説明

鉛直方向に緊張するプレストレストコンクリート構造物の施工方法

【課題】性能上美観上の問題が生じにくくかつ工期の短縮およびPC構造物全体の重量を軽量化することができるプレストレストコンクリート構造物の施工方法を提供する。
【解決手段】鉛直方向に緊張するプレストレストコンクリート構造物の施工方法は、次のようなものである。すなわち、少なくとも曲がり部分がポリエチレン管17で形成され全体が樹脂で形成されたシース管15をコンクリートの打設時に鉛直方向に埋設する。次に、防錆剤3に防錆ワックスが使用されたアンボンドPC鋼より線1を緊張材としてシース管内に挿通させ、シース管の上下端部またはそのいずれか一方で緊張材に緊張力を与える。続いて、シース管の上下端近傍におけるその内部にセメント25,26をグラウトする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、略鉛直方向にプレストレスを与える(緊張する)プレストレストコンクリート構造物の施工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁、建築構造物等に、プレストレスを与えたコンクリート構造物(以下「PC構造物」という)が使用されている。
PC構造物は、高強度材料であるPC鋼材がコンクリートに埋設され、水平方向および鉛直方向にプレストレスが与えられた大型サイロ、PCタンク、電気通信設備、灯台および風力発電の風車塔等にも利用される(特許文献1,2,3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】登録実用新案第3074144号公報
【特許文献2】特開2005−180082号公報
【特許文献3】特開2007−77795号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、塔状または筒状のコンクリート構造物に使用されていた鉛直方向PCケーブルは、主に鋼製スパイラルシースをコンクリート部材中に埋設し、裸PCケーブルを配線、緊張した後、シース管全長に渡ってセメントグラウトを注入する方式(内ケーブル方式、グラウト方式)が採用されていた。シース管全長に渡ってセメントグラウトを注入する方式では、作業用足場の仮設、グラウト注入等の作業の増加に伴う工期増大、およびセメントグラウトにより全体の重量が大きくなり、基礎工事の負担が大きくなるという問題がある。また、内ケーブル、ノングラウト方式として、グリースを防錆剤としたアンボンドPC鋼より線が使用されるが、外気温が高くなると軟化した防錆グリースが下端からしみ出し、防錆上、美観上問題となっていた。
【0005】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたもので、性能上の問題が生じにくくかつ工期の短縮およびPC構造物全体の重量を軽量化することができるプレストレストコンクリート構造物の施工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る施工方法は、鉛直方向に緊張するプレストレストコンクリート構造物の施工方法であって、少なくとも曲がり部分がポリエチレン管で形成され全体が樹脂で形成されたシース管をコンクリートの打設時に鉛直方向に埋設し、防錆剤に防錆ワックスが使用されたアンボンドPC鋼より線を緊張材として前記シース管内に挿通させ、前記シース管の上下端部またはそのいずれか一方で前記緊張材に緊張力を与え、前記シース管の上下端近傍におけるその内部にセメントをグラウトする。
【0007】
好ましくは、前記緊張材として厚さ2mm以上のポリエチレンで被覆されたアンボンドPC鋼より線を使用する。
前記シース管における曲がり部分には蛇腹のポリエチレン管が使用される。
前記シース管における真っ直ぐな部分には硬質塩化ビニル樹脂管が使用される。
【発明の効果】
【0008】
本発明によると、性能上美観上の問題が生じにくくかつ工期の短縮およびPC構造物全体の重量を軽量化することができるプレストレストコンクリート構造物の施工方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1はPC鋼より線の断面図である。
【図2】図2は防錆剤の漏れ出し試験の様子を示す図である。
【図3】図3は引き抜き抵抗試験の様子を示す図である。
【図4】図4はPC鋼より線の配置を示す平面図である。
【図5】図5は図4におけるA−A矢視断面図である。
【図6】図6は曲管部の正面拡大断面図である。
【図7】図7はPC鋼より線が挿通されたシース管の断面図である。
【図8】図8は下端定着部近傍の正面断面図である。
【図9】図9は上端定着部近傍の正面断面図である。
【図10】図10は摩擦ロスの試験体の概略図である。
【図11】図11は被覆樹脂の厚さと摩擦ロス率γとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1はPC鋼より線1,1Bの断面図である。図1において(a)に示されるPC鋼より線1を「円筒型」といい、(b)に示されるPC鋼より線1Bを「フィット型」という。以下、単に「PC鋼より線」というときは「円筒型」を言うものとする。
PC鋼より線1は、断面形状が丸形のPC鋼線2,…,2を複数本撚り合わせ、防錆剤3が塗布されて樹脂により被覆されたものである。以下、撚り合わされたPC鋼より線を被覆する樹脂を被覆樹脂4という。PC鋼より線1は、施工において直接コンクリート等に固着されないアンボンドPC鋼より線である。なお、フィット型のPC鋼より線1Bは、被覆樹脂4Bを、内部の7本のPC鋼線2,…,2の合わされた断面形状に沿わせた断面形状としたものである。
【0011】
PC鋼線2は、高炭素鋼線材(ピアノ線材)で製造される。PC鋼より線1においては、PC鋼線2は7本が撚り合わされている。
防錆剤3には、防錆ワックスが使用される。使用される防錆ワックスの物性値を表1に示す。
【0012】
【表1】

【0013】
被覆樹脂4には、高密度ポリエチレン樹脂が使用される。PC鋼より線1における被覆樹脂4は、通常よりも厚さが大きく、2mmである。被覆樹脂4の厚さは、2mm以上とするのが好ましい。
ところで、PC鋼より線に塗布される防錆剤3として、一般には滴点が150℃前後の防錆グリースが使用される。しかし、例えばPCタンク、風車塔等に使用されるPC鋼より線のように略垂直に配されてプレストレスが加えられる場合、防錆グリースが下方に移動して下端から外部に漏れ出し、防錆機能が低下し美観も損ねるという問題がある。そこで、防錆ワックスにおいても同様な問題が生じるかどうかについて、漏れ出しの有無を指標に検討を行った。
【0014】
図2は防錆剤3の漏れ出し試験の様子を示す図である。
漏れ出し試験の試験体11は、表1の物性を有する防錆ワックスが塗布された図1に示されるPC鋼より線1(7本より標準径15.2mm、公称断面積138.7mm2)である。漏れ出し試験は、この試験体1mを、40℃に保持された恒温槽71内に吊して、1週間後の受け皿72への防錆剤3の漏れ出し量を測定するものである。図2における符合73は温度計(熱電対)である。
【0015】
PC鋼より線1は、1週間の漏れ出し試験では、防錆ワックスの漏れ出しが見られなかった。
図3は引き抜き抵抗試験の様子を示す図である。
引き抜き抵抗試験は、PC鋼より線1における被覆樹脂4の被覆強度、つまり7本のPC鋼線2,…,2が撚り合わされたより線と被覆樹脂4との分離のし難さを試験するものである。
【0016】
引き抜き抵抗試験の試験体12は、PC鋼より線1の一方の端部における被覆樹脂4に切り込み13を入れて内部のPC鋼線2,2,2を切断し、他方の端部において被覆樹脂4を露出させたものである。試験体12の長さは、一方の端部におけるPC鋼線2,2,2の切断箇所から他方の端部における被覆樹脂4の端までが3mである。
試験体12の両端はグリップ74,75に固着される。露出したPC鋼線2,2,2を固着するグリップ75は固定され、切り込み13部分を固着するグリップ74は、ロードセル76およびレバーブロック77に連結される。
【0017】
引き抜き抵抗試験は、レバーブロック77を操作して試験体12に引張力を加え、ロードセル76が検出する試験体12に生じた引張応力を記録することにより行った。引張力を増加させると被覆樹脂4は破断し、そのときの引張応力(引張強さ)は、被覆樹脂4の引張降伏応力(原料高密度ポリエチレン樹脂の物性値)に略等しいものであった。このことから、防錆ワックスを使用したPC鋼より線1のより線と被覆樹脂4との分離抵抗力は、実用上十分なものであるといえる。
【0018】
次に、PC鋼より線1を使用した高さが高い筒状のコンクリート構造物の施工について説明する。
図4はPC鋼より線1の配置を示す平面図、図5は図4におけるA−A矢視断面図、図6は曲管部の正面拡大断面図、図7はPC鋼より線1が挿通されたシース管15の断面図、図8は下端定着部5近傍の正面断面図、図9は上端定着部6近傍の正面断面図である。なお、図4は完成後のコンクリート構造物の一部である。
【0019】
施工は、一定の高さに型枠で所定の厚さを有する円筒空間を形成し、その中に適度な間隔をおいてPC鋼より線1を収容するためのシース管15,15,15,15を配置する。図4はシース管15の配置を示す図でもある。シース管15には、硬質塩化ビニル樹脂管16が使用される。
続いて、型枠にコンクリートを充填する。養生が終了したら、養生後のコンクリートの上にさらに一定の高さに型枠で所定の厚さを有する円筒空間を形成する。このとき、必要であればシース管15を継ぎ足し延長する。型枠の空間にコンクリートを充填し、養生する。
【0020】
以上のコンクリート打設作業を、コンクリート構造物の設計高さに到達するまで繰り返す。この作業において、PC鋼より線1の端定着部の相互干渉の回避、鉄筋との干渉の回避のため、直線状のシース管15の途中に湾曲部分(曲がり部分)を設ける必要が生ずる。この湾曲部分には、硬質塩化ビニル樹脂管16に換えてポリエチレンシース管17が用いられる(図6)。以下、この湾曲部分を「曲管部」という。
【0021】
コンクリートの打設作業が終了すると、それぞれのシース管15,…,15の内部に、下端または上端の開口部分からPC鋼より線1が挿入される。PC鋼より線1は、1つのシース管15につき7本挿通される。シース管15に挿通されたPC鋼より線1,…,1は、下端部が下端定着部5によりコンクリート構造物に固定される。
下端定着部5は、支圧板21、定着ブロック22、複数のウェッジ(くさび)23,23,23および防錆キャップ24からなる。下端定着部5と硬質塩化ビニル樹脂管16との間は、ポリエチレンシース管17で連結されている。
【0022】
それぞれのPC鋼より線1,…,1は、端部近傍の被覆樹脂4が剥がされる。露出したより線は、支圧板21および定着ブロック22の孔を貫通して、端が中空円錐台状のウェッジ23に嵌め入れられる。ウェッジ23は、定着ブロック22の孔に嵌り込むに伴い、より線を貫通させた孔の径が減少してより線を固く保持する。露出したより線の端、定着ブロック22およびウェッジ23,23,23は、被せられた防錆キャップ24により保護される。
【0023】
上端定着部6は、支圧板21、定着ブロック22および複数のウェッジ23,23,23からなる。上端定着部6と硬質塩化ビニル樹脂管16との間は、下端定着部5と同様にポリエチレンシース管17で連結されている。
PC鋼より線1,…,1は、上端部近傍の被覆樹脂4が剥がされる。露出したより線の上端を、支圧板21および定着ブロック22の孔に貫通させ、下端定着部5および上端定着部6の両方またはいずれか一方に固定されたジャッキによりPC鋼より線1,…,1に所定の緊張力を与える。
【0024】
より線の上端は、ウェッジ23,23,23の孔に挿通され、より線に与えられた緊張力によってウェッジ23,23,23が定着ブロック22の孔内に嵌り込むことにより、PC鋼より線1,…,1の上端が上端定着部6に固着される。
PC鋼より線1,…,1が下端定着部5および上端定着部6に固着された後、防錆キャップ24またはグラウトキャップ27により封がされ、それぞれのポリエチレンシース管17,17における被覆樹脂4が除去された区間にセメントグラウトされる(図8の符合25、図9の符合26)。
【0025】
従来のPC構造物の施工では、シース管内にもセメントをグラウトすることが一般に行われていた。しかし、コンクリート構造物の高さが高い場合、グラウトを注入する圧力が高くなるため、高さ方向に数回に分けてグラウトを行わなければならず、作業量の増加、工期の長期化および全体の重量の増加が避けられない。
これに対して、上述した施工方法では、下端定着部5および上端定着部6の近傍におけるシース管15の一部分にしかグラウトしないため、これらの問題が生じない。
【0026】
PC鋼より線1,…,1は、前述したように被覆樹脂4の厚さが2mmのものを使用した。以下、被覆樹脂4の厚さについて説明する。
被覆樹脂4の厚さを2mmとする場合PC鋼より線の外径が大きくなる。シース管15の一部に曲管部が存在するので、外径が大きなPC鋼より線1に緊張力を与えた場合の緊張力の摩擦ロスが懸念される。
【0027】
図10は摩擦ロスの試験体7の概略図である。図10において(a)は正面断面図、(b)は(a)における右側面図である。
試験体7は、曲管部を形成するポリエチレンシース管17の湾曲状態をフレーム31により維持するものである。フレーム31は、実際のコンクリート構造物を想定して、コンクリート内にポリエチレンシース管17が埋設されて形成される。埋設されたポリエチレンシース管17は、内径が85mm、外径が98mmである。
【0028】
摩擦ロス測定は、試験体7のポリエチレンシース管17に被覆樹脂4の厚さが2mmのPC鋼より線1または被覆樹脂4の厚さが1mmのPC鋼より線を7本貫通させ、試験体7の両側の露出する部分の被覆樹脂4を除去する。そして、露出した各より線は、ロードセルおよび定着部を貫通させて、ジャッキに連結される。
つまり、両側の定着部の内側に2つのロードセルが配され、試験体7は両側のロードセルに挟まれる。また、PC鋼より線は、両側でロードセルの外方から緊張力が与えられる。
【0029】
試験は、いずれか一方の側のジャッキでより線に緊張力を与え、両側のロードセルが検出する引張力を比較する。これを両側のジャッキについて複数回繰り返し、両側のロードセルの検出値の相違からポリエチレンシース管17内の摩擦ロスを算出する。
摩擦ロス率γ(%)は、緊張力を与えた側のロードセル検出値をPa、反対側のロードセル検出値をPbとしたとき、
γ=(Pa−Pb)÷Pa ・・・ (1)
で求められる。
【0030】
図11は被覆樹脂4の厚さと摩擦ロス率γとの関係を示す図である。図11からは厚さ2mmの被覆樹脂4を有するPC鋼より線1の方が、厚さ1mmの被覆樹脂4を有するPC鋼より線よりも摩擦ロス率γ平均値が若干小さい。摩擦ロスは、防錆ワックスを介した被覆樹脂4の内面とPC鋼線2とに生じ、また、被覆樹脂4の外面とポリエチレンシース管17の内面とに生ずる。図11の結果の理由は不明であるが、少なくとも緊張力を与えるときの摩擦ロスは、被覆樹脂4の厚さが2mmであるPC鋼より線1と1mmであるPC鋼より線とでは、厚さ2mmであるPC鋼より線1の方が若干小さいといえる。
【0031】
また、PC鋼より線1をシース管15に挿通させたとき、被覆樹脂4の厚さを2mmとした場合に損傷がなかったのに対して、被覆樹脂の厚さを1mmとすると側圧により被覆樹脂が損傷し、防錆剤3(防錆ワックス)の漏れ出しが生じた。
上述の実施形態において、PC鋼より線1,1B、防錆剤3としての防錆ワックス、被覆樹脂4,4B、シース管15等の各構成または全体の構造、形状、寸法、個数、材質などは、本発明の趣旨に沿って適宜変更することができる。また、本発明に係るプレストレストコンクリート構造物の施工方法における施工順序等は、本発明の趣旨に沿って適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、略垂直方向にプレストレスを与えるプレストレストコンクリート構造物の施工方法に利用することができる。
【符号の説明】
【0033】
1,1B PC鋼より線(アンボンドPC鋼より線)
3 防錆剤
4,4B 被覆樹脂
16 硬質塩化ビニル樹脂管
17 ポリエチレンシース管(ポリエチレン管)
25 セメントグラウト(セメント)
26 セメントグラウト(セメント)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉛直方向に緊張するプレストレストコンクリート構造物の施工方法であって、
少なくとも曲がり部分がポリエチレン管で形成され全体が樹脂で形成されたシース管をコンクリートの打設時に鉛直方向に埋設し、
防錆剤に防錆ワックスが使用されたアンボンドPC鋼より線を緊張材として前記シース管内に挿通させ、
前記シース管の上下端部またはそのいずれか一方で前記緊張材に緊張力を与え、
前記シース管の上下端近傍におけるその内部にセメントをグラウトする
ことを特徴とするプレストレストコンクリート構造物の施工方法。
【請求項2】
前記緊張材として厚さ2mm以上のポリエチレンで被覆されたアンボンドPC鋼より線を使用する
請求項1に記載のプレストレストコンクリート構造物の施工方法。
【請求項3】
前記シース管における曲がり部分に蛇腹のポリエチレン管を使用する
請求項1または請求項2に記載のプレストレストコンクリート構造物の施工方法。
【請求項4】
前記シース管における真っ直ぐな部分に硬質塩化ビニル樹脂管を使用する
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のプレストレストコンクリート構造物の施工方法。

【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図11】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−236565(P2011−236565A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−106401(P2010−106401)
【出願日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.レバーブロック
【出願人】(000000549)株式会社大林組 (1,758)
【出願人】(000192626)神鋼鋼線工業株式会社 (44)
【Fターム(参考)】