説明

鉄鋼材料粒界破断試料の作製方法

【課題】鉄鋼材料の粒界偏析や粒界析出物をオージェ分析するための粒界破面露出技術に関して、真空中で高温引張破断する際に、破断後のSの表面偏析を抑制して正確な粒界偏析解析を可能とする技術を提供することを目的とする。
【解決手段】オージェ分析法による鉄鋼材料の粒界偏析、及び、粒界析出物を分析する際の粒界破断試料の作製方法であって、前記鉄鋼材料を真空中で 500〜1000℃ に加熱して引張破断し、破断後の試料を冷却速度100〜500℃/sで冷却することを特徴とする粒界破断試料の作製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オージェ電子分光分析法による鉄鋼材料中の粒界偏析、及び、粒界析出物を分析する際の粒界破断試料の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材料の靭性は、結晶粒界に偏析、及び、析出する元素の種類や量に依存することが多い。例えば、低合金鋼の焼戻し脆性は、結晶粒界に偏析するPや、結晶粒界に析出する炭化物が原因とされる。
【0003】
粒界偏析や粒界析出物を分析する手段の一つとして、オージェ電子分光分析法(以下「オージェ分析法」という)がある。オージェ分析法は、分析深さが試料表面から数ナノメートルと極表面に限定される表面分析法である。
【0004】
オージェ分析法で粒界を分析するためには、何らかの方法で試料を粒界破断させ、粒界を表面に露出させなければならない。粒界破断は、活性の高い金属破断面へのガス吸着を防止するために、真空中で行う必要がある。これは、ガス分子が金属破断面の表面に吸着すると、粒界偏析した元素を覆い、オージェ分析を困難にするからである。
【0005】
粒界破面の露出技術として、例えば、非特許文献1に示されるように、試料を超高真空チャンバーに装着し、液体窒素で冷却して、外部より衝撃を与えて破断する方法が知られている。液体窒素を用いて冷却する理由は、試料を延性脆性遷移温度以下に冷却することで、鋼を脆化させ、粒界破面を露出しやすくするためである。
【0006】
特許文献1では、粒界破面を露出しやすくする手段として、電解水素チャージ法を開示している。これは、鋼中に水素を3ppm以上添加することで、鋼の水素脆化を引き起こし、粒界脆化を促進させる方法である。
【0007】
特許文献1に記載の粒界破面の露出技術は、試料の破断を、常温、又は−100℃程度の低温で行うので、粒界破面が得られたとしても、粒界の状態は、鋼の脆化が問題となる高温での粒界の状態とは異なる蓋然性が高い。
【0008】
例えば、連続鋳造や熱間圧延時の粒界割れは、500〜1000℃程度で発生することが多い。この温度域では、鋼の組織は、高温相であるオーステナイト相(面心立方構造を有する)を含む場合がる。一方、常温、又は−100℃程度では、鋼の組織は、低温相であるフェライト相(体心立方構造を有する)に変態している。したがって、常温、又は−100℃程度で粒界破面を露出させた試料は、脆化が問題となる温度域とは粒界の位置や組成が大きく異なるので、脆化が問題となる温度域での粒界の状態は、分析できない。
【0009】
この問題を回避するため、例えば、非特許文献2には、試料を真空チャンバー内に装着し、真空中で1050℃に加熱しながら引張破断する方法が開示されている。非特許文献2に記載の方法では、引張破断後の試料は、室温まで冷却されたのち、オージェ分析に供される。試料のオージェ分析位置までの移動は、真空中で行われる。
【0010】
しかしながら、この手法を用いて得られた破断面上をオージェ分析すると、粒界破面以外の延性破面上にもSの偏析が認められる。これは、試料を高温で破断するので、粒界ではなく粒内で破断した場合であっても、露出した破面表面にSが拡散し、表面偏析を起こすためだと考えられる。
【0011】
すなわち、粒界破面上からSが検出されたとしても、粒界偏析で濃化したのか、破断後に表面偏析で濃化したのかが区別できず、正確な偏析の分析ができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平11−83707号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】D. F. Stein et al., Transactions of the ASM 62(3), 776 (1969)
【非特許文献2】S. Yamaguchi et al., Metals Technology, May 1979, 170頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、鉄鋼材料の粒界偏析や粒界析出物をオージェ分析するための粒界破面露出技術に関して、真空中で高温引張破断する際に、破断後のSの表面偏析を抑制した、正確な粒界偏析の分析を可能とする技術の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、前記課題を解決する手段を鋭意検討した結果、真空中で試料を高温引張破断した後、試料の冷却速度を速くすることで、Sの表面偏析を抑制できることを見出した。ここで、表面偏析の抑制とは、オージェ分析法によって、延性破面の表面からSが検出されない状態とすることをいう。
【0016】
本発明の要旨は、以下のとおりである。
【0017】
(1)オージェ分析法による鉄鋼材料の粒界偏析、及び、粒界析出物を分析する際の粒界破断試料の作製方法であって、鉄鋼材料を真空中で500〜1000℃に加熱して引張破断し、次いで、破断後の試料を冷却速度100〜500℃/sで冷却することを特徴とする鉄鋼材料粒界破断試料の作製方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、鉄鋼材料の高温引張破断後に、破面上へSが表面偏析することを抑制でき、その結果、オージェ分析での正確な粒界偏析の分析が可能となり、鉄鋼材料の靭性劣化の原因の解明や、材質の向上に寄与することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】真空加熱引張破断装置の概略を示す図である。
【図2】鉄鋼材料を1000℃で加熱引張破断した後の粒界破断面のSEM像である。
【図3】延性破面上から得られたオージェ分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明を詳しく説明する。
【0021】
本発明は、オージェ分析法による鉄鋼材料の粒界偏析、粒界析出物を分析するための粒界破断試料の作製方法であって、鉄鋼材料を真空中で500〜1000℃に加熱して引張破断し、次いで、破断後の試料を冷却速度100〜500℃/sで冷却することを特徴とする粒界破断試料の作製方法である。
【0022】
ここでいう冷却速度とは、鉄鋼材料が引張破断温度から400℃に下がるまでの間の平均冷却速度のことを表す。鉄鋼材料の温度が400℃未満になると冷却速度は遅くなるが、Sなど鋼中の置換型不純物は、400℃未満ではほとんど拡散しないので、粒界偏析、粒界析出物の分析には影響しない。
【0023】
鉄鋼材料の加熱、及び、引張破断は真空中で行う必要がある。加熱中の真空装置内の圧力は、10-3Pa以下とすることが好ましく、常温では10-6Pa以下とすることが好ましい。高真空とすることにより、活性の高い粒界破面へのO、H、N、HO、CH系分子などの吸着を、長時間にわたって抑制することができる。ガス分子が表面に吸着すると、粒界偏析した元素を覆い、オージェ分析が困難になる。
【0024】
鉄鋼材料の加熱方式は、特に限定されない。引張破断前に鋼を溶体化・均質化するために1200〜1400℃程度まで昇温することを考えると、誘導加熱方式や通電加熱方式が好ましい。
【0025】
鋼材の引張速度は、特に限定されないが、実工程環境での変形速度を再現できることが好ましく、引張速度を変えることができる装置を用いるのが好ましい。
【0026】
鋼材の高温粒界割れが問題となるのは、例えば、熱間圧延工程や鋳造工程である。各工程で鋼材が受ける変形速度は、工程によって異なる。実工程環境での変形速度を再現するためには、様々な引張速度で試験が行えることが好ましい。引張速度は、試験機のクロスヘッド速度が0.5μm/min〜10mm/minの範囲で可変であることが好ましい。
【0027】
鋼材を引張破断する際の加熱温度は、500〜1000℃が好ましい。これは、熱間圧延工程や鋳造工程の粒界割れが発生する温度域に対応するためである。
【0028】
鋼材を引張破断する際の加熱温度が1000℃を超えると、破断後の新生面へのSの表面偏析を防止することができない。温度が高くなるほど、鋼中に含まれる添加元素や不純物元素の拡散係数が大きくなり、表面への拡散を防止することが困難となる。鋼材を引張破断する際の加熱温度が500℃未満になると、鋼の高温脆化域から外れるので、実機工程での粒界割れを再現できない。
【0029】
破断後の試料は、鋼材表面へのSの表面偏析を防止するため、速やかに冷却しなければならない。この際の冷却速度は100℃/s以上とする必要がある。冷却速度が100℃/s未満になると、粒界破面以外の延性破面上でもSの表面偏析が生じる。
【0030】
以下、図1に示す、真空加熱引張破断装置の一例を用いて、本発明における試料の冷却方法を説明する。
【0031】
オージェ分析用の加熱引張破断後の引張試験片2の下端を、試料ホルダ6に装着し、続いて真空チャンバー内の試料ステージ3上に固定する。さらに、引張試験片2の上端を引張試験機のロッド4に装着する。
【0032】
試料ホルダ6は、電気伝導性が良好であることが求められる。金属材料であれば、試料ホルダ6の材質は特に限定されないが、高温加熱の際に融けたり変質したりしないよう、モリブデンなど融点の高い材料が好ましい。
【0033】
冷却プレート1の中央部には、試料ホルダ6が入る程度の穴8が開いており、穴8の中に試料ホルダ6を挿入する。この時、試料ステージ3上に装着した試料ホルダ6と、冷却プレート1を接触させることにより、加熱引張破断後の引張試験片2からの抜熱を促進させ、冷却速度を高めることができる。
【0034】
冷却プレート1の材質は、真空中でのガス放出が少ないこと、及び、冷却速度を高めるために熱伝導性に優れることが要求されるので、金属材料が好ましく、特に、銅製であれば熱伝導率に優れ、さらに好ましい。
【0035】
さらに、冷却速度を向上させるため、冷却プレート1に配管5を接続し、ポンプ(図示せず)を用いて冷却水を循環させたり、又は液体窒素を投入したりして、冷却プレート1による抜熱を大きくすることができる。これにより、冷却速度の向上と調整が可能となり、100℃/s以上の冷却速度を得ることができる。
【0036】
冷却速度は、引張試験片2に取り付けた熱電対(図示せず)で、引張試験片2の温度を計測することで算出できる。引張破断後の冷却速度は大きいほど好ましい。図1に示す真空加熱引張破断装置の冷却機構の場合、500℃/s程度までの冷却速度を得ることができる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明の実施例について説明する。本実施例においては、図1に示した真空加熱引張破断装置を用いたので、図1に付した符号を用いて説明する。
【0038】
鋼材の破断後の冷却速度を、20℃/s、30℃/s、120℃/sと変えた、3種類の試験片を作製し、オージェ分析を行った。
【0039】
まず、FeにSを20質量%含有させた鋼を溶製し、熱間圧延したものから、板状の引張試験片2を作製した。この時、板平行部のほぼ中央に0.5mm深さの切り欠きを施し、切り欠き部に白金―白金ロジウム熱電対をスポット溶接した。
【0040】
また、引張試験片2の上端、及び、下端部には、引張試験片2をねじ固定するための丸穴状のねじ固定部7を設けた。続いて、作製した引張試験片2の下端をモリブデン製の試料ホルダ6に取り付けた後、引張試験片2と一体となった試料ホルダ6を試料ステージ3に装着した。さらに、引張試験片2の上端と引張試験機のロッド4をねじで固定した。
【0041】
チャンバー内を真空引きして10-8Pa台の真空度となった後、引張試験機のロッド4に電圧を印加し、通電加熱で鋼材に熱処理を施し、引張破断を行った。引張破断は、1000℃で2分間保持した後、クロスヘッド速度を50μm/minとして引張り、鋼材を破断させた。
【0042】
鋼材を破断させた後、冷却プレート1に接続された配管5に水を注ぎ冷却速度を調整しながら、鋼材を、所定の冷却速度で、400℃まで冷却した。400℃未満では冷却速度が所定の冷却速度よりも小さくなる。
【0043】
冷却後は、オージェ分析用のステージまで真空中で搬送し、電子ビームを照射して得られる二次電子像(以下「SEM像」という)から破断面の形態観察を行った。図2に、観察された延性破面のSEM像を示す。延性破面のSEM像は、Sの表面偏析の有無によらず、ほぼ同様に観察される。
【0044】
図3に、冷却速度を変化させた場合の、延性破面上におけるオージェ分析結果を示す。オージェ分析のSの検出下限は0.5%程度であり、Sの表面偏析がなければ、粒内で破断する延性破面上にSは検出されない。図3に示されるように、冷却プレート1を液体窒素で冷却することにより、Sの表面偏析を完全に抑制できることが明らかとなった。
【0045】
破断後の冷却速度が100℃/s未満になると、オージェ分析の結果、図3中の「冷却プレートのみ」の場合に示されるように、延性破面上(図2中の点Aの位置)にSの表面偏析が確認された。これは前述のとおり、試料が加熱破断直後にSが拡散するのに十分な高温だと、Sの表面偏析が起こるためだと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によれば、鉄鋼材料の高温引張破断後に、破面上へSが表面偏析することを抑制でき、その結果、オージェ分析での正確な粒界偏析の分析が可能となり、鉄鋼材料の靭性劣化の原因の解明や、材質の向上に寄与することが可能なので、産業上の利用可能性は大きい。
【符号の説明】
【0047】
1 冷却プレート
2 引張試験片
3 試料ステージ
4 ロッド
5 配管
6 試料ホルダ
7 ねじ固定部
8 穴

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オージェ分析法による鉄鋼材料の粒界偏析、及び、粒界析出物を分析する際の粒界破断試料の作製方法であって、
鉄鋼材料を真空中で500〜1000℃に加熱して引張破断し、次いで、
破断後の試料を冷却速度100〜500℃/sで冷却する
ことを特徴とする鉄鋼材料粒界破断試料の作製方法。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−255655(P2012−255655A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−127391(P2011−127391)
【出願日】平成23年6月7日(2011.6.7)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】