説明

銀シェル金ナノロッドを用いる分析方法

【課題】蛍光/化学発光法に劣らない高い感度と、再現性・定量性を示す、簡便な検出手段を提供する。
【解決手段】金ナノロッドからなるコアと銀からなるシェルとを有する、コア−シェル金属ナノ粒子、及び銀溶解性物質を用い;対象物質の存在又は量に相関して銀溶解性物質を発生させ、そして銀シェルが溶解することによる分光特性の変化を指標に、対象物質の存在及び/又は量を検出する工程を含む、物質の検出方法を提供する。また、金ナノロッドからなるコアと銀からなるシェルとを有する、コア−シェル金属ナノ粒子が固定された、酵素結合免疫吸着法(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay, ELISA)用基板を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀シェル金ナノロッドを用いる分析方法に関する。本発明の分析方法は、ELISA分析方法に適用することができる。本発明は、医療、飲食品、及びライフサイエンスの分野で有用である。
【背景技術】
【0002】
金ナノロッドは、棒状の金ナノ粒子であり、長軸方向に由来する800〜900 nm 付近(近赤外域)の光を吸収し、吸収した光を熱に変換する性質を有する。近赤外光は組織透過性が高いため、金ナノロッドはバイオイメージングのような医療技術を支える材料として期待されている(特許文献1)。
【0003】
一方コア-シェル構造を有する金属ナノ材料が知られている。この材料は、コアの形状を制御できることに加えてシェルの生成プロセスを制御することにより、より多様なサイズ・形状の金属ナノ材料を均一に作製し、幅広い分光特性を実現することが可能である。このような金属ナノ材料として、例えば、球状の金ナノ粒子からなるコアと銀からなるシェルとを有する金属ナノ材料(非特許文献1〜9)、金ナノロッドからなるコアと銀からなるシェルとを有する金属ナノ材料(非特許文献10〜17)等が報告されている。最近、本発明者らは、銀シェル生成速度を著しく向上させ、均一なシェルを付与するための新たな銀シェル金ナノロッドの製造方法について報告した(特許文献2、及び非特許文献18)。
【0004】
一方、金ナノ粒子は、抗体を標識するためにも用いられ、細胞内動態解析、免疫診断のためのイムノクロマト法に利用されている。イムノクロマト法においては、テストストリップ上のテストラインと言われる部分に測定対象と金ナノ粒子で標識された抗体が集積することによって金ナノ粒子が発色し、測定対象を検出する。イムノクロマト法は、現在、インフルエンザや妊娠の迅速診断キットとして利用されているが、この方法は、一般に感度が悪く、測定できる対象が限られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009-240586号公報
【特許文献2】WO2009/096569
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】R. G. Freeman, M. B. Hommer, K. C. Grabar, M. A. Jackson, M. J. Natan, J. Phys. Chem. 1996, 100, 718
【非特許文献2】J.-P. Abid, H. H. Girault, P. F. Brevet, Chem. Commun. 2001, 829
【非特許文献3】J. H. Hodak, A. Henglein, M. Giersig, G. V. Hartland, J. Phys. Chem. B 2000, 104, 11708
【非特許文献4】K. Mallik, M. Mandal, N. Pradhan, T. Pal, Nano Lett. 2001, 1, 319
【非特許文献5】L. Lu, H. Wang, Y. Zhou, S. Xi, H. Zhang, J. Hub, B. Zhao, Chem. Commun. 2002, 144
【非特許文献6】P. R. Selvakannan, A. Swami, D. Srisathiyanarayanan, P. S. Shirude, R. Pasricha, A. B. Mandale, M. Sastry, Langmuir 2004, 20, 7825
【非特許文献7】C. Xue, J. E. Millstone, S. Li, C. A. Mirkin, Angew. Chem. 2007, 119, 8588
【非特許文献8】M. Tsuji, N. Miyamae, S. Lim, K. Kimura, X. Zhang, S. Hikino, M. Nishio, Cryst. Growth Design 2006, 6, 1801
【非特許文献9】F.-R. Fan, D.-Y. Liu, Y.-F. Wu, S. Duan, Z.-X. Xie, Z.-Y. Jiang, Z.-Q. Tian, J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 6949
【非特許文献10】C. S. Ah, S. D. Hong, D.-J. Jang, J. Phys. Chem. B 2001, 105, 7871
【非特許文献11】C.-C. Huang, Z. Yang, H.-T. Chang, Langmuir 2004, 20, 6089
【非特許文献12】M. Liu, P. Guyot-Sionnest, J. Phys. Chem. B 2004, 108, 5882
【非特許文献13】Y.-F. Huang, Y.-W. Lin, H.-T. Chang, Nanotechnology 2006, 17, 4885
【非特許文献14】Z. Yang, H.-T. Chang, Nanotechnology 2006, 17, 2304
【非特許文献15】J. H. Song, F. Kim, D. Kim, P. Yang, Chem. Eur. J. 2005, 11, 910
【非特許文献16】Y. Xiang, X. Wu, D. Liu, Z. Li, W. Chu, L. Feng, K. Zhang, W. Zhou, S. Xie, Langmuir 2008, 24, 3465
【非特許文献17】K. Park, R. A. Vaia, Adv. Mater. 2008, 20, 3882
【非特許文献18】Y. Okuno, K. Nishioka, A. Kiya, N. Nakashima, A. Ishibashi, Y. Niidome, Nanoscale, 2010, 2, 1489
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ウェスタンブロッティング法やELISA法など、高感度な免疫定量を必要とする場合には、蛍光や化学発光を検出のために利用することが多い。蛍光は退色や消光によって定量性が損なわれることがあり、また化学発光によれば極めて高感度な検出が可能ではあるものの、発光強度の時間依存性が大きく、定量性が蛍光法よりも劣る。そのため、蛍光/化学発光法に劣らない高い感度と、再現性・定量性を示す、簡便な検出手段の開発が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、金ナノ粒子、及び金ナノロッドを用いた分析方法の開発を試みてきた。銀は、溶液中ではどちらかというと不安定な金属であり、酸化剤によって比較的容易に溶解する。そして、銀シェル金ナノロッドの銀シェルを溶解させると、銀シェルに特徴的な表面プラズモンバンドは失われ、近赤外域に金ナノロッドに由来する表面プラズモンバンドが観察されるようになる。そこで本発明者らは、銀シェル金ナノロッドが1011オーダーのモル吸光係数を有するのに対して、金ナノロッドのモル吸光係数は1010オーダーであるという吸収強度の大きな差に着目した。銀シェルの溶解は消失スペクトルの変化として定量可能である。吸光度の測定は安価な装置で再現性良く行えるため、現在一般的に用いられている発色試薬や化学発光を利用した検出法に代替する新しい抗体定量法として期待される。下に、本発明の概念図を示す。
【0009】
【化1】

【0010】
本発明者らは、グルコースオキシダーゼ(GOD)酵素反応で発生する過酸化水素で、銀シェルを溶解させ、銀シェル金ナノロッドと金ナノロッドとの分光特性の差異を評価してみた。その結果、銀シェルの表面プラズモンバンドの消失係数は非常に大きく、検出に用いるとすると、蛍光法に匹敵する高い検出感度が実現できることを見出した。また、過酸化水素を分解する酵素、ペルオキシダーゼを基板表面に固定し、このペルオキシダーゼよって溶液中に添加した過酸化水素を分解し、銀シェルの溶解を抑制することに成功した。そして基板に固定した銀シェルが溶解しないことによって、銀シェル金ナノロッドに特異な表面プラズモンバンドが維持され、これを検出に用いるとすると、蛍光法に匹敵する高い検出感度が実現できることも見いだし、本発明を完成した。
【0011】
本発明は、以下を提供する:
[1] 銀からなるシェルと金ナノロッドからなるコアとを有する、銀シェル金ナノロッド、及び 銀溶解性物質を用い;対象物質の存在又は量に相関して、銀溶解性物質を発生させ又は銀溶解性物質を消失させ、そして銀シェルの溶解に関連する粒子の分光特性の変化の有無又は程度を指標に、対象物質の存在及び/又は量を検出する工程を含む、物質の検出方法。
[2] 銀溶解性物質が、過酸化水素、酸素、アンモニア、アミン化合物、又はシアン化合物である、[1]に記載の方法。
[3] 対象物質の存在又は量に相関して銀溶解性物質を発生させる工程を含み、銀溶解性物質が過酸化水素であり、過酸化水素の発生が、グルコースオキシダーゼによるものである、[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 対象物質の存在又は量に相関して銀溶解性物質を消失させる工程を含み、銀溶解性物質が過酸化水素であり、過酸化水素の消失がペルオキシダーゼ又はカタラーゼによるものである、[1]又は[2]に記載の方法。
[5] 銀シェル金ナノロッドが、基板に固定されている、[1]〜[4]のいずれか一に記載の方法。
[6] 指標とする分光特性の変化の有無又は程度が、500〜700 nmに見られるプラズモンピークのいずれか、500〜700nmから選択されるいずれかの波長における吸光度、850〜950 nmに見られるプラズモンピークのいずれか、又は850〜950 nmから選択される何れかの波長における吸光度に係るものである、[1]〜[5]のいずれか一に記載の方法。
[7] 銀シェル金ナノロッドが、直径15〜40 nm、長さ60〜80 nmである、[1]〜[6]のいずれか一に記載の方法。
[8] 金ナノロッドが、直径5〜20 nm、長さ20〜100 nmである、[7]に記載の方法。
[9] 金ナノロッドからなるコアと銀からなるシェルとを有する、銀シェル金ナノロッドが固定された、酵素結合免疫吸着アッセイ (Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay, ELISA) 法用基板。
【発明の効果】
【0012】
本発明の特定の態様においては、10-16 molの抗原を、約17分の酵素反応で0.1の吸光係数変化として検出することが期待できる。
【0013】
金ナノロッドの形状を直径10 nm長さ50 nmと仮定すると、これを1 nmの銀シェルで覆う場合には105個の銀原子が必要である(下図)。1 mol の過酸化水素は10-5 molの銀シェル金ナノロッドの銀シェルを溶解できる。銀シェル金ナノロッドのプラズモンピークは400〜800 nmの間に存在し、銀シェル金ナノロッドの粒子あたりの消失係数は1011〜1012 M-1cm-1と非常に大きい。金ナノロッドのプラズモンピークは900 nm付近で1010程度である。したがって、銀シェルの溶解は400〜800 nmのプラズモンピークの消失として観察される。すなわち、1 Mの過酸化水素は銀シェル金ナノロッド分散液の消失係数を106-107 M-1 cm-1減少させることができる。これはポルフィリンの全吸光係数に匹敵する大きさである。たとえば、5 mm × 5 mmのガラス表面に吸光度0.1 になるように銀シェル金ナノロッドを固定すると、必要な銀シェル金ナノロッドは2.5 × 10-16 molである。銀シェル金ナノロッド1個に1つの抗原が固定化されたとして、105個の銀原子からなる銀シェルを全て溶解できる過酸化水素を得るには、GODが105回Turn Overする必要がある。GODのTurn Over Frequencyを100と仮定すると、銀シェルの溶解に必要な時間は1000秒=16.7分である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】過酸化水素添加後30分における銀シェル金ナノロッドの消失スペクトル変化。 水中での長軸由来ピーク位置はそれぞれ、(a) 625, (b) 631, (c) 641, (d) 652 nmである。
【図2】左、過酸化水素存在下の銀シェル金ナノロッドの長軸由来ピークにおける吸光度変化。右、過酸化水素存在下の銀シェル金ナノロッドの900 nmにおける吸光度変化。
【図3】過酸化水素存在下の銀シェル金ナノロッドの消失スペクトル変化。
【図4】GOD反応により誘導される、過酸化水素添加後30分における銀シェル金ナノロッドの消失スペクトル変化。ZGOD = (a) 10, (b) 30, (c) 50, (d) 70, (e) 90(μL)
【図5】GOD溶液添加前(左)又は後(右)の銀シェル金ナノロッド分散液の写真。
【図6】左、GOD反応により誘導される銀シェル金ナノロッドの吸光度変化。右、GOD存在下、648 nmでの銀シェル金ナノロッドのプラズモンバンドの変化率。
【図7】CTAC 溶液又はPSS溶液中での銀シェル金ナノロッドの消失スペクトル変化。
【図8】左、銀シェル金ナノロッドが固定されたガラス基板の写真。右、ガラス基板上又は溶液中の銀シェル金ナノロッドの消失スペクトル変化。
【図9】ガラス基板上の銀シェル金ナノロッドのSEM画像。
【図10】過酸化水素水に浸漬した後のガラス基板上の銀シェル金ナノロッドの消失スペクトル変化(コントロール実験)。過酸化水素水濃度:(a) 2.65、(b) 8.85 mM
【図11】水に浸漬した後のガラス基板上の銀シェル金ナノロッドの消失スペクトル変化。
【図12】GOD溶液添加前又は後のガラス基板上の銀シェル金ナノロッドの消失スペクトル変化。
【図13】ガラス基板上に固定した銀シェル金ナノロッドの消失スペクトル変化。GOD も基板上に固定した。
【図14】ガラス基板上に固定した銀シェル金ナノロッドの消失スペクトル変化(GODは固定せず)(コントロール実験)。プレートを18 時間、グルコース溶液に浸漬した。
【図15】水中(左(a))、リン酸緩衝液(右(b))中での、ガラス基板上に固定した銀シェル金ナノロッドの消失スペクトル変化。GOD も基板上に固定した。
【図16】グルコース溶液浸漬前(左)又は後(右)の銀シェル金ナノロッドを固定したガラス基板の写真。銀シェル金ナノロッドは、基板上で青色を呈する。
【図17】過酸化水素添加時の銀シェル金ナノロッド固定化基板の消失スペクトル変化。
【0015】
1サイクル毎に過酸化水素水を含む溶液に基板を20秒浸漬した。(a)HRPあり、フェノールあり (b)HRPなし、フェノールあり (c)HRPあり、フェノールなし
【図18】過酸化水素添加時の銀シェル金ナノロッドの消失ピークの強度変化。 (a)HRPあり、フェノールあり (b)HRPなし、フェノールあり (c)HRPあり、フェノールなし
【図19】過酸化水素添加時の銀シェル金ナノロッド固定化基板の消失スペクトル変化(その場測定)。(a), (c), (e):HRPなし、(b), (d), (f): HRPあり 過酸化水素濃度 (a), (b): 0.22 mM; (c), (d): 0.44 mM; (e), (f): 0.66 mM
【図20】過酸化水素添加時の銀シェル金ナノロッド固定化基板の消失スペクトル変化(その場測定、リンカー分子密度大)。(a) HRPあり フェノールあり、(b) HRPなし フェノールあり、(c) HRPあり フェノールなし、(d) HRPなし フェノールなし
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、銀からなるシェルと金ナノロッドからなるコアとを有する、銀シェル金ナノロッド、及び銀溶解性物質を用い;対象物質の存在又は量に相関して、銀溶解性物質を発生させ又は銀溶解性物質を消失させ、そして銀シェルの溶解に関連する粒子の分光特性の変化の有無又は程度を指標に、対象物質の存在及び/又は量を検出する工程を含む、物質の検出方法を提供する。以下、本発明を詳細に説明する。
【0017】
本発明において「金ナノロッド」というときは、特に記載した場合を除き、金のナノサイズの粒子であって、そのアスペクト比(短軸方向の長さに対する長軸方向の長さの比)が1よりも大きい棒状の粒子をいう。本発明において使用される金ナノロッドは、長軸方向の長さが、20nm〜300nmであり、分散安定性や形状均一性の観点から、好ましくは20nm〜190nm、より好ましくは20nm〜80nmであり、短軸方向の長さが、3nm〜20nmであり、分散安定性や形状均一性の観点から、好ましくは4nm〜200nm、より好ましくは5nm〜20nmである。典型的な例は、長軸方向の長さが50nmであり、短軸方向の長さが10nmのものである。
【0018】
本発明においては、金ナノロッドとして、市販品を用いることもできる。また、公知の方法(例えば、特開2004-292627、特開2005-97718、特開2006-169544、特開2006-118036)に従って合成することもできる。
【0019】
典型的には、に金ナノロッドは、例えば、カチオン性界面活性剤として第4級アンモニウム塩であるヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)を含有する水溶液中、金イオン(金イオン源として、例えば、塩化金酸などのハロゲン化金酸を用いる)を化学還元、電気還元、光還元などによって還元することにより、合成することが可能である。合成した金ナノロッドは、CTABの保護作用により、水中で安定に分散させることができる。
【0020】
本発明において使用される、銀シェル構造を有する、銀シェル金ナノロッドとしては、長軸方向の長さが、40nm〜320nmであり、分散安定性や形状均一性の観点から、好ましくは40nm〜160nm、より好ましくは40nm〜80nmであり、短軸方向の長さが、3nm〜20nmであり、分散安定性や形状均一性の観点から、好ましくは4nm〜200nm、より好ましくは15nm〜40nmである。典型的な例は、長軸方向の長さが60nmであり、短軸方向の長さが30nmのものである。
【0021】
本発明に用いる銀シェル金ナノロッドは、典型的には、無機銀塩および塩化物イオンを含有する金ナノロッドの水分散液中で、還元剤を用いて銀イオンを還元することにより、製造することができる。より詳細には、塩化物イオンを含有する金ナノロッドの水分散液に、還元剤を添加し、次いで塩化物イオンを含有する水溶液中に分散させた無機銀塩を添加することによる。このような製造方法のためには、前掲特許文献2を参照することができる。このような還元工程によって、銀からなるシェルを、コアとなる金ナノロッドの表面全体を覆って制御性よく形成することができる。形成されるシェルの厚さは、金ナノロッドの水分散液中の銀イオン濃度、金ナノロッドのアスペクト比、還元を行う温度等にも依存するが、通常、長軸方向において1nm〜50nm、短軸方向において1nm〜100nmである。還元工程を経た水分散液は、遠心分離やゲルろ過等の後処理に供することにより、未反応ナノロッドと銀のみからなる副生成物を分離し、目的のコア−シェル構造のもののみを単離することができる。
【0022】
本発明においては、銀溶解性物質が使用される。銀溶解性物質とは、銀シェル金ナノロッドの銀シェル部分を溶解することができる物質をいう。銀シェルは、酸化力を有する物質によって比較的容易に溶解する。
【0023】
銀溶解性物質は、過酸化水素、各種酸素、アンモニア、アミン化合物、又はシアン化合物のいずれかであり得る。本発明の一態様においては、銀溶解性物質として、過酸化水素が好適に使用される。銀溶解性物質の本発明の分析系における終濃度は、典型的には、40〜2000μMであり、好ましくは100〜1000μMとすることができる。
【0024】
本発明は、対象物質の存在又は量に相関して銀溶解性物質を発生させる工程を含むように構成してもよい。この場合、銀溶解性物質として過酸化水素を用いるのであれば、過酸化水素の発生のために、グルコースオキシダーゼ(GOD)を利用することができる。GODとしては、分析分野で汎用な、クロコウジカビ(Aspergillus niger)から得られたものを、本発明においても好適に用いることができる。GODはまた、抗体と結合させ、抗体を標識した形態として、本発明においても用いることができる。
【0025】
本発明はまた、対象物質の存在又は量に相関して銀溶解性物質を消失させる工程を含むように構成してもよい。この場合、銀溶解性物質として過酸化水素を用いるのであれば、過酸化水素の消失のために、ペルオキシダーゼ又はカタラーゼを利用することができる。本発明の好ましい態様の一つにおいては、ペルオキシダーゼ、特に西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)を用いる。は、HRPは、ELISAなどの分析方法において、標識物質として用いられている。HRPは分子量が比較的小さく、抗体に結合させて利用でき、また基板に固定するのにも適している。HRPを用いた系として本発明を構成する場合は、過酸化水素が銀シェルを溶解する速度とHRPによる過酸化水素の分解速度に留意するとよい。当業者であれば、過酸化水素の濃度を調節すること等により、両速度を適宜バランスすることができる。
【0026】
銀シェル金ナノロッドの銀シェルを溶解させると、銀シェルに特徴的な表面プラズモンバンドは失われ、近赤外域に金ナノロッドに由来する表面プラズモンバンドが観察されるようになる。すなわち銀シェルの溶解は、消失スペクトルの変化として定量可能である。
【0027】
本発明においては、指標とする分光特性の変化の有無又は程度は、用いられる銀シェル金ナノロッドのサイズにも拠るが、本明細書の実施例で用いたサイズのものを用いる場合は、典型的には500〜700 nmに見られるプラズモンピークのいずれか、500〜700nmから選択されるいずれかの波長における吸光度、850〜950 nmに見られるプラズモンピークのいずれか、又は850〜950 nmから選択される何れかの波長における吸光度に係るものとすることができる。なお、後述するように、銀シェル金ナノロッドを基板に固定した場合、ピーク位置がずれることがある。そのような場合には、典型的には460〜660 nmに見られるプラズモンピークのいずれか、460〜660nmから選択されるいずれかの波長における吸光度、810〜910 nmに見られるプラズモンピークのいずれか、又は810〜910 nmから選択される何れかの波長における吸光度に係るものとすることができる。当業者であれば、分析に適したピーク位置を適宜決定し、本発明の分析に適用することができる。適切な波長における吸光度の測定は、安価な装置で再現性良く行える。したがって、吸光度変化を指標に分析する系とした本発明の態様は、現在一般的に用いられている発色試薬や化学発光を利用した検出法に代替する新しい定量法として期待できるものである。
【0028】
本発明においては、消失ピークや吸光度の変化以外に、肉眼での色の変化を観察することにより評価可能な系としても、構成することができる。
【0029】
本発明の分析方法においては、銀シェル金ナノロッドを基板に固定して用いることができる。基板の材質は、目的の分析に支障がない限り、ガラス、樹脂、金属などの種々の中から選択しうる。
【0030】
基板への固定方法は、各種の手段を採りうる。例えば、ガラス基板をAPTES処理し、一方銀シェル金ナノロッドをPSS修飾し、そして基板をPSS修飾銀シェル金ナノロッド含有液に一晩浸漬させることにより、銀シェル金ナノロッドを基板に固定することができる。このための詳細な条件は、本明細書の実施例の項を参照することができる。この方法で得られた銀シェル金ナノロッド固定化基板は、肉眼で緑色の着色を確認することができ、また、銀シェル金ナノロッド由来の消失スペクトルが得られるが、溶液中のピークに比べて基板に固定したもののピークは40 nm程度短波長側にシフトしうる。これは銀シェル金ナノロッドの表面が、近傍の屈折率が変化するためである。
【0031】
銀シェル金ナノロッドの固定化密度は、当業者であれば、適宜設計することができる。
【0032】
基板へは、銀シェル金ナノロッドのみならず、本発明の検出を行うために必要な他の要素、例えば、銀溶解性物質を発生又は消失させるための酵素等を固定することができる。
【0033】
銀シェル金ナノロッドが固定された基板は、酵素結合免疫吸着アッセイ (Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay, ELISA) 法用の基板とすることができる。
【0034】
本発明は、銀シェル金ナノロッドを用いる分析用組成物、キット、又は製品として、構成することができる。このようなものは、検出対象、及び/又は検出手順等の情報を記載したパッケージ、ラベル、文書、及び/又はそのような情報を電子的に記録した記録媒体を含んで構成することができる。
【0035】
本発明は、各種のウイルスや腫瘍マーカーの検出のために用いることができる。ウイルスの例として、インフルエンザウイルス、新型肺炎ウイルス、狂牛病ウイルス、ロタウイルス、ノロウイルス等がある。腫瘍マーカーの例としては、PSA(前立腺特異抗原)、PIVKA-II、SP1(妊娠特異蛋白)、γ-Sm(γ-セミノプロテイン)、フェリチン、AFP(α-フェトプロテイン)、AFP-L3%(AFPレクチン分画)、BFP(塩基性フェトプロテイン)、尿中BFP、CEA(癌胎児性抗原)、乳汁中CEA、BCA225、CA 15-3、CA 19-9、CA 50、CA 54/61 (CA546)、CA 72-4、CA 125、CA 130、CA 602、CSLEX(シアリルLex抗原)、DUPAN-2(膵癌関連糖蛋白抗原)、KMO-1、NCC-ST-439、SLX(シアリルLex-i抗原)、SPan-1、STN(シアリルTn抗原)、CYFRA(サイトケラチン19フラグメント)、SCC抗原(扁平上皮癌関連抗原)、TPA(組織ポリペプチド抗原)、IAP(免疫抑制酸性蛋白)、ICTP(I型コラーゲンC-テロペプチド)、CTx(I型コラーゲン架橋C-テロペプチド)、尿中BTA(膀胱腫瘍抗原)、尿中NMP22(核マトリックスプロテイン22)、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)、ProGRP(ガストリン放出ペプチド前駆体)、カテコールアミン、HVA(ホモバニリン酸)、VMA(バニリルマンデル酸)、カルシトニン (CT)、ALP(アルカリフォスファターゼ)、PL-ALP(胎盤性ALP)、GAT(癌関連ガラクトース転移酵素)、LDH(乳酸脱水素酵素)、NSE(神経特異エノラーゼ)、PAP(前立腺酸性フォスファターゼ)、ペプシノゲン (PG) I/II比、erbB-2、
本発明の方法では、10-16 molの抗原を、約17分の酵素反応で0.1の吸光係数変化として検出することが期待できる。
【0036】
金ナノロッドの形状を直径10 nm長さ50 nmと仮定すると、これを1 nmの銀シェルで覆う場合には105個の銀原子が必要である(下図)。1 mol の過酸化水素は10-5 molの銀シェル金ナノロッドの銀シェルを溶解できる。銀シェル金ナノロッドのプラズモンピークは400〜800 nmの間に存在し、銀シェル金ナノロッドの粒子あたりの消失係数は1011〜1012 M-1cm-1と非常に大きい。金ナノロッドのプラズモンピークは900 nm付近で1010程度である。したがって、銀シェルの溶解は400〜800 nmのプラズモンピークの消失として観察される。すなわち、1 Mの過酸化水素は銀シェル金ナノロッド分散液の消失係数を106-107 M-1 cm-1減少させることができる。これはポルフィリンの全吸光係数に匹敵する大きさである。たとえば、5 mm × 5 mmのガラス表面に吸光度0.1 になるように銀シェル金ナノロッドを固定すると、必要な銀シェル金ナノロッドは2.5 × 10-16 molである。銀シェル金ナノロッド1個に1つの抗原が固定化されたとして、105個の銀原子からなる銀シェルを全て溶解できる過酸化水素を得るには、GODが105回Turn Overする必要がある。GODのTurn Over Frequencyを100と仮定すると、銀シェルの溶解に必要な時間は1000秒=16.7分である。
【0037】
【化2】

【0038】
HRPを用いた系では、過酸化水素が銀シェルを溶解する速度とHRPによる過酸化水素の分解速度がバランスする必要がある場合がある。適切な界面構造を設計することで、銀シェルの溶解を制御し、GODを用いた系と同等の検出感度が得られる。
【実施例1】
【0039】
1-1では、過酸化水素水の濃度による銀シェル溶解の挙動の違いを調べた。1-2では、銀シェル溶解に伴う消失スペクトルの経時変化を追った。1-3では、GOD酵素反応にて発生する過酸化水素による、銀シェル溶解溶液の分光特性の変化を、消失スペクトルにて評価した。
【0040】
[実験方法]
使用試薬、装置、溶液:
CTAC分散銀シェル金ナノロッド分散液(銀シェル金ナノロッドとして、直径約30nm、長さ約60nm、金ナノロッド部分は、直径約10nm、長さ約60nmを含む。特に記載した場合を除き、実施例で用いた銀シェル金ナノロッドについて、同じ。)
過酸化水素水 (30 %)(Wako 特級)
Glucose Oxidase From Aspergillus niger(GOD)(SIGMA)
D(+) - glucose(Wako)
遠心分離機(TOMY MX-300)
並列スターラー(ADVANTEC SRS266PA)
UV-Vis-NIR分光光度計(JASCO V-570)
グルコース溶液(溶媒:リン酸緩衝生理食塩水)360 mg/mL(2 M)
GOD溶液(溶媒:リン酸緩衝生理食塩水)60 μg/mL(8.178 unit/mL)
(特に示した場合を除き、下記の濃度のものを用いた。)
1-1. 過酸化水素水による銀シェル溶解の濃度依存性
銀シェル金ナノロッド分散液を遠心分離(15000 × g, 10 min, 30 ℃)し、純水に再分散させた後、さらに遠心分離(6000 × g, 7 min, 30 ℃)し、純水に再分散させた。純水分散銀シェル金ナノロッド分散液1 mLに溶液中の最終濃度がYH2O2 μMとなるように過酸化水素水を100 μLを加えた。
【0041】
1-2. 過酸化水素水による銀シェル溶解の経時変化
CTAC分散銀シェル金ナノロッド分散液を15000 × g, 10 min, 30 ℃で遠心分離し、純水で再分散しさらに6000 × g, 10 min, 30 ℃で遠心分離後、再度純水に再分散させ純水で10倍に希釈した。溶液中の過酸化水素の濃度が84 μMとなるようにして撹拌しながら25 ℃に保って 10分毎に1 cmディスポセルにて吸光度を測定した。
【0042】
1-3. 溶液中でのGOD酵素反応による銀シェル溶解
銀シェル金ナノロッド分散液を遠心分離(15000 × g, 10 min, 30 ℃)し、上澄みのCTAC溶液を取り除き、純水に再分散させた後さらに遠心分離し(6000 × g, 7 min, 30 ℃)、今度は濃厚溶液をPBSに再分散させた。PBS分散銀シェル金ナノロッド分散液を0.5 mLずつエッペンチューブにとりそれぞれに360 mg/mLのグルコース溶液を50 μLずつ入れた。60 μg/mL(8.178 unit/mL)のグルコースオキシダーゼ溶液を任意量(ZGODμL)加え、経時変化を消失スペクトルにて評価した。
【0043】
[結果]
1-1. 過酸化水素水による銀シェル溶解の濃度依存性
純水分散時の銀シェル金ナノロッドの長軸由来消失ピーク波長がそれぞれ625, 631, 641, 652 nmである純水分散銀シェル金ナノロッド分散液に、溶液中の過酸化水素の最終濃度がYH2O2= 0, 80, 160, 240, 280, 320(μM)となるようにそれぞれ過酸化水素を加え30 min静置した後の各サンプルの消失スペクトルを図1に示す。
【0044】
(a)〜(d)の四つのいずれの実験においても過酸化水素の濃度を高くすると、銀シェル金ナノロッド由来の消失ピークが減少していることがわかった。また、900 nm付近の吸光度が増大していることも確認できた。これは金ナノロッドの長軸由来の消失ピークの立ち上がりであり、銀シェル金ナノロッドの銀シェルが溶解して金ナノロッドが表れた結果であることを示している。
【0045】
また、純水分散銀シェル金ナノロッドの長軸由来の消失ピーク波長における吸光度変化と過酸化水素のモル濃度の関係、及び金ナノロッドの長軸由来の消失ピーク波長である900 nmにおける吸光度変化と過酸化水素モル濃度の関係を図2に示す。どのサンプルも過酸化水素濃度の増加と溶解が進むことがわかった。
【0046】
1-2. 過酸化水素による銀シェル溶解の経時変化
銀シェル金ナノロッド分散液中に過酸化水素水を加えた後、撹拌しながら10分毎に測定した消失スペクトルを図3に示す。
【0047】
銀シェル金ナノロッドの長軸由来の消失ピークが経時変化に伴って小さくなっていることが確認できた。
【0048】
1-3. 溶液中でのGOD酵素反応による銀シェル溶解
グルコースオキシダーゼの添加量をZGOD = 10, 30, 50, 70, 90(μL)としたときの消失スペクトル経時変化を図4に示す。1-1.で過酸化水素水を用いたときと同様に銀シェル由来のピークが減少していることがわかった。また、銀シェル溶解前後の溶液の写真を図5に示す。目視でも明らかに溶液の色が変化していることが確認できた。
【0049】
ここで、銀シェル金ナノロッドの長軸由来のピーク波長である648 nmにおける吸光度変化を示したものが図6である。いずれのGOD濃度においても、吸光度が減少していることがわかる。しかし、100 min以降の吸光度変化がほぼない。これは系中の銀イオンがGODの酵素活性を阻害し、銀シェル溶解に必要な過酸化水素が不足したためであると考えられる。
【0050】
また、648 nmにおける反応開始後一分間の吸光度変化をGODの濃度に対してプロットしたものを図7に示す。反応開始後一分間の吸光度変化がGODの濃度にほぼ比例していることがわかる。この結果は、GOD濃度を銀シェルの溶解に伴う吸光度変化によって測定できることを強く示唆している。
【実施例2】
【0051】
この実施例では、銀シェル金ナノロッドのガラス基板への固定を報告する。ガラス基板をAPTESで処理し(2-1)、PSS修飾した後純水に再分散させた銀シェル金ナノロッド分散液に浸漬させ、銀シェル金ナノロッドを基板に固定した(2-2、2-3)。またこの固定化基板を過酸化水素水に浸漬させることで銀シェルを溶解させること(2-4)、基板をグルコース及びグルコースオキシダーゼの存在する溶液中に浸漬させて、酵素反応により銀シェル溶解させること(2-5)、また基板にグルコースオキシダーゼも固定して酵素反応にて銀シェル溶解させること(2-6、下図)をそれぞれ試みた。
【0052】
【化3】

【0053】
[実験方法]
使用試薬
CTAC分散銀シェル金ナノロッド分散液
Polystyrene sulfonate, sodium salt(PSS)(Scientific Polymer Products, INC)
(Mw 70000)
アンモニア水(25 %)(Wako 特級)
過酸化水素水(30 %)(Wako 特級)
Aminopropyltriethoxysilane(APTES)(Aldrich)
2-Propanol(Aldrich 99.9%)
Poly (allylamine hydrochloride)(PAH)(Aldrich)(Mw 15000)
DE-030AS(両末端スクシンイミドPEGエステル)(日本油脂)
Glucose oxidase from Aspergillus niger(GOD)(SIGMA)
D(+) - glucose(Wako)
リン酸緩衝液
Glass Slides for MALDI Imaging(BRUKER)
調製した溶液:
PSS水溶液 2 mg/mL
PAH水溶液 1 mg/mL
DE-030AS水溶液 100 mg/mL
GOD溶液(溶媒:リン酸緩衝液) 1 mg/mL(136.3 unit/mL)
グルコース溶液(溶媒:リン酸緩衝液) 180 mg/mL(1 M)
使用した装置:
並列スターラー(ADVANTEC SRS266PA)
遠心機(TOMY MX-300)
UV-Vis-NIR分光光度計(JASCO V-570)
ゼータ電位測定(大塚電子 ELSZ-2)
走査型電子顕微鏡(SEM) (SHIMADZU SS-550)
2-1. APTES処理基板の準備
ガラス基板を9等分にカットし、アンモニア水:過酸化水素水 = 1 : 1(溶液のVolume比)とした混合液に入れ数分間沸騰させ、表面を洗浄し親水化処理を施した。0.3 mLのAminopropyltriethoxysilane (APTES) と30 mLの2-Propanolの混合液に親水化した基板を浸し、スターラーで撹拌しながら一晩反応させた。純水で洗浄後、エアーで乾燥させた。
【0054】
2-2. PSS修飾銀シェル金ナノロッドの作製
CTAC分散銀シェル金ナノロッドを15000 × g, 10 min, 30 ℃で遠心分離し、純水で再分散した後、さらに6000 × g, 10 min, 30 ℃で遠心分離した。上澄みを除き、銀シェル金ナノロッド濃厚分散液を2 mg/mLのPolystyrene sulfonate (PSS) 溶液に撹拌しながら滴下して一晩撹拌した。得られた溶液を6000 × g, 7 min, 30 ℃で遠心分離し、上澄みはさらに6000 × g, 7 min, 30 ℃で遠心した後この上澄みは除去し、二つの濃厚分散液を合わせて1 mLの純水で再分散した。この操作を一セットとして遠心条件、再分散する純水の量をそれぞれ変えさらに二セット行った。(二セット目:6000 × g, 5 min, 30 ℃、0.9 mL、三セット目:4500 × g, 5 min, 30 ℃、0.8 mL)この三セットの純水再分散操作を行った後の溶液を純水分散PSS修飾銀シェル金ナノロッド分散液とする。この溶液を消失スペクトル、ゼータ電位測定にて評価した。
【0055】
[結果]
得られた純水分散PSS修飾銀シェル金ナノロッド分散液の消失スペクトルを図7に示す。銀シェル金ナノロッドの短軸由来のピークはほぼ見えなくなっているが、残りのピークは明確に表れており、粒子が凝集せずに分散していることが確認できた。またこの溶液のゼータ電位を測定したところ、未修飾CTAC分散銀シェル金ナノロッドでは+45.6 mVであったのに対して-56.0 mVであった。このことから、CTACを界面活性剤として分散していた銀シェル金ナノロッドがPSSによって修飾され、孤立分散したことが示唆された。
【0056】
2-3. 基板への銀シェル金ナノロッド固定
2-1で作製したAPTES処理基板を2-2で調製した純水分散PSS修飾銀シェル金ナノロッド分散液に一晩浸漬させることにより、銀シェル金ナノロッドを基板に固定した(模式図を下に示す。)。浸漬後純水で洗浄しエアーで乾燥させた後、得られた基板の吸光度、ゼータ電位を測定し評価した。また基板を白金スパッタ処理した後SEM観察をおこなった。
【0057】
【化4】

【0058】
得られた銀シェル金ナノロッド固定化基板の写真、及びその消失スペクトルを図8に示す。基板に肉眼で緑色の着色を確認することができ、また、銀シェル金ナノロッド由来の消失スペクトルが得られた。また、溶液中のピークに比べて基板に固定したもののピークは40 nm程度短波長側にシフトした。これは銀シェル金ナノロッドの表面が、近傍の屈折率が変化したためである。
【0059】
また、得られた銀シェル金ナノロッド固定化基板のSEM像を図9に示す。
【0060】
基板に銀シェル金ナノロッドが固定できていることは確認できたが、銀シェル金ナノロッドは基板に疎についていることが分かった。また銀シェル金ナノロッド固定化基板のゼータ電位を測定したところ+1.18 mVとほぼニュートラルだったことからも密には付いていないことが言える。
【0061】
2-4. 固定化基板の過酸化水素水による銀シェル溶解
2-3で作製した銀シェル金ナノロッド固定化基板2枚を2.65 mM、8.85 mMの過酸化水素水にそれぞれ20秒浸漬し、純水洗浄しエアー乾燥後吸光度を測定した。それぞれの基板で吸光度変化が見られなくなるまで同様の操作を12回、7回それぞれ繰り返した。
【0062】
また、コントロール実験として過酸化水素水の代わりに純水で20秒浸漬、純水洗浄エアー乾燥後吸光度測定という操作を繰り返し行った。
【0063】
2.65 mM、8.85 mMの過酸化水素水にそれぞれ浸漬させたときの吸光度変化を図10に示す。いずれの基板においても過酸化水素水への浸漬回数を重ねるたびに銀シェル金ナノロッド由来の吸光度が小さくなっているのを確認できる。過酸化水素濃度が2.65 mMのときは途中で反応が進まなくなっているため、金ナノロッド由来と思われる吸光度の増加はわずかしか見られない。一方8.85 mMのときは銀シェルが十分に溶解した上、金ナノロッド由来の吸収ピークの増加がみられる。
過酸化水素水の代わりに純水で同様に8回浸漬操作を行ったコントロール実験の結果を図11に示す。
【0064】
浸漬回数を増やしても消失スペクトルがほとんど変化していないことから、銀シェル金ナノロッド基板は純水に浸漬させても銀シェル溶解は進行しないと言える。よって図10に示した消失スペクトルの変化は過酸化水素水による銀シェル溶解挙動によるものあることが確認できた。
【0065】
2-5. 固定化基板の溶液中でのグルコースオキシダーゼ酵素反応による銀シェル溶解
シャーレに銀シェル金ナノロッド固定化基板を置き、最終的に濃度がグルコース400 μmol、GOD 200 nmolになるようにグルコース溶液、GOD溶液を加え、2時間後に吸光度を測定した。
【0066】
銀シェル金ナノロッド固定基板のグルコースオキシダーゼ・グルコース溶液浸漬前後の消失スペクトルの変化を図12に示す。
【0067】
グルコースオキシダーゼ・グルコース溶液に浸漬させることで過酸化水素水に浸漬させたときと同様に、銀シェル金ナノロッドの長軸由来の消失ピークが減少し、900 nm付近の金ナノロッドの長軸由来の消失ピークが増大していることが確認できた。これはグルコースオキシダーゼ酵素反応によって発生した過酸化水素が基板の近傍に十分に存在したため、銀シェルが溶解したものだと考えることができる。
【0068】
2-6. 基板に固定したグルコースオキシダーゼの酵素反応による銀シェル溶解
銀シェル金ナノロッド固定化基板を1 mg/mL PAH水溶液に浸漬させ表面処理を施した。純水で洗浄しエアーで乾燥させた後、両末端にスクシンイミド基を持つPEGエステルであるDE-030AS水溶液(100 mg/mL)0.1 mL、リン酸緩衝液0.9 mLに浸漬させた。そのあと0.1 mg/mLグルコースオキシダーゼ(GOD)溶液0.5 mLを加え一晩浸漬させ基板にGODを固定した。GODを固定した基板をセミミクロセルに入れた1 Mグルコース溶液2 mLに浸漬させ、その吸光度の変化を測定した。吸光度測定は毎回、基板を純水で洗浄しエアーで乾燥させてから行った。またコントロール実験として三種類の実験を行った。PEGエステル溶液にまで浸漬させた後、GODを加えずに固定しなかった銀シェル金ナノロッド固定化基板を1 Mグルコース溶液に浸漬させて吸光度変化を測定した(コントロール1)。GODまで固定した銀シェル金ナノロッド固定化基板をグルコース溶液の代わりに純水(コントロール2)及びリン酸緩衝液(コントロール3)に浸漬させた時の吸光度変化を測定した。
【0069】
銀シェル金ナノロッド及びグルコースオキシダーゼを固定した基板をグルコースに浸漬させたときの消失スペクトル経時変化を図13に示す。また、銀シェル金ナノロッドにグルコースオキシダーゼを固定せずに同様の操作を行ったとき(コントロール1)の消失スペクトルを図14に、グルコースオキシダーゼを固定した基板を純水及びリン酸緩衝液に浸漬させたとき(コントロール2,3)の消失スペクトルを図15に示す。銀シェル金ナノロッド由来の吸収が小さくなり長軸由来の吸収ピークが長波長シフトした。また、金ナノロッド由来の吸収ピークは反応時間が長くなると大きくなり、24時間後には金ナノロッドの特徴的な消失スペクトルが見られた。
【0070】
また、GODを固定していない銀シェル金ナノロッド固定化基板をグルコース溶液に浸漬したところ、ほとんど吸光度の変化は見られなかった。銀シェル金ナノロッド固定化基板、及びリンカー分子まで固定した基板はグルコース溶液中では安定であることが分かった。同様にGODを固定した銀シェル金ナノロッド固定化基板を純水、リン酸緩衝液にそれぞれ浸漬させた場合も、吸光度変化はほとんど見られなかった。GODは基質であるグルコースの存在下でないと反応せず、過酸化水素が発生しないために銀シェルが溶解しなかったことがわかる。これらのことから、図13に示した銀シェル金ナノロッド由来のピークの減少及び金ナノロッド由来のピークの増加は固定したGOD酵素反応により発生した過酸化水素によるものであるということが言える。
【0071】
また、図16にGOD固定基板のグルコース溶液浸漬前と浸漬後(24 h後)の基板の写真を示す。肉眼でも基板の消色を確認することができる。
【実施例3】
【0072】
この実施例では、HRPの酵素反応を利用した銀シェル溶解の抑制について報告する。
【0073】
ガラス基板を実施例2と同様にAPTESで処理し、銀シェル金ナノロッドを基板に固定した。両末端スクシンイミドPEGエステルをリンカーとして用いて、この銀シェル金ナノロッド固定化基板にHRPを固定した(下図)。基質としてフェノールを用い、HRPの酵素反応によって過酸化水素を分解した。過酸化水素の分解は銀シェルの溶解を抑制する。すなわち、基板上のHRPの存在は、銀シェル金ナノロッドの分光特性変化の抑制によって検出することができる。
【0074】
【化5】

【0075】
(3-1)では各種参照実験を含めてHRPの酵素反応が銀シェルの溶解を抑制する様子を示す。さらに(3-2)ではその場測定で過酸化水素の最適濃度を明らかにし、(3-3)ではHRPの固定密度を増やすと銀シェル溶解の抑制がより効率的に行えることを見いだした。
【0076】
[実験方法]
使用試薬:
Poly (allylamine hydrochloride)(PAH) (Aldrich)
(Mw 15000)
Polystyrene sulfonate, sodium salt(PSS) (創和化学)
(Mw 70000)
DE-030AS(両末端スクシンイミドPEGエステル) (日本油脂)
Peroxidase Type II from Horseradish (HRP) (SIGMA)
Phenol(粒状) (Nacalai tesque)
過酸化水素水 (Wako 特級)
リン酸緩衝液(pH 7.6)
Micro slide glass (MATSUNAMI)
調製した溶液:
PAH溶液 1 mg/mL
PSS溶液 2 mg/mL
DE-030AS水溶液 100 mg/mL
HRP溶液 0.1 mg/mL
Phenol溶液 25 mM、50 mM
リン酸緩衝液(pH 7.6) 20 mM
3-1. HRPを用いた銀シェル溶解の抑制反応
銀シェル金ナノロッド固定化基板をPAH溶液に2時間浸漬させたのち、純水洗浄、air乾燥後PSS溶液に1時間浸漬、純水洗浄、air乾燥後さらにPAH溶液に1時間浸漬し同様に純水洗浄、air乾燥を行い、ポリマー積層を4層に増やした基板を準備した。この基板をDE-030AS溶液(両末端スクシンイミド)10 mg/mL、1 mL(in PB)に浸漬し、15分後1 mg/mL HRP水溶液0.5 mLを添加し浸漬させた。浸漬後再度洗浄、乾燥してHRP固定化基板を二枚作製した。また、コントロールとしてHRPを添加しなかった基板(リンカーのみを固定した基板)も一枚用意した。
【0077】
HRP固定基板 (Sample a)とHRPの無いコントロール基板 (Sample b) 8.82 mMの過酸化水素水100 μL、50 mMフェノール溶液0.4 mL、PB 0.6 mLを混合した溶液に20秒浸漬し、純水洗浄しエアー乾燥後吸光度を測定した。それぞれの基板で吸光度変化が見られなくなるまで同様の操作を繰り返した。また、コントロール(Sample c)としてHRPを固定した基板一枚を8.82 mM過酸化水素水100 μL、PB 1.0 mL(フェノールを含まない溶液)に浸漬させ同様の操作を行った。
【0078】
3-2.銀シェル溶解の抑制反応のその場観察と過酸化水素濃度最適化
(3-1)と同様に銀シェル金ナノロッド固定化基板をPAH溶液に2時間浸漬させたのち、純水洗浄、air乾燥後PSS溶液に1時間浸漬、純水洗浄、air乾燥後さらにPAH溶液に1時間浸漬し同様に純水洗浄、air乾燥を行い、ポリマー積層を4層に増やした基板を準備した。この基板をDE-030AS溶液(両末端スクシンイミド)10 mg/mL、1 mL(in PB)に浸漬し、15分後1 mg/mL HRP水溶液0.5 mLを添加し浸漬させた。浸漬後再度洗浄、乾燥してHRP固定化基板を作製した。また、コントロールとしてHRPを添加しなかった基板(リンカーのみ固定した基板)も用意した。
【0079】
過酸化水素の最適濃度を明らかにするために3種類の濃度で検討した。8.82 mMの過酸化水素水25、50、75 μLと50 mMフェノール溶液0.4 mL、PB 0.6 mLを混合した溶液に浸漬し、90秒ごとに繰り返し吸光度を測定した。
【0080】
3-3.HRP固定密度と銀シェル溶解の抑制反応
(3-1)と同様に銀シェル金ナノロッド固定化基板をPAH溶液に2時間浸漬させたのち、純水洗浄、air乾燥後PSS溶液に1時間浸漬、純水洗浄、air乾燥後さらにPAH溶液に1時間浸漬し同様に純水洗浄、air乾燥を行い、ポリマー積層を4層に増やした基板を準備した。この基板をDE-030AS溶液(両末端スクシンイミド)20 mg/mL、1 mL(in PB)に浸漬し、15分後1 mg/mL HRP水溶液1 mLを添加し浸漬させた。浸漬後再度洗浄、乾燥してHRP固定化基板を二枚作製した。また、コントロールとしてHRPを添加しなかった基板(リンカーのみ固定した基板)も二枚用意した。
【0081】
HRP固定基板 (Sample a)とHRPの無いコントロール基板 (Sample b)を8.82 mMの過酸化水素水75 μL、50 mMフェノール溶液0.4 mL、PB 0.6 mLを混合した溶液に浸漬し、90秒ごとに繰り返し吸光度を測定した。また、別のコントロールとしてHRP固定基板 (Sample c)とHRPの無いコントロール基板 (Sample d)を8.82 mM過酸化水素水75 μL、PB 1.0 mL(フェノールを含まない溶液)に浸漬させ同様の操作を行った
[結果]
3-1. HRPを用いた銀シェル溶解の抑制反応
ポリマー積層数を増やして作製した基板を繰り返し浸漬させた時の消失スペクトルを図17に示す。HRPとフェノールが存在する場合は銀シェルの溶解が抑制されスペクトル変化は小さい(図17(a))。一方、HRPがない場合は銀シェルの溶解が速やかに進行する(図17(b))。また、HRPが基板表面に存在していれば、銀シェルの溶解はある程度抑制されることがわかった。図18は長軸由来のピークにおける吸光度変化のプロットである。HRPとフェノールの共存によって銀シェルの溶解が抑制されることが明確に見て取れる。
【0082】
3-2.銀シェル溶解の抑制反応のその場観察と過酸化水素濃度最適化
得られたスペクトルを図19に示す。いずれの場合もHRPを基板に固定した基板((b), (d), (f))の方が、HRPの無い基板((a), (c), (e))よりもスペクトル変化が小さかった。その場測定でも明確にHRPの銀シェル溶解抑制を見て取ることができる。過酸化水素の濃度は0.66 mMのものがHRPの有無によるスペクトル変化が一番はっきりしており、0.66 mMが至適過酸化水素濃度であることがわかった。
【0083】
3-3. HRP固定密度と銀シェル溶解の抑制反応
消失スペクトル変化を図20に示す。HRPありフェノールあり(a)に比較して、HRPあるいはフェノールの無い場合のスペクトル変化は(3-1)、(3-2)と比較して明らかに大きく、HRP固定密度の増加が銀シェルの過酸化水素による溶解をより効率良く抑制することに寄与していることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀からなるシェルと金ナノロッドからなるコアとを有する、銀シェル金ナノロッド、及び
銀溶解性物質
を用い;
対象物質の存在又は量に相関して、銀溶解性物質を発生させ又は銀溶解性物質を消失させ、そして
銀シェルの溶解に関連する粒子の分光特性の変化の有無又は程度を指標に、対象物質の存在及び/又は量を検出する工程を含む、物質の検出方法。
【請求項2】
銀溶解性物質が、過酸化水素、酸素、アンモニア、アミン化合物、又はシアン化合物である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
対象物質の存在又は量に相関して銀溶解性物質を発生させる工程を含み、銀溶解性物質が過酸化水素であり、過酸化水素の発生が、グルコースオキシダーゼによるものである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
対象物質の存在又は量に相関して銀溶解性物質を消失させる工程を含み、銀溶解性物質が過酸化水素であり、過酸化水素の消失がペルオキシダーゼ又はカタラーゼによるものである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
銀シェル金ナノロッドが、基板に固定されている、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
指標とする分光特性の変化の有無又は程度が、500〜700 nmに見られるプラズモンピークのいずれか、500〜700nmから選択されるいずれかの波長における吸光度、850〜950 nmに見られるプラズモンピークのいずれか、又は850〜950 nmから選択される何れかの波長における吸光度に係るものである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
銀シェル金ナノロッドが、直径15〜40 nm、長さ60〜80 nmである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
金ナノロッドが、直径5〜20 nm、長さ20〜100 nmである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
金ナノロッドからなるコアと銀からなるシェルとを有する、銀シェル金ナノロッドが固定された、酵素結合免疫吸着アッセイ (Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay, ELISA) 法用基板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2013−57605(P2013−57605A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−196528(P2011−196528)
【出願日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】