説明

鉄道の車両走行音を用いた車両状態診断装置、診断方法、及びプログラム

【課題】鉄道の車両走行音を用いて車両の状態を診断する技術であって、不具合の検知対象を特に定めない場合に好適なものを提供する。
【解決手段】車両状態診断システム1は、異なる速度域で発生した車両走行音の周波数分布データを記憶するデータ記憶部52(周波数分布データ記憶手段)と、データ記憶部52に記憶されている複数の周波数分布データを相互に比較することにより、車両100の状態を診断する車両状態診断部53(車両状態診断手段)と、を備える。車両状態診断部53は、各周波数分布データから特徴点を抽出し、複数の周波数分布データの特徴点を相互に比較することにより、前記車両の状態を診断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道の車両走行音を用いた車両状態診断装置、診断方法、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
この種の技術として、特許文献1は、例えば旅客営業車両などの車両に発生する音響に基づいて、軌道の所謂波状磨耗を検知する技術を開示している。即ち、音響データを窓フーリエ変換することでスペクトル波形を生成し、このスペクトル波形のうち特定の周波数帯域のピークに着目して、軌道の波状磨耗を検知することとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−145270号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記特許文献1では、不具合の検知対象がはっきりしているので、特定の周波数帯域に着目すれば足りる。しかしながら、上記の技術は、不具合の検知対象を特に定めていない場合には適していない。
【0005】
本願発明の目的は、鉄道の車両走行音を用いて車両の状態を診断する技術であって、不具合の検知対象を特に定めない場合に好適なものを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明の第1の観点によれば、鉄道の車両走行音を用いて、車両の状態を診断する車両状態診断装置であって、異なる速度域で発生した前記車両走行音の周波数分布データを記憶する周波数分布データ記憶手段と、前記周波数分布データ記憶手段に記憶されている前記複数の周波数分布データを相互に比較することにより、前記車両の状態を診断する車両状態診断手段と、を備えた車両状態診断装置が提供される。
好ましくは、前記車両状態診断手段は、各周波数分布データから特徴点を抽出し、前記複数の周波数分布データの前記特徴点を相互に比較することにより、前記車両の状態を診断する。
好ましくは、各周波数分布データの特徴点とは、スペクトルピークである。
好ましくは、前記スペクトルピークは、ピークとなる周波数と、その周波数におけるエネルギー値と、を含む。
好ましくは、前記周波数分布データは、20Hz以下のデータも含む。
本願発明の第2の観点によれば、鉄道の車両走行音を用いて、車両の状態を診断する車両状態診断方法であって、異なる速度域で発生した前記車両走行音の周波数分布データを相互に比較することにより、前記車両の状態を診断する、車両状態診断方法が提供される。
本願発明の第3の観点によれば、鉄道の車両走行音を用いて、車両の状態を診断する車両状態診断プログラムであって、コンピュータを、異なる速度域で発生した前記車両走行音の周波数分布データを記憶する周波数分布データ記憶手段と、前記周波数分布データ記憶手段に記憶されている前記複数の周波数分布データを相互に比較することにより、前記車両の状態を診断する車両状態診断手段と、として機能させる、車両状態診断プログラムが提供される。
【発明の効果】
【0007】
本願発明によれば、前記車両に何らかの不具合が発生しているか否か、つまり前記車両の状態を診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】図1は、車両状態診断システムの構成図である。
【図2】図2は、車両のイメージ図である。
【図3】図3は、車両状態診断フローである。
【図4】図4は、車両走行音の周波数分布グラフである。(第1実施例)
【図5】図5は、車両走行音の周波数分布グラフのスペクトルピークである。(第1実施例)
【図6】図6は、車両走行音の周波数分布グラフである。(第2実施例)
【図7】図7は、車両走行音の周波数分布グラフのスペクトルピークである。(第2実施例)
【発明を実施するための形態】
【0009】
(車両状態診断システム1の構成)
図1及び図2には、鉄道の車両走行音を用いて、車両100の状態を診断する車両状態診断システム1を示している。図1に示すように、車両状態診断システム1は、コンピュータ2と、可聴域騒音計3と、低周波騒音計4と、波形取込装置5と、GPS受信機6と、ディスプレイ7と、によって構成されている。
【0010】
可聴域騒音計3は、鉄道の車両走行音のうち、20Hz〜20kHzの可聴域のものを計測する。可聴域騒音計3は、車両100の乗車空間の床面近傍に設置される。可聴域騒音計3は、測定した音響を音響信号として波形取込装置5に出力する。
【0011】
低周波騒音計4は、鉄道の車両走行音のうち、20Hz以下の非可聴域のものを計測する。低周波騒音計4は、車両100の乗車空間の床面近傍に設置される。低周波騒音計4は、測定した音響を音響信号として波形取込装置5に出力する。
【0012】
波形取込装置5は、可聴域騒音計3と低周波騒音計4から受信した音響信号をAD変換してコンピュータ2に出力するインターフェースである。
【0013】
GPS受信機6は、車両100の現在位置を取得し、取得した現在位置を位置情報としてコンピュータ2に出力する。
【0014】
コンピュータ2は、中央演算手段としてのCPU8(Central Processing Unit)と、記憶手段としてのRAM9(Random Access Memory)及びROM10(Read Only Memory)と、によって構成されている。ROM10には、車両状態診断プログラムが記憶されている。この車両状態診断プログラムは、CPU8によって読み出され、CPU8上で実行されることで、CPU8等のハードウェアを、速度演算部50、FFTアナライザ51、データ記憶部52(周波数分布データ記憶手段)、車両状態診断部53(車両状態診断手段)として機能させるようになっている。
【0015】
速度演算部50は、GPS受信機6から受信した位置情報に基づいて車両100の車速を算出し、算出した車速を車速情報として車両状態診断部53に出力する。
【0016】
FFTアナライザ51は、波形取込装置5を介して取得した音響信号をフーリエ変換して周波数分布データを生成し、生成した周波数分布データをデータ記憶部52に記憶させる。
【0017】
車両状態診断部53は、データ記憶部52に記憶されている複数の周波数分布データを相互に比較することにより、車両100の状態を診断する。
【0018】
本実施形態において、車両状態診断装置は、少なくとも、車両状態診断システム1のデータ記憶部52と車両状態診断部53を含んで構成される。
【0019】
(車両状態診断システム1の作動)
次に、図3を参照しつつ、車両状態診断システム1の作動を説明する。
【0020】
車両状態診断部53は、速度演算部50から受信する車速情報に基づいて、車両100が加減速中であるか判定する(S300)。車両100が停車中又は一定速度で走行中である場合は(S300:NO)、車両状態診断部53は、車両100が加減速し始めるまで待機する。車両100が加減速し始めたら(S300:YES)、FFTアナライザ51は、例えば1秒分の音響信号を波形取込装置5から取り込み(S310)、取り込んだ音響信号をフーリエ変換して周波数分布データを生成し(S320)、生成した周波数分布データをデータ記憶部52に保存する(S330)。なお、データ記憶部52には、生成した周波数分布データに加えて、例えば取り込み開始時の車速情報が同時に記憶される。以上の処理(S310〜S330)は、車両100が加減速中である限り繰り返される(S340:YES)。これらの処理により、データ記憶部52には、異なる速度域で発生した車両走行音の周波数分布データが記憶されることになる。
【0021】
そして、車両100が停車したり一定速度の走行に切り替わったら(S340:NO)、車両状態診断部53は、データ記憶部52に記憶されている複数の周波数分布データを相互に比較する(S350)。このとき、車両状態診断部53は、速度演算部50から取得した車速情報を加味した上で、複数の周波数分布データが相互に一致しているかを判定する。というのは、車速が高くなれば、必然的に周波数分布も全体的に高周波側にシフトするし、エネルギー値も全体的に大きくなると考えられるからである。従って、複数の周波数分布データを相互に比較する際には、車速情報による影響を除外することが好ましい。
【0022】
車両状態診断部53による相互比較の結果、複数の周波数分布データが相互に一致していたら(S360:YES)、車両状態診断部53は、車両100の状態は良好であると判定し(S370)、この判定結果をディスプレイ7に表示させる。一方で、車両状態診断部53による相互比較の結果、複数の周波数分布データが相互に一致していなかったら(S360:NO)、車両状態診断部53は、車両100の状態は不良であると判定し(S380)、この判定結果をディスプレイ7に表示させる。ここで、「車両100の状態は不良である」には、車両100を構成する部品の何れかが具体的に破損したことのみならず、例えばモータやギヤなど回転機構に使われる消耗部品の損耗度合いがある程度のレベルに達している、などが含まれる。
【0023】
(第1実施例)
次に、車両状態診断部53による周波数分布データの相互比較の第1実施例を具体的に説明する。図4には、データ記憶部52に記憶されている、異なる速度域で発生した車両走行音の周波数分布データを示している。(1)の周波数分布データは、1秒間分の音響信号に基づくものであって、その始点における車速は15km/hであり、終点における車速は16km/hである。同様に、(2)の周波数分布データは、1秒間分の音響信号に基づくものであって、その始点における車速は16km/hであり、終点における車速は17km/hである。(3)の周波数分布データは、1秒間分の音響信号に基づくものであって、その始点における車速は17km/hであり、終点における車速は18km/hである。
【0024】
車両状態診断部53は、これら複数の周波数分布データを相互に比較するに際し、各周波数分布データから特徴点を抽出し、複数の周波数分布データの特徴点を相互に比較することで、車両100の状態を診断する。
【0025】
各周波数分布データの特徴点とは、図4において白丸で囲って特定しているように、スペクトルピークとするのが好適である。図4の第1実施例では、車両状態診断部53は、各周波数分布データから、エネルギー値が高い順に、5つのスペクトルピークを抽出している。
【0026】
そして、車両状態診断部53が各周波数分布データから抽出した5つのスペクトルピークを数値で表すと図5のようになる。即ち、スペクトルピークは、ピークとなる周波数と、その周波数におけるエネルギー値によって代替表現することができる。図5によれば、車速とスペクトルピークは連動していることが判る。しかしながら、車速の増減を加味したとしても、図4の(3)において90Hz付近のスペクトルピークのエネルギー値は、図4の(1)や(2)におけるそれと比較して、突然に大きくなっている。このことは、図5に示した数値によっても確認することができる。そこで、車両状態診断部53は、データ記憶部52に記憶されている複数の周波数分布データは相互に一致していないと判定する。
【0027】
(第2実施例)
次に、車両状態診断部53による周波数分布データの相互比較の第2実施例を具体的に説明する。図6には、データ記憶部52に記憶されている、異なる速度域で発生した車両走行音の周波数分布データを示している。(1)の周波数分布データは、1秒間分の音響信号に基づくものであって、その始点における車速は15km/hであり、終点における車速は16km/hである。同様に、(2)の周波数分布データは、1秒間分の音響信号に基づくものであって、その始点における車速は16km/hであり、終点における車速は17km/hである。(3)の周波数分布データは、1秒間分の音響信号に基づくものであって、その始点における車速は17km/hであり、終点における車速は18km/hである。
【0028】
車両状態診断部53は、これら複数の周波数分布データを相互に比較するに際し、各周波数分布データから特徴点を抽出し、複数の周波数分布データの特徴点を相互に比較することで、車両100の状態を診断する。
【0029】
各周波数分布データの特徴点とは、図6において白丸で囲って特定しているように、スペクトルピークとするのが好適である。図6の第2実施例では、車両状態診断部53は、各周波数分布データから、エネルギー値が高い順に、5つのスペクトルピークを抽出している。
【0030】
そして、車両状態診断部53が各周波数分布データから抽出した5つのスペクトルピークを数値で表すと図7のようになる。即ち、スペクトルピークは、ピークとなる周波数と、その周波数におけるエネルギー値によって代替表現することができる。図7によれば、車速とスペクトルピークは連動していることが判る。しかしながら、車速の増減を加味したとしても、図6の(3)において800Hz付近のスペクトルピークのエネルギー値は、図6の(1)や(2)におけるそれと比較して、突然に小さくなっている。そして、この結果、図6の(3)において車両状態診断部53が抽出した5つのスペクトルピークには、800Hz付近のスペクトルピークが含まれず、代わりに10kHz付近のスペクトルピークが含まれることになる。このことは、図7に示した数値によっても確認することができる。そこで、車両状態診断部53は、データ記憶部52に記憶されている複数の周波数分布データは相互に一致していないと判定する。
【0031】
以上に、本願発明の好適な実施形態を説明したが、上記実施形態は、要するに、以下の特長を有している。
【0032】
車両状態診断システム1は、異なる速度域で発生した車両走行音の周波数分布データを記憶するデータ記憶部52(周波数分布データ記憶手段)と、データ記憶部52に記憶されている複数の周波数分布データを相互に比較することにより、車両100の状態を診断する車両状態診断部53(車両状態診断手段)と、を備える。即ち、車両100に何ら不具合が発生していなければ、異なる速度域で発生した車両走行音の周波数分布データは、速度差による影響を除外すれば、略同じとなる。従って、以上の構成によれば、データ記憶部52に記憶されている複数の周波数分布データを相互に比較することにより、車両100に何らかの不具合が発生しているか否か、つまり車両100の状態を診断することができる。
【0033】
また、図4や図6に示すように、車両状態診断部53は、各周波数分布データから特徴点を抽出し、複数の周波数分布データの特徴点を相互に比較することにより、前記車両の状態を診断する。以上の構成によれば、相互比較の対象が絞られるので、診断処理の負担軽減に寄与する。
【0034】
また、図4や図6に示すように、各周波数分布データの特徴点とは、スペクトルピークである。
【0035】
また、図5や図7に示すように、スペクトルピークは、ピークとなる周波数と、その周波数におけるエネルギー値と、を含む。
【0036】
また、図4や図6に示すように、周波数分布データは、20Hz以下のデータも含む。以上の構成によれば、20Hz以下の非可聴域にのみ発生する異常音を漏れ無く検知の対象とすることができる。
【0037】
最後に、上記の実施形態は、例えば、以下のように変更できる。
【0038】
即ち、多数の周波数分布データを大容量記憶装置に蓄積し、蓄積した多数の周波数分布データを活用して、不具合の発生メカニズムの解明に役立ててもよい。
【0039】
また、図4の第1実施例や図6の第2実施例では、車両100が加速中であるときの音響信号を解析することとしたが、これに代えて、車両100が減速中にあるときの音響信号を解析することとしてもよい。
【符号の説明】
【0040】
1 車両状態診断システム
2 コンピュータ
3 可聴域騒音計
4 低周波騒音計
5 波形取込装置
6 GPS受信機
7 ディスプレイ
50 速度演算部
51 FFTアナライザ
52 データ記憶部
53 車両状態診断部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄道の車両走行音を用いて、車両の状態を診断する車両状態診断装置であって、
異なる速度域で発生した前記車両走行音の周波数分布データを記憶する周波数分布データ記憶手段と、
前記周波数分布データ記憶手段に記憶されている前記複数の周波数分布データを相互に比較することにより、前記車両の状態を診断する車両状態診断手段と、
を備えた車両状態診断装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両状態診断装置であって、
前記車両状態診断手段は、各周波数分布データから特徴点を抽出し、前記複数の周波数分布データの前記特徴点を相互に比較することにより、前記車両の状態を診断する、
車両状態診断装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両状態診断装置であって、
各周波数分布データの特徴点とは、スペクトルピークである、
車両状態診断装置。
【請求項4】
請求項3に記載の車両状態診断装置であって、
前記スペクトルピークは、ピークとなる周波数と、その周波数におけるエネルギー値と、を含む、
車両状態診断装置。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載の車両状態診断装置であって、
前記周波数分布データは、20Hz以下のデータも含む、
車両状態診断装置。
【請求項6】
鉄道の車両走行音を用いて、車両の状態を診断する車両状態診断方法であって、
異なる速度域で発生した前記車両走行音の周波数分布データを相互に比較することにより、前記車両の状態を診断する、
車両状態診断方法。
【請求項7】
鉄道の車両走行音を用いて、車両の状態を診断する車両状態診断プログラムであって、
コンピュータを、
異なる速度域で発生した前記車両走行音の周波数分布データを記憶する周波数分布データ記憶手段と、
前記周波数分布データ記憶手段に記憶されている前記複数の周波数分布データを相互に比較することにより、前記車両の状態を診断する車両状態診断手段と、
として機能させる、車両状態診断プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−24827(P2013−24827A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−162889(P2011−162889)
【出願日】平成23年7月26日(2011.7.26)
【出願人】(301028761)独立行政法人交通安全環境研究所 (55)
【出願人】(511181212)株式会社コスモ・ウェブ (1)