説明

鉛蓄電池

【課題】H/W比の大きい高形の鉛蓄電池であっても、電解液の成層化を良好に抑制し、サイクル寿命性能に優れた鉛蓄電池を提供する。
【解決手段】電槽が、高さ方向の寸法Hと極板面と平行な幅方向の寸法Wとの比H/Wが1.7以上である内部空間が形成されたものであり、負極板が、化成後において0.016質量%以上のアンチモンを含む負極活物質を有するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電解液の成層化が抑制された、サイクル寿命性能に優れた高形の鉛蓄電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉛蓄電池は、比較的低価格でありながら安定した性能と高い信頼性とを有することから、自動車用の電池、バックアップ用の電池、フォークリフト用の電池等として広く用いられている。一般的な鉛蓄電池は、正極板と負極板とを、セパレータを介して積層又は巻回して電槽に収納し、この電槽に希硫酸を主成分とする電解液を注液することにより製造される。
【0003】
鉛蓄電池の電解液中の硫酸は、放電反応によって硫酸鉛として正・負極活物質中に析出し、充電反応によって活物質中から電解液中に放出される。このようにして、充電中に放出された硫酸は、周囲の電解液よりも比重が高いために電池の下部に蓄積するため、サイクル使用の鉛蓄電池では電池内上部の電解液比重が下部の電解液比重よりも低くなってしまう(電解液の成層化)という問題点を有する。
【0004】
特に、フォークリフト用の電池は、深放電サイクルで使用され、かつ電槽の内部空間の高さ方向の寸法が大きいため、前記問題点が顕著となる。
【0005】
H/W比(H:電槽の内部空間の高さ方向の寸法、W:電槽の内部空間の極板面と平行な幅方向の寸法)が大きい高形の電槽を備えた電池は、デッドスペースが少なく体積エネルギー密度が高いというメリットを有するが、鉛蓄電池を縦置き(正立状態)で使用する場合、電解液の成層化が生じやすい。そして、このように電解液の成層化が生じると充放電時に極板が不均一に使用されるため、正極板の劣化(硫酸鉛の蓄積、正極活物質の軟化)や負極板の劣化(硫酸鉛の蓄積)が進行し、サイクル寿命が短くなるという問題が発生する。
【0006】
このような問題に対して、従来下記(1)〜(3)の対策が講じられている。
対策(1):電解液にアンチモン化合物やニッケル化合物等を添加する(特許文献1)。
対策(2):鉛蓄電池を横置きで使用する。
対策(3):電槽内に電解液攪拌装置を取り付ける。
【0007】
しかしながら、上記の対策(1)及び(2)には、それぞれ次のような問題点がある。すなわち、対策(1)では、アンチモン化合物やニッケル化合物等の添加量は希硫酸に対する溶解度に依存するため、その最適添加量をコントロールすることが難しい。また、対策(2)は、液式(ベント形)の電池には適用できず、対策(3)は、初期費用が高い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−207004号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このため、本発明者は、負極活物質中にアンチモンを含有させることを試みたが、一般的な55D23形の鉛蓄電池(H/W比は約1.2)では成層化抑制に有効な量のアンチモンであっても、高形の鉛蓄電池では充分は成層化抑制効果が得られなかった。
【0010】
そこで本発明は、上記現状に鑑み、H/W比の大きい高形の鉛蓄電池であっても、電解液の成層化を良好に抑制し、サイクル寿命性能に優れた鉛蓄電池を提供すべく図ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、鋭意検討の結果、負極活物質中にアンチモンを含有させることによる成層化抑制効果は電槽の形状に大きく依存しており、同量のアンチモンを負極活物質中に含有させても所定のH/W比を境として成層化抑制効果には著しい相違があることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち本発明に係る鉛蓄電池は、正極板及び負極板、並びに、それらを収容する電槽を備えた鉛蓄電池であって、前記電槽は、高さ方向の寸法Hと極板面と平行な幅方向の寸法Wとの比H/Wが1.7以上である内部空間が形成されたものであり、前記負極板は、化成後において0.016質量%以上のアンチモンを含む負極活物質を有するものであることを特徴とする。
【0013】
前記負極活物質の化成後におけるアンチモン含有量の上限は、0.1質量%であることが好ましい。また、好ましいアンチモン含有量の下限は化成後において0.02質量%である。
【0014】
このような本発明に係る鉛蓄電池は、クラッド式の正極板を備えた、いわゆるクラッド式鉛蓄電池であることが好ましい。
【0015】
本発明に係る鉛蓄電池において、化成後において0.016質量%以上のアンチモンを含む負極活物質は、少なくとも負極板の高さ方向において下から1/2以内の部分に保持されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、上述した構成よりなるので、広く負極板表面からの水素ガス発生を促進し、水素ガスによる電解液の攪拌能力を効果的に向上させることによって、H/W比の大きい高形の鉛蓄電池のサイクル中における電解液の成層化を抑制し、サイクル寿命性能に優れた鉛蓄電池を提供することを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】負極活物質又は電解液のアンチモン含有量と容量保存特性との関係を示すグラフである。
【図2】電槽の高さHと幅Wとの比H/Wと、サイクル寿命性能との関係を示すグラフである。
【図3】負極活物質のアンチモン含有量とサイクル寿命性能との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明に係る鉛蓄電池の実施形態について説明する。
【0019】
本発明に係る鉛蓄電池は、例えば、二酸化鉛を活物質の主成分とする正極板と、鉛を活物質の主成分とする負極板と、これら極板の間に介在する不織布状又は多孔性のセパレータとからなる極板群を備えた液式のものであり、当該極板群が希硫酸を主成分とする電解液に浸漬されてなるものである。
【0020】
前記負極板は、Pb−Sb系合金やPb−Ca系合金等からなる格子体を備えたものであり、当該格子体にペースト状の活物質を充填することにより形成される。一方、前記正極板は、ペースト式である場合は、負極板と同様にして形成されるが、クラッド式である場合は、ガラス繊維等からなるチューブと、鉛合金の芯金との間に活物質を充填することにより形成される。これらの格子体、ガラス繊維性チューブ、正極活物質、セパレータ及び電解液としては特に限定されず、目的・用途に応じて公知のものから適宜選択して用いることができる。
【0021】
本発明は、高さ方向の寸法Hと極板面と平行な幅方向の寸法Wとの比H/Wが1.7以上である内部空間が形成された電槽を備えた高形の鉛蓄電池に係るものである。本発明者が、負極活物質中のアンチモンによる成層化抑制効果(サイクル寿命性能)と電槽の形状との関係を調べたところ、図2に示すように、H/W比で1.6〜1.7を境にして、その効果には大きな違いがあることを見出し、H/W比がこの臨界点より小さいときは成層化抑制に有効な含有量のアンチモンであっても、H/W比がこの臨界点より大きいと急激に成層化抑制効果が低下することを発見した。
【0022】
本発明に係る鉛蓄電池のH/W比は、1.7以上であればその上限は特に限定されないが、電気車用鉛蓄電池では、最大外形寸法がJIS D5303−2によって規定されており、この規格の範囲内において、高さ方向の寸法Hと極板面と平行な幅方向の寸法Wとの比H/W(外形寸法)は4.4以下となる。そして、電槽の厚さは1〜2mm程度であるので、内寸のH/W比も略4.4以下となる。また、本発明に係る鉛蓄電池は、クラッド式であっても、ペースト式であってもよいが、本発明は、高形の鉛蓄電池に適したクラッド式に好適である。
【0023】
本発明に係る鉛蓄電池の負極板は、化成後において0.016質量%以上、好ましくは0.02質量%以上、より好ましくは0.03質量%以上のアンチモンを含む負極活物質を有する。アンチモン含有量が0.016質量%未満であると、水素ガスの発生量が少なく、充分な電解液攪拌効果が得られないので、成層化を抑制することが難しい。
【0024】
一方、負極活物質中のアンチモン含有量の上限は、化成後の負極活物質中において0.1質量%であることが好ましい。アンチモン含有量が0.1質量%を超えると、自己放電の増加によりJIS D5313−1に規定された容量保存特性を満たさなくなる。
【0025】
本発明では、負極活物質中にアンチモンを含有させることにより、広く負極板の表面(電解液との接触面)から水素ガスを発生することができるので、負極板の格子体としてPb−Sb系合金を使用する場合よりも、より少ない水素ガス(すなわち、より少ない自己放電やより少ない電解液中の水の減少を意味する。)であっても、効率的に電解液を攪拌して、成層化を抑制することができる。
【0026】
負極活物質中にアンチモンを含有させるに際しては、例えば、三酸化アンチモン、四酸化アンチモン、五酸化アンチモン、硫酸アンチモン等のアンチモン化合物を負極活物質ペーストに添加することが好ましい。本発明では、負極活物質ペースト中にこれらのアンチモン化合物を直接添加することにより、負極活物質中に最適量のアンチモンを含有させることが容易となる。
【0027】
なお、前記負極活物質ペーストには、上記のアンチモン化合物及び鉛粉に加え、更に、硫酸バリウム、カーボン粉末や、必要に応じて他の添加剤を添加してもよく、これらに希硫酸を加え練膏することにより負極活物質ペーストを調製することができる。
【0028】
本発明における負極板の大きさとしては特に限定されないが、デッドスペースを減らして体積エネルギー密度を高めるために電槽の内部空間の大きさに適合するものを使用することが適当であり、例えば、電槽の内部空間の高さ方向及び幅方向の寸法の75%以上の高さ寸法及び幅寸法を有するものであることが好ましい。
【0029】
本発明における負極板は、上述のとおり、負極活物質ペーストを格子体に充填することにより製造されるが、本発明において、化成後において0.016質量%以上となるようアンチモンを含有させた負極活物質ペーストは、格子体の全面に充填してもよいが、格子体の一部に充填してもよい。例えば、負極板表面から発生する水素ガスのうち、電槽内の上部から発生した水素ガスより、下部から発生した水素ガスの方が、電解液攪拌への寄与度が高いので、少なくとも格子体の下側半分に当該負極活物質ペーストが充填されていれば、電槽の底部から発生した水素ガスによる電解液の攪拌効果を維持したまま、自己放電や電解液中の水の減少を抑制することができる。また、本発明に係る鉛蓄電池がクラッド式鉛蓄電池である場合は、水素ガスの気泡はクラッド式正極板の間隙を通過することができるので、格子体の片面だけに当該負極活物質ペーストを充填しても、電解液攪拌効果を維持しながら、自己放電や電解液中の水の減少を抑制することができる。なお、化成後において0.016質量%以上となるようアンチモンを含有させた負極活物質ペーストが負極板の一部のみに充填されている場合は、負極板の他の部分にはアンチモンを含有していない負極活物質ペーストを充填すればよい。
【0030】
本発明に係る鉛蓄電池の製造方法としては特に限定されないが、例えば、まず、常法により作製した正極板と、負極活物質中にアンチモンを含む負極板とを、セパレータを介して交互に組み合わせて未化成の極板群を作製する。次いで、当該未化成の極板群を電槽に挿入した後、極板群の溶接、セル間の接続、及び、蓋の接着を行い、端子溶接して組立てを完了してから、希硫酸を主成分とする電解液を注液し、電槽化成を行う。このようにして本発明に係る鉛蓄電池を製造することができる。
【実施例】
【0031】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0032】
<試験用電池の作製>
下記表1に示す外形寸法を有する電槽を用いて、試験に供する電気車用クラッド式鉛蓄電池(液式、2V)を作製した。なお、電槽の厚さは1〜2mm程度であるので、電槽の内部空間の寸法に代えて採寸が容易な外形寸法を用いた。試験用の各電池では、電槽の長さL及び幅Wは一定にして、高さHのみを変化させた。また、表1には各試験用電池の5HR定格容量(Ah)を示した。
【0033】
【表1】

【0034】
<容量保存特性の評価>
表1に記載のNo.4の試験用電池を用い、負極活物質中又は電解液中に含有させるアンチモン量を変えて、容量の保存特性を調べた。試験は、JIS D5303−1(保存特性)に準拠して、以下の条件下で行った。
【0035】
放置前の放電容量(30℃)は、0.2CAで放電終止電圧(F.V.)1.7Vまで放電を行い算出した。続いて、0.2CAで放電電気量の135%まで充電を行い、その後、25℃で28日間放置した。また、放置後の放電容量(30℃)は、0.2CAでF.V.1.7Vまで放電を行い算出した。
【0036】
そして、得られた放置前後の放電容量から、下記式に従い、放置前後の容量保存率(%)を算出した。
放置前後の容量保存率(%)=(放置後の0.2CA放電容量)/(放置前の0.2CA放電容量)×100
【0037】
得られた結果は表2及び図1に示した。なお、表2中及び図1中に示すアンチモン含有量(%)は、化成後の負極活物質中に含まれる金属アンチモンの含有量(質量%)である。また、放置前後の容量保存率が85%以上である場合に、JIS D5303−1に定める保存特性の規格を満たしている。
【0038】
【表2】

【0039】
得られた結果から、負極活物質中にアンチモンを含有させた場合は、アンチモンの含有量が0.1質量%以下である電池は、JIS D5303−1に定める保存特性の規格を満たしており、アンチモンの含有量が0.1質量%を超えた電池は、当該規格を満たしていなかった。また、電解液中にアンチモンを含有させた場合は、アンチモンの含有量が0.01質量%以下である電池は、JIS D5303−1に定める保存特性の規格を満たしていたが、アンチモンの含有量が0.05質量%の電池は当該規格を満たしていなかった。
【0040】
<サイクル寿命性能の評価>
表1に示す各試験用電池を用いて、JIS保存特性の規格を満たしたアンチモン含有量についてのみ、サイクル寿命試験を実施した。また、比較のために負極活物質中及び電解液中のいずれにもアンチモンを含有しない電池も作製した。
【0041】
充放電サイクル(30℃)では、0.25CAで3時間放電を行い、一方、充電は4段階で実施し、1段目は0.2CAで2.1Vまで行い、2段目は0.1CAで2.4Vまで行い、3段目は0.05CAで2.7Vまで行い、4段目は0.025CAで2時間行った。
【0042】
また、充放電サイクル100回毎に、次の条件で容量試験(30℃)を行った。すなわち、0.2CAでF.V.1.7Vまで放電を行い、続いて、0.2CAで放電電気量の135%まで充電を行った。そして、0.2CA放電容量が初期値に対して80%未満になった時点を寿命と判定した。
【0043】
得られた結果を表3及び表4並びに図2及び図3に示した。なお、各電池のサイクル寿命性能は、負極活物質中及び電解液中のいずれにもアンチモンを含有しない電池のうち、表3及び図2ではNo.1(H/W比=1.2)の電池の寿命サイクル数を、また、表4及び図3ではNo.3(H/W比=1.8)の電池の寿命サイクル数を、それぞれ100%とする相対値によって表した。
【表3】

【0044】
【表4】

【0045】
得られた結果から、負極活物質中のアンチモン含有量が0.016質量%未満(0.01質量%)であると、H/W比が1.7未満(H/W比=1.2、1.5)である場合はサイクル寿命性能は良好であったが、H/W比が1.7以上(H/W比=1.8、2.5、3.3、4.4)になると急激にサイクル寿命性能が低下した。
【0046】
また、負極活物質中のアンチモン含有量が0.016質量%以上(アンチモン含有量=0.02、0.04、0.08、0.1質量%)であると、H/W比が1.7以上である電池でもサイクル寿命性能が大幅に向上した。なお、電解液中にアンチモンを含有させた場合は、いずれの含有量でもH/W比が1.7以上である電池のサイクル寿命性能を向上することはできなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極板及び負極板、並びに、それらを収容する電槽を備えた鉛蓄電池であって、
前記電槽は、高さ方向の寸法Hと極板面と平行な幅方向の寸法Wとの比H/Wが1.7以上である内部空間が形成されたものであり、
前記負極板は、化成後において0.016質量%以上のアンチモンを含む負極活物質を有するものであることを特徴とする鉛蓄電池。
【請求項2】
前記負極活物質の化成後におけるアンチモンの含有量が0.1質量%以下である請求項1記載の鉛蓄電池。
【請求項3】
前記正極板は、クラッド式のものである請求項1又は2記載の鉛蓄電池。
【請求項4】
前記負極板は、前記負極活物質を少なくとも負極板の高さ方向において下から1/2以内の部分に有している請求項1、2又は3記載の鉛蓄電池。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2013−41757(P2013−41757A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−178229(P2011−178229)
【出願日】平成23年8月17日(2011.8.17)
【出願人】(507151526)株式会社GSユアサ (375)
【Fターム(参考)】