説明

鉛蓄電池用正極板及びこの正極板を用いた鉛蓄電池

【課題】初期から高容量を維持することに優れ、長寿命でもあることに寄与する鉛蓄電池用正極板及びこの正極板を用いた鉛蓄電池を提供する。
【解決手段】格子体に活物質を保持した正極板について、前記活物質が次の物性値を有するものとする。すなわち、充電状態の活物質層の一方側から他方側へ0.05MPaの圧力差をつけて水を通したとき、厚み5mmで面積25mm当りの水100ミリリットルの透過時間が1〜10分の範囲にあるものとする。好ましくは、前記活物質は、四塩基性硫酸鉛を含む鉛粉から調製される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛蓄電池用正極板及びこの正極板を用いた鉛蓄電池に関する。
【背景技術】
【0002】
制御弁式鉛蓄電池は、安価で信頼性が高いという特徴を有するため、無停電電源装置等の非常用電源設備や電力貯蔵用として使用されている。制御弁式鉛蓄電池に用いる正極板は、鉛合金製の格子体に、ペースト状活物質を充填し熟成・乾燥したペースト式正極板が一般的に使用されている。
ペースト状活物質は、鉛と鉛酸化物を主体とし、塩基性硫酸鉛を含む鉛粉を希硫酸及び水で混練しペースト状に調製したものであり、その用途に応じて必要な処方が採られている。
鉛蓄電池に対する要求は、高容量と長寿命に関するものが多く、例えば、特許文献1には、格子体にペースト状活物質を充填した後、ペースト式正極板を作製するにあたり、1次放置、2次放置という2段階の熟成・乾燥を行なうことが記載されている。
また、特許文献2には、ペースト式正極板に占める格子体の体積を15〜30体積%とすることで、長寿命化を図ることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3659111号公報
【特許文献2】特許第4433593号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ペースト式正極板を用いた鉛蓄電池は、高容量化と長寿命化が強く要求されている。しかしながら、一般的に、この両者は相反する関係となっている。
すなわち、鉛蓄電池を高容量化するには、正極板の活物質層の多孔度を高くする手法が有効である。しかし、前記多孔度を高くすると、活物質の構造体としての強度が低下して、活物質の格子体への密着力が弱くなり、結果として、格子体から活物質が脱落し易くなり、寿命が短くなるという問題点がある。
特に、充放電を繰り返し行なうサイクル用途においては、活物質自体の劣化により活物質の脱落が生じ、トリクル用途においては、活物質の格子体への密着力の低下、あるいは活物質と格子体の間の電気的導電パス減少の問題が生じ、容量低下を生じる問題があった。
それ故、単純にペースト式極板の熟成・乾燥の条件を決めるだけではなく、活物質の構造、ペースト状活物質の仕様を組み合わせ、必要に応じて、格子体の組成についても限定することで、要求された容量と寿命の特性を満足するように努めていた。
それでも、特許文献1に示したような、熟成・乾燥の工程で活物質中に四塩基性硫酸鉛又は三塩基性硫酸鉛を生成させる手法では、十分な特性が得られない場合があった。
本発明は、初期から高容量を維持することに優れ、長寿命でもあることに寄与する鉛蓄電池用正極板及びこの正極板を用いた鉛蓄電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る鉛蓄電池用正極板は、格子体に活物質を充填した正極板であって、前記活物質は次の物性値を有するものである。
すなわち、充電状態の活物質層の一方側から他方側へ0.05MPaの圧力差をつけて水を通したとき、厚み5mmで面積25mm当りの水100ミリリットルの透過時間が1〜10分の範囲にあることを特徴とする(請求項1)。
好ましくは、前記活物質は、四塩基性硫酸鉛を含む鉛粉から調製されている(請求項2)。
また、本発明に係る鉛蓄電池は、上記のいずれかの正極板を用いたものである(請求項3)。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、充電状態の正極活物質を水が透過する時間について上記の範囲に設定したことにより、活物質粒子間の隙間を適切に確保でき、その隙間に電解液が充分に拡散されることにより、初期状態から高容量を維持することができる。そして、活物質粒子相互間の結合も強いものとなるので、耐久性に優れ長寿命の鉛蓄電池とすることができる。
また、前記活物質が、四塩基性硫酸鉛を含む鉛粉から調整されるときは、活物質中の結晶粒子の成長速度と大きさを制御し易くなり、所定の透過時間を有する活物質の熟成条件を単純に、しかも、熟成時間を短くすることが容易にできる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】本発明において正極活物質を水が透過する時間を測定する試験装置の概略図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
<格子体>
本発明において用いる格子体は、鋳造方式、エキスパンド方式のいずれも使用することができ、後述する活物質を保持することができるものであれば、特に制限されるものではない。
格子体は、鉛を主原料とし、これに合金成分として、カルシウム、錫、アルミニウム等を添加することができ、中でも、カルシウム及び錫の両方を添加することが好ましい。カルシウムを添加することにより、自己放電を抑えることができる。一方、カルシウムを添加すると格子体の腐食が起こりやすくなるが、錫の添加によりこれを抑制することができる。
カルシウムの添加量は特に制限されるものではないが、錫を多く添加すると、金属組織の結晶粒界に錫が偏在して応力腐食に起因する粒界腐食が進行し、併せて、格子体と活物質の密着力が低下して短寿命となりやすいことが知られており、カルシウムの添加量を0.05〜0.11質量%の範囲とし、錫の添加量を1.1〜2.4質量%の範囲とすることが好ましい。
【0009】
<正極活物質>
本発明において用いる正極活物質は、充電状態の活物質層の一方側から他方側へ0.05MPaの圧力差をつけて水を通したとき、厚み5mmで面積25mm当りの水100ミリリットルの透過時間が1〜10分の範囲とする。
これまで、活物質の物性を決める指標として、活物質密度、最大粒径、平均孔径等のパラメータが多用されており、これらのパラメータを夫々に制御するだけでは、目標とする活物質の特性を得ることができなかった。しかし、活物質の物性を水の透過時間によって把握し、透過時間を限定することで目的とする性能を発揮できることがわかった。水の透過時間、すなわち、活物質の水透過抵抗は、活物質層に形成されている細孔の径と細孔の容積に依存するパラメータである。
【0010】
本発明に用いる正極活物質は、四塩基性硫酸鉛を含む鉛粉から調製されていることが好ましい。
より詳細に述べると、金属鉛と酸化鉛を主成分とする鉛粉、あるいは、必要に応じて鉛丹を含む鉛粉を、水、希硫酸を加えて練り合わせると、三塩基性硫酸鉛と酸化鉛を主成分とするペースト状活物質を調製できる。これを格子体に充填した後、熟成・乾燥の工程を経て、未化成の正極板とする。このとき、正極活物質が四塩基性硫酸鉛を含む鉛粉から調製されていると、活物質が所定の物性値(透過時間)をもつ正極板とするために必要な熟成工程と電槽化成工程の時間を短縮することができる。正極活物質が四塩基性硫酸鉛を含む鉛粉から調製されない場合、活物質が所定の物性値(透過時間)をもつ正極板とするためには、熟成時間が7倍、電槽化成時間が2倍長くなると見込まれる。
【0011】
<透過時間>
本発明において特定している透過時間は、例えば、図1示す試験装置を用いて測定できる。
試験装置1は、ブフナーロート2とこのブフナーロート2内を真空引きするための真空ポンプ3との間に、ブフナーロート2に近い側から、圧力ゲージ4、圧力調整弁5、コールドトラップ6が直列に接続されている。
5mm×5mm×5mmの正極活物質試料を準備し、直径:40mm、厚み:5mmのプレート中央に穿った穴に前記試料を周囲が穴壁に密着するようにブフナーロート2の頂部に設置し固定する。真空ポンプ3を可動させて、ブフナーロート2の内圧を圧力調整弁5にて微調整し、圧力ゲージ4にてゲージ圧が0.05MPaとなるように(大気圧より0.05MPa低くなるように)調整する。ブフナーロート2の頂部には、大気に通じた投入口7が設けられており、ここに100ミリリットルのイオン交換水を投入し、100ミリリットル全量が正極活物質試料を通過する透過時間を測定する。
コールドトラップ6は、水分等が真空ポンプにまで至らないよう捕捉するために用いている。
【実施例】
【0012】
以下、本発明の実施例について、詳細に述べる。
<格子体の作製>
鉛−カルシウム−錫合金(カルシウム:0.08質量%、錫:1.5質量%、残部は実質鉛)からなる長辺:300mm、短辺:200mmの正極用格子体を鋳造した。
【0013】
<正極用ペースト状活物質の調製>
一酸化鉛を75質量%含む鉛粉(90質量部)に、40質量%希硫酸(10質量部)と、適量の水を加えて混練し、正極用ペースト状活物質Aを調製した。
また、上記鉛粉の2.5質量%を四塩基性硫酸鉛で置換する以外は上記と同様にして、正極用ペースト状活物質Bを調製した。
いずれの処方も、正極用ペースト状活物質の水分量は11質量%であり、同密度は5.0g/cmである。
【0014】
<正極板の作製>
前述した格子体に対し、前述したペースト状活物質A又はBを充填して、透過時間の物性が異なる正極活物質を得るために、以下の各種熟成条件にて正極板を作製した。
(条件:イ)
温度:35℃、相対湿度:90%以上、時間:24時間
(条件:ロ)
温度:35℃、相対湿度:90%以上、時間:168時間
(条件:ハ)
温度:80℃、相対湿度:95%以上、時間:6時間であり、その後、温度:60℃、相対湿度:95%以上、時間:18時間熟成し、更に、温度:80℃、相対湿度:40%、時間:48時間にて乾燥。
【0015】
<鉛蓄電池の作製>
作製した正極板2枚と常用されている負極板3枚とを、ガラス繊維製のリテーナを介して1枚ずつ交互に積層し、同極性極板同士の耳にストラップを溶接して極板群を作製した。
前記負極板は、一酸化鉛を75質量%含む鉛粉に0.3質量%のカーボンブラックを添加し、その90質量部に、40質量%希硫酸(10質量部)、水及び負極添加剤を加えて混練した負極用ペースト状活物質を、長辺:300mm、短辺:200mmの格子体に充填し得たものである。
上記極板群を電槽に収容し蓋をして電解液を注入し、透過時間の物性が異なる正極活物質を得るために、以下の各種条件にて電槽化成を行なった。
(化成条件:a)
課電量:理論容量の280%、化成時間:100時間
(化成条件:b)
課電量:理論容量の280%、化成時間:50時間
(化成条件:c)
課電量:理論容量の280%、化成時間:25時間
(化成条件:d)
課電量:理論容量の200%、化成時間:100時間
表1に示した正極用ペースト状活物質の種類と熟成条件と化成条件の組合せにより、正極活物質を水が透過する時間の異なる鉛蓄電池1〜7を用意した。表1には、各鉛蓄電池の初期容量及びサイクル寿命の試験結果の相対比較値(鉛蓄電池4を100とする)を併せて示す。
初期容量は、10Aにて放電を行ない、電池電圧が1.85Vに低下するまでの容量を求める。前記放電後の回復充電は、2.45V−制限電流10Aにて24時間行なう。この放電・充電を1サイクルとして2サイクル繰り返す。この放電試験は、「JIS C 8704−2−01」に準拠するものである。
透過時間の測定は、上記の放電・充電を2サイクル繰り返した後に鉛蓄電池を解体して正極板を取り出し、正極活物質を採取して水洗・乾燥した試料を用いる。
サイクル寿命は、上記の放電・充電を2サイクル繰り返し後、16Aにて3時間放電と2.4V−制限電流20Aにて8時間の充電、そして、1時間休止することを1サイクルとし、100サイクル毎に10A放電にて容量確認を行ない、初期容量の80%に達した時点を寿命として、それまでのサイクル数をカウントする。
【0016】
【表1】

【0017】
表1の結果から、透過時間が1〜10分である鉛蓄電池1〜4及び7(本発明に係る実施例)では、初期容量相対値が100以上の良好な性能を示すことが分かる。一方、透過時間が1〜10分の範囲以外の鉛蓄電池5及び6では、初期容量相対値が100を下回った結果となっている。より詳細には、鉛蓄電池5は、透過時間が0.5分であり、正極板の電解液保持性が劣るため、正極板活物質と電解液との接触時間が充分に確保できなくなることにより、活物質の反応が充分に行われず初期容量が低下する。鉛蓄電池6は、透過時間が12分であり、正極板の電解液保持性は良好であるものの、電解液が充分に拡散されず、容量が低くなる。
【0018】
また、表1の結果から、透過時間が1〜10分である鉛蓄電池1〜4及び7(本発明に係る実施例)では、サイクル寿命相対値が100以上の良好な性能を示すことが分かる。一方、透過時間が1〜10分の範囲外の鉛蓄電池5及び6では、サイクル寿命相対値が100を下回った結果となっている。より詳細には、鉛蓄電池5は、透過時間が0.5分であり、正極活物質の多孔度が大きく、穴径が大きいため正極板の電解液保持性が劣り、単位体積当りの電気パスが相対的に少ないため、活物質が充分放電する前に電気パスを喪失し易く、その結果、電荷が移動し難くなるため、活物質と格子体の界面に酸化鉛を主成分とする抵抗層が生成し、放電サイクルが進むにつれ電気抵抗が急速に上昇して容量が低下し、著しいサイクル劣化につながる。鉛蓄電池6は、透過時間が12分であり、正極板の電解液の保持性は良好であるものの、電解液が充分に拡散されず、充電不足になり易くサイクル特性が低下する。
【0019】
さらに、正極活物質が四塩基性硫酸鉛を含む鉛粉から調製されている場合(鉛蓄電池7)、同等の透過時間をもつ鉛蓄電池1よりも、熟成条件を単純にし、しかも熟成時間を短くすることができ、電槽化成時間も短くすることができる。
【符号の説明】
【0020】
1…試験装置
2…ブフナーロート
3…真空ポンプ
4…圧力ゲージ
5…圧力調整弁
6…コールドトラップ
7…投入口、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
格子体に活物質を充填した正極板であって、
前記活物質は、充電状態の活物質層の一方側から他方側へ0.05MPaの圧力差をつけて水を通したとき、厚み5mmで面積25mm当りの水100ミリリットルの透過時間が1〜10分の範囲にあることを特徴とする鉛蓄電池用正極板。
【請求項2】
活物質が、四塩基性硫酸鉛を含む鉛粉から調製されていることを特徴とする請求項1記載の鉛蓄電池用正極板。
【請求項3】
請求項1又は2に記載される鉛蓄電池用正極板を用いた鉛蓄電池。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2013−93121(P2013−93121A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−232864(P2011−232864)
【出願日】平成23年10月24日(2011.10.24)
【出願人】(000001203)新神戸電機株式会社 (518)
【Fターム(参考)】