された有機物又は無機物は、皮膜と云うより緻密な層と云うのが適している。
【0023】
有機物又は無機物の粉末を金属カルシウムの表面に付着させる場合、粉末自体が相互に接着力を持つものであるときは、有機物又は無機物の粉末だけで緻密な層を金属カルシウムの表面に形成することができる。しかし、粉末自体に相互の接着力がないときには、粘結剤を加えて緻密な層を形成する。
【0024】
特別な場合として金属カルシウムが粒子状にされ、無機物が高い融点を持ち微細な粉末状にされているときは、無機物粉末の重量を金属カルシウム重量の2倍以上にすると、金属カルシウムと無機物との混合物をよく撹拌して一様な混合物とするだけで、又はこの混合物をブリケット状に加圧成形するだけで金属カルシウムは表面に無機物の層が形成された状態となる。
【0025】
例えば、無機物として生石灰の粉末を使用するときは、生石灰は粉末同士の接着力を持っている。しかし、生石灰は融点が高いので、これに融点降下剤を加えることが好ましい。融点降下剤としては、蛍石、カルシウムアルミネートなどを用いることができる。融点降下剤を加えた場合の組成は粒径0.5〜30ミリメートルの金属カルシウムの粒子1〜60重量部に、100〜200メッシュの篩を通過する生石灰の粉末1〜95重量部と、同じ粉末径範囲のカルシウムアルミネート1〜50重量部とを混合し、この混合物をそのままこの発明に係る脱硫剤とすることができるが、またこの混合物を加圧しブリケット状に成形して、この発明に係る脱硫剤とすることができる。
【0026】
上記の場合、金属カルシウムの粒子は予めその表面に珪酸ナトリウムの皮膜やポリエチレンの皮膜を形成しておく必要がない。しかし、金属カルシウム粒子の表面に予め上記の皮膜を形成したものを用いると、得られたブリケット状の脱硫剤は安定性が増し、一層良好なものとなる。
【0027】
こうして、有機物又は無機物の皮膜又は層が表面に形成された金属カルシウムからなる脱硫剤は、素手で掴むことができるので取扱いが容易である。また、この脱硫剤は大気中に放置しても、認められる程の水素を発生しない。このため、この脱硫剤は製造後相当な期間にわたって保存貯蔵することができる。従って、この脱硫剤は工業的に利用できるものである。しかも、この脱硫剤はすぐれた脱硫力と脱酸力とを持っているので、高級な鋼の製造用に適している。
【0028】
この発明に係る脱硫剤は、前述のように、そのまま大気中に放置しても金属カルシウムが水分と反応し難く、従って変質し難いものであるが、これをさらに不透水性の皮膜で覆うことにより、一層変質し難いものとすることができる。不透水性の皮膜で覆うとは、例えば合成樹脂製のフィルムで覆うことであって、例えばポリエチレン、ポリプロピレン製のフィルムで包んだり、ポリオレフィン製の袋に入れて袋の口を密封したりすることである。とくに不透水性の収縮性フィルムで覆うと、一層永く変質を防ぐことができる。
以下に実施例と比較例とを挙げて、この発明のすぐれている所以を具体的に明らかにする。
【実施例】
【0029】
実施例1
金属カルシウムの板を切断して、粒径が約5ミリメートルの多数の金属カルシウムの粒子を作った。
他方、水ガラスを用意し、これに水を加えて粘度を約1400mPas(20℃)として浸漬するに適した珪酸ナトリウム水溶液を作った。
金網で作った容器に上記の金属カルシウム粒子を入れ、これをそのまま20℃の上記珪酸ナトリウム水溶液中に浸漬し、3分間浸漬したまま容器を動揺させた。
【0030】
その後、容器を溶液から引き上げ、大気中に30分間放置して金属カルシウム粒子を乾燥させた。こうして得た粒子を脱硫剤とした。
浸漬前の金属カルシウム粒子は、1つの粒子重量が30〜35ミリグラムの範囲内にあったが、乾燥後の粒子重量は48〜140ミリグラムの範囲内となった。従って0.2〜1.3ミリグラム/平方ミリメートルの珪酸ナトリウムが粒子表面を覆っていると考えられた。
【0031】
この脱硫剤は20℃の大気中に1ヵ月放置したが、水素を発生する気配が全く認められなかった。従って、製造後少なくとも1ヵ月間は全く変質しないものと認められた。
この脱硫剤を硫黄含有量が25ppmで温度が1600℃の溶鋼に、溶鋼300トンあたり脱硫剤1000kgの割合で投入して脱硫処理を行った結果、硫黄含有量を20ppmまで低下させることができた。
【0032】
実施例2
この実施例では金属カルシウムとして実施例1で用いたと同じ粒子を用いたが、ただ粒子表面がカルシウム金属そのままで珪酸ナトリウムの皮膜が形成されていないものを用いた。
また、この実施例では生石灰と生石灰の融点降下剤とを用いて、これらの粉末で金属カルシウムの表面に無機物の層を形成した。融点降下剤としては、カルシウムアルミネートを用いた。
【0033】
生石灰とカルシウムアルミネートとは粉砕して、100メッシュの篩を通過する微粉末とした。
上記の金属カルシウム粒子100kgと、上記の生石灰700kgと、上記のカルシウムアルミネート200kgとを混合し、この混合物を充分に撹拌したのち、この混合物を加圧して直径10〜60ミリメートルの球形ブリケットに成形し、得られたブリケットを脱硫剤とした。その成形は容易であった。
【0034】
この脱硫剤はそのままこれを相対湿度70%、20℃の大気中に1ヵ月間放置したが、水素を発生する気配は認められなかった。従ってこの脱硫剤は少なくとも1ヵ月間は変質しないと認められた。
この脱硫剤を硫黄含有量が25ppmで、温度が1600℃の溶鋼に、溶鋼300トンあたり脱硫剤1000kgの割合で投入して脱硫処理を行ったところ、硫黄含有量が16ppmの鋼が得られた。
【0035】
実施例3
この実施例は実施例2と殆ど同様に実施したが、この実施例では金属カルシウム粒子として実施例1で得た粒子表面に珪酸ナトリウムの皮膜が形成されているものを用いた。
上記金属カルシウム粒子に、実施例2で用いたのと同じ生石灰とカルシウムアルミネートとを同じ割合で加えて混合物を作り、実施例2と同様にしてこの混合物をブリケット状に成形しこれを脱硫剤とした。その成形は容易であった。
【0036】
得られた脱硫剤は、これをそのまま相対湿度70%、20℃の大気中に1.5ヵ月間放置したが、水素を発生する気配は全く認められなかった。
この脱硫剤を実施例2と同様に脱硫処理に用いたところ、実施例2と全く同じ効果が得られた。
【0037】
実施例4
この実施例は実施例2と同様に実施したが、ただ混合割合を変えた。
具体的には実施例2で用いた金属カルシウム粒子200kgに、実施例2で用いた生石灰とカルシウムアルミネートとをそれぞれ600kgと200kgとを混合し、この混合物をブリケットに成形しこれを脱硫剤とした。その成形は容易であった。
【0038】
この脱硫剤は実施例2と同様に、相対湿度70%20℃の大気中に1ヵ月間放置したが、水素を発生する気配は全く認められなかった。
この脱硫剤を実施例2と同様に硫黄含有量が20ppmで温度が1600℃の溶鋼に、溶鋼300トンあたり脱硫剤500kgの割合で投入して脱硫処理を行ったところ、硫黄含有量を7ppmに低下させることができた。
【0039】
実施例5
この実施例は実施例4と同様に実施したが、ただ金属カルシウム粒子を予めフェノール樹脂(ノボラック型)の初期縮合物の溶液で処理して、表面に皮膜を形成しておいた。
このフェノール樹脂で被覆した金属カルシウム粒子を、実施例4と同様に脱硫剤として使用したところ、実施例4とほぼ同様の脱硫効果が認められた。
【0040】
実施例6
この実施例では実施例1及び3と同様に実施したが、ただ金属カルシウムの粒子を約1ミリメートルの粒径とし、またブリケット状に成形しないで、混合物の状態にしたままのものを脱硫剤として使用した。浸漬前の金属カルシウム粒子は、1つの粒子重量が0.5〜1ミリグラムの範囲内にあったが、乾燥後の粒子重量は0.8〜4ミリグラムの範囲内となった。従って、0.1〜1ミリグラム/平方ミリメートルの珪酸ナトリウムが粒子表面を覆っていると考えられた。
また、生石灰とカルシウムアルミネートとを粉砕して100メッシュの篩を通過する微粉末として、これを上記の金属カルシウムに加えた。加える割合は被覆された金属カルシウムの粒子100kgに、生石灰の微粉末700kgと、カルシウムアルミネートの微粉末200kgとし、この混合物をよく混合し、混合物をそのまま脱硫剤として用いることとした。
【0041】
この混合物は、これをそのまま相対湿度70%で20℃の大気中に1ヵ月放置したが、金属カルシウムが水素を発生する気配は認められなかった。従って、この混合物は少なくとも1ヵ月は変質しなかった。
この混合物を硫黄含有量が25ppmで、温度は1600℃の溶鋼に、溶鋼300トンあたり混合物700kgの割合で投入して脱硫処理を行ったところ、硫黄含有量が13ppmに低下した。その結果、この混合物は脱硫剤として使用できるものであることが確認できた。
【0042】
実施例7
この実施例では、金属カルシウムの粒子に金属アルミニウムを溶射して粒子表面に金属アルミニウムの層を形成したものを脱硫剤の主材料とした。
具体的には、まず金属カルシウムの板を切断して各辺が約5ミリメートルの金属カルシウム粒子を作った。その粒子を鉄板上に散在させておき、粒子表面に金属アルミニウムを溶射した。金属アルミニウムは2〜2.5ミリグラム/平方ミリメートルの割合で粒子表面に付着しているように計算された。
【0043】
こうして得られたアルミニウム層の形成された金属カルシウム粒子を20℃の大気中に1ヵ月放置したが、粒子からは水素を発生する気配が全く認められなかった。従って、アルミニウム層の形成された金属カルシウムは、少なくとも1ヵ月は変質しないものと認められた。
【0044】
上述のアルミニウム層が形成された金属カルシウム粒子は、これに生石灰と、生石灰の融点降下剤との微粉末を加えて、この混合物をブリケットに成形して、脱硫剤とした。詳述すれば、生石灰の融点降下剤としてはカルシウムアルミネートを用い、生石灰とカルシウムアルミネートとは、何れも粉砕して100メッシュの篩を通過する微粉末とし、アルミニウム層が形成された金属カルシウム粒子100kgに、生石灰微粉末700kgと、カルシウムアルミネート微粉末200kgを加え、得られた混合物をよく混合したのち、混合物を加圧して直径10〜60mmの球形ブリケットに成形し、得られたブリケットを脱硫剤とした。
【0045】
この脱硫剤はこれをそのまま相対湿度70%で、20℃の大気中に1.5ヵ月放置したが、水素を発生する気配は認められなかった。従って、この脱硫剤は少なくとも1ヵ月は変質しないものと認められた。
この脱硫剤を硫黄含有量が25ppmで、温度が1600℃の溶鋼に、溶鋼300トンあたり脱硫剤500kgの割合で投入し脱硫処理を行った。その結果、硫黄含有量が15ppmに低下した鋼を得た。これにより、この脱硫剤の性能の良好なことが認められた。
【0046】
比較例1
この比較例では、金属カルシウムの代わりに、蛍石を用いたものを脱硫剤とした。具体的には、蛍石と、生石灰と、カルシウムアルミネートとを何れも粉砕して100メッシュの篩を通過する微粉末とした。
蛍石の微粉末100kgに、生石灰微粉末800kgと、カルシウムアルミネート微粉末100kgとを加え、得られた混合物を充分に撹拌したのち、この混合物を加圧して直径が10〜60ミリメートルの球状ブリケットに成形してこれを脱硫剤とした。この成形は容易であった。
【0047】
この脱硫剤は水素を発生するものではないが、これを相対湿度70%で20℃の大気中に1ヵ月放置した。すると脱硫剤は途中で粉化し、最後に崩壊した。これは脱硫剤中の生石灰が吸湿し、水と反応したためである。
この脱硫剤を硫黄含有量が25ppmで湿度1600℃の溶鋼に溶鋼300トンあたり脱硫剤1500kgの割合で投入し、脱硫処理を行った。上記の実施例に比べて脱硫剤の使用量を多くし、また長時間にわたって脱硫処理を行ってようやく硫黄含有量を18ppmに低下させることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属カルシウムの表面に有機物及び/又は無機物の皮膜又は層を形成してなる鉄系金属の脱硫剤。
【請求項2】
前記金属カルシウムが実質的に粒径0.5〜30ミリメートルの粒子であることを特徴とする、請求項1に記載の脱硫剤。
【請求項3】
前記有機物が熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂であり、前記無機物が金属、珪酸ソーダ、又は公知の脱硫剤であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の脱硫剤。
【請求項4】
前記有機物又は無機物は、これを溶液又は溶融した状態とし、この中に前記金属カルシウムを浸漬することにより、金属カルシウムの表面に有機物又は無機物の皮膜又は層を形成してなる、請求項1〜3の何れか1つの項に記載の脱硫剤。
【請求項5】
前記有機物がフェノール樹脂であり、フェノール樹脂の初期縮合物の溶液中に前記金属カルシウムを浸漬することにより、金属カルシウムの表面にフェノール樹脂の皮膜又は層を形成してなる、請求項1〜4の何れか1つの項に記載の脱硫剤。
【請求項6】
前記無機物が水ガラスであり、水ガラスの水溶液中に前記金属カルシウムを浸漬することにより、金属カルシウムの表面に珪酸ナトリウムの皮膜又は層を形成してなる、請求項1〜4の何れか1つの項に記載の脱硫剤。
【請求項7】
前記無機物が金属アルミニウムであり、前記金属カルシウムの表面に金属アルミニウムを溶射することにより、金属カルシウムの表面に金属アルミニウムの層を形成してなる、請求項1〜4の何れか1つの項に記載の脱硫剤。
【請求項8】
前記金属カルシウムをその重量よりも大量の前記有機物又は無機物粉末と混合することにより、金属カルシウムの表面に有機物又は無機物の粉末層を形成してなる、請求項1〜4の何れか1つの項に記載の脱硫剤。
【請求項9】
前記無機物が生石灰と生石灰の融点降下剤との混合物の粉末であり、請求項1〜7の何れか1つの項に記載の脱硫剤をその重量よりも大量の上記混合物粉末と混合することにより、金属カルシウムの表面にさらに生石灰と融点降下剤混合物の層を形成してなる脱硫剤。
【請求項10】
請求項1〜9の何れか1つの項に記載の脱硫剤を不透水性の合成樹脂フィルムで包み、又はそのフィルム製の袋に入れて密封してなる脱硫剤。
【請求項11】
金属カルシウムを有機物及び/又は無機物の溶液、溶融物又は粉末中に浸漬し、金属カルシウムの表面に有機物及び/又は無機物の皮膜又は層を形成することを特徴とする、鉄系金属用脱硫剤の製造方法。
【請求項12】
粒径が実質的に0.5〜30ミリメートルの金属カルシウム粒子の表面に有機物及び/又は無機物の皮膜又は層を形成し、次いで、この粒子1〜60重量部に、生石灰粉末1〜95重量部と、生石灰の融点降下剤粉末1〜50重量部とを加え、撹拌することを特徴とする、鉄系金属用脱硫剤の製造方法。
【請求項13】
粒径が実質的に0.5〜30ミリメートルの金属カルシウム粒子の表面に有機物及び/又は無機物の皮膜又は層を形成し、次いで、この粒子1〜60重量部に、生石灰粉末1〜95重量部と、生石灰の融点降下剤粉末1〜50重量部とを加え、撹拌して得られた混合物を加圧して粒径10〜60ミリメートルのブリケットとする事を特徴とする、鉄系金属用脱硫剤の製造方法。
【請求項14】
請求項1〜10に記載の鉄系金属脱硫剤を鉄系金属の溶融物中に投入することを特徴とする、鉄系金属の脱硫方法。

【公開番号】特開2012−219300(P2012−219300A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−84415(P2011−84415)
【出願日】平成23年4月6日(2011.4.6)
【出願人】(594054818)日本マテリアル株式会社 (7)
【出願人】(591166710)大阪鋼灰株式会社 (5)
【Fターム(参考)】