説明

鉛蓄電池

【構成】
鉛蓄電池は、正極格子と正極格子に充填されかつ化成済みの正極活物質とを備えた正極板、負極格子と負極格子に充填されかつ化成済みの負極活物質とを備えた負極板と、及び電解液を備えている。正極活物質は錫化合物を金属錫換算で0.5質量%以上3.0質量%以下含有し、負極活物質はカーボンブラックを0.4質量%以上2.0質量%以下含有する。
【効果】 充放電サイクルでの負極活物質の厚さ方向の収縮を防止し、充放電寿命性能を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は鉛蓄電池の活物質に関する。
【背景技術】
【0002】
発明者は、制御弁式鉛蓄電池の正極活物質中に錫化合物を含有させると、充放電サイクル寿命へどのように影響するかを検討した。その結果、
・ 正極活物質に錫化合物を含有させない場合、正極格子の腐食により寿命性能が定まる、
・ 金属錫換算で1質量%程度の錫化合物を含有させると正極格子の腐食を防止できるが、負極活物質が厚さ方向に収縮する新たな劣化モードが生じる
ことを見出した。この場合、サイクル充放電寿命試験での寿命性能は負極活物質の収縮により定まる。なお負極活物質が負極板の表面に平行な方向に沿って収縮し、負極活物質の表面にクラックが生じることは、既に知られている。しかし負極活物質が厚さ方向に収縮することは、今まで報告されていない。そして活物質の脱落等は検出できず、負極活物質の収縮と共に、負極活物質の嵩密度が増加していた。鉛蓄電池の充放電モデルによると、負極活物質の嵩密度が増加すると、細孔容積が減少し大電流での充放電が困難になる。
【0003】
ここで関連する先行技術を示す。特許文献1(JPH10-188963A)は、制御弁式鉛蓄電池の正極活物質に錫化合物を含有させると、蓄電池の放電容量が増加することを開示している。また特許文献2(JP3185508B)は、負極活物質の総理論容量が正極活物質の総理論容量よりも小さな制御弁式鉛蓄電池での、負極活物質にカーボンブラックを含有させることを開示している。特許文献2では、カーボンブラックにより負極の充電反応が酸素の還元反応よりも優先して起こるようになると共に、活物質中の硫酸鉛の周辺での導電性が向上するため、充放電サイクル寿命が向上するととしている。しかしながら何れの特許文献も、負極活物質が厚さ方向に収縮するとの課題を記載していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】JPH10-188963A
【特許文献2】JP3185508B
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この発明の基本的課題は、充放電サイクルでの負極活物質の厚さ方向の収縮を防止することにより、サイクル寿命性能を向上させた鉛蓄電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、正極格子と前記正極格子に充填されかつ化成済みの正極活物質とを備えた正極板、負極格子と前記負極格子に充填されかつ化成済みの負極活物質とを備えた負極板と、及び電解液を備えた鉛蓄電池において、
前記正極活物質は錫化合物を金属錫換算で0.5質量%以上3.0質量%以下含有し、
前記負極活物質はカーボンブラックを0.4質量%以上2.0質量%以下含有することを特徴とする。
【0007】
好ましくは、鉛蓄電池は前記正極板と前記負極板間に圧迫力が加えられている制御弁式鉛蓄電池である。なお制御弁式鉛蓄電池では、正極板と負極板との間にリティナーマット等のセパレータが設けられている。制御弁式鉛蓄電池では負極板加わる圧迫力のため、負極活物質の収縮が抑制され、サイクル寿命性能がさらに向上する。
【0008】
なお活物質量は、極板から活物質を分離し、水洗により電解液を洗い流して乾燥させることにより測定できる。錫は例えば硫酸錫(SnSO4)の形態で添加するが、水酸化第2錫(Sn(OH)4)、炭酸錫(SnCO3)等、添加形態は任意である。以下では、錫化合物の含有量を金属錫換算での値で示す。カーボンブラックは例えばアセチレンブラックであるが、ケッチェンブラック、オイルファーネスブラック等の他のカーボンブラックでも良い。
【0009】
錫化合物を含有しない正極活物質とカーボンブラックを含有しない負極活物質とを用いて、充放電サイクル寿命試験を行うと、制御弁式鉛蓄電池の場合、正極格子の腐食により寿命が定まる。ここで正極活物質に錫化合物を含有させると、正極格子の腐食は見られなくなり、充放電サイクル寿命性能が向上するが、負極活物質が厚さ方向に収縮する現象が生じる。そこで正極活物質に例えば1.0質量%の錫化合物を含有させ、負極活物質に例えば1.0質量%のカーボンブラックを含有させると、負極活物質の収縮を防止し、充放電サイクル寿命性能を向上させることができる(図3及び表3)。カーボンブラックの効果は負極活物質が厚さ方向に収縮することを防止することで(表1)、充放電サイクル試験での充電量へのカーボンブラックの影響は僅かである(図4)。従って、カーボンブラックは充電受入性を向上させることではなく、負極活物質の収縮を防止することにより、充放電サイクル寿命性能を向上させる。なお液式の鉛蓄電池の正極活物質に錫化合物を含有させても、同様に負極活物質の厚さ方向の収縮が生じるので、負極活物質へカーボンブラックを含有させることが有効である。
【0010】
負極活物質中のカーボンブラック含有量を1.0質量%に固定し、正極活物質中の錫化合物含有量を変化させると、錫化合物の含有量が0.5質量%以上5.0質量%以下で充放電サイクル寿命が増加し、錫化合物の含有量が0.5質量%以上3.0質量%以下で特に効果が高い(図1及び表3)。一方、正極活物質中の錫化合物含有量を1.0質量%に固定し、負極活物質中のカーボンブラック含有量を変化させると、カーボンブラック含有量が0.4質量%以上7.0質量%以下で充放電サイクル寿命が増加し、カーボンブラック含有量が0.4質量%以上3.0質量%以下で特に効果が高い(図2及び表3)。この発明では、錫化合物を含有する正極活物質を用いて充放電サイクルを経験させると負極活物質が厚さ方向に収縮する、との新規な課題を、負極活物質に0.4質量%以上2.0質量%以下のカーボンブラックを含有させることにより解決する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】負極活物質中のカーボンブラック含有量を1.0質量%に固定し、正極活物質中の錫化合物含有量を変化させた際の、充放電サイクル寿命試験での放電容量の推移を示す特性図で、充放電サイクル条件は、放電電流0.25CA、終止電圧1.75V、充電電圧2.25V、最大電流0.2CA、充電時間10時間である。
【図2】正極活物質中の錫化合物の含有量を1.0質量%に固定し、負極活物質中のカーボンブラック含有量を変化させた際の、充放電サイクル寿命試験での放電容量の推移を示す特性図で、充放電サイクル条件は、放電電流0.25CA、終止電圧1.75V、充電電圧2.25V、最大電流0.2CA、充電時間10時間である。
【図3】錫化合物を含有しない正極活物質とカーボンブラックを含有しない負極活物質、錫化合物を1.0質量%含有する正極活物質とカーボンブラックを含有しない負極活物質、及び錫化合物を1.0質量%含有する正極活物質とカーボンブラックを1.0質量%含有する負極活物質、の3種類の組み合わせでの、充放電サイクル寿命試験での放電容量の推移を示す特性図で、充放電サイクル条件は、放電電流0.25CA、終止電圧1.75V、充電電圧2.25V、最大電流0.2CA、充電時間10時間である。
【図4】図3の各試料での、充放電サイクル寿命試験での充電量の推移を示す特性図で、充放電寿命試験での毎回の放電量を100としたときの充電量の比率を示す。
【図5】収縮前の負極板を模式的に示す断面図
【図6】収縮後の負極板を模式的に示す断面図
【図7】負極活物質中のカーボンブラック含有量と正極活物質中の錫化合物の含有量との、サイクル寿命性能への影響を示す特性図で、蓄電池の種類は制御弁式である。
【図8】負極活物質中のカーボンブラック含有量と正極活物質中の錫化合物の含有量との、サイクル寿命性能への影響を示す特性図で、蓄電池の種類は液式である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本願発明の最適実施例を示す。本願発明の実施に際しては、当業者の常識及び先行技術の開示に従い、実施例を適宜に変更できる。
【実施例】
【0013】
カルシウム0.08質量%、錫1.0質量%、残部鉛の合金シートをエキスパンド加工し、正極格子を作製した。鉛粉100質量%と、錫化合物を金属錫換算で0〜5.0質量%含む粉体を、水と希硫酸で練膏してペーストとし、正極格子に充填し、30℃相対湿度70%で24時間熟成し、50℃相対湿度30%以下で24時間乾燥させて、未化成の正極板とした。錫は硫酸第1錫として添加したが、添加時の形態は任意である。また正極格子と鉛粉の組成及び製造方法は任意で、鉛粉には例えば鉛丹等の錫化合物以外の成分を加えても良い。含有させた錫化合物の大部分は正極活物質中に留まり、SnOあるいはSnO2等の酸化錫ないしは硫酸錫等の塩として存在するものと推定される。
【0014】
カルシウム0.08質量%、錫1.0質量%、残部鉛の合金シートをエキスパンド加工し、負極格子を作製した。鉛粉100質量%とカーボンブラックを0〜7.0質量%とリグニンを0.1質量%と、硫酸バリウムを0.5質量%と補強剤のポリプロピレン繊維を0.1質量%含む粉体を、水と希硫酸で練膏してペーストとし、負極格子に充填し、30℃相対湿度70%で24時間熟成し、50℃相対湿度30%以下で24時間乾燥させて、未化成の負極板とした。カーボンブラックは平均1次粒径が40nmのアセチレンブラックを用いたが、ケッチェンブラックあるいはオイルファーネスブラック等でも良く、平均1次粒径が1μm未満の微細なカーボンであることが重要である。また負極格子と鉛粉の組成及び製造方法は任意で、鉛粉には上記の成分以外の第3成分を加えても良い。
【0015】
正極板2枚をそれぞれガラスリテーナで包み、3枚の負極板で挟み込み、圧迫を加えながら電槽に収納し、希硫酸を加えて2.7A×40時間、電槽化成し、単セルの制御弁式鉛蓄電池とした。各鉛蓄電池の定格容量を20A・hrとした。なお一部の活物質組成について、単セルではなくセル群を直列に接続した電池を作製し、充放電サイクル寿命試験を実施したが、正極活物質中の錫化合物により負極活物質が厚さ方向に収縮すること、負極活物質へ含有させたカーボンブラックにより収縮を防止できることは、実施例と同様であった。
【0016】
各試料の鉛蓄電池を3個ずつ用い、気相中で、0.25CAで出力電圧が1.75Vへ低下するまで放電した後、2.25Vの定電圧(最大電流0.2CA)で10時間充電するサイクルを繰り返す、サイクル充放電寿命試験を行った。サイクル毎に出力電圧が1.75Vへ低下するまでの放電容量を測定し、放電容量が10A・h未満に低下すると寿命とし、またサイクル毎に2.25Vの定電圧充電時の充電量を測定した。結果は3個の蓄電池の平均値で示す。寿命到来後に、鉛蓄電池を2.25Vの定電圧(最大電流0.2CA)で10時間充電し、解体して正極板と負極板とを観察した。特に負極活物質の厚さをマイクロメータで測定し、負極活物質を負極板から分離し、水洗と乾燥後に嵩密度を測定した。正常な負極板の断面を図5に、負極活物質が収縮した負極板の断面を図6に模式的に示し、2は負極板、4は負極格子、6は負極活物質である。
【0017】
図1に、負極活物質中のカーボンブラック含有量を1.0質量%に固定した際の、正極活物質中の錫化合物の含有量の影響を示す。錫を含有しない場合充放電サイクル寿命は短く、錫化合物の含有量が1.0質量%で寿命は最大となり、0.5質量%以上5.0質量%以下の錫化合物が有効で、0.5質量%以上3.0質量%以下の錫化合物が特に好ましいことが分かる。
【0018】
図2は、正極活物質中の錫化合物含有量を1.0質量%に固定した際の、負極活物質中のカーボンブラック含有量の影響を示す。カーボンブラックを含有させることにより、充放電サイクル寿命が向上し、カーボンブラック含有量が1.0質量%で充放電サイクル寿命は最大となり、カーボンブラック含有量が1.0質量%を越えると充放電サイクル寿命は低下する。カーボンブラック含有量の最適範囲は0.4質量%以上3.0質量%以下である。
【0019】
表1に収縮後の負極活物質の厚さを示し、収縮前の厚さは共通である。カーボンブラック含有量が0%の際のデータから、収縮の原因が正極活物質中の錫化合物にあることが分かる。0.2質量%のカーボンブラックを含む負極活物質では、収縮の1/3程度を防止できるが、図2に示すように充放電サイクル寿命は不十分である。これに対して0.4質量%のカーボンブラックを含有させると、収縮の3/5程度を防止でき、充放電サイクル寿命は著しく長くなる。そして1.0質量%のカーボンブラックを含有させると、収縮の2/3程度を防止でき、充放電サイクル寿命も最長となる。カーボンブラック含有量を3.0質量%以上とすると、収縮の大部分を防止できるが、図2に示すように、3.0質量%を越えるカーボンブラックは充放電サイクル寿命を損ねる。
【0020】
【表1】

【0021】
格子から取りだした負極活物質の質量は収縮前と基本的に変わっていなかったので、負極活物質の収縮は脱落等によるものではなかった。また負極活物質の嵩密度は収縮が著しいほど高くなった(表2)。このことは、収縮により負極活物質の細孔が圧縮されて細孔容積が減少すると共に、硫酸鉛により細孔が塞がれ易くなるため、大電流での充放電が困難になることを示している。
【0022】
【表2】

【0023】
図1,図2に示した試料以外の蓄電池を含めて、正極活物質中の錫化合物と負極活物質中のカーボンブラックが、充放電サイクル寿命にどのように影響するかを表3に示す。また正極活物質中の錫も負極活物質中のカーボンブラックも含有しない蓄電池の、充放電サイクル寿命試験での放電容量の推移を図3に示す。正極活物質に錫化合物を含有させることにより寿命が増し、その反面で負極活物質の厚さ方向の収縮が始まるので、寿命を決定する因子が正極格子の腐食から負極活物質の収縮へと変化する。そして正極活物質の錫化合物に加えて、負極活物質にカーボンブラックを含有させると、寿命性能が最高となる。表3の縦軸は負極活物質中のカーボンブラック含有量を質量%単位で表し、横軸は正極活物質中の錫化合物を質量%単位で示す。表内に記載の数値は、寿命に至るまでの充放電寿命試験回数である。太枠で囲んだ範囲で、寿命性能が特に向上することが分かる。
【0024】
【表3】

【0025】
図4は充放電サイクル寿命試験での充電量の推移を示し、充放電サイクル寿命試験の間、充電量はほぼ一定である。このことは、カーボンブラックの効果が充電受入性に関連するものではなく、負極活物質の収縮の防止に関するものであることを示している。
【0026】
表3のデータをプロットして図7に示し、横軸は負極活物質中のカーボンブラック含有量、縦軸は寿命に到るまでの充放電寿命試験回数である。正極活物質中のカーボンブラック含有量が0.4質量%以上で2.0質量%以下で、かつ負極活物質中の錫含有量が金属換算で0.5質量%以上で3.0質量%以下の範囲で、寿命性能が著しく高くなることが分かる。
【0027】
実施例の鉛蓄電池は制御弁式であるが、電解液を開放した液式の鉛蓄電池でも、同様に実施できる。液式の鉛蓄電池でも、正極活物質中のカーボンブラック含有量が0.4質量%以上で2.0質量%以下で、かつ負極活物質中の錫含有量が金属換算で0.5質量%以上で3.0質量%以下の範囲で、寿命性能が著しく高くなる。液式鉛蓄電池での結果を表4と図8とに示し、電池の構成はリテイナーマットではなくポリエチレンセパレータを用い、正極板と負極板との間に圧迫を加えず、電解液が空気に開放されている点以外は、実施例と同じである。また試験条件は実施例と同じである。液式鉛蓄電池の場合も同様の結果が得られるが、制御弁式鉛蓄電池の場合に比べ効果が小さい。
【0028】
【表4】

【0029】
実施例では平均1次粒径が40nmのアセチレンブラックを用いたが、カーボンブラックの種類と平均1次粒径等は任意である。例えば平均1次粒径が同じく40nmのケッチェンブラック(1質量%)でも同様に、負極活物質の厚さ方向の収縮を防止でき、また平均1次粒径が100nmのアセチレンブラック(1質量%)でも負極活物質の厚さ方向の収縮を防止できた。実施例では制御弁式鉛蓄電池を示したが、液式の鉛蓄電池でも良い。即ち、液式の鉛蓄電池でも、正極活物質に錫化合物を含有させると、充放電サイクルにより負極活物質が厚さ方向に収縮し、負極活物質にカーボンブラックを含有させることにより、負極活物質の厚さ方向の収縮を防止できる。

【符号の説明】
【0030】
2 負極板
4 負極格子
6 負極活物質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極格子と前記正極格子に充填されかつ化成済みの正極活物質とを備えた正極板、負極格子と前記負極格子に充填されかつ化成済みの負極活物質とを備えた負極板と、及び電解液を備えた鉛蓄電池において、
前記正極活物質は錫化合物を金属錫換算で0.5質量%以上3.0質量%以下含有し、
前記負極活物質はカーボンブラックを0.4質量%以上2.0質量%以下含有することを特徴とする、鉛蓄電池。
【請求項2】
前記正極板と前記負極板間に圧迫力が加えられている制御弁式鉛蓄電池であることを特徴とする、請求項1の鉛蓄電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−48082(P2013−48082A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−131681(P2012−131681)
【出願日】平成24年6月11日(2012.6.11)
【出願人】(507151526)株式会社GSユアサ (375)
【Fターム(参考)】