説明

鉄鋼材料用表面処理液および表面処理方法

【課題】スラッジの発生しない化成処理液の提供。
【解決手段】シュウ酸および3価鉄イオンを含有し、酸化還元電位が100〜500mVの酸性水溶液であることを特徴とする鉄鋼材料用表面処理液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鉄鋼材料に対する表面処理液および表面処理方法に関するものであり、特に冷間鍛造用潤滑剤の下地皮膜として優れた性能を発揮する化成型の表面処理液および表面処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鉄鋼材料に対する冷間鍛造用潤滑皮膜としては、素材上に潤滑下地皮膜としてリン酸亜鉛皮膜、その上に潤滑皮膜として金属石鹸皮膜およびナトリウム石鹸皮膜が積層した複合皮膜が広く使用されてきており、この皮膜はリン酸亜鉛処理後に石鹸処理を施すことにより形成される。
【0003】
リン酸亜鉛処理は、古くから鉄鋼材料の冷間鍛造用潤滑下地処理として広く用いられてきた。しかし、処理に際して相当量のスラッジが発生し、発生したスラッジは再利用が困難なため、産業廃棄物として埋め立て処理される場合がほとんどである。近年では産業廃棄物処理コスト、つまりこの場合のスラッジ廃棄コストの高騰により、リン酸亜鉛化成処理コスト全体が押し上げられる形となり、環境上の理由のみならず、経済的観点からも改善が強く望まれている。
【0004】
また、冷間鍛造の潤滑下地処理としてリン酸亜鉛処理を用いた場合、その後の製造工程や品質に対しては、必ずしも有益な結果をもたらさないことがある。例えば、高強度ボルトで懸念される浸リン問題は、熱処理時にリン酸亜鉛皮膜のリンが鋼中に浸入して脆性破壊に起因すると言われている。更に、熱処理を行った後の鉄鋼材料に外観不良が発生したり、真空熱処理などでは真空を引く配管にリン酸塩被膜の炭化物が詰まってしまい、真空度が低下したりすることもある。
【0005】
一方リン酸亜鉛処理以外の潤滑下地処理として、シュウ酸塩処理が公知である。シュウ酸塩処理液の主成分であるシュウ酸は、ステンレスの不動態膜の形成を阻害する働きがあり、鉄鋼材料のみならずステンレス材料にも処理が可能である。しかし、従来のシュウ酸塩皮膜は素材との密着性が不充分だったため、リン酸亜鉛皮膜に比べると潤滑性能が劣っていた。よって、鉄鋼材料に用いられるケースは稀であり、リン酸亜鉛処理の適用の困難なステンレス鋼にほぼ使用用途が限定されていた。
【0006】
なお、鉄鋼材料に対する従来のシュウ酸塩処理の反応機構は以下の通りである。シュウ酸水溶液中に鉄鋼材料を浸漬すると、エッチングによって素地から溶出した2価鉄イオンと処理液中のシュウ酸が不溶性のシュウ酸第一鉄となって素材上に析出する。よって、エッチングが不充分な場合皮膜析出も不充分となる。通常充分な皮膜量を得るためにはpHを1.0前後またはそれ以下とし、80℃程度の高温で5分以上処理する必要がある。また、この場合エッチングによって溶出した2価鉄イオンの全てが健全な皮膜になるわけではなく、一部は密着性の脆弱な皮膜となり、一部は処理液中でスラッジを形成する。
【0007】
シュウ酸塩処理技術に関する最近の開発事例は少なく、文献への記載も限定されているが、例えば文献1の表1.12(p142)にはシュウ酸塩処理液の成分としてH2C2O4,F,SO4,Cl、対象金属としてステンレス、鉄鋼、皮膜成分としてFeC2O4,NiC2O4,Cr2(C2O4)3、処理温度:65〜95℃、処理時間:5〜20分、処理方法:浸漬、皮膜重量:5〜20g/m2との記述がある。
【0008】
シュウ酸塩処理に関する特許文献もやはり少なく、処理液に関する発明はほとんど無い。特許文献1(特開平6−220651号公報)に、鉄鋼材料の表面に鉄鋼粒でショットブラスト処理を行った後、酸洗処理を行うことなくシュウ酸塩被膜を形成させ、次いで潤滑処理を行うことを特徴とする高耐食性金属材料の潤滑処理方法が記載されているものの、これはシュウ酸塩処理の前処理に関するものであり、シュウ酸塩処理液そのものの発明ではない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】最新表面処理技術総覧編集委員会,最新表面処理技術総覧,株式会社産業技術サービスセンター,p142(1987)
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平6−220651号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のように、鉄鋼材料に対し、密着性の良好な化成皮膜を析出させる手法としてはリン酸亜鉛処理があるが、スラッジの発生は回避できず、更に皮膜は不可避的にリンを含有しているため、特に潤滑下地として適用した後の熱処理時に浸リン問題を引き起こす要因となる。一方、シュウ酸塩処理については、浸リンの心配こそ無いものの、やはりスラッジ発生は回避できず、しかも析出皮膜の密着性は該して不充分である。
【0012】
つまり、現在までのところリンを含まず密着性の良好な化成処理皮膜をスラッジの発生無しに形成させる手法は存在しない。本発明はこれら種々の課題を解決し得る処理液および処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は上記課題の解決手法、具体的には皮膜中にリンを含まないシュウ酸塩処理に焦点を絞り、従来のシュウ酸塩処理における皮膜密着性の向上およびスラッジ発生量の低減手法について鋭意検討した。その結果、反応促進剤として可溶性3価鉄化合物を処理液中に適正量添加し、酸性且つ適正な酸化還元電位下で3価鉄イオンを溶存させておくことにより、良好な密着性を有するシュウ酸鉄皮膜をスラッジの発生無しに析出させることができることを見出した。かつ処理液中の3価鉄イオンは処理温度の低温化および処理時間の短時間化にも効果を奏する。
【0014】
本発明における最大の発見は処理液中に3価鉄イオンを溶存させておく点にある。シュウ酸第二鉄はシュウ酸第一鉄と異なり溶解性があるため3価鉄イオンの塩として添加すれば一定濃度3価鉄イオンを溶存させておくことが可能である。3価鉄イオンは自身が酸化剤であり鉄鋼材料のエッチングを促進する。かつ、鉄鋼材料のエッチングによって発生した電子を受け取って自らが2価鉄イオンに還元される。
【0015】
鉄鋼材料を処理する場合、1モルの鉄がエッチングにより2価鉄イオンとなれば、これに伴って発生する2モルの電子によって処理液中の2モルの3価鉄イオンが2価鉄イオンへ還元される。つまり1モルのエッチングによって3モルの2価鉄イオンが鉄素材上に発生するのである。
鉄素材のエッチング反応:Fe→Fe2++2e-
処理液中3価鉄イオンの還元:2Fe3++2e-→2Fe2+
全反応:Fe+2Fe3+→3Fe2+
【0016】
この作用によって、従来皮膜形成が困難であったマイルドな処理液条件、例えば比較的低い処理温度、比較的短い時間においても、最小限のエッチング量で効率的に皮膜形成させることが可能となった。そして、素地金属表面に高濃度で薄層の2価鉄イオン濃化層ができることにより、均一緻密で密着性の良好なシュウ酸鉄皮膜が形成されるのである。
【0017】
ただし、シュウ酸および3価鉄イオンを含有しつつも、一定濃度以上の2価鉄イオンが存在する場合、処理液中でシュウ酸と2価鉄イオンが不溶性のシュウ酸鉄スラッジを形成してしまう。より具体的には、鉄鋼材料を連続的に処理していくことによって次第に処理液中に2価鉄イオンが蓄積していき、2価鉄イオンの許容量を超えた段階でシュウ酸鉄スラッジが発生するのである。これを回避するためには2価鉄イオン濃度を許容範囲に保持する必要があり、これを具現化する方法としては(3価鉄イオン濃度/2価鉄イオン濃度)から導かれる指標である酸化還元電位が一定範囲を保持するよう、処理に応じて酸化剤から選ばれる酸化還元電位調整剤を適宜添加する方法が考案され、この方法が本発明のもう一つの重要な発見と言える。
【0018】
また、従来シュウ酸塩処理液の濃度管理方法として適用されていた全酸度(フェノールフタレインを指示薬とした中和滴定)は、単純なシュウ酸水溶液の濃度測定は可能であるが、種々のアニオン(硝酸イオン、硫酸イオン等)やカチオン(2価鉄イオン、3価鉄イオン等)が無視できない濃度混入する本発明の処理液における管理方法として適切ではない。
【0019】
処理液の主成分であるシュウ酸は、全酸度ではなくやはりシュウ酸濃度として測定する必要があり、シュウ酸が還元剤であることから酸化剤による酸化還元滴定が有効な手段と考えられる。しかし、本発明の処理液中には別の還元剤である2価鉄イオンが存在する場合があり、その場合酸化還元滴定における滴定値は2価鉄イオン濃度を加味した値となってしまう。ところが、実はシュウ酸のみの濃度よりもむしろ2価鉄イオン濃度を加味することによって、より実際の化成処理性に反映し得る指標となることが判明した。この指標は具体的には酸化剤として過マンガン酸塩を選定した時の終点までの過マンガン酸イオン消費量を指し、これも本発明の発見の一つである。
【0020】
本発明の処理液によって析出する皮膜は薄膜かつ緻密で素材との密着性が良好であり、皮膜の上に潤滑剤を塗布乾燥させることにより、塑性加工用潤滑皮膜の下地処理皮膜として極めて良好な性能を発揮することを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は次に示す(1)〜(8)である。
【0021】
(1) シュウ酸および3価鉄イオンを含有する酸性水溶液であり、2価鉄イオンと3価鉄イオンを合計した全鉄イオン濃度が10〜110mmol/Lであり、かつ酸化還元電位が100〜500mVであることを特徴とする鉄鋼材料用表面処理液。
(2) (1)の処理液を、過マンガン酸塩を用いて酸化還元滴定するに当たり、終点における過マンガン酸塩滴定量が処理液1mLに対して0.02〜0.15mmolであることを特徴とする鉄鋼材料用表面処理液。
(3) 塑性加工用潤滑皮膜用である(1)または(2)の鉄鋼材料用表面処理液。
(4) (1)〜(3)のいずれかの表面処理液の中に鉄鋼材料を浸漬することによりシュウ酸鉄皮膜を化成法にて析出せしめるに当たり、処理負荷に応じて酸化還元電位調整剤を添加することにより酸化還元電位を100〜500mVに維持することを特徴とする鉄鋼材料用表面処理方法。
(5) 酸化還元電位調整剤として過酸化水素、有機過酸化物、過硫酸塩および亜硝酸塩から選ばれる1種または2種以上を用いることを特徴とする(4)の鉄鋼材料用表面処理方法。
(6) 20〜70℃に温度調整された(1)〜(3)のいずれかの表面処理液に鉄鋼材料を1〜10分間浸漬することを特徴とする(4)または(5)の鉄鋼材料用表面処理方法。
(7) 鉄鋼材料に対する冷間鍛造用潤滑皮膜処理方法として、(4)〜(6)のいずれかの表面処理を施した後、更に鉄鋼材料表面に潤滑剤を塗布することを特徴とする鉄鋼材料用表面処理方法。
(8) 潤滑剤として脂肪酸、脂肪酸の金属塩、ワックス、グラファイト、二硫化モリブデン、硫酸カルシウムおよびタルクから選ばれる1種または2種以上を用いることを特徴とする(7)の鉄鋼材料用表面処理方法。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例11及び比較例8における、処理液を使用し続けた際に、酸化還元電位調整剤を添加した場合(実施例11)としない場合(比較例8)とでの酸化還元電位の変化の様子を示した図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の処理液で処理される鉄鋼材料は、特に限定されるものではないが、例えばS45C等の機械構造用炭素鋼鋼材(JISG4051)、SCM415やSCM435等の機械構造用合金鋼鋼材(JISG4053)等の他、冷延鋼板、熱延鋼板、鋳物材、鋼管等の種々の鉄鋼材料が好適に適用できる。ただし、亜鉛系合金、アルミニウム系合金またはこれらがめっきされた鋼板や鋼材に対しても適用可能である。
【0024】
本発明の処理液は、清浄化された鉄鋼材料の表面を、化成処理にてシュウ酸鉄皮膜を析出させるための処理液であって、シュウ酸および3価鉄イオンを必須成分とし、酸化還元電位調整剤および/または2価鉄イオンを含有している。
【0025】
処理液中の2価鉄イオン濃度は0〜50mmol程度、3価鉄イオン濃度は10〜60mmol程度であり全鉄イオン濃度は10〜110mmolが好ましい。2価鉄イオン濃度が50mmolを超えると処理液中でシュウ酸鉄スラッジが発生してしまう。3価鉄イオン濃度が10mmolを下回ると、3価鉄イオンの持つ化成反応促進効果が不充分となり、皮膜析出が不完全となる。60mmolを上回ると皮膜量が過剰となり皮膜の密着性が損なわれるため好ましくない。以上の複合要因により全鉄イオン濃度は10〜110mmolが好ましく、15〜90mmolがより好ましく、20〜70mmolが最も好ましい。
【0026】
2価鉄イオンは特に本発明の処理液における必須成分ではないため、人為的に供給する必要は無いが、あえて供給するとすれば硫酸鉄(II)7水和物、硫酸アンモニウム鉄(II)6水和物等の適用可能である。なお、実際の処理に際しては鉄鋼材料表面からエッチングによって溶出した鉄成分およびエッチングによって還元された処理液中の3価鉄イオンが2価鉄イオンとなり、一部皮膜とならずに処理液中に拡散するため、処理液中の2価鉄イオン濃度は酸化還元電位調整剤を連続的に添加しない限り処理負荷に応じて次第に増加していく。
【0027】
3価鉄イオンは本発明の処理液における必須成分であり、人為的に供給する必要がある。3価鉄イオンの供給源は限定されるのもではないが、通常硝酸鉄(III)9水和物、硫酸鉄(III)n水和物、フッ化鉄(III)等の塩または塩の水溶液が用いられる。なお、塩の水溶液を得る方法としては塩を水に溶かす方法のみならず、酸に鉄を溶解させ、過酸化水素等の酸化剤により溶解した鉄を3価鉄イオンに酸化する方法も用いることができる。また、実際の処理に際して発生する2価鉄イオンを酸化還元電位調整剤の添加により酸化することによって供給することもできる。
【0028】
全鉄イオン濃度は原子吸光分光分析法やICP発光分光分析法等の機器分析、またはキレート滴定法によっても測定可能である。キレート滴定法の一例を以下に記す。必要に応じて硫酸を添加した処理液に赤紫色を呈するまで過マンガン酸塩を添加して、シュウ酸を分解すると共に2価鉄イオンを酸化し、鉄イオンを全て3価鉄イオンとする。過剰な過マンガン酸イオンを過酸化水素で還元し(過マンガン酸イオン由来の赤褐色が消失するまで過酸化水素を添加)、バリアミンブルーBを指示薬、EDTAを滴定液として青紫色から無色に変化するまでの滴定量から全鉄イオン濃度に換算する。
【0029】
本発明における処理液の酸化還元電位は100〜500mVである必要がある。150〜450mVがより好ましく、200〜400mVが更に好ましい。下限を下回ると処理液中からシュウ酸鉄スラッジが発生し、上限を上回ると素材に対する過剰エッチングにより皮膜結晶が粗大化するため好ましくない。なお、シュウ酸と3価鉄イオンのみからなる処理液の酸化還元電位は概ね300〜400mVの範囲内であり、酸化還元電位が上限値を超える場合は酸化還元電位調整剤が過剰に添加された時のみ起こりえる。つまり、過剰エッチングは過剰な酸化還元電位調整剤の添加によって引き起こされるのである。
【0030】
酸化還元電位の測定は市販の酸化還元電極を用いることにより、問題なく測定可能である。酸化還元電極とは一般的に作用極として選択された不活性金属の電極電位を参照極との電位差によって測定するものであり、例えば作用極として白金電極、参照極として銀塩化銀電極を用いることができる。
【0031】
酸化還元電位とは(3価鉄イオン濃度/2価鉄イオン濃度)から導かれる指標であり、具体的には下記ネルンストの式によって導かれる。
E=E0+RT/F・ln([Fe3+]/「Fe2+])
・酸化還元電位:E
・標準酸化還元電位:E0
・R:気体定数(8.314JK-1mol-1
・T:絶対温度
・F:ファラデー定数(6.02×1023電子の電気量は96,500クーロン)
・[Fe3+]:3価鉄イオン活量(活量は濃度に近似)
・[Fe2+]:2価鉄イオン活量(活量は濃度に近似)
【0032】
よって酸化還元電位を低下させるためには2価鉄の塩、例えば硫酸鉄(II)7水和物を添加するか、もしくは鉄鋼材料を処理することにより低下させることができる。また、3価鉄の塩、例えば硝酸鉄(III)9水和物を添加するか、もしくは酸化還元電位調整剤を添加することにより増加させることができる。ただし、通常であれば目的とする処理を行うことにより、酸化還元電位は一方的に低下していくため、処理に伴って低下する分、酸化還元電位調整剤の添加によって補填することとなる。
【0033】
本発明の処理液中のシュウ酸濃度は50〜300mmol程度である。シュウ酸の供給源は限定されるものではないが、通常シュウ酸2水和物が用いられる。シュウ酸自身の濃度を測定することは困難であるが、過マンガン酸塩を用いた酸化還元滴定における滴定値は、シュウ酸濃度に2価鉄イオン濃度を加味した指標となるものの、返ってより実際の化成処理性に反映し得る指標となる。析出する皮膜はシュウ酸第一鉄、つまりシュウ酸と2価鉄イオンの塩である。つまり溶存し得る範囲であれば処理液中の2価鉄イオンは化成処理性を向上させる効果を奏するものと考えられる。
【0034】
過マンガン酸塩を用いた酸化還元滴定とは、1mLの処理液に既知濃度の過マンガン酸塩水溶液を、赤紫色を呈するまで滴下し、過マンガン酸塩濃度と滴下量とから過マンガン酸塩滴定量を算出する方法である。なお、1モルの過マンガン酸塩の酸化還元能は5当量、シュウ酸は2当量、2価鉄イオンは1当量なので、滴定量はシュウ酸と2価鉄イオンを単純にモル濃度加算した値とはならない。それぞれの成分の酸化還元反応式を次に示す。
・MnO4-+8H++5e-→Mn2++4H2O
・(COOH)2→2CO2+2e-+2H+
・Fe2+→Fe3++e-
【0035】
過マンガン酸塩を用いて酸化還元滴定するに当たり、終点における過マンガン酸塩滴定量は処理液1mLに対して0.02〜0.15mmolであることが好ましく、0.03〜0.12mmolがより好ましく、0.05〜0.10mmolが最も好ましい。下限値を下回る場合は主としてシュウ酸濃度が不足している場合であり、充分な皮膜量が得られない。上限値を上回る場合は2価鉄イオン濃度が過剰な場合とシュウ酸濃度が過剰な場合が考えられるが、前者であれば処理液中にスラッジが発生してしまい、後者であれば既に主成分としての効果が飽和し経済的に不利である。
【0036】
酸化還元滴定するに当たり、処理液の採取量は必ずしも1mLでなくても良い。過マンガン酸塩滴定量の上下限はあくまで処理液1mLに対するものであり、例えば2mLの処理液を採取した場合は上下限が単純に2倍になる。用いる過マンガン酸塩は特に限定されないが、通常過マンガン酸カリウム水溶液が用いられる。過マンガン酸カリウム水溶液の濃度も既知であれば良く、限定されるものではないが、例えば40mmol/L ,20mmol/L, 5mmol/L等の濃度の試薬が分析用として市販されている。処理液5mLに対して40mmolの過マンガン酸カリウム水溶液の滴定量が10.0mLだった場合、本発明における過マンガン酸塩滴定量は処理液1mLに換算するため0.08mmolとなる。
なお、酸化還元滴定に際し処理液は充分に酸性にしておく必要がある。このため、採取後の処理液は必要に応じて硫酸を添加することもできる。
【0037】
ここでシュウ酸に対する言葉の定義について追記する。シュウ酸は水溶液中にて次式に示すように解離する。


つまりシュウ酸は水溶液のpHに応じて0価のシュウ酸、1価のシュウ酸イオン、2価のシュウ酸イオンの3形態を取るため、厳密にはこれらの形態を区別して呼称すべきであるが、本発明においてはこの煩雑さを回避するため、これら全てをシュウ酸と呼ぶ。なお、濃度に関しては単位にモル濃度を使用しているため問題ない。
【0038】
本発明の処理液を用いて鉄鋼材料を処理すると、処理液中に2価鉄イオン濃度が増加し、酸化還元電位が低下していく。最終的に酸化還元電位が下限を下回ると2価鉄イオンが溶存し切れなくなり、シュウ酸鉄スラッジが発生してしまう。これを防止するためには処理負荷に応じて酸化還元電位調整剤を添加し、酸化還元電位を所定の範囲に維持する必要がある。
【0039】
この場合の酸化還元電位調整剤の種類としては特に限定されるものではないが、酸化還元電位調整剤適用の目的から、鉄鋼材料の処理によって若干量発生する2価鉄イオンを酸化し、かつ処理液中のシュウ酸を酸化分解しない特性が必要となる。例えば硝酸イオンも過マンガン酸イオンも酸化剤に属するが、硝酸イオンは2価鉄イオンの酸化能力に乏しく、過マンガン酸イオンは2価鉄イオンの酸化能力は充分であるものの処理液の主成分であるシュウ酸をも酸化分解してしまうため好ましくない。
【0040】
好ましくは過酸化水素、有機過酸化物、過硫酸塩および亜硝酸塩から選ばれる1種または2種以上が選択される。過酸化水素は任意の濃度の水溶液として使用できる。有機過酸化物は特に限定されないがt−ブチルハイドロパーオキサイド、アセチルアセトンパーオキサイド等の水可溶性のものが好ましく、任意の濃度の水溶液として使用できる。過硫酸塩(ペルオキソ二硫酸塩)および亜硝酸塩はナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等の使用が可能であり、任意の濃度の水溶液として使用できる。
【0041】
亜硝酸塩を除く酸化還元電位調整剤は比較的酸化力が強いため、2価鉄イオンと共存することができない。よって、酸化還元電位調整剤添加後であっても酸化還元電位が約300mVを下回る場合は若干の2価鉄イオンのみが存在し基本的に酸化還元電位調整剤は残存しない。一方酸化還元電位が約300mVを上回る場合、2価鉄イオンは存在せず、酸化還元電位調整剤のみが存在する。また酸化還元電位調整剤の濃度に応じて酸化還元電位が増加するので、あらかじめ酸化還元電位調整剤濃度と酸化還元電位の関係を調べておけば、酸化還元電位を測定することによって酸化還元電位調整剤濃度を求めることができる。
【0042】
亜硝酸塩も酸化還元電位調整剤であり、最終的には2価鉄イオンを酸化し、自らは還元されてアンモニアとなるが、酸化還元反応速度は比較的緩慢であり、短期的には2価鉄イオンと亜硝酸塩は共存することができるため、他の酸化還元電位調整剤のように酸化還元電位から亜硝酸塩濃度の予測をすることはできない。
【0043】
亜硝酸イオン濃度はアミド硫酸法にて測定可能である。アミド硫酸法は補修容積50mLのU字型ガラス容器(アインホルン発酵管)にサンプル液を充填し、その中にアミド硫酸を約2g投入した時に発生するガス容積を測定する方法である。亜硝酸イオンとアミド硫酸によるガス発生反応は以下の通りであり、発生ガス容量から亜硝酸イオン濃度を換算することができる。
・ HNO2+NH2SO3H→H2SO4+H2O+N2
【0044】
ただし、亜硝酸塩を含めていずれの酸化還元電位調整剤を用いたとしても、酸化還元電位調整剤濃度を直接測定することに特に意味は無く、あくまで酸化還元電位を測定し、その値が所定の範囲内であれば本発明の目的は充分に達成することができるのである。
【0045】
本発明の処理液は本質的にリン酸を含有していない。本発明の処理液中の必須成分である3価鉄イオンはリン酸の存在により不溶性リン酸鉄を形成してスラッジ化してしまうからである。前工程からの持ち込み等により不可避的に混入してくる場合は若干許容されるが、1.0mmolが上限であり、0.5mmol以下が好ましい。
【0046】
本発明に係る処理液の液体媒体は、好適には水(例えば、脱イオン水、純水)である。なお、液体媒体として水以外の他の液体媒体を含有していてもよく(例えばアルコール)、この場合には液体媒体の全質量を基準として10質量%以下とすることが好適である。
【0047】
処理液のpHは適宜調整されることが好ましい。pH調整に用いられる薬剤は特に限定されないが、例えば、硝酸、硫酸、フッ化水素酸、有機酸等の酸、水酸化リチウム、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、アンモニア水、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、トリエタノールアミン等のアルカリが挙げられる。また、これらのアルカリまたは酸をあらかじめ水に溶解または水で希釈してから用いることも可能である。なお、本発明の処理液のpHは、市販のpH電極を用いたpHメーターにて問題なく測定できる。
【0048】
処理液pHとしては0.8〜3.5が好ましく、より好ましくは1.0〜3.0、最も好ましくは1.5〜2.5である。下限を下回ると過エッチングとなり、皮膜量が低減するばかりか処理液中にシュウ酸鉄のスラッジが発生する。上限を上回るとエッチング力が低下し、やはり充分な皮膜量が得られず、処理液中の3価鉄イオンが加水分解し水酸化鉄スラッジを発生する。
【0049】
本発明の処理液を用いて鉄鋼材料を処理する際には、処理液の温度は20〜70℃に調整される必要がある。より好ましい温度は30〜60℃であり、最も好ましい温度は35〜50℃である。この温度範囲にて良好な皮膜析出が可能となる。下限を下回ると反応性が低下し充分な皮膜量が得られず、上限を上回ると過エッチングとなり皮膜の密着性が損なわれるため好ましくない。従来のシュウ酸塩処理が65〜95℃で行われていたことを考えると飛躍的な低温化が達成できている。
【0050】
3価鉄イオンは処理時間の短縮化にも効果を奏する。好ましい処理時間は1〜10分である。尚、従来のシュウ酸塩処理では5分以上の処理時間が必要であったが、本発明の処理液を用いると1分程度でほぼ化成析出反応が終了し、2分程度で完全に皮膜が完成する。また、長時間処理の技術的弊害は無いが、5分を超えると生産性の低下につながる。よって、より好ましい処理時間は2〜5分程度である。
【0051】
本発明の処理は化成処理であり、基本的には鉄鋼材料と処理液が接触することによって反応が進行し皮膜が析出する。接液方法は一般的にスプレー法と浸漬法に大別できるが、浸漬法が好ましい。本発明の処理液では、前述の如く3価鉄イオンの作用効果により、素地金属表面に高濃度で薄層の2価鉄イオン濃化層ができることが最大の特徴である。スプレー法による過度の攪拌状態は、この濃化層を処理液中に拡散してしまう恐れがあり、本発明の効果を得ることが難しくなる。本発明の処理は化成処理を前提としているものの、部分的に鉄鋼材料をカソードとするカソード電解を施しても、本発明の効果を損なうものではない。
【0052】
化成処理を施した後は、水洗することが好ましい。水洗の方法は特に限定されず、浸漬法、スプレー法などの方法を適用することができる。本発明の処理液は種々の塩を含んでおり、それらの塩が残存すると耐食性が低下し、後に塗装したときの塗装性能、潤滑剤を塗布した時の潤滑性能が低下する。水洗工程は多段にして、水洗効率を向上させることもできる。
【0053】
本発明の処理液によって析出した皮膜は防錆皮膜や塗装下地皮膜として適用可能である。防錆皮膜として適用する場合、本発明の処理後防錆油を塗布することで、防錆油の保持性向上によって更なる防錆効果が得られる。塗装下地皮膜として適用する場合、溶剤塗装、粉体塗装、電着塗装等いずれの塗装系においても塗膜密着性および塗装後耐食性を向上し得る。
【0054】
しかし、本発明の処理液によって析出した皮膜の最も好適な用途は塑性加工用潤滑下地皮膜と言える。従来潤滑下地皮膜として一般的に用いられていたリン酸亜鉛皮膜と比べると、リンを含有しないため浸リンの問題は発生せず、スラッジは発生せず、低温かつ短時間に皮膜形成できる点で優位である。また、リン酸亜鉛皮膜同様単独での潤滑性は不充分であるが、リン酸亜鉛の場合に適用されている潤滑剤をそのまま適用すれば、リン酸亜鉛の代替として同等の潤滑性能を発揮する。潤滑剤としては脂肪酸、脂肪酸の金属塩、ワックス、グラファイト、二硫化モリブデン、硫酸カルシウムおよびタルクから選ばれる1種または2種以上が選ばれる。
【0055】
更に、本発明の処理液は、直接処理液中に界面活性剤を含有せしめることも可能であり、脱脂処理を省略することもできる。界面活性剤としてはノニオン系、アニオン系、カチオン系、両性、いずれのタイプも使用可能であるが、ノニオン系が最も好ましい。素材に付着している油分タイプ、油分量に応じて好適な界面活性剤が選択でき、濃度は100〜2000ppm程度が一般的である。
【実施例】
【0056】
本発明の実施例を比較例と共に挙げ、その効果をより具体的に説明する。
<鉄鋼材料>
鉄鋼材料として以下の2種を用いた。なお、冷延鋼板についてはスラッジ発生量評価、皮膜密着性評価および皮膜量測定用として用いた。炭素鋼については冷間鍛造加工性評価用として用いた。
・冷延鋼板:JIS G 3141 SPCC:SD 0.8×70×150mm
・炭素鋼(円柱):JIS G 4051 S45C 直径25mmφ、高さ30mm
【0057】
<化成処理>
市販の日本パーカライジング社製アルカリ脱脂剤:ファインクリーナー4360(20g/L)を用い、60℃にて10分間浸漬することにより鉄鋼材料表面に付着している汚れや油分を除去した。次いで水道水で30秒間水洗した後、実施例および比較例の化成処理液を用いて2分間浸漬にて処理を行った。なお、比較例7のみ10分間処理した。化成処理後、更に水道水で30秒間浸漬水洗し、エアブローにて水切り乾燥した。
【0058】
<処理液の作製>
シュウ酸供給源としてシュウ酸2水和物、鉄イオン供給源として硫酸鉄(II)7水和物または硝酸鉄(III)9水和物、pH調整剤として28%アンモニア水、酸化還元電位調整剤として35%過酸化水素、20%亜硝酸ナトリウム水溶液または69%t−ブチルヒドロペルオキシドを用い、実施例および比較例の処理液を作製し、所定の温度に加温した後鉄鋼材料の処理に供した。
なお、実施例1は硫酸鉄(II)7水和物および酸化還元電位調整剤を添加せず、硝酸鉄(III)9水和物鉄イオンを所定量添加した。実施例2,3,5,6,7,9および比較例2,4は硫酸鉄(II)7水和物を添加せず、硝酸鉄(III)9水和物鉄イオンを所定量添加し、酸化還元電位調整剤を用いて酸化還元電位を調整した。実施例4,8,10および比較例1,3は硝酸鉄(III)9水和物鉄イオンを添加せず硫酸鉄(II)7水和物を所定量添加し、酸化還元電位調整剤を用いて酸化還元電位を調整した。比較例5,6は鉄イオンも酸化還元電位調整剤も添加しなかった。
【0059】
<処理液中全鉄イオン濃度測定>
ICP発光分光分析により測定した。結果を表1に示した。
【0060】
<処理液中酸化還元電位(ORP)測定>
市販のORPメーターを用いて測定した。結果を表1に示した。
【0061】
<過マンガン酸塩滴定量測定>
次の手順で測定した。
1.処理液1.0mLを採取。
2.水15mLを添加。
3.50wt%硫酸10mLを添加し、全量が約50mLとなるように水を添加。
4.沸騰水浴中で加温。
5.0mmol/L過マンガン酸カリウム溶液を滴定液とし、微紅色を呈するまで滴定。
6.滴定に要した滴定液の量と濃度から滴定量を算出。
結果を表1に示した。
【0062】
<pH測定>
市販のpHメーターを用いて測定した。結果を表1に示した。
【0063】
<スラッジ発生量評価>
処理液5.0Lに対して冷延鋼板を10枚処理し、発生するスラッジ量を外観評価した。処理負荷としては0.042m2/Lとなる。発生量は下記評価基準によって評価した。結果を表1に示した。
○: スラッジなし
△: 若干スラッジあり
×: 明らかにスラッジが発生し白濁
【0064】
<皮膜量測定>
皮膜処理された冷延鋼板を秤量し、剥離液として常温の5%無水クロム酸水溶液を作製し、その中で5分間皮膜を剥離した。その後水洗乾燥し、再び秤量し、剥離前後の質量差および剥離面積から皮膜量[g/m2]を算出した。なお、比較例3の場合のみ剥離液の温度を75℃とし、15分間剥離した。結果を表1に示した。
【0065】
<皮膜密着性評価>
皮膜処理された冷延鋼板に粘着テープを貼り付け、剥離した後にテープ側に付着した皮膜量を目視で判定した。皮膜密着性は下記評価基準によって評価した。なお、皮膜量が0.5g/m2未満の皮膜については評価対象から除外した。結果を表1に示した。
◎: 皮膜剥離なし
○: 極僅かに剥離
△: 若干剥離
×: 著しく剥離
【0066】
<加工性評価>
炭素鋼に対しては化成処理後潤滑剤を塗布し、スパイク試験により加工性を評価した。潤滑剤としてはカルシウム石鹸を主成分とする日本パーカライジング社製潤滑剤:パルーブ4612(500g/L)を用い、常温にて浸漬引き上げ後、100℃の電気オーブンの中で10分間乾燥した。スパイク試験は特許第3227721号公報の発明に準じて行い、加工後試験片の突起部までの皮膜追従程度と焼き付き部の有無とを目視評価した。追従性が良いものは冷間塑性加工時の表面積拡大に対して充分な耐焼き付き性を有し、皮膜が追従しないものでは焼き付きが発生しやすくなる。加工性は下記評価基準によって評価した。結果を表1に示した。
◎: 突起部まで皮膜が追従していて、焼き付き部なし
○: 突起部まで皮膜が追従していないが、焼き付き部なし
△: 突起部に皮膜が追従しておらず、僅かに焼き付き部あり
×: 突起部に皮膜が追従しておらず、激しい焼き付きあり
【0067】
表1における実施例1〜10のスラッジ発生量および皮膜性能評価結果から分かる通り、シュウ酸塩処理液における全鉄イオン濃度および酸化還元電位が本発明の範囲内であれば、比較的低温かつ短時間にて、スラッジの発生無しに密着性の良好な皮膜が得られ、もって良好な加工性が確保できることが明らかとなった。
【0068】
なお、実施例6は過マンガン酸塩滴定量が少なく、シュウ酸濃度が低いために皮膜量および加工性が若干低下している。また、実施例7は過マンガン酸塩滴定量が高く、かつ酸化還元電位が300mVを超えているので、シュウ酸濃度が過剰気味となり、皮膜密着性が若干低下している。また、実施例8は全鉄イオン濃度および酸化還元電位共に低めであるため、結果的に3価鉄イオン濃度が不足気味となり、皮膜量が低下した結果、加工性も若干低下した。
【0069】
表1における比較例1は全鉄イオン濃度が下限値を下回っており、3価鉄イオン濃度不足により皮膜析出量が不充分となっている。
比較例2は逆に全鉄イオン濃度が上限値を上回っており、過剰な3価鉄イオンの化成促進効果により、密着性の良好な皮膜が得られず、加工性も低下している。
比較例3は酸化還元電位が下限値を下回り、2価鉄イオンが飽和濃度近くに達しており、処理によって速やかにスラッジが発生した。また、3価鉄イオン濃度不足により皮膜量も充分に得られず加工性も不充分であった。
比較例4は7酸化還元電位が上限値を上回り、酸化還元電位調整剤の過剰エッチングにより密着性の良好な皮膜が得られず、加工性も低下している。
【0070】
比較例5および比較例6は鉄イオンを含有しないシンプルなシュウ酸塩処理液であり、従来技術に相当する。比較例5は温度効果によって皮膜は得られるものの、密着性が悪く加工性も不充分であり、かつエッチング過多によりスラッジの発生も早い。
比較例6は比較例5と同様の組成の処理液であるが、処理温度が低いため皮膜の析出が認められない。
比較例7は日本パーカライジング社製リン酸亜鉛処理剤:パルボンド181X(90g/L)を用いてリン酸亜鉛処理を行った。なお、処理温度80℃とし、処理直前に促進剤131を0.25g/L添加し10分間処理を行った。密着性の良好な皮膜が得られ、加工性も良好であったが大量のスラッジが発生した。
【0071】
上記実施例および比較例のスラッジ発生量は5Lの処理液に対して10枚の冷延鋼板、つまり処理負荷としては0.042m2/Lにて評価した。しかし、実施例1において冷延鋼板を10枚処理した後の酸化還元電位は初期の300mVから185mVにまで低下しており、徐々にではあるが2価鉄イオンが蓄積していることが示唆されたため、このまま連続処理を120枚まで継続し、その際35%過酸化水素水溶液を酸化還元電位調整剤として酸化還元電位を初期値に保持する分だけ添加していった場合と酸化還元電位調整剤無添加の場合を比較した。酸化還元電位調整剤を使用した場合を実施例11、使用しなかった場合を比較例8とし、結果を表2および図1に示す。
【0072】
その結果、比較例8においては処理枚数40枚(処理負荷0.168m2/L)にてスラッジが発生し始め、その後スラッジ発生量は増加し続けた。また、120枚目の鋼板には処理液中の3価鉄イオン濃度不足に起因して皮膜の析出がほとんど認められなかった。
【0073】
これに対し、実施例11の場合は連続処理後においてもスラッジの発生は全く認められず、皮膜の析出量も皮膜の密着性も初期の値を維持していた。酸化還元電位調整剤によって酸化還元電位を一定に保った場合、2価鉄イオンの生成が抑制され、必要成分の補給さえ行えば、スラッジ発生無く半永久的に処理可能であることが裏付けられた。
【表1】


【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
シュウ酸および3価鉄イオンを含有する酸性水溶液であり、2価鉄イオンと3価鉄イオンを合計した全鉄イオン濃度が10〜110mmol/Lであり、かつ酸化還元電位が100〜500mVであることを特徴とする鉄鋼材料用表面処理液。
【請求項2】
請求項1に記載の処理液を、過マンガン酸塩を用いて酸化還元滴定するに当たり、終点における過マンガン酸塩滴定量が処理液1mLに対して0.02〜0.15mmolであることを特徴とする鉄鋼材料用表面処理液。
【請求項3】
塑性加工用潤滑皮膜用である請求項1または2に記載の鉄鋼材料用表面処理液。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の表面処理液の中に鉄鋼材料を浸漬することによりシュウ酸鉄皮膜を化成法にて析出せしめるに当たり、処理負荷に応じて酸化還元電位調整剤を添加することにより酸化還元電位を100〜500mVに維持することを特徴とする鉄鋼材料用表面処理方法。
【請求項5】
酸化還元電位調整剤として過酸化水素、有機過酸化物、過硫酸塩および亜硝酸塩から選ばれる1種または2種以上を用いることを特徴とする請求項4に記載の鉄鋼材料用表面処理方法。
【請求項6】
20〜70℃に温度調整された請求項1〜3のいずれかに記載の表面処理液に鉄鋼材料を1〜10分間浸漬することを特徴とする請求項4または5に記載の鉄鋼材料用表面処理方法。
【請求項7】
鉄鋼材料に対する塑性加工用潤滑皮膜処理方法として、請求項4〜6のいずれかに記載の表面処理を施した後、更に鉄鋼材料表面に潤滑剤を塗布することを特徴とする鉄鋼材料用表面処理方法。
【請求項8】
潤滑剤として脂肪酸、脂肪酸の金属塩、ワックス、グラファイト、二硫化モリブデン、硫酸カルシウムおよびタルクから選ばれる1種または2種以上を用いることを特徴とする請求項7に記載の鉄鋼材料用表面処理方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−136751(P2012−136751A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−290929(P2010−290929)
【出願日】平成22年12月27日(2010.12.27)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】