説明

銀粉中の微量塩素の定量方法

【課題】試料の損失及び汚染を防止し、銀粉中の塩素を迅速かつ高感度に定量する方法を提供する。
【解決手段】銀粉試料を硝酸で溶解させる溶解工程(S1)と、溶解工程にて得られた溶液に所定量の臭化カリウム溶液を添加し、塩化銀を含む沈殿物を生成させる沈殿工程(S2)と、沈殿工程にて得られた沈殿物から塩素を定量する定量工程(S3)とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀粉中の微量塩素を高感度に定量する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、銀粉は、積層コンデンサの内部電極、回路基板の導体パターンなどの材料として、広く使用されている。このような銀粉には、過度な凝集の防止や加工性の向上を図るために有機物が添加される場合があり、添加された有機物と塩素が反応して有機塩化物として存在することがある。このため、銀粉中の塩素の含有量を測定し、その含有量が許容範囲内であるか否かを評価し、導体パターンなどの導電性への悪影響を防止することが重要である。
【0003】
特許文献1には、難燃性焼結体試料中の微量塩素の分析として、試料に硫酸を加え、加熱して溶解させ、この溶液に臭化カリウムと硝酸銀を加えて塩素を塩化銀として共沈させ、得られた沈殿に還元剤を加えて塩素を還元させ、イオンクロマトグラフで測定することが記載されている。
【0004】
また、非特許文献1には、銅、ニッケル地金中の微量塩素の分析として、試料に過酸化水素水と硝酸を加え、試料を分解した後、臭化カリウムと硝酸銀を加え、塩化銀として共沈させ、遠心分離後、上澄みを捨て、得られた沈殿物にチオ尿素を添加し、イオンクロマトグラフで定量する方法が記載されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、測定時に硫酸イオンの除去が必要となることがあり、また、非特許文献1に記載の技術では、過酸化水素水が空試験値を上昇させてしまうことがある。このように、銀粉試料を対象とした微量塩素の分析方法は、未だ確立されていないのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−39575号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】馬越貴大,伊藤隆雄,永井巌,「銅、ニッケル地金中の微量塩素の定量」,日本鉱業協会第40回全国鉱山製錬所現場担当者会議分析講演集,平成2年6月,p.75
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記実情に鑑みて提案されたものであり、試料の損失及び汚染を防止し、銀粉中の塩素を迅速かつ高感度に定量する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、銀粉試料を硝酸で溶解させ、この溶液に所定量の硝酸銀及び臭化カリウムを添加し、塩化物イオンを塩化銀として沈殿させることにより、銀を主成分とする紛体試料の損失及び汚染を防止し、銀粉中の塩素の定量を迅速かつ高感度に行うことができることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明に係る銀粉中の微量塩素の定量方法は、銀粉試料を硝酸で溶解させる溶解工程と、溶解工程にて得られた溶液に所定量の硝酸銀溶液及び臭化カリウム溶液を添加し、塩化銀を含む沈殿物を生成させる沈殿工程と、沈殿工程にて得られた沈殿物から塩素を定量する定量工程とを有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、銀粉試料を硝酸で溶解させることにより、銀粉試料の損失及び汚染を防止することができる。また、銀粉試料を溶解させた溶液に所定量の硝酸銀及び臭化カリウムを添加することにより、空試験においても沈殿物を生成させ、十分に低い空試験値を得ることができる。
【0012】
すなわち、本発明によれば、銀粉試料の損失及び汚染を防止し、銀粉中の塩素を迅速かつ高感度に定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施の形態における定量操作を示すフローチャートである。
【図2A】実施例1の定量操作を示すフローチャートである。
【図2B】実施例1の定量操作を示すフローチャートである。
【図3】実施例2の定量操作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を適用した具体的な実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0015】
図1は、本発明の一実施の形態における定量操作を示すフローチャートである。本発明の具体例として示す銀粉中の微量塩素の定量方法は、銀粉試料を硝酸で溶解させる溶解工程(ステップS1)と、溶解工程にて得られた溶液に所定量の臭化カリウム溶液を添加し、塩化銀を含む沈殿物を生成させる沈殿工程(ステップS2)と、沈殿工程にて得られた沈殿物から塩素を定量する定量工程(ステップS3)とを有する。
【0016】
以下、各ステップについて下記順序にて説明する。
1.溶解工程
2.沈殿工程
3.定量工程
【0017】
<1.溶解工程>
銀粉中の塩素は、銀と直接反応して塩化銀として存在している場合と、それ以外の状態で存在している場合とに大別される。銀粉には、過度な凝集の防止や加工性の向上を図るために有機物が添加されることがある。この添加された有機物と塩素が反応して有機塩化物となっている場合が塩化銀として存在する以外の主な場合である。塩素の定量にあたっては、これらの形態で存在する塩素についても定量することが必要となる。
【0018】
そこで、ステップS1の溶解工程では、銀粉試料を硝酸で溶解させ、銀粉中の塩素を全て塩化銀に変換する。このように銀粉を硝酸と反応させることにより、銀は硝酸銀として溶液中に存在し、塩素は塩化銀として存在する。
【0019】
銀粉を溶解させる容器は、後述するステップ2においても使用することが好ましい。具体的には、遠心分離器によって沈殿物を生成させる場合には、遠沈管で銀粉を溶解させ、また、吸引ろ過によって沈殿物を生成させる場合には、ビーカーで銀粉を溶解させる。これにより、容器の交換により、元の容器に塩化銀が付着し、塩素の回収率が低下するのを防ぐことができる。
【0020】
また、銀粉を硝酸と反応させる際は、反応時間を短縮するために室温より高い温度で行うことが好ましいため湯浴による加熱を行う。一方、発生した塩素の揮発を防止するためには、80℃以下とすることが好ましく、より好ましくは60℃以下とする。このように湯浴により80℃以下、より好ましくは60℃以下とすることにより、塩素が揮散するのを防ぐとともに試料の溶解に要する時間を短くすることができる。また、銀粉試料が溶解した場合、すぐに湯浴から反応容器を取り出すことによって、塩素が揮散するのを防ぐことが好ましい。
【0021】
<2.沈殿工程>
ステップS1の溶解工程により、銀粉中に存在する塩素は、塩化銀の形態に変換されているが、コロイド状態で溶液に浮遊している。このため、ステップS2の沈殿工程では、臭化カリウムを添加して臭化銀を生成させ、塩化銀を共沈させる。
【0022】
臭化カリウムは、ステップS1にて説明したように、銀粉試料の溶解反応を行わせた容器に添加することが好ましい。なお、臭化カリウムの代わりにヨウ化カリウムを添加しても塩化銀を共沈させることができる。
【0023】
また、本定量方法は、微量の塩素の分析に関するものであるため、空試験が必要であるが、通常の空試験では銀が存在しないため臭化銀の沈殿を得ることができない。そこで、本定量方法では、試料溶液及び空試験溶液のそれぞれに最小限の硝酸銀溶液を加える。これにより、空試験溶液においても臭化銀を含む沈殿物を得ることができる。
【0024】
沈殿物を生成させた後、遠心分離操作やろ過操作により沈殿物と上澄み液とを分離する。沈殿物は、後述するステップ3の定量工程における分析機器に応じて処理される。例えば、イオンクロマトグラフにより塩素を定量する場合、遠心分離後、上澄み液を棄てる操作を複数回行う。これにより、硝酸イオンが除去されるため、装置への負荷を軽減することができる。
【0025】
<3.定量工程>
ステップS3の定量工程では、塩化銀として回収された沈殿物中の塩化物イオン濃度を分析機器で測定する。具体的には、既知濃度の塩素が含まれる標準溶液を用いて塩素を測定し、予め検量線を作成する。そして、未知試料である銀粉を測定することにより、銀粉中の塩素を定量する。
【0026】
例えば、イオンクロマトグラフを用いて定量する場合、標準溶液をイオンクロマトグラフにより測定し、検量線を作成する。そして、未知試料である銀粉の沈殿物に水素化ほう素ナトリウムを添加し、イオンクロマトグラフにより測定し、検量線を参照することにより、銀粉中の塩素を定量する。
【0027】
また、波長分散型の蛍光X線分析装置を用いて定量する場合、既知濃度の塩素が含まれる沈殿物を波長分散型の蛍光X線分析装置で測定し、検量線を作成する。同様に、未知試料である銀粉の沈殿物も波長分散型の蛍光X線分析装置により測定し、検量線を参照することにより、銀粉中の塩素を定量する。この波長分散型の蛍光X線分析装置を用いれば、生成させた沈殿物のままで測定することができるため、分析に要する時間を短くすることができる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0029】
[実施例1]
図2A及び図2Bは、実施例1の定量操作を示すフローチャートである。
【0030】
先ず、銀粉試料1.0gを50mLのガラス製遠沈管に秤取り、14mol/L硝酸10mL、及び超純水20mLを加えて、60℃の湯浴で銀粉を溶解させた。
【0031】
その後、銀粉を溶解させたガラス製遠沈管に、0.2%臭化カリウム溶液0.25mL、及び20%硝酸銀溶液0.5mLを加えて、液量を超純水で35mLに合わせ、暗所で20分間放置した。その後、遠心分離機(KOKUSAN製H−103n)で遠心分離させ、上澄み液を捨てた。さらに、超純水を30mL加えて遠心分離させ、上澄みを捨てる操作を3回行った。
【0032】
上澄み液を捨てた後、0.2%素化ほう素ナトリウム溶液0.5mLを加え、10分間以上放置して還元させ、超純水で10mLに定容し、これを試料溶液とした。
【0033】
次に、試料溶液の一部を0.45μmメンブレンフィルターでろ過し、そのろ液をイオンクロマトグラフィー装置(DIONEX製ICS−2000)で測定し、塩化物イオン濃度を求めた。その結果、試料中の塩素濃度は32μg/gであった。
【0034】
また、分析値の確かさを確認するため、試料に塩化物イオンの標準溶液を50μg添加した後、上述した操作と同様にして試料溶液を調製し、下記式により塩素の添加回収率を算出した。すなわち、添加した標準溶液に含まれる塩化物イオンの量に対して、この標準溶液を試料に添加した時の測定量と、添加しない時の測定量との差分の割合を計算した。その結果、塩素の添加回収率は98%であった。
【0035】
【数1】

【0036】
また、ガラス製遠沈管に銀粉試料を添加しない以外は上述した操作と同様して、空試験を行なった。その結果、測定溶液中の塩化物イオン濃度は、検出下限(3σ)の0.1μg/ml以下であった。
【0037】
[実施例2]
図3は、実施例2の定量操作を示すフローチャートである。
【0038】
先ず、銀粉試料1gを50mLのガラス製遠沈管に秤取り、14mol/L硝酸10mL及び超純水20mLを加えて、60℃の湯浴で銀粉を溶解させた。
【0039】
その後、銀粉を溶解させたガラス製遠沈管に、0.2%臭化カリウム溶液0.35mL、及び20%硝酸銀溶液0.5mLを加えて、液量を超純水で50mLに合わせ、暗所で20分間放置した。
【0040】
その後、メンブレンフィルターを用いて吸引ろ過し、得られた沈殿物を波長分散型の蛍光X線分析装置(PANalytical製Axios)で測定し、塩素濃度を求めた。その結果、試料中の塩素濃度は32μg/gであった。
【0041】
分析値の確かさを確認するため、試料に塩化物イオンの標準溶液を50μg添加した後、上述した操作と同様にして沈殿物を調製し、実施例1と同様に塩素の添加回収率を算出した。その結果、塩素の添加回収率は97%であった。
【0042】
また、ガラス製遠沈管に銀粉試料を添加しない以外は上述した操作と同様して、空試験を行なった。その結果、測定溶液中の塩化物イオン濃度は、検出下限(3σ)の0.1μg/mg以下であった。
【0043】
[比較例1]
比較例1では、ガラス製ビーカーで銀粉を溶解させた後、この溶液をガラス製遠沈管に移した以外は、実施例1と同様にして定量操作を行った。
【0044】
先ず、銀粉試料1gを100mLのガラス製ビーカーに秤取り、14mol/L硝酸10mL、及び超純水20mLを加えて、60℃の湯浴で銀粉を分解させた。
【0045】
銀粉を分解させた溶液を50mLのガラス製遠沈管に移し入れた後、0.2%臭化カリウム溶液0.25mL、及び20%硝酸銀溶液0.5mLを加えて、液量を超純水で35mLに合わせ、暗所で20分間放置した。その後、遠心分離機(KOKUSAN製H−103n)で遠心分離させ、上澄み液を捨てた。さらに、超純水を30mL加えて遠心分離させ、上澄みを捨てる操作を3回行った。
【0046】
上澄み液を捨てた後、0.2%素化ほう素ナトリウム溶液0.5mLを加え、10分間以上放置して還元させ、超純水で10mLに定容し、これを試料溶液とした。
【0047】
次に、試料溶液の一部を0.45μmメンブレンフィルターでろ過し、そのろ液をイオンクロマトグラフィー装置(DIONEX製ICS−2000)で測定し、塩化物イオン濃度を求めた。その結果、試料中の塩素濃度は20μg/gであった。
【0048】
分析値の確かさを確認するため、試料に塩化物イオンの標準溶液を50μg添加した後、上述した操作と同様にして沈殿物を調製し、実施例1と同様に塩素の添加回収率を算出した。その結果、塩素の添加回収率は70%であった。これは、銀粉試料の分解時に生成した塩化銀がガラス製ビーカーに付着して、移し入れの際に塩化銀が完全にガラス製遠沈管へ移行できなかったものと考えられる。
【0049】
以上の結果より、銀粉試料を硝酸で溶解させ、この溶液に所定量の臭化カリウムを添加し、塩化物イオンを塩化銀として沈殿させることにより、銀を主成分とする紛体試料の損失及び汚染を防止し、銀粉中の塩素の定量を迅速かつ高感度に行うことができることが分かった。特に、同一容器で銀粉試料を溶解させると共に塩化物イオンを塩化銀として沈殿させることにより、容器の交換による移し入れにより生じる回収率の低下を防ぐことができることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀粉試料を硝酸で溶解させる溶解工程と、
前記溶解工程にて得られた溶液に所定量の臭化カリウム溶液を添加し、塩化銀を含む沈殿物を生成させる沈殿工程と、
前記沈殿工程にて得られた沈殿物から塩素を定量する定量工程と
を有することを特徴とする銀粉中の微量塩素の定量方法。
【請求項2】
前記溶解工程及び前記沈殿工程では、同一容器を用いて、前記銀粉試料を溶解させると共に、前記沈殿物を生成させることを特徴とする請求項1記載の銀粉中の微量塩素の定量方法。
【請求項3】
前記溶解工程では、前記銀粉試料を80℃以下の温度で溶解させることを特徴とする請求項2記載の銀粉中の微量塩素の定量方法。
【請求項4】
前記定量工程では、前記沈殿物に水素化ほう素ナトリウムを添加して塩化銀を溶解させ、該溶解液をイオンクロマトグラフにより測定し、銀粉試料中の塩素を定量することを特徴とする請求項3記載の銀粉中の微量塩素の定量方法。
【請求項5】
前記定量工程では、前記沈殿物を蛍光X線分析装置により測定し、銀粉試料中の塩素を定量することを特徴とする請求項3記載の銀粉中の微量塩素の定量方法。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−158326(P2011−158326A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−19208(P2010−19208)
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】