説明

鉛蓄電池およびその負極板

【課題】 化成中の電池温度が高温、例えば75℃以上でも放電性能、特に低温高率放電時間の低下が少なく、かつ充電受入電流の減少が小さい負極板とその負極板を用いた鉛蓄電池を提供する。
【解決手段】 酸化鉛粉末または酸化鉛と、金属鉛との混合物の粉末を主成分とし、リグニンスルフォン酸を含む負極板において、そのリグニンスルフォン酸の一部または全部が、保持する官能基の酸またはアルカリ性水溶液中で電離可能な陽イオン部分の大部分がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鉛蓄電池およびその負極板に関する。
【背景技術】
【0002】
鉛蓄電池の極板を化成する際に、予め電槽に極板を組み入れた後に電解液を、その電槽に注入、通電する電槽化成が鉛蓄電池の製造方法の主流になっている。さらに、この電槽化成の時間を短縮して同一設備で1日2回以上の電槽化成を行うことが、製造原価を低減する上で求められている。
その際には、その化成時間を短縮するためには、その化成効率を高めることが要求される。すなわち未化成極板の鉛化合物を正/負極の活物質に酸化/還元させる化学反応に消費される電気量の、通電される総電気量に対する比率を高めることが求められる。
【0003】
このために電槽化成する鉛蓄電池の電池の温度を、例えば60℃以上に上昇させることが有効である。しかし電槽化成中の電池温度を上昇させることには、特に負極板の放電性能を劣化させる側面があった。
すなわち、化成中の電池温度が60℃を超える電槽化成に付した鉛蓄電池の放電性能は、例えば50℃で、より長い時間の電槽化成に付した鉛蓄電池に比べ、特に−15℃での高率放電時間があきらかに短くなる。
これは、負極板の放電性能が劣化したことが原因である。特に、電槽化成中の電池温度の最高値が65℃を上まわると、この傾向が著しく現れる。
【0004】
そこで、電池の低温高率放電時間の延長、特に、60℃を超える高温で、化成処理を施した電池における低温高率放電時間の延長を実現させるには、負極へのリグニンスルフォン酸または、その塩の添加量を増加させることが有効であることが知られている。なお、リグニンスルフォン酸は複雑な構造を持つ高分子であり、その官能基の陽イオンがすべてプロトンであったり、逆にすべて金属塩に置換されることは現実的にはあり得ず、その製造条件によってプロトンと金属塩の混成比率が変化する。以下の本文ではリグニンスルフォン酸およびその塩を一括してリグニンスルフォン酸と呼ぶ。
60℃を超える高温で化成処理を施した電池における低温高率放電時間を延長する作用は、高温化成中に負極中のリグニンスルフォン酸の一部が溶出あるいは分解しても、なお負極中にリグニンスルフォン酸が多く残存するためである。
【0005】
しかしながら、一方でリグニンスルフォン酸の添加量増加は、低温で電池の充電受入電流を減少させるため、過剰なリグニンスルフォン酸の添加は電池性能総体を考えると不利である。
【0006】
さらに、製造工程を考えると、電槽化成中の電池温度の制御には、大きな水槽中で水温を調整することが製造設備の設計上最も簡単で、かつ大量生産に適するが、この方法では製造環境の季節変動その他の原因で、予期せず電池温度が所定値の上下に大幅に変動することがある。化成温度が所定の温度を大きく上回ると低温高率放電性能や充電受入性能が規格値を外れることも起こりうる。
【0007】
従来、低温高率放電時間を延長させる負極添加剤として、リグニンスルフォン酸のナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩などが採用されてきた(例えば、特許文献1、2など参照)。しかし、これらのリグニンスルフォン酸ではこれまで述べた高温化成時の問題を解決するためには不十分であり、負極添加剤として低温高率放電時間の延長に顕著な効果があり、かつ充電受入電流を減少させにくいリグニンスルフォン酸が期待されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−327108号公報
【特許文献2】特開2003−51307号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、化成中の電池温度が高温、例えば75℃以上でも放電性能、特に低温高率放電時間の低下が少なく、かつ充電受入電流の減少が小さい負極板および鉛蓄電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の発明は、酸化鉛粉末または酸化鉛と金属鉛との混合物の粉末を主成分とし、リグニンスルフォン酸を含む鉛蓄電池用負極板であって、そのリグニンスルフォン酸の一部または全部が、保持する官能基の酸性水溶液またはアルカリ性水溶液中で電離可能な陽イオン部分の大部分がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸であることを特徴とする。
【0011】
本発明の第2の発明は、第1の発明におけるリグニンスルフォン酸が、その電離可能な陽イオン部分の91%以上がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸であることを特徴とする鉛蓄電池用負極板である。
【0012】
本発明の第3の発明は、第1及び第2の発明における主成分たる酸化鉛粉末または酸化鉛と金属鉛との混合物の粉末100部に対して、電離可能な陽イオン部分の91%以上がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸を0.2部以上、0.6部以下含み、かつ電離可能な陽イオン部分の91%以上がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸と、電離可能な陽イオン部分の大部分が金属イオンに置換されたリグニンスルフォン酸との合計の添加量が0.2部以上、0.7部以下であることを特徴とする第1及び第2の発明の鉛蓄電池用負極板である。
【0013】
本発明の第4の発明は、第1から第3の発明のいずれかの負極板を用いた鉛蓄電池である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鉛蓄電池の低温高率放電性能を劣化させずに比較的短時間の電槽化成を行うことが可能となり、工業上顕著な効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例において実験に供したサンプル電池(44B20型)の構造と、化成時のセル温度の測定方法を示す平面図である。
【図2】実験1のサンプル電池のリグニンスルフォン酸添加量と低温高率放電時間の関係を示す図である。
【図3】実験1のサンプル電池のリグニンスルフォン酸添加量と充電受入電流の関係を示す図である。
【図4】実験2のサンプル電池のリグニンスルフォン酸添加量と低温高率放電時間の関係を示す図である。
【図5】実験2のサンプル電池のリグニンスルフォン酸添加量と充電受入電流の関係を示す図である。
【図6】実験3のサンプル電池に添加したリグニンスルフォン酸のNa置換率と低温高率放電時間の関係を示す図である。
【図7】実験3のサンプル電池に添加したリグニンスルフォン酸のNa置換率と充電受入電流の関係を示す図である。
【図8】実験3の低温高率放電試験後のサンプル電池を解体し、各サンプルの負極活物質中のリグニンスルフォン酸の残存量と添加したリグニンスルフォン酸のNa置換率との関係を示す図である。
【図9】実験4のサンプル電池のリグニンスルフォン酸の総添加量と低温高率放電時間の関係を示す図である。
【図10】実験4のサンプル電池のリグニンスルフォン酸の総添加量と充電受入電流の関係を示す図である(D_0〜D_3系列)。
【図11】実験4のサンプル電池のリグニンスルフォン酸の総添加量と充電受入電流の関係を示す図である(D_4〜D_6系列)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、酸化鉛粉末または酸化鉛と金属鉛との混合物の粉末(以下、鉛粉と呼ぶ)を主成分とし、それにリグニンスルフォン酸を添加して作られる鉛蓄電池用負極板と、その負極板を用いた鉛蓄電池において、添加するリグニンスルフォン酸の一部または全部が、その保持する官能基の酸またはアルカリ性水溶液中で電離可能な陽イオン部分の大部分がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸であることを特徴とするものである。
【0017】
より好ましくは、そのリグニンスルフォン酸の一部または全部が、陽イオン部分の91%以上がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸であることを特徴とするものである。
さらに、この鉛蓄電池用負極板及び鉛蓄電池における主成分たる鉛粉100部に対して、陽イオン部分の91%以上がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸を0.2部、以上0.6部以下含み、かつ陽イオン部分の91%以上がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸と、陽イオン部分の大部分が金属イオンに置換されたリグニンスルフォン酸との合計の添加量が0.2部以上、0.7部以下であることを特徴とするものである。
【0018】
先ず、リグニンスルフォン酸が保持する官能基の酸またはアルカリ性水溶液中で電離可能な陽イオンの量の測定方法を説明する。
一般に市販されているリグニンスルフォン酸の保持する官能基の電離可能部分はプロトン、またはナトリウム、カリウム、カルシウムなどの金属イオンで占められている。
そこで、次に示す方法を用いて、リグニンスルフォン酸の保持する官能基の電離可能部分の金属イオン比率を測定する。
【0019】
試料とするリグニンスルフォン酸を充分な量の、液温85℃、12規定の硫酸水溶液中に8時間さらした後に沈殿物を水洗、乾燥する。
【0020】
ついで、ビーカー内に上記硫酸処理済のリグニンスルフォン酸10.0gをイオン交換水に分散させて体積100mlの水溶液Aとし、50℃の水槽内で保温、攪拌しながら、これに毎分2ml以下の速さで4規定の水酸化ナトリウム水溶液を滴下する。その水溶液AのpHをpH計で測定し、pHが14に達した時点の滴下した水酸化ナトリウムのモル数Mと、その時点の水溶液Aの体積とpHとから算出される水酸イオン[OH]のモル数mとを基に、リグニンスルフォン酸100g中の電離可能な最大陽イオン量F(モル/g)を、下記(1)式によって算出する。
【0021】
【数1】

【0022】
求めた電離可能な最大陽イオン量は、試料とするリグニンスルフォン酸100g当たりで表され、試料とするリグニンスルフォン酸の酸またはアルカリ性水溶液中で電離可能な官能基の陽イオン部分の最大のモル量を表す。
なお、この官能基は主としてスルフォン基であるが、他に高分子に付加するカルボキシル基などもこれに相当すると考えられる。
【0023】
次にビーカー内に、試料とするリグニンスルフォン酸10.0gをイオン交換水に分散させて体積100mlの水溶液A’とし、段落0020に記す方法で測定し、pHが14に達した時点の滴下した水酸化ナトリウムのモル数M’と、水溶液A’の体積とpHとから算出される水酸イオンOHのモル数m’とを基に、リグニンスルフォン酸100g中の、水酸イオンと反応可能な陽イオン量F’(モル/g)を下記(2)式により算出する。
【0024】
【数2】

【0025】
次に、以下の式(3)で数値Kを求める。
【0026】
【数3】

【0027】
これが、試料とするリグニンスルフォン酸の官能基のNa置換率(%)である。
試料であるリグニンスルフォン酸の官能基には金属イオンとしてNa以外にK,Ca2+,Mg2+なども置換されるが、それらも含めてすべてNaとして計算する。
以下の説明では、リグニンスルフォン酸の官能基の状態を、このNa置換率で表す。すなわち、保持する官能基の酸性水溶液またはアルカリ性水溶液中で電離可能な陽イオン部分がすべてプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸では、Na置換率は0%であり、陽イオン部分がすべて金属イオンに置換されたリグニンスルフォン酸では、Na置換率は100%となる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例を用いて本発明をより詳しく説明する。
【0029】
[実験1]
公称容量30Ah(5時間率)の電池44B20を、表1に掲げる負極板を使用して組み立てた。この電池の構造は図1のとおりである。
用いた負極板の活物質量は、セル当たり254g、その見かけ密度は3.65g/cm、正極板の活物質量は、セル当たり270g、その見かけ密度は3.35g/cmである。なお負極活物質には、主成分たる鉛粉100部に対して、表1に示すリグニンスルフォン酸の他にアセチレンブラック0.2部、硫酸バリウム1部を添加した。極板の格子体は、Pb−Ca−Sn合金を使用した。
【0030】
表1中のリグニンXは、サルファイト法で製造した市販のリグニンスルフォン酸(I)を、その電離可能な陽イオン部分をプロトンに置換する処理を、液温50℃、12規定の硫酸水溶液にて2時間施したリグニンスルフォン酸である。
リグニンYは、何の処理も施さないリグニンスルフォン酸(I)そのものである。
なお、これらリグニンのNa置換率は、リグニンXで概ね0.6%(即ちプロトンが99.4%)、リグニンYで概ね80.5%(同19.5%)であった。
【0031】
原料となる鉛粉100部に対してそれぞれのリグニンスルフォン酸を、表1に示すように添加して作製した未化成負極板を用いて、未化成電池を作製した。表1に未化成電池と、リグニンスルフォン酸の添加量、および化成温度との関係を合わせて示す。各電池は複数個ずつ製作した。
なおX75(75℃化成)系列、X50(50℃化成)系列の電池が本発明の電池であり、Y75、Y50系列の電池がそれぞれの比較例である。
【0032】
【表1】

【0033】
表1に示すX75系列、Y75系列の未化成電池を水槽中で8時間の電槽化成に付した。充電電流は19Aであり、電槽化成中の電池の中央セルの最高温度が75〜77℃の範囲になるように水槽温度を調整した。なお中央セルの温度は図1のように、その極群上方の電解液に熱電対を挿しいれて測定した。
【0034】
次にこれらX75系列、Y75系列の化成済み電池を、JIS D5301による低温高率放電試験に付した。
その結果を図2に記す。なおそれぞれのサンプル電池の低温高率放電時間は、サンプル電池Y75(1)の放電時間を100として、他の電池の放電時間を電池Y75(1)との比で表した。
【0035】
次にX50系列、Y50系列の未化成電池を水槽中で8時間の電槽化成に付した。充電電流は19Aであり、電槽化成中の電池の中央セル(第3、4セル)の最高温度が50〜53℃の範囲になるよう水槽温度を調整した。
【0036】
これらX50系列、Y50系列の化成済み電池を、JIS D5301による低温高率放電試験に付した。
その結果を図2に記す。
【0037】
図2の結果より、いずれの系列のサンプル電池もリグニン添加量を増加させるに従い低温高率放電時間が延長したが、50℃化成ではリグニンYを添加したY50系列の電池の方がリグニンXを添加したX50系列のサンプル電池よりも放電時間が若干長かった。
一方、75℃化成を施したX75系列とY75系列との電池を比較すると、X75系列電池の低温高率放電時間がY75系列電池のそれを上まわり、特にリグニンXを0.2部以上添加(X75(2)〜X75(12))にすると、その添加量に従い放電時間が顕著に延びた。一方リグニンYでは0.3部以上添加(Y75(3)〜Y75(12))すると、その添加量に対して、ほぼ線形に放電時間が延びたが、その増加の程度はリグニンX添加電池ほど大きくなかった。
【0038】
次に、各系列の化成済みサンプル電池を、JIS D5301による充電受入試験2に付した。
その結果を図3に記す。
【0039】
図3の結果より、いずれの系列の電池でもリグニンスルフォン酸量の増加に伴い充電受入電流が減少したが、添加量が0.6部以下では化成温度にかかわらずX75系列とY75系列との間、あるいはX50系列とY50系列との間に、充電受入電流の値の大きな差異はなく、一方、化成温度の違いによる充電電流値の差が見られ、50℃化成電池の充電受入電流値の方が大きかった。
さらに添加量が0.8部以上では、化成温度による電流値の差異も小さくなり、リグニンスルフォン酸のNa置換率と化成温度との違いにかかわらず各系列のサンプル電池の充電受入電流の大きさに差はなかった。
【0040】
実験1より本発明の請求項1に基づく負極板を使用した鉛蓄電池は、50℃程度の化成温度ではその効果を発揮しないが、75℃という高温化成を施した場合では、その保持する官能基の水溶液中で電離可能な陽イオン部分の大部分がNaに置換されたリグニンスルフォン酸を添加した負極板を用いた電池に比較して、低温高率放電時間の点で優れることがわかる。
【0041】
特に、リグニオンスルフォン酸の0.2部以上の添加により、低温高率放電時間が従来例に比較して顕著に延長することがわかる。
一方、本発明の電池の充電受入電流は、比較例の電池と比較しても減少しないことがわかる。
【0042】
[実験2]
次に、実験1と同じ電池構成の電池を表2に掲げる負極板を使用して組み立てた。
表2中のリグニンVは、クラフト法により製造された市販のリグニンスルフォン酸(II)を、その電離可能な陽イオン部分をプロトンに置換する処理を、液温50℃、12規定の硫酸水溶液にて2時間施したリグニンスルフォン酸である。
リグニンWは、何の処理も施さないリグニンスルフォン酸(II)そのものである。
なお、これらリグニンスルフォン酸のNa置換率は、リグニンVで概ね0.3%(即ちプロトンが99.7%)、リグニンWで概ね78.5%(同21.5%)であった。
【0043】
負極主原料100部に対して、それぞれのリグニンスルフォン酸を表2に示すように添加して作製した未化成負極板を用いて、未化成電池を作製した。表2に未化成電池と、リグニンスルフォン酸の添加量、および化成温度との関係を合わせて示す。各電池は複数個ずつ製作した。
なおV75、V50系列の電池が本発明の電池であり、W75、W50系列の電池が比較例である。
【0044】
【表2】

【0045】
表2に示すV75系列、W75系列の未化成電池を水槽中で8時間の電槽化成に付した。充電電流は19Aであり、電槽化成中の電池の中央セル(第3、4セル)の最高温度が75〜77℃の範囲になるように水槽温度を調整した。
【0046】
次に、これらV75列、W75列の化成済み電池を、JIS D5301による低温高率放電試験に付した。
その結果を図4に記す。なお低温高率放電時間は、実験1の場合と同様にサンプル電池Y75(1)の放電時間を100として、それぞれの電池の放電時間を電池Y75(1)との比で表している。
【0047】
次に、V50系列、W50系列の未化成電池を、水槽中で8時間の電槽化成に付した。充電電流は19Aであり、電槽化成中の電池の中央セル(第3、4セル)の最高温度が50〜53℃の範囲になるように水槽温度を調整した。
これらV50系列、W50系列の化成済み電池を、JIS D5301による低温高率放電試験に付した。
その結果を図4に記す。
【0048】
図4から明らかなように、いずれの系列のサンプル電池もリグニンスルフォン酸添加量を増加させるに従い放電時間が延長したが、50℃化成ではリグニンWを添加したW50系列の電池の方が、リグニンVを添加したV50系列のサンプル電池よりも放電時間が長かった。
一方、75℃化成を施したV75系列とW75系列の電池との比較では、リグニンVを0.2部以上添加(V75(2)〜V75(12))した場合、その添加量に従い放電時間が顕著に延びている。またリグニンWでは、0.3部以上、1.0部以下の範囲で添加(W75(3)〜W75(10))した場合、その添加量に対して、ほぼ線形に放電時間が延びたが、その増加の程度はリグニンV添加電池ほど大きくなかった。
【0049】
次に、各系列の化成済みサンプル電池を、JIS D5301による充電受入試験2に付した。その結果を図5に記す。
図5から明らかなように、いずれの系列の電池でもリグニンスルフォン酸量の増加に伴い充電受入電流が減少したが、それぞれの化成温度で、リグニンVを添加した電池の充電受入電流値はリグニンWのものよりも大きいか、ほぼ同等であった。
【0050】
以上のように、実験2においても実験1と同様に、本発明の請求項1に基づく負極板を使用した鉛蓄電池は、50℃程度の化成温度ではその効果を発揮しないが、75℃という高温化成を施した場合では、比較例に対して低温高率放電時間の点で優れ、かつリグニンスルフォン酸の添加量に伴う放電時間の増加の程度がより大きいことがわかる。
一方、本発明の負極板を使用した電池の充電受入電流は、従来の電池と比較しても減少していないことは明らかである。
【0051】
以上の実験1、2より、リグニンスルフォン酸の種類にかかわらず、本発明、すなわちその保持する官能基の水溶液中で電離可能な陽イオン部分の大部分がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸を添加した負極板を用いた鉛蓄電池は、充電受入性能を低下させることなく、かつ75℃程度の高温で化成を施した場合に従来の電池よりも低温高率放電性能を大幅に向上させることがわかる。
【0052】
[実験3]
次に、実験1と同じリグニンスルフォン酸(I)を、硫酸水溶液で処理する際に、その水溶液のpHを調整することでNa置換率を変えたリグニンスルフォン酸を表3に示すように準備した。
これらのリグニンスルフォン酸を、負極の主原料100部に対して0.3部添加した負極板を用いて未化成電池を作製した。表3にA系列として示す。
またリグニンスルフォン酸の添加量を0.6部とした以外は、A系列の負極板と同じ作製条件で負極板を製作して、未化成電池を作製した。表3にB系列として示す。
【0053】
【表3】

【0054】
次に、これらの未化成電池を、最高温度75〜77℃で電槽化成した。その化成電流値と通電時間は実験1と同じである。
次に、これらA、B系列の各電池を、JIS D5301による低温高率放電試験に付した。
その結果を図6に記す。なおそれぞれの電池の低温高率放電時間は、実験1の電池Y75(1)の放電時間を100として、この値との比で表している。
【0055】
図6から明らかなように、A系列のサンプル電池において、Na置換率が9%以下の場合(A1〜A4)は、良好な低温高率放電時間を示したが、Na置換率が9%と22.3%との間で電池の放電時間が急に減少し、22.3%以上ではほぼ同じ放電時間を示した。
一方、B系列のサンプル電池では、Na置換率が同じく9%以下の場合(B1〜B4)に良好な低温高率放電時間を示したが、Na置換率が9%と38.5%との間で電池の放電時間が急に減少し、38.5%以上ではほぼ同じ放電時間を示した。
即ち,低温高率放電時間を延長させるリグニンスルフォン酸の効果は、そのNa置換率が9%以下(プロトンが91%以上)の場合に顕著であると言え、一方9%を超えるとその添加量にかかわらず放電時間への効果が小さくなることがわかる。
【0056】
次に、A、B系列の化成済み電池を、JIS D5301による充電受入試験2に付した。その結果を図7に記す。
図7から明らかなように、A、B系列のいずれのサンプル電池でも、その充電受入電流は添加するリグニンスルフォン酸のNa置換率に拘らずほぼ一定で、この機種の電池のJIS D5301表1(2006年版)に記載される充電受入電流の規格値4.0Aを充分に上回った。
【0057】
このように、Na置換率が9%以下のリグニンスルフォン酸を添加した本発明の負極板を使用した電池は、75℃程度の高温で化成されても、著しく良好な低温高率放電時間を発揮し、かつ充電受入電流を低下させないことが示されるが、一般的に充電受入電流のバラツキは小さくないので、ここでさらに上記のデ−タを基に以下の数値Qを算出し、充電受入電流の評価を詳しく行った。
【0058】
上記測定のデ−タを基に、サンプル電池の各ロット毎の充電受入電流の平均値、および全デ−タにわたりその測定値と各ロット毎の平均値との差の標準偏差(これが母標準偏差の推定値である。)を計算し、ロットごとに該平均値(これが「各ロット毎の充電受入電流の母平均の推定値」である。)と充電受入電流の下限規格値4.0Aとの差を、該母標準偏差の推定値で除した値(Q値)を計算した。その結果を表3に示す。また下記(4)式に、その計算式を示す。
【0059】
【数4】

【0060】
そして、測定値が正規分布に従うと仮定し、Q値から各系列の電池を大量生産した場合に、その電池の充電受入電流が4.0Aを下回る確率を正規分布表を基に検討した。なお、該確率が工業上許容されるのは0.3%以下であり、これに対応するQの値は2.75以上である。
その結果、A系列のその確率は0.1%以下、B系列では0.2%以下であった。したがって実験3の実施例は製造に際し、充電受入電流が規格値を下回る確率を実用上無視できる。
【0061】
実験3の結果より、化成中のセル最高温度が75〜77℃である電池44B20では、負極の主原料100部に対しNa置換率を変えたリグニンスルフォン酸を0.3部、または0.6部添加した場合、そのそれぞれにおいて、リグニンスルフォン酸のNa置換率が9%以下の場合では、充電電流を低下させることなく、低温高率放電時間を顕著に延長させる効果が見られた。
【0062】
なお、実験1、2、3に示される現象の技術的理由は、完全に説明されるものではないが、概ね以下のように考えられる。
即ち、リグニンスルフォン酸は負極製造工程にて先ず水、鉛粉とともに混錬されるが、この混錬物のpHは概ね10であり、そのリグニンスルフォン酸はよく溶解され、鉛粉の表面に吸着される。ところが高温化成工程にて、リグニンスルフォン酸の官能基の電離可能な陽イオン部分の大部分がNaなどの金属イオンに占められる場合、そのリグニンスルフォン酸は、pHが7以下の比較的低い電解液中でも溶出しやすい。特に化成開始前や開始後しばらくの間の極板内部の電解液は、極板の未化成活物質と反応してpHが4〜6であり、この時期に高温の効果もあり、リグニンスルフォン酸の溶出が著しく進み、負極板に残存するリグニンスルフォン酸は減少する。
【0063】
一方、その官能基の電離可能な陽イオン部分の大部分がプロトンに占められるリグニンスルフォン酸は、pH7以下の酸性水溶液中で溶解しにくく、高温化成開始前や開始直後の時期にも電解液に溶出しにくく極板に留まる量が比較的多い。
このために、その官能基の電離可能な陽イオン部分の大部分がプロトンに占められるリグニンスルフォン酸を添加した負極板の方が高温化成後の低温高率放電性能が向上するものと考えられる。
【0064】
そこで、実験3の低温高率放電試験後のサンプル電池を解体し、各サンプルの負極活物質中のリグニンスルフォン酸の残存量を測定した。残存量は活物質量に対する百分率(%)で表した。その結果を図8に示す。
図8からは、リグニンスルフォン酸を0.3部添加したA系列のサンプルでも、同0.6部添加したB系列のサンプルでも、Na置換率が9%を超えたところでリグニンスルフォン酸量が急に低下することが確認される。また、Na置換率が9%以下のリグニンスルフォン酸の残存量は、負極ペースト製造時のリグニンスルフォン酸添加量に概ね比例するが、リグニンスルフォン酸のNa置換率が9%を大きく上回るほど、A系列とB系列との残存量の比率がサンプル間で差が小さくなることが示されている。
【0065】
図8からも明らかなように、リグニンスルフォン酸のNa置換率と、このリグニンスルフォン酸の化成後の残存率には明からな関連があった。
また、これと逆に元になるリグニンスルフォン酸のそれぞれについて、図6のように予めその添加量(部)とNa置換率とに対する負極活物質中の残存量(%)、および低温高率放電時間と充電受入電流とを測定しておけば、活物質中のその残存量から製造段階の添加量を推定できる。
【0066】
他方、充電受入電流に対するリグニンスルフォン酸の添加量とNa置換率の影響は、より複雑であると考えられる。
すなわち、リグニンスルフォン酸は、負極活物質である金属鉛結晶の活性部分に吸着するので充電反応の速度を制限するといわれるが、他方、化成時に該金属鉛の充電反応に関与する表面積を増加させるので、充電電流を増加させる効果も併せ持つ。
したがって、リグニンスルフォン酸の添加量が比較的低い領域では、50℃化成時の充電受入電流が75℃化成時よりも大きく、また75℃化成時にはNa置換率の小さいリグニンスルフォン酸の方がNa置換率がより大きいものよりも充電受入電流を若干大きくさせるのは、後者の作用が現れたものと思われる。
【0067】
[実験4]
次に実験4により、その官能基の電離可能な陽イオン部分の大部分がプロトンに占められるリグニンスルフォン酸を単独に、またはその官能基の大部分が金属イオンに占められるリグニンスルフォン酸との混合物を添加する場合に、より好ましい効果を発揮するための添加量の適正な範囲を示す。
【0068】
実験3と同様の方法でNa置換率が9.0%のリグニンスルフォン酸を作製し、これをリグニンSとする。また実験1の、Na置換率が80.5%のリグニンスルフォン酸(リグニンY)を準備する。
【0069】
作製したリグニンSを単独で、またはリグニンYとの混合物として、その添加量を変えて、表4に示すサンプル電池44B20を作製した。作製したサンプル電池を、実験1と同じ条件で75〜77℃で化成した。
化成したサンプル電池を、実験1と同じ条件により低温高率放電試験と、充電受入試験に付した。低温高率放電の持続時間を図9に、充電受入電流値を図10、図11に記す。
なお、表4中の太字の部分が本発明例である。またリグニンSのみを0.3部添加したサンプル電池は、実験3のA4と同内容であり、リグニンSのみを0.6部添加したサンプル電池はB4と同一内容である。
【0070】
【表4】

【0071】
これらの電池の低温高率放電試験の結果を図9に示す。放電時間は、実験1と同様に、実験1の電池Y75(1)の放電持続時間を100として、それぞれの電池の放電時間を電池Y75(1)との比で表している。
なお図9では、表4の縦の列の各ロットを表示する際に、リグニンYの添加量を特徴付けるために左からD_0系列、D_1系列、D_2系列、D_3系列、D_4系列、D_5系列、D_6系列として表示している。例えば、D_0系列はD20、D30、D40、D60、D70、D80、D90、D100からなる。
比較として、実験1のX系列とY系列とのサンプル電池の結果を併せて表示した。
【0072】
図9から明らかなように、Na置換率が9.0%であるリグニンスルフォン酸(リグニンS)を単独で添加した負極板を使用した場合、いずれの添加量においてもNa置換率が0.6%のリグニンスルフォン酸添加のもの(実験1のX系列のサンプル電池)とほぼ同程度の低温高率放電時間を発揮し、0.2部以上の添加で大きな効果を示した。
またリグニンSと、その官能基の電離可能な陽イオン部分の大部分がNaに占められるリグニンスルフォン酸(この実験の場合、リグニンY)との混合物を添加すると、その添加量の合計にしたがって低温高率放電時間が延長し、リグニンSの添加量が同じサンプル間では、リグニンYをも添加したサンプルの方がより長い低温高率放電時間を発揮した。例えばリグニンSのみを0.6%添加したD60と、リグニンS0.6%とリグニンY0.1%とを添加したD61とを比較すると、後者の低温高率放電時間がより長いことが判る。
【0073】
次に、各サンプル電池の充電受入電流を測定し、その結果を図10、図11に示す。
なお、図10、図11でも、表4の縦の列の各ロットを表示する際に、リグニンYの添加量を特徴付けるために図9と同様の表記を採っている。
【0074】
図10、図11から明らかなように、各サンプル電池の充電受入電流は、リグニンスルフォン酸総添加量の増加に伴い低下する傾向であり、一部のサンプル電池の充電受入電流は規格値と同じか若干上回る程度であった。
【0075】
そこでリグニン添加量の上限を決めるために、これらのデ−タを基に、実験3と同様にQ値を算出した。
【0076】
ここで、充電受入電流の各サンプル電池の測定値は、正規分布に従うと仮定できるから、このQ値は、各内容の電池を量産した場合に、各内容の電池の充電受入電流値が規格値4.0Aを下まわる確率に対応する。その確率を工業生産上問題がないと判断される0.3%以下にするには、Q値が2.75以上の物を選択すると良い。
表4より、本実験でこの条件に合致するリグニンスルフォン酸の組み合わせは、リグニンS単独の場合は、その添加量が0.6部以下の負極板、リグニンYとの混合使用の場合にはリグニンSの添加量が0.6部以下で、かつ総添加量が0.7部以下の負極板を使用する場合である。
【0077】
以上の結果と、さらに実験3の結果とから、電離可能な陽イオン部分の大部分が、より好ましくは91%以上が、プロトンに占められるリグニンスルォン酸を単独で添加する場合、充電受入電流を低下させることなく、低温高率放電時間の延長の効果が顕著に発揮されるより好ましい添加量の範囲は、0.2部以上、0.6部以下である。
また、その官能基の電離可能な陽イオン部分の91%以上がプロトンに占められるリグニンスルォン酸と、その官能基の電離可能な陽イオン部分の大部分がNaに占められるリグニンスルフォン酸との混合物を鉛蓄電池の負極板に添加する場合に、該電池の充電受入電流を低下させず、かつその低温高率放電時間が、電離可能な陽イオン部分の大部分がプロトンに占められるリグニンスルォン酸のみを添加する場合よりもさらに延長させられる場合があり、それは電離可能な陽イオン部分の91%以上がプロトンに占められるリグニンスルォン酸の添加量が0.2部以上、0.6部以下で、かつリグニンスルフォン酸の総添加量が0.7部以下の場合である。
【0078】
なお実験4では、その官能基の電離可能な陽イオン部分の大部分がNaに占められるリグニンスルフォン酸として、そのNa置換率が80.5%であるリグニンYを使用したが、本発明の請求項3はこの場合に限定されるものではなく、同程度のNa置換率を持つリグニンスルフォン酸であれば本発明の効果が発揮されることは容易に推測される。
【0079】
以上の実験から本発明の効果を説明したように、本発明によれば、鉛蓄電池の低温高率放電性能を劣化させずに比較的短時間の電槽化成を行うことが可能となり、工業上顕著な効果を奏するものである。
【符号の説明】
【0080】
1 正極端子
2 負極端子
3 第3セル
4 第4セル
5 ストラップ
6 極群
7 電槽
8 熱電対

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化鉛粉末または酸化鉛と金属鉛との混合物の粉末を主成分とし、リグニンスルフォン酸を含む負極板において、
前記リグニンスルフォン酸の一部または全部が、保持する官能基の酸性水溶液またはアルカリ性水溶液中で電離可能な陽イオン部分の大部分がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸であることを特徴とする鉛蓄電池用負極板。
【請求項2】
前記リグニンスルフォン酸が、前記陽イオン部分の91%以上がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸であることを特徴とする請求項1に記載の鉛蓄電池用負極板。
【請求項3】
前記主成分たる酸化鉛粉末または酸化鉛と金属鉛との混合物の粉末100部に対して、前記陽イオン部分の91%以上がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸を0.2部以上、0.6部以下含み、
かつ前記陽イオン部分の91%以上がプロトンに置換されたリグニンスルフォン酸と、前記陽イオン部分の大部分が金属イオンに置換されたリグニンスルフォン酸との合計の添加量が0.2部以上、0.7部以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の鉛蓄電池用負極板。
【請求項4】
負極板に請求項1から3のいずれか1項に記載の負極板を用いた鉛蓄電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−25942(P2013−25942A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−158102(P2011−158102)
【出願日】平成23年7月19日(2011.7.19)
【出願人】(507151526)株式会社GSユアサ (375)
【Fターム(参考)】